君に見せたい あのブルー

 昨日はすごく寒かったですが、午後に実家に行っていました。
 また母の友人からの差し入れがあって、おすそわけしてもらったり。
 焼酎のほうじ茶割りを軽く飲んだりしました。あったまるから。
 でも、それでも今、少し風邪っぽいのですが(なんなのだ、この寒さ)。

 最近、母から母の友人たちの話を聞くのがおもしろいです。
 以前は、「そんなおば(あ)さんたちのことは知りませんよ」と思って、聞くのがイヤだったんですけど。
 自分も歳を少しだけど重ねてきて、最近はどうやってうまくおばさんになるのか、というのがけっこう大きなテーマになりつつあるので、後学のために聞いてるんです。60代や70代の人たちのお話。
 気が早いですかね?
 まだまだアラフォー(笑)、若い気でいましょうってことかな?
 でも、わたしは昔から、どうやってうまく歳を取るか、ということを、考えていた気がします。
 うまく、という言葉は不適切かもしれませんが。

 でも母世代の人たちの話、けっこうおもしろいです。「へ?」と思うことがいっぱいある。
 
 あ、わたしを適切に表わす言葉があった。
 耳年増。
 小学生の頃から、耳年増だと、自分のことを思っていました。
 いまだにそうです。
 そういう自分、もう変えられないかもしれないです。

 昨日は9月のはじめに夫と金沢に行ったときに撮った動画の編集などもしていました。
 まあ、余計なところ切って、つなげただけのものですが。
 Macに内蔵されていた編集ソフトを使ったのですが(iMovie)、それで作ると容量が大きくなってしまって、うまくYouTubeにあげられないんです。
 仕方ないから、画質を悪くして圧縮しました。
 けっこう自信作なのに、がっかりです。

 高速バスで金沢に行くとき、北陸自動車道で行きますが、右手が日本海で、車窓からの景色がいいのです。
 新潟県内ではけっこうトンネルが多くて、トンネルとトンネルの間で海が見えて、なんかいいんですよね。ワクワクしてしまうんです。何度通っても。海が見えるとき。
 なので、それを撮影してきたんです。
 北陸自動車道 トンネルと水平線
  
 そんなの見てワクワクしてしまうなんて、子供か!って感じですけど。
 わたしの中には耳年増と子供が共存しているのです。 
 あまり画質はよくないですけれど、見て下さい。トンネルの中の光の感じもきれいです。

 わたしは金沢までの陸路の途中、上信越自動車道から北陸自動車道に道が左に大きく曲がる感じが、毎回好きです。
 ああ、来たな、と思うんです。
 曲がるとすぐに海が見えてきて。
 あの、ひたすら本州を南から「タテ」に来て、「最後」まで来たから、「ヨコ」に行く、という感じが好きです。
 最果てじゃないけれど。本州(というより、「陸」)は、もう、あれ以上行けない、ということが、なんだかすごいと思ってしまいます。
 
 そのとき、いつも頭の中に流れるのが、スピッツの「インディゴ地平線」という歌です。
 (わたしってちょっと頭がおかしいでしょうか。。)
 
  君と地平線まで 遠い記憶の場所へ
  溜め息のあとの インディゴブルーの果て
  逆風に向かい手を広げて
  壊れてみよう
  僕たちは希望のクズだから
   
  凍り付きそうでも
  泡にされようとも
  君に見せたいのさ
  あのブルー


 そうなんです、誰かに見せたいのです、あの、トンネルの間から見えるブルー。
 なので、撮ってきたのでした。ははは。
 ずっと編集作業するのがめんどくて放置していたのですが、おととい久々にスピッツを見てしまいました。 
 
 
 

 
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大きいと思っていたのになくなっていた

 さっき、テレビ番組の「SONGS」に、スピッツが出ていたので見てしまいました。
 久しぶりの、草野マサムネ。
 ここ数日、ちょっと昔に聴いていた邦楽の男性ボーカルのロックを聴き直していましたが、スピッツもよく聴いていました。「ロビンソン」とか懐かしかったな。。

 日曜日に渋谷のBunkamura のザ・ミュージアムに行きましたが、渋谷はわたしにとっては、音楽の街というイメージです。
 10代後半の一時期、ライブハウスに行っていました。単館系映画館にも通っていました。
 最近は全然行ってません。中ではBunkamuraに一番多く行ってるかもしれないです。
 オトナだなあ。。いつの間にやらだなあ。。
 まあ、そんなこと↑はどうでもいいのですが、Bunkamuraはにぎわっていてよかったなあ、と思います。

 驚いたのですが、おととい、映画について調べものしていて、ふと気になってそれも調べて知ったのですが、新宿のタカシマヤにあったテアトルタイムズスクエアっていう映画館、去年の8月で閉鎖されていたそうですね。
 いえ、最近この映画館の名前聞かないな、と思って、調べたらそうだとのことで。
 びっくりです。
 この映画館では、メル・ギブソン監督の「パッション」とか、ピーター・グリーナウェイのレンブラントの映画(タイトル忘れたw)など観たのに。けっこう個性的な作品がかかってたんです。
 スクリーンは大きく、ロビーもきれいで座席の列は勾配がついていて見やすい、わりと好きな映画館でした。
 2002年オープンで、去年閉館ということで、10年いかなかったんですね。。
 盤石に見えたのに、、恐ろしい。。。。。
 あの広いスペース、今どうなっているんでしょう。今さくっと調べた限りでは、空いたままなような。。
 新宿は歌舞伎町も壊滅状態です。
 う??ん。打つ手なしなのか?

 なんだかいろいろなことが知らないあいだに変わっていたり、終っていたりしているものですね。
 わたし自身の音楽の趣味なども変わってきたのだから、街が変わるのもあたりまえなんですが、
 そこにある、と思っていたものがなくなってるのを知るのは、切ないというか、まあ、「ひえ?」という感じです。
 でも、これからそういうことばかりになるのかも。歳を取っていくってそういうことでもあるのかな。

 久しぶりに聴いて、やはりいい曲だなと思った曲です。
 吉井和哉 Beautiful
 
 3年ほど前、この曲を、人前でピアノの弾き語りをしたことがあります(曲のコードを耳コピして、自分のキーに転調したのですよ! まあ、それ自体は簡単な作業でした。単純な伴奏にしたので)。
 あの頃のわたしと今のわたしも、やはり違ってきています(どこかどう、とうまくは説明できないですが)。
 でもこの曲はやはり好きだと思えて、よかった。

 

 
 
 

テーマ : 映画館 - ジャンル : 映画

分かるような分からないこと

 あっとさん(夫)の職場の後輩に、若い女の子がいます。といっても、25歳くらいかな。
 わたしはまだ会ったことがないのですが、ちょっとメイクの仕方が変わった子だそうです。アイラインのいれ方がすごいとか。夫からどんなか説明されるんですが、わたしはどうもイメージできないでいます。

 その子にお兄さんがいるらしく、セミプロのような感じでバンドをやっているそうです。
 夫がバンド名を聞き出してきたので、調べてしまいました(悪趣味夫婦?)。
 
 ここでは、そのバンドの名前は伏せます。
 だってちょっと「。。。。。。。」なんだもの。。。
 わたし実名でブログやってるし、なにがあるか分からないし。。
 ですが、そのバンドは、今よくいる、ビジュアル系なのでした。
 いえ、「今よくいる」か、最近のバンドシーンとか詳しくはないので分からないのですが、ゴリゴリにビジュアル系です。

 男性4人のバンドですが、もうすごいメイクで。彼女のメイクが独特なのはこの影響か? と勝手に納得してしまうほどでした。
 髪型もすごいし、メイクもすごいし、衣装もすごいです。
 でも、、、音はスカスカで歌詞にもまったく意味がない。
 あ、書いちゃった。。
 
 でも、今そういうの受けてるらしいですね。
 前になにかのテレビ番組で、そういうビジュアル系のバンドを追っかけしている子とそのお母さんがインタビューされているのを見たことがあるのですが、40代とおぼしきお母さまは「こんなの聴いて、と思いますが、仕方ないと思っている」というようなことを言っていました。その「仕方ない」には、「変な男につかまるなら、こういう追っかけをしていてもらったほうが安心だ」というニュアンスが含まれていたように思います。それと、こんなんでも聴いていれば、そのうちもっといい音楽や文学に気持ちが行くようになるかもしれない、と期待もしている、とのことだったような(数人分の話がごっちゃになっているかもしれません。うろ覚えの記憶です)。

 女装かと見まごうほどのビジュアルと、毒にも薬にもならない歌詞。
 まあ、純粋な娘さんが、安心して追っかけできると言えば、そうかもしれません。あまり男性的な性の匂いがしないですから。
 でも夫の後輩のお兄さんは、もう三十路を超えてるそうです。リーマンしながらのバンド活動だそうな。
 ほんとに、ほんとに、女子に夢を与えるだけの音楽で、三十路さんにもなってこれでいいのか? と、余計なお世話ですが思ってしまいます。
 でももしかしたら、お兄さん本人も、好きでそうやっているのかもしれないのですけどね。

 話は変わりますが、この前国分寺の電器屋さんにいたら、数人の男子高校生の集団がそばにやってきました。
 その男の子たち、全員、なんだか声が高くて、話し方も優しくて、女の子がしゃべっているみたいなんです。
 そのちょっと前に、やはり国分寺で「見て??これかわい???。あ?死にたい」と言ってる男の子のかっこのおかまちゃんに遭遇していたので、なんだか「またか?」と思って、印象に残っているのです。
 なーんなの???
 「草食系男子」とか言われていますが、そういうことなのでしょうか。
 そんなのは、流行りとかファッションの一つ、くらいにわたしは思っていたのですが、周囲に若い男子がいないもので、現状がよく分からないのです。
 
 一巻だけ読んだよしながふみの「大奥」でも、女の子みたいな男の子がたくさん出てきたのですが、それは漫画の世界のことだけじゃなくて、世の中で普通になっているのですね。
 流行りとかじゃなくて、なにかが起こっているんですよね、きっと。
 日本の若者の中で。
 それとも、東京都下国分寺界隈限定の現象なんでしょうか??
 
