二つ目のホロスコープ

 わたしの好きな木漏れ日スペース↓
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 病院への道すがらにあります。ここで一休みすることがある。

 放射線治療の技師さんたちに、「じっとしててね」と言われる北美紀(きたみのり)45歳です、こんにちは。
 完全に落ち着きのない人だと思われている。。。(滝汗)
 違うの違うのー! 言われるのは照射が終わった後でー、照射の台が降下していくんだけど、どのタイミングで寝ていた身体を起こしていいのか分からなくてー、なるべく早く終わらせようと気を使っていてー(ここミソよ)、だから台がまだ動いている間に起き上がろうとするのだけどー、技師さんたちからすると危なっかしいらしい。。。
 それに、照射のための、、なんていうんだろう、あれ、、放射線が出てくると思われる、丸いやつよ、ウィーンって音がする、、、それとわたしの頭がぶつかる危険性もあるから、台が下がるまでおとなしくしていなくてはいけないと、今日やっと分かった。
 ていうか、台がどの高さにいるか、天井見てるだけだと分からないからさ。。。難しいんだって。

 明日はうまくやれるかな。。。
 
 ***

 今日はまじめにブログを書こうと思っています。ほんとです。 
 なぜなら、日曜日に今週のタロットをやったときに、12星座に入る前に自分のことを訊くのですが、ブログについてどうしたらいいかと訊いたら(ときどきそんな質問もする)、「The High Priestess」が出まして、占い師っぽいことを書いたほうがいいのかなと思ったからです。
 日曜日、タロットの記事を書きながら考えていたことを書こうかなと思います。
 占いに興味がない人にはつまらない記事になってしまうかな。
 でも、、占いが当たるってどうしてなんだろうって思うと、いろいろと不思議になりませんか。
 わたしは、そういうことを「おもしろい」と思ってしまうのですが、それはおかしいことなのでしょうか。

 ***

 今日書きたいのは、わたし個人のホロスコープ(占星術の出生図)についてです。
 いいえ、もっと言ってしまうと、最近どこかで書いた「自分の人生(や世の中の動き)がマンガみたいに思えてしまう」ということにつながっていくことなのですが。。

 別に、乳ガンになってからじゃなく、ここ数年、ずっと自分の人生がマンガみたいに思える感覚があります。
 出来過ぎっていうか?
 乳ガンになったことを「出来過ぎ」って思うのはおかしいかもしれませんが、、2015年の3月に移動中の冥王星がわたしのホロスコープの太陽にヒットする直前、ライタースクールの先生でもあった天城映先生の個人セッションを受けて、「こんな星回りが来るんですが、これからどうなりますかね」って相談したのですが、そのとき、星周りから夫の実家でなにかあるかもということと、なんとなく、自分はガンにでもなってしまうんじゃないか(こんなすごい星回りならば)ということも相談していたんですね。
 これ、はじめて書きますけど。
 あのとき、すでに、そんな予感はあったんですよ(それは予感じゃなくて、すでにそのときもうしこりは育ってきていたのだと思いますが)。。それくらいすごい星回りだなって思っていたから。

 それで、天城先生に、医療保険未加入なんですって話までして(笑)、国民共済に入ろうかなと言ったら、「とりあえずはそれくらいで充分じゃない」とおっしゃっていただき、その後保険について調べたら、わたしはアレルギーの治療をしているから入れないって分かった、ということがあって、それはブログに書いたような気がします。
 なので、その頃から、自分はもしかしたら、ガンにでもなるのかもしれないって思っていたけれど、、実際に義母のガンが発覚して、亡くなって、義姉との関係もそれまでより深まって、ということがあったので、自分までガンになるとは思わなかったんですね。免除してもらえると思ってた(笑)。そういえば忘れてたけど母も入院したんだったし(免除してくれよ!(笑))。
 でもそうはならなくて、、冥王星が山羊座の15度、わたしのホロスコープの太陽の上にいる最後の時期に入った去年の10月後半、わたしは自分の胸にしこりを見つけたのでした。
 だから、やっぱり出来過ぎてますよね。。
 嘘なんてついてないですよ。。。

 それでね、、出来過ぎな話はほかにもいくつもあって、これも書いたことですが、わたしの出生時間が変わって、ホロスコープが新しくなった、ということもありましたね。2015年の暮れだったと思います。
 その頃母の入院中で兄と保険のことなどで話し合いをしたとき、実家の重要書類を入れる箱の中から、わたしの母子手帳が出てきて、そこに、わたしの出生時間が16時30分だと書かれていたんです。
 わたしはそれまで、自分の出生時間は16時ちょうどだと思っていました。なぜなら、わたしのへその緒を入れた桐箱には、16時とあったからです。 
 西洋占星術では、生まれた生年月日に加え、出生時間と出生場所も計算して「出生図」を作りますが、30分ずれるとかなり内容が変わります。
 あの「新しい出生時間」を見つけたときも驚いたもんだよなー(マンガかよっていう。。)。
 そして、新しく知った出生時間で、ホロスコープを作り直してみました。

 前にも書きましたが、新しいホロスコープでいろいろなことが変わったのですが、新しいもののほうが、自分の真の姿に近いのではないかなと思えるものなので、わたしは、母子手帳に書かれた出生時間のほうが自分の実際の出生時間に近いのではないかなと思いました。以前、少しそのことも書きましたね( こちら )。
 でも、それは願望でもありました。「新しいホロスコープ」のほうが、深刻ではないからです。
 わたしは占い師でチャネラーなので、、自分の「願望」が、占いに反映されることについては、神経質にならないといけないと、自分にそういう風に課しています。課しているつもりでいます。
 新しいホロスコープのほうが自分になじむような気がするけれど、それは願望かもしれない、本当は、へその緒の箱にあった16時のほうが、正確なのかもしれない。どっちなんだろう。
 そういう疑念を持ちつつ過ごしていました。
 そして乳ガンだと発覚したりでいろいろあり、マンガみたいだなという感覚がさらに強くなっていたのですが。
 
 そんな中、それがいつだったか忘れましたが(治療に必死だったので)、わたしにはあることから、16時30分の新しく見つかった出生時間のほうが正しいのではないか、もう疑わず、自分の出生時間はそれでいこう、と思える発見があったのです。

 ***

 長くなっているのであじさい写真を↓
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 ちょっとピンぼけだな。

 2015年暮れに新しい出生時間が出てきて、すぐにホロスコープを作りましたが、やはりそれは母の入院中、ばたばたしていてさらっと確認しただけだったし、その後義母は亡くなるし、となるといろいろあるし、義姉は引っ越すし、わたしは新しい占いについて勉強を始めお教室にも通うようになったし(治療で休んでいたけれどまた通います)、しまいにゃ乳ガンが発覚するしで、あまり詳しくその新しいホロスコープを検討してなかったんですね。
 それを、いつだったか、治療を始めてからよね、、抗がん剤していたときだっけ、ちょっと思い当たってゆっくり見直してみたんですね。
 それで確信を得たのですが。

 西洋占星術では、生まれた時間(と場所。場所が関わるのは、時差があるから。日本の時間というのは兵庫県明石市が基準で、そこから見ると東京生まれの人は+19分で計算をしなくてはいけない)で、ホロスコープのその人の人生の傾向を示す「部屋割り(ハウス)」が決まります。
 ハウスというのは、360度の円(黄道12宮の天球)を、どう区切るか、ということに関わることです。
 その部屋の中に、なんの星が入るか・入らないかで、その人の人生の環境面や資質などの傾向を見ます(性格は星がどの星座にいるかのほうが分かりやすい)。
 360度、1度ずつの割り振りになりますが、だいたい、出生時間が4分違うと、1度その割り振りのための境界線がずれていきます。
 わたしは30分後ろに伸びたので、けっこう大きな違いが出てきて、それがホロスコープの変化につながったのですが。
 それによって、「アセンダント」という、とても大きな意味を持つポイントが、それまでよりも6度後ろにずれました。
 アセンダントというのは、その人が生まれたとき、東の地平線が、何座の何度にあるのか、ということを示したもので、その人の見た目の雰囲気や体質などを現すとされており、占星術では各天体と同じくらい、非常に重要視されるポイントです。
 それが、わたしの場合、蟹座の7度から13度にずれたのですね。
 蟹座の13度、それがわたしの新しいホロスコープから与えられたわたしのアセンダントでした。
 重要な場所です。

 それは頭に入っていたのですが、あるとき、気づいたのです。
 あれ、蟹座の13度ってことは、冥王星が山羊座の13度にいるとき、がっつり冥王星からにらまれてたってことだよね、と(蟹座と山羊座は真正面の対角線になる星座同士です)。
 占星術では、星同士が重なるのと同じくらい、星同士が真正面に向かい合うことはインパクトがあるとされます。
 2015年3月から、わたしのホロスコープの山羊座の15度太陽に、移動中の冥王星が重なりまして、それはすごい影響力を持ったことは、今までしつこく書いてきた通りです。なんといっても「太陽」ですから。
 ですが、アセンダントに冥王星が対角線になるのも、それはすごく強いインパクトをもたらすことで、太陽で起こったことを考えれば、そのときになにもなかったと考えるほうがおかしいのではないか。

