浦島太郎とユニコーンのペンジュラム

 この前の火曜日ですが、わたしは家から外に一歩も出ませんでした。
 次の日に外出すると、うちの団地の前の道路のアスファルトが全部はがされており驚きました。
 その次の日に外出すると、新しいアスファルトがもう敷かれていました。
 浦島太郎のような気分になりました。
 月曜日まであった景色はいずこへ?(道路の端のL型ブロックなどは古いままなので、総取り替え、というところまでは行ってないのですが、かなり古くなっていて亀裂なども見られていたのがつるつるになっています)
 2~300メートル分ですが、仕事が早いとしか言いようがないですね、日本の土木の人たち。偉い。
 実家の近くの遊歩道でも最近新しいアスファルトが敷かれており、そういう時期なのかなあと思ったりします。
 古いものが換えられる時期といいますか。
 わたしの周りにはそういうものが今多いです。他の地域はどうなのでしょう。

 わたし自身の心のほうも、そういう時期のような気がします。
 
 それまで、もう物心ついてからずっとと言えるくらいに抱いていた「当たり前」と思ってきたあることが、実はそうではなかったのではないか、という感覚が、やはりこの火曜日とか、水曜日くらいからあるのです。
 まあ道路のコンクリの話とは偶然のリンクなのですが。
 水曜日、外に出てコンクリがなくなってるのを見て、翌日もう新しくなっているのを見て、なんとなく関連づけてしまいました。

 そのあることを「当たり前」とする思い込みが、かなり長い間わたしを苦しめてきたということに気づき、それを「当たり前」だと思わないでいてみたらどうなんだろう、という試みをしてみようと思っています。
 あるものが、わたしには当たり前に必要で、それがなかなか理想的な形で手に入らないからとても苦しんでいたのですが、そもそもそれは「必要じゃない」と考えてみたらどうだろう、というようなことです。
 そう思うととても気持ちも体も軽くなる感じがします。
 それについての具体的な話はここでは避けます。すみません。

 とにかくかなり新鮮な感じがしています。
 あまりにその対象について執着しすぎていて、おかしくなる部分がたくさんあるのに、執着しているということに気づいていなかったのです。当たり前に必要だと思いすぎて。

 なんのこっちゃ、という話でしょうけれど、すみません。

 こういう、発想ががらりと変わるときというのは、ちょっと自分の判断能力のような部分が混乱します。
 当たり前だと思っていたときにしていた「当たり前の選択」に対して、ちょっと待てよ、となるからです。 
 で、どうすればいいのかな、となる。
 こういうのは、精神的な浦島太郎という感じです。

 先日イベントに行った、ユニコーンのワークをされるベアータ・マーチ・カルッシュさんは、そういうときに「ペンジュラム」という振り子を使って答えを探すようです。
 ペンジュラムというのは、「体は答えを知っている」という前提で行われる占いのようなもので、「YES, NO」にできる質問を自分に対してして、振り子がどう反応するかで答えを探るというものです。
 
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 これを使うと食べ物の合う合わないを調べたりできますし、休暇にどこに行くのがよいのかの質問などにもいいそうです。
 これについても、わたしが初めてやってみたのは20代前半だったと思います。
 それからときどきこの方法も使ってみることがありましたが、ずっと忘れていました。

 ベアータさんのところで感じたユニコーンのエネルギーは今も感じられるので、ユニコーンをペンジュラムにしてみようと思いました。

 ペンダントヘッド↓
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 ゴールドでできているので重さがあり、振り子にできました。チェーンをもっと細くしていろいろな質問をしてみるときちんと反応します。
 これは以前神楽坂でジュエリーショップをされる知人に作ってもらっていたのですが、普段使いできるような感じではないので大切にしまっていたのです。
 ペンジュラムにすれば、ユニコーンのタロットと一緒に使えてさらにわたしの占いライフが充実しそうです。

 まあ、情けないことを言っている、という気もするのですが、、こういう内面が変化するときには、そういうツールを使うのもアリだと思っているのです。
 
 ペンジュラムは、わたしが「当たり前に必要」だと思っていたあることを「必要じゃない」とわたしが考えることに対して、「YES」と言っているので、とりあえずしばらくはその路線で自分の人生を見てみようと思っています。
 

 

 
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ベアータ・マーチ・カルッシュ ユニコーン・ハート・メソッド VOICEゲストイベント

 昨日は六本木(西麻布)にあるニューエイジ系セミナー会社、VOICEの主催するゲストイベントに参加してきました。
 昨日の講師はスイス在住のハンガリー人、ベアータ・マーチ・カルシュさんです。今回が初来日だそうです。
 1960年生まれの女性です。
 ユニコーンの持つエネルギーをご自身のワークショップで使うことの多い方のようで、わたしもユニコーンが好きなので興味を持ち参加してきました。

 VOICEさんの会員となって久しく、ずっとニュースレターを見てきていますが、紹介される中心は外国人セミナー講師で、いろんな方がいらっしゃいます。
 わたしはこちらは、自分のチャネリングの初期の段階でいろいろと教わったリチャード・ラヴィンさんの来日情報をもらうために読んでいたのですが、最近思うところがあって、他の講師でも興味を抱いたらお話だけでも聞きにいこうと思うようになりました。
 こちらのゲストイベントは値段も1500円とお安いので(申し訳ないくらいです)、参加しやすいです。