 でも巨漢のおかまちゃんのマツコ・デラックスの受け方といい、なにかあるのかもしれませんね。

 ゴリゴリと闘うのはイヤで、安心したい、癒されたい、と思っている人が増えてるからでしょうか。
 それなら、少し気持は分かるんですが、それだけだとやばいのよね、という気持ちもあります。

 
 な、、懐かしい。。。「耽美」とも違うビジュアル系。後輩さんのお兄さんのバンドはこの系統でした。でもオーラのほうがまだ上手。。
 
 

 
 

テーマ : YouTube動画 - ジャンル : 音楽

うらやましい限り 美内すずえ ガラスの仮面 45巻

 昨日は実家で留守番したあと、隣町へ行って銀行と本屋へ。
 道すがらの小さな花畑↓
  1010kadan.jpg

 本屋で買ったのは、「ガラスの仮面」44巻、45巻。

 先日マツコ・デラックスに急にハマったわけですが、マツコが、月影先生のメイクしてポスターやってると知り、ついでに調べたら、9月10月と、「ガラスの仮面」が連続リリースされるらしく、ちまたでは「奇跡」と騒がれていたのですね(笑)。ほんとに奇跡だよね。もう二度とそんなペースで出ることないんだろうな。

 おととしだったか、43巻を読んだ時点で「もういいや。。。」となっていたのですが、今月山岸凉子先生の「テレプシコーラ」が終ってしまった喪失感もあり、祭りに参加してみるか、という気になりました。
 
 とりあえず45巻をリンク。
 
ガラスの仮面 45 (花とゆめCOMICS)ガラスの仮面 45 (花とゆめCOMICS)
(2010/09/30)
美内 すずえ

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 この作品は、中学1年の頃からのつきあいでしょうか。友人から借りて読んだことがはじまり。
 長い旅ですよね。。。

 感想書くのもちょっとばからしいような気もするんです。
 作者の美内すずえさんは、チャネラーでもあるのですが、劇中劇がその説教になっている、という感じです。
 「すべての命は生かされている。宇宙は目に見えない法則で成り立っている」など、普通にいいことを言っているとも思えますが、漫画の中で、本筋(主人公たちのあれこれ)よりもそっちの表現ほうが優先されてるようなところもあって、作品としてはどうなんだろう、という感じです。
 わたしもチャネラーですので、そういうのは基本的に好きなんですが、ちょっとなあ、35年描いてる作品、みなが待っている作品にこういうことするのはいかがなものか、とさすがに思います。
 美内さんは宗教活動もしているらしいので、掘り下げたい人はそちらに行くでしょうけれど、普通の読者にこういう形でお説を読ませるのか、と。。。
 うらやましいなあ、そういうことができるまでの大物ぶりが(笑)。
 まあ、みな、それを分かってても読むのですね。すごいことです。

 わたしはこの漫画、読むときは、一気にうわーーーーっと読みます。それなりに興奮しながら(今回は亜弓ちゃんに泣いちゃった)。
 
 けれど、読み終わると読み返す気になりません。。。
 山岸先生とは大違いだ。。。(何度も何度も読み返す)

 でも今度の金曜日に46巻が発売だそうで、やはりそれも買うと思います。たぶん多くの読者がそうすると思います。
 ああ、美内は勝者だ。。。神のご加護があるからかしら。。。
 
 
 
 

テーマ : 漫画 - ジャンル : アニメ・コミック

フランダースの光 Bunkamura ザ・ミュージアム

 昨日は、友人のAちゃんから招待券をいただいていたので、渋谷のBunkamuraのザ・ミュージアムに美術展を観に行きました。
 
 「フランダースの光」と題された展覧会で、19世紀末から20世紀初頭にかけてベルギーのフランダース地方のラーテムという小さな村に集まった画家たちの絵を見られます(見られました。期日は昨日まででした)。
 わたしでも知っているような有名な画家さんはいませんでしたが、きれいな絵の多い展覧会でした。
 ラーテムという村の風景画が多かったです。
 展覧会の内容は年代順というか、画家たちの世代順に第一世代、第二世代、第三世代、という年代的な区切りで構成されていました。
 簡単に言うと、第一世代は19世紀末頃からいた人たちで、写実的な絵、第二世代は20世紀に入ってすぐの頃までの人たちで点描を多用した印象派的な絵が多く、第三世代は第一次大戦後の1920年代の頃で、キュビズムが意識されていたり、ポスターみたいな絵が出てきたりしていていました。
 
 代表作家は第二世代のエミール・クラウスで、展覧会のポスターにも使われた絵はこれです。
 「刈草干し」1896年↓
  1010bunka.jpg
 この絵はよかった(笑)。でもこの人の、ほかのはあまりわたしにはピンときませんでした。
 
 わたしがピンと来たのは第一世代、と呼ばれる人たちの中のヴァレリウス・ド・サードレールという人の風景画でした。
 もう、、、こう、、、切れ味がすごいね、という感じの絵だったような気がします。
 ベルギーというと、寒いところだと思いますが、風が冷たくてほっぺた切れそう、耳ちぎれそう、というような寒さが伝わってくる気がしました。雪の匂いまでしそうでした。
 筆の跡が残らないような描き方をしているせいもあるのかもしれません。表面がつるつるでソリッドな感じなんです。
 個人的にはそれがいいな、と思いました。

 他は点描の風景画が多いのですが、説明を読もうと絵の横のパネルを見ながら絵を見ると、なんだか目がぐるぐるしてくるような気がして、気持ち悪くなりそうでした(苦笑)。
 なので、一通り説明を読んでから下がって、数メートル後ろから見たりすると、分かりますよね、点描画。
 でも人の頭の向こうに見る感じです。うーん。最終日なので混んでいました(笑)。

 だからでしょうか、つるつるの寒い絵のサードレールさんがさらによく思え、軍配を。

 なのでミュージアムショップではこの方のポストカードを買おうと思っていたら、、、
 商品化されておらず!!!
 ただの一枚も、サードレールのはなし!! けっこう作品数あったのに!
 
 まただ。。。
 
 けっこう多いんです、このパターン。わたしがいいな、と思う絵、ポストカードにならないんです。
 みなさん、寒いからヤなのかなあ。あの寒さがいいんじゃん。
 口惜しいので、ポストカードは1枚も買わないで、ベルギー産のチョコレートを買って帰りました。(上の写真の元は、チラシに載っていたものです)。
 
 釈然としない気分でBunkamuraの一階に上がり、カフェの向こうにあるショップも覗いてみることにしました。

 そしたら、不機嫌を払拭することが。。☆
 
 ショップの奥に、陶芸の個展即売会のようなスペースがあって、どれもわたしの好きな感じでした。
 女性作家さんです。
 思わず箸置きにもなるちょうちょの置物をゲット↓
  1010hasioki.jpg
 (奥にあるのは、インドネシアの女神のいるという海で拾った「カシパン」というヒトデの仲間の生き物の抜け殻)
 作家さんは高晶子さんという方でした。ホームページを教えていただきました(こちら)。
 
 その後は新宿に出て、西武新宿駅ビルのペペのユニクロで、セールになってたのでヒートテックなど購入。
 最近防寒グッズに敏感で、なんでもその観点で見てしまっています(苦笑)。

  
 
 

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル : 学問・文化・芸術

気がつくとどんどん秋に。

 昨日は、母の友人が実家に焼き鳥をたくさん届けてくれたということで、「食べに来い」とお呼ばれしたので、行ってきました。
 スーパーのじゃない、炭の香りがするおいしい焼き鳥。。
 ビールも飲んできました。

 わたしはすっかりT叔父のことを見送った気分になっているのですが、Y叔母やいとこたちはそうはいかないようで(突然だったので当然かも。入院して4日で逝ってしまいました)、まだまだ波紋は残っているようです。 
 わたしのアイドルだったいとこのなっちゃんは、お父さん子だったので堪えているらしいです。
 少し落ちついた頃に、お線香をあげにいこうと思っています。

 実家の庭では実物が見頃となってきています(というほどすごいものはないが)。
 サンシュユの実↓
  1010saishuyu.jpg
 素晴らしい色で思わず食べたくなりますが、おいしくないそうです。
 
 ちっさいザクロ↓
  1010zakuro.jpg
 右のやつ、出来損ないのハロウィンのかぼちゃみたい?



