お写真日記(謎バージョン)

 昨日はかかりつけ医に行ってきました。

 でもその前に、、あのう、、見ていただけましたでしょうか、、昨日の、観音様がいるみたいな雲の空。
 ちょっとあの話を続けます。
 
 あの写真の1秒前の写真もあるんですね。
 どういう機能なのかよく分からないのですが、iPhone6は、写真を撮るとき、自動的に普通の画質の写真とハイクオリティな写真を二枚撮ることがあるんです。自分でそれを選ぶんじゃなくて、勝手に、二枚撮られるのですが(たぶん設定をどうにかすると自分で選べるのかもしれませんが、わたしにはてんで分からない)、昨日のあの写真も二枚あったんです。
 でも、詳細情報を見ると、一秒差なんです。たぶん、シャッターを切った時間なんですよね。
 
 画質も違うんですが、1秒差で、映っているものにも違いがあるように思います。
 昨日貼ったものと並べてみますね。
 14:07:05のとき↓
170125sorakumo.jpg

 昨日載せた14:07:06のとき↓
170124sora4.jpg

 あの雲のアップ、14:07:05↓
170125kumo.jpg

 昨日載せたアップ、14:07:06↓
170124kumo.jpg

 なんか、なんか、、、画質の違いもあるけれど、1秒でけっこう違うような気がします。。
 「肩〜手」に見えるところが、05秒のときにはないような。。。
 よく考えてみると、雲の裏に太陽があるので、雲が薄くなっているところだと、光が強く映るはずで水色っぽい色にはなりませんよね。。
 ほんとに、、謎ですね。。
  
 ちなみに図々しいようですが、京都の三千院の観音菩薩座像の写真を使ったファイルケースがあったので、その写真を載せます。
 形がこれに似てるとまず思った↓
  170125kannon1.jpg
 
 実物を横からも見ているので。。↓
  170125kannon2.jpg
 この写真は斜めからだけど。。

 不思議なことがあるもんだなあと思います。 
 雲の問題なのか、カメラの問題なのか?
 
 わたしにはこれが観音様に見えますが、、もし「お呼ばれ」しているなら怖いなあとかも、思ってしまいました。
 「吉兆」と取ってもいいのか、よく分からない。。これから手術がある身なので。。。
 でもやはり、、いいほうに考えたいと思います。。

 それで、昨日はブログを書いてからかかりつけ医に行ったので、その道すがらの写真を貼ります。
 (乳ガンの報告をしたら、先生固まってしまった。。。ずっとわたしを診てくれている先生で、わたしのウツ・ノイローゼが一番ひどいときのひどい姿を、家族以外で一番リアルに見た先生です。。。うう、、元気になってまた通いますぅ、、待っててくれぃ。。。)

 空!↓
170125sora1.jpg
 別にいつも通りですね。

 ヤツデの花のつぼみ!↓
  170125yatude.jpg
 ちょっと「蓮コラ」みたいですかね、、苦手な方ごめんなさい。。

 かかりつけ医の玄関先で飼っている猫ちゃん↓
  170125neko1.jpg
 でぶでぶ!

 もこもこ!↓
  170125neko2.jpg

 にゃんたん!↓
  170125neko3.jpg
 
 帰り道の木々↓
  170125ki.jpg

 暮れかけた空↓
  170125sora2.jpg

 ええと、、自分では観音様に見えたあの雲の写真を、トリミングしてiPhoneの待ち受けにしてみました。
 iPhoneの画面を見るたび、ちょっとドキっとします(笑&汗)。

 ほんとなんなんだろう。。。↓
170124kumokannon.jpg
 観音様だとしたら、、出てきてくださりありがとうございます。。。。。。
 見守っていてください。。。


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   対面セッションで、場所は新宿の喫茶店です。
   30分/2000円です。
   詳しくは こちら をご参照下さい。
    kitaminori@tbt.t-com.ne.jp










  


 
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テーマ : 心の持ち方 - ジャンル : 心と身体

頭のキャパを超える

 昨日・今日ととっても寒いです@東京都下小平。
 鳥取など、西日本では雪がすごいそうですが、やはりこの冬はいつもより寒いように感じますね。

 もうしょうがないことなのですが、最近身体のことばかりブログに書いていて(心配などさせようということではないのですが、つい切実な問題なので書いてしまっています、甘えですかね、すみません)、そればかりでもなあ、と思ったりします。
 でも一応書きますが(もうそういう人と思ってあきらめてください。。。)、とりあえず風邪は本当に落ち着いてきたように思います。今日はこれからかかりつけ医のところに行って、アレルギーの薬をもらって、乳ガンの報告をしなくちゃなと思っています(まだだったので、、少し気が重い。。)。

 それで、なにを書いていいのかよく分からないので、とりあえず空の写真を貼ろうと思っていたんです。先ほどまで。

 昨日からすごく寒くて、空に雲が出ていて、ピーカン天気に見慣れていたから新鮮で、ベランダから空を撮っていたからです。

 これは関東の冬!っていう空、ピーカン↓
  170124sora1.jpg
 毎日これだとあまり変化がないですよね、もちろんピーカンも好きですが。

 これは昨日の空、雲があって表情豊か↓
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 これは昨日の夕空↓
170124sora3.jpg
 薄く紗のようにかかる雲が寒そう!

 それで、これが今日、先ほどの空なんですが↓
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 雲の向こうに太陽があるのですが、そこがなんか。。。
 ちょっと、観音様がいるように見えませんか。。。横向きの。。。座ってる。。。
 パソコンに取り込んでから気づいたのですが(明るすぎて撮っているときには気づけない)。

 その雲の部分をアップにしてみました↓
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 ほらなんか。。。。
 観音様っぽくないですか。。。。。。(前に上野の国立博物館で見た京都の三千院の阿弥陀三尊座像の観音菩薩座像に似ているような、、ちょっと前屈みで。。)

 なんか驚いてしまいました。。
 まあ、ただの偶然と言えばそうなんですが、、雲が薄くなった部分がたまたまそう見えるのですかね。。

 こういうことを書くと、自慢しているように見えるのかもしれませんが、だいたいわたしはこういうとき、驚いて戸惑ってしまう感情のほうが大きいです。
 「あれれ」っていうのが一番の気持ちです。
 あれれ、なんか、どうしよう。。

 それで、うわあと思ってしまって、難しく考えることができなくて、毎日を大切に生きよう、と思って済ませてしまうのです。
 不真面目なのでしょうか。
 でも、、それしかできないです。


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最近見た夢のこと

 昨日だかネットで拾った写真↓
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 鳥ってけっこう知能が高いといいますが、この写真はそういう感じがしますね。。美しい。。。

 関東地方は梅雨明けしたそうですが、ピーカンという感じではなくて、雲が多くて蒸し暑いです。
 今年はインドや中東で高温の被害がたくさんあるそうで(アスファルトが溶けるとか。。)、日本も大変な猛暑になるだろうと思っていたのですが、関東以北はそこまでじゃない感じですかね。。シベリア上空からのナントカがカントカで、高気圧の張り出しがドウトカ、という話を聞きました(内容を覚えられない)。

