アンコールなし ドニー劇場

 わたしはお風呂で湯船に浸かっているときに、瞑想状態というか、催眠状態みたいになることがあります。

 さっきお風呂に入ってて、ドニーとお別れしました。

 20日からドニーのことを思い出していて(というより、「呼んで」いて)、きっとそれはドニーにも伝わっていたと思うのだけれど、
 ドニーは23日に死んでしまいました。

 26日の夜から、ドニーのことを、なにかブログに書こうと思っていて、でも、それを書こうとすると、ドニーに出会った当時の周囲の人間関係のことも出てきて(今はおつきあいしていません。わたしから離れました。「次」に進みたくなったからです。そこにいると、いつまでたっても「本気のわたし」になれなかったのです。だから離れてよかったです)、ちょっと本筋とずれていきそうだなあとか思っていました(実際今もずれてしまった(苦笑))。
 そんなわたしを心配したのか、ドニーが、すぐそばにいてくれるような気がしました。
 匂いまでしそうなくらい、ドニーの気配を感じていました。

 そしてゆうべ、ドニーとわたしの本質に近いことについて書いて、、
 今日お風呂入ってたら、分かったのです。
 
 もう行くわよ、と、言っているのが。
 (ドニーはおかまちゃんキャラなのです)

 わたしはもう、(ドニーから見たら)大丈夫だから。
 でも、最後に釘を刺されたけど。「○○しなさいよ」って。
 (なにかはナイショにします)

 そっかー、分かったー、と思って、送り出そうとするのだけど、
 やはりさびしくて、「やだやだー」とも言ってしまいました。
 ドニーは「困った子ねえ」と、おかあさんのような顔をしています。
 (2006年にドニーに初めてインドネシアで会ったときに(長野いづみさんというセラピストの方が主催されるツアーで行きました)、「女神の海」という場所でドニーが浄化の儀式をしてくれたのだけれど、そのとき着ていた白い服をドニーは着ていました)

 だって、なんと言ったらいいのか分からないのです。

 「行ってらっしゃい」も違うし。だって、ほんとの「故郷」に還るのだから。

 困っていたら、白い服を着たドニーが、小さい子供を抱いていて、もう片方の手でも子供と手をつないでいて、
 周りにほかにもたくさんの子供がいるのが見えました。

 ああ、ドニーは、死んでしまって、そのことがよく分っていなくてさまよってる子供たちを集めたんだなあ、と、思いました。
 その子たちを、「天国」に、一緒に連れていってあげるんだなあ、と思いました。

 ドニーらしい。

 それで、ドニーは、「あちら」に行っても、お仕事がいっぱいあるんだなあ、と思いました。
 (ここにいたときよりも、忙しくなるかもしれない。ドニーは、誰かのお世話をするのが大好きだから)

 だから、「お仕事がんばってね」と言いました。
 そしたら、見送れるような気がしました。

 ドニーは、舞台の上のマエストロみたいに(プリマドンナでもあるかも(笑))、かっこよくお辞儀をしました。
 だからわたしは拍手をして、「ブラボー!」と言いました。
 何度もドニーはお辞儀をして、かっこよく背を向けて、「向こう」に歩いていきました。子供たちと一緒に。

 アンコールもカーテンコールもなしです。

 さっきまであった、ドニーの濃密な気配が消えました。
 今しているのは、「思い出す」という作業です。
 
 まあ、仕方ない。
 
 そろそろ台湾の準備を本気でしなくちゃです。
 出発は、あさってです。

 あちらでどう過ごすか、なにを着るか、そんなことのイメージが、ようやく湧きはじめました。
 
 わたしはわたしの生を、生きるんです。

 
 
 
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特別な人 特別な関係

 わたしが今向かっているiMacが置いてあるパソコンデスクの右横には、CDを置く棚があり、その上は、祭壇になっている。
 そこには、わたしにとって特別な力を持つクリスタルが数点置いてあり、真ん中のスペースには、お出かけ用のお財布を置いておくようにしている(つまり、お金を扱うものを、聖なるものと同じレベルに置いているのです)。
 その棚の奥には、写真を置いている。
 ドニーと一緒に写ってるものと、エクトンのチャネラー、リチャード・ラビンと撮ったものを。
 パソコン操作に疲れたりしたとき、右を向くと、いつも、それらが目に入る。
 それがここ1?2年のわたしの日常だ。

 その写真はいい写真で、ドニーとわたしがとてもかわいい。
 とても特別。

 それは、わたしとドニーが、特別な関係だったからだ。

 特別な関係が、どういうものかということを、ここ数日考えている。

 わたしの感じ方というのは、こうだ。

 まず、第一段階として、「この人は、わたしにとって特別な人だ」と、分かるということ。
 わたしはだいたい、ここの時点で反射的に、相手に「あなたはわたしにとって、特別な人みたいです」という雰囲気を送ってしまうと思う。
 第二段階。
 相手が、それを、受けるかどうか。
 受け取ってくれるかどうか。
 受け取ってくれると、一つ進む。
 第三段階は、その相手も、「あなたはわたしにとっても、特別みたいだ」と、送ってきてくれるかどうか。
 わたしは、それはできる限り、受け取ろうとする。でも、これはけっこう難しいことだったりする。信じる気持ちを試されるからかもしれない。
 第四段階。
 わたしは、ここがすごく大事だと思っているんですが、
 わたしがそれを受け取ったということを、相手が分かってくれたかどうか。
 それが肝のような気がするんです。

 ここまで来ると、それが、「特別な関係」になる。

 つまり、実際に「相思相愛(と言えるかどうかですが、この言葉の意味する関係を、セクシャルでロマンチックな関係に限らないとして)」である、ということに加えて、
 わたしも、相手も、それが分かっている、ということが、大事なんです。
 お互いに特別だと思ってるということを、お互いが分かっているということ。
 ここまで来ると、たぶん、そこに強いなにかが発生して、絶え間ないエネルギーの循環が起こるのだと思います。

 「わたしはあなたを好きですが、あなたもわたしを好きだということを、わたしは分かっているんです、そして、あなたも、それを分かっていますよね、それさえも、わたしは分かっていますよ」
 ということを、お互いが相手に対して思う(感じる)とき、
 それはとてつもなく甘やかな循環を創りだすと思うのです。
 「分かっていますよ」の、無限ループ。

 そういうことが起こる相手が、特別な関係かなあと思う。

 普通の関係は、どこかでそれが、途切れてしまうのだと思う。

 「分かってる」「分かってる」「分かってる」「分かって、、、ん? ちょっと、、違うかも?」となるとき。
 「いやいやちょっと待て。わたしの勘違いかも」とか、「迷惑かも」とか、「重いなあ」とか。
 いろいろ出てきてしまうのが、「普通」の関係なんだよな。。
 
 ドニーは、いつまでも、際限なく、「分かってる」のループを続けられる、数少ない人だった。
 安心して送れたし、受け取れた(会ってない日々でも、それは変わらない)。
 あそこまで無防備にできるという意味では、唯一の存在だったかもしれない。
 「霊能者同士(わたしは「仕事」にはしていないけど、サイキック能力は衰えていませんから)」だからかなあ、と思ったけれど、今まで出会った霊能者全員にそういうことが起こったわけではない。
 だからやはり、理屈や能力を超えたところで「特別」だったとしか、言えることがないような気がする。

 特別すぎたかもしれない。

 ところどころで、疑いが出てくるのが、普通で、そこで悩んで、それでもその相手を失いたくないかどうか考えたり、失ってもいいから自分には譲れない部分があるのだと気づいたり、
 そういうことで、人は人生を創っていくのだろうから。
 そして、その疑いこそから、強い絆も学びも、生まれるのだろうから。

 あまりにも特別にしてくれたその人は、その特別な個性故に、地上から(たぶん50歳そこそこで)離れたとも言えるのかもしれない。

 ドニーを基準にしたら、いけないのかもしれない。

 でもその特別さは、わたしをとても安心させてくれたのだ。
 でもいなくなってしまった。。

 でもやはりいなくなってはなくて、今もドニーは「分かってる」と言い続けてくれているような気がする。

 だからわたしも今までと変わらず「分かってる」と、送り続けてもいいのかもしれない。
 それをしなくなるには、まださびしすぎるのだ。

 2006年11月→2010donny.jpg

 
 
 

テーマ : モノの見方、考え方。 - ジャンル : 心と身体

充実度増量中。

 朝(わたしの場合は、「昼」のことも多いけど(笑))目が覚めたとき、意識の焦点を「現実」に合わせる。
 その日の予定を思い出したり、誰かのことを思い浮かべたり。
 そこからだんだん、お腹が空いたとか、トイレに行かなくちゃとか、そういう感覚が戻ってくる。
 わたしはいつもそんな感じだ。

 そうやって目が覚めたとき、ふっと心に青い色がかかる。
 なんでだっけ、と思って、「ドニーが死んだんだ」と思い出す。
 この二日は、そんな感じでした。

 それもだんだん変わっていくのだとは思うのだけど。
 心にかかる色の種類が、きっと変わっていく。

 このニュースを受け取ってから、バレエ鑑賞だの、オリンピックの真央ちゃんだのがあったのは、幸いだったのだろう(普段にはない盛り上がりがあるものが、連続であったのだ)。
 ゆうべはあっとさんと国分寺に出たし。
 
 食後のコーヒーは、スタバはやめて、お菓子を買い込んで、おうちで。

 先日届いたベルメゾンのカタログは、完全に商品のコンセプトが「おうちライフ充実」でした。
 流行なのね。。。
 わたしは完全に、そういう人になっています。

 物理的な「外」じゃないといけない(楽しめない)理由が、あまりわたしにはなくなってしまいました。

 うちでは、ネットできるし。
 陳腐な言い方だけど、ネットは無限ですからね。。。
 なんてったって、「わたしの女神」ジェーン・シベリーから、メールが届くんですよ(メルマガだけど)。
 考えられます? これって、90年代でも、考えられなかったことです、わたし的には。
 カナダ人のジェーンが、ニュージーランドでツアーやってるレポートとか、小平のうちで、読めちゃうんですよ。
 ショッピングだってできるしねえ。。
 先月買ったCOACHのバッグは、ネットで買いました☆

