あなどれん。

 わたしの母は、なかなかの御仁です。
 
 今日、ずっと実家へ留守番に行っていましたが、そう思います。

 少し口惜しいな。

 この人を超えることはできないのかな。。

 知れば知るほどうなってしまう。

 今までは、ほんとには知らなかったのかなあとも思う。

 なんじゃろう、家族、親子。
 それでも、自分以外の人。

 
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テーマ : 親の老後と介護 - ジャンル : 結婚・家庭生活

雨が降ってきたから

 今しがた、窓の外からぱちぱちぱちぱちという音がするので、急いでカーテンを開けたら、雨が降ってきていました。
 けっこう大きな雨です。
 大きな雨っていうのは、、雨粒が大きいということです。
 ゲリラ豪雨とも言うかも知れません。ゲリラ豪雨@小平。
 
 雨が降ってきたので、ブログを書こう。
 そう思いました。
 そういうのって、いいと思いませんか?
 雨が降ってきたから。

 昨日は、夜10時くらいに寝てしまいました。
 寝てしまったのでブログを書けませんでした。
 なぜ寝たかというと、酔っぱらっていたからです。
 なぜ酔っぱらっていたかというと、この前ちらりと書いた、「酒粕のディップ」を作ってみたらおいしかったので、白ワインもおいしかった、ということです。
 
 こんなよ→0908dip.jpg

 ああ、すごい雨だなあ。
 今日は蒸し暑かったです。
 ゆうべ10時頃に寝て、今日起きたの昼の12時前です。
 さすがに寝すぎました。。。寝すぎてだるくて、頭も痛いような気がします。
 おばかしゃんね。。。

 今日はあっとさん(夫)が飲み会で、わたしはまた外に一歩も出ないで、適当に冷蔵庫にあるもので夕飯を済ませるのです。ディップまだあるし。白ワインも残っています。
 
 ひひひひひ。。。。

 これから少しピアノを弾こう。
 雨が降っている間に弾こう。
 (あ、拍手たくさんありがとうございました♪ こういうのやはり嬉しい。もっとたくさん本読んで、もっとたくさん感想書きたいと思っちゃう。けれど、きっと拍手をもらうために本を読んだり感想を書いたりすると、つまらなくなるような気がするので、これからも心の声に従いながら、きちんとやっていきたいです。ありがとうございます)
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

まちの本屋さん

 さっき、カーテンの隙間から見える窓の向こうが、ピンク色なので、びっくりしてベランダに出ました。
 空一面ピンク→0908pisora.jpg
 今は時間が経過して、紫になってます。
 すごいね、台風の雲の副産物。
 ああ、この紫もすごくきれい。
 そのうちに灰色になるだろう。そして黒くなるのだろう。明日の朝まで。

 昨日お友達と歩いたのは、小平市の鷹の台というところでした。
 駅前に玉川上水が流れ、少し行くと武蔵野美術大学があり、ほかにも学校がたくさんあります。わたしが推薦入試に落ちた白梅短大も、、、ここの心理学科に入りたかったの。でもダメだった。。(当時短大で心理学科があるのはここだけだったのだ)

 この鷹の台というところ、学生さんが多いし、美大も近くにあるので、ちょっとしゃれたお店なんかがあるんです。カフェみたいなのとか。小さなギャラリーとか。
 改めていいところだなあと思ってしまいました。
 何度か遊びに来たことはあったけど、もうちょっと通ってもいいかもしれない。
 電車も初乗り運賃で来れるし。
 
 駅前の本屋さんもすてきです。
 小さいけど、本のセレクトが知的で、文化レベルが高いんです。雑誌とかビジネス系の新書みたいなので埋め尽くされてないんです。
 思わず、本を買って帰りたくなりました。
 どうせなら、そういうところで買いたいですもの。
 ちょっと前から読みたかった本が2冊置いてあったので(国分寺の丸井の紀伊国屋書店ではそれ、一冊しかないんだよ)、購入。
 レジのマダムが、とても丁寧に、ブックカバーをかけてくれました。
 それがオシャレなのです。
 なんの本かはまだ秘密→0908honya.jpg

 この本屋さんは、ギャラリーもやってらっしゃいます。
 松明堂ギャラリー
 このギャラリーで、18歳のわたしは、ジャン・コクトーの版画を買ったのでした。
 ブランド物のバッグなんかには目もくれず、そういうものに金を使う18歳でした(笑)。
 
 こういう場所が、今でも地元に根付いて活動されてることが、嬉しく、なぜか誇らしいような気分になりました。お客さんは、そこそこいたように思います。
 これくらい個性があれば、「淘汰」されなくて済むのかな、とも思えたり。
 心強いような気さえします。

 今夜はまだ涼しいですよね。台風は多摩地区はピークを過ぎたか?
 過ごしやすくていい感じです。タオルケットが気持ちいい♪

 

 

テーマ : 購入/売却書籍 - ジャンル : 本・雑誌

台風も来るよ

 今日はいつもお世話になっている地元エリア友だちと、超地元の玉川上水をお散歩してきました。
 楽しくおしゃべり、ありがたかったです。
 雨も会ってる間は激しく降らず(台風が近づいてるとか。。)、それなりの距離を歩いたけど涼しかったのでちょうどよかったです。
 つくづく、わたしが住んでる小平近辺は、緑も適度にあり、遊ぶところも適度にあり、都内にも出やすく、住みやすいエリアだなあと思いました。

 帰宅してから選挙へ。

 わたしはですね、、人の名前は、民主党の人、
 政党の名前は、自民党にしました。

 なぜそんなことをしたかというと、、、

 「サンキュー、自民党」だからです。
 
 餞別みたいなものです。
 
 民主党圧勝、というのは、、なんとなく分かっていたし。

 いえ、わたしは、だって、高度経済成長期に生まれた、自民党政治の申し子ですから。
 恩恵は、たっぷり受けて育ったのです。
 高卒のわたしでも、英語、少しならできますから(それは、わたしが子供の頃は、共産党や社会党が強かったからでもあるのだけど)。
 今の30代?40代は、そうなんじゃないのかな。
 若い世代にいくほど、政治の恩恵は受けられていないのだろうと思います。
 90年代以降は特にそうだよね。。。

 でも、わたしは、正直、真の貧しさも知らず(古い団地に住んでいるけど、これは半分趣味だし)、のほほんと生きてこられたのだと思います。
 それは、一応、自民党が50年以上、安定して社会を作っていたからでしょうから。
 いえ、もちろん裏にはいろーーーーーんなことがあるでしょうけれども。
 少なくともわたしは、あまりその負の影響を感じることなく、生きてこられたのです。

 だから、サンキュー自民党、でした。
 ノンポリといえば、ノンポリです。
 
 わたしは、昨日、夢を見ました。
 
 わたしの視点は、宇宙空間にあるのです。
 そばに、誰かいます。宇宙人かもしれません(つまりガイドだったと思います)。
 宇宙空間から、地球を見ています。
 大きな隕石が、地球に落ちました。
 大気との摩擦ですごい炎が上がるので、海が熱湯になって、それが津波になりました。
 たくさんの人々が、ひどい死に方をしました。
 それでも生き残った少数の人々が、ほとぼりが冷めたあと、一人一人、自主的に生きはじめます。
 むやみに集って、なにかを組織するということもなく、一人一人。

 そばにいる誰かが、見ててごらん、と言って、また隕石が落ちました。
 地球は火の海です。
 でも、やはり生き残る人はいて、それぞれに立ち上がって、自分の場所から「再建」をはじめます。

 目が覚めたとき、少し怖かったけど、その「再建」をする人々の力強さみたいなものも、目に焼き付いていました。

 きっと、今日の選挙と、その後の世の中のことだろうと思っていました。

 できれば、生き残るほうにいたい。
 もし、生き残るほうにいられるなら、ああやって、立ち上がれたらいいなと思う。

 時代が変わるのかなあ。
 
 

テーマ : これからの地球人 - ジャンル : 政治・経済

すごく今さら (村上春樹/ノルウェイの森)

 今さらながら、なのです。ほんとに。
 今さら村上春樹の「ノルウェイの森(上・下)」。
 世の中では、この方の最新作がすごいことになっていたというのは、知っています(でももうすでに少し過去のことになっているのが怖いですけど)。
 しかしわたしには、「ノルウェイの森」だったのでした。
 
ノルウェイの森 上 (講談社文庫)ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
(2004/09/15)
村上 春樹

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 この本が大流行りした高校生のとき、わたしは決してこの本を手に取りませんでした。
 その頃は村上龍が好きでした。
 だからというわけでもないのだけれど、わたしには少しそういう「律儀」なところがあるのか、そのとき好きな人の対抗馬みたいな人には手を出せないところがありました。そのもうちょっと前のことで言えば、中島みゆきが好きだったからユーミンは聴かない、みたいな感じです。
 そういうなにかを通すことで、自分の個性が育つと思っていたのです。
 かわいいものです。10代ですから。  
 今はもう少し図々しくなったかもしれません。

 でも、そういうものすごく分かりやすい図式の裏に、こんな思いもあるのです。
 「きっとこれはわたしが好きな世界だ。入っておくのはやめておこう」。
 わたしは当時、この本の魅力的な赤と緑の表紙を、本屋で何度も目にしながら、そう漠然と、でもはっきりと決めていました。
 さきほど読了し(ゆうべから読みはじめて、朝まで読んで、今日はずっとこれを読んでいた。ちなみに夫は飲み会なので、ごはんを気にしなくてよかった)、その高校生が思っていたことは正しかったんだな、と、感心しました。

 今のわたしが読むのでよかった。

 これはやはり、とても危険な本ですね。

 今、世界でも押しも押されぬ作家になった村上春樹さんに対して「アンチ」を公言する猛者は少なくなったといいいますが、村上氏はずいぶん文壇の世界では叩かれてきたそうで。
 この作品のせいで若者文化が変わった、という人もいたそうです。

 それくらいの影響力は、やはりある作品なんでしょうね。

 あの頃読まなくてよかった。

 そう思ってしまいました。
 10代の、なんでもかっこいいもの、すてきなものを吸収したかったあの頃に。
 そこにある世界に、自分も同じように入っていけると、素直に信じてしまえるあの頃に。