 わたしはおとといの事件のショックが抜けきれていない感じで、ネットを見ても都知事選の話がすごくてそこでもゲンナリしていて、なんかマズいなあ、気持ちを立て直したいなあと思いつつ、ブログを書こうと思ったのでした。
 それで、数日前にあった少し不思議な話をしようと思います。
 不思議というか、なんだろうなあ。。

 月曜日かな、いつものように、夫を送り出してから二度寝していたのですが、そのときに見た夢のことなのですが。
 母方のいとこと叔父が出てきたんです。夢に。
 そのいとことは大人になってからは交流はほとんどなく、葬儀などのときに顔を合わせたら軽く挨拶するくらいです。女性で歳上です。今まで夢に出てきたことなんてない人でした。
 その人と待ち合わせをして、母の実家の方面に向かって歩いていたのですが(うちとわたしの実家から徒歩で行ける距離にあります)、道中母方の叔父(そのいとこの父親ではない人)も歩いているのを見つけて「おーい」と声をかけて一緒に歩こうとするものでした。
 ちょっと珍しい人が出てきたなと思って、気になって実家に電話して母に「こういう夢見たんだけど、最近なにかあったみたい?」と聞いたら、そのいとこは今年に入ってから舅さんを亡くしていて相続のことで今大変で痩せてしまっているのを、つい昨日たまたま本人に会ったから知ったという話と、夢に出てきた叔父がわたしが夢を見ていたまさにそのとき、スリの被害に遭っていたということを聞いたんです。
 で、「あんた霊感あるのねえ」と言われたのですが、まあ、夢の内容は本人たちの危機を直接伝えるものではなかったし、事前に察知して対処できなくては意味もあまりないだろうと思うので、霊感と言えるようなものではないですが、なにかキャッチしていたのかなあとは思いました。
 本人たちではなくて、母から出ているものをキャッチしたのかなあ。それとも血のつながりの部分で反応したなにかだったのかなあ。。いややはり、母が媒介したんだろうなあ。。(母がいとこに会ったからわたしのところまでなにかが「飛んで」きた?)
 でもまあ、家族のこと以外でも、夢で誰かが印象的に出てきたら、その人の実際の状態が呼応していたりすることはけっこうあるように思います。
 だから気になって母にも電話したのですが。。。

 言いたいことは、やはり、この世は直接目に見える、耳に聞こえる領域以外でもいろいろなものが関連しあって、影響しあっているということなのですが。
 だから謙虚になるしかないような気がするんです。
 ですが、日々の忙しさやいろいろなことで(すごいニュースが連日ある)、そういうことが忘れられていって、人生にムキになって「キー!!」となってしまうんですよね(汗)。。

 それでもこういうことがあったので、ちょっと書いてみたいと思いました。

 *おまけ*
 夏にふさわしいスカっとするGIF動画を見つけました↓
  tumblr_ncgnyrSl2w1s2yegdo1_400.gif
 ざばーん!


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父の命日

 いつだったか撮ったバラ↓
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 先週の金曜の夜から風邪が表面化して、一週間過ぎましたが、まだ咳(というより、なんだろう、、タンの排出運動?)とハナミズが出ていて、全快には至っていません。
 寝ようとすると咳がひどくなるので、睡眠時間やサイクルもめちゃくちゃとなっております。
 ここまでひどい風邪は数年ぶりで、はじめは新鮮だったけれど、もうさすがに嫌気がさしてきています。
 早く抜けきってほしい。。。

 昨日は実家で鉄板焼きパーティーでした。
 でも、オバマ大統領の広島訪問の中継があったので、本当は自宅でじっくり見たかったなあという気もしています(母はこういうことにあまり興味を示さないし、風邪も治りきっていないし)。
 感動的でした。被爆者の方とあんなに触れ合いの時間を取るとは思ってなかったので。。
 でも、一番感動したのは、先月、ケリーさんが広島訪問したときだったかもしれません。「ああ、きっとオバマさん来るな」と思えたからだと思います。その興奮のほうが大きかったかもです。
 昨日、広島の街はとても充実したエネルギーに満たされていたのではないかなと思います。
 すごい場所ですよね。。。

 ***

 昨日実家で夕食だったのは、今日が父の命日だからでした。
 5年前の今日、父が亡くなったのです。
 76歳でした。
 あれから5年というのが信じられません。早すぎる。。
 5年の間に義母も亡くなるとは思っていませんでした。
 母方の長兄叔父も、父方の長兄叔父も亡くなったんだったなあ。。

 このことを、書こうかどうしようかずっと迷っていたのですが、今日は父の命日なので書こうかなと思います。
 
 わたしは自分のことを、目に見えない世界に対する感受性はそれなりに強い人間だと思っていますが(占い師だし一応まだたぶんチャネラーだし)、あまり、死後の世界というか、死者との「交流」というものを、身近に感じるということはありません。
 「霊感」というと、なんとなく死んだ人のなにかを感じることだというイメージがありますが、そういう意味では、わたしはあまり霊感は強くないのかなと思います。
 あまり、その方向にチャンネルが向かないのです。
 自分では、それでいいと思っています。(自分の生活が大事なので。。。)
 でもときどき、ふと何かを感じることがあります。
 感じるというか、波長が合うというか。
 自分が「こうなんじゃないかな」と想像するのとは違う感じで、なにかとチャンネルが「カチリ」と合って、なにか言葉なり印象なりを受け取ることがあるということです。
 自分には縁のないなにかをキャッチすることはほぼないのですが、ごくたまに、そういうことで、「死者」に関することでなにかを感じることはあります。

 ***

 父が亡くなってから「そうかあ」と思っているのは、父が亡くなっても、父の「気配」や「気持ち」などを感じることはあまりなく、わたしが日頃からなんとなく感じるのは、北の舅の気配や、気持ち、加護のようなものが多いです(それらを総合して「視線」と言ってもいいかもしれませんが)。義父の視線(まなざし、つながり)を感じることは、義父が亡くなってから、ときどきあります。
 これは、いいことなのだと思っています。嫁として受け入れてもらえてるんだな、というか。
 そして、父が亡くなってからは、父が、きっと北の家に配慮して、出しゃばらずにいてくれるんだという風にも、思えるので。父がそれをできる人だと思えるのは、わたしには嬉しく、ありがたいことです。
 つまり、父が亡くなってから、父の気配を感じたりすることは、あまりなかったんです。
 それをさびしいとはあまり思いません。義父がいて、たぶん、父はその後ろにいるのだと思うので。
 (このあたり、深く考えるとちょっと難しいですが、、だって、義父(父でもいいですが)の魂のようなものはもう、誰か他の人として生まれ変わっているかもしれないし。でも、義父の義父だったエッセンスのなにかは、どこかにしらあるような気がします。それは、わたし(生きている側)が、それを求めるからなのかもしれませんが)

