最近のお気に入り(豆苗とコンスタンチン・リフシッツさんのゴルトベルク変奏曲)

 胃腸の調子の悪さから体重が落ちてしまい顔がげっそりした感じがするので、さっき、これなら食べてもいいだろう、とせんべいを一袋一気食いしたらちょっと胃がもたれている北美紀です、こんばんは。
 ちくしょうちくしょう。

 今BGMにしているのは、先日不勉強なまま演奏会に行って悔しい思いをしたコンスタンンチン・リフシッツさんのCD、「ゴルトベルク変奏曲」です。
 
バッハ:コルトベルク変奏曲バッハ:コルトベルク変奏曲
(2004/12/22)
リフシッツ(コンスタンチン)

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 先日の反省からCD購入しました。以前氏の生演奏を聴いたバッハのゴルトベルク変奏曲です。
 18歳のときの録音だそうですが、もう年齢とかどうでもいいね、という感じです。
 途中からチェンバロみたいな音色になっていきます(なぜそんなことができる? そして後半、ちょっと高音で音程(調律)がずれていった箇所があるような気がするのはわたしだけだろうか)。
 家事などをしている裏でかけてもいいし(はかどる)、もちろん正座して聴く感じで聴いても聴けます。なんたるこっちゃ。それがバッハクオリティなんだろうか。
 一度生で聴いているので、iMacのスピーカーでも頭の中ではきれいな音で再生されるようです。
 このCD、1000円なんです。コロムビアミュージックから出ています。
 こんなに安いならもっと早くに買っておくべきでした。いや、値段じゃないんですけど。クラシックをCD買ってまで聴くってかなり気合いがいるような気がして……。やはり会場で聴きたいですから。でも家でいつでも聴けるというのもいいものですね。この点も反省です。

 最近気に入っているのは、豆苗。
 スーパーで100円くらいで売っているスプラウト(かいわれ大根などと同じ種から発芽した芽を食べる野菜)です。
 これ、一回使っても、種床(?)を水栽培しておくと再び芽が出て、一週間くらいで再び収穫できるんです。
 25日朝、3日目くらい↓
  1302tomyo1.jpg
 夫は「ドンキング」と言って喜んでいた。誰やねん。
 28日未明↓
  1302tomyo2.jpg
 そろそろ食べごろですね。今夜使おう。
 

 
 
 
 
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最良のお供♪

 どうやら本格的に胃腸のバランスが崩れたようで、基本的に炭水化物や白身魚のようなものしか食べられなくなりました。
 あーあ。
 定期的にこういう状態にもなります。ツキノモノも加わっています。

 でも昨日は図書館で予約していた本を借りられて、それがすごくよい本だと感じられるのでしばらくそれを読んでいようと思います。

 一番乗りで借りました♪↓
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 ヨハネス・ブラームスとクララ・シューマンの書簡集、「友情の書簡」。B・リッツマン編、原田光子編訳。1950年に一度出版されたものがこのたび復刊されたそうです。みすず書房より。
 買うと4500円、小平市よこれを買ってくれてありがとう。


 *おまけ*
 小平中央図書館の庭のケヤキ↓
  1302toshokanki.jpg




  

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30年の蓄積から言いたいこと

 先日「2ちゃんねる」を見ていたら見つけた言葉がある。

 「身の振り方を決めるまでは、人は目の前のことに集中できないものだ」

 至言だ。
 こういう言葉を見つけることがあるから、わたしは匿名掲示板を見ているのが好きだったりする。どこの誰とも知らない誰かの歩んだ人生に裏打ちされたであろう言葉(なにかビジネスっぽい話題のスレッドで見つけた言葉だったと思う)。
 
 確かに身の振り方を決めるというのは大変なことであり、そういうことに悩んでいる間はまともな仕事はできないのかもしれない。
 以前何かで読んだのだけれど、人にとって(動物にとって)「決める」ということほどストレスのかかることはないそうだ。
 出典が分からなくてどうしようもないのですが、それはラットかマウスを使った動物実験で、えさを食べるためには電流が通った通路を通らないといけないという装置の中で飼育したら、一週間(この期間はうろ覚え。確かこれくらいだったような)でラットの胃に潰瘍ができたとか。つまり、それが「決定」へのストレスの現れだというのだ(ごはんを食べるためにはイヤなものを通過しなくてはいけないと分かっていて、それをするか、という毎回の逡巡)。
 この実験、どこの誰がやったのだっけかな……、ちゃんとデータを控えておけばよかった。ネットで検索しようにも研究者の名前も組織の名前も実験の名前も分からないのでどうしようもないのです。申し訳ありません。

 人間の社会は複雑で、このような「食べていくためのこと」以外にも決めなくてはいけないことはわんさとあったりする。
 そういうときに、意外に役に立つのが「占い」だ。

 ***

 最近夫が職場で部下との人間関係でちょっと大変な思いをしている(夫は中間管理職)。
 上司としてできることはしたのだけれど、若い人との間に感情的なしこりがあるらしくそこから今までの自分のやり方に疑問を抱き始めたそうで、なにやらいろいろと反省しているらしい(若い人にすり寄ろうとしているのではなく、上に立つ者としての自分の甘さなどを反省しているということ)。
 こんなことをわたしがブログに書くということは、わたしがそういう夫の話を日々聞いているということに他ならない。 
 専属カウンセラーでんがな。
 無料。だからわたしは専業主婦♪
 
 とふざけたことを書いていてもしょうがない(汗)、夫の職場もずいぶん複雑に人間関係が絡み合っていて(どこでもそうなんだろうけれど)、聞いているだけで息苦しくなってきたりもする(夫の抱える感情がわたしに転移する。それが一番きつい)。
 わたしはずっと外で働いていないし、どうしたらいいのかなんてのは分からないけれど、とにかく夫の話を聞いて、夫が吐き出せるように仕向ける。挑発のようなこともする。夫は自分からはなにをどう話していいのか分からないほど怒っていたりするからだ。彼はそういう「塊」を抱え込んでいて、それが分かるからわたしはそれを出させたい。
 そういうことをしなくてはいけないときは、精神的にすごく大変だ。
 昨日は朝までそういうことをしてしまった(夫は30分仮眠を取って仕事に行った)。わたしにも悩みはあるから、それも絡めながらずっと話をしていた。
 そして吐き出して苦闘して、もうこれ以上今はなにも出てこない、という残りかすみたいになるとき。
 わたしは、それが占いをするに一番いいタイミングなんだと思っている。

 ***

 そういうときにすべき占いは、タロットであるとか、易経であるとか、そういう「そのときの偶然性」に頼ったものがいいと思う(基本的な性格や人生の傾向など「固定されたもの」を視る占星術などではなく)。
 そのときの行動の指針になるようなものであるべきだ。
 なぜなら「指針」なんて、残りかすみたいになった自分の頭では見つけられないからだ。

 先日記念展示室を訪ねた市川房枝さんも、不遇の時代には毎日のようにトランプ占いをしていたという。
 きっとそうやって、日々をつないでいたのかなと思う。今日を生きるために、明日も生きるために、カードに出たものを読む。
 それでつなげられるものというのが、あるのだと思う。

 夫とやり取りして残りかすになったわたしは言うべきことも見つけられず、自分のタロットを取り出して夫のために占った。
 出てきたカードはどれも「これ以上はないよね!」というドンピシャなもので(現在の状況が「魔術師」の逆位置で自らの狡猾さが足下をすくう暗示、指針として出たのが「審判」の正位置で、謙虚になる必要性と改善の余地はまだまだあるということ)、目が開かれる思いがし、残りかすになった頭の中に風が入るのです(そして夫は「憑き物が落ちた」みたいな顔になる)。
 そうすればまた歩き始めることができる。
 そういうことも起こるのが占いだ。