 先日まで、次のツイッター小説の資料として、19世紀フランスの文化の本を読んでいましたが(資料読みはまだまだ続く(汗)1月は体調悪くて、なにもできませんでしたし)、
 「都市」に力があったのは、近代社会の特徴だったのかもしれません。
 都市。博覧会。デパート。パレード。群衆。プロパガンダ。熱狂。

 都市そのものはなくならないけれど、それが持つ力の質は、現代社会の中で変わらざるを得ないですよね。
 ネットで世界中とつながるんだもん。好きなもの同士で。いつでも。安価で。

 そんなことを考えたりもしています。
 勉強することがたくさんあります。
 (それは嬉しいことだ)
 これも、おうちでできることです。
 
 おうちライフ充実のために、最近うちに来たものは、彦坂尚嘉さんの気体分子ギャラリーで買った、栃原比比奈さんの絵です。
 大充実→1002hanapiano.jpg
 これ見ながら、「雨だれ」を弾くんですよ。
 こういうこと以上に、楽しいことは、あまりないですよ。
 それでも「家」よりも「外」のほうがいいと、わたしに言える人、います??(笑)

 まあ、台湾には行くんですが。
 外、出るときは出ます☆

 ドニーのことを、ほんとは、書きたいんです。
 
 でも、まだ整理ができないみたいで。

 台湾行くと、またわたしは変わってしまうと思うので、なんとかその前にできればいいけれど、どうでしょう。
 もしかすると、その(台湾後の変わった)わたしにやらせてみるのでもいいのかもしれませんが。

 自分が受ける感覚と、体の感覚、実際の表現が、ずれている、という問題は、ここにも出てきてしまっています。

 とりあえず、今夜のブログは、これでいいとします。

 
 
 

テーマ : 私の“すきなもの” - ジャンル : 結婚・家庭生活

二物を与えられた人を見てきました。

 昨日は、Bunkamura のオーチャードホールで、熊川哲也のKバレエカンパニーが上演するバレエ「海賊」を、音大の先生のMさんと見てきました。
 
 バレエを見るのは、子供の頃以来です。
 ほぼ記憶になかったのだけど、パ・ド・ドゥ(一組の男女の踊り)を見てたら、子供の頃見たその舞台のパ・ド・ドゥが、とってもきれいでドキドキしたことを思い出しました。演目は「白鳥の湖」だったはずです。
 
 クマテツは、やはりすごかったです。
 立ってるだけで、目が離せない。
 すごいオーラですね。
 でもそれは、、ほかの出演者の力不足があってのこと、なのかもしれませんが。
 それでもやはりすごかった。
 後ろ姿でも、全然違うのでした。
 
 実業家としてもかなりすごいというのが、会場でいただいたたくさんのチラシから分かりました(バレエスクール経営、リラックスサロン経営、カンパニーのピアニストでバレエ音楽のCDを作って売る、ファンクラブ年会費5000円、など。。)。
 確かわたしと同い年で、あの体の維持はすごいし、ただの「踊りバカ」ではなくて、団の運営能力もあるようですごいです。
 天はとうとう二物を天才に与えたもうた。
 ニジンスキーにはなかったことです(戦前のロシアのバレエダンサーで、踊りの天才だけれど、実務能力はなくて、狂って死んでいった伝説の人です)。
 たくましいなあ。
 
 これが正しいのだろうなあ。
 正しいというか、理想なんだろうなあ。人として。
 あれだけ踊れてメシ食うのも上手なら、文句言いようがないですよね。

 けれどわたしは、ニジンスキーの「バカさ」も好きです。
 それじゃいけないのかな。

 ドニーは、ニジンスキータイプでした。オペラが好きでした(一時期オーケストラの指揮の仕事もしていたとか)。きっとバレエも好きだろうな。
 
 ゆうべ朝まで泣いて、昼前に起きてまた泣いて、まぶたがだぼだぼに腫れていたけれど、出かけるときにはおさまっていたのでよかったです。
 
 新宿伊勢丹で買い物してるときは、忘れていた。
 ドニーが死んだってこと。
 けれどバレエを見ている間、ところどころで思い出す。
 そして、下り電車が、うちの駅に近づくにつれ、もっと思い出す。

 買い物パワーってすごいね、という話でもあるけれど(笑)、
 今は、種類としては甘いけれど、確かに感じるこの痛みの中に、まだいたいと思うんです。
 


 

テーマ : ダンス - ジャンル : 学問・文化・芸術

ドニーへ。

 昨日は、夕方から、彦坂尚嘉さんの藤沢のアトリエにて、「ラカンと美術読書会」があったので、行ってきました。
 今回も勉強になりました。

 夜11時半頃帰宅して一心地ついて、ケータイのメールのチェックしていたら、「お知らせ」の文字が。
 そのメールは、昨日の夕方前には届いていたものでした。
 迷惑メールばかりなので、あまりケータイチェックしないので、気づくの遅かったんですが。

 ドニーが死んだ。

 先日(20日)、少し名前を出した、インドネシアの霊能者です(写真も追加したので、見て下さい)。

 あれから、ドニーのこと、たくさん考えていたのに。
 いたから?

 「魂のつながり」を感じるような恩人の死、という経験が、はじめてなので、
 ちょっとどうしていいのか分かりません。

 ドニーが死んだのは、23日の朝だそうです。
 23日も、ドニーのことたくさん思い出してたのに。
 あらためて日記に書こうかと思うくらい思い出していたのです。

 どうしたんだろう?
 どうして?
 どうしたの?

 孤独だったから?
 ドニー。

 困るよ。
 
 ドニー。
 みんこはドニーの言いつけ守ってきたよ。。
 いいこにしたよ。。
 
 ドニーは、もうよくなっちゃったの?
 ここにいなくても。
  
 納得した?
 たくさんだと思った?
 満足した?

 ドニーはおかあさんのところに行くんだね。
 もうひとりじゃないね。
 さびしかったね。
 会いにいけなくてごめんね。
 ドニーがさびしいとわかったのに、ずっと一緒にいられなくてごめんね。
 どうしようもできなくてごめんね。
 
 よかったね。
 ここから離れられてよかったね。
 もうさびしくないね。

 でもわたしは、すごくせつないよ。
 あなたという人がせつない。

 会ってくれてありがとう。
 ママとわたしと家族を助けてくれてありがとう。

 神様と、ずっと仲良くしててね。ここにいたときよりも、もっともっと。

 

 

 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

「怒り」は、捨てない。

 今日は暖かくて、春っぽかったですね。
 気がつくと、台湾までもう1週間しかなくて、ちょっと「あれ?」という感じです。
 いつのまに。。。

 ここのところ、長年心に抱えていた、一種の「あきらめ」のようなものに、光が射すことが続いており、
 ちょっとこれも「あれ?」という感じです。
 いつのまに。。。

 あきらめてはいるのですが、闘っていたのです。
 そういう自分の心と。
 
 だから、ほんとはあきらめてなかったのかもしれないです。
 闘うことは、やはり大事かなと思ったりします。
 闘うことというより、「怒り」を、抱いているということかもしれません。
 「不当に扱われた」とき、人は怒りを感じるはずです。
 それを、、どう表現するかという問題は、難しいけれど、その怒りをないフリするのが、わたしは嫌いです。
 わたしは、そういう意味では、常に「怒りとともにある人」かなあ、と思います。
 けれど、それを、どういう表現にするかは、とても注意しなくてはいけないと思います。
 わたしはだいたい、自分の怒りの心と、それをそのまま外に出してしまいたいという欲求と、闘っています。
 その燃焼が、ある意味でわたしを動かしている大きなエネルギー源かなあと、最近思います。 
 (よく、怒りはよくない感情だから、捨てて生きろ、と言いますが、それは、わたしにはあまり有効ではないです。ただ、そのまま出すということに対して、気をつけてはいます)

 そうやってると、「いつのまに」ということにも、なるのかもしれません。
 心の中にその燃焼があるのならば、ものごとは続いて、物語は終らないのかもしれません。

 「いつのまに」ですまされないこともあります。
 確定申告の時期ですから。。。
 今年も実家の分をやらなくては、で、今日は書類が足らなくてまた実家でてんやわんやでした。
 無事見つかり、よかった。
 税務署行くのは、台湾後ですね。。。「いつのまに」、注意!!