 で、話が長くなっているのですが、そんなことをつらつら考えながら生きているわたしなのですが、去年、3月のあるとき、ふと、突然、父の気配を感じたことがあったんです。
 自宅の寝室で、ふと、よく知る空気感を感じて、あ、父の空気だ、と。
 父がそばにいるのを感じたんです。生前、父がそばにいるときの空気と同じ空気を感じたということですが。
 で、珍しいなあ、パパってあんまり「出てこない」のになあ、と思って、「わたしはいいから、ママのほうをよろしくだよ」と言っていたのですが。
 次の日、姑から電話があり、ガンが見つかったと告げられたのでした。
 で、わたしは、父が「出てきた」意味を、理解した、ということだったのでした。

 そうか、こういう重大なときには、さすがのパパちゃんも出てくるのか、と思ったのでした。
 そのときは、舅ではなかったのですね。
 まあ、父からの「これから大変になるから頑張れよ」という激励なのかなと思い、それ以降、わたしはこのことも心の支えにしていたわけなのでした(にしてはヘロヘロの情けない嫁でしたが)。

 ***

 言いたいのは、なにか本当に重大なことがあるときには、こういうこともあるんだなということです。
 日常では、あまりこういうことはないのですが、それは「日常」だからであって。。
 わたしは、常日頃から「霊的」なことに、あまり騒いだりしたくないという気持ちがあるし、自分の感覚についても、盲目的になってはいけないとも思っているのですが、こういうことがあると、うーん、、なにか本当に、見えている世界以外の世界が、この世界の裏側に張り付いていて、互いに影響し合っているのかなということを思います。
 それはありがたいことなのではないかなとか。。

 こういうことを、自在にコントロールできるような「達人」ではわたしは全然ないし、そうなりたいとも思わないのですが、これくらいならちょうどいいかなあと思うんです。

 今日は父の命日ですが、、、、
 パパちゃん、あのときはありがとう。
 無事、どうにか、くぐり抜けましたよ。

 
 
 

 
 
 

 
  
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

夢のお告げ

 昨日、兄と隣町の西友にごはんの買い出しにいって、ぶどうを買わなくちゃと言っている夢を見たんです。
 夢の中に出てきたぶどうはとてもおいしそうでした。

 わたしはりんごアレルギーがあって(少し食べただけで呼吸困難になる)、医者から生の果物には気をつけろと言われています(缶詰とか加熱してあるものは、アレルギーの元になるタンパク質のなにかが変化しているらしく大丈夫らしい)。
 なのでなるべく生の果物は食べないようにしているのですが、昨日、風邪以来とうとう外に出て近所のスーパーに行き、チリ産の輸入ぶどうが安かったので買ってみることにしました。
 クリムゾンという品種↓
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 種無しで皮まで食べられる品種。

 これが、もうおいしくておいしくて。。。。(泣)
 五臓六腑に染みわたるっていうか。。。。
 身体が欲していたんだなあという感じがしみじみとしました。
 アレルギーも今のところ大丈夫みたいです。
 ぶどうは食べても大丈夫! よかったー!
 
 夢の中でなにかを食べたり食べようとしていたら、なるべくそれをその日のうちに食べるようにしています。
 たいてい、身体が欲しているようで、とてもおいしく食べられるんです。
 風邪のときって、生の果物を食べたくなりますよね。。。ビタミンが欲しくなるんでしょうか。

 今回も従ってよかったなと思いました。
 夢の中で何か食べてたら、それを食べてみるときっとよいですよ!


 
 

 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

太郎坊さんへのお参りのこと

 滋賀県の東近江市にある阿賀神社太郎坊宮、山自体が霊山で信仰の対象です↓
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 白黒写真にしてみました! なんかそれっぽい!

 先月亡くなった義母のために、太郎坊宮にお参り(と少しだけ散骨)をしたときのことを書きます。

 阿賀神社太郎坊宮は、金沢で夫の実家がやっていた割烹料理屋で、義父より前の世代から縁を持っていた神社です(このあたりのことが、詳しく分からないのです。なぜあそこなのか。でも太郎坊宮には石川県や金沢市の人からの寄進による石柱がたくさん立っているので、なにか縁がある理由があるんだろうと思います)。
 太郎坊宮は今は神社ですが、明治時代までは神仏習合で、入り口にお寺もあり、神道と天台山岳仏教と修験道が交わる信仰形態なのだそうです。
 もともとは、太郎坊宮の境内がある赤神山自体が霊山と考えられていて、天狗が護っていると考えられています。「太郎坊」というのは、その天狗のことだそう。
 神社は1400年くらい続いているとのこと。
 義父はこの太郎坊宮を熱心に信仰して、元気な頃は毎月お参りをしていたそうで、子供の頃、夫もそれについていっていたそうです。
 義父はお参りの際、要所要所で般若心経をあげていたそうです。

 ***

 19のときに夫と出会い、19の終わりの頃から交際が始まりましたが、その頃もうすでにわたしは占い好きでホロスコープなど作っていて、ニューエイジ的なスピリチュアルなことがらにも興味を持っていて、そういうことを打ち明けた頃から、夫も「太郎坊さん(太郎坊宮のことをそう呼ぶ)」の話をするようになりました。
 夫の発音は「たろぼーさん」で、昔よく父親と行ったと言っていました。
 わたしはその話を興味深く聞き、夫はわたしの占いの話や、スピリチュアルな話を否定せずおもしろがってくれ、そういうことが、二人の間に、ほかでは得られない「安心感」のようなものをもたらしてくれたのかもしれないと、25年近く経った今、思います。

 夫の話す「たろぼーさん」は、わたしにとってなにか夢の中の場所のように思えるもので、自分が入っていってもいい場所とは思えないものでした。
 義父は、よく夫に「太郎坊さんでは、不思議を見た」と言っていたそうですし、そもそも夫に、「不思議を見せてくれ!(お前ならできる、みたいな意味っぽい)」とよく言っていたそうです(笑)。
 そういう義父に対する反発もある夫でしたが、嫁にしたのはチャネラーのわたしだったわけです。よくできています(いえ、チャネラーになったのは、夫と出会ってから、なのですが)。
 きっと、夫の中にも、太郎坊さんに対する愛着が育っていて、「不思議」に対する嫌悪感などはなかったのだと思います。
 (ちなみに、義母と義姉は、そこまで太郎坊さんに対しての気持ちはないようです。それは「男同士の話」だったのだろうと思います)

 そんな話を聞いていて、どこか異世界のように感じられていた太郎坊宮に初めてわたしが行ったのは、2006年8月、義父が亡くなったとき、初七日に合わせてお骨を少しだけ持っていったときでした。
 この前少し書きましたが、そこでも小さな「不思議」は起こりました。
 夫が遺骨を入れたケースを開けたら、黒いもやもやしたものが、夫の手元から飛び立ったのです。
 あれは義父のなにかだったのでしょうか。
 