 きちんと自分が慣れて使える「占い」というツールを持っているのは、わたしは悪いことではないと思う。トランプ占いでも、タロット占いでも、自分の内面を真剣に見つめて問題を認識して「えいやっ」とカードを引くと「ああ! そうだった!」というものが出るものだ。
 それは、自分の残りかすのような頭でいくら考えても、絶対に行き着けない発想をもたらしてくれる、と、わたしは経験的に思う。
 そしてその発想が、次の「身の振り方の決定」へつながっていく可能性は大いにあると思う。
 (でもその前に、占いへの依存とか、反発とか、いろいろな段階を経なくてはいけないけれど、それを超えられたらそれは心強い味方となる。だから熟練するにはきっと何十年もかかる。わたしは占い歴30年♪)

 わたしが使っているタロットカード。今まで何回かブログで紹介したことがありますね。
 これはもうわたしのパートナーとも言えるものになっています。
  
The Unicorn Tarot DeckThe Unicorn Tarot Deck
(1995/09)
Suzanne Star、Liz Hilton 他

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 ***

 わたしはわたしでいろいろと悩んでいることがある。
 それは定期的に起こることなんだけれど、自分に何か新しい要素が芽生えてきてそれを伸ばしたいと思い始めると、周囲の人との間に摩擦が起こるような態度や考え方をしてしまうのだ。
 特に母親にはそれを投影してしまう。
 だから関係から距離を取るのだが、そのことに罪悪感も抱くのだ。
 これはわたしがずっと悩んでいる問題だ。
 これについてもわたしは最近悩んで考えて、残りかすみたいになっていた。
 だから夫にタロットを引く前日、わたしは自分のためには「チャネリング」をしたのだ。
 そのときもらった言葉が、そこそこいいものだったので、少しおすそわけをしようと思う(多くの人にとってもヒントになる言葉、視点だと思えたから)。
 以下、わたしとエノーラという「存在」の「会話(筆談でのチャネリング)」の一部。

 =======================

  美紀:新しくなっていきたいという思いと、誰かを大事にしようとする気持ちが相容れないの。

 エノーラ:そんなことはありません。そして覚えていて欲しいのは、あなたが新しくなっていくのを見せることが、相手にとって最上のことである場合があるということです(註/相手はすぐにはそうは認識しないかもしれないけれど、というニュアンス)。そして今のあなたがそうであるってこと。そういう時は、あなたの内なる感覚を優先させるのでいいのです。誰かにとって何が一番よいかは、事前には、あなたにも相手自身にも分かっていないということがままある、ということも覚えていてください。
 
 美紀:なるほど。


 =======================

 少し分かりにくいと思いますが、最後の「相手にとって何が一番よいかはなかなか分からないものだ」というのは、わたしが相手が喜ぶことをするのが相手にとっていいことなんだ、と単純に思っているフシがあることと関連します。
 でも、エノーラのこの言葉は、そういうわたしの発想が傲慢であることを教えてくれる。
 こういう発想は、自分の思考からは出てこないし、やはりわたしはこの「存在」の言葉を、自分で作ったというよりは「聞いた(言われた)」と感じます。チャネリングという現象については、脳の機能としてどういうことであるか、わたしはまだ(きっと誰もまだ)よく分かりませんが、それがわたしの目を開かせ、新しくなってみようという勇気をくれるものであることは確かです。
 
 ちなみに、わたしはしょっちゅうタロットを引いているけれど、夫がそこまで追いつめられてこのようになるのは、2~3年に一回くらいです(名誉のために書いておこう)。今回久々にでかかった。がんばれ夫。
 





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冷え性が真冬(並に寒い日)に日帰り入浴をするのは是か否か

 わたしは元々、外で風呂に入るのが得意ではない。
 湯上がりにやらなければいけないことがたくさんあるからだ(あれを塗ったりこれを塗ったり、急いでやらなくてはいけない)。
 家でだったら人目も気にしないでいられるし、勝手が分かっている。
 
 今年の誕生日に近所の多摩湖畔のホテル椈水亭内のレストランで食事をしたら、ホテル内の大浴場(温泉ではなくて竹炭風呂)の入浴割引券をもらえた。通常840円のところが500円。
 使用期限が2月末までだったので、昨日休みの夫と行ったのだった。

 女風呂は2階にある↓
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 素晴らしい眺め。子供の頃から大好きな多摩湖を眼下に眺めながらお湯に浸かれる。わたしはマッパ仁王立ちで多摩湖を見下ろした。
 (ちなみに平日だからか、このときわたし以外には一人のお客さんしか入っていなかった)
 床や体を洗う場所には大理石が使われていて、高級感だってある。サウナもある。
 
 しかし。
 昨日は真冬並みの寒さ。2月も下旬だというのに。
 しっかりあったまったつもりだったのだが、脱衣所が妙に寒かった。窓の近くだったのがいけなかったのかもしれない。
 髪を乾かすドライヤーは、出力が弱くて、わたしの長い髪はなかなか乾かなかった。
 その後ラウンジでケーキを食べたけれど(ケーキセットの割引券ももらっていたため)、ラウンジも妙に涼しかった。
 節電ですかね、ぶっちゃけて。
 
 帰りの駅ではホームで少しの間電車を待った。寒かった。
 帰宅する前寄ったスーパーも、あまり暖房が効いていなかった。

 結果わたしはゆうべ、お腹を激しく壊したのだった。
 たぶん、ブーツじゃなくて革靴で行って、足下の防寒を若干怠っていたのがいけなかったのだ。

 結論として言いたいのは、冷え性が真冬に日帰り入浴(温泉)に行くのは、「否」である。
 あくまでもわたしの結論であり、すべての人にとってもそうだと言いたいのではない。
 (たぶんマイカー族でドアtoドアであればいいし、これが旅先の宿泊施設でお風呂から上がったらすぐに部屋に戻ってお布団に入れるのなら全然「是」だ)

 しかし、わたしは最近都内の有名デパートだのに行っていないので分からないのだけど、そういう施設でも暖房の設定温度はやはり311以降下げられているのだろうか。。ちょっと昔の感覚で行くといけないのかもしれないのか? それともわたしの冷え性が悪化してるということなのか。。。
 
 
 *おまけ*
 閉園後の西武園ゆうえんちのアトラクション↓
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 ジェットコースター↓
  1302coaster.jpg


 
  
 
 
 
 

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最近見つけたおすすめ商品

 ここのところ少し部屋の模様替えなどをしているのですが、うちは狭いので収納を工夫しなくてはいけなくて、そのためにいくつか家具を換えたりしました。
 今日、最後の収納グッズがAmazonで注文したお店から届いて、とりあえず一段落というか、思っていたように収納ができたので今満足しているのです。
 買ったのは連結できるバッグハンガーです。 
 
山崎実業 ジョイントバッグハンガーチェーン S 6連 ホワイト 06510山崎実業 ジョイントバッグハンガーチェーン S 6連 ホワイト 06510
()
山崎実業

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 うちで使っている様子を写真に撮って載せるのがいいとは思うのですが、色が暗くてよく分からないので上のリンクをたどってみてくだされば、どういうものか分かると思います。
 すごい便利ですよ。。。
 玄関先に普段着のコートなどをかける小さめのハンガーラックを買ったのですが、そこにかけて使いました。とりあえずジョイント3つ分。
 バッグラックは、不織布でできた箱のようなものがタテに重なっているものがあって、
 
WORTHY WORK BASE バッグホルダー SA609WORTHY WORK BASE バッグホルダー SA609
()
エーワン

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 はじめはそれを買おうかと思っていたのですが、箱に入れる形だとバッグがへたって型くずれする可能性があるとか。
 なのでバッグの取っ手から吊るせる形のこの商品にしてみました。
 それまでも吊るせる家具にかけておいたのでバッグの形はキープできていたのですが、その家具を処分してしまった(実家にあげた)ので、どうしようと思っていたのです(少しの間床置きしていただけでちょっと型くずれしたバッグもある)。
 とても便利で、こういう商品を考える人っていうのは素晴らしいなあと思います。
 ジョイントが6個もあるので、分けて使えるのも嬉しいです。素材はスチール製でしっかりしています。
 超高級品ではないけれど、気に入っているよいバッグがいくつかあるので大事に少しでも長く使うために買ってみました。場所も取らないし正解でした。
 
