刺激的な曲と人生 早川美和/Blue Gray

 おととい新しいテレビが来たわけですが、これはビデオは見られません。
 わたし、けっこう自慢になるビデオコレクションがあるのですが、DVDに焼くのがめんどくて後回しにし続けたら器機が壊れました。
 このままあきらめるか、考え中。

 同じことで、音楽のカセットテープも、もう我が家では聴けません。
 MDはかろうじて聴けます。これも聴けない環境にそのうちなるかもしれません。
 困ったものです。
 変化しすぎてて。

 などと言いつつ、今、我々にはインターネットがあります。
 昔見たもの、聴いたものも、よく探せば YouTube にある時代です。
 でもそれには、検索のためのキーワードは必須なのですが。。

 わたしには、ときどき思い出しては聴きたい、と思う歌がありました。
 その曲は、カセットテープで持っているものでした。
 曲のタイトルは分かってるんですが、アーティスト名が分からない曲でした。
 
 「Blue Gray」という曲で、日本人の女性アーティストの曲です。
 その方は、1993年頃、この曲でなにかのコンテストでグランプリを取って、デビューした、ということは知っていました。
 その曲を教えて下さってわたしにテープをくださった方とは、疎遠になっており、わざわざ訊ねることもしていませんでした。

 その曲を、先日ふと思い出して聴きたくなり、YouTubeで検索すると、Blue Grayという言葉だけでは全然出てきません(メイクアップ(アイシャドー?)の動画はいっぱい(笑))。 
 それでかえって気になってしまい、たぶん音楽コンテストはヤマハのものだったので「ポプコン」でぐぐったりしましたが、それでも出てきません。
 最終的には、覚えていた歌詞の「Blue Gray」以外の部分を入力して、欲しかった情報に行き着きました。

 歌っているのは、早川美和さん。
 ヤマハが主催したミュージック・クエストという世界規模のコンテストで第一回目に世界グランプリを獲ったそうです(このコンテストは5回で終了となりましたが、5回目には、aikoさんや椎名林檎さんが出たようです)。
 その後、優勝者の特典として応募曲でのCDデビューを果たしますが、福祉の仕事を続けたいということで、この一曲のみでメジャーの世界からは遠のいたそうです。
 
 だからこの人の名前は知られていないし、その後この声を聴くこともなかったのだな、と納得しました。

 しかし圧倒的な才能なのに、もったいないなあ、と思います。


 検索してとうとうたどり着き、ついでにこの方について他の方が言及しているものを読むと、みなさん「忘れられない曲」「調べてやっとたどり着いた」「初めて聴いたときは衝撃だった」と書かれています。
 ほんとにそうなんですよ。。

 上の動画には、歌詞もついているので、ぜひそれも含めて聴いてみて下さい。
 曲も美しく、歌詞もすごいのです。
 声も素晴らしい。音程もすばらしい。
 なんという才能!

 ですが、この曲は歌詞的に、、たぶん、道ならぬ恋の歌なんです。
 まあ、不倫かなと思えます。
 女性が独身、男性既婚という組み合わせかなあ。
 そしてとてもセクシャルな匂いがします。
 これらは、初めて聴いたときから思っていました(21歳でそう思うわたしは耳年増?)。

 あなたはわたしを愛するために、なにもしなくていい、わたしはなにもいらない、と歌う歌です。
 ただ、天国に一番遠い場所に、行ける限り行ってしまいましょう、という歌です。
 ちょっとすごいです。
 
 それは、早川美和さんの、実体験なのでしょうか?

 体験をしていない人が、この歌詞を書けるのか、と思ってしまいます。

 以下はわたしの妄想です。
 
 「なにもいらない」彼女は、それを歌にすることだけは、してしまった。
 そして、それを多くの人の前で披露してしまった。
 そして、それを聴いたわずかな日本人が、衝撃を受けた。
 そして彼女は、表舞台にそれ以上出なかった(コンポーザーとして、宇井かおりさんには楽曲の提供をしたようです。それも聴いてみたらよい曲でした。だから才能はすごいと思うのです)。
 しかも、歌手を捨て選んだのは、福祉の仕事(ここまでできる人なのに)。

 なんだか、そう考えると全部がすごいなと思うのです。

 早川美和さん、すごい女性だなあと思います。

 でも、この曲に歌われている男性については、ずるいなあと思ってしまいます(笑)。
 歌にされたことは、嬉しかったでしょうか。
 それとも、苦しかったでしょうか。
 どっちもかもしれませんね。
 そして、それくらい、受け止めてやれ、と思いますね(笑)。
 言われなくてもしてるかな。。

 まあ、早川さんの実体験ではないということも考慮しなくてはいけませんが、18年越しの妄想なので、書いてしまいました。


 *追記*
 この曲、18年前かなりハマったので、得意の「耳コピ」をしたんですよ。
 ピアノ伴奏を全部。そして弾き語りできるようにしましたが(しかもボーカルのキーが高いので半音下げて黒鍵だらけの調(ホ短調から変ホ短調か?)にした←自慢)、ものすごく難しい歌でした。


 
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テーマ : YouTube動画 - ジャンル : 音楽

ちょっと苦手な匂い

 昨日は土曜日に買ったテレビが届きました。
 組み立てや設置は自分でやりました。
 まだ把握しきれていませんが、とりあえずテレビ番組は見られます。
 しかし複雑な機械で、こんなに機能満載で昔(20年以上前)のビデオデッキと変わらない値段というのはすごいなあ、メーカーは大変だなあ、と思いました。
 メイドインマレーシアでした。
 部屋の中に、新しい電化製品の匂いが漂っています。

 父が亡くなって1ヶ月というか、月命日なので、実家にお線香をあげに行きました。
 「あっという間」という感覚はなく、しっかり濃厚な一ヶ月だったなあ、という感じがしています。
 たぶん、まだ本当には実感していないと思います。
 
 数日前から、両脇腹にあせもらしきものができています。
 この場所に、そんなに汗かいてたっけ、という感じです。
 アトピーのような猛烈なかゆみではないですが、気がつくとかりかりと掻いています。

 昨日の記事に書いていた「過激なスピリチュアル系のサイト」をおもしろがって読んでいたら、なんだか気分が悪くなってきてしまいました。
 気をつけなくてはいけませんね。。。

 なんだか今日は疲れています。
 早めに休みます。

 昨日の夕空↓
  1106sorayuhi.jpg

 
 
 

 
 

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びっくりするようなものにつながることがある。

 昨日、東電の原発事故に関するブログの記事を書きまして、その流れでまたもや原発事故についてのネット上の情報を漁ってしまいました。
 善し悪しですが、3月の頃のような気持ちではないので、どうにか大丈夫ではないかと思っているんです。

 ほんとにいろんな情報がありましてですね。。
 事故や放射能について激しく追求している人のリンクをたどると、過激なスピリチュアル系の人たちの場所にたどりついたりします。そういう中には読んでいて恐ろしいものもありますし、首をかしげるものも多いです。おもしろいものもあります。
 こういうところで見るものについても、やはり3月からずっと考えているというか、どうなんだろうと思っています。

 わたし自身もチャネラーですから、震災のことについてのスピリチュアル系の情報に対しては、ほかのものに対するものよりも厳しい見方をしていると思います。
 でも、一応感情的に反応しないで(消耗するから)、読めるものは「資料」として読んでいます。
 そうやって読むと、参考になる部分はけっこうあります。

 ただ、3ヶ月以上ですか、原発事故などについて調べると、そういう過激スピリチュアル系のサイトにつながったりすることがそれなりにあるので、今までそういうのに触れてこなかった人も、同じ経緯でそういうところにつながるかもしれません。
 そしたら、震災や放射能でナーバスになってるところだからショックを受けたりしないかな(あとのめり込みすぎたりしないかな)、と余計な心配もしてしまいます。
 そういう、価値観や判断能力の部分でも、人の中のいろんなものを暴いていくということが、この震災以後あるのではないかと思っています。
 
 まあ、わたし自身がチャネラーなんですけどね。。充分わたしがやばいんですよね。。はははは。


 昨日は国分寺にも行ったんです。
 駅ビルの中を歩く人々を見ていると、「そういう世界」の空気が薄まります。
 国分寺~~永遠なれ~~。

 きれいに花びらの縁が枯れてきたクチナシ↓
  1106kutinasi.jpg
 クモがいます。おどろおどろしいでしょうか(笑)。

 


 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

ぐうの音も出ない。

 昨日は実家に行き、仕事後の夫も来て母と夕食を食べました。
 ピアノも少し弾きました。
 それなりにいろんなことを考える日ではありました。

 ですが。
 ですがですが。

 さきほど、ツイッター経由で知ったあるブログ記事を読み、なんというのか、、
 静かな衝撃と、なんだろうな、、
 ある種の確信のようなものを、感じています。

 父が亡くなってから、原発事故のことを、再び考えるようになっています。
 父入院後からは、あまりそういうことに頭が回らなくなっていたのですが。
 それでそのままだったらいいのでしょうけれど、そうでもないんです。
 考えたり調べたりはしています(一時期よりは冷静にしているつもりです)。

 それで、わたしがずっと気になっていたのは、3月20日くらいから東京の放射線量が上がってなかなか下がっていなかったことです(今はずいぶん下がっています)。
 それについては、「3月15日に放出されたものが雨で落ちたからだ」という説に納得しようとしていたんです。
 ですが頭の中ではずっとアラートが鳴っていました。
 
 
 それについて、ああ、きっとこの人の言う通りだ、と思える論文が出てきました。
 2011年3月20日、隠蔽された3号機格納容器内爆発

 この論文内に出ているグラフなども、父の入院まではわたしも見ていたものだったりします。
 それと、気象データをはじめ、いろんなデータを元に考えられる結論だそうです。
 これはすごいです。ぐうの音も出ない、という感じです。

 わたしがここで問題にしたいのは、「頭の中ではアラートが鳴っていた」ということです。
 「東大の早野さん」のツイッターを見ていても、どこかでずっとアラートが鳴っていたんです。
 でもまあ、実際に神奈川や静岡の農産物からも基準値を超える放射線量が計測されていましたしね。。