 「ニューエイジ系セミナー講師」と言っても様々なんだろうと思いますが、わたし自身がチャネラーでいろいろとその面で苦労をしてきたこともあるため、ニュースレターに載った講師のお顔を見て、これは本物だな、というのが感じられる人のに行きたいと思っています。中にはビジネス(お金儲け)がメインになっているのではないか、という顔つきの方もいらっしゃると思うので。それが悪いことだとは申しませんが、とりあえず自分の問題として身近に感じられそうな方から行きたいかなと思います。でももしかすると「ビジネスですが!」という方の話も聞くと新鮮でおもしろいかもしれませんね。なんでも参考にできるものはあるのだろうと思います(そのうち気になるものがあればそういうのにも出向くかもしれません)。

 ***

 昨日のベアータさんは「本物」という感じがすごかったです。

 つまり、こういう世界で「本物」という感じというのは、あまり言語でそれを伝えようとしない、ということです。
 イベントは英語で行われましたが、ベアータさん自身の母国語ではないということもおありで、簡単な言葉での説明になるので、なにかを詳しく体系的に説明する、というよりも、エネルギーを共有する(昨日の場合は「ユニコーンのエネルギー」)ということが主眼であったと思います。
 
 参加者全員に配っていたもの↓
  1303unicobeata.jpg
 アクリル樹脂でできたユニコーンのチャームです。かわいい。
 全員に配るなんて、太っ腹だなあと思います♪

 ベアータさんの誘導瞑想で、ユニコーンとコンタクトを取るというものをしましたが、ばっちし出会えた、という感覚がありましたし、とにかく「効いて」います。
 なんというのか、ものすごく効く温泉に浸かった、という感じで、体から力が抜けてしまいました。
 ゆうべは帰宅後わりとすぐに寝てしまい、ほぼ12時間睡眠です。
 脱力は今も続いているようです(PMSもあるとは思うのですが。。)。

 確実に、そこには効く「何か」があるのです。

 それを、ユニコーンだ、ということにするのが、ベアータさんのやり方です。
 ユニコーンは、人が抱える「魂の目的」を援助するのだそうです。角から強力なヒーリングエネルギーが出ているそうです。「ペガサス」とはまた少し違って、人に寄り添う気持ちが強いようです。

 わたし自身はユニコーンという「架空の動物」が象徴するのは、「前向きに生きる勇気」だという風に感じますが、ベアータさんの説明で、もう少し「ユニコーン」に対するイメージが明確になりました。
 でも「ユニコーンはアトランティスの時代には地上にいたが、この地上にネガティブなエネルギーがやってきたと同時にアトランティスが消滅し、ユニコーンも消えた」といった部分に関しては、あったともなかったとも断定できないので、安易に判断はできないかなと思います。
 でも、今時代が変わってきていて、「ユニコーン」であるとか「天使」であるとか、そいういった高いレベルのエネルギーが地球をサポートしにきている、という話については、そういうこともあるかなあと思う部分もあります。それは自分自身がチャネラーであり、今時代の変化がすごいなと感じ、その中でも自分がどうにか狂わないで生きていられるのは、そういう「目に見えない『高次の』エネルギー」を感じ取ることで保てるなにかがあると感じられるからです。わたしはたぶん、そうやって感じる、今の自分をよりよい方向へと動かすエネルギーのことを、人によっては「天使」だと言ったり、「ユニコーン」だと言ったりするのではないか、と考えています。つまり、そういう「エネルギーそのもの」は、「ある」と考えています。
 ではエネルギーという言葉がなんであるのか、ということについては、長くなるかと思うので、いつかの機会に譲りたいと思います。

 ***

 ベアータさんはお子さんの病気をきっかけに、薬や医者に頼らない生き方を模索しはじめ、ペンジュラム(振り子)を使ったりヒーリングをしたりで、今では完全に化学的なものを使わない健康な生活を実践されているそうです。
 それは一つの理想的な生き方です。
 そういう考えや実践については、20代〜30代にかけて見聞きしてきて、自分にアレルギーがあるため、玄米菜食や鍼灸など少し実践を試みましたが、わたしは意志が弱く続けられませんでしたし、かえっていろいろなことでノイローゼのようになってしまいました。
 日本でそういう生き方を貫くのはなかなか大変なのではないかと思います。
 スイスだったらどうなのでしょう。

 中世、魔女狩りが吹き荒れたヨーロッパ出身の講師なので、そういう背景のあるヨーロッパでそういう生き方をそこまで実践されるのはどういう感じなのか、聞きたいかなと思ったのですが、質疑応答の時間があまりなかったのと、そういうことを訊く雰囲気ではないような感じ(参加者のみなさん脱力されているようなので、自分もそうなったし)がしたので、控えてしまいました。弱いかな。

 この脱力レベルまで行ってしまうほどの深い何かを携える感覚と、それでもきちんと立ち上がって生きていくという感覚、その間でいつも揺れている、自分をそのように感じています。

 ベアータさんは本物の「魔女」だと思いますので、興味のある方はワークショップや個人セッションを受けられるとよいかもしれません。VOICE内案内ページ→ こちら
 
 

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初ゴールド体験!