 福寿草第二弾→1002fukuju2.jpg

 玄関先にはとてもいい匂いの、地味な花。
 母も名前を失念中→1002kaori.jpg

 あ、おとといの記事に拍手をくださった方、どちらさまか分かりませんが、ありがとうございます♪
 ママのだるまちゃんすごいでしょ。。。ウケるよね。。。
 シャレのきく方がいらっしゃる、と、嬉しくなりました☆
 ありがとうございます。

  
 
 

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地元人

 今日は実家で少し用事をしてきました。
 昨日買った850円のジーンズを兄のみーくんに見せました。
 850円はすごいけど、こういう(デフレの)世の中はやばいと言うと、そうだと言われました。
 「850円で安くていいわ???♪ なんて言ってる主婦はダメだ」と言われました。
 わたしは危機感はあるので、まあ、とりあえず許されるのだそうです。
 
 今年の福寿草→1002hukuju.jpg

 母が色を塗っただるまが窓辺にありました。
 だるまというよりふくろう→1002daruma1.jpg
 どう塗ってももちろん自由なんですが、こういう色にしようと思うでしょうか。。。「肌色がなかったから」ショッキングピンクの顔なんだそうです。
 ラメ入りです☆
 
 そんで背中は。。。
 四葉ちゃん☆→1002daruma2.jpg


 
 
 

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おうちライフを充実させたい人なので

 もう一つありました。わたしにとっての「ごほうび」。

 服の毛玉取りをすること。

 心が落ち着いて安らぎます。。。
 しかも服の見栄えもよくなる☆
 眉毛切りの小さなハサミ(刃が反っているので布地を痛めないですむ)を使っています。手で引っぱるといけないらしいから。

 去年ユニクロで買ったニットのワンピースの毛玉のつき方がハンパなかったので、たくさん「収穫」がありました。濃紫色の毛玉がほわほわとゴミ箱の中にあります。
 この服はセールで2000円しませんでした。気に入ったので、この冬はけっこう着てました。値段的にもう元は取れてる気がしますが、来冬も着たいので毛玉取りです。
 
 最近の服はほんとに安くてびっくりします。
 今日はとうとう、西友で850円のジーンズを買ってしまいました。
 家と実家往復する用のです。

 今までわたしは、家⇔実家や、近所のスーパーなどに行く用の服は、だいたい古くなった服を使ってたんですが、最近うちの近所では、くたくたの服を着ている人をあまり見なくなったのです。
 10年前までは、近所のコンビニに、ジャージとかで行けたんですが、最近それもできません。
 みなさんきちんとしたかっこをしてらっしゃるのです(汗)。
 加えて最近腰回りが一回り大きくなったのか、古いジーンズのボタンが外れるということが頻発して(スナップボタンだったんです。刃の噛みが悪くなってたんだよ??)、処分してたんです。
 それの代わりに買ってみました。850円。
 ヒップラインとか、そこまでおかしくないし、、家や近所なら充分かも、と思いました(電車に乗るのはやめます)。
 けっこうその商品は好評らしいです。サイズによっては在庫切れもありました。
 850円なら、何回か着れば、ダメになっても気にならない感じですよね。定食一つ分ですもんね。
 もちろんそれも無駄でいけないので、しばらく使いますが。

 家の中でフリースばかりでいてもいけないので、こういうので、少しですがメリハリつけようと思います。
 最近は重ね着ファッションの種類が抱負で、セールで安いのを見つけて、うまく組み合わせると、そこそこ見られる感じです。
 アクセサリーもつけますよ☆

 今日は夫であるあっとさんが、目黒にある本社の会議に行っていました。
 行きの電車の中で、2回、ケンカに遭遇したそうです(西武新宿線と半蔵門線内)。
 人々がぴりぴりしているように見えたそうです。
 「破裂寸前の風船」とは、あっとさん談です。
 「戦闘モード」なのは、わたしだけじゃないのかもしれませんね。
 昔のように意味なくお出かけをしたいと、あまり思わなくなったのは、街に魔法がなくなったと思うのは、こういうことでもあります。
 
 それでも外に出なくてはいけないのだと思いますが、そういう話を聞くと、
 家や地元で少しだけオシャレして(と言えるものではないけれど、工夫しがいはあります)、ほっこりするのも、いいんじゃないかと思ってしまうのです。 
 おいしいお茶なぞいれたりして。

 

 
 

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これも「ごほうび」。

 わたしの「ごほうび考」は続いており、
 というよりは、自分を甘やかすということを続けています。

 もう一つの「ごほうび」は、
 「泣く」ということ。

 わたしにとってはね。

 先週あたりから、「戦闘モード」ではあっても、ふっ、ふっ、と、頭の中にここ数年くらいの過去のことがよぎることが増えていました。
 そういうところから、流れの境目みたいなのを、漠然とは感じるのですが、体はしばらく続いている「戦闘モード」に慣れているのか、発想を変えるというところまで行きません。
 で、宣言してみたり、その後のエポックメーキングっぽいことがあって、流れが移行したこと、あるいは移行せざるを得ないことに気づく、みたいな感じでしょうか。
 やはり、体と表現と感覚の間には、微妙なズレがあるようです。
 今までもずっとそうだったような気がします。
 ぴったりそろえるってこと、できるのかしら。。。
 感覚>体>表現 みたいな気がします。わたしの中では、ですが。
 表現は、一番最後なんだけど、それだけに「集大成」みたいになるので、気をつけねばいけないのでしょうけれど。いろいろと難しいですね。
 ああ、たぶん、表現のあとに来るのは、「状況」だ(そんで、状況がまた感覚を刺激して、無限のループになるのだ!)。

 まあ、それはいいとして(でも、上に書いたようなこと考えるの好きなんです)、こういう「境目」のときには、「ごほうび」をあげるといいらしいですよ、ドリーン・バーチューの天使のカードによると。
 
 てことで、泣いたりもしてみました。

 ここ数年、それなりにいろんなことがありましたし、その中でわたしは、結局状況を受け入れ、対処してきたなあ、と思うので、よくがんばったなあ、と思ったんです。
 そういう風に考えるとき、いつもインドネシアでセッションをしてもらった霊能者のドニーさんを思い出します。そうすると、子供にかえって、泣けるのです(その方のアドバイスのおかげで、母との関係が変わったし、そこが起点になって、わたし自身も変わってきているのだと思うので)。
 こういうのは、もうものすごく甘いごほうびです。
 ドニーとわたし→0805donny.jpg


 「境目」のときは、占いもしたくなりますね(「ごほうび」ではないけど)。
 占星術は「調べる(そして検討する)」という感じで、わたしにはあまり「占い」って感じがしないのです。
 わたしにとって「占い」というのは、偶然を道しるべにするもののことを言います。
 カード類とかですね。

 タロットをやってみました。
 わたしが使っているのはこれです。
 
The Unicorn Tarot DeckThe Unicorn Tarot Deck
(1995/09)
Suzanne StarLiz Hilton

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 天使のカードは甘ったるいけど、タロットは基本的に辛口で、加えてこのユニコーンカードは、ちゃんと「魔法」の要素を加味した解釈ができるようになっています。
 いつも黙らされてしまう。

 以下は昔よく聴いていた曲です。

 bel canto → unicorn

 1993年にモンゴルに行った頃、この曲の入ったCDばかりを聴いていました。だからあの草原が思い浮かんでしまう。ああ、それは、わたしにチャネリングが起こったばかりの頃のことです。
 やはりユニコーン(という架空の動物に対する概念が持つエネルギー)は、わたしにとって重要な要素なんだな。
 すっかり忘れていたよ。
 ブログのタイトルにしてるのにね。
 

 
 
 

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わたしに甘やかされたわたし

 「ごほうび」は「昼寝」の北美紀です。こんばんは。
 ははは。。

 今日も昨日の記事に書いた「天使のカード」を引いてみましたら、やはり「自分にごほうびをあげろ」というのが、顔を出したんですね。いわくありげに。
 あれー、まだ終ってないのか、と。
 そう言われてもなあ、と。

 とりあえずピアノを弾きました。 
 
 まあまあ、わたしなりに、間違いだらけなりに、ですがよく弾けて、、
 だからなのか、気持ちが高ぶっている感じで、、
 そういう自分をぶつけられる曲はもっとないものか、と思ったりしたときに、
 
 ふと「やってみようか」と思ってしまったのです。

 リストの「愛の夢 第一番」。
 この曲は、にいやんが最近のツアーでとってもすてきに弾いてくれていた曲です。

 去年の12月でしょうか、ネット上に、この曲の閲覧可能な楽譜があって、ときどき見て、うっとりとしていたのです。
 見てると、弾けそうかなあ、という気もしていました。

 でもね、今年はあまり新しい曲にチャレンジしないで、今まで手を出していた曲を、ていねいに弾けるようにしていくのが目標なので、弾くの試すのは控えてたのです。

 でもなんか、、やってしまいました。

 デジタルピアノの隣りにあるパソコンの角度を変えて、ピアノの椅子からでも画面を見られるようにして、画面内に収まっている五線譜三段12小節ずつを弾き終ると、立ち上がってマウスで画面をスクロールしながら。
 (テンポはゆっくりだけど)最後まで弾けました。
 
 やっぱりほんとに、「なんだろう、これは」というくらい、美しい曲です。
 細胞に染み渡るような感じです。

 楽譜は → こちら

 演奏のYou Tubeは → こちら
 (アメリカの17歳の男の子です。すんごくゆっくりな演奏で、はじめはびっくりしたけれど、最後まで聴けたし、この曲が好きなんだなと分かる演奏で、好感を持てました)

 自分を甘やかしてしまった。。。
 最高に甘やかしてしまいました。。

 でも、天使に言われたんだからいいよねえ。

 うちにはプリンターなくて、この楽譜プリントアウトできません。
 バッグとか買ってないでプリンター買えよ、ですけどね。。 

 でもやっちゃった。。
 
 すんごい「ごほうび」でした。
 

 
 
 

テーマ : ピアノ - ジャンル : 音楽

「ごほうび」考

 今日は午後ずっと、団地の外で猫が「アーオアーオ」と鳴いています。盛りの時期なのですね。春が近いのでしょうか。でも毎日すごく寒いです。

 昨日排水管掃除のお兄さんがもう少し早く来れば、出かけようかと思っていたのですが、遅かったためテレビを見てしまい、いろいろと考えてしまい、外も寒く、そのままうちにいました。
 
 先日、このブログにて、わたしは今戦闘モードなんだ、と書きました。 
 その翌日、実家に行ったわけですが、そこで酒盛りしたわけですが、そのときに、母から、意外なことを言われたのです。
 経緯の長い話なので詳細は省きますが、ずっとわたしの心に引っかかっていたことに対して、母が自己の責任というか、過ちというか、わたしの感情に対する負債について、認める発言をしたのです(そして、そういうことをするに至ったおのれの事情についても、説明してくれました)。
 一生それはないと思っていたので、かなり驚きました。 
 わたしは母がそうであると、ずっと分かっていたのですが、それを本人がわたしに認めることはないだろうと思っていたのです。正直感動しました。
 それと同時に、「この人も歳なんだな」といよいよ思い、「65歳シンドローム」もあったことだし、「まだまだがんばってわたしを怒らすくらいでいてくれないと」とも、言いました。
 母は「そうね」と言って笑いました。