 あともう一つ最近買って正解だったのは、エテュセという化粧品会社の美容液です。
 
エテュセ 薬用アクネ スキンバージョンアップEX (85ml)エテュセ 薬用アクネ スキンバージョンアップEX (85ml)
(2008/10/09)
Ettusais(エテュセ)

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 これはわたしが使っているんじゃなくて、夫用です。

 毎年秋が深まってくると夫の顔の肌が乾燥して荒れてくるのですが、今年は目も当てられないレベルに皮がむけてしまうようになりました。
 なのでわたしがリップパックなどに使っている無印良品の化粧用オリーブオイルでお茶を濁していたのですが、これだと効果が弱いし、かゆくなるというのです。
 でもわたしは顔には20年以上「れんげ化粧水」というレモン果汁でできた特別な化粧水を使っていて、これは使用方法が少し難しいし、合う合わないの個人差が激しいので夫に使わせるのはためらわれました。
 そして20年以上もスキンケア化粧品について一つのものしか使ったことがないから、世の中にどういうよいものがあるのか、わたしはよく知らないのです。
 それで困ったなあと思っていたのですが、先週パスポート更新のために出かけたときですが、行きの西武新宿線の中で夫としゃべっていたら、夫の顔の肌荒れがやはり気になるのですね。
 それで、これから写真を撮らないといけないし、あれではつっぱって本人もきつかろう、と思ってどうしようかと考え、途中の乗り換え駅の高田馬場でBIGBOXというファッションビルがあるので、そこの雑貨屋さんでなにか基礎化粧水を探してつけよう、と思い立ったのです。
 そのお店で見つけたのがこの商品でした。
 ボトルのデザインとかがきれいだなと思ったし、とにかく一か八かで試供品を夫に試してもらったんです。
 そしたら、一日中夫の顔はもちもちしていて、おお! と思ったんですね。かゆくなったり肌荒れしたりはしませんでした。
 なのでちゃんと買ってみたのです。面倒くさがりの夫も文句を言わないで毎日使っています。今のところトラブルなしです。
 こちらの商品、無香料、無鉱物油、アレルギーテスト済みです。
 今なら店頭だと20mlの携帯用の小さなボトルがおまけでついてるものが出回っているのでお得ですよ!
 

 
 
 

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口直しなしのぼやき日記

 右ひじの痛いのがまだ続いているのですが、ブログの更新を休む(=調べたりしないからネットもあまりしない)と痛みが軽くなります。
 けれど休むのが続くと文章を書く勘が鈍るので、ほどほどにしないといけません。
 もしかすると年齢を重ねるというのは、そういうさじ加減を自分でコントロールする術を身につけるってことかもしれません。
 そういえばひじが痛くなってから、それまでよりもさらに物を落とすことが増えました。落とす、そしてぶつける、ぶつかる。危険すぎる。
 これも30代中盤からですが、ものの距離の目測を誤ることが増えてるんですね。なにかを置こうとして届くと思ってたら届かない、とか、そういうことが増えている。一つ歳上の夫もそうだと言います。それにひじの痛さが加わったのでさらにひどいのです。
 あと、先日風呂やレンジフードが新しくなり、連動させて少し家具も取り替えたりして模様替えしたのですが、そうやって住まいをきれいにすると、常にきれいさを維持したいと思うようになるんですね。
 だから前よりもムキになって片付けをします。そうするとつまりものを落とすことが増えるんです。
 アホか。
 それで、きれいにしようと心がけると、ものが曲がって置かれているのが視界に入るとそれも気になり、そこに気を取られているときにものを置こうとすると落とす。
 片付け無限地獄。。。
 あれ、全然さじ加減できてないじゃんか。。。。

 ゆうべ、深夜に録画していた映画を観ました。
 一応タイトルを書くと「クララ・シューマン 愛の協奏曲」という2008年のヨーロッパ映画で、監督は ヘルマ・サンダース・ブラームスという女性監督です。公開時から観たいなと思っていたものでした。
 クララ・シューマンというのは、「トロイメライ」で有名なロベルト・シューマンの妻で、19世紀中盤に活躍したピアニストです。
 そこにシューマンの弟子で、クララを敬愛するヨハネス・ブラームスが加わり複雑な三角関係を形成する、というのが映画の内容で、それは史実に基づいたものになっています。
 この3人のことは伝記で基本的なことは読んでいたので、そんなに目新しいものはありませんでしたし、なんだか消化不良な感じで終わってしまいました。
 監督は名前からも分かるように、ブラームス一族の末裔です。
 ヨハネス・ブラームスは生涯独身だったため、ブラームスの兄弟の子孫だそうです。
 しっかし血なまぐさい。
 映像から出てくる雰囲気が全体的にそこはかとなく血なまぐさいのです。なんだろあれは。
 あーあ、だから女はダメなんだって言われちゃうのよー。
 と、がっかりした次第であります。
 女性監督の映画ってそういうのが多いような気がします。ジェーン・カンピオンとかもちょっとなあ。そういえばこのブラームスさんの撮った「エミリーの未来(1984)」は昔録画していたので何度か観たけれど、あれもすごく血なまぐさかった。でも徹底してそういう路線だったので、あれはあれでよかった。でもこの「クララ・シューマン 愛の協奏曲」は中途半端に臭わせていて体裁は文芸映画っぽくしているから余計気持ちが悪い。

 わたしは10代の頃から実在した芸術家の伝記映画をそれなりに数観てきているのですが、ブラームス一族の末裔が撮ったということで期待していたのですが、がっかりでありました。(蛇足ですが、やはり女性監督が撮った若かりし頃のジョン・レノンの映画「ノーウェア・ボーイ」も、観てて気持ち悪かった。夫も同意見)

 クララとブラームスについてはもうちょっと知りたいなと思ったら、小平市の図書館に1月に出たばかりの二人の書簡集があるようなので予約してみました♪(新刊なのでまだ準備中。たぶんわたしが一番乗りで読めるのかも♪ きれいに読まなくちゃ!)
 
  

 

 

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言葉からの解放を!

 なんちてなんちて!

 頭がパンパンになってしまったのと、長いブログを書くとやはりまだ右ひじが痛くなるので、写真日記にします。

 先週のどこかで見つけた猫↓
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 おまんじゅうみたい!!