 太郎坊さんに初めて入ったわたしは、「『たろぼーさん』はほんとにあったんだ」と思っていたように思います。
 自分がそこにいることが不思議でした。
 岩肌の出る箇所があり、古い鳥居が並ぶその山は、少し厳しい感じがするけれど、やはり包み込むようななにかを感じていて、自分にとって怖い場所ではなかったです。
 それから2012年に義父の七回忌の法事の代わりに再びお参りをして、先日が三回目のお参りでした。
 今度は、義母の遺骨の一部を持っていました。ほんとにほんの少し、耳かき3~4杯分くらいです。

 ***
 
 金沢から太郎坊宮に行くには、まずJRで名古屋まで行く特急の「しらさぎ」に乗り、米原で降ります。
 そこから近江鉄道で「八日市」というところで降りてタクシーを使うというのが、義父の行き方だったそうで、今回もそうしました(東京へは再び近江鉄道で米原まで出て、東海道新幹線です)。
 金沢からだと4時間以上はかかりますかね。近いわけではないです。
 「しらさぎ」では、車窓から琵琶湖が見えます。一瞬海かと思うくらい大きいですよね。

 前日に金沢から米原まで移動して、米原のホテルで一泊したのですが、その夜など、わたしのカバンの中に入っている義母の遺骨(=義母)が、気持ちが急いているような感じに思えました。そわそわしているっていうか(笑)。
 ああ、これ以降、わたしの独断と偏見による思い込みの話が続きますので、お目汚しですが、ご了承ください。。。(汗)

 その日は朝から小雨も降っていましたが、幸い太郎坊さんでは降られませんでした。気温も寒すぎずよかったです。
 久しぶりの太郎坊さんからの眺めです↓
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 山の上に本殿があるので、そこまで階段を上ります。
 本殿の前にある夫婦岩↓
  160401meoto.jpg
 木が立っていて分かりにくいですが、大きな岩が割れているような恰好で、その間の細い隙間を通って本殿前に行きます。

 本殿でお参りをしましたが、神官さんがお守り売り場にいらっしゃり、恥ずかしいのでそこで般若心経をあげることはできませんでした。

 そこから、義父のお骨を埋めた場所に行って、義母のお骨を埋める場所を決めたのですが、「そこかな」と思った場所を見つけた瞬間、小さなカエルがそこから飛び出したんです! なので、そこに決定です。
 夫が小さな穴を掘って、そこに義母の骨を埋め、土を戻します。
 そしてわたしは般若心経を唱えました。
 わたしはこのときのために、これを暗唱できるようにしたんだ、と思いながら。
 唱え終わる頃、空気が暖かくなって陽射しが一瞬顔を出し、終わったと同時に静かだった周囲の木々が揺れだして、少しずつ風に揺られてさらさらざわざわと、さわやかな音を立てました。
 わたしはこれを、太郎坊さんからの「引き受けた」という答えだと解釈しました。
 そして、その風の中で、義母は義父がいるところにまで行ったのだと思います。
 「おとうさーーーん」と言いながら。駆け上がっていったのだと思います。

 ***

 その場を離れ、太郎坊さんの中を歩きます。これからは下りの道(階段)です。
 わたしのカバンの中にはすでに義母の気配はなく、身体が暖かく、軽くなっていました(葬儀の日くらいから腰が重くなっていた)。
 わたしはとても嬉しい気持ちで満たされていて、「おじいちゃんにほめられた5歳児」くらいの気持ちになっていました。太郎坊さんが、わたしを受け入れてくれているように思えたからです。
 ダメですね、どうもこういうことに喜びを感じてしまう人間で。。スキップしたいくらいになるのです。

 太郎坊さんは山のいたるところにお社や、仏像などの「お参りポイント」があり、その中で自分たちの気になるところではお参りをしながら下っていくと、山の脇へ出られそうな細い横道を見つけました。
 お百度参りをするための小道だそうですが、夫もそこには入っていったことがないそうで、でも惹かれてなんとなく進んでみると、行き止まりに小さなお社がありました。
 そこからの眺め↓
160401view2.jpg

 なんだかとてもその場所を気に入ってしまい、わたしはそのお社の前で再び般若心経を唱えました。
 すると耳鳴りがしはじめ、、「ここにいたらマズいのかしら」と目をお社に向けると、そこにはたくさんのてんとう虫がいたのです! 
 トホシの下、角にナミテントウが固まっている↓
  160401tento.jpg
 七星テントウはいなかったけれど、わたしの般若心経に合わせて(?)、うろちょろしているのです☆
 久しぶりにてんとう虫を見たし(てんとう虫好き)、てんとう虫がいると、妖精が近くにいるっていう話もあるし、あの太郎坊さんの端っこの小さなお社のてんとう虫ですよ? 
 たろぼーさんでの、「自分スポット」を見つけたぜ、と、思ってしまいました(図々しくてすみません)。
 夫もそこを気に入ったようです。お社の前の狛犬が小さいけれどいい顔をしているからです。
 「あ」は夫に似てて↓
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 「うん」はわたしに似てるような↓
  160401unn.jpg

 まったく、ご満悦となりました↓
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 「また来るね」と言いながら、その場をあとにし、太郎坊さんを下りました。

 連なる木製の鳥居、上から↓
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 下から↓
  160401toriiup.jpg
 鳥居は「境界線」の役割なんだよな、と思ってみたり。

 太郎坊宮のふもとの公民館にいる仏像↓
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 静かなお顔できれいです。夫が子供の頃からいらっしゃるそうです。

 やはり太郎坊宮もわたしにとって、大事な場所です。
 ご縁を大切にしていきたいと思います。



 
 
 
 
 

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

ちょっとあった不思議なこと。

 友人のHさんが送ってくださったお花↓  
  160322hana.jpg
 夫とわたしに、送ってくださいました。
 ありがとうございます。。。

 今日は夫が休みで、久しぶりに二人でドカ寝をしてしまいました。12時間くらいは寝たのかもしれない(よく分からないくらい寝ていた)。
 でもそのおかげで、身体の疲れがだいぶ取れたように思います。

 昨日は、仕事後の夫とわたしの実家に少し顔出しして報告をし、その後氏神さんにお礼参りに行きました(そのうち、奈良の春日大社へもお礼参りに行きたいと思っています)。
  
 そうやって「区切り」をつけていっているからか、今日はなんとなく、いわゆる「祭りのあと」のような気持ちがやってきてしまっていました。
 なんとなくポツンとしてしまうような、虚空に投げ出されたような、支えがなくなったような、心もとないあの感覚です。
 それで、今日はずっと頭の中に、好きなアメリカ人歌手の歌が流れていて、夕飯後、夫がお風呂に出かけたので、その人の歌をかけたんです。
 ちょっとアンニュイな音楽で、そういう「心もとない感覚」について歌っている歌だったりします。
 それを聴いていて、いよいよ深く「心もとない」感覚が身心を覆ったその瞬間。
 頭上で「カタカタカタン」と音がして、椅子から立ち上がって、毎朝わたしが般若心経を唱えている「祭壇」を見ると、年末に春日大社でいただいて飾っていたお札が、落ちてしまっていました。
 別になにもしていないのに落ちたんです(汗)。
 