 これは、わたし自身にとっても、けっこう大きいことのようで、
 「戦闘モード」ではあったのですが、少し気が抜けてしまいました。
 だから昨日も出かける気になれなかったのですが。
 (それにしても、いつも、こういう場でなにか宣言めいたことをすると、その直後に、その流れを変えるような出来事が起こるのです。言葉に出して表現するところまで行くというのは、もしかしたら、なにかが最高潮に達してるということで、そのあとは変わるということなのでしょうか。なので、ブログの内容と、実際のわたしの心の状態には、もしかすると若干のズレがあるのかもしれません。こういうのって、きっちりそろえることができるのでしょうか? なるべくそろえたいとは思うのですが、わたし自身がその変化にびっくりして慣れようとする時間が必要なのかな、とも思うのです)

 それで、昨日ちょっとエアポケットに入ったような感じになったので、久しぶりに「天使のカード」なるものを引いてみたのです。こういうの↓、いくつか持ってるので。
 
女神のガイダンス日本語版説明書付女神のガイダンス日本語版説明書付
(2005/11/21)
ドリーン バーチュー

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 引くと、出てくるのは「自分にごほうびをあげろ」というカードばかりなのでした。
 「日常生活から離れて、自分を甘やかして下さい」というような。

 でも、なんだか出かける気にはならないのですね。
 それに最近、散財をけっこうして、わたしにとって「いいもの」を買うことが続いているので、ごほうびは充分なような気がします。
 そう思って引きなおしても、同じカードなのです。
 
 うなってしまいました。

 わたしにとっての「ごほうび」って、なんなんだろう、と、考えはじめました。

 それで思ったのですが、「戦闘モード」で買ったものたちは、わたしにとっては、「武器」なのです。
 それは、ダイヤであったり、バッグであったりするのですが、ぜいたくな「ごほうび」であるのですが、
 「武器」なのです。あるいは、「お守り」なのです。
 お守りというのは、やはり戦闘の意味がありますよね。防御なのですから。
 武器というのは、これからも生きていくために自分を鼓舞してもらうためとか、そういう意味でもあるし、人前に出たときに縮こまらず、堂々とするため、でもあります。
 
 そう考えていくと、わたしが持っているものは、ほとんどが、武器かお守りになるのでは、という気もしてきます。
 「ごほうび」というものではないのかもしれない。。。

 それで、考えた末にわたしが自分に与えたごほうびというのは「昼寝」でした。
 
 へへへ。

 それに考えたのです。自分に与えるものは、やはり「ごほうび」と呼ばないのではないか、と。
 よく、広告とかで、「自分へのごほうびを」というのがありますが、、やはりそれって、、詭弁? (笑)

 自分で計画して手を伸ばして努力するのではなくて、なにかサプライズでもたらされるのが、「ごほうび」だと思いました。

 昼寝をして、いい夢でも見る、とか。
 予想外のことが起こるとか。

 そんなことを思っていましたが、いい夢というか、メッセージ的な夢は今朝に見て、
 サプライズ的なものは、その後ありました。

 来月の台湾ツアー、安い分、飛行機は選べないものでした。
 だから、去年一人で行ったときのみたいに、行きは深夜に台北入りして、帰りはホテルで朝食もとれずにサンドイッチをもらっていくという早朝便のエバー航空になるものと思っていました。
 それが、今回は、まだ市などがやっているうちに台北入りできる夕方発で、帰りは午後まで台北にいられるチャイナエアラインでした。
 まったく期待していなかったので、これは嬉しいです。
 
 ごほうびというのは、こういう感じのものです、わたしにとっては。

 いろいろなことを思うと、戦闘モードは捨てられないのですが、ちょっと今、気が抜けたし、そうなったのであれば、それはそれでそういう中で、しばらく生活をしよう思います。
 なんだか一区切りっぽいので、今日は氏神様にお参りに行って、ファミレスで夕ご飯を食べてきます。
 
 
 

 

テーマ : 心の持ち方 - ジャンル : 心と身体

そんなにも力のあることなのか、と、あらためて。

 先ほど排水管掃除のお兄さんが来て帰りましたが、朝からずっと待ちぼうけをくらい(「午前中」に来るということだけで時間指定がなく、来たのは昼前でした)、ヒマなので久しぶりにテレビを見ました。
 オリンピックの男子フィギュア。
 みなさんかっこよくてうっとりしますね。
 どんな練習をするとあんなことできるんでしょうね。
 つらい以上のなにかがあるんでしょうね、あそこまで行く人たちにとっては。練習そのものが。
 どんな分野でも共通のことかな、そういうことって。

 オリンピックの中継が終って、チャンネルを変えたら、教育テレビの「福祉ネットワーク」がなんだかおもしろいので見てしまいました。

 長崎の雲仙にある、障害者のグループホームが、障害者同士の恋愛・結婚のサポートをしているそうです。

 「彼女が欲しい」と思っている男性数名が、取材に応じておられました。

 なんだかその姿がけなげでかわいらしくて、わりと感動してしまいました。

 かれらの障害の種類がどういうものかは説明されていなかったけれど、「精神障害」というものなのかな、という印象でした。
 自閉症とか、そういう感じでしょうか。
 
 お見合いパーティなどをすると、けっこうカップルがすぐにできるようです。

 福祉関係者の支援があり、いろいろ気づいてもらって先回りしてもらって行動をうながされるので、そのサポートが大きいとは思いますが、
 障害を持つ人たちというのは、あまり嘘がつけないのか、素直なのか、あまり「計算」のようなものをしないのか、人目を気にするということがないのか、フィーリングが合えば、するりするりと関係が進展するように見えました。
 そこまで行けなくても、オシャレに気を使ったりということもあるので、生活が変わる面があるようです。
 
 支援されている方が語るところによると、カップルになったりすると、その人の持ってるいい面が出てきて、気づかされることもあるそうです。
 なんといっても、「落ち着き」が出てくるのだそうです。
 自信がついたことによる落ち着きだろう、ということでした。

 ちょっとすごいなあ、と思ってしまいました。

 まあ、テレビなのでいい話ばかりがピックアップされていたのかもしれませんし、実際にはトラブルもあると思いますが、一人の男性が、人生初のデートを経験して、両親に女の子を紹介するところまで見ると、感動してしまいました(その男性のお父様が、「彼女」を見て、泣きそうになってたんですよ。。。その男性が生まれてから、いろんなことがあったんだろうなあとは、容易に想像できるわけですから)。
 その男性、はじめの頃より、魅力的になってるんですよ。表情がね。
 
 すごいよねえ。。。

 まあ、「すごい」と言ってしまうこと自体が「差別」になるのかもしれないけれど、
 好きな人がいる(そしてその人からも好かれる)ということは、人にとってやはりすごく大きな力になることなんだなあ、と、あらためて思ってしまいました。

 ああいう素直さというのは、やはり見習うべきものなんだろうと思いました。 
 
 健常者は「ぜいたく」なんだろうと思いました。もちろん、わたしも含めて。
 男女のダンスに見えるクロス→1002dance.jpg
 
 *追記*
 よく考えてみると、その障害のある方々には、住むところと、単純労働ではあっても、仕事があるので、もしかすると、彼らもそれなりに「ぜいたく」なのかもしれません(今は景気が悪いので、彼らよりも大変な生活の人はいるだろうし)。
 愛も生活する上でのお金も欲しい、というのは、ほんとに誰にでもある欲求ということですね。。
 ロマンチックに考えすぎてしまうわたしには、やはりなにか偏見があるのかも。いろんな意味で。

 

 

テーマ : 障害者の自立 - ジャンル : 福祉・ボランティア

最暗部へ。

 生きるというのはたやすいことではない。
 とくに今のような太陽系の星々までがシビアな影響を人類にもたらすとき、
 いやなものに目をつむって生きていくことは、
 一見楽には見えるが、
 結果としては、さらなる苦しみを生み出すことにもなるだろう。

 だから人は、ときに最暗部に降りてゆかねばならない。
 そこにどんな醜いものがあろうとも、
 それがおのれの日々の怠惰の結果であるのだから、
 受け止め、目をそらさず凝視し、対処していくしかないのだ。
 どんなに醜いものであろうとも。。。。


 というわけで、
 我が家の最暗部、、

 風呂場の排水口

 の掃除をしました。。。
 
 明日、団地の方で排水管掃除のお兄さんが手配されてやってくるのでしたー。

 もっとこまめに掃除をすれば、あそこまでならないものを。。。
 苦手なの苦手なの??。
 
 いやー、今回もすごかった♪

 
 

テーマ : +++掃除・収納・捨てる+++ - ジャンル : 結婚・家庭生活

今日は2月15日。

 今日は実家にピアノを弾きにいきました。
 お手伝いとか留守番メインじゃなくて、ピアノメインです。
 
 なぜなら

 今日は
 
 パパ と

 にいやん の

 誕生日だからです!

 おめでとう! おめでとう!

 今日弾いたのは?、
 ショパン/ノクターン1番 → ショパン/スケルツォ2番 → ショパン/バラード1番 → リスト/愛の夢第3番 → あとなんだっけ。。。 ラフマニノフ/エレジー → ラフマニノフ/鐘 → ショパン/雨だれ → リスト/ラ・カンパネラ → ショパン/ノクターン8番 → ショパン/ノクターン2番
 だったかなあ。。。。
 最近ピアノ弾く頻度を増やしていたので、ミスは多いけど、わたしなりに弾けたかも。
 重点的にやっていた「愛の夢第三番」と「エレジー」「鐘」は、けっこうよくなってきた気がする。気だけど。
 今日は間違えても弾き直さないで、勢いでがんばってみた。
 だってにいやんとパパの誕生日だもん!!!!
 いいこ!