 まんじゅうを撫でる↓
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 去年の秋頃、まったく同じような構図で同じような猫を撫でる写真を撮ったような気がする。。でもこれは別の猫ちゃんです。

 先週買ったチューリップ↓
  1302tulipopen.jpg
 昼間暖かいと開くのですが、夜になって部屋の温度が下がると少し閉じるというのをくり返しています。

 買い物の道すがら:1↓
  130217soracenter.jpg

 買い物の道すがら:2↓  
  1302soratuki.jpg
  月がいます。

 そういえば、先日のロシアの隕石のニュースはすごかったですね。
 動画をまとめたものがあったのですが、それがすごくきれいで(地上で隕石の光からできた陰が隕石の移動に応じて動いていくのがなんかすごい)、不謹慎だけど見惚れてしまいました(死者が出てないようでよかったです)。
 
 こういう動画を世界で共有できるのってなんだかいいですね。
 



 

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飽和している

 昨日は録画しておいた映画を観たり、録画しておいた報道番組を観たり、小説を読んだりしたのですが、そのどれもがよかったなあと思え、もうどれを書いていいのか分からない、という感じです。
 頭が情報過多みたいになっているのかもしれない。ショートしそう!
 それにゆうべお腹を壊していたので、体力が落ちているような気がする。

 とにかく世の中にはよく探せばいろいろとよいものがあり、そういうものをキャッチできる感度を持っていたいなと思うのであります。

 今日は寒いので夕ご飯はお鍋にしようと思います。


 *おまけ*
 おととい新宿の古本市で見つけた図録を飾った祭壇↓
  1302saidan.jpg
 イタリアルネッサンスの絵画展のものです。300円でした。表紙はラファエロの「聖家族」の一部。すてき。
 これもすごくいいものだけどもう頭がパンパン。。。。。

 昨日の空@ベランダ↓
  130216sorabera.jpg

  
 


 
 

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美しいトランプ 市川房枝記念展示室を訪ねて

 昨日は夫と、パスポートの更新をするために新宿の都庁に行きました。
 雨の都庁までの道、激寒だった!!↓
  1302tocho.jpg

 来月で期限が切れるため。10年用です。
 去年は(おととしも)海外に行かなかったし、たぶんもう30代の頃のようには海外旅行もしないと思うのですが(多い年は年に3回行ったりしたので、でもそのうち2回は台湾ですが)、パスポートが切れている状態ってなんだか気持ちが落ち着かないような気がします。身分証明にもなるし。
 前回のパスポートの10年前の写真と、今回撮ってもらった写真を比べるとやはり顔が老けました(笑。夫も同じく)。
 でも、順調におばさんになれているな、と、少し誇らしい気持ちでもあります。実はわたしは30代中盤以降、自分はどうやっておばさんになったらいいんだろう、と、真剣に考えていました。たぶん20年後には順調におばあさんになるために悩むのだろうと思う(ここでのキーワードは「順調に」です)。
 今回は時間がなくて(めんどくさくて)用意してなかったため、少し高いけれど旅券課のすぐ近くの写真館でお店のおじさまに写真を撮ってもらいました。カラー2枚で1500円。前回などはボックスのインスタント写真で済ませましたが、やはり人に撮ってもらえると気分はいいかもしれません。ちょっとだけ贅沢です♪ ちなみにすぐに書類に貼れるようにぴったりサイズで渡してもらえて、それもとてもよかったです。

 
  ***


 その新宿都庁に行く前に、訪ねた場所があります。 
 今日ブログでメインに書きたいのはそのこと。

 わたしは最近テレビもよく観るようになっていて、よさそうな映画やドキュメンタリー番組などは録画しています。BSでチャンネルが増えたので、映画など観たかったものをやったりしていて嬉しい限りなのです。
 そういうものを番組表で見つけて予約するのも一興なのですが、なんとなくつけたテレビで自分に関係するような内容のものをやっていて引き込まれるというのもかなり嬉しい体験です。

 先月そういう体験になったのは、NHKのEテレでやっていた「日本人はなにを考えてきたのか」というシリーズ番組でした。
 わたしはこの番組を全然知らなかったのですが、明治~大正~昭和という、近代から現代にかけての日本人が激変する社会の中でどういう事件を経験し、どういう思想に触れていき、どういう選択をしていったのかというのを毎回テーマを決めて、レポーターも毎回変えて追うというものでした。わたしがたまたま観たときはすでに昭和のシリーズに入っていて、その日は戦前に民間の間で広がった「大本教」という新興宗教とその出現を受け入れた社会背景などについて追ったものでした。
 「大本教」は、教祖が貧しい農民で突然神懸かりになった(つまりチャネラーとなった)出口なおという女性で、それはチャネラーであるわたしに関わる話なので見入ったわけです。
 大本教については、気にはなっていたけれどよく知らないできていて、この番組で大枠が分かったのでよかったです。
 出口なおはいつかブログに取り上げるべき人なのかもしれませんが、まだまだ不勉強だし、この方に対してはそこまで親近感は湧かないので(わたしはアメリカから入ってきたニューエイジ思想の上での「チャネリング」の洗礼を受けているので精神的背景が違う気がする)、いつかそういうときが来るならば、という感じです。頭のどこかには留めておきます。

 
 ***


 話が長くなっていてすみません(最近そんなんばっかですね)。
 それで、その番組がとてもよくできていたのでこれは毎回観なくては! と思い、それから最終回まで観たのですが、その最終回に取り上げられていたのが女性解放運動についてなのでした。
 その中では「原始、女性は実に太陽であった」というフレーズで有名な平塚らいてうさんと、女性参政権で政治活動をされた元参議院議員の市川房枝さんがクローズアップされていました。
 平塚らいてうさんは高校のときに習った気がするのですが、わたしは市川房枝さんは存じ上げないできていました。

 番組では、この二人の女性が、戦前から女性の地位の向上、復権のために尽力したことを取り上げていましたが、お二人とも、戦時中は言論人や活動家として戦争を肯定するような発言をし(軍部からの要請を拒否できなかったということらしいですが)、その後その反省から戦後の女性参政権獲得や権利獲得のために本気で闘ったということをがまとめられていました。番組では平塚さんが「かけ声」をかける人で、市川さんがそれを実現させるための実動部隊だった、という印象を受けました。

 わたしは女性解放運動やジェンダーについて詳しくはないのですが、この番組で日本でそのあたりのことがどうであったかの最低限ギリギリのラインが見えたかなと思いました。

 でも女性解放運動や女性の復権というのは、以前読んだ「魔女とキリスト教」でも少し触れられていて、そこでは「魔女狩り」を反転させた20世紀ならではの現象だという言い方もされていました。わたしはその中で占いや魔術の復興が叫ばれたのが、後のフラワーチルドレンや、ニューエイジ思想に大きな影響を与えたのでないかと思います。
 そう考えると、女性解放運動はチャネラーであるわたしには無関係なものではないのです。
 チャネラーであるということを公言しても、中世のヨーロッパのように殺されないですむのは、女性解放運動があったからだとも、言うことは可能かもしれません。
 そうなると、つながりは感じるのです。

 そう思っていたところ、その番組の放送後に、読売新聞で「市川房枝展示室」がリニューアルオープンしたという記事も見つけたので、行ってみたいなと思うようになりました。
 調べるとその展示室がある「婦選会館」は都庁の近くにあるということで、昨日、パスポート更新の手続きのついでに、足を伸ばしてみたということなのです。


 ***

 
 婦選会館は代々木にありますが、都会の雑踏から一本脇道に入っただけでまるで軽井沢にでも来たような静けさを感じる場所にあり、その中もきれいに整備された驚くべき美しいスペースでした。
 二階の会議室のドア↓
  1302door.jpg 
 まるで板チョコレートのようで、とてもすてき。ちなみにおトイレの洗面台スペースなどもきりっとしていてすてきでした。

 なんだろう、市川房枝さんという人が、とても趣味のよい人だったのだとしか思えません。
 まずその場の雰囲気に感銘を受けました。

 会館では1階でなにかセミナーのようなものがされていましたが、わたしたちは二階の展示室だけを見学させていただきました(資料代が300円かかります)。
 最近リニューアルされたばかりだそうで、中がきれいだし、資料の展示の仕方もとてもきれいだなと思いました。

 居宅を再現させたスペース↓
 1302husaeheya.jpg
 すてきですよね。。。。

 愛用の靴↓
  1302husaekutu.jpg
 アメリカで購入して10年以上履いてらっしゃったとか。ヒールは4センチくらいで、つま先がたぶん蛇革。とてもすてき。。。。。
 愛用の茶道具などもみんなすてきでした。腕時計は男性用のオメガで、それもすてきだったな。。。。

 でもわたしが見たかったのはこれ↓
  1302husaetrump.jpg
 愛用されていたトランプです。
 
 市川房枝さんは、戦後に戦争を後押ししたとされて政界から追放処分を受けて活動禁止となり、田舎に引きこもって自給自足の生活を数年されていたそうなのですが、その頃、このトランプを使って、毎日トランプ占いをされていたそうです(その後処分は解かれます)。
 番組で、養女さんが出てこられて語っていました。