 そう思って、天文暦を開いて、山羊座の13度に冥王星がいた時期を確認しました。
 
 それは、2015年の9月〜11月でありました。
 
 義母が末期の大腸がんの治療からいったん退院し、わたしが金沢へお世話に行ったとき、その後わたしが東京に戻り義母が大腿骨骨折をして再び入院した時期、母が左膝蓋骨骨折を起こした時期。
 その時期に、重なっていました。

 これを見て、わたしは、わたしの出生時間は16時半であり、16時ではないだろうと確信しました。
 
 金沢で義母と過ごした2週間は、45年の人生の中でも、3本指に入るくらいのハードさがあったからです(あれに比べたら、今の乳ガンの治療は楽しくてしょうがないものです)。
 心身両面で、非常に大変でありました。たった2週間でしたが。
 今でも胸が痛むし(乳ガン絶対育ったはず!)、、あらゆる面で、、打ちのめされる時間だったように思います。
 同時に、あそこまで夫以外の「(血のつながっていない)他人」と、濃密に空間をともにしたこともなかったな、と思える、ある種の「かけがえのなさ」も感じた時間でした。
 (その後、救いにも思える「サイン」はあったのですが、、いずれ書けるかなあ。。まだまだ、書いてないことあるんです)
 
 おかしいと思っていたんです、あの金沢にいたときから。
 今こんなに大変なのに、冥王星関係ないの?って。
 そのとき、山羊座にいる冥王星の位置が15度ではないことは分かっていて、太陽から2度ずれているのにこんなに大変なんておかしい、と、犀川のほとりを歩きながら考えたことを覚えています。
 その頃、自分のアセンダントは蟹座の7度だと思っていますから、全然離れているって思っていたんです。
 でも、、アセンダントに対して、真正面から攻撃(?)してきてると考えれば、、すごく納得。。。。
 しかも、それはアセンダントに対するもので、アセンダントは「自分」を現すものであるから、「他者」の部屋にいる冥王星が自分を攻撃してくる、という感覚はすごくフィットするように思います。
 とにかく、「自分」というものを、殺さないといけなかったから。
 
 ああ納得、と思うと同時に、占星術、すげえなあ、と。
 ちゃんと、ヒットしてフィットするんだわ、こんなにも。
 そう思ったわけでありました。

 そして、それよりも前に山羊座の13度に冥王星がいた時期を調べたところ、2014年の3月頃であって、それはわたしがタロット占いでもう一度、占いをお金をいただけるレベルでできるようにやってみよう(仕事にしよう)と思いはじめた時期と重なるのでした。
 それは、やはり、自分にとって楽な決断ではなかったので、それにも納得です。
 占いから逃げようと(占いを否定しようと)していたこともあった人間ですから。

 ***

 長くなってしまいました。すみません。

 ちょっと角度のことなどあまりに具体的な話が続いてしまって、分かりにくかったかもしれません。
 でもとにかく、二つ目のホロスコープが出てきてそれを検証したことで、またもや、占星術ってすげえなあ、これってなんなんだろうなあという気持ちと、自分の人生がマンガみたいなことになってやしないか、という感覚を抱くことになったのでありました。

 ほんとになんなんだろう。。。
 占星術、、、恐るべし。

 
 ☆タロット占いのセッションを、しばらくお休みとさせていただきます☆
  *乳ガン治療のため、ちょっと体調の様子見をさせていただきます*
   対面セッションで、場所は新宿の喫茶店です。
   30分/2000円です。
   詳しくは こちら をご参照下さい。
    kitaminori@tbt.t-com.ne.jp




 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
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「あの形」が最終段階を迎える。

 おとといの空↓
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 おとといの夜は奈良・興福寺さんの文化講座の受講のために新宿に行っていました。
 京王百貨店のクリスマスディスプレイ↓
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 文化講座に通いはじめて4年目突入となりましたが、なにげにこちらの京王百貨店のクリスマスディスプレイを見るのが毎年の楽しみになっています(笑)。
 今年はサンタクロースのいる北極圏のイメージのディスプレイで、青が基調でした。空が青くてオーロラが出ていて、白い雪があって、と、、、ちょっと寒色系で、赤・緑のクリスマスカラーが少なかったです。ペンギンがいたり。
 きれいではあるけれど、、見ていて寒くて。。。上に貼ったものはサンタさんとトナカイで少しあったかかった。
 コンセプトは分かるけど、やはり寒い時期なので、普通のクリスマスカラーのほうが見ていて楽しいかなあ。。。京王さんも、毎年いろいろ考えてるんだなあ、とは思いました。でも青いと購買意欲、高まらないかも(汗)。
 
 文化講座の会場がある文化学園と周辺のイルミネーション↓
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 桜の並木道が光っていてきれいです。ここを歩くのも好きです。
 クリスマスの飾りを楽しみつつ、仏教(唯識仏教)のお話も聴く。
 そこに深刻な葛藤はないのです(笑)。

 ***

 そして西洋占星術の話も加わります(起源はバビロニア。なんでも来い! どこでも来い! いいものはいいんだぜ!)。

 昨日の安倍首相とトランプさんの会談は成功したみたいですね。 
 やっぱりね、という感じでしょうか。
 安倍さんは出発前から自信を見せていましたが、この方、お抱えの占星術師がいるんじゃないかしらと思ってしまうくらいドンピシャなんだよな。前にもなにかでそう思ったんだよな。。いつかの選挙のときかな。。。
 「占いなんてオンナコドモのもの」なんていうのは、占星術(や各種の伝統のある占い)を知らないから言えることであって、責任の重い立場の人は使っても損のないものだと思ってしまいます。確かに、雑誌やテレビでささっと出てくる12星座占いのイメージだと、バカバカしいと思われてもしょうがないかもですが、きちんとホロスコープを作ると、「当たらない(アテにならない)」ということはないなと思います。
 ほんとに不思議なものです。

 そんなホロスコープの世界ですが、前から騒いで書いてきていますが、去年の3月から、わたしのホロスコープの太陽に、移動中の冥王星が重なるという形が続いています。
 それはわたしの「結婚(人間関係)の部屋」で起こっていて、その形が始まった直後、お姑さんのガンが発覚して、「なにか」が始まりました。
 途中小休止を挟みつつ(でも人生はずっとその流れの中にいますが)今年の初夏頃からまたその形が始まっていたのですが、それがもうすぐ終わります。12月の前半です。
 そして今、その形の最終段階に来ています(来週、この形に木星だの金星だのが加わって大変なことになります)。
 
 まあ今、その形の中にいるからなのかなんなのか、少し前に、わたしの健康状態で気になることがありました。
 それで、昨日病院に検査に行きまして、来週、その星の形が一番強烈な金曜日(わたしのホロスコープの太陽に、移動中の冥王星と金星が重なって、天秤座の木星が直角に刺激してくる。こんな日は、人生の中でもう二度と巡ってこないというすごい形)に、その結果を聞きにいきます。
 どうなることやら!

 実はここのところ、その健康問題のことは頭にあり、ネットでそのことを調べて多少不安になったりということもありました。
 そういうことに引きずられると大変なので(わたしは30代の頃、心気症でひどい思いをしたので、注意しなくてはいけないのです)、ある程度のところで頭を切り替えて、占いのことを考えたり、友人と会ったりおいしいものを食べたりしていました。
 自分で占星術をしていて、今はいろいろなことがある時期だと思っていたので、問題があっても、多少冷静にというか、客観的でいられるような気がします。
 気持ちが煮詰まればタロットもできるし、日常的にペンジュラムも使っています。新しく勉強している占いでも、どうかなと検討していたりします(これは、まだよく分かっていないのでおぼつかないのですが)。

 自分に「占い」があってよかったなあと、最近は本当に思っています。

 占いが嫌いな人というのは、自分の人生を規定されたくないという気持ちがおありなのかなと思います。
 その気持ちも分かりますが、わたしは、「自分」よりも大きなものを求めているので、占いをして「ああやっぱり」とか「なるほどね」思うことが嫌いではありません。
 「自分」とか「運命」ってなんなんだろうなあとも思います。
 
 単体として独立した「自分」というのは、わたしは「ない」と思っています。
 19歳のとき台湾で、「宇宙とわたしは一つ、すべては一つ」って、感じちゃったし。
 そのことの意味が、いろいろな「占い」を通じても、見えてきているように思います。
 興福寺さんで勉強している「唯識仏教」でも、確固とした「自分(自己)」というものは、ない、と断言しています。
 若いときには、そういうことと「現実」の乖離に苦しんでいました。でも最近はあまり乖離していないなと思います。
 いえ、常に常に、乖離はなかったのです。でも、乖離していると考えている「世間」に合わせなくてはいけないと、苦しんでいたのです。
 世間に合わせないと、「魔女狩り」されてしまうから(笑)。
 でも、今は、わりといい時代なのかなと思います。「占い師」にとっては。しかもここは日本だし。

 話がややこしくなってきたので、このへんにしておきます(笑)。

 昨日見つけたバラ↓
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 もひとつ↓
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 もいっちょ↓
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 桜の落ち葉↓
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星回りにビクビクしていたら。