 今日は、先日ピアスを購入した地元の宝飾店に、母がつけなくなったジュエリーなどを売りに行きました。
 そちらではユーズドのジュエリーや、ルイ・ヴィトンなどのブランド中古品の売買の扱いもあるのです。
 近所には最近たくさんできている「ジュエリーカフェ」などもありますが、やはり地元で長く続くお店で信頼できる方に売るのがよいかと、行ってきました。 
 このほど実家新築しましたので、やはりいろいろとお金がかかっており(当初の予定をどんどん越えていくようです。。)、使わなくなったジュエリーを手放せば、母のお小遣いになるかな、ということで頼まれてわたしが行ってきました。

 数年前からどんどん金の値段が上がってきていて、そのあたりわたしはずっと注目していたから、売りにいくとどうなんだろうと思っており、このたびめでたく体験できました♪

 今、ゴールドが1g約5000円で、母の手持ちのものはみな18金なのでだいたい6がけくらいで、手数料が入ってたぶん、1g3000円ちょっとくらいで引き取られたと思います。石がついているものもあったので、だいたいの感じです。
 10万円いけばいいかなと思っていたら15万円くらいになりました☆
 母はたいそう喜んでいました。

 一番お金になったのが、昔流行った「喜平」のネックレスです。
 それだけで20g近くありました。
 やはり、昔のもののほうがデザインはダサいけれどしっかりしているんですよね。。。
 でもダサいからつけないんですよ、、重いし。。。
 でもだからこそ、お金になったわけです(それを買ったのは20年以上前で、金価格は今の半額以下だったようなので、母は安く買っていたと思います)。

 今ちまたで出回っている流行のアクセサリーは、細身のデザインで軽いし、しかも14金や9金まであるそうで、そういうものは換金率はよくないですよね。
 すごくファッショナブルだったりするんですが。 
 インドの女性はお嫁に行くとき、ゴールドのアクセサリーを持参するといいます。
 なにかあったときに売れるからだそうです。インドだからたぶん24金のだろうな。。
 金というのは、アクセサリーやジュエリーという考えもあるのですが、資産なんですよね。世界共通の。
 そのことを少し実感してきました。
 
 せっかくだから、わたしが昔買って石が落ちたりした一粒タイプのピアスの芯やキャッチもいくつか持っていきましたが、それも合わせると2000円ちょっとくらいになりました♪
 ゴミに出してもいいやくらいに思っていたのですがやはり捨てられずずっと持っていて、そんなものもちりも積もればなんとやら、ですね。2000円あれば映画観たり美術展観られます。

 売るに際しては、身分証の提示と住所などの申告・書き込みもありました。
 それも地元の馴染みのあるお店なので、もちろん抵抗なくできたのでよかったです。

 まさにタンスの肥やしがお金に化けた、という感じです。ちょっときつねにつままれた気分。
 今、金の値段は高いし、使わない金製品がある人は売るといい、と、本気で思いました。

 
 *おまけ*
 実家に飾られたブーケ↓
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 真ん中にあるのは菜の花に似た野菜の「のらぼう」のつぼみの部分です。少し古くなったカーネーションと活けていました。なかなかかわいかった。

 母方の叔父夫妻が作った竹グッズ↓
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 K叔父が、実家の実家の近くの竹やぶで伐採して捨てられた竹を拾ってきて(許可は得ている)、バーナーで焦げ目をつけてニスを塗って小物にしています。この他にも中に電球を入れたあんどんなどいろいろ作っている。
 右側がお線香入れ。取っ手はちゃんとねじでつけられていて蓋がずれないように内側に凸凹をつけている。左は竹取翁のイメージで、竹の中にいるのは布のお地蔵さんで(ちゃんと水晶の数珠を持っている)、それは叔母が作っていて夫婦合作です。父の仏壇の前に飾ってありました。
 けっこうよくできているので写真に撮ってしまった。母の友人はあんどんをお金を出して買ってくれたそうです。
  
 

 

テーマ : 為替 - ジャンル : 政治・経済

ミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち Part13 「一枚のハガキ」「エンディングノート」「サウダーヂ」

 昨日は所沢ミューズにて行われていた映画イベント「ミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち Part13」に行ってきました。
 こちらのイベント、1日に2〜3本ずつ、主催者が勧める日本映画の近作を上映するというものらしく、22日の金曜日が初日で昨日が最終日でした。
 イベント企画制作はぴあ株式会社で、作品の選定にはぴあフィルムフェスティバルの方々が関わっているようです(蛇足ですが、夫は昔映画監督(映像作家?)を目指していたことがあり、PFFの一次審査まで通ったことがある)。 
 わたしにとっては昨日のプログラムが見てみたいと思える映画ばかりだったので、前売りの一日券を購入して朝11時から20時過ぎまでがっつりと参加してきました。

 一応データとして、今年のセレクションで何が上映されたかを書いておきます。
 3/22(金)/ 「ヒミズ(園子温監督)」「鍵泥棒のメソッド(内田けんじ監督)」。
 3/23(土)/ 「聴こえてる、ふりをしただけ(今泉かおり監督)」「かぞくのくに(ヤン・ヨンヒ監督)」「KOTOKO(塚本晋也監督)」。
 3/24(日)/ 「一枚のハガキ(新藤兼人監督)」「エンディングノート(砂田麻美監督)」「サウダーヂ(富田克也監督)」。