 わたしが、市川房枝さんに惹かれたのはこの話にとても心を揺さぶられたからです。

 市川房枝さんは子供時代から成績優秀で、大人になってからは小学校の先生になられて新聞記者にもなり、その後平塚らいてうさんとの出会いから婦人運動に参加され政治家になられました。お亡くなりになったときにも参議院議員でいらっしゃいました。立派な方です。
 そういう方が、本当に苦境に立たされたとき、トランプ占いを心のよりどころにしていたというのです。
 切ないではないですか。
 女らしいではないですか。

 自分と同類だとして、市川さんをおとしめようとしているのではないですよ。

 ただ、どうしてもこのトランプを見てみたい、と思ったのです。
 裏の柄もとても美しいトランプだと思いませんか。
 これが展示室に置いてあるかは事前には分からなかったけれど、奥の棚に見つけて(夫が先に見つけてくれた)、とても嬉しくて「会えた」という気分になったのです。

 わたしは政治のことはよく分からないし、不勉強でとんでもないですが、こういう、自分が少しでも参考にしたいと思える生き方をされた女性に出会えると、とても嬉しい気分になります。
 
 順調に歳を重ねた方の顔写真が年代順にある↓
  1302husaekao.jpg
 圧巻だったかも。

 展示室では、市川房枝さんの活動に合わせた詳しい年表や、原稿が掲載された雑誌、書かれた原稿などもあります。市川さんが書かれた文章を読んだら、子育てもしてみればよかった、と思えたりもしました(諸事情鑑み、ちょっともう無理だと思いますが……)。

 よい場所を訪問できたと思っています。
 婦選会館のHPは → こちら
 
 最後に、政治にうといわたしですが、選挙だけは必ず行こうと改めて思いました(でも今までも行かなかったのは数回くらいですが)。




テーマ : テレビを視て - ジャンル : 政治・経済

ロートンヌ クランキージェットシティ と母に話したこと

 先日秋津ロートンヌで買ったチョコレート↓
  1302choco.jpg 
 このうちの小さいものが数点、兄のところへ行きました。
 つまりそれは、チョコレートを届けに実家に行ったということですが、そこで母と少し話をしました。母とは日常的に話はしているので「話をした」と改めて書くというのは、それなりにまじめな話をしたということです。
 それは最近ブログにたびたび書いた「一区切り感」に関わることですが、今の自分がなにを重要視しているのかということについて、話を聞いてもらったということです。
 
 どうも最近母はわたしの顔が「怖くなった」と思っているようで(笑)、それに戸惑いや心配があるそうなのですが、わたしも夫も、そういうことについてもずいぶん話をしていて、それでいいとしているということを説明してきました。
 ここ数年のことですが、わたしはそれまでいた占いなどの分野を超えて、演奏会に行ったり、美術展に行ったりきちんとした本を読んだりして少しずつ勉強してきたので、いろいろなことを考えるようになったし、それをちゃんとした言葉に置き換えたいとも思うようになっています。
 そういうわたしの変化を、母は複雑な思いで見ていたそうなのです。
 まあ、母からすればわたしはそれなりによい娘で(経済的に実家に頼るなどのことは、結婚後一切したことがありませんし、金沢には毎月仕送りしているし、夫婦できちんと生活しています)かわいがってもらっていますから、そういう対象が「かわいくなくなっていく」のは嫌なのかなと思います。
 でも、父の介護も多少は手伝ったし、その父も亡くなり実家も新築したわけですから、そういう面でも一段落というか、人生の一つのタームを終えた感じはあるのです。
 だからもっと勉強もしたいと思える。それは、もっと人間の心の仕組みや人間の作る文化・芸術などについて知りたいということです。
 夫も同じ欲求を持っています。
 わたしたちはそれでいいと考えているし、それを分かち合っていこうと考えています。
 でも母にはそこまで話をしていなかったから、わたしが難しいことをしゃべくって夫をうんざりさせているのではないかと心配していたそうです。
 でも夫も同じように勉強したいと思っている人なのです(30超えてから放送大学に入学して6年かけて卒業した人ですから)。
 それに、たった数年でも少しは勉強してきたという自負がありますが、それって、それだけ自分には分からないこと、知らないこと、分かったつもりになっていたことに直面するということで、それはつまりわたしはそれだけ悔しく恥ずかしい思いをしてきたということであります。まだまだ全然足りないけれど。
 わたしはそういう思いを味わうことが「勉強をする」ということであるのだと思いますが、それでもわたしには人間を知りたい欲求があるし、今まで少しであっても蓄積させてきたことを無駄にするのも嫌だから、母から怖がられようともこのまま進んでいくし、夫ともそれで了解しあっていると告げてきました。
 「ならばなにも言うことはない」と言ってもらいました。

 いい大人ですから、いちいち母にそんなことを説明する必要はないのかもしれません。
 でも、大事な相手だからこそ、100%理解されることはないにしても、どういう気持ちでいるのかを知ってもらうのは大事かなと思うのです。
 甘いかもしれないけれど。
 甘えかもしれないけれど。


 夕食後、夫とロートンヌのチョコレートを食べました。
 クランキージェットシティ↓
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 これはいちご味、バレンタイン仕様で1280円。
 夫は昔「ブランキージェットシティ」を少し聴いていたので(浅井健一は暴力事件を起こしてからダメになったね!)、こちらのロック好きのオーナーパティシエの趣味と合うかと思いまして。
 不気味な裏面↓
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 このつぶつぶがパフになってて、さくさくの食感を演出しているのです。
 果たしてお味はおいしかったでございます。
 一枚一気に食べられそうなおいしさ。我慢したけど。
 甘過ぎないのです。
 ロッテのガーナチョコレートと食べ比べてみたけれど、ロッテは甘すぎて一枚一気にはいけない。やはりその辺で売ってるものとは違います。
 
 ロートンヌは全体的にあまり値段も高くないし、よいお店だなと思いました。

 


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幸運な商店街

 今日はよい暗示が感じられる夢で目が覚めました(わたしは19歳の頃から趣味でユング系の夢判断をしているので、自分の夢のパターンは多少把握しています)。
 先週わたしは、ちょっとぽっかりとした穴に身を落とした感覚があったので、ホッとしました。
 だいたい経験上、本当に「穴」の中に入って底にいる時間というのはせいぜい三日なんですが(いえ、底そのものは半日くらい。底に向かう前段階を含めると3日)、それがずっと続くような気がしてしまうから問題なのです。そこで耐えきれなくて取り返しのつかないことをしてしまわず、どうにかやり過ごすと(でも夫には八つ当たりをしますが)、再び浮上して、わたしの場合よい暗示の夢を見て完全に終わったのだなと知るという感じです。
 わたしはそういうことをもうずっとくり返していますが、そのくり返しそのものがなくなるとはもはや思っていません(昔は思っていた)。底にいることへの対処の仕方を少しずつ洗練させていくということはできると思っていますし、それを目指すことが大人になるということかなと思っています(なくそうとするのではなく)。
 そして「出てきて」、改めて世界を見てみると世の中は2月中旬にさしかかっていて、もうすぐバレンタインだと知りました(浦島太郎みたいだ)。
 そんなロマンチックなことはあまり関係ないかなと思ったのですが、指輪のことなどもあったし、夫にチョコレートをあげようと思い(こういうのは自分のへそくりを使います)、都内北多摩地区ではけっこう有名な菓子店、秋津のロートンヌに行ってきました。
 