 10代の頃のわたしは、あまり頭が良くなかったので(それは今もだけれど)、どんな影響を受けたか分かりません。
 あの頃、このように柔らかく優しく切なくエロティックな世界にそのまま入っていたら、ちょっとわたしの人生は分からなかったと思います。
 あの頃、怒りに満ち満ちた村上龍で自分を武装していたのは、、、
 それはそれで、よかったんじゃないかと思います。
 わたしはわたしを、そのようにして守っていたのだなあ、と思いました。

 10代は、固い果実でいいんです。
 わたしは、女の子たちにそう思う。

 でもあの頃この本を読んでいたら、むやみに「成熟」を、急いだかもしれません。
 でも、やはり成熟なんていうものは、そんなに早くやってくるわけはないのです。
 セックスの体験と成熟は、まるで比例しないのですから。
 そのへんのことを、分からないあの頃に読んでいたら、怖かったかなと思います。
 精神が研ぎすまされていることと、自殺を選ぶということが、別物だ、ということも、あの頃には分からなかったでしょうし。
 いろいろ、やはり危険な本なのだろうと思います。

 そう思うけれども、やはりこの本は、わたしの好きな本です。
 その世界は、わたしの好きな世界です。

 言葉の選び方が好きだし、その丁寧さが好きです。
 丁寧さも冷静さも好きです。
 今のわたしが影響を受けたいのはそこです。
 内容は、ほんとは、二の次です。
 小説っていうのは、そういうものです。
 しょせんは、一人の人が、その頭の中で創ったものなのです。
 現実ではないのです。モデルになることがあったとしても。
 だから、いかにその頭の中にある世界を丁寧に、正確に言葉にするか、できているか、というのが問題なのです。
 それを理解できてから読めたのが、よかったのだと思います。

 そして、もちろん、内容も好きでした。 
 出てくる人、みんなが魅力的でした。
 やばいですよ。ほんとに。

 この本を読む前に、著者が訳したフィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」を読んでおいたのも、とてもよかったです。
 
グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
(2006/11)
スコット フィッツジェラルド村上春樹

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 この本は危険だし、読み間違えるというか、のめり込みすぎるのはほんとにやばい気がしますが、でも、この本が当時ベストセラーになったということには、悪い気が起きません。
 きちんと丁寧に、吟味されて創られた作品(文壇などという世界を無視して!)が、市井の人々に受け入れられたということは、いいことなんだと思います。
 福音だと思います。


 

 

テーマ : 読書 - ジャンル : 小説・文学

夏が終わっていく

 昨日はあっとさん(夫)が休みで国分寺、、、ではなく、地元で。いや、国分寺もほぼ地元かもですが。
 最近できたインドカレーのお店に行ってみました。
 
 なんだか、多摩地区にインド人の方がやってるインドカレーのお店が増えてるような気がするのですが(国分寺にもいくつかあるし、武蔵小金井にもあったな)、これって、家賃が安いからなんでしょうか。
 西武新宿線小平駅南口と北口に、最近一つずつできたんですよ。
 どうしちゃったんだろう、という感じです。にわかにインドカレーブーム@小平?

 わたしはインドカレーが好きです。ナンも好きです。あとチャイも好きです。
 あの、、たぶんちょっとうるさいです。
 ちょっと前まで新宿のアルタの裏にあったカレー屋さんは、つぶれてしまったようです。
 ここのチャイはほんとにおいしかった。。
 仕方がないので、新宿ではシディークというカレー屋さんに行くことが多いですが、ここのは、、なんか辛いだけでスパイスの使用量が少ないような感じがします(スパイスとは辛くするだけのものに非ず)。安いからいいんですけど。。ラッシーも薄いし、チャイも薄くておいしくなかったです。
 でもわりとそういうところは多いような気がします。利益のためなら仕方ないのでしょう。

 でも今日行ったところは(北口のほうでした。メリーインドレストラン)、カレーのルーのスパイスもきっちり効いてるし、チャイもこっくりスパイシー。ちゃんとしてたので嬉しかったのでした。
 地元でこんなチャイが飲めるようになるとは。。。! 感動レベルです。
 通ってしまう予感。。。

 その後西友に寄って、てろてろ歩いて帰り道を行くと、太鼓の音が聞こえてきて、そちらの方向から歩いてくる家族連れの子供の手に、ヨーヨー風船が揺れています。
 今年は盆踊りなど、どこも見ませんでした。ああ、去年もその前もか。。(5年ほど前、団地の自治会の盆踊り実行委員会の会長にならされてから、苦手だったのだ)
 おいしいカレーとチャイに出会って機嫌がよかったので、ちょっと見てみたくなりました。

 たまにはいいものですね、盆踊り。

 夢の中の景色みたい→0908maturi.jpg

 戦利品。ばーいんばーいんばーいん→0908ball.jpg
 「ばーいんばーいん」とは、ヨーヨー風船を打ったときの音です。そう聞こえますよね?

 会場近くにはカラスウリの花→0908uri.jpg
 いつみても不思議なかたち。

 
 
 
 

テーマ : インド・ネパール・パキスタン・バングラデシュ・スリランカ - ジャンル : グルメ

チャネリング・アーカイブを載せました。

 ブログをはじめたくなったもう一つの理由は、去年から再開させたチャネリングの内容を、まとめて読みやすくしたい、ということでした。
 自分で読みたくなるんですけど、どこにあったかもう分からなくなってて。。。さるさるは、ひたすら日付順に保存されるんですね。メモっておかなかった自分も悪いんですが。
 
 昨日寝すぎてなかなか寝付けないので、やってしまいました。
 でも記事範囲特定のドラッグ&コピペで右手痛いです。

 記事8つ分も使いました。
 興味のない方には申し訳ありません。その場合、「最新記事」のところなどで、読めそうな記事に飛んでくださいね(こういうことができるんだから、やはりブログの機能はすごいなあ)。
 でも気が向いたらチャネリング、読んでみてくださいね。悪いことは言ってないような気がします。

 。。。それにしても、チャネリングの記事を探すために、去年の7月くらいからのさるさる日記をざざっと読み返してたけど、、やはり、言葉が空回りしていて、なかなかつらい文章でしたね。。
 もちろん、読めるものもありますけど、、もう、ノリで突っ走ってるし。。 
 やはりとにかく1000文字でおさめるということなので、状況や感情の詳しい説明はしていないし(ていうかできないんですぅ)、だから、もう結論を急ぐというか、断定的な言い方にしかできなくて。つまり、乱暴ですよね。
 ものの1ヶ月前まで、あれでいいと思っていた(わけではないんですけど、ああするしかないとは思ってた)なんて、ちょっと今になると怖いです。
 このおのれの感覚の変貌ぶりもなんだかすごいですけど。
 
 でも、文章の訓練と忍耐力向上にはなっていたのかな、1000文字の日々。
 あの8年間に対して、後悔のようなものは、ありません。

 

 

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北美紀筆談チャネリング(アーカイブ)・8 「自己責任」とは

 2009年6月22日 対エノーラ
 この日は、「自己責任」ということについて考えていました。わたしには前世の記憶がありますが、そういうことを自覚する前から、その前世に関連するようなものに心惹かれていたりしましたし、記憶にない子供時代のことが成人後の人生に影響を与えることなどは、普通にあることです。そういうこともあるのに、すべてを「自己責任」とする風潮(もうこの言葉も今や嫌われ言葉になりつつありますが)に、反感を持っていたからです。
 でも考えるのに疲れてしまって、日記の途中からチャネリングをはじめたのでした。
 
 エノーラ:おもしろいことしますね(笑)

 ろしこ:えへへ。なんか、自分で考えるのに限界を感じたの(笑)

 エ:「誰の責任か」、ですね。
 
 ろ:うん、だって、このことで、大きな混乱があると思う、今の日本の社会の中に。
 
 エ:そうですね、あなたはどう感じてますか?

 ろ:自分の責任、、なんだと思うの、究極的には。
   でも、その「自分」ていうのは、自分で思ってるよりも、はるかに大きいの。
   問題は、「自分」というものの範囲が、正しく認識されていないことかもしれない。

 エ:いいですね(笑) 
   そう、あなたが思ってるよりも、はるかにあなたという存在は大きい。
   でも、それをあなたは知らない。

 ろ:そういう言葉がね、、なんか、これまた混乱を起こすのよ。。。
   (笑)

 エ:そうなんでしょうね。

 ろ:その大きさを知ることは、わたしたちにはできないの?

 エ:そのすべてをほんとにすべて感じきる、ということは、できないというか、難しいかもしれませんね。

 ろ:うひー。そうだよね、言葉として使うことはできるけど、ほんとにすべて実感するのは難しいのかもしれない。

 エ:ここでも言いたいのですが、それをできなくてはいけない、ということではないのです。
   あなたたちは、この地球に、それを感じるためにきているわけではないのですから。
   というより、それを感じていたいのなら、肉体を持って地上には行かないほうが賢明です。

 ろ:(苦笑)じゃあ、なんでわたしたちはここにいるの?
   いえ、というより、問題は、少しだけ、垣間見えることがあるの、「自分は、思ってるよりもすごい大きな存在なんじゃないか」って。たとえば、「前世」という感覚に触れることとかで。

 エ:ああ、すごくいいですね。
   それはあなたに対する祝福です。
   本来はすごく大きいのだよ、見えてる世界だけが真実ではないのだよ、ということを、あなたに知らせています。

 ろ:そこでわたしはなにをすればいいの?

 エ:わたしたちが求めることはこうです。
   だから、目を開いて、怖がらないでいいのだよ、ということです。
   やってごらん、ということです。
   あなたが心に思い浮かぶことをやってみてごらん、ということです。

 ろ:わたしはそのためにここに来ている?