 気付けばもう7月になろうか、という今。
 わたし自身は個人的にいろいろなことがありすぎて、頭が整理しきれていません。
 この論文の通りだったとして、じゃあ、自分はどうするのか、という問題もあります。
 たぶん、たいしたことはできないでしょう。

 ただ、この、アラートを感じていた、ということに、
 静かな衝撃と、
 腑に落ちる感覚があるんです。

 
 
 

 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

一つ片付いた問題

 この前、うちの団地の全戸にJ:comが入りました。
 すると、2015年くらいまでブラウン管テレビでのテレビ視聴ができるそうです。
 うちはまだ地デジ対応をしていません。

 ですが、新しいテレビは、3月に買おうと思っていたのです。
 けれど、あの未曾有の災害に未曾有の事故で、わたしは放射能ノイローゼになり京都に行き、帰京して生活に慣れたら父入院、病院通い、父他界、葬儀エトセトラ、となったわけでございまして。。。
 買い替える余裕がありませんでした。
 
 でも7月でアナログ放送終るし、一応テレビ予算はすでに割かれていたので、昨日、近所のコジマにテレビを買いに行きました。
 テレビ周辺問題、ずっと懸案だったので、肩の荷が降りた感じがします。
 だって、VHS+DVD+HDDレコーダーも去年壊れてて、ほんとにどうにかせねばいけなかったのです。
 
 お店に行くと商品がいろいろありすぎて、頭がパンパンになりました。

 こういうときに、わたしが頼るのは、毛髪をつんつん固めて立てていて、ハイテンションボイスで向かってくるニイチャンではありません。
 メガネかけてて、髪も黒髪で若干ぺっとりしていて、売り場の端っこに立っているオタクっぽいお兄さんです。 
 こういう人のほうが、親身にまじめに商品説明をしてくれます。
 こちらの言うことも注意深く聞いてくれます。
 意外にユーモアもあったりします。

 いろいろ検討して、SONYのブルーレイとHDDが一体になった商品にしました(結局いろいろ揃えなくてはいけないので、価格は同じくらいになる)。
 お兄さんに「SONYの商品て、20年前くらいは壊れやすいって言われてましたよね~」と水を向けると、お兄さんは、お、こいつけっこう知ってるな、という表情をわたしに向け「そうでしたね~、MDウォークマン1年で壊れるとかありましたね~」と言い、「そうそう」と盛り上がり、「でも最近のSONYはそういうことはないし、国産品であれば大丈夫ですよ、もうそういう時代ではないです」と言っていました(商品は一応5年保証だそうです)。
 こういう会話ができることも、大事ですよね。
 ハイテンションニイチャンだと、適当にスルーされそうで、わたしはそういうのがイヤなんですね。

 いろいろ説明を受け、納得して買うことができました(少し値引きもしてもらいました)。
 ちゃんと、帰り際「助かりました、ありがとうございました」って言いましたよ♪

 ちなみに故障しやすいメーカーの問題ですが、お兄さんによると、外国メーカーはそういうことが多いそうです。今はそちらがそういう段階だ、という言い方をしていました。
 最近けっこう攻勢かけられてますからね。。。
 でも、HITACHIが、テレビ関連技術を外国メーカーに売る、という方向に行くそうで。。そうなると、日本のよい技術がどんどん海外に流れて、差がなくなっていくのでしょうね。
 でも、もう、そうするしかない段階になってきているのでしょう。
 HITACHIのWoooや、ブルーレイ商品は他メーカーより安くなっていました。。
 大変なことになってきたなあ、とは思います。。
 (すごく関係ないけれど、昨日の新聞にコメの先物取引上場が70年ぶりに試験再開されるという記事もあり、これもやばそうだなあ、なにか差し迫ってきてるなあ、と思っています。。)

 でもとりあえず、テレビ環境更新のめどが立ってよかったです。やっとだー。

 関係ないけれど、おとといの朝焼けの写真を↓
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 東の空じゃなくて、西の空が赤い。



 
 

テーマ : デジタル家電・AV機器 - ジャンル : 趣味・実用

高円寺 クラブライナー 一人ピーズ

 昨日は夫と高円寺へ、夫が好きでわたしも好きになったThe ピーズのフロントマンの大木温之(おおきはるゆき)さんがやるソロプロジェクト「一人ピーズ」のライブに行きました。

 大木温之さんは、今年に入って何度かライブに行っているTOMOVSKYさんこと大木知之さんの双子のお兄さんです。
 夫もわたしも、ピーズの曲のライブは初めてでした。

 生ハル君は、、妖精さんでした♪

 お前、妖精とか言われても意味が分かんねえよ、という声は、ごもっともと思います。
 でも今、それがどういうことなのかということを、言葉を尽くして説明する力がないんです。
 
 なぜなら小さなライブハウスでスタンディング3時間ぶっ通し、前半2時間は若いまじめそうなお兄さんたちの「程よい(この場合、悪い意味に使っています)」音楽を聴いて、、人も混んできて動けない中で、わたしはパンプスを履いていて、もう足が今、燃えるように疲れているからです。
 
 でも端的に「妖精さん」というのがどういうことかと申し上げますと、見ていると「くぴぴぴぴ。。。」と言いたくなる(ていうか言ってしまう)ということであります。

 さらにわけが分かりませんね、すみません。
 
 とにかくライブ3時間立ちっぱなしはアラフォー冷え症にはきついということです。
 
 でもハル君元気そうに歌を歌っていてよかった。
 大木兄弟万歳。

 昨日聴きたかったけどやらなかった曲を。

 

♪ 遠くで見てたはずだよ
  懐かしいだけで泣いたよ
  なにもしてやれなかったよ ♪
 


 
 

テーマ : LIVE、イベント - ジャンル : 音楽

maybe windfall

 あまりにも暑いため、少し薄着になり、アイスを食べたらさっそくお腹が痛くなった北美紀です、こんばんは。。
 くそう、、気をつけていたのに。。。

 おとといからの暑さにはびっくりしますね。
 ちょっと涼感を出したいので、昨日撮ったあじさいの写真から載せます。

 近くにある「水道道路」の、萩山~八坂間が、あじさいロードなのです。
 
 さわやかな色合い↓
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 浴衣の柄みたいだ↓
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 色づき始めもきれい↓
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 昨日は実家に新しい仏壇が届きました。
 葬儀社の人が来て設置してくれたり、式のときの写真のアルバムができたのでそれを受け取りました。
 
 葬儀社の人たちというのは、なんだかいいなと思います。
 究極の状況にいる人たち相手のサービス業なので、なんだか心遣いが行き届いているというか、気持ちがいい人たちが多いように感じられました。
 お世話になるうちに、気を許してしまっていくのです。けれど、「出過ぎる」ということはない。
 その兼ね合いが上手だなあと思う人たちでした(ちゃんとした会社なので、詐欺のようなことはないと思います)。
 その中に傑出した「ヌシ」みたいなお姉さん(50代中盤くらい)がいて、家族でその方のファンになってしまいました。
 その方が来て下さって、ちょっと時間があるということなので、コーヒーをお出しして、いろいろな話を聞かせてもらいました。
 楽しいひとときでした。

 映画の「おくりびと」で、お葬式に関わる仕事の人々への偏見もなくなってきたでしょうか。
 見ていて、おもしろい、いい仕事の一つだなあと思ったりしています。

 いただいたアルバムは黒い表紙で地味で、ちょっと淋しい感じがしました。
 中にある写真も、喪服を着て淋しい顔をした人たちばかりです(わたしの顔はそれを通り越して恐い(笑))。
 母と、もうちょっと楽しくなるようにデコレーションしたいね、と話しました。
 母は「四葉のクローバーを挟みたい」と言い、「どっかで取ってきてよ」と言いました。わたしは「そんな簡単にあるわけないだろう」と一蹴しました。

 その後買い物をするために、隣町のダイエーに行きました(その道すがらあじさいを撮った)。

 するとね。。。
 
 あるんですよね↓
  11064tubayasaka1.jpg

 邪魔な日傘を置いて収穫↓
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 わーわー、今日は三つだー♪♪
 
 簡単だった(笑)。
 二つを母に進呈、一つは自分のです。
 押し葉にして、乾いたらアルバムに入れる予定です。

 そしてダイエーでお買い物してまた「水道道路」に戻ると。。

 これも↓
  1106kusatento.jpg
 くぴぴぴぴぴぴ。。。。。。(草が揺れるためピントが合わなかったのが口惜しい)

 一日のうちに四葉のクローバーと、七星てんとう虫を見つけたのは初めてです。
 パパちゃんマジックかしら?
 
 四葉とか、てんとう虫とかを見つけるときは、探していません。
 目を向けるとあるし、目をやるといるのです。
 探してるときに見つかったことは、ありません。
 これってなんでしょうね?