 

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

マツコ・デラックスを消費したい

 わたしはあまりテレビを見ないのですが、先日気が向いて見ていたら、JRAのCMにマツコ・デラックスが出ていて、あと、新聞の新刊書籍の広告にもマツコ・デラックスの本が出ていて、なんだかとってもマツコ・デラックスが恋しくなってしまって、YouTubeでマツコ・デラックスが出ている東京MXTVの番組の動画を、かたっぱしから見ています(どんだけマツコ・デラックスと書く(笑))。。。
 いやあ。。。

 マツコ・デラックスは学年は一つ下ですが、生まれた年は1972年で一緒です。
 だから、なんだか話し方の間の取り方とか、醸す空気のようなものが「分かるなあ」という感じで、すんなり入ってくるのですね。
 けっこう好きです。
 いや、かなり好きです。
 
 動画では、MXTVの番組でのコメントが圧倒的におもしろいです。そしてまっとうです。
 民放のだと、なにか気を使ってしまっているようで、あまり切れがよくないみたいで、見ていてもそこまでおもしろくはないです。
 だからMXのを探してしまいます。

 そうやって次から次へと見ていてももっと見たいという気にさせるマツコ・デラックスはすごいです。
 ていうかここ2日くらいのわたしのマツコの消費量すごい。
 もっともっと消費したいと思ってしまう、マツコを。

 でも、、、マツコ本人は、そのへんどう感じているのでしょう。
 
 民放でダウンタウンと出ていた番組では、やりたくないことをやらされる、ということがあったみたいで、そのことに対する文句を言っていました。
 それをすることで、なにかが失われてしまう(魂を売るみたいだ)、5年前のわたしはこんなじゃなかったのに、と。

 ああ、この人はそういうことを言える人で、人気者になった自分に対して、いろいろ戸惑いがあるのかあ、そして、そのことに、自分でちゃんと気づいているのかあ、と思って、、申し訳ないけれど、さらに好感度が上がってしまいました。
 そしてまたマツコの動画を漁りたくなってしまう。
 消費したくなってしまう。
 そう思うのはわたしだけではないだろうから、今こんなに人気なんだよね。
 そして、それに応えてしまうであろうマツコ。
 
 マツコは頭がよさそうなので、そういう状況についていろいろ考えているだろう。
 そのマツコがどうなっていくのか、見ていきたいな、という気分になっています。
 そう思えるテレビの中の人、久しぶりです。
 
 
 
 
 

テーマ : TV - ジャンル : テレビ・ラジオ

ひどいです。

 今日はたまっていた家事を片付けて、あとは寝てばかりいました。
 あともしかするとツキノモノの予感がするのでした。 
 激烈に頭がぼーっとして腹が痛いのであります。
 いろいろあったので周期が若干狂ったもよう。
 明日出かけようと思っていたのに。。。
 予感的中なら内容的に無理だわ。。
 そしたら予定ずらすしかないわ。。

 そして今頭がぼーっとする上に、寝すぎてなんだが頭痛もするのであった。

 ひどい記事でごめんなさい。


テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

同じだけど違う

 今日はT叔父のお通夜で、わたしは実家で留守番で、さきほど帰宅しました。
 なんか疲れてるような気がする。。。

 いつもと同じようにピアノを弾き、父の世話をしていただけなんですけどね。
 やはり、いつもと違うんでしょうね。

 父は、認知症ですが、いつもと違うということは分かってるようで、今日はずっと深刻な表情でした。
 そこにわたしが弾く暗いピアノ曲が重なるわけですからね。。

 葬儀の会場には行けないのですが、気持ち的には参加してる気持ちでピアノは弾いていたし。
 
 やっぱりいつもの留守番とは違いますかね。
 T叔父のことは好きですから。
 やっぱちょっと堪えてますかね。
 
 なんだかぼーっとしています。
 ちょっと冷えたのかもしれません。

 今夜はあったかくしよう。

 実家ではホトトギスが咲き始めました↓
  1010hoto.jpg
 奥の紫っぽいやつです。

 
 
 
 

 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

ピアスはパールをつけて実家に行く。

 明日ってね、「友引」なんですよ。 
 昨日叔父が亡くなりましたが、そいうことがあるので、お通夜が明日で、あさってがお葬式です(といっても、お寺は呼ばない式で、「お別れ会」とするそうです。叔父の意向だそうです)。
 今日、中一日空きました。
 それはよかったのだろうと思います。
 なぜなら、T叔父を喪ったY叔母が、ゆうべ不整脈で倒れて救急車で運ばれたからですよ。。。
 病院に着いたときには収まったらしく、処置も受けず帰宅したそうですが。。。
 もう、、もう、、、あんたら、、、、ほんとにもーーー。年寄りはこれだからよー(と、ひどいことを言ってみる)。

 今日もわたしは実家に行きました。母が用事を済ませたいということで留守にしたし、ピアノの練習をせねば、だからです。
 なぜせねば、なのかと言うと、あさって、わたしはショパンの「葬送行進曲」を、父と留守番しながら弾きたいからです。

 Y叔母T叔父一家のことは子供の頃から大好きでした。
 遊びに行くのがいつも楽しみで、いとこのなっちゃん(6歳年上のお姉さん)は、わたしのアイドルでした。
 絵が上手で、ピアノも上手で、めちゃめちゃ影響受けてるんです。 
 わたしが絵を描くのを好きになったのも(漫画みたいな絵をよく子供の頃描いていました)、母に習わされたピアノをはじめは抵抗せず受け入れられたのも、なっちゃんのおかげです。
 T叔父はそんななっちゃんが大好きなお父さんですからね。
 まあほんとに、あの一家がいたおかげで、わたしの子供時代は、楽しいものだったと言えるものになっています(母方の親族関係が楽しすぎたので、幼稚園や学校が居心地悪く、常に浮いてしまっていた、という問題はあります。そしてその問題は今でも続いているのですが(苦笑)本当に困ったものです)。

 そのT叔父のお別れ会ですから、ぜひわたしも参加したいのですが、いかんせん、認知症の父(要介護度5)がいるのですね。
 Y叔母と母は「バカじゃないの?」ってくらい仲がいいので、母が行かないと話になりません(明日のお通夜も、簡略化されたもので、叔母の調子も悪いから早々に終るそうで、わたしが母とバトンタッチで顔を出すということも叶いませんでした)。

 なのでまあ、自分で実家でできる範囲の弔いと言えば、ピアノを弾くことかなあと思って。
 
 ここのところ、ピアニストのみなさまの演奏会のことをどうこう書いてばかりで、全然練習してなかったので、今日はもうひどかったです。
 いかんですね。
 ピアノを弾くモードになかなか入らず、指も動かず、雑念は多く、キャッチできず(音楽を奏でるためのなにかがあるのですよ)、でも、ここはがんばらねば、と。調子のよい悪いに関わらず、キャッチしてるかしてないかに関わらず、弾かねば、と、ひどいものをご近所中にさらしながら正味3時間ほど弾いていました。
 最後のほうは、少しなにかつかみかけたかなあ。。
 
 明日も行くし、あさっても行くし。
 一回くらい、会心の「葬送行進曲」が弾ければいいのですが。できればあさってにかな。
  
 おじさん聴きにきてくれるかしら。
 「みのちゃん、これじゃ俺あっち行けねえよ」って言われないようにしないと。
 でも、Y叔母にはそのほうがよかったり?(笑)。
 まあ、とにかく、そんな感じで過ごそうと思っているのです。

 
 

テーマ : 親の老後と介護 - ジャンル : 結婚・家庭生活

その言葉なのだろう。

 この夏に末期ガンが見つかった母の姉のY叔母のご亭主であるT叔父が、今日の昼前に亡くなりました。

 先週の水曜日に、緩和ケア病棟に入院して、すぐの出来事です。

 ほぼ直前まで家族と家で暮らせていたのだから、よかったなあと思います。

 Y叔母は、母に知らせの電話をしてきたとき、「行っちゃった」と言って、泣いていたそうです。

 究極的に「行く」ということですね。
 死ぬってことは。
 絶対戻ってこないのだもの。
 
 叔父さん、おつかれさま。

 実家のベランダからの空↓
  1010sora2.jpg


 

 

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ラファウ・ブレハッチ オールショパンプログラム 川口リリアホール

 昨日は、ポーランド人のピアニスト、ラファウ・ブレハッチさんのオールショパンプログラムのリサイタルに行きました。
 場所は埼玉の川口のリリアというホールです。
 急遽行くことに決めたし、予算の都合もあったので、席はB席で大ホールの2階の右側最後列の端っこでした。
 それでも音はよく聴こえ、このホールはいいホールなのかな、と思ったり。

 ホールホワイエの中央階段上のシャンデリア↓
  1010lilia.jpg

 曲目です。

 ☆バラード第1番 ト短調op.23
 ☆3つのワルツ op.34
 ☆スケルツォ第一番 ロ短調op.20
 (休憩)
 ☆2つのポロネーズ op.26
 ☆4つのマズルカ op.41
 ☆バラード第2番 ヘ長調op.38
 (アンコール)
 ☆ポローズ 「英雄」op.53
 ☆ノクターン 「遺作」
 ☆マズルカ op.50-2

 ラファウ・ブレハッチは1985年生まれで、2005年のショパン国際コンクールの優勝者です。ただの優勝者ではなくて、マズルカ賞、ポロネーズ賞、コンチェルト賞、ソナタ賞まで総なめにしたということで、これはぜひ聴いてみなくては、と演奏会に行くことのしたのです。

 一曲目の「バラード第一番」の第一音の「ドー」というところ、一瞬音が弱いかな、緊張しているのかな、と思ったのですが、その後に続く序奏の弾き方が今までに聴いたことのない感じで(といっても、聴いてるのはYouTube動画でばかりですが(汗))、つまり音色がきれいだし間の取り方も新鮮だけど納得できる感じで、「これは!」と思ってすぐに演奏に引き込まれていきました。

 とても上手でした。
 音が本当にきれいでした。
 6月に演奏会に行った、同じポーランド人であるクリスチャン・ツィメルマンさんの弾く音と、どこか似ていると感じられました。そこにも、驚きました。

 「地味なタイプの演奏家だ」とは聞いていました。
 けれどもその地味さは退屈にはつながらず、静かでありながら、ハートはある、という感じです。
 熱くはないけれど、冷たくもなかったです。
 あれは、どういうものなんだろう、と、ずっと考えています。