 急いで拾って、、手の中にあるお札を見つめると暖かい気持ちになって、、、「心もとない気分」とか甘えたことを言って「浸って」いたらダメなんだな、と思いました。
 そして、かけていた歌手の音楽を止めました。
 30代の頃よく聴いていた音楽ですが、センスのいい曲なんですが、ずっと聴いていると、自分の活力がなくなっていくような気もする音楽です。
 そういうところに戻っていったらダメだぞと、言われているようで。

 立ち上がっていかねばですね。
 
 
 *おまけ*
 おとといの夕空↓
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身体が軽くなる場所

 昨日は金沢行きがなくなったので、夕方から新宿であった奈良興福寺の文化講座に参加してきました。月に一回東京で開かれている講座です。興福寺は奈良で1300年続く大きなお寺です。
 昨日は、行くのをあきらめていたので、行けてよかったです。

 加えて、昨日午前中に、バスのチケットのキャンセルをするために案内所に出かけ、払戻金を受け取ったのですが(数千円でも戻ってくれば嬉しいです)、道中すごく寒かったので、帰宅後、お腹を壊してしまったんです。
 なのでまた出かけるか少し悩んだのですが、思い切って出かけて、会場が近づくにつれ、自分の身体か軽くなっていくのを感じ、会場に入り、お話を聞いているうちに、もっと身体が楽になったのでした。
 なので、やはり行ってよかったのです。

 なぜ、そんなに身体の感覚が変わるのだろうと思います。
 なぜか身体が軽くなる場所というのが、あるように思います。
 去年の暮れに奈良に行ったときも、京都からの近鉄線で、京田辺市を過ぎたあたりから身体がどんどん軽くなっていって、大和西大寺駅で乗り換えのホームにいるとき、身体が完全に軽くなって、丸くて優しい波動に包まれたのを感じました(あやうく泣くところでした)。
 その空気感は、2013年秋に、修学旅行以来初で夫とツアーで奈良に行ったときに、すでに感じていたものでした。
 ああ、奈良に来たんだな、と、身体が言っていました。
 そして、とても穏やかで嬉しい気持ちになりました。

 どうしてこんなことになるんだろうと考えてしまいます。
 縁をいただく、ということはそういうことなのでしょうか。
 わたしなんかがいいのかしらという、いわば申し訳ないという気持ちや恥ずかしさ、恐ろしさもあります。

 これはわたしが毎朝般若心経を唱える「祭壇」↓
160311saidan.jpg
 恥を忍んで載せます。ドヤ顔0%です。つーかマイナス。

 去年撮った興福寺の五重塔の写真を大きくプリントして、額に入れました。観音様の写真と、春日大社でいただいたお札もあります。 
 でもその前に、滋賀県の阿賀神社太郎坊宮の写真と、舅の写真もあります。
 ごちゃまぜになっているとは思うのですが、これも絶対に外せないのです。

 金沢の夫の実家では、太郎坊宮にずっとご縁をいただいていて、舅は熱心にお参りしていたそうです。夫も子供の頃一緒に参詣していて、舅が般若心経を唱え終えるのを待っていたそうです。 
 2006年に舅が亡くなったとき、初七日に合わせてこちらにお参りしました。
 少しお骨を持って行って、頂上の本殿の近くでお骨を入れたケースを開けたと同時に、夫の手元のあたりで黒い蝶が出てきたと思っていたのですが、それは「黒い煙」で、実態としてはなにも出てはいなかったということもありました(その瞬間を写真にも撮っているし、夫も黒いものを見ていました)。
 そのような場所とのご縁も、夫と結婚したことによってあるのです。
 (わたしの父方も母方も3代以上武蔵野の人間ですから、実家や地元のほうで縁のある神社もあります)
 でも、わたしの身体が楽に軽く感じられるのは、たぶん「奈良」なのです。
 太郎坊山では、そこまで身体は軽くならなかったような気がします。ただ、5年前、わたしの父が亡くなった前後、ふっと姿が脳裏に浮かんで、わたしの悲しみを和らげてくれたのは、太郎坊山でした。

 こういうの、どうしたらいいのでしょう?
 あそこもここも、は、マズいのだと思うのですが、どこも、やはり大切な場所に思えます。
 
 これは、けっこう本気で「どうしたものかな」と思っていることです。
 並列させてしまってよいのだろうか?
 今のところ、わたしはそうするしかないかなと思っています。
 でも、むやみやたらに「新しいところ」を開拓しよう、という気はありません(もう充分です。。)。

 こういうことって、目に見えないものは信じられないという人たちには、バカバカしく聞こえる話かもしれません。
 でもとにかく、自分の身体や気持ちの反応を見てみるに、神社やそれと一体だったという日本の古いお寺には、なにか人間の生体エネルギーにまで働きかけをする、なにかしらの「機能」があるのではないかと思ってしまいます。
 それは、今も作動し続けているのではないのか。
 「装置」として、現役で、なにかがあるのだと思います。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

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氏神さんに行ってきました。

 昨日道すがらで見つけた梅↓
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 もういっちょ↓
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 梅の季節ももうピークは過ぎましたかね。

 昨日は銀行に行くために国分寺に行き、ついでに氏神さんにもお参りに行きました。
 お参りに行くつもりはなかったんだけど、電車に乗っているうちにお参りしたくなって。
 国分寺の駅ビルを軽くウインドーショッピングして(なにかすてきなものがあれば欲しかった)、めぼしいものはないのですぐに氏神さんの近くを通るバスに乗りました。

 参道の途中での空↓
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 本殿裏にあるケヤキ↓
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 氏神さんの本殿の裏手には「奥の院」みたいなエリアがあって、「渦巻き」っぽいエネルギーを感じるのはこちらなのでした。初詣のときには人出が多くてここまで入ってお参りできませんでしたし、ここにはたまに入るだけです。
 
 本殿とその前にある樹齢数百年の夫婦ケヤキ↓
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 お参りして、鳥居のところでお辞儀して、背を向けて参道を歩いているうちに、自分の身体が軽くなっていくのを感じました。
 ここのところ、食欲もあるし、お腹も大丈夫だし、睡眠もちゃんと取れているのですが、どこか疲れが溜まっていたのかもしれません。
 先日母からも「顔色悪い」と言われていたのですが(自分でも鏡見てびっくりした、コンサートに行った21日の日曜日がピークだった! でも化粧してオシャレしてごまかして出かけた!)、帰宅すると目の周りあたりは少し普通の色が戻っていたみたいです。
 やはりお参りは効くなあ。。。
 出向かないとダメなんだなあ。。。
 毎朝、舅の写真と、年末に奈良興福寺と春日大社でいただいたお札や観音様の写真などに向かって般若心経を唱えているのですが、たぶん、土地のエネルギーを含めたなにかがあるんですよね、神社って。。
 土地そのものにパワーが、やはりあるのかもしれない。
 昨日は「渦巻きエリア」まで行ってよかったなあと思いました。たぶんあそこに肝があるから。