 そしてさきほど、ちょっとコンビニに行くために外に出たら、きのこも見つけました。
 
 木のうろみたいなところに一つ↓
  1106kinoko.jpg
 形のきれいなきのこも見つけると嬉しい(くぴぴな)ものの一つです。

 といいつつ、昨日の一番のお気に入りはこれです。

  1106ajisakura.jpg
 
 あじさいの枝に引っかかった山桜のさくらんぼ。
 なんだか猛烈にかわいかったのです。



 
 

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

[ツイッター小説] 笑顔の意味/15

 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/10 ☆ (それまでの分のリンクあり)
 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/11 ☆
 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/12 ☆
 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/13 ☆
 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/14 ☆ 



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 立木雄介は沢田邸の磨かれた板張りの廊下を歩きながら「まさに豪邸」と思わずつぶやいた。横にいたNはそれを聞いてかすかにうなずき、それを視界の端でとらえた雄介はNに向かって「ですよね」という気持ちでうなずいて、家の前には門があったし庭には木が植わっているしな、と思った。
 居間に入ると部屋の奥にクリスマスツリーがあった。赤いリボンと白いガラスボールのみが飾られた上品なものだった。雄介はそんなツリーは見たことがなかった。近づいてみるとそれは本物のもみの木でできていた。

 雄介は施設で飾っていた色褪せたまがい物の軽いツリーを思い出した。

 「それは透子さんとわたしで飾り付けましたの」と沢田夫人が雄介に近づいて言い「本当にお会いするのを楽しみにしてました」と顔をほころばせた。雄介は「お呼びいただきありがとうございます」と言ったが心の中で「といってもHRG経由で全部決まったんだけどね」とも言い、笑った。

 クリスマスイブにはまだ日にちがあったが、その日は透子の引越し祝いも兼ねた小さなパーティーだった。
 透子は夫人からプレゼントされた白黒で細かい千鳥格子模様のウール素材のサックワンピースを着て、雄介はカーキ色のコーデュロイのジャケットとシャツ、ブルージーンズであった。
 その二人がツリーの前で話をしているのを夫人はうっとりと眺め、沢田氏も後ろから透子と雄介の写真を撮った。
 Nと沢田氏は世間話をし、夫人はキッチンで食事の用意をし「もう少しで出せるからみなさん席について」と言い、透子はテーブルの上のろうそくに火を灯して照明を落とした。
 白い薄い磁器の器に夫人は「チキンもいいけど今日はこれなの」と言いながらビーフシチューを注いだ。サラダの中には珍しい形の小さな葉が散らばっていた。雄介は「すごいですね」と言いながらそれらを見ていたが、こみあげる思いを抑えるため「耐えろ」と自分に言い聞かせていた。

 沢田家の玄関で質のいいワンピースを着た透子を見た時、雄介の胸に何かが突き刺さった。
 それからというもの、何を見ても透子と自分の違いを見せつけられるような気になるのだった。それは居心地の悪い、いたたまれない気分で、サロンに通い始めた頃にもよく感じていたものだった。
 その頃にもよく雄介は自分に「耐えろ」と言い聞かせていた。
 しかしその言葉を自覚的に使うようになる前から、雄介は自分にそれを強いることが多かった。
 過去に一度だけそれを守ることができず問題を起こしたことがあったが、それによって雄介の個性がHRGの目に止まったのだった。

 しかしHRGの職員でいるとこういう暮らしができるのか、と雄介は沢田邸のテーブルを眺めた。まさか自分がそんなものを目の当たりにするようになるとは、とも思った。そして向かいに座る透子を見た。
 この子のせいというかこの子のおかげか。
 透子が気付き目が合ったので雄介は笑った。

 Nは夫人の作ったシチューに舌鼓を打ってその味を褒めた。
 夫人は「でもフォン・ド・ボーは出来合いですの」と答えた。
 雄介は「そりゃなんじゃ」と思ったがもちろん口にはしなかった。

 「Nさんは久しぶりの我が家ではいかがなの」
 と夫人が言うとNは笑って「そうですねえ」と答えた。
 「空けていた半年というのは長いのか短いのか微妙なところですけど、落ちついてきました」
 「そう」
 「もう、さっそく母と喧嘩しています」
 「あらそれはなにより。お母さまおいくつ?」
 71です、と答えているNの声を聞きながら、テーブルを挟んだ透子と雄介は再び視線を合わせていた。
 「Nが母親と喧嘩」ということに反応したのだった。
 「あのNさんが?」とは言葉に出さず、二人は笑った。透子は雄介の隣りに座るNをちらりと見て、目を見開いて雄介に目配せをして、雄介は下を向いて笑った。
 それに気付いていたNが「あなたたち、何かおかしなことでも?」と言った。
 雄介がいえ、と言いかけたと同時に透子が「だってNさん、お母さんと喧嘩するんですか?」と口にしていた。
 「そうなのよ。ほんとにあの人手強くて」
 とNが言うと雄介が感心し
 「へえ。さすがNさんのお母さんですね」
 と言った。
 それを聞くとみなが笑ったが、その後一瞬の沈黙が訪れた。

 話し始めたのは沢田氏だった。
 「この前透子さんが面白いことを言ったんですよ」
 Nが相づちを打った。
 「僕らをね、どう呼んでいいのか分からないってね」
 Nはそれを聞いて「まあ」と言い、透子がそれを自分に相談せず夫妻にぶつけたことを思った。
 勇気がいることだったろうと思った。
 雄介は照れくさそうに目を伏せている透子を見つめた。
 「僕らはそういうことを全く考えていなかったので驚きました」
 沢田氏は穏やかにそれを語ったが、夫人はその驚きが少しの痛みを伴ったことを覚えていた。
 あえて考えてはいなかったが「お母さん」と呼ばれるものだと思っていたのだ。

 「それでどうされたんです?」
 Nが促すと、沢田氏が答えた。
 「いや、それは確かに難しいことだねという話になりましてね」
 そこで透子と雄介が目を合わせ、微笑みあった。
 「ただでさえ透子さんには慣れないことばかりだから、無理をさせるのもよくないと思いましてね」
 沢田氏は続けた。
 「結局、僕のことはそのまま呼んでもらって、妻のことは下の名前で呼ぶということにしたんですよ」
 「奥様の下のお名前は」
 「エリカ」と言って夫人は笑った。
 「じゃあ『沢田さん』と『エリカさん』と?」
 「ええ、そういうことに」と夫人が言った。
 「あら。でもなんだかステキですね」

 Nはそう言って透子と雄介を見た。
 そして雄介の表情を見て、雄介がこのことをすでに知っていたのを察し「ふ~ん、そういうことか」と思って微笑み
 「ほんとにステキ。私も母のこと、下の名前で呼ぼうかしら」
 と言うとみなが笑った。
 「僕らの周囲はみな今回のことを分かっていますしね」
 Nはええ、と相づちを打った。
 「だからそれで差し障りはないと思うんですよ。まあ、先にはお父さんと呼ばれたいという気持ちもありますが」
 と言って沢田氏は笑い「ね、透子さん」と妻の隣りに座る透子を見た。
 透子は「はい、あの、すみません」と小声で言い、それにもみなが笑った。

 夫人も笑ったが、心から笑うことはできなかった。
 HRGで育ったこのような子を受け入れることは大変なことであろう、と頭では分かってはいたが、それがどういうことかよく分っていないということを理解しはじめたからであった。
 それでもうまくいきますよう、と夫人は心の中で祈った。

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テーマ : 自作連載小説 - ジャンル : 小説・文学

夢からの指示 → シンプリー・レッド/The Air That I Breathe

 昨日は中野に、愛用している「れんげ」という化粧水を買いに行き、その後神楽坂に出て、ジュエリーデザインとヒーリングをやっている友人のAさんのお店に行きました。
 Aさんとはもう10年以上のつきあいですが、お会いするのは去年末以来で、父のことなど報告したり、震災や原発事故のことについて話したり、Aさんのネット環境更新の手伝いをして、夕ご飯をごちそうになり帰宅しました。
 ちょっとリフレッシュ。

 中野も神楽坂も外国人の姿が多い街でしたが、やはり震災・原発事故後減っているみたい。
 仕方ないですね。
 ただ、中野は週末などは日本人の人出が戻っているそうです。4月はダメだったとか。
 たまには、多摩地区以外のこういう部分の話も耳に入れないといけませんね。
 リフレッシュ。

 先週末くらいからぐだっとしたので、調子戻れるか少し心配しましたが、戻っていくしかないですから。。外に出てよかったです。
 石井ゆかりさんの「山羊座」によると、山羊座は落ち込むと引きこもりになってフテ寝をするのですが、しばらくそうしてると回復してしまうのだそうです。 
 すげー当たってる(笑)。
 でもフテ寝は必須なんです☆

 ゆうべ、24時間くらい前までは、頭が張りつめていました。がちがちに。
 
 なのでこのままではちょっとまずい、ということで、自分でできる簡単な心理テストをやって今の自分の感覚を客観的(?)に調べて、そこから、なぜか昔の日記帳を引っぱり出して読み返すというのを、朝までやってしまいました。
 10年くらい前の日記。
 いえ、ネット上に載せていた日記以外に、手書きの日記があったのですね(今はネット上のみです)。
 それで、「ああ、あの頃こんなこと考えてた」とか「こんなこと悩んでた」とか「うわ、ちっとも変わってない」とか「こいつ30そこそこでけっこういいこと言ってんじゃん」とか、いろいろなことを考えました。
 そしたら、ちょっと気持ちが軽くなっていったかな、という感じがします。

 たまにはこういうことするの、いいみたいですね。 
 古い日記帳、捨ててなくてよかった。

 そして朝方寝て、夫を布団の中から声のみで送り出し(笑)、また寝たのですが、そのときに夢を見ました。

 細かい背景は覚えていないのですが、ここ数日見ていた夢の続きだったと思います(放射能に関するものな気がするんです)。
 それで、なぜだか、わたしは夢の中で歌を歌うのです。
 それが、シンプリー・レッドの歌でした。
 はっきりと歌っていて、途中で目が覚め、まだ頭の中で流れているから声に出して歌いました。
 (ちなみに「わたしが吸う空気」という、放射能っぽいタイトルの歌です(笑)しかしサウンドはとてもスイート)

 

 この方のこの曲が入っている「Blue」というアルバムは大好きなのですが、ここのところ、この世界に、いえ、この部屋の中に、このパソコンのすぐ近くに、このアルバムがあるということを、すっかりと忘れていました。

 この人のこのアルバムを聴くと、なにかが溶けるのです。
 溶けて柔らかくなる感じがします。
 つまり、自分が女性だということを思い出すのです。
 
 これも、たまには思い出さなくてはいけないことですね(笑)。

 ザ・伊達男、ミック・ハックネル。

 
ブルーブルー
(1998/05/25)
シンプリー・レッド

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 ときどき、このように夢の中ではっきりとある曲が示されることがあります。
 それは、起きたらすぐに聴かないといけません。
 そのときわたしが必要としているエネルギーが、そこに必ずあるのですから。
 
 
 
 

 
 
 