 エ:そうです。そのためにです。大きな存在だということを知るために来ているのではないのです。その感覚を得たときに「してみたい」と思ったことを、するために。

 ろ:そうか、「大きな存在である」ということが、結果ではないのだね。
 
 エ:そうです、それは、もう誰にでも与えられた、最低限の条件なのです。
   それを知ったとき、垣間みたとき、あなたがしたいこと、それが、この地球で生きて行くことの答えであり、目標であり、結果なのです。

 ろ:そうかー。納得。
   でも、多くの人は、そういういろんなことに対して、混乱していると思う。

 エ:だから、あなたは、それ(ろしこ注:混乱している世の中)に対して、どうありたいか、どうしたいか、なにをしたいか、ということです。

 ろ:にゃるほど。。。
   ありがとう。

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北美紀筆談チャネリング(アーカイブ)・7 絶え間ない改善

 2009年5月7日 対アリシア

 ろしこ:アリさん、お話しようよう。

 アリシア:いいですね。お待ちしていましたよ(笑)

 ろ:うん。。。なんかいろいろあったよ。

 ア:そうですね、あなたはよくやっていると思います。

 ろ:そうなのかな。。いろいろありすぎて、よく分からなくなる。

 ア:それもよし、ですよ。よし、なんですよ。

 ろ:うん、、なんかね、自分はこれでいいのか、分からなくなるのだよ。

 ア:そういうこともあります。

 ろ:「ベストを尽くす」って、どういうこと?

 ア:あなたがまさに、今しているようなことですよ。

 ろ:そうなのかな? 足らないような気がしたり、もうたくさんだ、という気がしたり。するよ。

 ア:それも含めて全部。

 ろ:不十分ていうか、不完全な気がする。

 ア:それは幻想です。

 ろ:すぐそういうこと言ってさ。。。

 ア:あなたたちは、改善の余地があることと、完全であることを、分けて考える必要があります。常に常に、改善の余地はあります。そして、常に常に、いつでも完全なのです、それで。

 ろ:はあ。。。なるほど。絶え間ないインプルーブなんですね(笑)。
 
 ア:そういう風にできているんです、この宇宙は。
   だから、焦らないでいいのですよ。なにも。

 ろ:いつでもわたしは、ベストを尽くしてる?

 ア:そう思えたら、楽になりませんか?

 ろ:「楽になろうとしたらいけない」とかってない?

 ア:くだらない(笑)。幻想です。
   「どんな風に見えたとしても、自分はベストな選択をしているのだ」ということを信じられたら、ベストな結果になるのです。どんな結果に見えたとしても。

 ろ:それって、、負け惜しみにならない?

 ア:あなたは、「負けた」と思っていますか?

 ろ:思ってない、全然。

 ア:もっと自分を信じていいんです。

 ろ:間違うことはない?

 ア:あなたは答えを知っているはずです。答えは「ない」です。

 ろ:誰でも?

 ア:少なくとも、あなたは。そして、誰でも、選択をし直す自由はあるのです。

 ろ:絶え間ない改善。。。

 ア:そう。
   こう考えたらいかがですか? あなたたちは「改善する」ということを楽しむために、この地球にいるのだ、と。

 ろ:(笑)悪くないかも。

 ア:悪くないのです。(笑)
 

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北美紀筆談チャネリング(アーカイブ)・6 時間も空間も超えて

 2009年2月1日 対エノーラ

 ろしこ:エノしゃん。。。

 エノーラ:「しゃん」ですか?(笑)

 ろ:(笑)。。。えへ♪ ちょっと甘えたいの。
 
 エ:いいですよ、そのためにいるわけでもありますしね。

 ろ:。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。(ため息) なんだろなあ。。。。。。。(舌打ち&ため息 この間エノーラはわたしを待っている)。。。うん。。。。(言葉が出ない)。。。。
 疲れてるとか、そういうことじゃないの。
 ただ、圧倒されてるの。

 エ:(笑) いいじゃない。

 ろ:(苦笑) そうなんだけどさ。
  (出るのはため息ばかり)
   あなたはこの前、わたしに、「時間」というものの本質と、「生きる」ということの本質を知ってほしかった、と言ったね。
 あの、、、どっちも圧倒されます。

 エ:(笑) なにより。

 ろ:(笑) 。。。(ため息) あのう、、想定の範囲外です、いろんなことが。

 エ&ろ:(笑)

 ろ:「エ&ろ」って、、、「エロ」だーーー!!! (笑)
   あ、、、ごめんなさい(エノーラはたいして笑ってなかった)。

 エ:(笑)

 ろ:やばいね。。。(苦笑) 。。(ため息)

 エ:なににそんなに圧倒されてますか?

 ろ:あー、言葉にしろってか? 
 。。。。自分の、「キャッチする能力」に、かな。。。

 エ:なるほど。
 「いらない」と思いますか?

 ろ:いや、、、だって、しょうがなくね?
   手放したほうがいい、と思っていた時期がなくはないような気もするけど、、、わたしみたいな人間には、それは唯一の武器のような気がするし。 
   いや、闘おうなんてつもりはないよ。だからこそさ。。。「剣」とか持つ気になれない人間はさ、それくらいしか、発達させられないような気もする。
   過信できるような自分の「能力」がないからさ、察知して、察知して、回避したり、踏み込んだり、測ったり、そんな感じで、どうにか自分を守ってるのかな。
   「押し出すべきなにか」なんて、わたしには特にないよ。
   ないからさ。
   それに、わたしの察知能力は、相手を守ることにもなるのかもしれないし。

 エ:そうですね。

 ろ:ただなんか、、、圧倒されるの。
   ほんとに、、、「現実」って、思ってたのと違うっていうか、教えられてたのと違うっていうか、、、
   「現実」っていうのは、時間と空間に区切られたものだと思わさせられてるけど、違うのね、、、みたいなね。。。

 エ:そうなんですよ(笑)

 ろ:まあ、でかい話になっちゃうけど、でも、この地球上では、そういう「真実」みたいなのは、隠されているわけであり。。。
   「気づいた人だけ気づく」とか、そういう話?
   そうなるとさ、「準備ができれば気づく」とかって話になって、人をレベル分けする話になって、つまらない比較が始まって、くだらない競争が始まりそうよね。。。
   だから、ちょっと抵抗があるのだけど。

 エ:競争の話は置いておいて、それは別物ですから。
   でも、時間も空間も、認知の問題であり、真実はそれを越えたところにある、というのは、すべての人が、それに意識的であるかは置いておいて、その中で生きている、ということに、変わりはないのです。気づいているか、気づいていないかは、大きな問題ではなく、すべての人が、本当は、その中で、生というものを織りなしているのです。

 ろ:そうか、「レベル」の話にする必要さえないわけね。

 エ:そうですよ。

 ろ:誰でも分かってるんだよね、ほんとは。なにが真実かって。心のどこかでは。
 
 エ:そうです。

 ろ:そうなると、ここからは、やはり、個人がそれを信じるか、という話になるのかな?

 エ:そうですね、そうとも言えます。

 ろ:信じる、信じないに関わらず、それは、そうであるのだけど。。。
   信じると、信じないでは、、

 エ:その人の選択が変わって、表現が変わる、わけです。

 ろ:うんうん。違いはそこか。。。

 エ:表現が変われば、

 ろ:現実が変わる。

 エ:そう。

 ろ:そしてその「現実」は、時間や空間で制限されないものになっていく。

 エ:そうね。

 ろ:(お、オネエ言葉、と思いつつ。。)圧倒されるなあ。。。。。。。。

 エ:(笑)

 ろ:あたしはどうしたらいい?

 エ:察知し続ければいいんじゃないですか?

 ろ:狂わないでやっていけるかしら?

 エ:大丈夫ですよ。

 ろ:。。。。。。。。。。圧倒される。

 エ:じゃあ、そのことを存分に楽しめばいいじゃない? オネエ言葉ですか?

 ろ:ううん、ありがとう。

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北美紀筆談チャネリング(アーカイブ)・5 サインは贈られる

 2008年12月12日 対エノーラ
 この日、はじめて紙と筆ではなく、パソコンのキーボードで、日記の入力画面に直接打ち込む形でチャネリングをしはじめました。理由は「楽だから」。


 エノーラ:おもしろいことをはじめましたね(笑)

 ろしこ:だってめんどくさいんだもん。けっこうね。

 エ:あなたって、器用ですよね(笑)

 ろ:(笑) ありがとうございます☆ なんかいっつもこういう挨拶が長い気がする。。。(爆)

エ:(笑) いいじゃないですか。

ろ:いいんですけど(笑)
  今日はなに?

エ:それはないでしょう(笑) いつも、あなたが呼ぶのですよ。いつでも、あなたからの声が、わたしを動かすのですよ。

ろ:そう? (笑) そうよね。。。 ありがとう、いつも。
  そうね、わたしはあなたを呼んだ。だって、なんか、わたし、この1年よくやったなあという気がするからなの。

 エ:そうですね、そうかもしれませんね。でも、あなたには、これくらいがちょうどいいのですよ。

 ろ:。。。人から見たら、全然たいしたことないんだろうけど、実感は、けっこう、、なんというのか、、、がんばったというよりは、、、よくそこまでそぎ落として、選別して、切り替えたなあ、という気がする。

 エ:そうなのです、わたしもそこが言いたいのです。
あなたが不安にかられることでの選択をしなくなったこと、これはもう、賞賛に値しますよ。

 ろ:がんばったよねえ。。。自制心すごいついたと思う。。。
   やっぱり、去年の「前世のジョルジュ」って、大きいよねえ、自分ではそう思う。

 エ:課題をこなしました。

 ろ:なぜ、6年半前、わたしはあの追体験をしなくてはならなかったの?(殺されるシーンを追体験した)

 エ:あなたに気づいてもらうためです。
   時間というものの本質、人が生きるということの本質に。
   時間というものは、あなたたちの想念が作っているものでしかないということ、生きるということは、それさえも越えるということです。

 ろ:最近、昔、、、といっても150年ほど前だけど、その頃の芸術家たちの生き様について調べてたりします。

 エ:とてもいい教材ですね。

 ろ:そんな偉大な彼らにも、前世があったりするんだろうね。。。

 エ:そういう人もいるし、その生だけで終らせた人もいますよ。
   生をどう生きるか、ということについては、いろんな選択がありますから、より多くの人が選ぶパターンというのはありますけれど、こうしなくてはいけない、というものがあるわけではないのです。

 ろ:多様性。。。

 エ:そう、多様性。芸術家というのは、中でも珍しいパターンを選ぶ人が多いかもしれませんね。

 ろ:だからわたしはこういうことに惹かれるのかな、、?
   勉強家なのかな?

 エ;いえ、あなたはあなたのパターンを見つけたいと思っているということですよ。
   決して、サンプル集めをしているわけではないので、安心しなさい。

 ろ:(笑) いつもお見通しだね、わたしの疑問がどこにあるのか。
   そうなの、自分で、どうしてこんなにもこういうことに惹かれるのか、疑問で、もしかしたら、イヤらしい覗き見趣味なのかなあ、とも思ったりして。。。

 エ:そういうことで、自分を疑うのは、時間の無駄になるから、やめたらどうですか?