 その後、母が赤飯を炊いたので、また酒盛りです。
 今日は、わたしから誘ってみました。
 
 以前、母と娘の心理学の本で読んで、印象に残っていることがあります。
 (誰の本か記憶がありません。精神科医が書いたものだと思います)
 わたしは母との関係に悩んできた歴史がずっとあったので(過去形で書かせていただきます)、そういうのも少しはまじめに読んでいたのです。

 娘から自立できない母というのは多くて、成人した娘にとって母が重いというのは、よくあるテーマです。
 たぶん、そういう母と娘って、すっごくいっぱいいるだろうと思います。

 その母娘の関係が、良好だと言えるバロメーターの一つに、娘の方から、母と時間を過ごしたいと思うときがあるかどうか、というのが、その記事の内容だったと思います。
 娘が自由にそういう気分になれるというのが(それは母の側でもそれを受け入れることができる状態だということでもある)、健康な母娘だ、という意味だと思われます。
 
 ほんとにそうだなあと思うんです。

 わたしが母に気を使って、母と一緒にいてあげよう、あげなくては、という気持ちになることが多いのですが(誤解のないように書きますが、母には友人もいるし、兄弟も周りにたくさんいていつも行き来してるし、父が眠った後飲み会に行くこともよくあるくらいで、悲壮感のある介護妻ではありません)、そういうのは義務感で、ときどきやはりわたしが疲れます。
 でも、なんとなく、今日はわたしが母と飲みたかったのでした。

 こういう気分になれたのは、数ヶ月ぶりかも。
 
 ピアノもまあ弾けたし、よかったです。

 帰宅したら、今日の読売新聞の朝刊に、カラーのにいやんを発見しました!
 誕生日に記事になるなんて、さすがだぜ。。。
 おめでとうございます☆
 
 

 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

火星期(35歳?45歳頃)に火星を使いたいから。

 昨日カーディナルクライマックスのことで個人的に盛り上がっていたら、友人のあおちゃんと連絡がとれたので、今日は急遽国分寺で会ってもらってきました(彼女は占星術詳しいのです)。
 とにかく今年は大変な星回りで、個人レベルでも世の中レベルでも先がどうなるか分からない、ということらしいです。

 わたしは病気にもなったし、逆にそのプレッシャーを利用したいので、今年に入ってからけっこう散財してます。
 わざとです。確信犯です。幸い、多少の散財には耐えられるんです。今のところ(人によっては全然たいしたことないと思うだろうレベルですが)。
 でもこういうときに弱気になって縮こまると、そのままその流れになりそうな気がして。
 これから「乱世」が始まるかもしれないときに、それはまずいような気がして。
 正直、完全に戦闘モードなんですね(笑)。
 (`Д´)ノ リャー!!
 
 わたしはなんにしても、あまのじゃくなのかもしれません。
 景気がよいと言われていた頃には、縮こまっていました。「すいませんすいません」と思っていました。
 今、もしかするとその頃より全然のびのびとしています。気持ち的に。
 そういうあまのじゃくであることが、自分を守ることにつながっているような気が、なんだかしています。

 来月には台湾です。
 1991年に19歳で台湾に行ったとき、「中正記念堂」という場所で、はじめて宇宙と一つだ、という感覚を得ました。そこは風水的にもすごく気がいいところらしいのですが、その近くに五つ星ホテル(台湾の基準で、世界基準ではないので、たいしたことないと思うけど)が最近できたそうで、そこに泊まります。
 まあ、ハイシーズン前のツアーなので、安いですが、場所そのものの気はわたしにはいいと思うので、楽しみです。

 それに、これから世の中どうなるか分からなくて、今みたいに気軽に行くことができなくなることもあるかもと思うと、つい「行ってしまえ」と思ってしまいます(これは詭弁かも)。
 年下の友人男性からは「現地に恋人がいるのかってくらい行きますね」とあきれられました。
 
 まあ、恋人ではないけれど、恋、、土地?
 「恋土地」なのかもしれません。
 わたしにとって、台北って。
 あの雑踏を思うと、少し胸がしめつけられます。。。☆

 
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

動きの遅い星がたくさん活動宮に入って角度を形成。80年前も。

 先日図書館で借りてきた本は、第二次世界大戦の周辺のことについてのものなんだけど、一つのことが分かると、そのほかのことも気になったりして、そうするとネットでウィキったりして、という風に、際限なく調べるものが広がっていきますね。
 ネットってすごいなあ。

 ネットより本の内容のほうがレベルが上、と思っていたんだけど、「本」であっても内容がきちんと検証されてなくて著者の思想に左右されるとかあるみたいで、そんなのネットとおんなじじゃんと思ったりしてます(こう思うきっかけになったのは「南京大虐殺」について調べてしまったから。うーん、まあ、この事件と論争はちょっと極端なんだろうけど)。
 真実ってなに? 事実ってなに?
 現場にいた人以外には分からないし、現場にいた人が見たままを部外者にしゃべるかというと、その保証はないのでした。

 先日友人のあおちゃんとメールしていて、聞き慣れない占星術用語が出てきたので(カーディナルクライマックス)、それについても調べました。
 ネットって便利。

 なんか今年の星回りはほんとにすごくてですね。
 わたしはもうその渦中にいるんですが、それは、わたし個人にだけある影響ではなくて、全世界的なものだろうと思われます。

 その星回りは、80年前、1930年頃にもありました。
 世界大恐慌とそれに続く不景気のあたりですね。

 この恐慌が、結局第二次世界大戦を創りだしたわけですよね。
 今年できる星回りは、少し違う要素もあるけど、おおまかに言えば同種です。夏が強烈です。
 でも、もうすでにいろんなことが出てきてるのでした。
 08年1月に冥王星が山羊座入りしたときからの流れのようです。
 わたしも、その頃から、すごくすごくいろんなことが変わったのでした。

 西洋占星術はとても複雑な世界なので、ブログの一つの記事にまとめられるようなことではないので、詳細は省きますが、とにかく、今わたしたちがいる世界は、たぶん、10年後そのまま同じではない。
 徹底的ななにかが、この数年の間に起こりそうだ、という感じでしょうか。
 ヨーロッパでナチが台頭してしまった、ということに匹敵するなにか、大きな戦争に匹敵するなにか、原爆が炸裂することに匹敵するなにか?
 
 世間では2012年がどうのとか言ってるけど、占星術的には今年のほうがすごいです。
 もしかすると、今年の影響が目に見える形で出てくるのが2012年なのかもしれません。
 (蛇足ですが、こういうことを知ると、「占いになんてたいした力はない」という人たちに対して、なにも知らなくてお気の毒に、と思ってしまいます。だって、心の準備や、覚悟はできるもんね。そしてそこから態度と行動が変わるのに。それが変われば、周囲の環境も変わるのに)
 でも、世界が終るということはないと思います(笑)。
 今まで「世界」だと信じられてきた世界が終るということだろうと思われます。
 
 話が変わりますが、先日伊勢丹に行って、取り寄せしてもらうものをお願いしてきたのだけど、入荷日などの報告の電話がいっこうにないので、こちらから問い合わせをしました。
 高額なものではないので忘れられても仕方ないのかもしれないけど、連絡すると言っておいて、書類までわたしに書かせておいて、伊勢丹はなにもしてきませんでした(問い合わせた電話の対応も、ミスした担当者の名前を聞き出すことに一番力点を置いていて、謝罪は二の次と感じられるおそまつなものでありました)。
 わたしの中での「高級デパート」は、そういうことをしてはいけないんです。
 さすが、吉祥寺店が閉鎖だけあるなあ、というのが、率直な感想です。
 
 今、なにかが壊れていってるのは確かみたいです。

 そういうときに、一つ前のカーディナルクライマックスの結果であるあの戦争について調べるのは、なんだか因果な気がします。

 
 

テーマ : 占い - ジャンル : サブカル

本がいっぱいの場所

 今日は調べものがあるので、市内の図書館に行きました。
 ここに行くのも久しぶり。

 最近、ほんとに本屋の劣化ぶりもすごいものがあると思うのですが、どうなんでしょう。
 全然読書家ではないので、えらそうなこと言えないのですが、
 普通の本屋に行っても、読みたい本が全然ありません。
 わたしが一番よく行く本屋は、国分寺丸井の上に入ってる紀伊国屋ですが、見事にひどいです。
 参考書とかビジネス書、マニュアル書などにスペースがすごく割かれてるんですけど、そういうのだったらそんなに売れるんでしょうかね? (昔ちょこっとだけ占いライターをしていましたが、その頃も出版界は大変と言われていましたが、今はもっとひどいような気がしますね)

 わたしが読みたい本はどこに?

 図書館に。

 やばいです。どれもこれも読んでみたい、と思ってしまう。
 でも期日があるしとりあえずの4冊程を借りてきました。
 
 これから少し読書家モードになろうと思っています。
 小説ではないの。いろいろ資料っぽいものです。

 いやしかし、、、本屋って、ほんとにバカだ。
 
 わたし、たぶん、本は好きなんです。すごく。
 本読むの好きなんです。たぶん大好きなんです。ハマると一晩で読んじゃうことがざらです。
 でも、読みたい本が、本屋にあまりないから、あんまり読書してこなかったんだよ。
 なんていうのは、言い訳ですが。

 子供の頃、わたしの両親は、本とかレコード買うお金はわりと出してくれたんです。
 だから、わたしも、そういうものにお金を使うことがイヤじゃないんです。
 そういう人間が読みたい本を置かない本屋って、おかしいですよね?