テーマ : 今日の1曲 - ジャンル : 音楽

きつい段階だ。

 昨日はそこまでたくさん寝なくて、掃除をしたり実家に行ったりしました。
 と、小学生のような報告ですね。。。(苦笑)

 見ている夢のテーマが共通している感じはあるけれど、まだはっきりしていません。
 
 寝ないと、いろいろなことを考えます。
 それも善し悪しだよな、というくらい。
 
 それをうまく言葉にできません。
 というより、言葉にしてもいいことと、よくないことを、振り分ける頭が今あまりないのです。

 ということで、本日もこんな日記です。

 実家のベランダから撮った空↓
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テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

ふぬけ

 昨日も寝ました。もうほんとにすごく。

 でもまあ、いいか、と思っているのです。

 もしかすると、いいか、と思うから眠くなるのかもしれない。

 すごく寝ているわりに、夢はあまりたいした感じではない。
 
 とも言えないのかもしれない。

 いくつかシリーズ化というかパターン化されてる夢があり、それを見たのが印象的でした。
 いつものシリーズなんだけど、ちょっと発展している、ようにも思えなくもない。

 あと、わずかに起きている間、ふ、ふ、と、いろんなものが脳裏をよぎります。
 それは父の死にまつわることだったり、ずっと忘れていた景色だったり。
 
 それについてあれこれは考えず、浮かんでは消えていくにまかせています。

 わたしはこういう時間を「処理期」ととらえているのです。

 いろんなことがあったので、脳が記憶を整理しているのだろう、と。
 
 今はその邪魔をしないことが大事で、だから寝ているのだろうと。 
 まあ、都合のよい詭弁です。
 
 今日はもう少ししっかりしたいです。

 
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

眠り病

 昨日は夫が本社の会議に行くため留守で、わたしは愛用の化粧水がなくなるので中野に行こうかと思っていたのですが、どうしても眠くって、外に出ませんでした。
  
 父のことを思って泣くとかもなく、チャネリングするとかもなく、音楽聴くでもなくピアノ弾くでもなく本を読むでもなく、とにかく頭がぼーっとして眠いのでした。
  
 あんなに寝たのにまだ眠い。。

 載せる写真もありません。
 
 ということでひどい日記ですが、これにて失礼いたします。。
 いやしかしほんとひどいな。。。


テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

梅雨本番の対決!

 昨日は休みだった夫と近所のサイゼリアに行きました。

 お約束↓
  1106osai.jpg
 
 この休日のパターンもいい加減飽きてきているし、サイゼリアの食べ物にも飽きてきているのですが、あのサイゼリアのソファーシートでないと出てこない夫婦のノリというのがあるのです。
 ここでだと、意外に本音の話ができるんですね。お互いの今の状況についての。 
 どういうわけか。

 サイゼリアへは、近所の「小平霊園」の中を通ります。
 雨上がりで、よい散歩にもなりました。

 なぜか「梅雨らしいもの」で同じものの写真を二つずつ撮ったので、対決形式で載せようと思います。
 対決というか、自分が好きなほうが大きめというだけですが。
 
 その1/あじさい。
 こっちよりも↓
  1106ajisaipi1.jpg
 こっち!!↓ 
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 よい青ですじゃ~。アフロヘアーみたいですじゃ~。

 その2/かたつむり
 こっちよりも↓
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 こっち!!↓
  1106denden2.jpg
 霊園内の同じエリアで、8匹のかたつむりに遭遇。。。あんたら踏んでまうがな。。。

 その3/雨上がりの空
 こっちよりも↓
  1106tuyusora1.jpg
 こっち!!↓
  1106tuyusora2.jpg
 下の空は、上の空の10分後くらいです。

 こういう空を見ると、どこかに行きたくなります。山とか。

 
 
 

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

脱力するほどの名演(んなこたーない)

 昨日は実家で細々としたことの打ち合わせや、ちょっとした事務処理の手伝いをしました。

 途中から雨が降ってきました。
 ベランダに洗濯物を干していたし、手すりにかけていたものもあったので、ダッシュで団地に戻る。
 通常徒歩5~6分くらいが、4分くらいにはなったか?
 洗濯物はあまり濡れずに済みました。近くてよかった。
 
 そして再び実家に戻りピアノを弾きました。
 若干息が上がっているうちに。

 弾いたのは以下になります。

  ブラームス:二つのラプソディー/2
  ショパン:バラード 第一番 
       子守唄
       葬送行進曲
       別れの曲
       雨だれ
       バラード 第三番 ←ここらあたりで集中力が切れ、あとは適当にぽろぽろと。。。

 間違いだらけ(+テンポめちゃくちゃ)のひどいものですが、それなりに満足しています。
 父が聴いていてくれるような気がしたからかな。

 弾いてる間、すごく汗をかきました。
 だからなのか、脱力してきました。
 久しぶりに一生懸命弾いたからかな。。
 
 ああ、、なんか寝よう。。。
 おやすみなさい。

 雨なので載せ忘れていた写真を。

 実家のカシワバアジサイ↓
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 近所の「水道道路」の土手のヤマアジサイ↓
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テーマ : ピアノ - ジャンル : 音楽

ちょっと一区切り?

 昨日は実家に、お世話になっていたケアマネさんがお線香をあげに来て下さったので、ご挨拶に行きました。
 これがなかなかのイケメン君だったのです。
 
 家族だけで介護するようになってからは、あまり連絡しなくなってしまったので、お会いするのは久しぶりでした。
 
 父の話だけじゃなくて、そのケアマネ君、震災後宮城の南三陸町にボランティアに行っているらしく、その話も聞かせてもらいました。
 
 実家では、父に使う紙パンツ(おむつですが)を、たくさん買い込んでいた矢先に、入院となりました。
 病院に入ると、そこのパンツを使わなくてはいけなくなります(これがすごく高い。医療費よりも高くなるくらい)。 
 で、大量に余っていたので、それを寄付させてもらいました。
 それを、東北のほうへ持っていってくださるそうです。

 まだまだ水も電気も来ていないところがあり、紙オムツは必要とされているそうです。
 テレビの報道などでも見ましたが、トイレ問題は大変みたいですね(流せないから)。
 小規模の避難所が後手後手になるので、そういうところがいまだに大変だそうです。

 「なにかあったらまた連絡下さい」と言ってくださりお別れしましたが、この方と会うのももうしばらくはないのでしょう、と思います。
 最後の2年ほど、家族だけで介護をしたことを「なかなかできることではない」と言って下さいました。
 父も幸せだったろう、とのことです。
 そうだといいですけど。

 実家のほうには先週末あたりから、近所の人たちがお線香をあげに来て下さっています。
 その中の一人、苦手なおばさまに、近所のスーパーで会ってしまいました。
 でも、心底同情している、という声を出して下さっているし、お香典もいただいたので、きちんとご挨拶しましたよ。
 「大変だったでしょう」と言われて、ごく普通に、気負わず、「でもいい経験でした」と言うことができました。
 ケアマネさんに褒めてもらった後だったからかな。 

 苦手な人相手に、そんな風に話せてよかったな、と思ったんです。
 
 今日は母と、また細かいことの相談があります。
 生ピアノも弾く予定。
 ここのところあまりやっていないので、母に催促されました(「ちかちゃん(父のこと)に聴かせてあげなさいよ」と)。
 あと、母のリクエストでショパンの「葬送行進曲」も弾けと言われたので、昨日は帰宅後少し練習をしていました。

 ついでに(無理矢理に)、おととい見つけてハマったものを紹介します。
 ショパンの音楽で創られたバレエ全幕物「椿姫」の中の、「バラード第一番」のパ・ド・ドゥ。
 振り付けはハンブルグバレエ団のジョン・ノイマイヤーです。
 この曲には、この振り付けしかないだろう、という感じ。
 人がそうまでして「踊ること」の意味が、やっと見えたかも。
 
 もう、この人たち、なにやってんの?ってくらいすごい。苦悩と官能。男と女。
 世界にはこういうものがあると思うと、力が湧く感じがします。
 この動画で踊っているのはパリ・オペラ座の人たちみたいです。すごい息の合い方。。舞台の上でここまでやっていいのですか。。(他の人たちのバージョンも見たけど、ここまでのはとりあえずなかった)
 R-15指定(笑)。

 
 
 

テーマ : ダンス - ジャンル : 学問・文化・芸術

夏が近づく

 「実家のことを思い浮かべると父がいるような気がして『違った』と思う」とか、「つい病院にまだいるような気がしてしまう」ということが、父の死後あったのですが、それがなくなってきました。
 おとといめそめそしてチャネリングをしたことが関係しているのでしょうか。
 あるいはたまたま今そうだというだけで、またあの感覚が戻ってくるのか。
 分からないけれど、心の中の父(の存在感)への感覚が、変わってきた感じはあります。
 淋しさや愛着などは、変わらないけれど。。
 いずれにせよ、思い切り泣く、というのはやはり必要かなと思います。

 昨日は外に出ました(笑)。
 といっても地元ですが。
 用事があり郵便局へ行き、そのまま隣町の西友へ。

 なにかきれいなものを見つけたら写真に撮ろうと思って外に出ます。
 でもそれを期待して、結局なくてがっかりするのもイヤなのです。
 なので、「なければないでいいんだけどね」とやせ我慢のように自分に言い聞かせたりもします(頭おかしいかな?)。
 すると見つかったりもするんですが。。

 といっても、それは道ばたの花で、たいしたものではないのです。

 ムクゲの季節となりました↓
  1106mukuge1.jpg
 夏の夕暮れと浴衣のイメージだ↓
  1106mukuge2.jpg
 バラはもうすぐ終りかな↓
  1106bara.jpg
 調べたけど名前分からず↓
  1106hosihana.jpg
 なんだか星が散らばって広がるみたい☆ 線香花火の最後のやつと言ってもいいかも。

 こんなものですが見つけて写真に撮れると嬉しい。

 これも見つけてなかなか楽しかった↓
  1106neko.jpg
 撮ってたら、後ろを歩いていた犬の散歩をしてるおばさまも「あら、かわいい」と声をあげました。
 振り向くと「確かに絵になるわね」と言われました。
 