 実家からもらったハヤトウリ↓
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 実家でも親戚からのいただきものでたくさんありました。
 ハヤトウリってよく「なる」そうですよね。この季節、一気に収穫できるそうな。
 炒め物(豚肉と味噌味がおいしい)とかサラダにしますが、スライスして塩昆布と和えるとおいしいとのことでそれも作ってみました。おいしいです。
 ぬか漬けにもいいらしい。やってみよう。たぶんすごい水分出るけど。。

 頭がボーっとしがちでしたが、無事に予定通りにホニャララになったので、ホッとしています。今は下腹部痛ですが順当なのでよしです。

 ここ数日気にしてビクビクしていたのは、おとといの20日と、昨日21日の星回りが激しいことでした。
 ただ激しいだけではなくて、20日についてはわたし個人のホロスコープにも大きく関わるので、何事もありませんようにと祈るような気分で過ごしました(20日は山羊座で重なる火星と冥王星が、わたしの太陽に重なっていたので、突発的な事故にも要注意という感じだったのです)。
 20日は夜に出かけたりもしましたが(興福寺さんの文化講座です)、道中なにもなくてよかった。。(でもちょっと薄着で出かけてしまい、風邪引くとヤバいと思って急遽出先にあったGUでヒートインナーを買って着込むとかしてしまった。自衛して正解)
 昨日の21日も、水星と天王星がにらめっこだなあと思ってどうなるかなあと思っていたら、鳥取で地震があったので驚きました。
 20日の火星と冥王星の重なりの影響もなくはないだろうから、昨日は激しい星回りと言えたと思います。
 
 気になったので大きな災害があった日の星回りを改めて調べましたが、いかようにも解釈できるかなという感じで、わたしの頭では災害とか大事件について、完全な法則性みたいなものは分からないです。
 「たまたま」と言うしかないのかなあ、と思います。
 いつもなにかが起こって、あとから調べて「ああ。。」となる感じです。。
 占星術でもなんでも使って、前もって確実に地震が来ると分かればいいんでしょうけど。。なかなか難しいのではないかなと思います。
 
 今回、自分の個人的な星回りもあっていろいろ気にしているところに地震があったので、ちょっとショックでしたが、鳥取のほうでは大きな被害がないようなのでよかったなと思います。
 でも、避難されてる方もいらっしゃるので、お見舞い申し上げます。
 余震がしばらく続くから、怖いですよね。。

 ついでなので、東日本大震災以降、わたしがしていることを書きます。あまりきれいな話ではないけれど。。
 お風呂の水を、ずっと風呂釜に入れておくことです。風呂釜を洗う直前まで、古いお水を入れておきます。夏場でシャワーが多くて湯船に入らない日々でも、汚くなったお水を入れておきます。
 災害があって仮に断水したときに、トイレ用に使えるからです。
 あと、使用済みの2ℓとかの大きなペットボトルに、水道水を入れて置いています(長期保存水もありますが)。
 数日だったら飲み水として使えるし、時間が経っていても、トイレ用には使えるから。。。火事になりそうなときには消火に使えるかもだし。。。
 使わなかった水は、お風呂を新しくするときに都度入れ替えます。 
 人から見たら不衛生に見えるだろうけれど、あれ以来習慣にしているので、そうしないと落ち着かなくなりました。
 この程度では不十分で自己満足だろうけれど、自分にできる範囲で災害の対策をしているんだ、という気持ちになれることも悪いことではないのかなあと思っています。
 ただただ不安になるよりは、いいのかなあと思っているんです。

 
 *おまけ*
 最近撮った空の写真を。
 16日の夕空↓
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 これは18日の夕空↓
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 上と同じ時刻の南の空↓
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「通り道」だからいいんです。

 昨日見つけたホトトギス↓
161005hototogisu.jpg
 ピントの位置を気をつけられたので、大きい写真にしました♪

 今日は昨日と打って変わり曇って涼しいです@東京都下小平。
 先ほどは団地の同じ棟に住む小さい女の子とお母さんがわいわい騒いでいる声が聞こえて、いつも通りな感じです。
 昨日のあの静けさはなんだか不思議だったな。。

 昨日休日なのに出勤した夫は、いつもよりは早く仕事を切り上げることができたので、散歩しながら小平霊園の近くのファミレスに行きました。
 霊園で撮った空↓
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 もいっちょ↓
161005sora2.jpg

 少し前、ブログに突っ込んだ占いの記事など書こうとするとペンジュラムに「ダメ」と言われることが続いたのですが、今頭に浮かんでいる占星術のネタについては書いてもいいと言われます。
 土星から外の惑星についてのことなのですが。。土星以降の、動きが遅い星がいる星座は、世代の特徴を表すっていう話なのですが。。
 「わたしの世代は『ノストラダムスの大予言』の影響がある」っていうことをこの前書いて、それからそのことを考えているのです。
 でもそのことを書こうとするととても気合いがいりそうです。これから週末まで若干ばたつくので、すぐにはちょっと無理かなあと思うんです。
 でもペンジュラムが書いていいし、書いたほうがいいと言うので、ここにこのことを書いておいて、来週以降のタスクにしようと思いまして。。

 いちいち書く内容をペンジュラムに訊くなんてまどろっこしいとか、主体性がないのかと言われてしまいそうですが、あまりないんです(笑)。
 軽い内容のブログはさすがにあまり気にしませんが、占いとか精神世界っぽいことを書くには注意深くなっています。
 自分は、なにか「通り道」のようなものでいいのだという気がするんです。
 一応チャネラーだし。「チャネル」って、「通り道」っていう意味もありますよね。
 なるべく邪魔しないのがいいんだよなって思うんです。
 「邪魔しない自分でいる」のがわたしの望みの一つというか。役割の一つというか。
 それが大事なんだよなあと思ったりするんです。
 先週、星回りがよかったので自分の目標のようなことについて考えたりしましたが、究極的にはそういうことがわたしの望みなのです。お金や健康ももちろん大事なことだし、大前提としての「生活」はあるのですが。。。実生活の中では細かい節約が好きな主婦なのですが。

 よく、スピリチュアルな業界で「望みをクリアにしてアファメーション(暗示の言葉を自分に言うこと)をしよう」ということが言われますが、昔からそう言われても、あまり具体的なことが思い浮かばない人でした。いついつまでにこれになる、とか、絶対にする、とか。
 でも、、もしかすると、21歳でチャネリングをするようになる直前、自分もチャネリングをしてみたい、とは思っていたかもなあ。でも、すぐにできるようになっちゃったからなあ。あ、これは自慢ではないですよ。そのあとけっこう現実とのギャップで苦しんできたし(そういうのが落ち着いたのは本当に最近のような気がします。ていうか、この半年くらいかも(笑)。その「落ち着き」の結果として「邪魔をしない自分でいる」が出てきたような気がするし、そう思えたとき、さらになにかが「落ち着いた」のです。だからきっとそれしかないんです)。

 あれ、、なにやら突っ込んだことを書いてしまいましたが、いいのだろうか。。。いいそうだ、、ふうん。。。。

 ということで、ごちゃごちゃしちゃいましたが、来週以降、少し突っ込んだ内容の星占いの記事を書けたらいいなと思っています。

 *おまけ*
 ゆうべ、はじめて香木を焚いてみました↓
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 夏に奈良の春日大社さんからいただいた、白檀の香木です。先月金沢で香炉を買ってきました。
 ですが、、、これが難しくて。。香木を置くための炭に着火しても、すぐに消えてしまって、何度もやり直して、、数分しか薫らせられなかった。。。(でもすっごくよい香りでした!)
 明日の夜から夫と夜行バスで奈良に行きます。日帰り弾丸ツアーで、やっと興福寺の五重塔と三重塔を観に行けるんです!
 そのために気分を演出しようとしたのですが、雅の道は厳しいですね。。

 
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星と星回りが目立つ日の首相

 噂のスーパーマーズ↓
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 真ん中らへんにポチッとある点が、今10年ぶりに地球に接近しているという火星です。
 最接近はおとといの夜らしいですが(ファミレスの帰りには見えなかった)、しばらく大きく見えるみたいですね。
 この前の土曜日に出かけたときに初めて気づいて、火星なのに木星くらいの大きさで驚いていました。
 写真はiPhoneで写せると思わなかったけど、写りました、よい記念という感じでしょうか。
 ここではつぶれてしまったけれど、元の画像では、火星の左横にちょこっとある、蠍座の赤い星「アンタレス」もうっすら写っていました。
 今火星は、逆行で戻ってきて蠍座の後半にいますもんね、、、天動説を取る星占いは「科学」ではないのですが、、でも、やはり見た目そのままに、蠍座のすぐそばにいる火星というのは、ちょっと感動します。
 マニアックな話をすると、冥王星が発見されるまでは、蠍座の守護星は火星だったんですよ。
 冥王星が発見されたのは20世紀中盤なので、何千年も、蠍座と火星はセットだったんです(だから蠍座の人には激しい面があるとされる)。
 なかなか興奮する天体ショーかなと思います。