 これらは日本映画通の方が見ると唸りたくなる作品ばかりなのだろうと思います。
 わたしは最近の日本映画(映画全般かもだけど)にはとんとうとくて、知らない作品もたくさんありました。
  
 昨日はすべての作品の上映後に、監督とのトークイベントもありました。
 
 ***

 とりあえず、昨日わたしが観た作品について、ざざっと感想を書きたいと思います。
 本当は一本一本独立させて記事にしてもいいくらいなのですが、大変なのでまとめてしまいます。
 長くなりますことをご了承ください。

 ***

 まずは新藤兼人監督の「一枚のハガキ」。
 
 東京国際映画祭審査員特別賞受賞、モスクワ国際映画祭コンペティション部門選出。

 恥ずかしながら、わたしは新藤監督の作品は観たことがなかったです。
 でも、ドラマやドキュメンタリーで新藤監督のことは少し知っていました。
 (トークイベントには新藤監督のお孫さんで映画監督の新藤風さんがいらっしゃいました)
 
 98歳で撮った作品で、自身の戦争体験を基に造られています(脚本もご自分で書かれたそうです)。
 戦争が人々の人生をどう変えてしまうのか、というテーマの、反戦映画です。
 これが遺作になると本人含めたみなが分かっていたそうです。
 100年近く生きてきた一人の人間として描くべきことを描ききった、という迫力に満ちた作品で、内容にも、その心意気にも滂沱でありました。
 監督はこの作品の上映や、映画祭での受賞、100歳の誕生日などすべて終わらせた後、お亡くなりになりました。

 新藤監督自身も戦争に兵隊として徴兵されましたが、生きて帰ってきたそうです(主人公の男性と同じ設定)。
 それが、自身も抵抗運動に参加していて生き延びたアンジェイ・ワイダと重なります。
 ワイダも80代後半の今も映画を撮り続けています。 
 その「生き残った」という罪悪感が、それだけ息の長い監督人生を送らせる要因となるのか。
 伝えなければいけない、という思いの強さだろうか、もっともっと深いところから来るものなのだろうか。そのような苛烈な経験のないわたしには想像することすらできません。
 
 もう少し時間が経ったらまた観てみたいかもしれません。
 新藤監督作品も観ていかなくちゃ……どうしよう。。。。。

 ***

 二本目は砂田麻美監督の「エンディングノート」
 
 ドバイ国際映画祭ムア・アジアアフリカ・ドキュメンタリー部門第二位。

 がんを宣告された父親を実の娘が追ったドキュメンタリー作品です。
 がんの宣告のシーンから、治療の様子、家族とのやりとり、死の間際での様子、葬儀のことまでが描かれています。
 そう書いてしまうと「えー、なんかちょっとどうなの?」と思います。なんというのか、それをしてもいいのか、という部分で(わたしも観るまではそう思っていた)。
 わたしも父の介護などをしていたとき、あるいは父を介護する母を見ていたとき、「これを映像の記録に収めたらどうだろう」と考えたことがありました(わたしは一応「イメージフォーラム付属映像研究所」の卒業生であります)。
 でも、それはなんというのか、父の生命に対する「冒涜」のような気がして、できませんでした。
 
 それをしたこの娘さんは、作家として強いものを持っておられる、ということなのだろうと思いました。
 
 作品はユーモアがあり、単純なお涙ちょうだいものではないところが、このような難しいテーマ(つまり親の死というのは誰にでも訪れるもので、それを撮ろうと思えば誰でも撮れるわけであり、だからこそそれを「作品」と言えるレベルにまで持っていくのは至難の技だと思える。でもこの方の場合、お父様のキャラがすばらしいので、それだけでも見せられる部分がある)の映画が人々に受けいれられた要因だろうと思います。
 単純な「私小説風ドキュメント」ではなくて、エンターテイメントとして成立しているもののように思いました。
 プロデューサーは是枝和裕さんで、そのような人的な背景も恵まれたものがあったのだな、と、思ってしまうのは意地悪でしょうか。

 次回作をどうするの? というのは、質疑応答でもテーマとしてあったように思いますが、やはりこのようなデビュー作でこのような成功をしてしまった砂田さんは、ちょっと大変かなと思います。
 でもとても気の強い方のようでしたので、大丈夫そうだとも思いました。

 ***

 三本目は富田克也監督の「サウダーヂ」
 
 ナント三大陸国際映画祭グランプリ受賞。

 昨日一番観たかったのがこの作品です。
 以前新聞に載っていた評と、テレビで紹介されていたもので興味を持っていました。
 監督はわたしと同い年で、山梨県出身で、地元、つまり「日本の地方都市」の衰退と荒廃について追った映画を立て続けに発表されているそうです。
 司会進行をされていたぴあフィルムフェスティバルのアライさんという女性も、この作品はぜひ観てもらいたい、と最初からおっしゃっていたように思います。
 海外においても、かなりの衝撃を持って受け止められている映画だそうです。
 