 ヒントを探りたくて、ほかの人が書いているブレハッチさんの感想なども読んでみました。
 ブレハッチさんを聴きにいってそれを自前のブログに、検索にひっかかるような形で記事にする人たちは、なぜかみなさんものすごいクラシック音楽に詳しい、お金持ちっぽい方々ばかりで、そういう方は少し辛口に書いておらることが多いようです。
 でもわたしはすごくよかったと思うし、感動もしました。
 25歳であれはすごいと思うのですが。

 ただ、どこがどうすごいか、ということを、うまく言葉にできないので、もう書きはじめてしまったのですが。

 プログラム本編の曲数が少なく、前半も後半も、演奏時間は30分少しずつでした。
 それでも、損した、という気分には、わたしは、なりませんでした。
 ただ、ほかのお客様がどう思ったのかは分かりません(ちなみにお客さんの入りは申し訳ないほど少なかったです。。)。
 最後の曲「バラード第2番」は素晴らしい演奏でしたが、終ったあとの拍手は遠慮がちでした。
 「川口のお客さん、今の、すごいよ???」とわたしは思っていましたが。
 
 けれどアンコールで有名な「英雄ポロネーズ」を弾き終わると、会場はものすごい拍手です。
 カーテンコールが何回もされ、ゆっくりと徐々に、ちらほらと、スタンディングオベーションする人が増えていきました。
 そのゆっくり静かに感動が広がる様は、あまり見たことのない景色で、そこにもわたしは感動しました。
 地味でまじめそうなポーランドの田舎から来た青年に、お客さんもどう接していいのか分からなかったのが、一気に爆発した、という感じなのかな、と思ったりしました。
 ブレハッチさん自身が、あまり感情的な感じではないので、観客もつられていたのかも知れません。
 アンコールに「英雄」をやると、会場は盛り上がるようです。
 そのあたりを分かって短めのプログラムを組み立てているのかな、と思いました。
 興奮のあとは、静かな「ノクターン遺作」(日本では超有名曲)、そのあとラストに、得意と思われる、ポーランド民謡のマズルカを弾く。
 今回の来日公演ではこのアンコールの曲順は他の場所でもあったようです。
 この方は地味に見えるけれど、したたかな部分はあるのかな、とも思いました(そうじゃないとやっていけないでしょうし)。

 わたしの個人的な感覚というか、体験を言えば、前半のラストの「スケルツォ第1番」の中間部あたりから、聴いていると寒いヨーロッパの景色が脳裏に浮かびはじめました。
 石畳とか石造りの建物、レンガの建物、紅葉した林の小径、寒さ、あと、貧しさ、のようなものも感じました。
 貧しさと言ったら語弊があるのかもしれませんが、華やかではない、あまりにも質素で実直な暮らし、というイメージでしょうか。でももちろん心が腐っているようなそういう「貧しさ」ではなくて、お気に入りのウールのセーターを大事に着続けるような感じです。
 ポーランドのイメージかもしれませんね。

 ブレハッチさんの演奏は、地味ではあるかもしれませんが、楽譜通りに弾いてるだけではなかったです。
 ちゃんとなにかがこもっていました。
 それがなにか、を考えているのですが、自己主張はないんですね。
 自己主張しないことを主張している、とも言えるのかもしれません。主張というのは、演奏家の独自の解釈であるとか、そういうもののことだと思うのですが。
 5日の夕刊に掲載されていた読売新聞のインタビューを引っぱり出すと、「とにかく美しい音楽を届けたい。それらは楽譜の中にすでに内包されているので、それを素直に表現したい」という意味のことをおっしゃっています。
 ほんとに、それは、そのままそういう演奏だったように思います。
 
 それがほんとにそのままそう演奏される、ということがすごいと思います。
 でも、それを物足りない、と感じる方もいるようです。
 もっと彼ならではのなにかがないと、ということのようです。
 でも、そういうものがないということも、音楽への立派なアプローチの一つだと思えます。
 若いから、ということだけではなくて、そういう人の、そういう演奏だ、ということなのかなと思います。
 
 また聴きにいきたいと思いました。

 
 これは、ショパンコンクールの入賞者のコンサートのアンコールでの演奏だそうです。はじめの2分くらいは前の曲の拍手のシーンです。
 ワルツ 嬰ハ短調 op.64-2
 
 この曲はそんなに難しくないのでわたしも弾けるのですが、弾いていて中だるみしてしまうのです。飽きてきてしまうというか。。。でも、こんな風に弾けるのか、とびっくりしてしまいました。


 

 
 

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

今度はダイエーへ

 昨日は実家で軽く留守番をしたあと、隣町のダイエーへ、おととい紹介した狭山・境緑道(水道道路)を、おとといとは反対側に歩いて行きました。

 なぜ昨日はダイエーかと言うと、店舗内にある本屋に行きたかったからです。

 おととい、新聞の広告で、読んでみたい本を見つけました。
 ちょうど先日読んでいた本(バートン版 千夜一夜物語1)を、時間がかかったけど読み終えたところです。おもしろかったし、2も買ってあるのでいつか読むつもりではありますが、ちょっと読む本の内容を変えたくなりました。欲しいのは新書です。

 最近はネットがほんとに便利で、紀伊国屋書店のホームページに行くと、店舗ごとの在庫が確認できるのですね。
 その読みたい本は、最寄りである国分寺の紀伊国屋書店にはなくて、新宿でも一冊しかないとのことでした。
 新宿まで電車賃かけて行ってなかったらヤだなあと思って、アマゾンででも頼むかなあとも思ったのですが、ふとダイエーの本屋が思い浮かんんだのですね。
 なので行ってみたら、あったのでした♪ すごく小さい本屋なのに優秀です(笑)。
 読んだら感想書いてみますね。でもちょっと内容難しそうだから書けるかしら。
 
 ダイエーへの道すがら、緑道の脇にあるハナミズキはもう葉が赤くなってきていました。
 ホウキの木も↓
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 飽きずにこんな写真ばかり、よく撮るものです。でも、突然飽きたり、突然なにかに悩んでしまって、ぱったりこういうの撮らなくなるかもしれません(笑)。
 でもまあ、それでもしばらくするとまた撮るのでしょうけれど(笑)。そんなことを何年も繰り返しています。

 芙蓉(フヨウ)はまだ咲いています。
 また白い花ですが↓
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 でも見ていただきたいのは、この花の色や形ではなく、、、

 花びらの裏にいたこの子ちゃん↓
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 見つけたぞ???? 川´艸`)☆ (しかしピントが奥の花びらに合ってしまっている。。とほほ)

 黒地にU字形の赤い星が2つあるナミテントウでした。

 


  

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

女たるもの 月下美人

 先日、シャガールの絵をムーンストーンのさざれ石でデコレーションした額に入れたら、ムーンストーンが気になりはじめました。
 石の意味の本で調べると、ムーンストーンは「状況や情緒的な要因に対する過剰反応を鎮める」と。。。
 こ、これは、、、! 今のわたしにぴったりていうか必要??(冷えやアラフォー問題でまさに過剰反応)
 ということで、母の自慢のムーンストーンの指輪に触れてきました。
 子供の頃から憧れの指輪↓
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 『まんまるおつきさま』。これを見るとそう言いたくなります。
 質のいい石ですが、これだと大きすぎてつけてると邪魔くさいので、もっと小さいサイズのペンダントヘッドを借りて(もらって)きました。
 しばらく家の中でもそれをつけていようと思って(ピンクトルマリンの時期は終わったのです)。
 母は昔からムーンストーンが好きなんです。わたしもつられて、ずっと好きです。
 母とわたしは、月に魅せられてる親子かなあと思います。

 西洋占星術では、月は無意識を司る星で、あまりいい意味が与えられていないことが多いです。タロットカードでも、月のカードは曖昧さなんかを意味します。月は地球の衛星で、動きが速いですし、見た目も毎日変わりますから、不安定さを象徴するのですね。よって、女性性という意味も与えられ得ます。
 そして、女性性という方向になっていくと、そこから直感であるとか、敏感さ、イマジネーションやロマンスという意味も出てくるんですね。
 わたしたち親子は(そして、世の女性の多くは)、そのあたりに月との親和性を見るのだと思うのです。
 だから、不安定であっても仕方ないのです(開き直り)。
 シャガールの絵には、たくさん月が出てきます。三日月であるとか、夜明けに東の空に見える「27日月」や「後ろの三日月」が描かれています。
 そこも母がシャガールに惹かれた理由かもしれません。
 まあ、あまりにも月に親和性があると、表の社会でガンガン活動する、という感じではなくなってしまいそうですが(それは太陽の領域なので)、わたしも母も、月が象徴する繊細な感覚(あるいは、サイキックな感覚)を失わないことのほうを、選んでしまっているのかもしれません。

 まあ、わたしよりも母のほうが全然月フリークなのですが、だからというわけではないですが、月下美人という花を育てています。
 サボテン科の植物で、花は夜に咲き始めて、夜明け前にはしぼんでしまいます。数時間しか楽しめない花です。
 よい香りがします。花びらはサラダにして食べることもできるそうです。
 実家では去年、その花を焼酎に漬け込んで、月下美人酒を作りました。
 香りがきちんと残っています。
 食前酒にしています↓ 
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 この花が、おととい咲きました。
 夕方前はつぼみ↓ 
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 午後8時頃↓
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 中はこんな感じです↓
  1010gekka2.jpg
 美人さんオーラすごいですね。こんなドレスがあれば、欲しいと思ってしまう。
 摘んだお花を、お酒にします↓
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 ほんとに素晴らしい香りがします。一晩の香りでも、記憶に焼き付くのです。
 ムーンストーンが欲しくなったのと、月下美人の開花が重なったので、この石と香りが、脳の中でセットになってしまいました。これは嬉しいかも。