 ろ:はい。。。(苦笑)
   なんかすごく嬉しいよ、いろんなことにつながっていけてる気がして。ピアノもすんごく上手になったんだよ。

 エ:いつも聴いていますよ。

 ろ;わたしがこういう風になるってことは、あなたには分かっていたの?

 エ:わたしに分かっていたのは、あなたはあきらめていない、ということでした。そして、それをあなたに気づかせたかった。だから、たくさんのサインを送りました。
   あなたはそれを、無視することもできるし、気づくこともできる。
   最終的には、あなたの自由意志にまかされてはいるのです。
   けれども、あなたから求めないと、結局は、わたしたちはなにもできない。
   あなたの中に、情熱の火が灯り、進みたいと思ったときにだけ、わたしたちはサポートできるのです。

 ろ:それは素晴らしくありがたいことだけど。。今のわたしは、それを素直に受け取れるけど、、、こんなに、だって、無料で、こんなにサポートしてくれるのに、無視する人は多いのでしょうね、、、わたしがずっとそうしてきたように。。。

 エ:そうですね、たいていの人は無視しますね。

 ろ:なぜだろう?
   そのサインを受け取ってもいいということ、信じてもいいということ、それを信じられないんだよね。。。
   なぜだろう?

 エ:そうですね、権威、というものを持つように見える、そして、持っていると自ずから信じる人というのがいて、彼らは、一人一人に力があるということを、やはりあまり知らせたくないのでしょうね。
   だから、信じられなくするような雰囲気を、社会に作るのでしょう。

 ろ:うん。。。恐ろしいことだね。
   わたしは、そういうのを、変えられるんだと思っていたんだと思う。前世のジョルジュが、抗ナチ運動をしたように。
   でもなんか、、、自信がなくなってきた。

 エ:いいんですよ、それで。その自信というのは、持つのにはかなりの無理が必要になります。
   いいんですよ、それさえも、やはり、自由意志で、自己の問題なのです。

 ろ:ひたすらに、他者は関係なく、おのれの、問題なのだよね。。。
   信じるか、信じないか。
   社会がどうであろうとも、信じるか、信じないか。
   権威がどうであろうとも、信じるか、信じないか。
   信じると決めた人だけが、見れる世界というのが、あるのだと思う。
   そして、それを、自分以外の人が見るか見ないかは、その人の責任ではないのだと思う。
   そう思うようになりました。

 エ:よろしい。

 ろ:でも、わたしは、この小さな場所で、できる分ずつ、自分の見てるものを伝えようと思っているの。。。

 エ:とってもよろしい(笑)

 ろ:ありがとう☆

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北美紀筆談チャネリング(アーカイブ)・4 どうしたらいいのか分からないとき

 2008年10月26日 対エノーラ

 ろしこ:エノさんちょっといいですか。
 
 エノーラ:だからなんですか?(笑/筆談を始める前から会話ははじまってるのに、改めて書いたので)

 ろ:(笑) あのー、、、あることがらについて、「どうしたらいいのか分からない」とき、どうしたらいいんですか?

 エ:(笑) わたしに話しかける。(笑)
 
 ろ:まー。(笑) それは妙案なんですが。
   そうなれない時もあるし、一般論みたいなことですよ。

 エ:はい(笑)
   あなたはどう思いますか? どうしたらいいのか分からないとき、どうしたらいいと思いますか?

 ろ:まーさ、「考えないようにして別のことをする、寝る」とか。でも、その「考えないようにする」てのがさ、できなかったり、ループになったり、今みたいに寝れなくなったりするわけさ。
   だからまあ、あなたに聞いてみようと思ったんだけど。

 エ:それは妙案ですね(笑)
 
 ろ:だからそれはもういいから(笑) まじめに。

 エ:まじめに。
   問題は、もちろん「どうしたいか」なんですけどね。

 ろ:そうなんでしょうね。

 エ:そうなんですよ。
   常に常に、そうなんです。
   「どうしたいか」。

 ろ:そうなのよね。でも、そういうループのときって、「どうしたいか」が、分からなくなってるのだと思う。

 エ:分からなくなってはいるのかもしれませんが、常に常にあるわけですよ、あなたの中には、「こうしたい」というものが。

 ろ:うん。。。自分で「無理だ」と思ってるから、「こうしたい」を分からなくして、「どうしたらいいんだろう」になるのかな?

 エ:イイ線来てますね。
ろ:そうするとさ、よくある「自己評価が低い」とか、「自分を信頼しよう」とかって話になる?

 エ:ならなくはないですけど。大事なのは、今、信頼してるか、ということよりも、「こうしたい」を、まず認めることなんですよ。それを信じられるかられないかは、二の次でいいんです。
   いいんですよ。「こうしたい」と思うことがあって、「無理だ」と感じても。
   「こうしたい」ということを、今すぐにすべて実現しなくてもいいわけです。というよりも、「こうしたい」と思うことを今実現できるのなら「こうしたい」と思わないわけです。できるんですから、やるかやらないかだけなのです。
   ですから「こうしたい」というのが出てきたとき、認識したとき、「無理だ」と思うのは、むしろ自然なことなんです。分かりますか?

 ろ:はい。
   あー、「無理だ」というフィーリングを感じたくないから「こうしたい」と思うことを許さなくて、ドツボにはまる、とかって話?

 エ:も、関係なくはないのですが。
   その…わたしが言いたいのは、「無理だ」と思うことを全てやらなくてもいい、ということでもあるのですよ。あなたが「こうしたい」と思うものの中には、「無理だ」というフィーリングにぶつかったとしても、それを超えても「やりたい」と思えて、そのためのステップを一つ一つ踏んでいこう、と思えるものもあるでしょうけれど、「無理だ」と思った時点で、「じゃあいいや」と思えるものもあるかもしれないのです。
   あのね、「こうしたい」と思うものを、全てやろうとしたら、身体が足らないでしょう。
   「じゃあいいか」というフィーリングが出れば、やらなくてもいいわけです。

 ろ:えー、そんなカンタンな話?

 エ:簡単かどうかは分かりませんが、そうではないですか?
   「どうしたらいいのか分からない」時には、正直になるしかないのです。
   「どうしたいか」ということに。
   そして、「こうしたい」が出て来た時に出てくる感覚、それに従うということです。

 ろ:そんなんでいいの?

 エ:(笑) これ以上にできることがありますか?

 ろ:「ムリしてでもやる」。
   血のにじむような努力をする。
   達成できないとしても、やるだけやる、とか。。。
   そういうド根性な。。。

 エ:トライすることはできます。
   でも、それはあなたをへとへとにするでしょう。

 ろ:「小さくまとまって生きろ」と言われてる気がする。

 エ:いや、「こうしたい」と思ったとき、無理そうでもどうしてもやりたいと思えれば、いえ、それが本当に、あなたの「道」の上にあることならば、「こうしたい」と思った時に100%無理だ、と思うことはないのです。
   そのあたりは、自分を信頼してもいいのかもしれませんね。
   そのセンサーは働く、ということを。

 ろ:なるほど。。。

 エ:分かったみたいですね?

 ろ:はい。
  

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北美紀筆談チャネリング(アーカイブ)・3 未来を選ぶ

 2008年7月28日 対エノーラ

 ☆今日は、チャネリングの前に天使のカードを引いて、「妥協することなかれ」と言われてから入りました。

 ろ:妥協しなくていいんだって。
 
 エ:いいんじゃないですか?(笑)

 ろ:妥協しないことで人と対立することがイヤで、妥協しまくってきたわけですが。。。

 エ:そこまで言ってはいけません。
 
 ろ:(苦笑)ですね。。。すいません。。。

 エ:どうしたいんですか?

 ろ:妥協したくない。。。でも、ワガママって言われるのも怖い。。。

 エ:あなたがここで話したいのは、そんなことじゃないでしょう?

 ろ:そだね。。。
   わたしたちは、どうして間違うことを許されているの?

 エ:「自由意志」の話ですね。

 ろ:そうです。 「多様性」という言葉なら知ってますから。

 エ:そうですか。では何を知りたいんですか?

 ろ:多様性も知ってるし、根元は同じってのもこの前分かった気がするし、個になってもいいってのも分かったし、神がいろんなことを知りたくて体験したくてわたしたちを創ったということも分かる。
   でもなんか、あんまりにもひどくない? 今の状況、世の中。。。
   昔、あなたたちからもらった情報に、パラレルについての話があったけど、そう考えると、これからわたしのいる地球は、いくつにも分かれていくのだとは思うけど。。。
   その中の一つの道をわたしは見続けるということだけど。。
   これ、ネットに載せるなら、パラレルの説明からしなくちゃだね。。。

 エ:それは大仕事になりそうですね(笑)

 ろ:うーん!!!!
   それはすっ飛ばして(軽く説明すると、宇宙には無数個の宇宙があって(理論物理学では実証済み、今はもっと進んでるのだろうか、90年代の情報)、その中の一つの宇宙にわたしたちは意識を合わせているから、一つの現実を生きてるように思える、という話。よって未来は無数にあって、選ばない未来も、どこかの次元には存在していて、選ばなかった過去も、どこかには存在しているという話)。
   わたしたちの選択一つ一つが道を造るんだね。

 エ:そう、何をこれから見ていくかの選択です。
   救われるのか、崩壊するのか。
   結果は無数にあります。宇宙は無数個あるのですから。
   何を見たいですか?

 ろ:救われる現実を見たい。
   でも、一晩ですべてが魔法のように消えてるようなのじゃなくて、一つ一つ解決されていく様を見たいと思う。そうじゃないと信じられない気がする。
   それも観念かもしれないけどね。。。

 エ:一晩で全てが変わるという現実もあるにはあるのですよ。
   でも、それを選ぶのは、今と、今までのあなたからは距離がありすぎるかもしれませんね。
   それは、あなた方の「死」というものに近いものかも知れません。
   ある程度の連続性があったほうが、驚かないで済みますよね、単純に。

 ろ:明日起きたら温暖化がなくなってて、日本の借金全部なくなってて、人々の肉体から病も貧困も消えてて、すべてが解決してたら。。。
   そりゃ、「死んじゃったか、あたし?」って思うわな。。。

 エ:それはもちろん、「悪い」体験ではありませんが、なかなか受け止め難いでしょうね。

 ろ:一つ一つ、選んでいくしかないのか、、、救われる方向に。。。

 エ:それがいいと思いますよ。

 ろ:スピードアップは可能?