 たまに行かないとな。
 
 

 
 
 
 

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つれづれ日記(最近あった不思議なこと):追記で不思議じゃなかったこと

 おとといの空↓
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 もくもく。
 
 数日前から、目がかゆくなることが増えました。
 花粉の季節が始まったのですね。。
 頭もボーッとしてきました。
 そういえばわたしは目薬を差すのが苦手なのですが、そもそも普段から少しだけ先端恐怖症みたいなものがあります。
 自分の視界に向かってくる突起物があると気になってしまうんです。集中力がなくなるので、近場の視界に入るとなるべく「ならし」ます。 
 目薬を入れるとき、視界に向かって容器の尖端から水分がぷくーっとふくれてこちらに落ちますよね。本当に毎回「ひー」となります(汗)。
 これから春が近づいて花も咲き始めますが、花粉症に関しては気が重いですね。のどもかゆいです。

 ***

 火曜日一人で入った台湾料理屋、中野味王の腸詰めと青島ビール↓
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 夫がいないので独り占めできた。。ひっひっひ。 
 「れんげ化粧水」を買いに、数ヶ月に一度中野に行くのですが、ついでに「味王」さんにもよく行きます。
 腸詰めと担子麺を必ず食べます。

 夫が先ほど帰宅して、仕事に行きました。
 義母は夫が金沢入りした日、誤嚥から来る肺炎を起こしてしまい、熱が出て寝ているばかりだったそうです。
 医師は落ち着くのに1〜2週間かかると言ったそうです。
 起こして問いかければ夫のことは分かるし、口からおかゆは食べられるそうですが、いろいろと進んできているのかなという感じです。
 とりあえず肺炎が治まってくれて、また少しでも食べることができればよいのですが。。

 ***

 南新宿エリア、文化学園付近のイルミネーション↓
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 少しピンぼけ。

 昨日は奈良興福寺の文化講座に行っていました。
 
 こちらの講座に通って2年過ぎましたが、去年まで講座に出るたびに感想をブログに書いていたのを、ここのところやめています。
 「ブログのネタにする」という意識があると、入ってこないものもあるかなということを思うようになりました。
 (実際「ブログにする」という目的を外すと、もっとまっすぐにお話の内容が自分の中に届くようです)

 ブログのために行くのか、とか。
 通い初めの頃は、少しそういう気持ちがあったと思います。
 「よいネタを見つけた!」というような(汗)。
 でも、通い続けるうちに、「そういうのってマズいよな」と思うようになったし、それでもそれまで書いてきたから、書かないといけないのかなと思っていましたが、ちょっとなにか変わってしまったように思います。
 「自分はこれだけ分かってますよ、勉強してますよ」アピールとか、そんなこと全然したくないけど、結果としてそういう風にしかできなくなっている自分(形骸化してしまった?)を、ご法話を聴いているうちに気づかせていただきました。
 恥ずかしいです。

 ちょっと、すごい不思議なことがあったんです、このことに関して。
 
 上に書いたことが、あまりにも恥ずかしくて、自分で耐えられなくなって、今まで書いてきた「奈良興福寺文化講座」の記事を、カテゴリごといったん削除してしまったんです。
 検索して記事にたどり着く方もいらっしゃるかもしれないし、そんなこと恥ずかしいし責任も持てないのだから、消したほうがいいと思ったのです。
 でも、、後日気づいたのですが、削除したはずの記事が、なぜか、「アート・文化・学問・宗教」というカテゴリの中に移動していたんです。
 これは、一つ一つの記事をそこに移動させる手順を取らないとできないことで、わたしはそのようなことをした記憶はないのです。
 どうせなら、と、一気に一発ポンで消してしまいました。ネット上で、閲覧できないようにしたはずなのです(それもすごく失礼なことなのだと今になって思いますが、そのときはそれが「答え」だと思ったのです)。
 でも、別のカテゴリーに残っていた。。なぜか。。。
 これはもう、不思議としか言いようがなく、、興福寺の守り神でもある春日明神様の思し召しだと考えるしかなく。。。
 とても恥ずかしいのですが、今までの記事はそのまま残すことにしています。
 南無慈悲万行菩薩、南無慈悲万行菩薩、南無慈悲万行菩薩様。。お許しください、ごめんなさい。

 信仰というのは難しいです。
 どういうことがそれを表すのか、よく分かりません。
 新興宗教にハマってしまった友人の姿なども見てきて、あまり盲目的になることには抵抗があります。
 でも宗教についてのいろいろなことを、単に知識として振りかざすみたいなことも恥ずかしいことだと思います(それは他の分野に関してもそうかなと思います、盲目的になることもそうですね)。
 今回、とても反省をしたし、それでもこのような不思議なことがあったりして、、そういう中で支えられながら、よろよろと歩いていくしかないのかなという気がします。

 <追記>
 ちょっとあまりにも不思議で、いろいろ調べたところ、FC2ブログは「カテゴリ」を削除しても、記事自体は削除できないシステムになっているようで、わたしの設定だとカテゴリで削除した記事は自動的に「アート・文化・学問・宗教」というカテゴリに移動されることになっていたようです(これがなぜかはよく分からない、たぶん初期設定でなにかしてしまったのだろう)。なので、機械的なことなので全然「不思議」じゃありませんでした。
 でも自分ではこのことは不思議だったので、、「思し召し」として受け取る気持ちでいようと思います。
 
 
 

 
 

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妖精の季節の遭遇

 昨日は満月でしたが、月が太陽の真向かいに来るのはお昼くらいだったので、ゆうべの月は若干「満月」からは欠けていたと思います。
 でもベランダで少しお月見をしました。
 東京都下小平は夜半から急に風が強くなっていました。
 そのせいか今日は少し気温が下がりましたかね。
 金沢でも滞在中はずっと暑い日が続き、身体が「夏仕様」になった気がしたので、ゆうべはニットやセーターの「エマール洗い」と衣替えをしました。

 ***

 昨日は夫と地元エリアをウロウロしました。
 まあ、今日本でもかなり盛り上がっている「観光地」に直前までいたので、GWですがどこか遠出をしようという気は全然起きません(笑。金沢、新幹線効果がやはりかなりあるようです。お義母さんたちの住まいは兼六園の近くでもろくそ「観光地」です。病院もすぐ近くで、観光客の間を縫い、えっちらおっちら病院通いしたということでした)。
 JR武蔵野線を使うときの隣駅が「新秋津」というところなのですが、ここが独特の商店街がある街で、久しぶりに散策してきました。
 はじめて「太陽のトマト麺」を食べました↓
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 唸るほどおいしいというわけではないけれど、これはこれでおいしいというか、アリな食べ物ですね。
 スープパスタとラーメンの中間という感じか?
 有機トマトを使っているとか、おしぼりは布製とか、お茶はジャスミンティーとか、なかなか女性心をくすぐるお店だと思いました。
 また食べに行きたくなる予感があります。たぶん行くな。