 ほんとにいい本を置かないで、すぐに消えるのばっかり置いてたら、本を好きになれる要素のある若い人がなにを読んでいいのか分からなくて、本を買わなくなっちゃうのに(かつてのわたしがそうだったように)。
 自分で自分の首を絞めてると思う。
 
 なんだかむかむかしてくる話です。

 最近はアマゾンじゃないとダメだなあと本気で思います。 

 今日は雨の休日で、けっこう人がいました、図書館。
 平日だと、ちょっと怪しい感じの人もいるんだけど、今日はみなさんきれいに本を読まれていました。
 いい景色でした。

 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

無謀というほどではないだろうけど。

 今日午後は、母が歌手の菅原洋一さんのコンサートに行くため実家でお留守番でした。
 ちゃこさんリフレッシュになったかな。
 「65歳シンドローム」は落ちついてきたみたいです。
 やっぱりわたしに甘えたいだけじゃんと思います。
 困ったもんだのう。。。

 菅原洋一さんは、父が若い頃好きだったそうです(つられて母も少し聴いていたようです)。
 ていうか、父はアルゼンチンタンゴが好きで、独身の20代前半頃には、タンゴ喫茶? そんなところにも通っていたらしく、その頃、一度、まだ売れてなかった菅原洋一さんと同席することがあって、ごはんをおごってあげたことがあるそうです。
 今の病気になる前までは、そのことが少し自慢だったようで、子供の頃から何回も聞いてる話です(笑)。
 よく夜に一人でタンゴ聴いてたなあ。。
 思い出すと切なくなってしまう。
 うえーん。パパー。

 留守番中ピアノを弾いてみましたが、なんだかていねいに弾こうとするといろいろ考えちゃって、それまでできてたところまでできなくなっていくようです(苦笑)。 
 うーん、でも、まあ、トロフィー集めしてるわけではないし、じっくりゆっくりやればいいですよね。
 怖いのは、勢いをつけてやってしまう、という感覚がよく思い出せなくなってしまったこと。

 これは、今なんだか、生活全般にもあることです。
 
 帯状疱疹に「なってしまった」ということがショックらしく、またああいう風にならないように、と、いろんなことが、「恐る恐る」になってしまっているみたい。
 これはまずいなあと思うのだけど、なんだかどうしても加減してしまいます。
 元から、やるとなると、もう体ががちがちになるくらいに煮詰めてやりたくなってしまうんです。火星と冥王星が活動宮で対岸でにらみ合うわたしのホロスコープにそれが出ています。
 (折しも、今現在の星回りは、わたしの体にダメージを与えやすい要素ががっつりあるようです)
 それが病気の元になったことだと思うので、これからもその調子でやるのは、少しバカだよなあと思います。
 かといって、勢いも必要なのですが、いまいちその感覚を思い出せません。

 なのに(だから?)、来月早々、あっとさんと台湾に行くことになりました。
 休みが取れたので、、連休中に日本にいると、職場から電話かかってくるので。。(金沢でもダメなの、つかまっちゃうの)
 3泊4日だし、慣れてるからそんなに負担ではないと思うのだけど。
 それまでにもう少し調子というか、行動のリズムを整えておきたいです。
 
 

 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

無謀というほどではないだろうけど。

 今日午後は、母が歌手の菅原洋一さんのコンサートに行くため実家でお留守番でした。
 ちゃこさんリフレッシュになったかな。
 「65歳シンドローム」は落ちついてきたみたいです。
 やっぱりわたしに甘えたいだけじゃんと思います。
 困ったもんだのう。。。

 菅原洋一さんは、父が若い頃好きだったそうです(つられて母も少し聴いていたようです)。
 ていうか、父はアルゼンチンタンゴが好きで、独身の20代前半頃には、タンゴ喫茶? そんなところにも通っていたらしく、その頃、一度、まだ売れてなかった菅原洋一さんと同席することがあって、ごはんをおごってあげたことがあるそうです。
 今の病気になる前までは、そのことが少し自慢だったようで、子供の頃から何回も聞いてる話です(笑)。
 よく夜に一人でタンゴ聴いてたなあ。。
 思い出すと切なくなってしまう。
 うえーん。パパー。

 留守番中ピアノを弾いてみましたが、なんだかていねいに弾こうとするといろいろ考えちゃって、それまでできてたところまでできなくなっていくようです(苦笑)。 
 うーん、でも、まあ、トロフィー集めしてるわけではないし、じっくりゆっくりやればいいですよね。
 怖いのは、勢いをつけてやってしまう、という感覚がよく思い出せなくなってしまったこと。

 これは、今なんだか、生活全般にもあることです。
 
 帯状疱疹に「なってしまった」ということがショックらしく、またああいう風にならないように、と、いろんなことが、「恐る恐る」になってしまっているみたい。
 これはまずいなあと思うのだけど、なんだかどうしても加減してしまいます。
 元から、やるとなると、もう体ががちがちになるくらいに煮詰めてやりたくなってしまうんです。火星と冥王星が活動宮で対岸でにらみ合うわたしのホロスコープにそれが出ています。
 (折しも、今現在の星回りは、わたしの体にダメージを与えやすい要素ががっつりあるようです)
 それが病気の元になったことだと思うので、これからもその調子でやるのは、少しバカだよなあと思います。
 かといって、勢いも必要なのですが、いまいちその感覚を思い出せません。

 なのに(だから?)、来月早々、あっとさんと台湾に行くことになりました。
 休みが取れたので、、連休中に日本にいると、職場から電話かかってくるので。。(金沢でもダメなの、つかまっちゃうの)
 3泊4日だし、慣れてるからそんなに負担ではないと思うのだけど。
 それまでにもう少し調子というか、行動のリズムを整えておきたいです。
 
 

 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

懐かしい街の歩き方

 今日はとってもあったかかったですね。
 おとといまでは寒かったのに、なんなんでしょう。

 なんだか体がどうしてもお出かけしたいと言うので、都内に出てみました(わたしにとっての「都内」とは、西武新宿線の高田馬場から「向こう」のエリアのことです)。
 
 もうすぐバレンタインで、その次の日が父の誕生日で、それに合わせて、父方の長兄の叔父が実家に来るそうで。。。普段は全然音沙汰ないんですけど、この時期には来て、一応父の顔を見ようとはするらしい(父の姿に対して複雑な思いがあるのだろうと思う)。
 わたしはその会合には参加しなくてもいいということになっているのですが(その叔父のことが正直苦手なので)、一応義理立てしなくては、と思い、手みやげとして渡すために、チョコレートを用意しようと思いました。
 
 春めいていてなんだか気分がよかったので、久しぶりに原宿のクエストビルの「ウイーン王室御用達」菓子店のデメル日本本店に行ってきました。
 そこのデメルは、そこだけヨーロッパで、異次元なんですよ。
 こんな感じで→ デメル
 イートインもできます。ザッハトルテが有名です。

 その後原宿を少し歩きました。
 一時期原宿にあったニューエイジショップでチャネラーとしてセッションをしていました。 
 予約が入ったときだけ行ってたのだけど(少ない)、原宿を歩くのは楽しかったな。
 その頃はまだスタバもなくて、お店の近くにあるオーバカナールというパン屋さんが好きでした。
 そのビルももうないそうで。原宿も変わっていますね。
 今日は裏原宿を少し歩きました。
 原宿は、都内の有名な街の中では、唯一、わたし、イヤな気持ちにあまりならずに歩けるの。
 明治神宮が近いからかな。
 気がいい、ような気がするな。
 一番苦手なのは渋谷。六本木は怖すぎて用がない限り行かない。新宿は通り道だから慣れてて、池袋は、適度に苦手。

 原宿のあとは、「通り道」の新宿に出て、いるものがあり、伊勢丹に。
 先日、伊勢丹は吉祥寺店が閉鎖と聞いてびっくりしていて、ちょっと今どんな感じか見てみたかったりもしました。
 昔いとこが呉服売り場で働いていたので、新宿店は少し行っていたことがあります。ひどいかっこで平気な顔して入っていたものです。
 2010年、一階には、日本人じゃないお金持ち?っぽい人がけっこういました。中国語が聞こえた気がする。。。
 そういうことになっているのかー、と。
 
 久しぶりの都内一人ぶらぶらでした。
 誰にも会わず、待ち合わせず、公演もなく、時間気にしないでいい、というたぐいの。
 完全一人自由気まま。 
 そういうときは、街のエネルギーを、そのまま体の中にもらえる感じです。誰かが一緒だと、そこまでならないの。
 
 昔はそういう街歩きの機会けっこうあったのに。
 いつからいつも他者の都合を気にするような人になっていたのだろう、なんて、原宿を歩きながら思いました。

 でもまあ、今のほうが悪いということではもちろんありません。
 大人に、少しはなっているということですかね。
 でもたまには、こういう外出もいいですね。

  
 
 

テーマ : 雑記 - ジャンル : 日記

65歳シンドローム?