 エ:多少はね。あなたが対応できる分ずつね。
 
 ろ:じゃ、やっぱキャパ広げていくしかないか。。。
 
 エ:力んじゃいけません。

 ろ:分かってるよう!!

 エ:それは、勇気の問題ですね。

 ろ:うん。。。。。
   できるかな?

 エ:できますよ、したいのなら。
   したいですか?

 ろ:たぶん。

 エ:よろしい(笑)
   ではどうぞ。

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北美紀筆談チャネリング(アーカイブ)・2 ワンネスへの抵抗と個であること

 2008年7月22日 対エノーラ(わたしにとって一番話しやすいガイド)

 ろしこ:たまにはエノーラ?
 
 エノーラ:光栄です(笑)

 ろ:w 久しぶり。

 エ:待ってましたよ(笑)

 ろ:ありがとう。
   。。。。。。。
   他者から影響されやすすぎて。

 エ:いや、あなたはあなたが思っている程、他者から影響されてはいません。

 ろ:(確かにそうかも (苦笑))
   じゃあわたしはなぜ他者から影響されやすいと自分で思っているんだろう?

 エ:そう思っているほうが安全だと思っているからじゃないですか?
   自らの意志を行使するのを遅らせることができます。

 ろ:あっちゃー。。。。
   言えてまんな。。。。
   うーん。。。
   でもさ、
   なんか危険な気がするのよ。
   ていうか、他者との間に起こる摩擦が苦手、耐えられん。
   けっこう起こすけどww

 エ:そう、起こしているじゃないですか。
   耐えられていないわけではないのですよ。

 ろ:うーん。。。
   じゃあ、あたしって、けっこう強いんじゃないの? www

 エ:(笑) だから、そうなのです。

 ろ:w 自己イメージが、本質から乖離している?
   あたしは、どうしてそうしてきたのかな?

 エ:遅らせてきたんでしょうね。

 ろ:w もしかして、怒ってる?

 エ:怒ってませんよ(笑)
   あなたには必要な時間だったのでしょう。

 ろ:やらんでもいいことをずいぶんやってきた気もする。。。

 エ:それはないですよ。
   そんなことは一つもありませんでした。

 ろ:わたしを「苦行好きだ」と言う人もいた。

 エ:それは少しそうかもしれませんね。

 (ろしこ、ノイローゼだったときのことを思い出す)
  
  私達があの時もあなたに力を送っていたことは知っていますか?
   
 ろ:知ってますよ。
   ろくに感謝もしなかったけど、感謝しようがないというか、申し訳ないという気持ちだよ。

 エ:あなたはあの体験を経て優しくなりましたよね。

 ろ:どうかな。。。
   優しいってのとは違うんじゃない。
   少しだけ、ものがよく見えるようになったんだよ。
   それだけだと思う。
   優しさじゃないような気がする。

 エ:ではやはり、私達はあなたがそこを通ったことに「ありがとう」と言わざるをえません。

 ろ:そういうことですか?

 エ:そういうことです。

 ろ;じゃあ、わたしが「遅らせた」ことも、「ありがとう」だったりする?
 
 エ:そうかもしれませんよ(笑)

 ろ:ありがとう。
  
 エ:どういたしまして。

 ろ:いろんなことごめんね (少し泣く)

 エ:あなたは、私達に謝るようなことは、何一つしていません。

 ろ:あなたたちが、わたしの苦しみの元であるかのようにふるまってた。
   まるで反抗期の中学生のように。

 エ:でもそれは「ふるまい」であり、真実でないと、あなたは知っていたでしょ?

 ろ:じゃあ、わたしが謝らなくちゃいけないのは、わたしに対してだ。
   ずっとウソをついていたかから (本気で泣く)

 エ:それは、少しそうかもしれませんね。
   でも、あなたは自分に嘘をついているということをどこかで、いや、完璧に、理解していたではないですか。真にだまされていたわけではないし、誰もそんなことはできないのですよ。「自分に嘘をつく」なんてことはね。

 ろ:なぜわたしたちはダイレクトに速攻でオノレの真実に向かえないのだろう?

 エ:誰でも向かっているんですよ。表面が少し波立っているだけです。

 ろ:そうじゃないように見える人もいるよ。

 エ:見えるだけです。

 ろ:いろんな層や相があるように見えるよ。

 エ:でも根元は同じでしょ。

 ろ:(いらつきながら)
   それって、「ワンネス(宇宙はみな一つ)」の話?
   その話やだよ。
   「ワンネス」って、わたしに息苦しい義務感を与えるよ。

 エ:それはなにか誤解をしているのですよ、あなたが。
   それは恐れるようなものではない、ただの真実なのです。

 ろ:わたしは自分を特別だと感じたいのだと思う。みんなと一緒なんてイヤだ。「ワンネス」はそれを許さないような気がしてイヤだ。
 
 エ:あなたがあなたにならなかったら、誰があなたになるのですか。

 ろ:みんなが同じなんて絶対にイヤだ。みんなが同じ一つの地球(だからみんなと同じでいろ)なんて絶対にイヤだ。ワンネスがわたしにそれを要求するなら、わたしはレジスタンスする!

 エ:いいんですよ、それで。
   あなたがこういう形でチャネリングしなくなったのは、それがあるからなのでしょうね。

 ろ:そうなのかも。。。
   さっきあなたが「根元は同じ」と言ったとき、反吐が出るくらいイヤだった。

 エ:誤解がありますよ。
   あなたにあなたになるななんて、私達が言うと思いますか?

 ろ:だからおかしいと思っていて、ずっと混乱していたのかも。。。
   「同化」を求められる気がして、そうしなくちゃいけないのかとも思ってきたけど、それにわたしはもう耐えられない。

 エ:そんなことに耐えられる人はいないでしょうし、私達はそんなことを求めてはいないのです。

 ろ:じゃあ、「根元は同じ」ってどういうこと?

 エ:あなたたち地球人がその地上の上に生きているというそのシステム上にあるということが、どれだけ大きな部分を占めているかお分かりですか? 
   「死」という形態を取る以外にその場を離れることが困難であるということを知っていますか? 
   もちろん、中には「死」以外のやり方で、この世を去る人間はいるかもしれません。
   自分は宇宙人だと言う人もいるでしょう。
   でも、この地球の上で肉体の形をまとう、ということは、一つのシステムの中に入ることを承諾しているということです。
   それがいかに大きなことだか分かりますか?
   そしてそのシステムも、より大きな宇宙のシステムの一部なのです。
   物質として存在する、という共通の目的のために存在するシステムというのがあります。
   つまり共有されているものがとてつもなく大きいのです。
   あのね、
   だから、
   表面の表現くらい変えないでどうすんですか、
   という話なんですよ (笑)
   あなたは安心してあなたでいればいいんです。

 ろ:なんか、話が思ってたよりも大きくなった気がする。。。

 エ:でもそれが真実でしょ?
   あなたが考えているよりも、遥かに大きな部分があなたを動かしている、生かしているのです。
   表面くらい、変えないでどうするんですか? 
   個性化させないで、どうするんですか?
   その、小さな小さな差異のために、あなたはそこに遣わされたのですよ。
   人からあきれられるくらい、あなたはあなたになればいい。

 ろ:。。。。。。。。
   あたし、たぶん聞きたいこといっぱいあるんだと思う。
   自由意志についてだとか。
   でもなんか今日はもう疲れたっていうか。。。
   お腹いっぱい。。。

 エ:ゆっくりやればいいんじゃないですか?
   私達はいつでも応えますから。

   さあ、少し休みなさい。

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北美紀筆談チャネリング(アーカイブ)・1  復活します

 2008年7月9日 対アリシア(わたしのガイド軍団のドン)

 ろしこ(以下「ろ」):久しぶり。

 アリシア(以下「ア」):ほんとに。

 ろ:いろいろありました。

 ア:知ってます。
 
 ろ:知ってるよね w

 ア:それが仕事の一つですから(笑)

 ろ:ずっと見ててくれている、と。

 ア:そういうことです。

 ろ:ありがとう。

 ア:それを聞けて嬉しいです(笑)

 ろ:ほんとにいろいろあった。

 ア:そうですね、あなたを誇りに思います。

 ろ:それを聞けて嬉しいです(笑)

 ア:笑

 ろ:話が進まないね。

 ア:いいんじゃないですか?
   久しぶりなのだから。

 ろ:あたし、素直じゃなかったと思う。

 ア:では、それがどういうことなのか、あなたは知ったということです。
   それが心になにを生むか。
   心がそうなると、なにを経験するか。
   あなたは一通り学んだということです。
   おめでとう? (笑)

 ろ:けっこう大変だった。

 ア:だったらなおさら、身に染みてよかったんじゃないですか。

 ろ:www
   がんばったんだと思う。

 ア:それを聞けて安心しました。
   いえ、あなたを心配したことなど、ただの一度もありませんが。
   あなた方の表現に合わせてみました。

 ろ:お気遣いありがとうございます。
   。。。ねー、あたしって、生意気???? www

 ア:嬉しいですよ。
   たくましくなったのですね(笑)

 ろ:おばちゃんですから、もう w

 ア;いいと思いますよ。

   さあ、あなたらしく生きなさい。
   
   GO。

   

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今日は外に出ないぞ

 今日は頭がぼーっとしていて、寝てばかりです。
 昨日はあんまり眠れず昼までずっと泣いてて(いろいろ思い出したので、、拍手くださった方、ありがとうございます)、その後実家でお留守番をしました。
 にしても今日はひどいな、、そろそろツキノモノがやってくるような気もするんですが、、そのせいかな。

 ここのところ、「料理欲」が復活してきています。
 これは大きいんです、わたしにとって。

 この前までお腹ゆるくて、食べられるものが限られてました。
 炭水化物とタンパク質ばかり。野菜はなるべく食べたくない。見るだけでもお腹がぐるっとする感じ。
 だから、料理する気が失せるわけですよ。。。
 楽しくないんです、全然。
 