 そんな火星が接近している中、昨日、安倍首相が消費税増税の延期と参議院選挙の会見をしました。
 中継を少し見ていましたが、安倍首相のことは、心底嫌いになれないなと思ったりもします。
 この前のタロットの記事のときにも書きましたが、昨日は牡牛座水星と山羊座冥王星が吉角を作ったし、安倍首相は同じ土の星座の乙女座だし、「打ち出す」なら昨日しかないよなあという感じです。
 占星術を参考にしているわけではないのだろうけれど、うまいことやるなあと思ってしまう(笑)。
 今まで何度か書いていますが、安倍首相の簡易ホロスコープを見ると、国のことは真剣に考える人なんだろうと思えます。マッチョじゃないし。
  
 わたしは国政選挙だけは行こうと思っている人間なので(都政も行くかな、、市政はわりとサボる)、よく考えて投票に行こうと思っています。
 有名な人ならいいや、ってのはナシにしようと思います(わたしは舛添さんには入れませんでしたよ!)。
 

 
 
 

 

「吉」ということの意味

 土曜日撮った小平霊園での空↓
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 ヤマブキ↓
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 今日はわたしの母の誕生日で、71歳となります。
 昨日夫の仕事が休みだったので実家に行き、夕飯を食べお祝いをしてきました。
 ケーキとプレミアム・モルツを差し入れ、母へのプレゼントは財布です(気に入ったもよう)。
 
 母の膝の骨折のリハビリ通院も、先週いったん終わりました。
 あとは自宅で療養し生活して、5月の終わりに再度受診して、たぶん6月に再び入院して、膝のお皿を固定したワイヤーを取る手術をします。
 そうすると今よりも動きやすくなるんだろうと思います。
 痛みはないそうですが、ワイヤーに引っ張られる感覚はあるそうです。
 先月、長引く不自由さからのストレスで、気持ちの塞いだ母でしたが、持ち直してきているようです。
 義母のことがあったので、その影響もあったのかもしれません。

 去年の秋以降起こったことが、いろいろと落ち着いてきている印象です。
 なんかほんとに、いろいろあったなあと思うのですが。。。(遠い目)
 
 ***

 話は変わりますが、先週の土曜日は、夢の中で音楽を聴いたり、夫と地元をうろついてとても穏やかでした。
 この日、わたし個人のホロスコープ(占星術の出生図)の太陽に対して、水星と木星がよい角度だったんです。木星はぴったり重なるわけではないけれど、まあ範囲の中かなあという感じで。

 星の動きを見るようになって25年ですが、だいたい、占星術的な「幸運日」というのは、こういう穏やかなものなのだということが分かってきました。
 これは、わたしにとっては、ということなのかもしれませんが。。。

 若い頃、そういう「星回りのよい日」には、華々しく、分かりやすい「事件」が起こるのではないかと期待していました。
 臨時収入があるとか、仕事をしているのならキャリアアップの機会があるとか、すてきな人から告白されるとか(笑)。
 でも、わたし個人の生活を振り返るに、そういう日に、そういうことがあったことは、なかったです(笑、まあ、もともとあんまり華々しいところにいないので、なくて当たり前なんでしょうけれど)。
 だから、若い頃に、そうやって「星回りのいい日」を見つけてはワクワク期待して、なにも起こらなかったとがっかりして、それを繰り返すうちに、占星術が嫌になってしまって、距離を取ったこともあります。23歳くらいかな。

 その後ライターの仕事で占星術をまた使いはじめましたが、わたし自身のために、素直な気持ちでもう一度星を見るようになったのは30代に入ってからでした。
 それから、よくよく見ていると、そういう「星回りがいい日」、特に、金星や木星など「吉星」と言われる星が、自分の太陽や月によい角度になる日は、とくになにも起こらないけれど、とても穏やかに過ぎる、ということが見えてきました。ただ、その「穏やかレベル」は、日常のものよりもけっこう「上」では、あります。

 この前の土曜日もそうだったから、やっぱりそういうことなのかあと。
 まあ、これは、わたし個人のパターンなのかもしれませんが。

 なんだろう、華々しく「ウェーイw」ってできることが、「幸運」ということではないのですかね(いえもうとっくに、「ウェーイw」となることは、全然、求めていないのですが)。
 少なくとも、わたしと星の関係を見ていると、それが真実であるようです。
 そして、やはり、そういう穏やかな日もないと、人生を続けていくのはきついのではないかと思います。

 「吉星と吉角」ということの意味を、考えています。
 松村潔先生の占星術の本では、現代社会で生きるには、凶角(90度)のほうが効果的に働きやすい、ともあります。厳しい星、火星や土星が関われば社会に対する「押し」が強くなるともいいます。
 本人はストレスがあるだろうけれど、とのことですが。。

 生きていれば、放っておいても、順繰り順繰り、吉星と吉角の日は来るし、凶星と凶角の日も来ます。
 どちらも、その気になって受け止めれば、またいろいろと味わえるのだろうと思います。

 

 

 
 

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大事を取るほどの星回り。

 近所の林にて↓
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 昨日空に見つけた魚の骨のような雲↓
160128sora.jpg

 今、深夜というか明け方の3時です。
 こんな時間になってしまった。。。

 昨日映画を観にいったのですが、それが素晴らしい映画で、そのブログを書きたいと思っていたのですが、頭が沸騰しているような感じになっていて、冷静になれないようなので見送ることにしました。
 でも落ち着いたら書きます。とても素晴らしかったから。
 
 なぜ頭が沸騰しているのかなということですが、ズバリ星回りです。
 わたしの山羊座15度の出生図の太陽に、逆行から順行に転じたばかりの水星と、冥王星が重なっているからです。
 これ、ちょっと大変です。
 わたしはこれからどれくらいこの先生きていくか分かりませんが、もう二度とこの星回りは来ません。
 死んだ後に来世があるとして、転生して、その人生が80年あるとして、その80年の間にもこの「出生図の太陽に移動中の水星と冥王星が重なる」という星回りが来るかは分かりません。
 それくらいのインパクトです。
 
 とにかく簡単に言えば、失言しかしなさそうな星回りです。
 この強烈な星回りをうまく使いこなすような「人間力」が、わたしにはありません。
 (水星はコミュニケーションや知性を司る星で、冥王星は「破壊と再生の星」と言われますが、わたしの印象では「徹底的に手加減なしにやる星」という感じです)

 頭が沸騰しはじめたのは(おとといの夜くらいからです)、水星が順行したからかなと単純に考えていたのですが(わたしはけっこう水星の逆行は嫌いじゃなくて、順行に転じたときの「勢い」のほうが扱いにくいと思っています)、ああそうだった、順行になってしかも位置が冥王星と重なる山羊15度だったと思い至りました。
 これは、やたらに言葉を発しないほうがよさそうな気がします(夫とはすでにミスコミュニケーションが発生しました。べつにお互い悪気はないのに)。

 この説明のブログすらも書かないほうがよいのかなと思いましたが、タロットに訊いたところ、説明くらいはしたほうがよいという感じでした。

 わたしにとって、この星回りの影響が弱まるのが週末になるので、もう、日曜日のタロットの記事まで、更新をおやすみしようと思います。たぶんあと2〜3日はこんな感じだろうと思うので。
 やることが極端ですけど、、、なんてったって、人間の一生のうちなかなかないような星回りですから、大事を取ることにいたしました。
 わたし以外の1月6日生まれの人も、今頭の中は沸騰中かもしれません。
 太陽が牡羊座15度の4月5日生まれ、蟹座15度の7月7日生まれ、天秤座15度の10月9日生まれの人も、とにかくこの週末まで耐えてくれればいいなあと思います。
 (水星と冥王星は週末以降、山羊座の16度に行くので、1日あとの、1月7日生まれの人と、4月6日、7月8日、10月10日の人は、30日〜2月1日くらいまでは頭沸騰に要注意かもです)。
 
 

 
 
 
 
 
 
 

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25年信じていたものが変わる

 いつだったかの空↓
  151223sora.jpg
 今日はとっても寒いです@東京都下小平。

 ゆうべは夫が忘年会で、わたしは実家で夕飯を作って兄と食べました。
 それで、母の入院に関して調べることもあったりしたので、実家の重要書類などを見直していたんです。
 それらの重要書類が入る箱の中に、兄とわたしの生まれたときの母子手帳が入っていました。
 「まだ取っておいてたんだ〜」と言いながら、お互い自分のものを見直していたのですが。

 西洋占星術では、「出生図」と言われるものを作るのに、出生時間が必要になります。
 わたしは1972年の1月6日の16時生まれでした。
 だと思っていました。
 が、母子手帳を見直したら、16時30分が出生時間になっていたのです。
 
 占星術では、時間が30分ずれると、けっこういろいろなことが変わります。
 天体が入る部屋、ハウスと言いますが、その区分けが変わるのです。
 わたしは、その区分けの線に近い場所に、重要な星があるホロスコープ(出生図)でした。
 それで焦って、すぐにネットで天体位置などの計算をしたのですが、、18才で初めて自分のホロスコープを作ってから、ずっと「こうだ」と思っていたものが、けっこうずれていることが判明。
 ネガティブな部分というか、人生の大きな課題だと思って悪戦苦闘していた部分が、ずれていたんです。
 具体的に言うと、4室のカスプに近い乙女座の月と、MCが真正面である部分。わたしはアセンダントが蟹座なので、月の影響は大きい。その月が、3室にずれました。
 今までの、母との格闘。。その根拠だと思っていた部分です。
 でも、10月の金沢以降、母との関係もなんだか変わったように思っていたのですが。
 そこまで深刻なものではなかったとは!