 今日は午後から実家で手伝いと留守番などしてきました。
 (ピアノは弾きませんでした。なぜなら昨日ラフマニノフの「鐘」の苦手なところを何度も弾いたら右手がすごく疲れたからです。。)

 母であるちゃこさんは、この前も書いたけど、今年65歳なんですね。

 そのことで、軽くクライシスを起こしてるらしい(苦笑)。

 自分が世間的な「老人」の区分の区域に入ることが、とっっってもイヤなんですって。
 で、なんか若干気持ちが不安定みたいで、すんごくわたしに甘えてくるの。。。

 帯状疱疹になってから、実家の手伝い関係は最低限にしてもらってたし、あの人わたしと交流しないと枯れてしまうので、そういうのがたたったかなあ、と思ってるんだけど、しょうがないよねー。なっちまったもんは。疱疹。
 
 わたしのほうは、先週から、体の感覚が、元の感覚になってきたので、しばらく母のケアに気を配ろうとは思っていますが、
 しかし、65歳シンドローム。
 わたしの手に負えるかしら。
 想像しても、よく分からんからねえ。。。65歳になるということが、どういうことか。
 でも一応疱疹になったときはすごくすごく体がだるかったので、ああいう感じなのかなあ?
 でもまあ、全然違うことだろう。
 
 母は肉体的には健康だし、経済的にもとりあえず今は大丈夫だし、わたしだってそばで暮らしてるんだから、だからメンタルな問題だと思います。
 こういうのは、ほんとに本人ががんばるしかないよね。
 まあ、わたしは自分がかぶりすぎてつぶれない程度に(ここが難しいんだけど、病み上がりだしなあ)、多少気を使っていこうという感じです。

 
 

テーマ : 老化 - ジャンル : 福祉・ボランティア

あの道この道越え、君に会いに行く

 *にいやんとは、ピアニストの及川浩治さんのこと*

 わたしという人間は、本来おうちにいるのが好きなのであります。
 子供の頃からそうです。おうちが一番好きです。
 そりゃここは、古い小さな団地ですよ。でもそこには、わたしが集めたきれいでかわいくてすてきなものがたくさんあるのですから。その中にいるのが一番心地いいに決まっています。
 
 それに、時間に追われるのも好きじゃないし、、、
 乗ったことのない電車や知らない駅だって苦手なんです。

 それでも行くのでした。
 にいやんに会う(あ、「にいやんのピアノ聴きに行く」だった)ために。

 今日の会場は埼玉県の東松山でした。
 東松山が埼玉のどのあたりにあるのかも知らなかったし、東武東上線もほとんど乗ったことがありません。
 
 ていうか、
 うちからだと、西武新宿線の本川越駅でいったん川越の町に出て、外の普通の道を数百メートル歩いて東武東上線の川越市駅に行くのが一番いいルートだ、と、ネット検索で出たんですよ。
 でも、けっこうその駅と駅の間が離れているんです。道もそれなりに入りくんでるんです。
 何回か地図を見て、駅でも地図を見ました。
 それでも道を間違えました。
 行きも帰りも間違えました。 
 川越の街を歩きました。
 街歩きが目的じゃない街歩きって、すごく不安になるんですよ。
 予定しているもの(線路とか駅ビルとか繁華街)が視界に入ってこないって、すごく不安なんですよ。
 それに、時間に追われてもいる。
 苦手なことがらがてんこもりです。
 
 それでも行くかいがあるかといえば、あるんです。
 及川浩治。
 ちくしょう! ちくしょう! 
 行くかいがあるよう!!

 9月から始まったツアーでは、にいやんは同じプログラムを弾いていました。
 内容は次のものになります。
 
 *ショパン*
 ノクターン 第16番 変ホ長調 op.55-2
 マズルカ 
 ト短調 op .67-2/ロ短調 op .30-2
 変ロ短調 op.24-4/イ短調 op.67-4
 嬰ハ短調 op.63-3/ヘ短調 op.68-4
 バラード 第1番 ト短調 op.23
 スケルツォ 第2番 変ロ短調 op.31
  (休憩)
 *スクリャービン*
 2つの詩曲  op.32
 *ラフマニノフ*
 前奏曲 ニ長調 op.23-4
 前奏曲 ト短調 op.23-5
 *リスト*
 ラ・カンパネラ(ブゾーニ編曲)
 愛の夢 第1番
 愛の夢 第2番
 愛の夢 第3番
 ダンテを読んで(ソナタ風幻想曲)

 わたしは今日で6回同じプログラムを聴きました。
 清里と、サントリーホール(あと少しプログラム変わるけどわたしの誕生日のときのもの)という「祭り」っぽい要素を抜かしたリサイタルでは、今日のが一番よかったと思いました。
 
 まずピアノの音がよかったです。(藤沢のはイマイチで、箕輪のはけっこう「。。。」だったのです、前半とくに。それは、ピアノの状態の問題だと思われます。それでもにいやんはいつも一生懸命です)
 それににいやんがなんだかすごかったです。
 一曲目のショパンのノクターンから、ずっと、ラストまで、定期的ににいやんの周りに光の小さな粒が出ていました。わたしの目の問題もあるかもしれないけど、ずっとってのは、にいやんを追っかけはじめてもうすぐ丸三年ですが、初めてでした。
 
 このプログラムは、わたしにとっては今回で聴き納めですから、そのせいでそんな風に見えたり聴こえたりするのかなとも思いますが、それにしても、です。
 きらきらちらちらしていて、きれいだったなあ。
 おほしさまだなあ。
 泣いてしまうよ。

 今年はショパン生誕200年なので、にいやんもショパンプログラムをなさるそうです。
 それももちろん楽しみですが、
 エロエロなスクリャービンとか、ラフマニノフのプレリュードとかリストの「ダンテを読んで」とか、しばらく聴けないのかと思うと、とても寂しい気持ちになりました。

 繰り返し同じプログラムを聴くことで、にいやんのいろんな意図とか、曲のこととか伝わってきて、
 ほんとに勉強になりました。
 ありがとうございました。

 アンコールは、行けなかった渋谷のインストアライブでやったと聞いて、わたしも聴きたかったと口惜しくなったラフマニノフの「鐘」と、ショパンの「雨だれ」でした。
 ほんとに素晴らしかったです。
 道に迷ってでも、行く価値あります。
 しかも会場の人から、おまけももらってきました。
 どこに貼ろうかなあ。。→1002poster.jpg

 

 
 

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

あの道この道越え、君に会いに行く

 *にいやんとは、ピアニストの及川浩治さんのこと*

 わたしという人間は、本来おうちにいるのが好きなのであります。
 子供の頃からそうです。おうちが一番好きです。
 そりゃここは、古い小さな団地ですよ。でもそこには、わたしが集めたきれいでかわいくてすてきなものがたくさんあるのですから。その中にいるのが一番心地いいに決まっています。
 
 それに、時間に追われるのも好きじゃないし、、、
 乗ったことのない電車や知らない駅だって苦手なんです。

 それでも行くのでした。
 にいやんに会う(あ、「にいやんのピアノ聴きに行く」だった)ために。

 今日の会場は埼玉県の東松山でした。
 東松山が埼玉のどのあたりにあるのかも知らなかったし、東武東上線もほとんど乗ったことがありません。
 
 ていうか、
 うちからだと、西武新宿線の本川越駅でいったん川越の町に出て、外の普通の道を数百メートル歩いて東武東上線の川越市駅に行くのが一番いいルートだ、と、ネット検索で出たんですよ。
 でも、けっこうその駅と駅の間が離れているんです。道もそれなりに入りくんでるんです。
 何回か地図を見て、駅でも地図を見ました。
 それでも道を間違えました。
 行きも帰りも間違えました。 
 川越の街を歩きました。
 街歩きが目的じゃない街歩きって、すごく不安になるんですよ。
 予定しているもの(線路とか駅ビルとか繁華街)が視界に入ってこないって、すごく不安なんですよ。
 それに、時間に追われてもいる。
 苦手なことがらがてんこもりです。
 
 それでも行くかいがあるかといえば、あるんです。
 及川浩治。
 ちくしょう! ちくしょう! 
 行くかいがあるよう!!

 9月から始まったツアーでは、にいやんは同じプログラムを弾いていました。
 内容は次のものになります。
 
 *ショパン*
 ノクターン 第16番 変ホ長調 op.55-2
 マズルカ 
 ト短調 op .67-2/ロ短調 op .30-2
 変ロ短調 op.24-4/イ短調 op.67-4
 嬰ハ短調 op.63-3/ヘ短調 op.68-4
 バラード 第1番 ト短調 op.23
 スケルツォ 第2番 変ロ短調 op.31
  (休憩)
 *スクリャービン*
 2つの詩曲  op.32
 *ラフマニノフ*
 前奏曲 ニ長調 op.23-4
 前奏曲 ト短調 op.23-5
 *リスト*
 ラ・カンパネラ(ブゾーニ編曲)
 愛の夢 第1番
 愛の夢 第2番
 愛の夢 第3番
 ダンテを読んで(ソナタ風幻想曲)

 わたしは今日で6回同じプログラムを聴きました。
 清里と、サントリーホール(あと少しプログラム変わるけどわたしの誕生日のときのもの)という「祭り」っぽい要素を抜かしたリサイタルでは、今日のが一番よかったと思いました。
 
 まずピアノの音がよかったです。(藤沢のはイマイチで、箕輪のはけっこう「。。。」だったのです、前半とくに。それは、ピアノの状態の問題だと思われます。それでもにいやんはいつも一生懸命です)
 それににいやんがなんだかすごかったです。
 一曲目のショパンのノクターンから、ずっと、ラストまで、定期的ににいやんの周りに光の小さな粒が出ていました。わたしの目の問題もあるかもしれないけど、ずっとってのは、にいやんを追っかけはじめてもうすぐ丸三年ですが、初めてでした。
 
 このプログラムは、わたしにとっては今回で聴き納めですから、そのせいでそんな風に見えたり聴こえたりするのかなとも思いますが、それにしても、です。
 きらきらちらちらしていて、きれいだったなあ。
 おほしさまだなあ。
 泣いてしまうよ。

 今年はショパン生誕200年なので、にいやんもショパンプログラムをなさるそうです。
 それももちろん楽しみですが、
 エロエロなスクリャービンとか、ラフマニノフのプレリュードとかリストの「ダンテを読んで」とか、しばらく聴けないのかと思うと、とても寂しい気持ちになりました。

 繰り返し同じプログラムを聴くことで、にいやんのいろんな意図とか、曲のこととか伝わってきて、
 ほんとに勉強になりました。
 ありがとうございました。

 アンコールは、行けなかった渋谷のインストアライブでやったと聞いて、わたしも聴きたかったと口惜しくなったラフマニノフの「鐘」と、ショパンの「雨だれ」でした。
 ほんとに素晴らしかったです。
 道に迷ってでも、行く価値あります。
 しかも会場の人から、おまけももらってきました。
 どこに貼ろうかなあ。。→1002poster.jpg

 

 
 

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長い時間を過ごす場所なので。

 昨日実家で、母からストレッチでリンパの流れをよくして健康になろう!的な本を薦められたので、留守番中読みながら試してたんです。
 したら今日筋肉痛です。。。。。
 明日にいやんなのに。。。
 もう体のどこかが痛いとかそういうの飽き飽きしてるんだよう。。
 でも明日は絶対行くぞ。。。
 (席あんまりよくないけど)
 