 ***

 秋津からの帰り、地元で「妖精」を見つけました。
 じゃーん!↓
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 じゃじゃーん!↓
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 四つ葉のクローバーと七星てんとう虫を一度に見つけたのって、はじめてかも!
 (ご存じない方のために説明しますと、わたくしは「四つ葉のクローバーゲッター」であります) 

 昨日はすごかった。ふと目を下に落としたとき、真っ先にこの四つ葉が目に入りました。
 四つ葉を見つけるときはいつもそうです。見つけようとして探しても絶対に見つからなくて、ふと目をやるとある、いつもそうです(実は今回金沢でもクローバーが生えているところがあったので探してみたんですけど、やはりなかった)。
 加えて視線を移すと、七星てんとう虫までいたというわけであります。
 
 西洋では、四つ葉のクローバーを見つけたり、七星てんとう虫を見つけるのはラッキーサインで、妖精が「そばにいるよ」と言っている、と考えることもあるそうです(たぶん子供の世界の話だろう。でもわたしはこの手の話が大好きだ)。
 5月(と10月)は妖精の季節だとも言われるそうです。

 わたし自身は、妖精というものの存在はあるのではないかと考えますが、それがなにかと言いますと、5月や10月、植物の生育が活発な時期(5月10月というのは北半球の四季のある地域限定の話かも)に、空気中に「増えよ栄えよ/さあ受け取れ収穫せよ」というエネルギーが満ちますが、その「生命を育もうとするエネルギー」がすなわち「妖精」なのだと思うのです。
 生命がこの地上に溢れることを「是」とするエネルギーというか、意思。宇宙に生命を生み出した「元のなにか」から、生命を増やすことを意図する意思が生まれ、宇宙にはその意思から託された「生命を司る領域」があり、その領域に奉仕するエネルギー、それをわたしは「妖精」というものだと感じます。「精霊」でもいいかもだけど。
 そのエネルギーを擬人化させたものが、いわゆる「妖精」と言われるものだと思っています。
 生命を肯定する力!
 でも人間は、その力を否定することもできたりとか。なんなんすかね。
 そんな「否定的」にもなれる人間であるわたしに、ときどき四つ葉のクローバーとか、七星てんとう虫を遭遇させるなにかがあるのですよ。

 ***

 ちなみにわたしは、歩いているとパワーストーンや、自分にとって意味のあるチャームや護符のようなものを見つけることも多いです。
 今まで拾ったことのあるパワーストーンは、タイガーズアイ、ローズクオーツ、アメジスト、ブラックトルマリン、マルチカラートルマリンのストラップ、水晶とタンザナイトのストラップ、など。嘘じゃないですよ、今まで見つけるとだいたい写真をネットに載せてきたので。。。
 チャームは地元でバラの形のもの、神楽坂の神社で見つけたのはキリストが描かれたメダイ、上野でスワロフスキーで彩られた馬車のチャームを見つけたこともありました(これらは今でも大事にしている)。そういや奈良のホテルで謎の緑色のいい匂いのする玉が出てきて、それを一つ飲んでしまったということもあったな。。

 それで、話がしつこくなってすみませんが、この前金沢で病院への道すがらでも護符みたいなものを拾いました。
 これです↓
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 ちょっと六芒星のイメージですよね。
 かなり傷がついているのですが、、なにか宗教的なものかなと思ってしまいました。
 今このときに、自分の足下に落ちているというのは、なにか意味があるのかなと思って拾ってしまった。
 この形の意味、この護符についてご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてくださいますよう、よろしくお願いします。
  rosinu-rose@tbt.t-com.ne.jp

  上記自己解決しました。こちら護符ではなく、明治の頃に作られた石川県立工業高校の校章でした。雪の図案なのだそうです。こういう時期に見つけたものだし、きれいなデザインなので拾ったもの入れに入れておこうかなと思案中です 
 
 ちなみにまだまだしつこいですが、28日の夜行バスで、途中目が覚めたので窓の外を見たら星がすんごくきれいだったんですよ。軽井沢の手前あたりの一番山深いあたりで、久しぶりに蠍座を見ていました(あのしっぽのあたりの形、やはりかっこいいなあと思います)。
 こんなにきれいな星空は久しぶりだなとか思っていて、たぶん天の川もうっすら見えていたと思いますが(バスのシートはゆったり3列でかなりリクライニングしていたので、寝た姿勢のままカーテンの向こうに顔を入れて空を見ていました)、なんと(というか案の定)、流れ星も見てしまったのでした ミ☆

 こんなに集中してそういうものに遭遇するのも珍しいなと思います。
 ありがたく受け取っておこうと思います。

 昨日の空↓
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夢の中の八代亜紀さん

 先日、9月か10月のどこかですが、夢に歌手の八代亜紀さんが出てきました。
 そしてわたしに言いました。
 
 「『これはこうである』って思ったら、『こうである』で止めとくの。そうするととっても楽よ〜〜」と。

 この言葉を聞いてわたしは「なるほど〜」と思っている、そんな夢でした。

 「これはこうである。でも違うかも」とか、「これはこうである。であるならばそうでもあるかも」とか、そのように考えないで、これはこうだ、と思ったら、そこで「こうだ」としておく。
 それ以上でも以下でもないとする。
 確かに、それができたら、いろいろと「楽」かもしれません。 
 でもなかなかそこで「止める」ということができない、そんな面もわたしにはあります。

 でも、あの八代亜紀さんがわざわざ夢の中で教えてくれたのですから、このことについて考えてみる必要はあるのだろうと思っています。

 この夢のことを忘れていたのですが、ちょっと思い出したので書いてみました。

 なにを書いているのか伝わっておりますでしょうか。。。(汗)
 実はわたしもあまりハッキリとは分かっていません。。

 1977年の紅白歌合戦での八代亜紀さん。まさに女王! 匂い立つ色気。。。


 
 

 
 

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夢の中のライオン

 今日は夫が休めたので(最近休みが不定期になっています)、六本木でやっている「こども展」に行こうと思っていたのですが、わたしの体調が悪く(ツキノモノ初日)断念いたしました(立って見て回る美術展はとてもきつい。映画や音楽会なら座っていられるからまだよい)。
 なので今日は下腹部痛とだるさでゴロゴロしており、昼寝もしてしまいました。

 昼寝していたらいろんな夢を見たのですが、夢の中でわたしはネットで「夢の中のライオン」というものを調べようとしていて、そのことをブログに書こうとしているのです。
 それを目覚めて覚えていて、「夢の中のライオン」ってなんだろうと思って、実際に調べてみようと思いましたが、すぐにそれは、今日「こども展」で見たかった画家、アンリ・ルソーの有名な絵じゃないかな、と思いました。