 ほかにも、6室にいると思っていた海王星が5室に入ってきて、それによるとわたしは芸術的な人間なのですって。
 そういう部分はもう半ばあきらめてたのですが。。
 その他、細かくずれる部分があります(各天体がどこの星座にいるのか、その天体同士でどういう角度を形成しているのかという部分では変化はありません。天体がいるハウスの部分が変わりました)。

 兄に話していたら兄にもあきれられましたが、「占いに振り回されてるな」と。

 でも、、25年以上、そういう自分なんだなと思っていたのですよ。
 でも、ここにきてそれが少しずれて、あれれ、という感じです。
 でも10月以降、自分に対する「あれれ」という感覚は、けっこう出てきていたのですが、、自分のホロスコープまで変わるなんて、想像もしていませんでした。

 それまで人生の課題だと思っていた部分は、違う形でやはり新しいホロスコープに表されました。
 4室と10室が「インターセプト」のサインとなるので、社会に適応したり自立するのに時間がかかるのです。
 その根拠を母親との関係と考えていたのですが、もっと違う意味がありそうです。
 今、教科書とにらめっこしています。

 わたしが元に採用していた出生時間の16時ちょうどというのは、わたしのへその緒が入っていた桐の小箱に書かれていた時間なのです。
 それで確認したのだから、正確なものだと思ってしまいますよね。。。
 でも、母子手帳をよく見ると、生まれたのは16時30分、「破水」したのが16時ちょうどということのようです。
 もしかすると、出生時間も破水の時間も、数分レベルでは誤差があるのだろうとは思いますが、破水の時間が16時ということなので、16時30分のほうが、実際に生まれた時間に近いのだろうと思います。
 たぶん、月が3室に入るのは確実だし、そうなるとMCとの180度もたぶん無効になります。
 
 今さらこんなことになるなんて、驚きです。驚きすぎていて、呆然とします。
 25年越しですから。。。
 人生って、本当になにがあるか分かりませんね。。


 
 

 
 
 
 

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エクトン オーディオブログ#5 犠牲と実現化

 昨日の空↓
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 わたしのチャネリングとカウンセリング技術の先生であるリチャード・ラビンさんが、エクトン(リチャードさんがチャネリングする存在)の新しいオーディオブログを更新されました。
 オーディオブログというのは、MP3の録音のもので、ストリーミングかダウンロードをして聞くことができるものです。
 
 今回のタイトルは「犠牲と実現化」というものです。
 一つ目のテーマの「犠牲」に関しては、わたしが送った質問を採用していただきました。
 先月、世界情勢がいろいろ大変で、、、思わず「(戦争などの)大きな犠牲を払わないと、わたしたちは新しく成長することはできないのですか」などという抽象的な質問をしてしまったのです。。。
 しかも、つたない英語だったので、リチャードさんを戸惑わせてしまったようにも思います。。(汗)
 それでもわたしの真意を汲んで、リチャードさんとエクトンが「犠牲」や「苦しみの体験」に関する見解を述べてくださっています。 
 もうひとつのテーマの「(ものごとの)実現化」についても、「犠牲」というアイデアと内容的にリンクする部分があり、今回のチャネリングも納得できるものでありました。
 起こってしまったことを、どう受け取るか、ということ。。。
 
 先月は占星術的にも気になる部分があり、ちょっと世界情勢に気持ちが行き過ぎていたかもしれません。
 それで、太陽が獅子座に入ったら金沢の義母のことが発覚したという。。

 いろいろなことは起こりますが、起こったことは受け止めつつ、やっていくしかないよなと思えました。

 エクトンのオーディオブログでは、質問も受け付けていらっしゃいます。

  リチャード・ラビンとエクトンのホームページ

 こちらの「オーディオブログ#5」というところをクリックすると、オーディオブログのページに行きます。






 

変化は普遍

 ゆうべ見つけて拾った画像↓
  150707kaeru.jpg
 梅雨っぽくていいですよね(笑・でもこれ本物なのかな、、人形?)。
 最近は雨ばかりで空の写真も花の写真も撮れていません。

 今日は七夕ですが雨ですね。
 夫が休みだったので出かけようという話もあったのですが、わたしは昨日も腹を壊してしまっていて、そんな気になれず、ずっとゴロゴロしていました。。(レッグウォーマーが手放せないし、夜は湯たんぽ使っています。。)

 おととい書きましたように、今日は蟹座太陽と山羊座冥王星が真正面に来ましたが、どうなんでしょう。
 中国の株のほうの動きは、ネットのニュースを見ているとほんとにマズいんではないかという気がします。ロイター通信によると、上海市場に上場された会社のうち数百社の株が売買中止とか。。。これ、結局は共産主義だってことですよね。。( こちら )
 ギリシャよりもそっちのほうがヤバそうに思えるけれどテレビとかでは報道されないんだろうなあ。。

 ***

 まあ、そんな感じで「大変」なことはあるのかなという感じはしますが、わたし自身は、こういう世界的に大きなニュースがあるときに、ほぼ同時進行で世界中でネットでその話題を共有して、いろいろと議論がされているというところに、「新しい世界」の萌芽があるのではないか、と思ってしまいます。
 ギリシャの国民投票なんて世界中で注目されて、今か今かと結果が出るのが待たれていましたよね。ネット環境がある人は、世界のどこにいようと、リアルタイムでその話題を共有し、追うことができた。ネット上ではいろいろな立場を超えて議論することもできた(わたしにはそんな議論に参加できる頭はないけれど、それを見ていることは許されているわけです)。
 これは、、やはりすごいことのように思えます。
 25年前には考えられなかったことが、今、普通になっている。
 世界は表立ってはあまり変わっていないようにも思えるけれど、そういう人々の日常が変化しているということが、何よりも大きな変化かもしれないな、と思ったりもします。

 ***

 わたしがいわゆる「スピリチュアル」を勉強しはじめた92年頃に知ったことで大きなことは、「ものごとはすべて変化していくし、変化しないものはないから「不変」というものは幻想だ。変化こそが普遍的な真実だ。だから『手放す(執着しないで変化していくことを受け入れる)』ことを学べ」ということです。これは、スピリチュアルな本などにはたいてい出てくる考え方でした。エクトンもそういうことはよく言いますね。
 今、仏教に興味を持ち勉強していますが、同じことが言われていて、2000年以上前から同じことがテーマになっているし、この世界というものをよく見ていると、「変化こそ不変(普遍)」に行き着くしかないんだよな、と思います。
 それは時代によって変わることのない真実なのですよね。

 どんなに心地がよいことも、変わっていく。縁によって。
 縁というのは、その状況(や物)がそうであるために今そろっている条件という意味で、それもじきに変わっていくものです。それは、世界に生きているのは自分だけではないからです。いろいろな人が関わり、いろいろな要素が加わったり失われたりする。
 仮に自分一人で生きているとしても、歳を取れば肉体的に変化が訪れ、冷え性がひどくなったり老眼になったりして、対処しなくてはいけないことが増えたりする。それによってできること・できないことができてきて、自然と普段の興味の対象も変わっていったりする。
 若い頃と同じようにはできなくなります。まずファッションが変わるよね。。。(笑・肩を出した服とかもうあまり着れないよ。。お腹壊れるもん。。。)

 ***
 
 なぜこんな「当たり前」のことをつらつら書いているかというと、最近いろいろなことを思い出していて、自分の中に新しい感覚が根付いてきつつあるように思うからです。
 春に騒いでいましたが、わたしの太陽と移動中の冥王星が重なって、まあいろいろとありましたが、その中で気づくことが多く、そういうことがだんだんと自分に馴染んできました。そして、またそこから新たに思い出したことがあり、そこから連鎖して新しい気づきが起こり、「なるほどそういうことか」と見えてきた部分があるのです。
 その内容については、あまりにも個人的なことなので詳細は避けますが、なかなかすごいんです。
 20年とか15年以上とか、そういう単位でずっと固まって動かなかったいくつかの部分に光が当てられて溶けだしているんです。
 ずっと分からなかったこと、無理だと決めつけて考えないようにしていたこと、そういうことが少し溶けて(解けて)きた。
 
 ホロスコープ上の太陽と移動中の冥王星が重なるということは大変なことで(一生の間にそれが起こらない人もいますが、似た影響力のある形(90度、180度)になることはあるかもしれません。でもそれも数十年に一度というレベルの話です)、その人を根底から変えるような強烈な変化をもたらすと考えられますが、最近気づいたことはやはりそれくらいのことに思えます。
 でも、、その「重なる」形は来年末までくり返し起こるので、、これで終わりではないと思いますが。
 
 少し手前味噌な話になりますが、それに気づくのに、やはりタロットが活躍してくれました。
 ずっと動かせなかったことに対して、それまでと同じ質問をすると、それまでと同じようなカードしか出なかったのに(死神の逆位置=その状況を変えることができないという意味がある)、少し視点を変えて質問したら、カードが変化して、動き始めて、全然思ってもみなかったところから解決法が導きだされたのです! それは、自分でも驚くと同時に、深く納得させられるものでした。
 だから、、星の動きは人生の流れを見る上ではいいのですが、細かいことはカードがやはり使えるな、と思いました。

 *おまけ*
 もう一つ拾い物写真を↓
  170507usi.jpg
 これもけっこう有名な画像ですよね。おかしみがあるけど、、ちとかわいそうか。

 *追記*
 冒頭に貼った写真が本物なのかどうかどうしても気になって調べました。CGかなとかすごい写実的な絵なのかなとか思えてきてしまって。。。
 でも本物だったようです! 元は動画だったのですね!