 その感覚が、お腹が落ちついてきてからも残っていました。作るメニューが浮かぶ回路が鈍っていて、料理が楽しくないんですね。
 そうなると、ちょっとやばいのです。
 料理を楽しめないと、だんだんほかのことも楽しくなくなってきてしまうのです。いろんなことが義務感みたいに感じられてくるっていうか。
 これって、主婦特有なんですかね。。。
 まあ、ブログ移行などで、頭のほうが忙しかったからってのもあるのですが。
 
 でも先週あたりから、メニューが浮かぶようになってきたのでした。
 お腹の調子が悪い時には食べたくなかったものが、食べたくなってきたし。
 代表はにんにくを使った料理。
 本来大好きなのに、全然、もう見るのもイヤだったのです、8月前半まで。
 でもゆうべは、おいしいベーコン入りのアーリオ・オーリオ・ペペロンチーニを作って(塩加減もばっちり)一気にたいらげました。
 ホッとしました。

 先日行った国分寺のカフェスローで、酒粕のディップなるものをいただきました。
 これがすんごくおいしくて。
 酒粕に、タマネギとニンニクのすりおろしと、あと塩こしょうとオリーブオイルでも入っているのかな。なぜかクリームチーズみたいな味わいで。セロリとかにつけて食べてもおいしそう。クラッカーやグリッシーニもよさそう。
 今これを作ってみたい欲求があります。
 ですが今うちのタマネギが切れており、今日はお買い物に行かないですませたいので(酒粕は冷凍にしてあるのがある)、そのうち作りたいです。

 昨日実家の庭にて→0908niwahana.jpg


 

 

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こんなところまで、、、

 昨日はまた国分寺に行きました。よく飽きもせずに、という感じですが、ケータイをね、替えなくちゃいけなくなってきて(最近不具合多くてね、使い勝手はよかったんだけどね。今この時期買い替えるなんて、もはや皮肉だ)、、見てきたんです。
 
 今のやつは、もう丸3年使ってます。
 これに変えた直後、お舅さんが亡くなりました。
 (明日は命日です。金沢にはお花を贈ってあります)
 あれから3年か。。。
 このとき、両親が金沢には行けない、ということになり、それによって、父の病気が、、
 この時点でハッキリしたわけではないのだけど、もう普通の人のようにはふるまえないのだ、ということがつきつけられたのでした。
 だから、舅の死とともに、父の、、なんていうんでしょうね。。
 父親二人が、、なんというのか、、

 ああ、言葉にできないや。

 失った、というのも、ちょっと違うし。
 そう言ってもいいのかもしれないけど、それってあんまりですよね。。

 まあ、ほんとつらかったです。
 わたしの両親不在で、舅のお葬式をしなくてはいけなかったのは。
 実家は、お花は奮発してくれました。兄も個人で出してくれたの。ありがとうみーくん。
 それで、少し、嫁としての面目は保たれたのでした。
 でもほんと少しだよな。
 それは同時に、お姑さんに、うちの実像を知ってもらうことでもありました。わたしの実像含め(そのときはまだノイローゼ残ってたし、安定剤も飲んでいた)。
 軽蔑されるかなと思ったんだけど、そうではなくて、かえって絆を築けたような気がしました。あの数日によって。金沢と。

 そんな時期に始まった、今のケータイとの関係でした。
 この3年は、、、わたしを強制的に「大人」にしたかもなあ。。。

 望んではいなかった気がするんだけど。
 なってしまったものは仕方がないのです。
 なるしかなかったのです。
 楽ではなかったです、ちっとも。

 でも、神様っているのかなと思うのは、そういうかなり厳しい時期に、
 わたしがへこたれないために、ちゃんと支えを用意してくれたんだよね。

 にいやんだお。
 にいやんとピアノ。
 
 いや、ケータイ見たあと、にいやん(ピアニストの及川浩治さん)のインタビュー記事をまとめて読んできたので、、それも感慨深いなあ。
 にいやんの演奏に出会って、ピアノ弾くのをはじめなかったら、へこたれてたかもねえ。

 まあ、それでもふらふらしてますが、どうにかね、保ってるような気がするし。
 本も前より読めるようになったし、チャネリングも復活させたし、文章ももっと上手になりたいし。ミシンかけも慣れてきたし。
 自分を保つためのツールは、増やしてきてるかなあと思います。

 夕飯は、ロハス系カフェとして有名な、カフェスローで。
 ほとんど食べてから撮影。。→0908cafe.jpg

 新しいケータイは、どうせだから、で、iPhoneです。16GBのホワイト。
 入荷待ち1?2週間だそうで。今のケータイ、それまで壊れず持ってくれ??。



 
 

テーマ : 暮らし・生活 - ジャンル : ライフ

今書かないとずっと書かないような気がするので

 生きるために必要なのは
 力ではなくて
 知恵(智慧)なんじゃないかと
 寝ようと思ったら浮かんじゃったので
 書いておきます。

 力というのは、、もう大前提で(あるという前提で)
 問題はそれをどう使うかで
 それがつまり
 智慧
 なのであります。

 人生の困難のかなりの部分は
 力不足というよりは
 智慧不足。

 なにかの失敗のときに「力不足でした」というのは、
 ちょっとずるいような気もする。
 かっこつけてるような気がする。
 
 ていうより
 智慧の蓄積がないことを「力不足」というのでは。

 そう考えると
 智慧=力
 とも言えるのかもしれないな。

 そして智慧ってのはつまり
 我慢すべきとこと
 すべきじゃないことを
 見分ける能力みたいなことかなと思うのだけど。
 
 加えて、なんでも我慢するのはバカだし、なんにも我慢しないのもバカだ。
 
 たいていの人はなにかしらを我慢してるし
 なにかしらは我慢しないのだけど
 その判断が正しいかどうかは、けっこう微妙で
 それがよい確率で正しく判断できてるということが智慧があるということかもしれない。

 こんなところかな。。。
 寝ますね。
 目開けてるのつらい。。。

 


テーマ : 今日のつぶやき。 - ジャンル : 日記

こんなところにも

 この6月、7月は、風邪っぽかったり、お腹下してたりで、体調が悪かったですが、そういうときって、気持ちは焦ります(身体が活発じゃない分、気持ちが空回りするのでしょうね)。
 だから「勉強、勉強」と騒いで、結局ブログまでたどり着きました(先日の「終の住処」の感想にも拍手をいただきました。嬉しいです、ありがとう)。
 それは結局、さるさるの日記にも何度も書いていましたが、「進級」というか、イニシエーション(入社式、あるいは通過儀礼)だったのかなあと思います。
 そういうときってたいてい、気分的にはあんまり楽ではないかもしれないです。 

 でもここにきて、ちょっとずつ落ちついてきてるかな。。
 ブログのシステムや、この見た目にも慣れてきました。
 そしてこれこそ重大なことなんだけど、書いてる間に、1000文字でおさめるにはどうするか、と頭を過剰に働かさなくてもよくなって(文章削除のために手も動かさなくてよくなって)、それでいいんだ、と分かってきたこと。
 自分の中の、本来のテンポ/リズムを優先させてもいい、と、思えてきたこと。
 これがもう、すんごく大事です。

 ところで、先日国分寺のガチャガチャで出したグリーンのフローライト。
 とっても元気になりました。
 (ケアの方法としては、この前買った波動商品で作ったお水に入れて、そのあとローズオットーのオイルで磨いて、そのあと、10個のハーキマーダイアモンドで作った円陣の中に入れるというもの)
 しばらくパソコンの近くに置いておきます。電磁的なストレスにもいいらしいので。

 そんなことをしてたから、うちにあるクリスタルに意識が向かって、いくつかある「宝石箱」(わたしにとってはそうなのだ。高くないパワーストーンでも)をひっくり返して、いろいろ眺めていました。
 ここ数年、けっこう集めていたパワーストーンを人にもらってもらったりして整理していたんだけど、わたしの手元に残っているのは、ピンク系の石と、グリーン系の石と、透明の水晶が多かったです。
 あらためて見て、笑ってしまいました。似た色ばかりで。
 
 それでですね、なんだかさっき、とっても気になって目に留まったものがあるんです。

 それは、いつだったか、夫と台湾に行ったときに買った、俗名「台湾翡翠」の、指輪(実際はネフライトという石らしい)。

 これをですね、久しぶりにはめてみたら、なんだか、すんごくしっくり来るんです。

 こんな感じです→0908hisui.jpg

 これを買ったのはいつだったか、たぶん2001年のときかな。。
 その直後しばらくはつけて、飽きてやめてたんですが、処分はしてなかったんです。

 で、今つけてみると、、なんだか、とってもシックで、落ちついた雰囲気でいいなあ、と。

 つまり、ここにも「進級」が表れているんではないかと。

 台湾では、こういう石の指輪とか、腕輪(バングル)をつけてる女性が、、かつては、、いたんです。
 2001年のときには、けっこういた。わたしが始めて台湾に行った1991年には、たくさんいた。
 ある程度の年齢になった女性がつけてることが多かったです。
 でも、91年の頃は、若い子や子供でも、翡翠や瑪瑙の数珠やお守りをつけていたんですよ、みんな。
 それが、19歳のわたしにはまぶしく見えてね。。
 特に、すてきな腕輪をつけて歩いている「おばさん?おばあさん」たちが、なんだか、落ちついていて、たくましくて、品があって(ここがポイント)、こう、、頼れるなあ、みたいな、少し怒られたとしてもいいから、この人の懐に入っていったら、きっと安心するのかなあ、というように見えたものです。

 つまり、、
 ええと、、
 わたしも立派におばちゃんになってる、ということなのかな。
 
 いいなあ、と思って。
 もう、「娘っこ」でいる必要も、ないかなあ、と思って。
 子供心は忘れたくないけど。
 
 実は、ずっとあの腕輪には憧れていたんだけど、自分にはまだ似合わない、と思っていたのです。
 でも、次に台湾行ったら、なにか買ってこよう。

 この指輪も、しばらく普段につけてようと思います。

 
 
 

テーマ : 宝石・天然石・パワーストーン - ジャンル : ファッション・ブランド

こっちの誘惑を取ります。

 昨日の記事にも、拍手をつけていただきました。
 分かりました。
 了解です。
 この路線で行ってもいいということですね。
 そう解釈させていただきます。
 ありがとうございます。