 ロートンヌのチョコレートは14日に食べて感想を書こうと思いますが(わたしも食べるのですよ)、この秋津という町が独特でおもしろい。
 秋津というのは、東村山市北部にあるのですが、西武池袋線秋津駅とJR武蔵野線新秋津駅があります。
 これが、徒歩5分くらいの場所に離れてあるのですが、乗り換えの人々が歩く通りがちょっとした商店街になっていて、その中にロートンヌもあるし、お惣菜の屋台みたいなお店や安い花屋さんさんなどの小規模なお店がたくさんあり、ちょっとわたしの好きな台湾の裏通りのような雰囲気なのです。
 今どき珍しくシャッター商店街ではなくて、そのエリアだけ活気があります。
 
 「乗り換えに5分外を歩く」というのが不便で、何度も西武戦とJRで駅をつなげようという話が出ているそうなのですが、商店街の人々が反対運動をするので実現しないそうです。
 地元なのでその話は聞いていて、なんというごうつくどもめ! と思っていたのですが、去年初めて秋津を訪ねてみて、その商店街が本当に今どき珍しく栄えていて歩いていると楽しいので、残してほしいなと思ってしまいます(だってどこでも同じような郊外のショッピングモールなんて楽しくないですよね!)。
 つい嬉しくて、揚げ物のお惣菜屋さんで唐揚げと大学芋も買ってしまった。大学芋、久しぶりに食べたらうまー♪♪

 買ったお花、これで525円!↓
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 部屋に入れて2時間で開いた↓
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 きれいな色のチューリップ、できれば長く楽しみたいのだけれどどうでしょう。

 うちからだと秋津は武蔵野線を使うことになるのですが、初乗り運賃かけてでも歩く価値のある商店街だなと思っています。ちょっと足を伸ばしてよかったです。

 
 *おまけ*
 機嫌がいいので聴きたくなったのは、エラ・フィッツジェラルドの「マック・ザ・ナイフ」
 
 なんという明るさ。
 
 

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宝飾店で聞いた話など

 おとといのコンスタンチン・リフシッツさんの演奏会には夫と行きましたが、わたしは久しぶりに婚約指輪をつけていったのです。
 小さいけれどカットがきれいで質はそこそこのダイヤモンドが入ったものです。
 それは地元にある母から紹介された宝飾店で作ってもらいましたが、デザインを考えているとき、夢でアクアマリンという水色の石を使った指輪が出てきたので、それに従って脇の石をアクアマリンとサファイヤにしてもらい、青い印象が強い指輪にしてもらいました。宝飾店の人たちも個性的でいいねとほめてくださいました。
 それが、おとといのリフシッツさんの演奏が素晴らしいので拍手を一生懸命しますよね。
 そのときに、少しずつ留め具がずれていったんでしょう。
 その脇石のアクアマリンと小さなサファイヤが、終演後、なくなっているのに気づいたのです(中石のダイヤは無事でした)。
 
 ここのところ「一区切り感」があったのですが、こういうことが連動するといよいよ厄落としだな、という気分になります。こじつけだとも言われるだろうけれど。
 一区切り感があるからこそ、初心に帰ろうと思って婚約指輪をつけて出かけたのですが……、いつもは眺めるだけで、あまり外にはつけて出かけないのが、よりによってこういうことになる。
 なので昨日は宝飾店に出向き、修理と補修依頼をしてきました。
 サファイヤをやめてメレダイヤとアクアマリンをつけ直し、青の色味が薄くなる予定です。

 宝飾店で対応してくださったのは、確かわたしと同学年の二代目のご長男さんでした。
 いろいろ話を聞くと、プラチナも柔らかいので歪みやすく(実際指輪の「輪」は円形が歪んでだ円形というか、ひし形みたいな形に変形していた)、衝撃があると留め具がずれたりするそうで、「パヴェ」と言われる石を敷き詰めたデザインなどでは石が落ちることがよくあるそうです。
 もうちょっとよく気をつけておくべきでした。
 でもここで指輪のデザインがまた変われば、さらに心機一転という気分になれるのではないかとも思っています。
 出来上がりが楽しみです。

 蛇足ですが、最近金地金の値段がすごく上がっているので、その話も二代目さんとしてきました。
 安倍政権になってからぐんぐん値上がりしていて、先月にはとうとうグラム5000円を超えました。
 毎日新聞でチェックして驚きの声をあげています。
 
 わたしは経済に疎いので、なんでこんなに円安と金の値段が上がるのが同時になるのか分からなかったのですが、なんのことはない、金はドルで売買されるから円安になると日本国内での金の値段があがるということだったようです(でも国際的にも金の値段は上がってきているそう)。
 宝飾店の方は日々いろいろ考えているようで、アメリカはこれからシェールガスなどの輸出も目論んでドル高に持っていくだろうから、国内の金の価格はもっと上がるのではないかとおっしゃっていました。だから、使わないジュエリーがあれば売るといいですよ、ということも(笑。売るほどないわい)。
 
 前にも書いたことがありますが、夫が12年ほど前に転職した際に、前の職場の方が餞別として純金のプレートをくださったことがあります。
 三菱マテリアルの10g↓
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 これ、当時は金の価格が1000円ちょっとだったのです。もしかすると1000円切ったときのものかもしれない。
 でも今、5倍くらいになっていて、ことによったら6000円の声も聞くかもしれないとのこと。
 ここまで来ると、なんだかくださった方に申し訳なくて、売ることができません。
 もはや高すぎて自分たちでこういうものを買う気にもならないし、やはり輝きがすごいので、お守りとして持っていようと思っています。 
 
 
 

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コンスタンチン・リフシッツ ベートーヴェン後期三大ソナタ 所沢ミューズ

 昨日は夫と、所沢のミューズホールにコンスタンチン・リフシッツさんのソロピアノリサイタルに行きました。
 オールベートーベンプログラムで、後期三大ソナタです。
 夫は2010年の12月の同じ会場でのバッハの「ゴルドベルグ変奏曲」の演奏会に一緒に行った以来、二度目のリフシッツさんです。 
 わたしは先月20日の樫本大進さんとのデュオ以来でした。
 10年12月、近所でクリスマスの演奏会だからと深く考えずに行った初めのてコンスタンチン・リフシッツさんの演奏会で、バッハの難しそうな曲を飽きずに集中して聴けたのが嬉しく、それ以来わたしはリフシッツさんの演奏を楽しみにしてきたのですが、今回は大反省を強いられる結果となりました。


 曲目です。
 

 ☆ベートーベン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 作品109
 ☆ベートーベン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110
 (休憩)
 ☆ベートーベン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 作品111
 



 先月、樫本さんとのデュオを聴いてから、昨日のプログラム「ベートーベン:後期三大ソナタ」の予習をしようとは、思っていたのです。
 でもしませんでした。
 しなくてもいいと思っていたのです。ぶっつけ本番で聴くのがもともと好きなのもあるので。
 それが甘かった。
 つまり、わたしはベートーベンの「後期三大ソナタ」を全く知らないで会場に足を運んだのです。お恥ずかしい話です。
 せめて。
 演奏が始まる前に、プログラムノートを読んでおけばよかった。
 でもトイレに行ったりなんだりしていたら読む時間がなくなっており、リフシッツさんは舞台に上ってしまわれたのです。

 ベートーベンというので、「熱情」のようなものかと思っていたのですが、舞台の上のスタインウェイから繰り出される音や旋律がバッハみたいなのです。
 リフシッツさんはバッハの録音の評価が高いピアニストで、現代屈指のバッハ弾きとも言われているそうですし、わたしが初めて聴いたのもバッハだったので、その残像みたいなものがあるのだと思いますが、結果「これベートーベンというよりはバッハみたいだよね??? ちょっとリフシッツさん、やり過ぎていないか?」という感想で、前半を終わらせてしまったのです。
 