 


 
 

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小平グリーンロード 狭山・境緑道

 昨日は隣町の銀行などへ行きました。実家にも。
 わたしは隣町くらいだと、いつも歩いて出かけます。
 写真を撮りたいからです(自転車が苦手というのもあります)。
 昨日も収穫がありました(ほくほく)。

 秋のあじさい↓
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 クロツバメシジミ?↓
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 ちょこんと二匹いてかわいかったです。

 サルビア科のお花↓
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 名前はサルビア・コクネシア・コーラルニンフ(調べました)。「コクネシア」についてはちょっと意味が分からないのですが、「コーラルニンフ」というのはいいですね。コーラルとはサンゴ。まさにサンゴ色。しかも上等な。そして、ニンフとは、あらゆる男性を虜にしてしまう女性の精霊のことですね。確かに、かわいいだけではなくて少し色っぽい雰囲気のあるお花でした。

 こういう道ばたの小さなものを見つけて写真に撮るのが好きです。撮ってブログに載せることも。
 こういうものが目に入ってくる日と、目に入らない日とあります。
 入らない日は、あまり気持ちに余裕がないときです。

 ちなみに隣町まで歩いたのは、地元の緑道です。
 「小平グリーンロード」なんて呼ばれてる散策の道の一つで、狭山・境緑道と言われています。埼玉の所沢の狭山湖から、東京武蔵野市の境浄水場までを結んでいて、車両が入れないようになっている緑が続く道です(この道の下に水道管が通っているため)。ですから「サイクリングロード」とも呼ばれ(わたしが子供の頃は「水道道路」だった(笑))、散策を楽しむ市民に親しまれています。
 子供の頃から生活のための道と思ってきてあたりまえに歩いていましたが、最近の健康ブームで、休日なんかはウォーキングを楽しむ人でけっこう混雑しています。そういうのを見ると、なんだかありがたい場所なのかな、と思えてくるから不思議です(笑)。
 
 緑道の脇に暮らす人々は、道に面したところにきれいな花を植えてくれているし、都の手入れも入っていて、歩いていてもちっとも飽きないよい道です(緑を愛でるのが好きな人には、ですが)。
 よければ歩きにきて下さい(笑)。
 これからよい季節です。
 
  狭山・境緑道
 
 


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小さく模様替え

 初夏の頃だったと思うのですが、パソコンデスクの横の壁にかけてある額入りの絵が、突然落ちてきたことがありました。かけるのに使っていたひもが切れてしまったのです。
 中には、アメリカのアンティークのカードが入っていました。
 かなり気に入っていたのですが、落ちてきたということにやはりわたしは意味を感じてしまい、そのままかけ直すことができないでいました。
 
 入っていたカード(下のはカッターシート)↓
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 サンクス・ギビングのためのカードのようです。上のものは使用済みで、消印は1911年になっています。今年で100年、「アンティーク」と呼べるものになりました。下のものは未使用のカードです。きっと同時代のものでしょう。
 これらは、中野のブロードウェイ内にあるアンティークショップでたぶん7?8年前に購入したものです。色も鮮やかだしかわいいから気に入っていたのですが。落ちてきてしまいました。
 お役御免、ということかな、と思いますよね。

 それからしばらくその壁には絵がなくて、それはそれでいいかな、とも思っていました。静かな感じで。

 でもわたし、先週シャガール展に行っちゃったんですよね。
 生まれて初めて、絵を見て泣いちゃったんですよね。
 会場で、絵はがきと小さなポスターを購入していました。

 まあ、それで、案の定、ということかとは思うんですが、その「泣いた絵」を、試しに、落ちてきた額にはめてみたら。。。怖いくらいに大きさが合っている。。。
 余白がないくらいです↓
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 この額は黄色いところは木で、ちゃんとガラスのものです。どこかで安く手に入れました。あまりにも安っぽかったため、ちょっと自分でデコレーションしました。黄色い部分のセンターに入っている石は、ムーンストーンのさざれ石です。ボンドで張り付けました。
 ムーンストーンは優しい気分にさせてくれる石ですが、それとこのシャガール、合っていますよね??(自画自賛)

 新しくかけ直しました。左下の頭部は夫です。。↓
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 印刷物だけど、アンティークのカードよりもずっとずっと重みのようなものがあります。
 壁の雰囲気が変わりました。

 小さく模様替えをしたあと、氏神様へのお参りと食事へ行きました。
 昨日の空↓
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 氏神様へのお参りは、心が鎮まる感じがして、ときどき必要だなと思います。
 心の拠り所となっています。
 樹齢数百年のケヤキのご神木↓
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及川浩治 ピアノ協奏曲シリーズ第4回 シューマン/グリーグ サントリーホール

 わたしは前回の記事で、毎日ブログを書くのは、「書きたい」からでも、「書かねば」と思っているからでもない、ということを書きましたが、じゃあなぜ書くのか、書こうとするのか、ということを考えてみたら(考えなくてもいいのかもしれないけれど考えてしまった、だって自分で知りたいから)、
 書くしかないからだ
 ということなんだと気づきました。
 それは、かっこいいことでもなんでもなく、そこまで行ってしまっている、ということなんだと思います。
 とまあ、世界の片隅で、星の数ほどあるブログの中の一つで、そんなことを書いてみています。

 そんなことに気づいた矢先に記事に取り上げるのが、追っかけ4年目のピアニストの及川浩治さんだ、というのはなにかの因果でしょうか。
 昨日は、サントリーホールに「及川浩治 協奏曲シリーズ 第4回」を聴きにいきました。

 開場前のカラヤン広場にて。木は柿の木です↓
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 曲目です。
 ☆シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 op.54
 ☆グリーグ ピアノ協奏曲 イ短調 op.16
 指揮:現田茂夫
 管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

 サントリーホールでオーケストラの音楽を聴くのは、6回目で、そのうちの4回が、及川さんのピアノコンチェルトです。
 もうほんとに、情けないほど、聴いている回数が少ないです。
 そんなおまえが、なにをいうか! ということですが。。。

 わたしはいつも、ピアノを弾く及川さんの手の動きが見たいのと、前の人の頭で視界が遮られることが嫌いということで、体の右側が空いている一階の通路側の席を取ります。
 昨日は、真ん中よりも少し後ろの席でした。視界的には、いい席です。
 でも、、、オーケストラの音はすごくきれいに聴こえるのですが、ピアノの音が、、、なんだかふわふわしているように感じられたのです。。。。。

 話は変わりますが、8月にあった及川さんのショパンプログラムのピアノソロリサイタルの後評が、わたしが読んでいる読売新聞に掲載されていました。
 そこでも、サントリーホールとピアノの音についての問題が語られていたように思います。
 その記事は及川さんに対してフェアじゃないと感じる部分もあるのですが、わたしもそれを読む前から、サントリーホールのピアノの音について、どうなんだろう、ということは、ときどき感じていました。他のホールや、地方のホールでの音の方が、まっすぐ体に入ってくる、という感じになることがあるような気がして。。。

 演奏会前半、及川さんのシューマンは、とてもきれいで、切ないメロディも奏でていました。心を込めて弾いてらっしゃるのが、伝わってきます。
 わたしははじめて聴く曲なので、あそこのここがどうで、ということまでは言えないのですが、曲自体も素晴らしいものなのだろうと思います。
 
 でもなんか。。。

 そして休憩時間ですが、いつも演奏会をご一緒するMさんとトイレに行ったら、Mさんのほうから、「サントリーのピアノは音がよくないね」と話がはじまったのです。
 Mさんは、音大で聴音の講師をされていて、演奏会に行く回数もすごく多いまさに「聴くプロ」の方です。及川さんの追っかけも10年されています。
 そのMさんがそう言うなら。。。! 
 「わたしもそう思うんです!」とせきこむように言ってしまいました。
 わたしは以前、サントリーホールの音響について、ネットで調べていたので、「残響が多過ぎるとも言われてますね」と言うと、「そうだね」とおっしゃいました。
 
 ちょっとどうなの、サントリー。
 使っているピアノと、ホールの構造とか材質とか設計、の問題でしょうか(及川さんではなく)。 
 そんなことを、話しました。

 後半は、有名なグリーグのピアノ協奏曲です。
 大盛り上がりに盛り上がり、曲が終ると会場は熱気と興奮に包まれました。
 でも、第三楽章のラスト、ピアノの音が、オーケストラの音にほとんど消されているように聴こえたのです、わたしの席だと。
 それでも、及川さんは全身でピアノで強音を弾きます。
 おととし、体調を崩されていますから、あんなに激しく弾いて、大丈夫かな、と、一瞬思ってしまったくらいです。

 相当お疲れになったのか、アンコールはありませんでした。
 すごく盛り上がったので、それでよかったのだろうとは、思うのですが。
 音がわたしにはよく分からないところはありましたが(知らない曲だし、そもそも生演奏を聴き慣れていないというのも多々あると思います)、及川さんと指揮の現田さんとオーケストラとの息はぴったりでした。シンクロがお魚の群れみたい、というのは、昨日も起こっていました。
 
 サントリーホール、サントリーホール、サントリーホール。
 憧れの。
 でもでも、、、、ちょっと、、、、どうなんだろう?
 演奏会自体を、少ししか聴いていない人間が、語っていいのか分からないのですが。でもプロのMさんの意見もあるのです。
 