 見知らぬ人とのこういう一瞬の、交流とも言えないようなこんなやりとりが好きです。

 帰宅後は夕飯作りにとりかかる前にちょっと一杯やって、わりと機嫌よく料理をしました。


 
 

 

テーマ : 写真 - ジャンル : ブログ

北美紀筆談チャネリング・11 ごく個人的ながら

 昨日は一日中家にいて、ずっとパジャマでした。
 夕飯は冷蔵庫にある食材でできたのでスーパーにも行きませんでした。
 こういうのは久しぶりな気がする。

 久しぶりと言っても数週間とかかもしれないけど。
 「久しぶり」という言葉が指し示す期間ってどれくらいなんだろう?
 そのときの状況と心境によってけっこう変わる気がする。
 だからあてにならない言葉の一つかもしれない。
 でも使うけど。

 家にいて父のことを思ってわりとめそめそしていたわけです。
 そういうことするのイヤだったのですが、いつか通らねばならない道だとも思え。
 ていうか、さすがにもう出かける気力・体力がなくなっていたというのもあります。
 そうなるとそうなってしまう。

 「プロセス」を加速させるために、チャネリングもしました。
 わたしってそういうところイヤらしいです。
 でも、使えるものは使え、という気もして。。。(笑)

 それを、また転載しようと思います。
 多くの人にとっては気持ちの悪いものだとは思いますが(今回汚いセンチメンタリズムに満ちているし)、もしかしたらその内容になにかヒントを見出す人もいるかもしれない、という一縷の望みを捨てないのです。


========================================
 みの:エノさん…いや、アリさんにしよう。
 
 アリシア:こんにちは。

 み:うん。パパ死んじゃった。

 ア:そうですね。

 み:パパどうしてる?

 ア:順調です。とても。

 み:ほんとに?

 ア:聞いて下さい。きちんと聞いて下さい。
   いいですか?
   そう考えたって、いいんです。

 み:現実逃避と言われる。
   トンデモと言われる。

 ア:そうです。あなたは二つの意味で苦しんでいる。常に常に。

 み:耐えなくちゃいけない?

 ア:耐えられませんか?

 み:耐えてみせます。

 ア:よろしい。
   だから私達がいるのです。
   だからあなたにこの能力が与えられた。

 み:耐えさせるため?

 ア:そう。

 み:ひどい……

 ア:そう (笑)

 み:(笑)
   ひどいよ……

 ア:ひどいことばかりじゃないでしょう?

 み:まあそうだけど。
   もっと普通になりたかった。
   普通でありたかった。

 ア:そうですか? (笑)

 み:(笑)
   パパ順調?

 ア:もちろん。
   あなた達の努力の賜物です。

 み:よかった。

   虚脱するのが恐い。
   でもあなたたちとこれをするとあるレベルでそれが起こるけど。

 ア:そうです。そのためにも、私達はいます。

 み:「そのため」って?

 ア:あなたが自らの視点の中だけにいて、その中であれこれ考えるのをやめさせるため、でしょうか (笑)

 み:うん…ずっといてよ…

 ア:いますよ。あなたが望む望まないに関わらず、好む好まないに関わらず、私達はいるのです。というよりも、物質ではない力があって初めて物質は存在するのであるから、「いなくなる」ことができないのですよ (笑)

 み:難しくなってきた。

 ア:ええ(笑) 目に見えないものの量のほうが、はるかに大きいのです。
   忘れないで下さい。
   私達はいますから。私達がいますから。
   だからまずはあなた自身を優先させて、あなたが回復しなくていはいけないんです。
   分かりますか?

 み:今はそれをしてもいい段階?

 ア:そうです。

 み:途方に暮れているの。

 ア:そうです。だからです。

 み:疲れた……

 ア:それは、そうです。

 み:パパ順調だね?

 ア:そうです。
   ですから、今度はあなたの番です。

 み:そっちのほうが難しそう(笑)

 ア:かもしれませんね (笑)

 み:分かった、ありがとう。

 ア:どういたしまして (笑)

 
 
 

  

テーマ : 心の持ち方 - ジャンル : 心と身体

考えた末の結論。

 昨日は立川であった、ピアニストの及川浩治さんのソロリサイタルに行きました。 
 内容はオールリストプログラムです。

 その感想をね、、、
 書きたくないんです。
 正確には、書きたいという気持ちになれないんです。
 
 書こうと思えば書けるんです。
 この曲がこう聴こえたとか、ピアノの音がどうとか、会場の雰囲気が、とか。
 でもそれをする気になれない。

 そして、そういうときがあってもいいかなあと、思えたんですね。

 演奏会に行くと、一応きちんと報告をしなくちゃ、と思っているのですが(ブログのネタとしても立派なものになりうる題材だし)、それはしたほうがいいのかもしれませんが、しなくてもいいんですよね。。
 個人でやってるブログだし。。。

 書く気持ちになれない、という自分のほうに、焦点をあてて、その意味を考えようと思いました。
 そういうこと、してもいいはずですよね。。。

 いや、本当はいけないのかもしれないですけど。。

 でもなんだろう、いつもと違うことをしてみる、ということを、わたしはけっこう大事にするんです。
 そんな風に見えないかもしれないけれど。。
 そして、たかだかブログの記事内容なんて、たいした違いは生まないように思われるだろうけれど。。
 でも、どんなに小さなことでも、「いつもと違うこと」は、「いつもと違うこと」なんだと思うんです。

 少しでも、自分の心の中に、新しい波紋を広げたいということかも。
 詭弁かな。

 父の死は、わたしがこういう気分になる遠因になってると思います。それに、疲れも溜まってると思います。

 今回わたしは、これでよしとするんです。

 
 
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

Nick Cave And The Bad Seeds / SLOWLY GOES THE NIGHT

 昨日は夫が父の夢を見たと言って目を覚ましました。
 わたしは父の死後まだ、父の夢を見ていません。

 実は、父が入院する前日に、父が亡くなる夢を見ました。
 そのときすでに体調が悪くなっていたので、イヤな予感がしました。
 その翌日(入院した日)、父がすごくやばそうだと連絡を受けて実家に行くと、父は前日夢の中で見た通りの体勢と表情で横たわっていました。
 わたしはすぐに救急車を呼びました。

 父がもう長くないのではないか、というのは、でも、去年の秋頃から感じていました。
 ちょうどその頃から、父の睡眠時間が異常に長くなり、1日に20時間くらい眠るようになったのです。
 そして、なんだか、どんどん「白く、薄く、軽く」なっていくように見えていたのでした。
 
 1年くらい前には、母が短期間に、2回ほど葬式らしきもので親族が集まっている夢を見ていました。
 その後、母の姉のY叔母の亭主のT叔父のガンが発覚しました。
 10月にT叔父は亡くなりました(一回目の葬式)。
 そのようなこともありました。

 だから、父の死そのものには驚きはないのです。
 入院中、持ち直すかに見えたときには「そうなの?」と思ったくらいなのです(「前日の夢」があったので)。
 
 でもショックがないわけではなかったので、父が6週間がんばってくれてよかったです。
 少し心の準備ができましたから。

 
 話は変わりますが、ここ一週間くらい、Nick Cave And The Bad Seeds のTENDER PREY(1988)というアルバムが聴きたくなることが多いです。
 忙しかったので、あまり聴けずにいたのですが、昨日聴けました。

 その中で大好きな曲の歌詞をよく見てみたら、亡くなった人への歌でした。
 すごく甘くて切ないきれいな歌です(まさにバラード)。ピアノの音が効果的に使われています。
  
 これがハマってしまったので、歌詞の意訳をしてみました。
 (歌詞カードとニック・ケイヴが実際に歌っている言葉が違う箇所があるので、意訳する際には歌の中のものを優先させました。一カ所独断で、歌詞カードと歌の中の言葉の折衷にした箇所があります)


 ニック・ケイヴ Slowly Goes The Night

  さようなら かわいい人よ
  夜は 本当にゆっくりとしか進まない
  君の亡骸のそばに横たわる僕は
  まるで 入れない国の地図みたいだろう
  君の骨の影を この震える手でなぞる

  闇こそが 僕の夜
  でも もっと暗いのが 僕の昼
  めくらだったんだ
  まるで「警告」に気付くことがなかった
  どう進む?
  孤独に
  のろのろと

  夜はゆっくりとしか進まない
  十の淋しい昼
  十の淋しい夜
  それがやってくる
  月が皮を剥ぐほどにとがるのを見ていよう
  そうなったら この身の罪という皮を送ろう
  君を包み なぐさめるため
  僕は天国は知っている
  でも 地獄のことも知っている
  君が言ったことを忘れることができなくて
  ベッドの中 頭を抱えている
  「ある日 わたしは行くの」
  僕は笑って 君の息を調べた
  そして言った 「ねえ」

  夜の中を のろのろと進む
  回復するのを感じることもある
  そして僕は目を覚ます
  君がそこに座っているのを見るために
  その髪を梳かすために
  ひどい歌を歌うのを聴くために
  (いいんだ あれがいいんだ)
  とても残念だ
  僕らがしていた 出し惜しみが
  何もない空間に手を伸ばす
  君の 歌声が ゆっくりと消える
  どこに行った?
  どこか別の場所へ
  淋しい場所へ

  黒と同じ夜
  戻ってきて
  元に戻して
  正しい場所に
  毎晩泣いて 試みているよ
  あの狂った季節を創った
  元凶に 触れないように(*)
  だから 夜はとてつもなく 長くなった
  光の中にいることを 思い出せない
  眠り 死 なんとでも呼べ
  でも 眠りだけが
  よりよい人生を取り戻す手段だ
  頭を抱えて
  身体検査も受け(*)
  冷や汗をかく
  決して忘れることなんかできない
  どう進んでいくか
  ゆっくりとのろのろとしかできないが
  僕たちは きっとよくなることも知っている