 休憩時間にプログラムノートを見たら、ベートーベンの後期三大ソナタにはフーガの技法などが使われていて、一般的に言ってもバッハを彷彿とさせるものとされているそうでした(とくに31番)。
 それを、わたしは勉強不足のせいで知らないでいたので「リフシッツさん、こんなにバッハみたいでいいの?」という気分で過ごしてしまったのです。
 だから、リフシッツさんの演奏の意図などがまったく分からなくて、受け取ることができませんでした。 
 後半は、そういうものだと思って聴きました。そうするとやはり素晴らしい。。。(それに後半の32番は中期ソナタにも通じる部分があるので、一般的な「ベートーベンのイメージ」に近く、前半よりも「バッハ臭」は薄かったと思われます)。

 勉強不足の弊害をこんなにも感じた演奏会は今までありません。いえ、たいした回数行ってないし「フーガ」もよく分からないので当たり前なんですが。
 それが悔しいと感じられます。
 
 言い訳をしてしまうと、先週、お風呂などを取り替えてもらったことで本格的になにか一区切りになった感覚があり、心がぽっかりとしてしまっていて、その自分を持て余してしまっていたのです(なのでブログ更新も滞ってしまいました)。
 バカもの! あの所在ない感覚の中でのたうつくらいなら、YouTubeで後期ソナタを死ぬほど漁っておけばよかったものを!!
 ですが、そういう発想が出なくなっていたのです。
 バカバカバカバカバカ!

 なにが悔しいのかというと、つまらない部分で疑問を感じてしまったため、演奏者の本当にしたいことが見えなくなってしまっていたこと。
 本当に情けない。

 帰宅後、いろいろと落ち着いてからYouTube漁りをしました。
 昨日の演奏で一番バッハっぽく聴こえて「???」となってしまった31番の三楽章を重点的に聴きました。
 やはり誰が弾いても多少バッハっぽい感じになっているので、あの演奏は「バッハっぽい」のではなくて、リフシッツさんっぽかったのに、わたしにはどこがそうなのか、よく分からなかった。
 味わいつくすことができなかった。会場で。
 
 無知はいやですね。損をしますね。
 でもクラシック音楽も奥が深すぎて、勉強しなくてはいけないことがありすぎて、わたしそこまでオタクじゃないし……、どこまでやっていけばいいんだ、という気もします。
 まあこれも、演奏会に足を運ぶ回数が増えるにつれ、少しずつ蓄積されていくものだろうから、長いスパンで見ていこうとは思います。
 

 *参考資料*
 ベートーベンピアノソナタ31番 第三楽章 演奏/マウリツォ・ポリーニ
 
 たぶん、これはあまり「バッハっぽくしていない」、いわゆる「ベートーベンらしい」演奏というか、解釈で、リフシッツさんのはこういう演奏ではなかった。たぶん、こちらは一般的に「模範的」と言えるものかもしれない。

 ベートーベンピアノソナタ31番 第三楽章 演奏/グレン・グールド
 
 リフシッツさんも影響を受けているというグールドの演奏。少しリフシッツさんの演奏と似ているけれど、リフシッツさんのほうがもっと大胆だったような気がする。とくに「シ」の音を連打するところ。

 ベートーベンピアノソナタ31番 全楽章 演奏/マルカンドレ・アムラン 

 たぶん、現代的な技巧派はこういう感じで演奏するのではないかと思う。「イマドキ」感あふれる感じに聴こえますが、このアムランさんよりお若いリフシッツさんはこういうのとも全然違います。

 プログラムノートの最後に、リフシッツさんから所沢ミューズの聴衆へのメッセージが載っていました。
 「この会場は4回目だけれど、毎回とてもよい雰囲気の中で演奏できているから、この会場をとても大事に思っている。このソナタたちの普遍的なメッセージを届けられるようにがんばる」というような内容でした。
 この会場でのすべての演奏会に足を運んだわたしとしては、さらに悔やまれる気分となりました。

 
 *おまけ*
 演奏後の空↓
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 会場から駅への道すがら。反省とともに。
 
 飛行機雲よ……↓
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 あたいバカよね……。
 


 
 
 

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

快適になりました。

 今日は雪の予報でしたが、全然たいしたことありませんでした@東京都下小平。
 昨日のうちに買い物も済ませ、今日は外に出ないでもよいようにしたので拍子抜けですが、気温自体はやはり久々に低いなという感じなのでやはり家でじっとしています。

 台所のレンジフードの工事も昨日最後のところが終わり、先週末から掃除などかなりムキになってやっていたので今日は脱力していて、ゆうべからたくさん寝てしまいました。
 ちなみに今も眠いです。

 ああ、熱いシャワーが出るようになったよ!
 台所の換気扇が静かにまわるようになったよ!

 一段落であります。


 *おまけ:昨日撮った写真*
 今年初遭遇の梅↓
  1302umecenter.jpg
 ピントの位置を間違えてしまった。。でも撮っているときとてもよい香りがしていました。せっかく咲いたのに今日は雪で少し気の毒です。

 暮れる空と桐の枝↓
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テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

老子〜無知無欲のすすめ 金谷治 講談社学術文庫

 <9時50分>
 先ほど、10分ほど前からお風呂と台所のレンジフードの取り替え業者さんがいらっしゃっています。
 今日は一日仕事だそうで、すでに6人くらいの作業員さんが部屋の中にいらっしゃっていて、最終的には4業者入るそうで(レンジフードだけで)、もうとにかくなんだか大変です。
 わたしは所在がなく、一日どうしていたらいいんだ、ということで、とにかく日記でも書こうと思っています。
 ゆっくり時間をかけて書こうかと……。だって手持ちぶさたで……。
 一日に何度もこの日記を「追記」という形で更新しようかな、と……。それくらいしないと手持ちぶさたで……。
 いやあ、部屋の中にそこそこ若い男が6人! どうしよう!!!

 *** <10時20分>

 我が家の恥部中の恥部をわたしより確実に若い男性たちが見ている……。
 あれもこれも外され、すごいことになっている……。
 わたしは早くも腹が減ったのだが、一人だけなにかを食べられるような雰囲気ではない……。
 
 ***<11時30分>

 「若い男が!」としょうもないことを書いていても「持たない」ので、昨日書こうと思っていたまじめな日記を書こうと思います。
 長くなりそうだからちょうどいいかもしれません。

 先日、数ヶ月かけて読んでいた金谷治さん解説の講談社学術文庫の「老子」を読了しました。

 
老子 (講談社学術文庫)老子 (講談社学術文庫)
(1997/04/10)
金谷 治

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 こちらは中国の代表的な古典である「老子」全81章を中国思想研究家の金谷治さんが解説する、という内容でした。王弼(おうひつ)本というものを底本として、適宜ほかの本を参考にして解釈などを新しく試みたものだそうです。
 たぶん中国古代思想本の初心者に向けて、現代的に再考されたものなのだと思いますが、ちょっと分かりやすくしすぎているかな、という気がしないでもなかったです。
 つまりちょっと物足りない。

 「老子」そのものを勧めてくださったのは美術家の彦坂尚嘉さんでありました。
 これは彦坂尚嘉さんの主催されるアート塾の読書の授業で取り上げられたことがあり、興味を持ったので参加させていただきました。わたしは美術家を目指しているわけではないので、塾には少ししか参加できませんでしたが、それはとてもよい授業であったと思います。
 そちらの授業で使われた彦坂さんがお持ちの古い「老子」の第一章を読まさせていただいたのですが、それがきちんとしたよいものだったと思われるので、この文庫版だと物足りなく思えたのだと思います。
 