 わたしは以前の及川さんの記事にも、「サントリーホールの演奏は『祭り』という気分で聴いている(地方のホールでの演奏の方がじっくり聴ける)」という意味のことを書いてきましたが、ほんとは、なんだか音が苦手だったということかもしれません。
 及川さんもいつもサントリーホールのときは、気合いが違って見えていたのですが、それは、「祭り」ということよりも、音響を意識してのことだったのかな、とも、思ってみたりしています。

 最後に、サントリーホールの音響について、ネット上にあった意見を載せておきます。
 (ヤフーの音楽Q&Aの中にありました。質問は「サントリーホールの座席で音響的に良かったと感じる場所はどこだと思いますか?」というものです→こちら
 以下回答の一つをコピペします。

皇族がRB席に座るのは警備の関係上ですよ。
さて、私はこのホールは音響的に良いと思える場所などないと感じています。RB、LBはステージに近すぎることと、斜めの位置から聞くのでオーケストラの楽器間音量バランスが悪いです。RC、LCは距離的にはベストなのですが、いかんせん巨大な石壁のそばなので残響が変です。かといって、2FのCは、最前列でも十分すぎるほど「遠い」。1階席なんかは、前列?中間あたりまでは頭の上を音が飛んでいくようなイメージ。後ろの席は2階席の屋根の下に入ってしまってシオシオのパー。
ちなみに、ピアノソロはP・LA・RAがおすすめです。P席でもかなりよい音響です。というか、ピアノに近いほどいいと思いますが、基本的に残響の多いホールなので、ピアノソロ自体が不向きです。ということで、このホールはいい印象がありません。
唯一、音響のよい場所があるとすれば「ステージ上」ということになるのかもしれません。それほど、演奏家には評判がいいようです。
P席が売り切れになるのは、安いからです。前述のように、ピアノソロはLA/LB/P席でも意外ときちんと聴けるというか、いわゆるS席扱いの座席よりよっぽど音響が良かったりするのでねらい目です(この情報は教えたくなかった)。
なお、「ここなら許せる」という座席もあるんですけど、競争率が高いので教えません。ご自分で探してください。私は基本的に、このホールはそこでしか聴かないことにしています。
 


 けっこう考えさせられることだと思います。
 次回の及川さんのピアノコンチェルトも、同じエリアの席を取りましたが、他のエリアでも聴いてみたいという気持ちも出てしまいます。悩むところです。


 
 

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

アレッポの石けん

 わたしはお風呂タイムに、3種類の石けんを使っています。
 体の下洗い用の石けんと、仕上げ洗い用の石けん、洗顔用の石けんです。
 
 高校卒業後に勤めたデザイン事務所の社長さんご夫婦は、農薬とか添加物とかそういうことへの問題意識が当時から高い方たちで、わたしも影響を受けて、もう20年くらいシャンプーなどもせっけんシャンプー(ナチュロン)です。アトピー体質でもあるし、へたな香料が入ってるとお腹も下してしまうんで、鉱物油使用、添加物(あるいは過剰な栄養物)てんこもりのボディソープとか使ったことがありません。
 3種類のせっけんも、植物油の石けんです。

 下洗い用の石けんは、一つ100円くらいのドラッグストアでも売ってる植物石けんを使っていました(シャボン玉せっけんとか)。
 でもこの前から、この石けんのグレードを少し上げてみました。
 アレッポの石けんというオリーブ油の石けんを使いはじめたのです。
 この石けんは昔からあるもののようで、けっこう有名だそうです。
 
 
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アレッポの石鹸

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 これは、200g(普通の石けん2個以上分)で500円くらいなので、前の下洗い石けんよりは高いです。でも、一つ600円以上するような石けんよりは安いです。
 
 使用感はいまいちですが(大き過ぎる、溶けやすい、泡立ちが悪いなど)、仕上がりはよいようで、仕上げよう石けんがなくてもよいかなと思えるくらいです。つるつるすべすべとなります。
 でも、香りがあまりよくないので、やはり仕上げ用ので、少しアロマを楽しみたいです(天然精油が入ってるものを使っている)。

 下洗い用の石けんをいろいろ探していたのですが、値段と効果を考えるとアレッポの石けんはよいなと感じます。

 今日は日記のネタが思いつかなかったので、石けんの話でした。

 ついでで、昨日の空の写真です↓
  1010sora1.jpg

 

 
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

それを引くのはもちろんユニコーン

 本日10月7日は兄の誕生日なので、実家に行ってプレゼントを置いてきました。プレゼントっつってもセールで買った靴下のセットです(充分だ。笑)。
 兄の顔は見ないで帰宅しました。顔見たら「ハッピバースデーみーくーん」って歌わなくちゃいけなくなりますから。
 母とは、おととい見たシャガールの話をしました。
 母が好きなものを結局わたしも好きになってしまうなんて、なんだか口惜しいけれど。

 ここのところ、冷えや疲れなどもあってなんだか心がクサクサしていました。

 でもおととい、シャガールの絵を見て、深く感じるものがありました。

 それだけではありません。

 上野の公園で、拾い物をしましたから。

 わたしは、ときどき、拾い物をします。
 たいてい、なにか「変わり目」のときに、拾い物をします。
 それらは、変わり目を感じて、戸惑うわたしにヒントをくれるような特別なものです。
 それをすごくうまく象徴するものが、目の前に顕われるのです。
 そういうことが頻発するようになったのは、30歳頃からです。
 (今まで拾ったことがあるものは、パワーストーンだとローズクオーツ、タイガーズアイ×3つ、ブラックトルマリン、アメジスト。トルマリンビーズのストラップ、水晶とタンザナイトのストラップ。それからチャーム(ある形をしている飾り)が出てくることもあります。バラのチャーム、ビーズで作られたサクランボのチャームなど。あと、教会でもらえるジーザスのメダイもあります。それらの記録は、去年まで書いていた「さるさる日記」の中にあります。なので嘘じゃないんですよ)

 どうしてそういうことが起こるのかは分かりません。
 いつも下を向いて歩いてるわけではないですよ(このブログには空の写真が多いです)。
 でもどうやら、わたしは異物みたいなものを見つけるのが上手なんです。
 なにかがあると、目に入ってくるのです。
 (そのことについて昔書いた記事→おはじきの魔法
 
 そして、そういう「拾い物」がある、ということは、わたしが神から愛されている(宇宙のリズムとわたしが調和している)、ということを意味します。
 今までの拾い物の経験が、わたしにそれをそう解釈させるのです。

 しかして、上野で拾ったものは、こういうものでした↓
  1010bahsa.jpg
 たくさんのキラキラがついた、金色の小さな馬車のチャームです。
 重みもあり、車輪はちゃんと動きます。とてもよくできているものです。
 これが、落ちていたのです。

 拾い上げて、あまりにもかわいいのでわたしにはふさわしくないと思ってあきらめ、数歩歩いて考え直して、戻って自分のものにしました。

 8月に、国分寺ですてきな日傘の忘れ物がありましたが、それを持ち去れなかったのは、そこに前に使っていた人の残留思念のオーラ(?)があったからでした。
 持つと、もわ???っとして、気持ち悪かったんです。 
 似たことはほかにもあって、前に金色のネックレスを道ばたで見つけたときも、持ったらべっとりしていました。

 そういうのは、持ち去らないんです。
 
 でも、この馬車のチャームは、「透明」だったのです。持ったときの感覚が。
 それは、わたしがもらってもいい、ということです。

 わたしは公園を歩きながら、新しく手のひらの中にやってきたそのきらめくかわいらしいものをしげしげと眺め、すぐに魅了されました。
 なんというきらめき! 
 なんというかわいさ!
 まるで、さきほどまで見ていた、シャガールの絵(とくにモーツアルトのオペラの舞台衣装のスケッチ)のようです。

 そして、この馬車が象徴する意味、今のわたしとこれがどう関連づけられるか、について考えました。

 今の時期、こういうものがわたしの元にやってくることの意味。

 わたしは、冷えなどの自分の体調変化に戸惑っています。
 親の介護の負担も重くなってきています。
 「アラフォー」と呼べばおもしろおかしいですが、それは実はもっと深刻なことに思えます。

 こうなってくると、なんだか、いろんなことをあきらめなくちゃいけないような気がしてくるんですね。
 そうやって自分を「適応」させないといけないような気がしていたんです。
 そして、そのことに、激しく怒っている。
 それが、最近のわたしでした。

 「あきらめる」というのは、深い意味を持ちます。
 無理そうだからやめる、力がないからやめる、ということだけでは、もはやないのです。

 むしろ、大人になってきて、いろんなことの意味が分かってきたから、前のようにはできない。
 前のように野方図ではあれない。
 なにかを投げかけたとき、それがどういう波紋を起こすのか、ということが予想できるようになってきて、そしてその波紋を、自分が歓迎できないと分かる。
 だから、やらないことを選ぶ。
 そういうことが、増えてきたように感じます。

 これは、単純に無理だと思ってあきらめることよりも、ずっとずっと強い、芯からの決断です。
 そのことには納得はしますが、でも、その感覚はほかのことにも及んでしまって、どんどん自分が狭められていくような気がしてしまうのです。
 それが苦しいのです。

 そんな今、わたしの前に顕われたこの馬車は、神(宇宙、大いなる知性、宇宙に満ちる波、なんとでも)からの答えだと思います。

 冷え症がひどくなり、白髪が増え、体重が増えやすくなった。
 プレッシャーを感じて押しつぶされそうになった。
 そのわたしの手元に、こういうものがやってくるのです(それはなにかすてきなものを「買う」こととはまったく別の次元の話です)。