 確かにすごかった。
 167分という長さを感じさせないものでした。
 加えて、わたしにとっては同い年の人が創ったもので、時代への捉え方とか、間とか空気感のような部分で「分かるな」という感覚がたくさんありました。
 群像劇で、不景気にあえぐ甲府(地方都市)のいわば底辺で暮らす人々の生活を追ったものです。ドキュメンタリーかと思うようなリアリティがありますが、きちんと劇映画として収斂されていったのでたいしたものだなあと思いました。
 でもかなりいろんな要素が出てきて把握しづらく、セリフが聞き取りにくい部分もあるので、頭に内容が入っていくまでにわたしは少し時間がかかりました。
 終演後、トークイベントの質疑応答で、普通のおじいさんが、「日本映画というものの伝統とはかけ離れていて落ち着かない、結局なにが言いたいんだ」とすごい質問をされました。
 それに対して、「主人公は街そのもので、単純な答えなどない、ということを描きたかった」と言い切った監督と脚本家には共感を抱きました。
 
 完全にインディペンデント映画で、今後DVD化することはないそうで、それもあって全国での上映の機会がずっと続いているという特殊な映画なようです(劇場のみなさんが善意で後押ししているそうです)。
 気の合う仲間で、それぞれの仕事が休みのときに集まって撮影するので、撮影だけで1年半もかかったそうです。現地リサーチには1年をかけたそうです。
 制作スタッフはみな「空族(くぞく)」というユニットで、監督業の持ち回りをしながら15年もの間メンバーそのままで独立映画を撮ってきたそうです。主演俳優たちも素人で監督の幼なじみたちだそうですが、もうずっと彼らを使って映画を撮っているそうです。
 それ自体はおもしろいことかな、と思いはするのですが、それでずっとやっていくとマンネリのようにならないかな、とは思ってしまいました。
 この作品はとても成功しているようなので、かえってこの先のスタッフ間の舵取りが難しい部分があるのではないか、と考えるのも意地悪でしょうか。。
 でも監督たちは同世代なのでがんばってほしいです。

 *** 

 3本観てみて、それぞれおもしろかったし、観てよかったと思えるものばかりでした。
 でもやはり、一番感銘を受けたのは新藤兼人監督の「一枚のハガキ」です。圧倒的すぎる(大竹しのぶめ!)。
 でも、この作品と他の二つをまともに比べるのはフェアじゃないと思いますが。。 
 「サウダーヂ」も、今の地方都市の現実の一端をかいま見れて、衝撃的でした。
 
 今の日本映画にも観るべきものがたくさんあって、映画の文化を絶やさないようにしようと努力している人もたくさんいるんだなと分かったことも、大きな(一番の)収穫だったように思います(去年〜今年と、映画界の重鎮が立て続けに亡くなっています。岩波ホールの館長も最近亡くなられたとか。。)。
 なんといっても、制作者の話を、上映直後に、映画をきちんと分かっている人の司会で(PFFのアライさんという女性、ちょっとすごいと思いました)客席とも交流しながら聞けるのはものすごくおもしろい! 
 それをまあまあ近所の所沢ミューズで味わえるのは嬉しいしありがたいです。
 所沢ミューズ中庭↓
  1303muse.jpg
 
 また来年もこのイベント開催が決まっているそうで、作品選択の目がすばらしいと思えたため、また行ってみたいなと思います。



 
 

テーマ : 邦画 - ジャンル : 映画

ピアス新調

 昨日、ピアスを買いました。
 K18WG↓
  1303pias2.jpg
 フックタイプで軽く揺れるデザインです。
 
 約2年前、大震災と原発事故でショックを受け、その後父の容態悪化〜入院と続きましたが、その頃気が動転していたのですね、よくつけていた小さなプラチナのダイヤピアスをなくしたのです。
 それから、普段使いにできるホワイト系のダイヤピアスを欲しいと思っていたのですが、このたび婚約指輪を修理してもらった宝飾店で見つけたのです。しかもとても安かった。。お店の人も値段に驚いていたくらいで(12000円、K18なのに。。今ならこの値段では無理だそう)、棚の端にあったためずっと残っていたようです。
 ちょっと申し訳ないと思いつつ、見つけてしまったものはしょうがない(欲しいと思っていた理想型だったし)、買わせていただきました。
 
 つけるとこんな感じ↓
  1303pias1.jpg
 この写真、今肌荒れがひどいので色など修正しました(それでも荒れてるけど、、全部消すと嘘くさくなりすぎるので)……。ピアス買う金あるなら美容に金をかけろと言われてしまいそうですが、、毎年春になってくると顔がひどいことになるんですよ(あと秋になるとき)。たぶんアレルギーもかかわるし、こういうのってじっと耐えるしかないような気がするけど違うんだろうか。。ずぼらでダメですね。物欲重視だし。

 でもこの新ピアス、春から夏にかけて大活躍しそうで、ヘビーローテーション必至だと思っています。
 

 *おまけ*
 今、桃が満開です(桜も追ってるけど)↓
  1303momo1.jpg

 まさに桃色!!↓
  1303momo2.jpg



 

テーマ : アクセサリー&雑貨 - ジャンル : ファッション・ブランド

国立療養所多磨全生園の桜と国立ハンセン病資料館

 今年始めに母方の親類が体調を悪くして入院したのですが、入った病院の近くに「全生園(ぜんしょうえん)」という、戦前からあるハンセン病患者のための療養所があると分かりました。東京都下東村山市北部にあります(そのとき書いた記事→ こちら )。
 こちらは園内の桜がきれいだとわりと地元では有名で、行ってみたいなと思ったので、昨日は夫とそちらまで足を伸ばしてみました。
 桜も見たかったのですが、昨日メインで見たのは、全生園敷地内にある「国立ハンセン病資料館」です。
 こちらには夫の友人が以前見学をしていて、「すごいから見たほうがいい」と言われていたのと、夫がある難病疾患の医療研究施設で働いているため、そういう分野に興味と縁があるため、見にいこうということになりました。