 こんなにカメラが近づいても逃げないなんて! 田舎のおっさんみたいな度胸だ!

  
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テーマ : スピリチュアル - ジャンル : 心と身体

今夜もユニコは見事であった。

 雨に濡れた開きかけの牡丹↓
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 もう牡丹の季節なんですね、、早いですね。
 そばにいくと瑞々しい甘いよい香りがしました。

 昨日は久しぶりに夫がゆっくり家で休め、夕飯は散歩がてらファミレスに行くといういつもの休日のコースでした。
 とはいえ。
 やはりいろいろあるので、食事してても夫の気はそぞろと言いますか、、先週のお義姉さんとのケンカのことや、金沢でのことなど、話がやむことがありませんでした。
 神経が高ぶってピリピリしているのも伝わってくるし、、無理もない状況なのでわたしは話を合わせて、少しでも気が休まらないかなと誘導するのですが、一瞬納得しても夫はまた堂々巡り。そのうちわたしとも険悪なムードにも。
 それでもまあどうにか調整し、いろいろ話しながら帰宅して、夫は録画していたボクシングの試合を見て(その間はさすがにそちらに集中している)、それが終わるとやはり夫はスッキリしない表情で、また金沢についての会話が始まります。
 まあ、それはそれでこういう状況だから仕方ないと思うのですが、日付も変わって仕事もあるんだからおめーもう寝ろよ、と思うけれど、夫はまだなにか「足りない」という表情。 
 そこでわたしはとうとう提案しました。
 「占ってあげよう」と(笑)。
 
 夫にも、今まで本当に煮詰まったときにはわたしのユニコーンタロットで占うことをしてきました。なので夫はユニコのすごさは承知しています。
 「占う」ということにしたら、夫の表情が少し変わりました。
 そして、タロット占いでは「なにをどう質問するか」ということが大事なので、そのことについて話しました。
 検討した結果、今回訊くのは「今の状況にどういう態度で臨めばいいのか」ということ。そのヒントになるカードが欲しいということになりました。
 そしてわたしがユニコにお願いして、シャッフルして、夫が最後に手を加えて出たカードは、、思ってもみなかった、でも、それ以外に今のわたしたちにとって重要なことはないよな、と思える、すんごいカードでした(1枚引きです。1枚引きだと、ビシっと言い訳無用のカードが出ることが多いです)。
 ぐうの音も出ねえ。という感じです。
 夫は「分かった」と言って、つきものが落ちたような顔をして床につきました。午前2時。
 
 言い訳無用のカードが出ると、堂々巡りが終わります。
 これが、わたしがタロットが好きな所以です。

 もちろん、またしばらくすれば新しい状況が訪れ、新しい課題にぶつかり、また堂々巡りが始まります。
 でもまたどうしようもなくなったらカードを引けばいいのです。

 今日もユニコはお見事でした。
   


 ああ、うるさいのが寝てくれてよかった!(笑)
 まあ、わたしはこの前の日曜日に自分で引いて、一足先にスッキリしていただけなので、偉そうにできないのですが。。
 占いって、うまく使えばいいものですよー。
 

 *おまけ*
 昨日のブランチにエッグスラットを作りました↓
  150423egg.jpg
 右下のグラスに入っているものです。
 耐熱容器の中に入れたマッシュポテトの上に生卵を割り入れ、ラップしてレンジで半熟くらいになるように加熱して、その卵と下にあるマッシュポテトを混ぜて、パンに塗って食べるという、最近流行りの朝食メニューです。簡単に作れます。レシピ → こちら
 作るのは2回目で、前回基本の味付けで物足りなかったので、今回はポテトにみじん切り玉ねぎと少しだけガラムマサラ、粉チーズを入れて工夫したらおいしくできました♪ 次はこれにに少しガーリックを足してもよいかもしれない。
 休日のブランチによいメニューだなと思います。
 
 
 
 

 

 
 

テーマ : 占い - ジャンル : サブカル

冥王星が太陽と重なるので

 突然ですが、20代、結婚前実家にいた頃よく聴いていたバンドの曲です。
 Shelleyan Orphan の「Century Flower」。

 あまり日本では知られていないバンド(男女一人ずつのユニットと言ったほうがいいかも)で、一般的な感覚からしたら耽美的(? ゴシック的っていうのか?)すぎてイヤラシい音楽なのかもしれないけれど、、、ほんとによく聴いていました。この曲が一番好きかなあ、、、歌詞はよく聞き取れないんですが、秋の終わりにそれを嘆いている歌のような気がします。なので春に聴く曲じゃないのですが、編曲がよくて、チェロとクラリネットが効果的に使われていて心に入ってくるのです。
 先日「思い出のマーニー」のプリシラ・アーンさんの主題歌を聴いていたらなぜか思い出して、無性に聴きたくなってYouTubeで探して、やはりこの曲は好きだなと思ったので貼ってしまいました。

 ***

 この前「エアポケット」に落ちて、ブログになにを書いていいのか分からなくなったのですが、今もその感覚は続いていています。
 昔はちょっと「あ!」と思えば、なんも考えず書いていたのですが(ネットに日記を書くようになって今年で14年です。なんも考えず書いていたのは、このブログに来る前に書いていた「さるさる日記」時代かなと思います)、そういう風にできなくなってもうしばらく経っています。
 もちろん、昔のようにしたいとは思っておらず。恥ずかしいもん。

 かといって、取り繕うべきなにがお前にあるのか、と言われれば、なにもなし、と答えるしかなく。

 少し、なにかを変えていきたい感覚はあるのです。
 少しじゃないか。

 ***

 今、わたしのホロスコープの太陽の位置に、破壊と再生の星の冥王星が移動してきて重なっています。
 それが、結婚や人間関係の部屋で起こっているのですが、ブログを書くことは自分以外の人に向かって言葉を選ぶということなので、どこかで人間関係という意味もあると思います。
 今までけっこう頑張って書いてきたので、ブログというものは自分の中での比重が大きいです。
 破壊と再生!

 この星回りは大変なインパクトのある星回りで、来年の暮れまでの間に何回か同じ形でヒットがあるのですが、今最初のヒットが始まった、というところにいます。
 それにどうも引きずられているようで、、自分を一から創り直したいような感じがしているのです。 
 破壊と再生!

 折しもというか、タロットのセッションも始めたところですし、自分の中で宗教観の変化なども体験しているので、そういうものが全部「破壊と再生!(しつこい?)」というところに集約されていそうで、けっこうビビっておるのです。
 あと、普通に夫との関係もよく見ておかないといけないらしい、結婚の部屋だけに。さっきケンカしたけど(久しぶりに大声出しちゃった☆)。

 まあ、なにか「一からやり直し」という感覚はすごくあるのです。
 といっても、厳密に一からということはたぶんなく、、、今まで学んだことを元にして再構築、のようなことかなと思います。なので気分一新、という言い方でもいいのかもしれませんが、それよりももう少し強くて、もう少し「否応無しにそうするしかない」という感覚がついています。冥王星だけに。
 おめでたいお祭り気分ではないということです。
 でも、なにか自分の奥深いところからの衝動のようなものが感じられるのです。冥王星だけに。

 それに従うことで、たとえばブログを読んでくださる方が減ったとしても、仕方ないという気持ちでいます。
 「計算」のような部分では語れないなにかが動く、冥王星はそういう力のある星なので。。。

 ***

 突然ですが小平は赤丸ポストの街と言われています↓
  150316post.jpg

 分かりづらい話が続いてしまいすみません。

 最近買ってよかったものを紹介しますね。

  
 わたしは足の形が扁平足で、パンプスを履くと「前滑り」をするのかいつもひどく疲れて、足指の下のあたりが痛くなりますが、こういうものを買って敷いたら緩和されました。もっと早く使えばよかったと思いました。

 土踏まず用のもあるので使ってみたい気がします。
  

 
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テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

先住という基準

 今日は夫が休みですが、家でダラダラしています。
 夫は口を開けて昼寝中(笑)。不規則になるから寝ないって言ってたのになー。
 出かけるのも楽しいですが、そればかりでも疲れるし、こういう休日も好きです。

 今日は涼しくなる夕方くらいに家を出て、氏神さんにお参りして、近くのファミレスに行って、レンタル店でなにか映画でも借りようと思っています。
 よい休日だ!