  でもあの泣いている声は 君だね
  十の孤独な昼
  十の孤独な夜
  君が 僕の元を 去ってから


  (*)…Nick Caveはこの歌を作った時期(1980年代中期)、ヘロイン中毒であった。この曲は同じく中毒患者で死亡した恋人に捧げた歌と思われる。Nick Caveはその後、麻薬中毒患者更生施設に入り、今も音楽活動を続けている。


 

 この歌の主人公(ニック自身)は、恋人の死の予兆を感じていなかったようです。
 
 わたしたちは、感じていました。
 それでも、どうにもできないのですね。

 でも、それでいいんだと思うんです。



 

 
 

 

テーマ : 洋楽歌詞対訳 - ジャンル : 音楽

[ツイッター小説] 笑顔の意味/14

 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/10 ☆ (それまでの分のリンクあり)
 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/11 ☆
 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/12 ☆
 ☆ [ツイッター小説] 笑顔の意味/13 ☆
  



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 透子には電車や移動などのことよりも、沢田夫妻のことをこれから「お父さん、お母さん」と呼ぶべきかということのほうが大問題だった。今のところはまだ「沢田さん」としか呼べていなかった。でも籍を入れたらそれではおかしいのではないか、ということをずっと考えているのだった。
 
 「それは確かに難しい問題だよね」
 立木雄介は透子から相談を受けそう言った。
 「そうですよね」
 透子はやっぱり立木さんに相談してよかった、と、まだ雄介が何も答えていないのに思った。
 「沢田透子になるのに沢田さんって呼んだら変ですよね」
 そう言う透子をかわいいなと雄介は思った。


     ☆   ☆


 雄介は透子の顔の変化にすぐに気付いた。
 透子はこの前一緒に買いに行ったピンクのTシャツの上に杢グレーのパーカーを羽織り、デニムのスカートを履いていた。雄介は「うわ、別人!」と思い「眉毛もか!」と思っていた。
 それらの服はN付き添いの「3回のデート」で揃えたものだった。
 雄介もその日は紺色のパーカーを着て下はカーゴパンツだった。
 まるでペアルックのような二人はサロンの談話室のいつもの窓際の席で水を飲みつつ話をする。
 時々透子の笑い声が室内に響いた。
 大声ではないが、そこには相手に近づきたいと思う人間が出す柔らかで澄んだ音が確かにあった。

 サロンの中、そんな二人の様子に気付いている人間は多かった。そのことを微笑ましく思う人間もいれば、ただ「この二人ってそうなのか」と思う人間もいた。しかしそのことをあれこれ詮索したいと思ったり二人に介入したいと思う人間はいなかった。
 サロンにはそういう人間は招かれない。
 HRGはテストや調査を繰り返し、そのようなことにエネルギーを割く必要がない人間を選んでいた。集っている人々はそれぞれが自分の興味の中で交流をしたり調べものをしたりした。
 でもその中に一人だけ、この若い二人の華やぎを見て心を動かされ別室に呼ばれたことのある人間はいた。

 雄介は透子の笑い声が好きだった。そして、この中にずっといたいな、と思うのだった。だから、透子が笑うようなことを探して言いたいと思うのだった。それが時々空回りして、透子が困ったような表情をすることがあったが、そういう時は激しくいたたまれない気持ちになるのだった。


     ☆   ☆


 しかし今日透子から持ちかけられた話題は、普通に純粋に雄介にとって難しい問題だった。雄介は時々透子から投げかけられるこのような「難問」について考えることも、嫌いではなかった。そういう話題には雄介はなるべく正直に誠実に話をした。
 しばし雑談をした後、雄介は透子に訊いた。

 「で、そのことをNさんはどう言っているんですか?」
 透子は一瞬間を置いてから
 「Nさんにはまだ相談していません」
 と言った。
 「そうなんですか?」
 「はい。Nさんは沢田さんのことについては、あまり助言をしてくれないんです」
 「そうなんだ」
 雄介はそのことの意味をしばらく考えた。
 「Nさんは、3回ほどお会いしたけれど、やはりすごくできる人ですよね」
 「そうなんでしょうか」
 「そりゃそうですよね。HRGが透子さんにつけた人だもんね」
 「そうなんでしょうか」
 「そうですよ。でも、そのNさんが沢田さんのことを何も言わないなら、僕が何か言っていいものかな」
 雄介がそう言った時、透子は少し傷ついた。
 「相談したらいけないですか?」
 透子の表情が変わったので雄介は「まずった」と思った。
 「そうじゃないけど…」
 「立木さんとNさんは似てるけど違う人です」
 「似てますか?」
 「はい、なんとなく」
 「へえ…」
 「でも私、相談したかったんです」
 そう言って透子は目を伏せた。
 立木さんまで何も言ってくれなかったらどうしたらいいの、という思いは口にできなかった。
 雄介はあわてて謝り言った。「僕とNさんは、似てるけど違うんですね」
 「はい」
 「そっか。少し嬉しいな」
 そう言ってから雄介は考えた。養子縁組や家族のことを。
 そしてわずかに首を横に振った。
 「ほんとに難しいな。透子さんはもう19歳ですよね」
 「はい」
 「普通養子縁組っていったらもっと子供の時にしますしね」
 「はい」
 「それに透子さんは」そこで雄介は言い淀んでから「施設で育ったし」と言って「僕もそうですけど」と加えた。 
 「はい」
 「そういう場合素直に『お父さんお母さん』とは、ちょっとね」
 「そうなんです」
 「ちょっと無理してでも『お父さんお母さん』て呼んでみるとか?」
 「それも考えたけど、無理すぎるんです」
 「なるほど」
 「立木さんだったらどうしますか?」
 そう言われて雄介は少し驚いて透子の顔を見た。
 「僕だったら?」
 透子も雄介の表情が変わったので少し驚いた。
 「はい」
 「僕が透子さんの立場だったらどうするかってことですか?」
 「はい」
 「それは…」
 そう言って雄介は黙った。
 そして自分が子供の頃に置かれていた環境やその頃抱いていた感情を思い起こして、さらに首を横に振った。
 「ああ、透子さん、僕にはそれすら無理ですね」
 「それすら?」
 「ええ。僕があなたの立場になることなんて、想像すらできないですよ」
 そう言って雄介は苦笑した。

 「つまり、それを想像できるような恵まれた中で育ってこなかったということです。親がいないと言っても僕とあなたは違う」

 それを聞いた透子が息を飲む音が雄介には聞こえていた。

 「親って存在だとか、親のことをどう呼ぶべきかなんて、僕にはほんとに分からない」

 雄介はそう言った後笑おうとしたがあまりうまくできなかった。
 透子は泣きたくなった。
 自分以外の人間のために泣きたくなったのは初めてだった。

 鼻の奥がつんとしたので透子は思わずくしゃみをした。
 雄介ははっとして透子を見て「寒いですか?」と訊いた。 
 「いえ」そうじゃなくて、なんだか泣きたくなったのです、と透子は心の中で言葉を続けた。

 二人は少しの間目を合わせた。
 雄介が先に目を反らし樹脂のカップの中の水を飲んだ。


     ☆   ☆


 その日透子も雄介も別室に呼ばれた。同じ日に二人とも呼ばれるのは初めてのことだった。雄介はやっぱりな、と思った。呼ばれるような気がしていたのだ。雄介はHRG側の職員の質問に答え、話し、椅子に座った。
 「この椅子っていうかシート、座り心地いいよね」と雄介は思うのだった。


     ☆   ☆


 寮に戻った透子は、この日雄介と話したことをNにあまり細かく話さなかった。Nは心のどこかで寂しいと感じる自分に苦笑した。
 二人はキッチンで魚を焼いて大根おろしで食べた。
 透子は魚の小骨をきれいによけて食べ、Nは透子の持つ箸の動きを眺めながら「お魚おいしいわね」と言った。

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テーマ : 自作連載小説 - ジャンル : 小説・文学

息が苦しい。。

 30代に入ってから、果物でアレルギーが出るものが増えてきました。
 アレルギーというか、それを食べるとお腹を下したり、お腹が異常に張って吐いてしまったり、というものです。
 
 代表はりんごです。
 それから、キウイもダメになりました。

 でも父の葬儀で、立派なりんごやメロンを飾ったのです。
 もう、ロウの作り物みたいなきれいなやつです。
 それを実家でも供えているのですが、悪くなってしまうので、頃合いを見て食べてくださいと葬儀社の人に言われていました。
 なので、おとといりんごをもらってきたのです。

 あんまりきれいだし、父の式で使ったものなのでわたしも食べてみたくなりました。
 すごく久しぶりなので、もしかしたら大丈夫になってるかもという淡い期待もありました。

 二日続けて、8分の一切れずつ食べました(さっきも食べた)。
 
 うーん、なんだか胸が苦しい。。。。。
 胃で消化しきれていない感じがします。
 やっぱダメか。。。。

 話が変わりますが、昨日は、うちの団地にJ:COMが入るための工事がありました。
 光ファイバーがテレビ端子まで来るそうです。
 工事だけかと思っていたら、J:COMの営業さんまで二人来て、三人の若い男性がうちの中に。。。

 ひゃっほーい!
 