 ***

 わたしのようななんにでも中途半端に興味を持って首を突っ込んでは、ごちゃごちゃとブログを書く人間にとって、昨日見て感じたことを書くのは、少し大変ですが、がんばってみます。
 (多少重い話題になりますことをご了承ください)

 まずハンセン病の基礎知識。
 それも、資料館で得たものであります。

 ハンセン病は日本では古くは「癩(らい)病」と言われ、後遺症で四肢に歪みが出たり、皮膚がただれたりすることがあるため、人々から怖れられて差別されてきました。
 病気自体は1400年ほど前から日本にあったそうです。
 昔には今のような科学知識がないため、その病気は「業病(ごうびょう)」と言われたそうです。
 業病の意味するところは「仏罰(ぶつばつ)」です。
 その人の行いが悪いか、そうでなければ「業」という、目に見えない「悪いもの(因縁)」がその人の中にあるから、だからそんな病気になるのだ、という考え方です。つまりその病気は仏様からの罰なんだ、ということです。
 これがまずひどい。
 これにまず打ちのめされた。
 
 江戸時代まではその考えがまかり通っていたため、人々は当然のように癩病患者(あえてそう書きます)を忌み嫌ってきました。
 それは、民間レベルでは明治以降にも残っていたものだと思われます。
 癩病患者を差別することを、差別だとさえ感じない、そういう背景があったのだと思います。

 今から120年ほど前に、主にキリスト教を広める人たちが癩病患者を療養させる、ということを言いはじめたようです。新約聖書には、キリストが癩病患者にも差別することなく接したというくだりがあり、その精神が生かされていたのだなと思いました。一方、「妙法蓮華経」には、癩病患者と書いているわけではないですが、ひどい人間はひどい病気になるものなのだ、という摂理のようなことが書かれたくだりがあり、それが「仏罰」という考え方を作った元であろうかと思いました。
 父親が「ピック病」という難病にかかり死んだという経験があるわたしにとっては、この「妙法蓮華経」には、異議を唱えたいと思います。
 でも、こういった考え方は今でも残っていると思います(確かに、父には投資の失敗など、病気に追い込まれるようなストレスを起こさせる事件が晩年の初期にあるにはあったのですが……。医者は「そういうことと発病は無関係だ」と言いましたが、ストレスを抱えることがあったのは事実です。でも、それを「そら見たことか!」と言うのって、本当にひどいと思う。それに、因縁のない人間なんているのか? 以前、お寺(日蓮宗)の勉強会に行った折には、不幸である本人に悪いものがない場合には、先祖に業がある、と言っていたけれど……そういう考え方で、人を「救う」ことが本当にできるのだろうか。わたしには疑問だ)。
 
 まずこのあたりのことで、ちょっと頭の中がうわーっとなったのだと思いますが(苦笑)、ハンセン病の歴史に話を戻します。
 あ、「寺」の名誉のために書きますが、明治の頃には癩病患者の療養の必要性を認識して療養所を作ることに手を貸した僧侶もいたそうです。

 ***
 
 その後医学が進歩し、癩病が感染症の一つである(業は関係ない)と分かってきたときに、本格的に世間から隔離するべきだ、という考えが出てきます。
 日本が近代化を推し進める中で、「地域に癩病患者がいる」ということを恥だとする考えが出てきたようで(感染は、衛生や食環境などにも左右されるから)、癩病患者を見つけ次第療養所に送る、ということが行われるようになります。
 その中でできていったのが、全生園のような療養所です。全国にあるそうです。
 そこに入ると外に出ることができなくなります。逃げようとすると牢屋に入れられたりしたそうです。
 その中で農作業や大工仕事、インフラ整備、重症患者の介護などの仕事を患者自身にさせて、療養所内だけで使える通貨を持たされ、入所者同士では結婚も許されましたが子どもを作ることは認められなかったため、断種手術(!)なども行われたそうです。
 
 1930年頃には、日本国内の癩病患者を全員療養所に入れ、終生その中で生きさせる、という「絶対隔離、終生隔離」が行われるための決定がされました。
 時代は大恐慌から戦争へと向かっていたので、体の弱い患者たちへの世間の目も厳しく、政策が反対されることもなかったようです。
 
 戦後になると、ハンセン病の特効薬が開発され、「癩病」はそこまで怖れる必要のない病気となりました。
 衛生状態と栄養環境が整った現代では、ハンセン病にかかる人も非常に少ないそうです(毎年一桁の発症数)。
 根治できますし、治れば人にうつる心配もなくなるものだそうです。早期発見・治療をすれば後遺症も残らないそうですし、後遺症自体は、病気が継続しているというものではないそうです。
 そのようなことの啓蒙の義務を、戦前に患者さんたちに違法な隔離政策をした日本政府は負っている、ということだそうです。
 