 ***

 今読んでいる、夫が取っていた放送大学の仏教の授業の教科書が、最終章になってあと少しで終わります。
 すんごい勉強になりました! 
 ずっとモヤモヤわけが分からなかったことが、だいたい流れとして掴めた!
 夫が放送大学に行ってくれてよかった、と思いました(夫は仏教の授業の内容はほとんど忘れているそうだけど。。)。
 読み終えたら感想も書きたいなと思っています。
 難しい内容なので、難しいとは思いますが、、、思ったことを書くことくらいはできるでしょう。

 ***

 今考えているのは猫のことです。

 猫というのは、複数飼うのならば、必ず、先住猫を優先しなければいけない、と、聞いたことがあります。
 ナデナデするとき、ごはんをあげるとき。
 後から来た個体を優先させると、先住猫がへそを曲げて、家出することもあるのだとか。
 つまり、猫の世界には、先にいるもののほうが偉くて優先されるべきだ、という秩序があるのだということです(猫の脳でもその順番を覚えてるんですかね)。
 けっこう驚きますが、、、その気持ちも分かる、という気がします。
 その基準は、分かりやすいですから。

 それは、人間界にもあることですよね。家父長制度など。長男が優先されるという(これは儒教の影響だろうけれど)。
 そういう基準を無視すると、結局後からめんどくさいことになるのかもしれない。
 つまり、風紀が乱れるってことかもしれない。
 なんでもいいから、基準はあるべきで、それを守るべきだ。問答無用で、それくらいしないと、結局、世の中がめちゃくちゃになるのかもしれない(佐世保の事件のように?)。
 でも、それで女性がひどい思いをしてきた、という部分もあるのかもしれない。
 どうなんだろう。
 (母の実家のことなど見ていると、本家長男いとこは責任も重くて大変かなとは思います。その分経済的に優遇されていますが)

 わたしはそういう基準があまり重視されない時代の東京都下の自由な場所で育ったので、むしろ「基準を設ける必要性」というテーマが真新しくて新鮮に思えるのですが。。。
 基準は必要だけど、自由だって必要だと思う。自由がないと死んでしまう部分もたくさんある。でも野方図がいいとも思わない。
 なかなかバランスが難しいですね。

 ***

 なぜこんなことを書いているのかというと、日本の仏教と神道のことを考えているからです(ここに儒教も加わるとか。複雑だなあ)。
 日本に先にあったのは神道というか、神社で、その後に仏教が入ってきたからです。
 皇室はやはり神道を優先されている(愛子様、伊勢に行かれてよかったですね!)。
 それは、やはり先にあったものだからなのだろう、と思う。日本特有の土着のものだから。

 わたしもこれから、氏神さんに行こうと思っている。
 それは、その土地を司る(特徴づける)エネルギーというものが、ある、と考えているからです(東京と金沢の空気がそれぞれ違うように)。 
 それは主にそこに住む人や気候や、歴史の積み重ねが創っているものだろうけれど、それだけじゃないなにかもあるような気がするからです。
 それらを端的に表すのが「神社」なのかな、と思っています。
 その土地に暮らすのであれば、それを無視できないのではないか、なるべくならそのエネルギーと調和しているほうがいいのではないか、と考えるからです。
 
 土地とのチューニング。

 それは定期的にするとよいことだと思います。 
 日本にはそれをするシステムとして「神社」がある、そのようにわたしは考えてしまっています。

 そういうことに加えて、人間の生き方についてつきつめて考える仏教があると、さらによい、そんな風にも感じられますが、それって調子がよすぎなのでしょうか。
 

 *おまけ*
 昨日の夕空↓
  140730sora.jpg
 7月なのにうろこ雲が!


 

 

テーマ : モノの見方、考え方。 - ジャンル : 心と身体

占い〜30年つきあってきたもの

 少し更新が空いてしまいました。
 今日は東京都下小平は蒸し暑いです。台風はこちらに向かっているようですが、今のところ風が強いだけで雨はまだ降ってきていません。雲の様子を見ると時間の問題か、という気がします。
 
 パソコンに向かってはいますが、何をどう書くか決まっていません。
 骨子はあるような気がするけれど、どう書いていいのか分からない。
 そんなフェーズに入っています。

 先ほど引いた天使のカード↓
  140710cardang.jpg
 「ブログどうしようか」と訊きながら引きました。「誠実さ」と「オープンネス」ってドンピシャです。
 小さなカードで、ときどき小さな質問をするために引きます。

 ブログに文章を書くということですが、書いたものを簡単に消せるからいいです。
 会話で出た言葉は、相手に届いてしまったら取り消せないですから、怖いものがあります(後に弁明はできるけれど、だいたい苦しいものになりますね)。
 そういうことを考えているうちに、どんどんと「コミュ障」っぽくなっているような気がしています(笑)。
 今日はどうやって書いていったらいいのか分からないので、いちいちユニコーンのペンジュラムに内容のお伺いを立てていこうと思っています(笑。このことは書いていいと出た)。

 ***
 
 おとといの8日火曜日は、タロットカードの小アルカナの講座に行っていました。
 春に大アルカナ講座にも行った、吉田結妃先生の講座です( こちら )。 
 ここ数ヶ月、自分でユニコーンのタロットで小アルカナをある程度使い、だいたい大きなものは掴めたと思ったので、もっとオーソドックスなタロットカード本来の基本を学ぶために受講してきました。
 やはり基本を学ぶことで、見えてくるものがあると思います(わたしの場合、自己流である程度進めておいて、疑問点が出てきてから、基本に向かうほうが全体を理解しやすく感じます。初めから基本だけを学ぶよりも)。

 タロットの小アルカナカードの内容は、西洋占星術にも対応するもので(エレメンツの区分けが対応しています)、3や4などの数は「カバラ数秘術」に対応しているので、その二つが頭に入れば、マニュアルを読みながらでなくても、カードの意味を読めるようになる、とのことでした。
 20代の頃には少し数秘の本も読んでいたので、なるほどそうか、となることがたくさんありました。
 
 途中練習で引いたヘキサグラム↓
  140710tarot.jpg
 使ったのは、小アルカナカードのイラストが分かりやすい「ライダー版」です。
 
 一応、ライダー版もマルセイユ版も購入しています。

 
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 この二つはやはり、タロットを学ぶのであれば、なければいけないのかなと思います。
 
 でも、、、わたしは、ユニコーンのタロットがやはり1番好きで使いやすいです。
 なので、自分以外の人にタロット占いを提供する(お客さんとして来ていただく)ということをするときも(一応そういう想定はずっと持っています)、メインはユニコーンタロットで行きたい。
 そういうことを、講座に行くことで確認したかな、と思います。
 正統派で行かないとマズいかなと思っていたのですが、正統派のタロットカードは、「魔術的要素(中世西洋の錬金術師たちの知恵の結晶)」が強く感じられ、わたしはそれに対してうまく適応できないのではないかな、と感じるのです。
 「正統派」だけにすごく力のあるものだとは思うのですが(長い歴史があるので、いろんな人の思いも引き継がれていると感じられます)、それ故に、自分とぶつかる部分がありそうな気がします。
 その自分を、「正統派」である、これらのカードに合わせるべきかな、とも思ったのですが、ちょっとそれはあまりにも人間性深くに関わる部分なので、安易に決められません。

 ですが、ユニコーンのタロットは、出会ったときからすんなりと馴染んでいたのです。
 抵抗感がまるでありませんでした。
 なので、わたし自身はそれでいいのではないか、と思っています。
 たぶん、わたしは、「タロットカードそのもの」よりも、ユニコーンの世界(ユニコーンは西洋では、子供、処女性、治癒や浄化と、獰猛性と純潔を表すとされていて、旧約聖書にも出てくるという伝説上の動物です)が好きなのかもしれません。
 このブログのタイトルの一角獣です。わたしは出会う前からユニコーンが好きで、たまたま夫が見つけて買ってきてくれて使うようになったのがこのタロットです。
 出会ってからこちら、たくさん「道標」になってきてくれています。
 使っていて、あまり「魔術」という感覚もありません。「ユニコーン」が描かれてはいるのですが。。
 
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 「正道」からすれば、このタロットは「邪道」ですが、これが正直なわたしの気持ちで、それに従おうという気持ちになっています。
 タロットを使う占い師さんはたくさんいらっしゃるので、一人くらいユニコーンタロットを使う人間がいてもいいかな、とも思ってしまっています。図々しいですが。

 ***
 
 長くなっていて恐縮ですが、おとといタロット講座を受ける前には、「今週のタロット」で書いたように、もうすぐ木星の獅子座への移動があるなどするので、占星術も自分で観ていたりしたのですね。
 木星というのはだいたい1年で一星座を移動する星なので、年単位のことを見るのにいい、ということがあります。
 それで、過去24年分くらいの木星の動き(天宮図2周分)と、自分のやってきたことを年ごとに対応させて見る、などということを、先日していたのです。
 これがもう、怖いくらいに星の動きと自分の活動が連動しているように感じられたのですね。

 それで過去のことをたくさん思い出していたことに加え、タロット講座でも刺激があり(タロットカードは、やはり無意識レベルに働きかける力があると思います。イメージ力が刺激されます)、昨日、もうげんなりしてしまうほど、何個も濃い夢を見ていました。かなり感情的にきついものも含まれます。
 今日も少し見ています。だいぶ落ち着いてきたけれど。
 なので、ブログにどう書いていいのか分からなくなっていたのですが。。。

 昨日は本当に参っていて、思わずユニコーンのタロットを引いていました。
 すると最終的に出たのが「死神」のカードでした。 
 これは、少しホッとします。
 一つのサイクルの終わりの部分に来ているのだ、ということなので。
 なにが終わろうとしているかについての自覚はあるので、またそれについても書いていけたらと思っていますが、ああ、やはりそうなのだ、と思って、少しホッとしました。死神カードに(笑)。
 その鎌で斬るのだ!↓
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 あたいの首を! 