 今日は家でのんびりでした。
 ユニクロのフリースのルームパンツと古いGAPのパーカーを着ていますが、アクセサリーもつけて過ごしてみました。
 やはりこういうの悪くないかも。
 鏡を見るときに、悪い気がしないんですね。もちろん、すごくいいってほどでもないですが(笑)。 
 
 「家の中なんて、誰も見ていないんだからどんなかっこでもいい」というのもほんとその通りなんだけど、 
 自分だけは自分がどうやって過ごしているかは分かっていて、
 わたしは家の中で過ごすことが多いので、
 こんな小さな簡単な楽しみはしていてもいいのかなと思ったりしました。

 もちろんずっとパジャマ、という日も必要なんだけど(わたしには)。
 少し、家の中でもメリハリをつけてみようかな、と、遅ればせながら思っています。
 気づくの遅すぎだろうけど。

 
 

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生前贈与(笑)

 今日は父の認知症のほうの病院の診察日で(よくはならないけど一応安定はしているので、数ヶ月に一度行けばいい)、実家の家族総出で(兄は仕事を午後出勤にして運転手)病院に行きました。
 毎回大騒ぎではありまして、まあ、そこまでしなくても平気なんだけど、家族のイベントみたいな感じなので、なんとなく祭りのような気分で「参加」。
 そういう感じでいると、あんまり深刻にならないんですね(笑)。

 で、昼からは実家でお留守番し、母が帰宅後わたしは近所の美容院に行ってダイエーで買い物して、その後夕飯も実家で酒盛りです。
 酒盛りは途中で兄が抜けて、母とわたしのガールズトークとなります。

 今日は母のジュエリーボックスを出して、あれやこれやの品評会です。
 
 母は今年65歳、わたしは38歳。
 それぞれけっこうなお年頃で、昔似合っていたものも、今になるとちょっと役不足、みたいな問題が出てきます。
 「これとこれを合わせると意外にいい」とか「それはもう地味すぎる」とか、いろいろ見定めてきました。
 ジュエリーは、20代の頃から母と共有できるものはします。
 けれど、お互いに趣味が違うので、すべてというわけではなくて、わたしはわたしで独自に進化してるんですが、けっこう貸し合ったりしてます。
 
 今日は、わたしが子供の頃から「きれいだなあ」と思って眺めていた、小振りのオパールとメレダイヤのプラチナ台の指輪を譲ってもらいました。
 あの人の手には、もう似合わないのだー。
 別にねだったわけではなく、「つけないし似合わなくなったから持っていきなさい」と言われて。

 枠のデザインは30年以上前のものなので古いんだけど、けっこう凝ってて逆に今にはないような感じで、リフォームなどはせずそのまま使おうかなあ、と思います。 
 オパールは、、クリスタルの意味の本によると、けっこう霊的な石らしい。過去世につなげたりするんだってー。
 だから子供の頃から惹かれてたのかしらん。これだけはよくこっそりと取り出して、うっとりと眺めていたのでした。

 あまり外につけていく機会がなくてもったいないから、もう、こういう石つきプラチナとかのでも普段から家の中でもつけてもいいのかなあと思ったりしました。
 そういうことしてみると、心理的に影響がありそうな気もします。
 そんな話をつらつらと、母と。
 
 あと母がもうつけないペンダントトップとチェーンももらってきました。
 今日の手伝いのおだちんとしては、、ちょっとすごいお得でした(笑)。
 
 
 

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ソナタみのこ

 昨日はわたくし、死んだように寝てばかりいました。。
 すいませんほんとに。。

 さすがに今日はやばいな、と思い、少しは動きました。

 寝てばかりいたので(ほんとすいません)、家事が溜まってましてね。。
 とにかくずっと気になってたのは、クリーニング屋さんにできたものを取りに行くことでした。
 日曜日にできてて、、今日水曜日だから、そんなに失礼じゃないよね??

 買い物もね、、ずっと足らなくて不便してる物資がありまして、そういうものの補給とか。
 (間接照明に使う電球とかです。これって、なくても一応困らないけど、あると少し心が安らぐものです)
 あと、ごま油がもう少しでなくなりそうで、そういうのとか。吉野の本葛の葛粉とか(うちは片栗粉じゃなくて葛粉を使う主義なんです。こっちのほうがおいしいし、体も温まる効果があるそうなので)。自然食品のお店で梅酢を買おうとしたら、売り切れてて、これは残念(大根やごぼうなど根菜類をごま油で炒めてきんぴらにするとき、お醤油と梅酢で味付けするとおいしいんです。ダシは使わなくても充分いけます)。
 今日なくても生きていけるけど、気がついたときにそろえておかないと心が落ち着かないもの。

 徒歩であちこち行ってきました。
 途中少し雪がちらついたりしました。
 
 昨日死んだみたいだったのに、今日はこちゃこちゃと(怠け癖がついてるので、家を出るまでがおっくうでしたが、家を出たらそれなりにごきげんでした)。
 なんだか、「ソナタ」みたいだなあ、わたし、と思いました。
 第一楽章:速い! 第二楽章:遅い! 第三楽章:速い! みたいな。
 わたしとしては、第一楽章:遅い! 第二楽章:速い! 第三楽章:遅い! みたいなんでいいんですけど。。
 でもまあ、なんにせよ、メリハリをつけてですね。。音楽だってそうだもんね。
 ずっと速い! とかは苦手です。
 けどずっと遅い! だと非効率すぎるし。そこは気をつけます。
 
 

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おいしくできたオニオングラタン。

 今しがた、信じられないことが起きました。

 なんと、、
 なんと、、、

 北美紀が、オニオングラタンスープを、おいしく作れた!!

 フランス在住歴が長く、今は東京神楽坂で、焼き菓子のお店、その名も「ジョルジュ・サンド」をされている、エッセイストの吉村葉子さんの、HPのエッセイに、簡単な作りかたが書いてあったのです!
 その通りにやったら!
 おいしー!!

 試したい方は→ こちら の、「寒い日は熱々オニオン・グラタン」をご参照下さい☆

 タマネギ、あんなに簡単に焦がすんでいいんだ! おいしー! あの味だー!(今まで何度も試しては、がっかりしてたのです)
 ルクルーゼのココット・ダムールの活躍するメニューがまた増えました。

 吉村さんの文章は、びっくりするほどさらりとしてるけど、ちゃんと要所要所でぐっと来るんです。
 大人の女性(たぶん60代だと思う)という感じで憧れます。
 加えて、お手軽な料理のコツをけっこう教えてもらってます。
 
パリでみつけた お金をかけずに人生を楽しむ方法 (なでしこ文庫)パリでみつけた お金をかけずに人生を楽しむ方法 (なでしこ文庫)
(2008/09/19)
吉村葉子

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 この本は楽しかったです。


 

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ご褒美というよりは、これからの自分への叱咤のため

 今、夏だったらもう空が白くなる時間。
 昨日生理の初日で変な時間に眠っていたため、眠れなくなってしまいました。
 それで、ちょっと思うところありで、2007年からのスケジュール帳3冊(07年、08年、09年分)を、読み返してしまったんですね。
 そしたら、なんだか吐きそうで。
 日記書こうと思いました。

 なぜ吐きそうかというと、
 ものすごい、わたし、がんばって変わろうとしてたんだな(そして、それなりに成果はあったな)、と、
 改めて思ってしまったから。 
 それに伴う濃厚な日々が蘇ってしまったのです。
 
 こういうことを書くと、変化の時代にいる現代人は、そりゃいいことだ、よかったね、すごいね、わたしもがんばらなくちゃ! みたいに無闇に焦ったりしますよね。
 でも、手帳読み返すと、やはり楽では全然なかったなあと思います。
 だから、自慢ではないんですよ、別に。

 しょうがなかったの。

 パパ病気になっちゃったし。 
 にいやんに出会っちゃったし。

 それまでのわたしでは、全然足りなくなってしまったの。
 いろんなことが。

 だから、大変だったけど、いろんなことに挑んだ(ほんとにほんとに、いろんなことに!! パパのうんこ処理含めて!)。
 ちっとも楽じゃなかった。

 おとといあっとさんと武蔵野を歩いて、こういう時間が、ほんとになかったな、と思いました。
 少しはあったよ。
 でも、ほとんどなかった。
 気持ちの部分がね。。
 (小平在住なんだから、武蔵野、毎日歩いてるもんね)

 そもそも、日記を休んででも体を休めよう、という気になることが、ずっとなかったんですよ。
 こんな日記でもね。
 それは、もうたぶんやはり、07年くらいからそうだったような気がします。

 帯状疱疹になったのは、そういう数年分のいろんなことが出た、ということでもあるなあと思っています。
 わたしが本格的なノイローゼになったのは05年の晩夏からで、そこからとにかく必死になにかを求めるようになっていたのだとは、思います(このままの自分じゃやばい、と、認めたから)。

 もちろん、まだまだ途上なんですが、病気にもなったので、いろいろ考えているんです。

 しかしほんとにすごかったな。
 この数年。
 
 実はね、この1月、ちょっと散財をすることを決めたんです。

 2010年代始まったし、自分を高めたいので、ちょっと「いいもの」をそろえることにしたんです。
 先月の半ばは、それを検討するのにエネルギー使って、疱疹出てきたりしちゃったの。

 なにかに突き動かされるように、いくつかのことを決めたんです。
 だって、これから時代がどうなるか分からないし、持てるうちに、欲しいものを持とうと思って。
 
 なんとなく、自分の中で、今そういうことをするのはいいことのような気がしています。
 3年分の手帳を見て、さらにそう思いました。

 誤解があるといけないので書いておきますが、
 この3年は、楽ではなかったけれど、
 充実しているかしていないかで言えば、
 かつてないくらいに、充実していたと思います。

 
 

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