 ググるとその絵はすぐに出てきました。

 眠れるジプシー女(1897年)↓
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 前にテレビでこの絵を見ていて、いいなあ、と思っていたのです。
 たぶん、わたしにとっての「夢の中のライオン」は、この絵のことです。
 いつか本物を見てみたい。

 ちなみに「夢の中のライオン」という言葉自体でググっても、夢判断のライオンの意味などが多く、あまりピンと来るものがありませんでした。
 


 

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「独占」ってちょっと下品だし。

 子どもの頃より、大人になってから、もっと言ってしまえば30代以降になってから、わたしは四葉のクローバーを見つけることが増えた。 
 四葉のクローバーを見つけるときというのは、妖精が「いるよ」とサインを送ってくれているという。
 ほんとかどうかは分からないけれど、そういう機会はありがたく受け取りたいものだ。
 それは、お金では買えない機会。

 コデマリ↓
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 買い物の帰り、この写真を撮っているあたりから、「ああ、今日は四つ葉を見つけられそう」と思いはじめた。
 なんとなくだ。

 通っていたのは近所の大きな病院の敷地内で、そこにはところどころにクローバーの群生があり、わたしは中庭のほうへ向かった。
 そして見つける↓
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 超絶器量よし。この子は摘んだ。
 四つ葉というのはたぶん遺伝の問題なので、一つ見つかると周囲に他にもあるものだ。
 案の定↓
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 これは五つ葉のなり損ない↓
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 以前は四つ葉を見つけると全部摘んでいたのだけれど、押し葉にした四つ葉がたまりすぎて(何十個もあるし、古いのは破れてきてしまった)、もう自分にとっては「珍しい」ものではなくなっているので、初めの器量よしを記念に摘むだけにしようと思う。
 けれど、こんなにあるなら独り占めするのはよくないな、とも思ったのだった。
 少し移動するとまた↓
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 斑なしの株でも↓
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 わたしは「こんなに見つけちゃってなあ、誰かに教えたいなあ」と思っていた。
 そこは病院の敷地だったので、もし患者さんが通ったら教えてお裾分けしようかなと思ったりもしていた。
 すると、中庭の向こうから、親子連れがやってきたのだ。
 小さな男の子とお父さん、妊婦のお母さんで、男の子は築山を楽しそうにかけている。
 わたしは少し悩んだあと、一つ四つ葉を摘んで(一番下の写真のもの)、ご家族に「すいません」と声をかけ、お父さんに「見つけたのでどうぞ」と四つ葉を渡し、「あそこの株にはほかにも四つ葉があったので、よかったら探してみては」と言ってその場を去ったのであった。
 奥様も嬉しそうな顔をされていた。
 その後あの家族が四つ葉を探したのかは分からないけれど。
 独り占めはしなくて済んで、よかったかなと思う。
 きっと妖精たちも喜んでいるだろう。


 *おまけ*
 四つ葉ではないけれど↓
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 クローバーのベッドでねんね中。これはかわいく思えた。

   
 
 

テーマ : いいもの見つけた - ジャンル : 日記

結局ホッとしてしまう

 昨日、夕飯の買い物の道すがら、久しぶりに「オレンジ君」を見た。
 
 「オレンジ君」というのはわたしが勝手につけた名称なのですが、空に浮かんで移動するオレンジ色の光る点のことです。光は点滅しないでついたままです。見た目の大きさは、夜空に光る太陽系惑星の火星くらいでしょうか。たいてい、金星や木星ほどは大きくありません。
 移動する方角は、東から西、北から南と決まった方角へ動くものではなくて、見るときによってまちまちです。
 飛行機などのようにまっすぐ動いておらず「浮かんでいる」という言い方がふさわしい、ふらふらとした動きをしています。
 だいたい、移動中に途中で消えます。

 ありていに言えば「UFO」なのかな、という感じです。
 文字通り、未確認飛行物体です。
 この物体について、今までも少しブログに書いてきていると思います。
 そんなことを書けば、人格を疑われるというのは分かっていますが、見てしまうので書いてしまっています。
 バカですよね(笑)。
 
 昨日見たものは、空のわりと高い位置南側にあり、北から南に10センチくらい移動してから光量を落として消えていきました。
 ふと見上げるといて、はじめは星かなと思ったのですがふわふわ移動するので「あれ」と思い、「もしオレンジ君なら、それと分かるようにしてほしいな」と思ったら光量が落ちて消えました。
 飛行機ではないです。
 人工衛星でもないです。
 妙に、わたしの心に呼応するような動きをします。

 これを見るようになったのは、21歳でチャネリングが起こるようになってからです。
 24歳頃の一時期、毎週のように見ることもありました。
 見る場所はわたしの住む地元であったり、富士山の麓であったり、「パワースポット」と言われるインドネシアの都市であったり、飛行機の機内から眼下に、であったりします。
 一度にたくさん見たこともあります。
 人が一緒にいれば、一緒に見るので、わたしの幻覚ではないと思います。
 いつからか、わたしの心の動きに呼応するような光り方や、移動の仕方をするようになってきたという気がします。飛行機から見たときは、ふざけて手を振ったら光を点滅させてくれたことがありました。

 この物体のことを、なんなのだろう、とずっと考えています。
 でも、「地球外生命・文明」などと言うつもりはありません。
 証明のしようがないですから。
 ただもう、どう考えていいのか分からないものとして、それはずっとわたしの生活の中にあります。
 誰かに説明してもらいたいくらいなのです。
 (誰かこの物体についてご存知ないですか??)
 そして今は、それが具体的になんなのか、ということより、わたしにとってそれがなんなのか、それを見るということはわたしの何を表しているのか、ということを考えるようになっています。

 ただ、ここのところ久しく、それを見ることがありませんでした。
 前回それらしいものを見たのは、去年の3月12日でした。
 東日本大震災の翌日、福島第一原発で、一号機が爆発した日です。
 それはオレンジ色ではなくて強烈な白い光でしたが(そのときは金星よりも大きかった)、見上げた月のそばにいてひょろっと動いており、2秒くらいで消えました。
 天災などがあった日には、そのような白い強烈なものを見ることがあるのですが、オレンジのものと同じかは分かりません。色は違うけれど、動き方は似ています(飛んでるのではなくて浮かんでいるという印象)。
 
 それはいいとして、久しぶりに見られたので、どこかでホッとしている自分がいるのです。
 ホッとしているどころか、どこかで救われたような気になっているのです。
 もう自分には、そういうものと波長を合わせる能力がなくなっているのかな(波長が合うから気づけるのだと思うので)、と思っていたのです。
 でもわたしも四十路のいい大人ですから、それもいいのかな、とも考えていました。
 そうであれば、それを受け入れて、新たな自分を作っていくしかないと思っていたのです。
 でもそれは空にいて、わたしはそれに気づけたのです。
 
 そこでホッとしてしまうわたしはやはりダメなんでしょうね。

 
 
 

 

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