 しかしながら

 本日は、どうしても脱力していて、起きていられないんです。 
 夫婦して、ずっと寝てます。食べる以外寝ています。
  
 がっかりさせてしまいますでしょうか。。。

 ごめんなさい。
 ご了承ください。
 (1000文字キャラになれば、なにかしらは書けるんです。でも、今それをしてしまうのは、、元の木阿弥のように感じられ。。。これも一つの誘惑との闘いであるのです。ある意味では。おおげさですが。言い訳ですが。)

 ふとんがわたしを呼んでいる。。
 飛び込んできます。。。
 ざぶーん。

 
  

テーマ : 家庭内事情 - ジャンル : 結婚・家庭生活

子供の時間

 それは夏の終りの時間
 バスに乗ってるときの時間
 ただただなにかを眺めているときの時間
 空気がハチミツみたいな感じの時間
 全部の時間
 全部がある時間
 きっとすべての基本の時間の時間
 常にすぐ後ろにはある時間
 なのにすごくないがしろにされる時間


テーマ : 散策・自然観察 - ジャンル : 趣味・実用

出てきたものは

 今日はあっとさんがおやすみで、国分寺に行きました。
 。。。ここのところ、そんなのばかりです。
 あっとさんと都内に全然出ていません(わたしにとって「都内」とは、「高田馬場から向こう」の世界のことです。37年ずっと西武新宿線にいるからです)。
 でも最近、ほんとに国分寺が賑やかになったので、充分足りてしまうのです。映画とか美術館とか、そこでしかないものがあれば、また二人でも都内には行くと思います。

 国分寺北口の本屋さんの入り口に、ガチャガチャ(ガシャポンとも言うらしい)がいくつか設置されてまして、ちらりと見たら、100円で、パワーストーンが出る、というのがありました。
 種類は12ヶ月の誕生月対応で、12種類。
 4月なんかは一般的にダイヤモンドとされていますが、さすがに100円でダイヤモンドは提供できないのか(あたりまえだ)、クリアクオーツ(透明の水晶)で代用されてたりしました。
 その月のその石ごとに、意味がついています。
 わたしは誕生月1月でガーネットです(意味は「真実、忠実、友情」)。

 でもがしゃぽんだし、自分の生まれ月のが出てくるか分からないなら、このコンセプトの意味ないじゃん、と思いつつ、
 100円だし。
 やってみようじゃないの、と。
 つまり、タロットカードみたいな感じですね。そのとき出てきたものが、今のわたしへのメッセージ、ということで。
 
 わくわくしてがちゃがちゃやったら、出てきたのはグリーンのフローライトでした。
 意味は、「集中力、記憶力増幅」。ちなみに8月生まれに対応(このがしゃぽんシリーズでは)。
 うーん、この夏は「勉強、勉強」と騒いでいたので、まったくぴったりなのが出てきました。。。

 石自体は研磨の質もよくないし、たいしたことないんだけど、金色でハートの模様のついた小さな巾着がついていたんですね。「この中に入れて持ち歩きましょう」ですって。
 これにちょっと感動してしまいました。
 100円なのに手が込んでるなあ、と。

 まあ、持ち歩きはしないけど、しばらく持っていてもいいかなあ、と思いました。
 石は少しかわいそうなので(過酷な環境にいたような気がする)、あとでケアしようと思います。少しは輝くかな。

 *追記*
 クリスタルの本で調べたら、グリーンフローライトには、胃腸の働きを調整する効果もあるそうで! 実は今日も涼しくて、お腹ぐるぐるなのでした?。
 すごーい!
 いつも参考にしているクリスタルの本 ↓
 
クリスタルバイブルクリスタルバイブル
(2004/03)
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テーマ : パワーストーン・天然石 - ジャンル : 趣味・実用

ピンクをくれ(磯崎憲一郎/終の住処)

 先日実家に行ったら、居間の棚に、先月芥川賞を取った磯崎憲一郎さんの「終の住処」があった。母が買ったもので、母が途中まで読んでいたのだけど、今日は留守番に行っていたので、彼女が留守中に読みはじめてしまった。
 読んだのは表題作だけだったけど、2時間ちょっとで読了できた。
 つまり一気読みができたということであります。

 
終の住処終の住処
(2009/07/24)
磯崎 憲一郎

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 帰宅したら届いていた夕刊にも、この作品の書評が載っていた。
 「奇妙な味」の作品だということだ。

 内容的には、ある夫婦の20年以上になる結婚生活を、夫の側から描いた作品。

 読後感は、よくないです。わたしにはそうでした。夕刊の書評を書いた人にもそうだったかもしれないようだ。
 読後感がよくない、というのは、きっとすごく曖昧な表現で、どういうことだったかと言えば、なんだか胸がつかえるような、息がしづらいような感覚が肉体に残った作品だったということです。
 好きか嫌いかで言えば、好きではない。
 けれど、一気に読めたのは事実で、描写力がすごいです。「ああ、たくさん本を読んできた人というのは、こういうことができるのだな」と思わさせられました。
 息がつまりそうになったのは、「改行が極端に少ない文体」ということも理由になるかもしれない。中学生の頃夢中で読んだ村上龍の初期の作品を思い出したりもしました。
 でも、なんだろうね。
 読んでて主人公のいる世界に入っていってるのに、その場の様子もきちんと見えるのに、感じるのに(描写力のすごさはそこにある)、こちらの感情が動くことが許されていないかのように感じられたのでした。

 感情移入できる人物がいなかった、、、すごく簡単に言えば。
 嫌悪感を抱く相手さえいないんですね。
 だから、とっても気持ちが悪いんです。

 つくづく、わたしは女という生き物なんだなあと思ってしまいます。
 感情が動かないと、気持ち悪いんですね。
 怒りとかでもいいんです、感情がないよりは。

 この感情を重視しない作品が書ける、ということに、この作者のすごさがあるのだろうなあと思います。
 
 わたしはなんでも分かりやすい図式にしたがってしまうので、この作者が三井物産に勤めて、ルックスもいい、結婚もして子供もいる、という、全てを持つ「勝ち組」だということと、この作品の主人公を重ねてしまっていた。
 けど先ほどこの方のインタビューを読んだら「時間を描きたかった」ということで。。。
 ああ、それはすごく納得でした。
 だったら、ああいう小説になるのは分かります。。。
 しかしすごい野望だ。。。
 そんなこと考えたこともなかった。。。
 
 ひるがえってわたしは、ダイエーの上りエスカレーターの前に立っている、今時珍しいくらい地味なかっこをした老婦人のショルダーバッグに、リボンとキラキラしたビーズでできたチャームがついてるのに気づいただけで、少し嬉しくなってしまうほどのあまちゃんです。

 きっと、もう個性の違いということで、あきらめてこのわたしで生きていくしかありません。

 読後、あんまり胸が重くなったので、隣町のダイエーまで行ったということでした。
 途中、さるすべりの花のピンクに救われました。
 ふわふわ。→0908sarusuberi.jpg
 むくげにも→0908siromukuge.jpg

 自分とあまりにも異質なものに触れて、寄る辺のないような気持ちになったら、ピンクのものを見よう。できればお花がいい。
 今日の読書は、そんなことに気づくおまけまでつきました。

 

 
 

テーマ : 感想 - ジャンル : 小説・文学

小さくトライアル

 昨日たっぷり眠ったおかげで、今日はわりとスッキリした気分で過ごせました。
 なので久しぶりにピアノをがっちりと弾いてみました。
 ブログに移行してから、気分が落ちつかなくて(今も落ちついてるかは不明ですが)、ピアノを弾けるところまでいかなかった気がします。
 実家では弾いてたっけな?
 よく覚えてないんです。8月の初めの頃のこと。
 それくらい、気持ちがぐらぐらぐらぐらしていました。
 1000文字の呪縛です。
 しつこいと思われるでしょうが、その中で8年も暮らしていたので、回路として染み付いてしまってるんですね。1000文字的な発想が。
 ブログ的な発想が自然にできるようになるまでは、まだしばらくかかるのでしょうね。
 そこを越えると、また違った景色を楽しめるようになるのかなと思いますが、今はもうおっかなびっくり、ひやひやしながら更新してます。
 たかだかブログ、誰でもやれるブログでこんなになるんですから、なんとも情けないですね。
 でもこれは、わたしが自分の言葉について、もっと主体的に発したいと思ってる、ということの表れなんです。
 主体的に発するというのがどういう意味かと申しますと、それは、発するのであれば、自分以外の誰かの心に影響をもたらしうる言葉にしたいし(理想は少しでも高く)、そのためには、ノリや勢い、自己顕示欲だけではダメだ、ということに気づいている、ということであります(気づいたために考えすぎるんですが。。それも含めよしとしています)。
 その気持ちは、去年くらいからあったのですが、1000文字を離れるという発想がなかったのでした。

 あらら、またすごく話が脱線してしまいましたが、ここにきてピアノを弾けて一安心、といったところです。

 話がまたものすごく変わってしまうのですが、今書かないときっともう二度と書かないであろうと思われるので、書いちゃいますね(これもある意味トライアルです、今までこういう小ネタは全部捨ててきたので)。
 
 さっき、外を歩いていて、家々の壁などを見ていて、突然思ったのです。
 いつか太陽が燃え尽きたら、これらも一気に蒸発してしまう、と。
 
 なにが言いたいのかと申しますと、
 わたしは、建材廃棄物とか、どうするんだろうなあ、ということを、もうずっと漠然と考えているんですね、何年も。
 今現在日本に建物はたくさんあると思いますが、それが、100年後どうなってるだろう、と思うと、そら恐ろしくなるんです。
 最近うちの近所でも、つぶれたスーパーなどの大きな建物の建て壊しが続いてますが、その廃材はどこに捨てられてるんだろう、と、つい思ってしまうんですね。
 それで、ブルーになったりするんです。

 でも、何億年か、何十億年先には、そんなの跡形もなくて、地球さえなくなるんですよね。
 そう思って、、、いや、そう思うのはよくないのかもしれないけれど、、ブルーな気持ちになるのはせめてやめようかなと思いました。

 それだけです。

 
 