 ということは全然なく、いろんな変わったものが飾られてる部屋なので、あんまりじろじろ見ないでくれ~、そこはホコリがすごいからやめてくれ~とかヒヤヒヤしていました。

 いろいろ説明されて勧められて、J:COMに加入するといい面もあるというのは分かりました。
 でももう、あまりテレビ見ないし、全然惹かれません。
 
 ていうか、もはや電話回線がNTTじゃなくてもいい、ということにも驚きます(遅いか)。
 いろいろなことが変わりすぎていて、複雑化しすぎていますね。
 プロバイダが何個もあるのはイヤなので断ろう。。。
 
 お兄さんたちが帰った後、ついでなので大掃除をしました。
 震災以降、余震が怖くて飾るのを控えていたものを棚に戻したり、戻してみると「しつこい」と感じられたものは外すことにしたり、クリスタルの浄化なども久しぶりにしてみました。
 
 そういうことができるきっかけになったので、工事に来てもらってよかったです。

 ああ、しかし胸が苦しい。。
 やっぱりんごダメか。。。(味も食感も好きではあるのですが)
 残念だ。。
 

 
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

両目開かず

 昨日は母と国分寺丸井も入る駅ビル内にある「年金相談プラザ」みたいな名称のところに行き、いろいろ手続きをしてきました。
 
 これで、父の死そのもののことに関する処理はだいたい終ったようです。

 いつも行っているあのビルの中にそういう場所があるのを、今回初めて知りました。

 ああ、、、
 しかし。。。
 いろいろあった。。。。
 疲れた。。。
 ていうか、今すんごく眠いです。。。。。

 ひどい日記でごめんなさい。。
 おやすみなさい。。。

 片目(右目)を閉じながら写真アップ↓
  1106kinkan.jpg
 実家のキンカンがアリに食われちょる!
 おどろおどろしいでしょうか、こんな写真。。。
 あいすいません。。。

 

 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

特別じゃないことと特別な話

 昨日はとくに予定がなく、家で溜まった家事をしたりしていました。
 
 このような「日常生活」が戻ると、実家にまだ父がいるような気がしてしまう。。
 そして、「いやいや」と思うのでありました。

 こういうことにも、耐えて、慣れていかねばなりません。
 身近な人を喪ったら、誰もが通らねばならない道だと思います。
 特別なことではないです。

 うちで購読している読売新聞で、ここのところ認知症についての医療記事が続いていました。
 父がそうであった「ピック病」についても取材されていました。

 父の死とその記事のタイミングが重なり、ちょっと、読売新聞のほうに、意見・情報メールを出してみようかと思ったりもしていたんです。
 「ピック病」というもの自体、まだまだ研究が進んでいない難病なので(原因不明で治療法もないので、介護という形になるしかない)、父と実家の家族の経験が、データとして役立つかもしれない、と考えたからです。
 
 でもなんかね。。。

 実家のケースは、たぶん、いくつもの好条件が重なったレアケースなんじゃないかと思うのです。

 *母が病院でヘルパーの仕事をしていたので、介護ができる人間だったこと(これがばかでかい)。
 *わたしがすぐそばで暮らしていること、及びカウンセリングの勉強をしていたということ(他者への「ケア」というものに対してあまり抵抗がない)。
 *わたしの夫と夫の家族の理解が得られていたこと(無理矢理に、かもしれないけれど)。
 *わたしたち夫婦に子供がいないこと(わたしが働かなくてもやっていける経済状況)。
 *兄が実家で同居していて、独身であったこと(父を嫌がる嫁さんがいない。たぶん普通は嫌がるレベル)。
 *メインの介護者である母の兄弟が、みな近場にいて、行き来が盛んであること(逆に父の兄弟はあまり協力的ではなかった。これは悔やまれる点だがいろいろな積み重なった問題がある)。
 *恩人であるインドネシア人のチャネラーに、「家族で介護しろ」と、はっきり言われていたこと(施設に入れたほうがいいか相談したとき、「あんたの両親は愛し合ってるから離したらいけない」と言われ、わたしが本気になった)。
 
 などなど。

 こんなに「(誰もつぶれずに)家族で介護」という選択にハマる条件が揃うことって、きっとあまりないですよね。

 だから、わたしたちの話は、あまり一般化できないのかなあ、と思ったんです。
 つまり、データになるようなものではないのかな、と。
 なので、公のなにかに情報として発信するのはナシかな、と思いました。

 父は入院の前日まで、自分でごはんを食べていました。
 しかも、最後の食事は「うなぎ」でした。
 担当医も、びっくりする話だったようです。
 (ここまでひどくなってるのに、それは信じられない、と言われました(笑))

 とても父らしいエピソードです。

 昨日の夕空↓
  1106soradanti.jpg



 
 

 

テーマ : 親の介護 - ジャンル : 結婚・家庭生活

くぴぴぴぴぴぴ。。。

 昨日は母らと市役所に行き、父のことに関する書類提出や受け取りをしてきました。
 
 みなさまこの手続きがとにかく大変だ、とおっしゃるので、先週から準備して行ったので、処理のめどは立ったようです。
 まだ少し行かなくてはいけないところはありますが、とにかくとりあえず明日はどこにも行かないでよさそうです。

 そうなると一気に脱力してしまいそうです。
 まあいいや。。。
 そんな余裕なかったですから。。。
 
 ていうかもうすでに身体が脱力しはじめています。。
 
 昨日はてんとう虫も見つけました☆↓
  1106tento.jpg
 くぴぴぴぴぴぴぴぴ。。。。。。。
 (もはやまじめなことを書く気力なし)



 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

東京交響楽団特別演奏会 小林研一郎/小林亜矢乃 所沢ミューズアークホール

 昨日は所沢ミューズに、クラシックの演奏会に行きました。
 3月に府中で聴いて感動した小林研一郎さんです。
 
 父の葬儀直後に不謹慎かもしれませんが、前々から行きたいと思っていた演奏会でした。確認すると夫も母も「行けば」と言ってくれるし、今休んでしまうとなにもできなくなりそうなので、動く方向で調整したのです。
 
 父がどうなるか分からなかったのでチケットは取っていませんでした。
 なので朝ホールに電話して、当日券の有無と発売開始時間を確認して所沢に向かいました。

 当日券発売開始時間の午後2時に売り場につくと、いつもミューズで座るエリア(安くて指揮者やオーケストラが見下ろせる舞台右上部)のチケットが残っていたので喜々としてゲット。
 この席を取ったことが、後に驚きの展開をもたらします。

 開場時間まで隣接する公園で読書をして過ごしました。 
 これがなかなかいい時間で↓
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 読んでいるのは聖書です。

 曲目です。
  
 ☆グリーグ ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
  (休憩)
 ☆マエストロによる「運命」のプレトーク
 ☆ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調 作品67 「運命」
  (アンコール)
 ☆ダニーボーイ アイルランド民謡
 
 指揮:小林研一郎
 ピアノ:小林亜弥乃
 管弦楽:東京交響楽団
 コンサートマスター:グレブ・ニキティン

 

 ソリストに関しては、なんの前情報も仕入れずに会場に入りました。
 先入観なく演奏を聴きたいので、聴く前にはあまり調べたりしないのです(そのかわり帰宅後調べる。自分の受けた印象と擦り合わせをしたいからです)。
 今回、それが仇になったかもしれません。いえ、でも、それがわたしの演奏会との関わり方なんだからいいのですけど。。

 前半のグリーグで、小林亜矢乃さんを初めて知りましたが、チラシのお写真で受けたきれいでかわいらしい印象よりもエキセントリックな印象を持ちました。
 弾かれる音もきれいでした。
 ですが、わたしの耳には、少しタイミングがオーケストラと合わないところがあったかな、というように聴こえました。
 指揮者のコバケンさんのことをあまり見ないし、逆にコバケンさんがめちゃくちゃ彼女のことを見て窺っていて、「うわあ、あのマエストロに対して、若いのに度胸あるなあ。。」と思っていました。
 ははは。。。

 後半の演奏に入る前、コバケンさんのプレトークがありました。
 舞台上のピアノが片付いていなかったので、おかしいなと思っていたら、ピアノを弾きながらベートーヴェンの話をしてくださったのです!
 つまり、コバケンさんの弾くピアノを聴くことができたのです!
 (しかも、ピアノソナタ「月光」のさわりの部分や、交響曲第七番の二楽章のさわりとか!)
 コバケンさんの弾くピアノの音は、深くて暖かくて重みがある、その指揮で出される音と同じものでした。

 コバケンさんは福島県いわき市の出身ということで、今回の震災と原発事故にも心を痛めていらして、ご自身挫折を繰り返してきているけれど、苦難に満ちたベートーヴェンの人生にいつも励まされて生きてきた、ということでした。
 そのエッセンスを今日の「運命」から、受け取って欲しい、とお話しされて、後半の演奏に入りました。

 第一楽章はじまり、もうただならぬ空気で、わたしは泣いてしまいました。
 父のこともふと思いました。
 思いすぎると声をあげて泣いてしまいそうなので、我慢しました。
 3月に聴いた小林研一郎さんの音楽を、「手触りがするようなオーケストラの音」と書いたのですが、上から見ていると、コバケンさんは本当に伸びてくる音を手でつかまえて、それを頬に撫で付けたり、口づけしたりされていました。
 ああ、やっぱりそうやって創ってるんだ! と分かり嬉しくなりました。
 第二楽章では、わたしは伸びてくる「ミ」の音を、何度も吸い込みました。
 おいしい音でした。
 第三楽章もほんとにすばらしく、聴いていて思わず小声で「素晴らしい」とか「あ~」とか言っていました。
 それがよかったのか。。。
 
 アンコールは「このたびたくさん亡くなった方々のために」ということで、アイルランド民謡のダニーボーイでした。会場に静かな哀しみが広がりました。
 
 素晴らしい演奏会で、大満足して席を立ったときです。

 隣りにいた一人でいらしていたおじさまに、声をかけられました。

 「小林研一郎さんのファンなんですか?」と。

 この方、拍手の仕方がなんだか上手だし、すごく聴き慣れている感じの方で、わたしと同じ箇所でうなずいていたりされていました。
 だから、少し感動を分かち合いたいと思われているのかな、と思って、わたしは「はい、でも最近からなんです」と答えました。
 そしたら、「楽屋に一緒に行きませんか」とおっしゃるのです。
 その方は、コバケンさんの親友で、演奏会に来ると近くの席の人にこうやって声をかけて誘うことがよくあるとのことなのです。
 
 わたしはびっくりして、でも、自分のレベルは分かっているので「わたしはそのようなところに行けるような人間ではありません」と言ったのですが、いいからいいから、と歩き始めてしまいます。