 ***
 
 以上がざっとした基本的な経緯かなと思うのですが(足らない部分はたくさんありますが)、それらを教える「ハンセン病資料館」は、とても立派な建物でありました。
 1993年に開館したそうです。
 モダンでものすごく贅沢な造りの建物です(トイレがすごく豪華!)。
 言ってしまえば「無駄に贅沢」というレベルです。
 でも、それを言ってはいけないのです。
 それは税金で造ったものですが、長い間苦しんできた患者さんたちに、国の反省を示すためには、あれくらい立派なものを造らないといけなかったのです。
 
 1996年に国は誤りを認め、患者団体に謝罪をし、同じ過ちをくり返さないことを誓ったそうです。
 このあたりのことは、わたしもニュースで見た記憶があります。

 そういうことで建てられた施設でありました。
 階段には大理石が使われている↓
  1303zensiryo.jpg

 でも……、ほんとに情けないことですが、わたしは見ていて少し体調が悪くなってしまいました。
 空調が冷風を送ってきて冷えたのもあるんですが……。
 実際に昔の患者さんたちが療養所内で使っていたいろいろなものを見ていたら、その生々しさ、迫力に負けてしまったといいますか……。
 ちょっと受け止めるのが大変なことであったと、正直言えば思います。
 本当に本当に、悲惨なことが行われていたんだなと思いました。
 
 ***

 館の外に出ると、五分咲きくらいの桜並木が迎えてくれました。 
 老木がたくさん、見事です↓
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 園内の公園には子どもたち、近所の家族連れなどがたくさん憩っていました。
 毎年この時期はけっこうな人手があるそうです。
 車いすに乗った患者さんらしき人も、介護職員に連れられて桜並木を眺めていました。
 それを見ていたらだんだんと、ここは一種のユートピアだな、という気がしてきました。
 のどかなのです(月が出ています)↓
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 患者さんたちは高齢化していて、子どももいなかったりで帰る場所がないため、今でも園内で暮らしています。
 居住区も歩いてきましたが、昔の都営住宅のような感じで、静かで平和な空気が流れています。
 皮肉ですよね……、数十年前までは地獄だったのですから……。
 園内はなにかに守られているような別世界で、武蔵野の雑木林に囲まれていて、サンクチュアリです。 
 でも園から一歩外に出ればカオスの現代社会です。
 こんなことを言ったらいけないと思う。けど書いてしまうのですが、あの中にいる患者さんたちのほうが、ブラック会社で過酷な労働を強いられている人々より、幸せかもしれない、という気がします。「幸せ」という言葉が不適切なら、安心して暮らせている。
 立派な桜の枝↓
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 わたしには、そのようにユートピアにも見える穏やかなのどかさがありました(夫も同意見でした。ちなみに夫も少し具合が悪くなった……。元々風邪が残っているのですが)。それは、幾多の苦しんだ過去の患者たちが今あの場所で暮らす世代に与えた遺産なのだろうと思います。

 それでもやはり、わたしのような健康な人間は、現代のカオスの中にいるほうがいいのだとも、思います。 

 とにかくいろんなことを考えさせられました。
 見に行ったことを、よかったと思っています。


 国立療養所多磨全生園
 
 国立ハンセン病資料館
 
 


テーマ : 福祉住環境 - ジャンル : 福祉・ボランティア

がんばれ西武HD! 松崎しげる 地平を駈ける獅子を見た

 昨日書いたように、音楽家の本の感想を書きたいと思いつつ、なかなかやることがたくさんあって、気持ちがそこまでいけません(とっても心が揺さぶられていて、簡単にちょちょっと書いてほいっとはできないから)。

 今日やっているのは、春物衣料の点検というか、アイロンがけや毛玉取り。
 これにもう午後3時間以上費やしている。。。
 だって、衣料品て、きちんとアイロンかけたり、こまめに毛玉を取ったりするだけで見違えるほど見た目がよくなるんです。見た目もよくなるし、長持ちもするような気がします(だから飽きてきてもなかなか捨てられない、これは心を鬼にする)。
 うちでは洋服は値段の高いものはあまり買わないので、そういうところで手をかけるのです。ほんとにやるとやらないでは全然違う。それにわたしはアイロンがけも毛玉取りも集中できるから好きなんです。平気で一晩中でもやれてしまう。これも困ったものですが。
 気に入ったものばかりだし大事にしたいから、これくらいはいとわないのでした。
 そしてこれから風呂掃除をしなくては。

 ゆうべから気になっているニュースがあります。
 わたしの地元、西武鉄道を持つ西武HDでは、アメリカのファンド(サーベラス)が大株主となっていて、そのハゲタカどもに、赤字が続く野球チーム、西武ライオンズを売ってしまえと言われているとのことで。
 「敵対的TOB」だそうだ。
 しかも、採算の取れない西武鉄道の路線のいくつかも廃線にしろ、と要求が。
 その中には、わたしの大好きな「山口線」まで入っている。

 なぬ〜〜〜!!!!