テーマ : 楽器・音楽をエンジョイ♪ - ジャンル : 趣味・実用

わたしが見てるもの

 今日はあっとさん(夫)の仕事が急遽半ドンになって、昼過ぎに帰宅してきました(お盆の休みはありません)。
 が、わたしは実家で父の入浴をさせる「仕事」があったので、まずそちらへ。
 帰ってくると、、なんと、昨日の記事に拍手がついてるじゃないですか。。。
 どこのどなたか存じ上げないのですけども、ほんとにありがとうございます。
 励みになります。ありがとう。
 これからもがんばって書きます。
 なぜなら、今は、そうしたいのです。
 悩みながら、試行錯誤しながらですが、やっていきますね。

 思えばこのブログというのは、自分の部屋を作るようなものですね。
 そこにいて、まず自分が快適でいなければならない。
 ちょっと、まだ分からないことなどもあるので、正直四苦八苦な部分もあります。
 昨日やっと個々の記事に対して「ジャンル」とか「テーマ」を選べるということに気づきました。
 なにやら新鮮です。そういうことに、悪い感じは抱きません。
 だから、これでいいのだと、思っています(言い聞かせてる??)。
 「さるさる」の小さな部屋から、少し大きな部屋へ。
 まさに引越しというか、やはり「進級」なんだと感じます。
 だから、、さるさるでやっていた、「1000文字向けの自分」から、脱したいとも思います(あれでもものすごく、話題の選択に関しては計算をしていました)。
 あれはね、1000文字のキャラだったのです。
 実際のわたしは、もうちょっと、、あのう、「大きい」んです。 
 もう、窮屈で、耐えられなくなりました。 
 きっと、あのわたしのほうが「好き」だ、という方もいらっしゃるのだと思います。
 でも、あれは、もう、、たぶん、、わたしの実像ではないのです。
 あれでお金をもらっていたわけではないので、より真の自分を反影できる方向へ、舵を切りたいと思いました。
 そう思えるまでに、ずいぶんと時間がかかりました。
 
 話がすごく変わってしまって恐縮なのですが、夜ごはんは緑の散歩道を歩いて、隣町のファミレスに行きました。
 そこで、まあ、トイレに入ったわけです。
 そこがですね。
 非常に汚れていました。
 女子トイレです。
 (読んでくださる方で、男性の方がいましたら、夢を壊す話題ですみません)
 
 汚れている女子トイレ。
 これ、ここ数年で、遭遇することが増えました。ここ2年くらいかなあ。。。増えたのは。。
 ちゃんと流せよ。
 あ、具体的ですみません。
 手を洗う水道の周りもひどい。水浸し。床まで。

 トイレから出てフロアを見回してみると、みなさん楽しそうに食事しておられます。何ごともないかのようです。
 お盆だし、家族連れも多いです。
 でもね、、がっかりするですよ。

 誰が劣化しているのでしょう。
 汚して平気な客? それに気づかない店員?
 とにかく、なにかが総崩れを起こしているような気がします。
 10年前には、あまりこういう光景はありませんでした。
 
 わたしは、これに乗らないようにしよう、と思いました。
 黙って、その汚物を流しました。
 汚れている洗面所を、さらに汚さないように、注意して手を洗いました。
 でも、、店員の代わりに掃除をするまではしてあげませんが。

 これはわたしの直感ですが、この流れ、モラルの総崩れの流れに乗らないだけで、なにか、どこか、「守られた」場所に、いられるのではないか。
 今、そういうことが、すごく大事なんではないのか。
 そう強く感じました。
 心の問題ですが、そういうことが、後々に、大きな違いを、差を、生むのじゃないのか。
 「みんながそうしてるからわたしも」と、しないだけで、なにか違いが生まれるんじゃないのか。
 きっといろんな場面で誘惑はあると思いますが、わたしはそっちに行きたくない。
 行かないよ。

 気持ちを取り戻したかったので、食後のコーヒーは、地元でも有名な専門店でいただきました。
 一杯600円→0908coffee.jpg

 内装も行き届いたトイレは、とてもきれいに、大事に使われていました。

 でも悲しいかな、これからもファミレスは行くと思います。
 そしてそのたびに、今の世の中について、考えてしまうと思います。

 
 

テーマ : =世相もろもろ= - ジャンル : 政治・経済

アホらしいよう

 のりPの。
 話が。
 ほんとにすごいですね。

 今日朝まで、、、
 2ちゃんねる見ちゃった。。。
 そんで今日は夕方まで。。。
 2ちゃんねる見ちゃった。
 山岸スレッドには行ってません(おとといの日記参照してね)。
 
 すごく毒々しい!
 毒々しいものたくさん見たお!!!

 のりPがさ、、やくざさんの娘だってこととか、その他いろんな噂は、もう20年近くあってさ、知ってたからさ、「清純」というイメージはどうとらえていいのか、とはずっと思っていてさ、でも手話を覚えたのは事実だし、中国語で歌を歌えるということも事実なわけで(それはわたしの苦手な「勉強」をした、という意味であり)、なんだろうなあ、と思っていたんだけど。。。

 人は、ほんとに一言では片付かない生き物、とかってことだとは思うけどさ。。

 まあさ、のりPのことは、もういいんですよ。

 こうやって、明るみにどんどん出てくるということがすごい。

 芸能界の闇だの、裏だの、裏社会だのは、今までもずっとずっと、きっと戦後とかからあったことで、いや、戦前からあったことかもしれなくて、「興行」というものと、裏の社会ってのは一体だってのは、きっと江戸時代とかからの習わしだったりもするのだろうし。。

 でもそんなのは、素人さんはなにも知らないで、表に出てくる夢の部分にだけ、熱狂していればよかったんだと思うのだけど。

 それが、崩れている、ということが、
 すごいなあ、
 と思うのです。

 ネット。

 知ろうと思えば、少しは見える。
 そういう窓が、この手の中に。
 
 これは、、、やはり革命ですよねえ。。

 革命なんだけどさ、、、
 普通にいろんなものを信じてきた一般人には、ちょっとどぎつすぎて、、
 気持ちが不安定になる人も、いるかもしれないなあ、、、と。。。

 それくらい、すごくて。ジャンキーの集まるパーティーでDJやってるのりP。
 禍々しかったのでした。
 
 セレブってなにー?
 アホかー。
 稼いだ(集めた)お金で麻薬買って「悪い組織」に貢いでるの?
 それがセレブ?

 それで豊か?
 それで「勝ち」?

 笑わせんな。

 あ、荒れてしまいました、すみません。

 なんだか大変な時代にいるなあ、と、しみじみしてしまったのです。
 

 
 
 

テーマ : 芸能ネタ - ジャンル : アイドル・芸能

南木佳士/冬の水練

 夫は医療施設で働いているのですが、そこの上の方の友人は、芥川賞作家さんだということを、かねてから聞きつけていました。
 その夫の職場の本棚に、その上の先生へのサイン入りの謹呈本があったそうで、話を聞いたらおもしろそうなので、借りてきてもらいました。

 おもしろそう、というのは、語弊があるかもしれません。

 今のわたしが読めそうな本、ということが、なんとなく分かったのです。

 南木佳士(なぎけいし)/冬の水練
冬の水練冬の水練
(2002/07)
南木 佳士

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 南木さんは、信州でお医者さんもされている小説家です。これは、その方の、エッセイ集でした。映画にもなった「阿弥陀堂だより」の原作も書いてらっしゃいます。
 芥川賞を取った翌年にパニック障害を発症し、その後うつ病になられた方です。
 丁寧に選ばれた言葉が、心に染みてきて、読んでて何度も泣いてしまった本でした。

 パニック障害やうつ病になっていったいきさつについては、詳しく触れられてはいませんでしたが、全体的な内容から受けた印象から推測すると、
 
 自分が書いた言葉が(いえ、言葉そのものが)、凶器になり得る、ということの自覚、
 しかも、悪魔に魂を渡してまで書いたとしても、それが「いいもの」であるかは定かではない、
 そういう世界に入り込んでいる、という自覚。

 そのあたりからなのではないのかな、と思いました。

 つまり、すべてにおいて無自覚だった自分を自覚することで出てくる自責の念に、
 心身が悲鳴をあげた、ということではないのだろうか、と思いました。
 そしてそれは、多くのうつ病、うつ状態の人に、共通する心情かな、とも思います。

 末期のがん患者の医師である、というのも、無力感を高めたのだろうか、とも感じられました。
 でも、これについては、うつ病になったことで、患者の痛みを分かるようになれた、と書いておられます。
 そして、田舎の老人たちを診察するという行為そのものが、著者のリハビリになった、ということのようです。
 
 丁寧に言葉は選ばれているけれど、媚びているとか、甘ったるいということはなかったです。
 ああ、「真摯」ということの、「お手本」のように感じられました。「お手本」という言い方は俗っぽすぎるのですが。
 今のわたしにとっては、そんな風に感じられました。

 小心者で、内向的な人間には、優しい本だと思えました。
 夫の職場の本棚からやってきたということも含め、格別にありがたいような感じがします。
 自分で「いいものを!」と探し求めて躍起になるより、こういう形で出会うほうが、心になじむものが多いというのは、皮肉なものです。

 
 

 

テーマ : 読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

涼しいお盆

 さっき一つ日記を載せてたんですね。
 ゆうべ、手作りで夫のパジャマのズボン作ったので、そんなこととか。
 で、今夜は自分の作ろうと思ってることとか。
 
 でも、涼しくて、またちょっとお腹がゆるくて。
 今夜は作るの断念しようと思って、消してしまいました。
 あんまりミシンにかき立てられるのも、どうかとも思うし。。。
 
 突然話が変わりますが、
 この前立教大学に勉強に行ったときにお話に出たことがあります。
 「頭の中には書くことがあるのに、いざキーボードや原稿用紙に向かい合うと、書けない」ということ。
 うーん、それが、今この瞬間のわたくしでございます。。。
 
 これこそが、
 イメージ
 と
 現実
 の
 差
 なんだそうです。

 ああ、ほんとその通りです。。

 今日一日、それなりにものを考え、少しはものを見て、なにかはしていて、
 その中に、ここに書けることはきっとたくさんあるのです。
 (それに一回書いたんだった。。)

 それをどう書いたらいいか、どれを書けばいいか、と、迷います。

 まあいいや。今日はそんな、迷う日としましょう。
 (そういう日はけっこう多い)

 夏の花たち→0908kodairahana.jpg


 
 
 
 
 
 

テーマ : ひとりごと。 - ジャンル : 日記