 わたしはほんとに何も知らないし、専門的な話もできません。

 その方はコバケンさんと同じ大学で、作曲家で、所沢在住なんだそうです。
 わたしは、コバケンさんのプロフィールも頭に入ってはおりませんので、ほとんど「そうなんですか」としか言えません。
 だから、やはり辞退しようかとも思ったのですが、コバケンさんの楽屋に行く機会など、これを逃すともう一生ないでしょう。
 ほんとに感動した後だったので、ぜひ、それは伝えたい、と思って、「ほんとによろしいんでしょうか」と言うと笑ってくださったので、ついていってしまいました。

 ということで、わたしは、「運命」を振った後のコバケンさんと、握手をすることができました。

 ただ、お話をするほどの知識はなにもないし、周りに関係者がたくさんいらっしゃるので、その後下がって頃合いを見て、すぐに失礼しました。
 ほんとに恥ずかしい話、昨日のソリストの小林亜矢乃さんが、コバケンさんの娘さんだということも、知らなかったのです。。。(どうりでコバケンさんに対して堂々としているはずだ。。。) 
 わたしを連れていってくださったおじさまは、その亜矢乃さんのお母さまとコバケンさんを結びつけた張本人だったそうです。。。
 そのこともお話くださってたのですが、よく分からないで「はあ、はあ」と相づちを打つだけでした。無礼なことでした。

 でも、当日券でたまたま取れた席でできた縁で、このような展開になって、わたしはなんだか、見えない力から後押しされてるような感じで、その流れに乗ってしまいました(名付けて「栄光へのエスカレーター」(笑))。

 こんなことってあるんですね。。。

 しかも、その後ふわふわしたまま会場を後にして、駅の近くに出たら、沿道の草むらのクローバーの中に、四葉を見つけました。 
 熱心に探したのではないのです。なんとなく見ていたら、四葉だったのです。
 
 会場は「航空公園」という駅の近くにあります↓
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 昔、基地だった場所を公園にしたようです。だから駅前には飛行機があるのです。
 わたしは四葉をよく見つけますが、このように葉の中に斑がある種類で見つけたのは初めてです。
 少し歩くともう一つありました↓
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 これは紫の花がさく種類の四葉です(帰り実家に寄り、こちらを母に進呈してきました♪)。

 父のいろいろなことで疲れは溜まっているだろうと思います。
 なんと、今も微熱があります(ひー)。
 でも、出てきてよかった、よすぎた、お釣りが来すぎだどうしよう、くらいのことでした。

 案内してくださったおじさまは、コバケンさんにわたしのことを「まだ薄いファンらしいから、濃くなってもらわなくちゃね」と紹介しました。その瞬間、温和なイメージのコバケンさんの表情が、一瞬厳しくなったように見受けられました。
 ほんとに図々しいことをしでかしました。
 だから、これからもっとコバケンさんを聴きにいこうと思います。
 
 

 
 
 
 

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スーツの出番だ。

 父の葬儀に来て下さったのは、檀家になっているあきる野市のHというお寺の副住職でした。
 まだお若いのに、素晴らしいお経で父を送り出して下さいました。
 
 そちらのお寺に、お布施(今は「戒名料」とは言わないそうです)をお持ちするときのために、わたしは先日丸井でスーツを買ったのでした(お布施は高額なので、式で手渡しするのはいけないそうです)。
 正解でした。

 ということで、昨日は母と兄とお寺に行きました。

 このお寺が、けっこう立派なのです(実のところは墓を買ったらついてきた寺だった、ということなのですが。大変不謹慎な言い方ですみません)。
 葬儀社の方は、お寺から提示された「お布施料」の最低額を聞いて(実家はその額でしたが)大層驚いて、「大変格式の高いお寺なのですね」と言われました。
 
 当日のお経を聞くまで、わたしは「ぼったくりめ」と思っていたのです。
 ですが、ちょっとその価値はある、今までに聞いた中でも抜群のお経だったと思います(声がいい(ところどころモンゴルのホーミーみたいな声になる)のと、その宗派独自の作法やお経があるらしく、それがなんだかすごく迫力があり、親族一同度肝を抜かれて大絶賛となったのです。まあ、パフォーマンスでもあるのかもしれませんが)。
 なので、実家の家族も「高いだけのことはあった」と、気持ちよくお参りすることができました。 
 父にとっては、最高の餞別になったのではないかな、と。

 そういう場には、やはりスーツで行くのがいいと思って、それは、わたしから家族に提案したのです。
 なので、母もスーツで、いつもカジュアルな兄もスーツ、わたしもスーツです。
 それが礼儀だし、そうすることで、あちらもきちんとこちらの話を聞こうという気になるのかなと思ったのです。
 見た目と中身はイコールではないとは思いますが。。
 なんというのか、なめられない、ためにも。
 そういう気概は、そのような「格式の高い」人には、伝わるだろうと思ったのでした。
 (でもこれって、常識なのかも、という気がしてきた。。でもあんな寺にこういう用事で行くの初めてで。。)

 四十九日のことも相談し、その後お墓参りをして、五日市のおいしいおそばを食べて帰宅しました。

 これで葬儀にまつわるイベントはいったん終了です。
 来週は役所手続き関係が入ります。
 (こんな感じで、あまり感傷に浸ってるヒマがないようです。でも落ちついたら疲れが出るのかな。。)

 お寺の門と大きなイチョウの木↓
  1106horin2.jpg

 敷地内からの眺めがいい↓
  1106horin1.jpg
 これが父の気に入っていたポイントでした。流れているのは秋川です。

 人なつこい猫がいました↓
  1106horinneko.jpg
 人の手をめちゃくちゃ舐めてくる。。(笑)猫のざらざらした舌の感触は久しぶりでした。連れ去りたいくらいかわいかった。。。。


 *追記*
 くそ不謹慎ですが、あまりにも傑作なのでリンクします(笑)。
 

 
 

 

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葬儀終了。

 本日父の葬儀、無事済みました。

 終わってみるとあっという間です。

 本日も頭の中に入った情報量はすごいかな。
 でも昨日のほうがすごいかな。

 葬式自体は、5年前に舅が亡くなったときに出しているので(喪主は夫)、葬儀社がいろいろやってくれるので、そんなに緊張した、ということではないのですが、父の親族、母の親族の間でいろいろ立ち回ることの大変さというものがありました。これは夫の実家関係とは違う感覚で生じるものでした(子供の頃から知っている人たちだからでしょうか)。

 まあ、やはり格式とかですね、家族間の順位とかですね、やはりあるほうがいいんです。 
 わたしはそう思います。
 基本それに従うという基準がないと、めちゃくちゃになりますよね。
 冠婚葬祭という儀式の中では特に。
 心情的に近いとか、自分の生活の中で日常的にどれだけ功労してるとか、そういう個人的視点で考えるのはダメです。そうしちゃうと、真に「置いてけぼり」になる人が出てくるんです。あらたまった席でそういうのはいけないです。
 わたくしこのたび、そのことを本当に実感しております。 
 加えて、そういう基準の中で立ち振る舞うことが、全然苦にならないということも確認いたしました(ていうかそういう中でぐちゃぐちゃするほうが耐えられない)。

 確実におばちゃん化しています。
 いや、おじさん化、と言ったほうが正確ですね。
 でもこれでいいです。

 もちろん、昨日今日の中で、そういう親族間のことに関する激しい「逸脱」はなかったのです(ところどころヒヤリとするシーンはあった。。それくらいはしょうがないかな、とも思います)。
 ただ、なんだかそういうことをすごく考えたのでした。
 これは、たぶんよいことなのだと思います。

 朝葬儀場に入るときに見つけました↓
  1106asatuyu.jpg
 今日は晴れてよかったです。

 
 


 
 

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滞りなく。

 本日父の通夜無事に終わりました。

 頭の中に入ってきた情報量がハンパないです。
 久しぶりに会う(20年ぶりくらいとか)親族もいました。

 微熱は続いているのです。7度越えの。

 明日は早くから長くかかるので、やすみます。
 おやすみなさい。

 

 

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寒いのがいけないんだ。

 ゆうべブログを更新してから、頭がくらくらっとしたので熱を測ったら37.9度になっており、急いで薬を飲んで寝ましたが、昨日も日中微熱が続いていて、今もちょっと。

 夫の礼服は新調(兄にクルマを出してもらって、近所の「青山」で。ああいうのって結局予算オーバーになる。安いのはあからさまに安いと分かる感じなんだもの)。
 いろいろな用意は一段落かな。

 今日は夕方からお通夜です。
 「おくりびと」みたいなことをしてもらうため、家族はそれより早めに葬祭場に行きます。

 熱上がりませんように。。。



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レッグウォーマー登場の夜

 ほんとかどうか分からないけれど(外に出て測っているわけではないけれど)、今(深夜1時)、東京都下多摩地区の気温、12度ですって!
 12度って。。。
 家の中は、19度くらいかな。。

 寒いの、わたしだけじゃないですよね?
 12度って、冬の最高気温くらいの温度ですよね?
 
 ということで、昨日も寒い安置部屋に行ったり、国分寺に出て銀行に行ったり丸井で買い物をしたりしました。
 うちはうちで、用意するものもあるので。。
 これからないとちょっと困るな、ということで、ちゃんとしたスーツも買いました。わたしのです(20代のときのやつはデザイン古くて(そしてスカート短かすぎて)もう着れない)。
 今日は諸事情あり、夫の礼服を新調する予定です。
 諭吉飛ぶ。。。。。。(遠い目)

 ついでにロフトも見て、気になっていたブルガリの香水「モン ジャスミンノワール」の香りを確認してきました。
 最近新聞で広告を見て気になっていたのです。
 ネットの口コミで「お香臭い」と書いてあったけどわたしは嫌いじゃなかったな。

 
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 でも今使ってる「プールファム」のほうがやはり好きです。
 
 と、買い物したり浮ついたことをして、よい気晴らしとなりました。

 しかし寒いですね。
 ちょっと喉が痛くなってきていて、風邪を引くわけにはいかないので、薬を飲もうと思います。

 あ、昨日の国分寺駅ビルは、空気が澱んでいませんでした。よかった。。


 

 
 

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