 年齢相応の加減や調整が必要だとういことは受け入れますが、全てをあきらめる必要はない(あたりまえだけど、そのことがよく分からないくらい戸惑い混乱していた)。
 これからのわたしが、なにをあきらめないでいるのかを決めるのには、つまり、なにを維持し、なにを新たに加えようとするのかを見極めることには、少し勇気がいりそうです。
 きっとこの馬車を見れば、それがなにかは、分かるのだと思います。


 

 
 

テーマ : 心と幸せ - ジャンル : 心と身体

生まれて初めて泣いた絵 シャガール展 東京芸術大学大学美術館

 今日はいただきもののチケットがあったので、上野の東京芸大の美術館でやっているシャガールの展覧会に行きました。
 
 この展覧会は副題を「ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」としていて、ロシアに産まれたシャガールとロシアの前衛芸術との関係を軸に企画されたもののようです。
 シャガールというと、パリと語られることが多いそうで、これは新しい試みだ、と、入り口のあいさつに書いてありました。
 
 わたしはシャガールをちゃんと見るのは初めてでした。
 日本では人気のある作家だそうで、今日もたくさん人がいました。
 おばさまが多かったです。
 
 ロマンチックだからでしょうか。

 昔、母がシャガールを好きで、画集を見せてもらったことがありますが、ちょっとロマンチックすぎやしないか、と思っていました。
 でも、、、、
 現物はいいですね。
 印刷物で見るよりも、もっともっと品がありました。色合いとか。
 全然、違うものですね。

 シャガールは20世紀前半に出てきたいろんな美術的な技法を取り入れはするのですが、結局は独自の世界を作り上げていきます。
 それは、マネできそうでマネできない世界のように見えました。

 1960年代にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演されたモーツアルトのオペラ「魔笛」のために、衣装や背景画の仕事をするのですが、そのスケッチの展示がありました。
 これがすごく楽しくてよかったです。
 小さな衣装スケッチなのに、絵からいろんなものが飛び出してくるようで、見てるうちに笑顔になってしまいました。
 「夜の女王」の衣装スケッチのポストカード↓
  1010shaga3.jpg
 もう印刷ってダメですよ。全然違う。しかもそれをiPhoneで撮るなんて。。。

 これはモーツアルトへのオマージュだそう↓
  1010shaga2.jpg
 この黄色ももっとかわいくて上品で、ああ、モーツアルトってこの色だなあ、上手だなあ、という感じでした。

 ほかにもシャガールの有名な絵を見られました。

 今日、わたしは生まれて初めて、絵を見て泣きました。
 1945年 「彼女を巡って」↓
  1010shga1.jpg
 57歳のとき、最愛の妻ベラを亡くし、しばらく絵も描けなくなっていたのですが、この絵からまた描きはじめたそうです。
 右上に、若い花嫁と花婿がいますよね。
 この絵から、彼の作品に頻繁にこのモチーフが出てくるようになるそうです。
 若い頃の自分たちの姿を重ねているのでしょうか。

 わたしは子供心に、シャガールの絵を母から見せてもらいながら、「このカップルなんでこんなところにいるの?」と思っていました。
 ロマンチックすぎる、と感じるのは、このモチーフでした。
 それが、妻が亡くなってから描くようになったなんて。。。
 絵の横にかけられたその説明を読んだ瞬間、泣いてしまいました(でも涙は流れないようにしたんですが、周りに人がいなかったらガチ泣きしていたと思います。美術館の人を整理をする係のおばさまが、そんなわたしに気づいていらっしゃいました)。
 やられました。

 会場では生前のシャガールのインタビュー映画も流れていました。
 わたしは全部は見なかったのですが、たまたま上映スペースに入った時間に、その妻、ベラとの出会いの頃のことが語られていました。
 
  「彼女は出会ったときから、わたしのことをずっと知っている人のように思えた。子供時代のわたし、今のわたし、未来のわたしのことを全部知っているように思えた。はじめて会ったのに」

 というようなことを語っていました。

 やられてしまいますね。

 その後シャガールは再婚して、新たな創作段階に入ります。新しい妻との絵も描かれています。
 それをわたしは、すごくいいことだな、と思いました。
 
 でもわたしが泣いたのは、このベラの絵でした。

 会場を出て上野の公園を歩いていると、空がきれいでした。
 鰯雲↓ 
  1010uenosora.jpg

 その後わたしはある拾い物をして、スタバに入ってお茶をしました。
 冷え症も安心して飲めるほうじ茶ティーラテと、五穀さつまいもマフィン。
 「拾い物」と一緒に↓ 
  1010uenostaba.jpg
 
 シャガール。あまり期待していなかったけれど、行ってよかったです。
 

 
 

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル : 学問・文化・芸術

極端な言い方ですが。

 今日は実家でいただきものの松茸をおすそわけしてもらったので、松茸ごはんにしました。
 
 いただきものを悪く言ってはいけないだろうけれど、それは中国産で、ちょっと時間が経っているらしく、ところどころ痛んでいました。
 それでも、それなりに香りのいい松茸ごはんとはなりましたが。
 国産のちゃんとした松茸って、食べたことないかもしれない。。。確かないと思う。
 まあ、それなりにおいしい松茸ごはんとなったので、ビールも飲んで今ほろ酔いです。

 今実家の庭で目立つ花はこれ↓
  1010shukaido.jpg
 シュウカイドウというらしい。

 先月父の介護の認定審査がありました。 
 結果が届き、父の要介護度は、「5」となりました。
 これは最高レベルです。

 そうか、、、そこまで行ってたんか。。。

 先月父を町医者に連れていったとき、人々の反応ぶりに、これは来てるなあ、と思ったのですが、いつも見てると慣れてしまっていてこんなもんでしょと思ってしまいます。そこに激しいズレがあるのですよね、世間との。
 要介護度5の人つったら、普通の表社会の中にはいないことになっていて、施設か病院にいる、という感じなんだろうと思います。
 とりあえず家族の間で介護ができているのは、恵まれているというか、環境的に絶妙なバランスの上で成り立っていることなんだろうなあと思います。
 どこかが崩れたら一気にやばいのかなあとも、まあ思いますね。

 最近ケアマネージャーさん(イケメン君)とも、やりとりを復活させつつあります(1年以上、ほんとに家族だけでやっていた)。
 なにかあったときのために、行政関係とのパイプも保っておかなければ、と思います。
 
 夏からの叔父叔母軍団の病気騒動(末期ガンのT叔父は、みるみる衰えているらしいですが、まだ家で療養しています。小康状態と言うのかな。。)や父の不調、それによる母の乱れなどのケアで、わたしも正直くたびれています。加えて冷えなどの自分の体調変化に戸惑っているし。

 がんばろう、とか、思えなくてね。
 がんばっていればそのうちよくなる、というのも、もう全然ダメですね。
 鼻で笑っちゃうかも。
 (今の状態を単純に悪いものだ、とも思っていないし)

 なんというのか、まあ、綱から落ちないようにしたい、ということだけです。
 


 
 

  

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

同時に手の筋肉もついてきて

 昨日兄が見せてくれたジャーニーのライブDVDは、輸入ものだったため、解説のリーフレットは英語でした。
 絵はがきよりも大きなサイズで、小さい字で3ページにわたって、びっちり例の新ボーカルや新生ジャーニーにまつわる話が書かれていました。
 パッと見字が小さいし文章の長さもけっこうあるので「うっ、無理か?」と思ったけれど、流れてくる映像があまりによい空気なのでその秘密を知りたいから読みはじめたら、わりと楽に読めました。
 ロックファンに向けて書いたライナーノーツですから、あまり複雑な難しいことは書きませんよね。問題は英語ってだけです(なんかひどい言いようでしょうか? アカデミックではなかった、という意味です)。
 こんなこと書くと自慢ぽいかもしれませんが(でもきょうび少し英語が読めることなんて自慢にならないだろうが)、まあ複雑なお年頃のアラフォーなので、自前のブログで小自慢くらい楽しませてもらいたいというのもありますが(笑)、
 つまり、やはり知りたいという気持ちが大事だと言いたいのです。

 「知りたい」とかね。
 「できるようになりたい」とかね。

 それが大事だ、と。
 あたりまえですが。

 似たようなことを最近感じていて、それは、ピアノの楽譜に書かれてある、曲目解説を、最近ちゃんと読むようになったことなんですね。

 今まであまり難しい曲は弾いてこなかったので、そういうのを読まなくても五線譜だけ追ってれば、どうにか弾けるようにはなったりしていたんです。

 でも最近はショパンのバラードなんかを試していますから、そうなると、技術的な解説みたいなものが、すごく参考になるんです。
 「ここに第一主題のモチーフが使われていて華麗に変奏される」とか、そういう類のことです。
 
 わたしは、「エンパス」といわれる「共感能力者」だと、自分のことを捉えています。
 他者の感情とかが、伝わってきやすい、境界線の薄い人間のことを言います。
 そのことを研究している人からすると、その能力は生まれつきらしいです。わたしは子供の頃から異常に周囲の人間に敏感でした。もう大変だったんだから!
 詳しくはこちら。
 
エンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしようエンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしよう
(2006/06/23)
ローズ・ローズトゥリー埴原 由美

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 そういう人間は、なにかに取り組む場合、感情的な部分や人間の内面的な部分からアプローチしていって理解するのが自然なんですが(そして一番「早い」)、難しいことをするときには、それだけだとダメですね。
 ピアノでそれが、分かるようになってきました。
 すごく難しくて、内容の濃いショパンのバラードのような曲を弾く場合、曲を感情だけで理解しようとすると、かえってショパンの盛り込んだ感情に溺れてしまってわけが分からなくなるし、いったんそれを切り離して純粋に技術的な側面から捉えるといいみたいです。
 (先日リサイタルを聴いたピアニストの清水和音さんなんかは、そうやって音楽を造ってるのだと思いました)