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 このように「占いをする」ということは、けっこう内面に影響を与えるものであり、扱い方(つきあい方)が分からないと振り回されたり、かえって不安定になる可能性のあるものであるのも事実です。
 そのようなことがあるから、キリスト教でも仏教でも「占いをするな」ということが言われるのだろうなと思います(無理もない、と思います。だから単純に「禁止」してしまったほうがいいのでしょうけれど、「占い」は地上から消えていない。ここに思うところがけっこうあります)。
 わたしは、20代前半までは占いに依存してしまい、辛くなったので、当時持っていた本など捨てたことがあります(結局戻るのですが(笑))。
 
 でも、自分の頭で考えているだけでは答えが出ないことも生きているとたくさんあるので、ヒントにはなるものかなと思っています。
 あと、ユニコーンのタロットに関しては、わたしにとっては本当に「相談相手」になっています(笑)。 
 占星術は「答え合わせ」の部分が大きいかな。それで今まで合っていたから、ならば先はこうなる可能性が考えられる、という使い方かもしれません。

 わたしは長い時間をかけて、自分と「占い」とのつきあい方を模索してきました(30年以上です)。
 それはなかなか大変な道のりでありました。
 内面が揺り動かされることもあります。今回のように。
 でも、それでもわたしは占いをしていくのだろうなと思っています。
 


 

 
  
 

テーマ : 占い - ジャンル : サブカル

わたしのことと「エンパス」のこと、目に見えないレベルのこと。

 うちのiMacの足下のミニ祭壇↓
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 各種クリスタルと浅草観音、イタリア製の十字架のペンダントヘッドとユニコーンのペンジュラム(オモチャじゃなくて、18金ダイア入りのちゃんとしたジュエリーです! でもペンジュラムとして使われるようになっちゃった)。
 かなり節操がない。
 これがいけないのだろうと思う。

 わたしは小学生の頃から占いが好きで、小学校4年の時点で12星座の風火水土の区分は頭に入っていました(中学に入って「マイバースデー」を読むようになるまで水瓶座が風のグループということがなかなか覚えられなかったけれど)。
 なにか目に見えないレベルにある「宇宙の法則」のようなものに、ずっと興味があったのだと思います。
 それはつまり、目に見える世界を信用できないということかもしれません。
 そういう困った心根を持っていますが、それはたぶん、わたしが「エンパス(共感能力者)」という性質を持っていて、他人の感情的な反応に対して過敏で、他人の問題をまるで自分のことのように感じてしまう性質があるためだと思われます。境界線が弱い。
 それはもう、一種の障害のようなもので、克服するのはなかなか大変だし、調子が悪くなるとコントロールが難しくなります。

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 それは生まれつきの性質と言われているものですが、たぶん、父がそういう人でした。母もないわけではないような気がする。
 なのでわたしの場合は遺伝かなと思います。

 日本人の5人に一人は「エンパス」と言われているようですが(「腹芸」という言葉があるくらいの文化、西洋では20人に一人だとか)、このあたりの研究をされている提唱者のアメリカ人女性の著作も読んだのですが、結局その問題を「幸せになるためのツールにしましょ☆」という方向に持っていくため(最終的にはその視点も必要なのですが)、問題が世間に広く認識されるための工夫をしないというか、、、ある程度学術的に論ずる価値のある事柄だとわたしは思うのですが、そういう人からまったく相手にされない(むしろバカにされる)だろう方向で一部の人にだけ認識されている範囲にとどまっていて、とてももったいないです。
 「エンパスである」ということがなかなかに苦しいことであるため、まずはその苦しみをどうにかして取り除こう、それにはこれがいいですよ、ということに主眼が置かれてしまっている。でもそういう範囲で語られていると、そうじゃない人には「なんのこっちゃ、お花畑だな」で終わってしまうのですよね。
 苦しみを「苦しみ」として、そのまま見つめるというのは胆力(勇気)の有無の問題で、それをそうしないとそうじゃない人には伝わらないんですよ。わたしはその「伝わらない」ということが悔しい(だってわたしは苦しんできているし、公共性のある問題だとも思うから)。

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 今の若者が「空気を読む」ということに過剰に反応して、携帯やLINEやTwitterで問題を起こすことには、少なからずこの「エンパス(エンパシー能力)」が関わっているだろうと思うのです。エンパスは他者と自分を気持ちの上で切り離すことができないのですから。
 日本人が「おもてなし精神」が強くて、なにかにつけ付和雷同してしまうのだって「エンパシー能力」が高いから。世界から日本人は変な人の集団だと思われているのだって、この「エンパシー能力」が高すぎて小さな範囲にとどまってしまうから。つまり敏感すぎて、自分が安心できる範囲の中にいないと不安定になるのです。
 そしてとにかく他人の目が気になってしまう、というのもエンパスだからですよ。相手が自分をどう思うのかが想像つくから、大きく出られないんです。エンパスじゃない人はいいよね、そういうの気にしないでいいんだから。

 わたしは若い人の中にエンパスが増えているのではないかと思っています。
 それが悪い方向で出ているような。。昔の日本なら、そういうことをやり過ごすノウハウが共同体の中にあったのかもしれない。

 「日本人」を考えるときに、この問題はとても大きいのになあ。
 江戸時代の鎖国だって、そういうことで説明できるかもしれない。
 西洋人がいち早く近代化・工業化したのだって、エンパスが少ないからですよ(暴論)。工業化って、非人間的で共感なんて切り捨てて達成するものですよね。
 東洋の端っこにいながらその変化をすぐに輸入してとりあえず近代化の形を作れた日本人ですが、エンパスだから真似がうまいんです。他人の思考パターンをなぞることができるんです。でもエンパス故に冷徹に徹することができないから、中途半端になってしまった。だから特殊と見られてしまう。

 こうやって、かなり説明つくんだけどなあ。
 そういう性質の人がいるってことを、それを性格や思い込みの問題で片づけないで、ちょっとまじめに取り合ってもらいたいと思ってしまう。
 どっかの学者さんがやってくれないかしら。学術論文・学会発表レベルでやってほしいよな。そうしないと認知されないもの、正式に。こんなブログじゃね。

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 なんでこのことを書いているのかというと、この前参加した興福寺の文化講座の感想を書こうと思ったからなのですが、なんだかそこに行くまでにやたらに長い文章を書いてしまった。。。

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 わたしは子供の頃、幼稚園に行くのが嫌で嫌でたまりませんでした。 
 だって子供の群れなんてジャングルじゃないですかー。秩序もなにもなくて(もちろん母から離れる不安も大きかったです)。
 朝から昼までずっと泣いていました。ジャングルの中で。今でも覚えています。
 まあ、年長さんになったときには慣れて、もう泣かなくなっていたけれど。。。ピアノ習ったのも大きかったかもしれないです。そこで新しい世界ができた。逃げ場と言ってもいいかもしれない。
 
 そういう自分は他と違っていて、ちょっとおかしいな、という認識はその頃からあったので、だから小学生で星座占いを知ったとき、自分のその部分が説明されうるかもしれないと期待したんです。
 自分のことだけじゃなくて、お友達のことも、説明されうるのじゃないかと思ったのです。
 自分が受けている印象と、実際に「そうである」とされているもののギャップの説明。

 西洋占星術に関しては、その後本格的に勉強を始めますが、まあ、説明できるというか、よく出ています、わたしという人間が。
 そして、超常現象とまではいかないまでも、目に見えるレベルだけで考えていても説明できないようなことも経験したし、とうとう21歳でチャネラーになってしまったのですから、もうこれはなかなか大変であったのです。自分のことを詐欺師・精神疾患だと疑うということも同時にしなくてはいけなかったわけですから(そう人から疑われるであろうことが分かっているから自戒のためにしていた。もうそこでは悩んで悩んでノイローゼにもなりました。本末転倒やで)。
 だから、必死で、「目に見えない世界(領域)を含んだ世界観・宇宙観」について、うまく説明しうるなにかがないかと探してしまうのです。
 そして、探すと、けっこういろいろあるなとも思う。探すというよりは、知りたいと思っていると出会うということですけれど。
 知って、勉強する価値があるものは、けっこうたくさんある。きっとすべてに手が回るということはないだろう、くらいに。

 今では、この事実が自分にとっての大きな救いとなっています。
 
 

 
 
 

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