 わたしはライタースクールに通っていたので、「誰にでも分かる文章」を書くように心がけるくせがついているのですが、最近はみながそれをしすぎて、なんというのか「格調」のようなものが落ちているような気がします。
 金谷さんに文句を言うつもりはないのですが……。
 学者さんなんだから、もっと難しい言い方をしてもいいような気がするのです。そういうものと一般人が格闘することの価値ってたくさんあると思うのですが、それをいやがる人も多いのでしょう。
 だからとにかく「分かりやすく」する(でもだからこそどこかで「投げやり」な感じもする)。
 こういうのは出版界全体に言えることなんだと思いますが。そしてわたしもそれがいい(仕方がない)と思ってきたのですが。
 あまりにも読者をバカにしているような気がする。悪循環を生んでいるような気がする(実際にわたしはライタースクールで「読者は基本バカだから」と習った)。
 だからわたしは逆に「大事にされていない」という気分になるのです。そういう「分かりやすさ」を提供されると。
 書く側は、分かりやすくしたことで読者を大事にした気にはなっているのですが、発想の根本に疑問を感じるのです。
 
 と、これは「老子」そのものとは関係のない話なのですが、最近そういうことをたくさん考えているので書いてみました。

 ***<15時10分>

 やっとお昼を食べ終えました。
 一日がかりと言われた作業は14時頃に終わりました。また明日に持ち越しの分もあります。
 新しいお風呂とレンジフード! 嬉しいな。お風呂は自動にお湯張りをして「沸きました」としゃべるやつになりました♪ すごい変化です。

 「老子」の話に戻ります。
 
 上ではいろいろ書いたのですが、この金谷治さんの「老子」はそもそもが「無知無欲のすすめ」というサブタイトルがついているので、もしかすると金谷さんはもっと確信犯的に「分かりやすく」したのかもしれません。
 「さかしらな知恵をつけた人間はろくでもないものだ」ということを、繰り返し書いておられたからです。
 それが「老子」の言いたいことでもあるそうです。 
 それともう一つ「老子」では大きな柱として「道に従って生きる」ということの大切さについて書かれています。 
 「道」というのはタオと読むそうで、そういえばスピリチュアルな業界でも一時期「タオ」という言葉が流行ったことがあったと思います。
 「無知無欲に生きて道をおさめよ」ということだと思うのですが、この「道」というのが、うまく説明できるものではないとのことです。
 というよりも、名前もつけられない、簡単に説明できるものではないものが「道」だそうです。
 
 「道」について書かれた第一章を抜き出してみます。

  道の道とすべきは、常の道に非(あら)ず。名の名とすべきは、常の名に非ず。
  名無きは天地の始め、名有るは万物の母。
  故に常に無欲にして以(もっ)て其の妙を観(み)、常に有欲にして以て其の徼(きょう)を観る。
  此の両者は同じきに出でて而(しか)も名を異にす。同じきをこれを玄(げん)と謂(い)い、玄の又(ま)た玄は衆妙(しゅうみょう)の門なり。

 この世のすべてのものは目に見えない奥深いところからの微妙な働きとして出てくる、という「道」について説いたものだそうです。

 これを初めて読んだとき(彦坂尚嘉さんの授業ででしたが)、でもわたしはその「道」を、知っている、という気がしました。
 やはりうまく説明ができないのですが。
 自分の中のどこかに(体の中のどこか、という感じではないのですが)、常に流れている流れのようなものがあり、それはずっと変わらずに正しいのです。
 そしてその「流れ」は、宇宙に流れている「なにか」ともどこかで同調しているように感じられます。
 そういうものがある、という感覚が、わたしにはあります。
 ですがわあたしはすぐにその流れを見失い、余計なことをするのです。
 そうするとわたしはおかしくなる。
 確かに、欲をかくとかなり外れる。
 ていうか、外れるのは欲をかいたときだけだ、という気もする。
 そして「まずいまずい」と調整をして、その流れに戻ると、他の何からも得られない満足感(内面の安定感)を得ることができる。
 
 そういうものがわたしにはあるのですが、それとこの「道」というものは、同じもののことを言っているのかもしれないと思えました。違うかもしれないけれど。
 
 普通に考えたとき、欲をかくのは不安になるからで、不安になるのは余計な知恵を持つからだと言えなくもないので、「無知無欲」をすすめるのはよいことなのかもしれません。
 でも今の世の中は、それほど単純ではなくなっているように思えます。
 一般人でもインターネットでなんでも調べられるのですから、無知や無欲でいるのは昔よりも難しくなっていると思いますし、愚民政策(老子では民は無知であるほど政治がしやすいと言っている)も時代遅れになってきていると思います。
 不安を抱くなと言っても、今の世界ではあちらこちらでいろんなことが起こり、それを見聞きしていたら「これからどうなっちゃうの」と考えるほうが普通であると思います。

 だから、今の時代には、とにかく「道から外れない」ということをひたすらにやったほうがいいのではないか。無知無欲とかそれすらも考えず、とにかく自分の中の「道」(わたしの場合は「流れ」なんですが)を見失わないことを第一優先事項にする。
 少なくとも、わたしはそうしてみよう、そんな試みをしてみよう、と思える読書となりました。

 
 

 

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陽気に誘われて

 ただいま夕方の17時半をまわったところですが、やっと風呂場や部屋の片付けでやろうと思っていた部分をすべて終わらせることができ、一服しています。
 飲んでるのはコレ↓
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 アサヒビールの低カロリーフルーツチューハイ「スラット 期間限定桜ふわりサワー&つぶつぶグレープフルーツ」というもの。
 長い名前(?)にふさわしく、なかなか複雑な味わいというか、風味がします。
 桜というよりはチェリーの香りですが基本はグレープフルーツ味、ところどころで口の中に果肉のつぶつぶが入ってきます。
 一体何がしたいんだ? という味と香りですが、「まずい!」と思わないぎりぎりのところで「ふんわり」とした気持ちにさせてもらえています。つまりこれはわたし的には「アリ」と思えるものです。
 アルコール分3%で3分の1程度飲んだ程度で酔ってきました。
 
 夕飯は昨日カレーを作ったので今夜もメインはそれで、炒め物などを足す程度で楽なので夫が仕事から帰宅するまでの時間、片付けお疲れさん会を一人でやろうということになりました。
 120円の缶チューハイとおせんべいのおつまみで安上がりです。

 本当は今日はもっとまじめな記事を書こうと思っていたのですが、春のような暖かな陽気と天気、片付けてすっきりした心持ちを存分に味わうことを優先させてしまいました。
 夫のいない部屋で一人で飲むのもわりと好きなんです。こういうのは久しぶりかもしれない。

 先ほどダイエーへの道すがらで↓
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 この椿のそばのベンチで、コートの中に来ていたカーディガンを脱ぎました。
 こんなに早く春を感じるなんて、嬉しいけれど、おかしな陽気ですね。
 

 


 

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狩人になる

 さきほど食べた夜食の一つ、「かっぱえびせん紀州梅味」の中に、梅の形のかっぱえびせんが入っていました。
 これが入ってるとラッキーらしい。
 やった♪
 
 
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 一袋全部は食べていませんよ。。。(我慢した)
 
 夜食を食べたのは、風邪薬を飲むためです。
 
 風邪はまだ治っていないのですが、昨日は夫と国分寺に買い物に行きました。
 今度の月曜日にお風呂と台所のレンジフードの取り替え工事が入るので、いっそのことお風呂場の椅子なども新調しようと思いまして、ロフトなどに行ったのです。
 体調がよくないのに血眼になっていろいろ探して気迫があっただろうから、まるで狩りをする人のようだったと思います(途中なんだかふらふらしてしまった)。

 でも収穫はあり↓
  1302tebukuro.jpg
 お出かけ用の手袋です。去年の今頃も探してピンと来るものがなく、今までは前のもので我慢したのですが、これはそこそこ気に入ったし安くなっていたので購入。
 
 とにかく月曜日までにある程度そろえたい、ということでムキになって買い物をしてしまいました。
 最近右ひじの痛さのために日常の食品の買い物だけをしていたので、反動もあったかもしれません。
 
 今日と明日は掃除や片付けメインでがんばる予定です。
  
 

 
 

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