 そういうことが、分かる(できる)ようになってきたのがなんだか嬉しいんですね。
 そして、今まで「自分には縁がない」と思って読み飛ばしてきた、楽譜の曲目解説がおもしろいと思えることが嬉しいんです。

 これは、難しいことをやってみようと思えたから、育ってきた感覚です。

 

 

テーマ : ピアノ - ジャンル : 音楽

ジャーニー ライヴ・イン・マニラ

 おとといの深夜(正確には昨日の未明)、NHK総合で「洋楽倶楽部80’s」という番組が始まりました。
 80年代の洋楽で育ったわたしたち夫婦は、その番組を見てみました。
 一応、これからも見ようという気でいます。

 番組ではマドンナやボンジョヴィ、U2やポリスとともに、ジャーニーを流しました。

 ジャーニー、わたしは中学生の頃にエスケープというアルバムを聴いて、好きでした。

 でもそんなにきっちりフォローしていなかったので最近の動きを知らなかったのですが、このバンドはボーカルのスティーブ・ペリーが脱退した後、ボーカリストに恵まれていなかったそうですね。
 で、いろいろ紆余小曲折があった後、最近は、フィリピン人のボーカルを入れたそうです。声がスティーブ・ペリーにそっくりだとか。しかもなんと、彼はジャーニーのコピーバンドをしている映像をYou Tubeにあげていて、それをジャーニーのメンバーに見いだされての大抜擢だとか。
 まさに現在のシンデレラストーリー。フィリピーノドリームです。

 番組ではそこまでは紹介されていて、昔のペリー氏の「open arms」が流れました。
 わたし、このペリー氏は声だけではなく、顔とか、雰囲気とかもなんだか好ましく思っています。
 だからやはり、この人がいなくなったらこのバンドは大変だろうと思いました。
 
 さて、話は変わりますが、今日はわたしは実家で留守番でした。
 ピアノを弾いたりなんだりしていましたら、休日だった兄が起きてきました(兄は家にいてもあまり介護の実働はしないので、わたしの留守番が必要になります)。
 兄は筋金入りのハードロックファン。
 ヘビメタよりは、「ハードロック」が好きな人です。やつの趣味はけっこう偏っていると思います。
 ですがわたしもその影響を受けていて、80年代のアメリカのハードロックバンドのライブには、10代の頃に兄や兄の友人たちと行っています。
 そんな兄に、昨日の「洋楽倶楽部80’s」の話をして、ジャーニーの話をしました。
 「ペリーの後がまが、フィリピン人なんだってね」と。

 すると、兄は黙って自室からDVDを持ってきたのです。
 新生ジャーニーのライブDVDです。

 
ライヴ・イン・マニラ [DVD]ライヴ・イン・マニラ [DVD]
(2010/06/23)
ジャーニー

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 兄はジャーニーの行く末を、しっかりフォローしていたようです。
 しかしタイムリーです。もちろんさっそく拝見となりました。

 わたしはペリー氏の雰囲気をいいなと思っていたのですが、新しいフィリピン人のボーカルも、なんだか魅力的でした。
 年齢はもう40代ですが、さわやかな少年のような雰囲気で、素直そうで、風が吹いてくるようなオーラを持っています。
 ただ声が似ているだけではなくて、カリスマ性が漂っているんですね。メンバーもそこを気に入ったようです。そして往年のジャーニーのヒット曲を歌う彼は、自分に舞い降りた大きな幸運を心底楽しんでいるようでした。それにつられて、ジャーニーのおじさんメンバーも、演奏をあらためて楽しんでいる、そんなライブ映像でした。
 しかも、このDVDは、この新ボーカル、アーネル・ピネダの故郷のフィリピンのマニラでの収録なので、すごくいい空気が画面上から感じられたのでした。

 しかしすごいですね。
 YouTubeにあげていたら、オリジナルメンバーの目にとまって大抜擢。そしていきなりスタジアム級のワールドツアーなんて。
 この人の発掘まで、アメリカ国内でもボーカリストのオーディションはしていたそうですが、ここまでの素材はいなかった、ということらしいです。まあ、メンバーたちはもう35年以上このバンドをやっていて、ロック業界をイヤというほど見てるだろうし、ほんとに光るものをアーネルの中に見たんだろうと思います。
 そして、この夢のある話は好意を持って各国のファンたちに受け入れられているそうです。
 この新ボーカルで録り直したジャーニーのヒット曲「Don't Stop Believing」は、iTunesで、200万ダウンロードされ、大記録を打ち立てたそうです。
 (そしてボーカルのアーネル君は貧しいスラム育ちで学校も出られなかったし、ホームレスをしていたこともあったとか、葬式で歌を歌う仕事を食べるためにしていたとか、そんな自分のルーツの場所をメンバーに見せたとか、涙ぐましい話も盛りだくさんです)

 ハードロックファンだったらとっくに知っていたことかもしれませんが、わたしは知らなかったのでなんだかこのバンドの話に感動してしまったし、このDVDはなんだかよいパワーに満ちていて、元気をもらえました(ゆうべ少し荒れてたので(笑))。
 
 ちなみに、兄は往年の名ボーカルスティーブ・ペリーのジャーニーのライブDVDも持っていて、それも勝手に再生させて、どこかに出かけました。わたしは父とスティーブのジャーニーを聴きながら夕ごはんを食べました。

 音程は、どうやら新ボーカルのアーネル君のほうがいいようです。コピーする人は、正確に再現しようとするからね。これはクラシック音楽の原理に似ているなと思いました。
 でもアーネル君はそれだけじゃないなにかがあるようです☆ ちょっと応援したくなります。
 
 
 

 
 
 

テーマ : 洋楽ロック - ジャンル : 音楽

アラフォーの本音、北美紀バージョン

 飛行機に乗って3時間くらいすると、くしゃみがたくさん出始めるのは、わたしだけでしょうか。
 それは、乾燥のせいなのか、空調で温度が低くて寒くなるからなのか。
 
 今日、国分寺に行きましたが、サイゼリアで「飛行機に乗って3時間くらい」の空気感に入ってしまいました。
 1時間くらいで。
 いつも行く地元のサイゼリアよりも、国分寺のサイゼリアはお客さんの年齢層が若く、周りには学生さん達がいっぱいです。だから、空調の温度が低めに設定されていたのかもしれません。
 わたしも夫も途中からやたらにくしゃみをしはじめました。
 そのむずむず感が、3時間目以降の飛行機の感じに似ていたのです。
 もう、わたしたちの席の一角だけ、すごいくしゃみの連発です。
 
 イヤになる。

 持っていっていた肩掛けをかけたら、くしゃみは少し収まったので、やはり寒かったのでしょう。
 
 いい年したオトナがわざわざ飲食店の多い街に行ってサイゼリアに行くこと自体が間違っているのでしょう。でも、わたしは今日、サイゼリアのマイカとアンチョビのピザが、食べたかったのです。
 そして、お金もあんまり使いたくなかったのです。

 最近、ほんとにこういうズレを感じることが多い。
 なんとなく、その場に合わない自分たちを感じる。
 (アラフォーの子供のいない夫婦は、若者だらけのファミレスには合わないらしい)
 そして、ちょっとしたことで冷えを感じるなど、体調の変化も感じる。

 追いついていない、という気もする。
 自己イメージが。

 わたしは親の介護が日常の中で大きな位置を占めているので、親からは「若者」扱いをされる。
 「若いのにそんなんでどうする」的なことを言われる。
 でも、体は実際に、冷えが堪えたりするようになってきている。
 そして、若者だらけのファミレスに入れば、くしゃみを繰り返したりして、なんだか浮いてしまう。
 おばちゃん丸出しだ。

 アラフォーって、上の世代からは「まだ若い」とされるし、
 下の世代からは「勘違いなおばちゃん」とされる。
 すごい難しい。

 そのバランスの見極めがつかなくて、なんだかイライラする。
 それは、40歳中間管理職の夫も日常に感じていることのようだ。

 それでも、日々をとにかくやっていくしかなくて、そのうち完全におばちゃんになるのか。
 でもわたしはそのことに、ものすごい憤りを感じる。
 そのことをきちんと説明してくれる人はいないのか。
 いないのだよね。
 上の世代は、自分たちのいいようにわたしたちを使いたいし、下の世代は、自分たちにいいようにわたしたちを使いたい(真の意図なんて言わない)。
 
 そしてアラフォーは、そのプレッシャーの中で、周囲に、自分たちは幸せにやっている、と、無理にでも見せようとする(真の叫びなんて見せない)。
 そんなのばっかり。
 ほんとのことを語ってる人って、あまりいないような気がする(だから書いちゃった)。
 これが世の常なのか?
 みなこれを通るのか?
 時代や産まれた世代は違えど、きっと、40歳前後がたどる道ってみんなそうなのかもしれない。
 
 でもね、、でもね、、なんだかときどき、めちゃくちゃ腹が立つんですよ。
 この種類の怒りは、以前にはなかったものです(5?6年前までは、上の世代には単純に甘えればいいと思っていたし、下の世代には単純に自慢をすればいいと思っていたから。こういうのがズレてきたのは、やはり女の厄年を過ぎたあたりからかもしれません)。
 
 明日は実家で留守番です。介護ですよ。やりますよ。
 でも、ピアノ弾きまくってやる。
 
 
 

テーマ : 伝えたいこと - ジャンル : 日記