 と思っていたら、今日になって、安倍首相の後見人が援護に動き始めていて、なにやら政治的にもおおごとになってきているもよう。

 ちょっと他人事ではないので、このニュースは注目していようと思います。
 こんな風に経済ニュースが身近に感じられたことってあまりないです。

 「サーベラス」Vs「西武HD」 敵対的TOB発展へ リストラで上場益/公共性重視

 安倍首相の後見人が西武HDを援護、TOB仕掛けるサーベラスの誤算…政治問題化か

 確かに地元故に、山口線の寂れっぷりなどは分かってはいるのですが、そうやってなんでも消してしまえばいいのだろうか。そんなことばかりしていたら人々の心が死んでしまわないか?(それが目的だったり。ひえー)


 シゲルマツザキの最高パフォーマンス!
 
 世の中からどんどんこういうノリがなくなっていきそうでイヤだ。まあこれはやり過ぎだけど(笑)。
 でも全然なくなったらヤバいと思うのです。

 
 
 
 
 

テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

ショパン 前奏曲 作品28-13 嬰ヘ長調 レント

 今日は図書館で借りていた「クララ・シューマン ヨハネス・ブラームス 友情の書簡」を読み終えたので返しにいきました。
 (この本の感想を書きたいのですが、まずは泣けてしょうがないのでそこまでいけない)

 なんとまあ暖かいことか。
 近所の桜ももうどんどん開いていくようです。 
 急に街の中に花が溢れ出した、という感じでしょうか。

 図書館近くの小平市役所付近で見つけた花たち。

 二色まだらの椿↓
  1303tubaki.jpg

 花壇の中のヒナギク↓
  1303hinagiku.jpg

 こちらを見ているようなポピー↓
  1303poppy.jpg

 今日は休日で街には独特ののんびりした空気が流れ(夫は仕事でしたが)、陽気がこんなで、花も咲いて、読書の余韻が抜けない。

 頭の中ではこの曲ばかりが流れます。
 ラファウ・ブレハッチの演奏するショパンのプレリュード13番。
 
 これ弾けるようになりたい、、またよく分かりもしないのにガツガツと練習してしまいそうだ。

 
 

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

アリだと思った。

 先日ネットをうろうろしていて誘導されてみた動画がおもしろいものでした。
 
 vocaloid の初音ミクさん(一応さんづけ)のライブイベントで、去年の夏に横浜で行われたものだそうです。
 
 

 19分もあるのに最後まで見られました。

 スクリーンは水のカーテンのようなものでできているらしく、そこに巨大な初音ミクさんが投影されていて、歌って踊るのですが。。。
 
 なんかきれい。。(投影されてゆらゆらする様子が)
 それにかわいい。。。(腰の揺らし方とか男じゃないけど萌える。。)
 音楽も悪くないような気がする。。。(先日兄の車でラジオから流れてきて聴いたAKBとかのよりよっぽど考えられて作られている気がする。。メロディとかコード進行とか)

 イベント会場にはたくさんの人(オタク?)がいて、ペンライト持ってて初めは引いたのですが、これはちょっと生で見てみたいなと思いました。

 こういうジャンルは全然知らないし、語れることもないのですが、なんかすごいことになってんなあ(技術というか、なんかいろいろと。だって息継ぎしているのも再現されてるのだもの)、と思ったのでした。悪い意味ではなく。



テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

春のお彼岸

 東京では早くも桜の開花宣言が出ましたが、そんな中今日は実家の母と兄とお彼岸の父の墓参りに行ってきました(夫は仕事でした)。
 うーん、お彼岸の時期に桜が咲いてるってなんか変ですよね、、、まだ梅も残っているんですよ。
 お寺の前の梅↓
  1303jigenji.jpg

 お墓はあきるの市にありますが、近くのおそばやさんに寄ったらこちらのお庭ではもう桜が咲いています。
 早咲き種でソメイヨシノではないのか?↓
  1303akisakura1.jpg
 ちょっと花の色が濃いような気がする↓
  1303akisakura2.jpg
 でもこれはわたしが今年初で見た桜です。

 東京都多磨地区はよく晴れていたのですが、西に見える青梅近辺の山並みが少しかすんでいたように見えました。けっこう近くまで来ているのに。やはり花粉と黄砂でしょうか。煙霧というんでしたっけ。。。風もとても強かったです。

 あきるのではラッパ水仙も咲いていました↓
  1303rasuisen.jpg
 ナルキッソス!

 夕飯は実家で鉄板焼きパーティでしたが、わたしはまだ新築された実家の家屋の中で所在ない気持ちになります。
 3ヶ月ではなかなか。。
 しかもここのところ、実家の古い家屋にいる夢をよく見ていて、頭の深い部分ではわたしにとっての「実家家屋」はまだ書き換えられていないのかなと思います。
 そういう「所在のなさ」のような感覚も、一つの経験として味わっていくしかないかなと思っています。

 
 
 
  

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

アレクサンドル・ドゥ・パリのヘアクリップ

 昨日かおとといに、新聞の折り込みチラシの中にファミレスのガストの割引クーポンがあったので、今夜はそれを使って食事をしてきました。
 「山盛りポテトフライ」が半額なので頼んだら腹がはちきれんばかりになってしまった。
 胃腸の調子が戻ったので久しぶりに揚げ物が食べられると喜んだのですが、ちょっと胃もたれしているし、夫が風邪を引いたのがうつったようで今少しのどが痛いです。困ったものだ。
 ここのところの気温差は大変ですね。先日久しぶりに連絡をくれた友人もインフルエンザになっているとのことで、気をつけなくてはいけないなと思っています。

 話が変わりますが、先週ネット通販で買ったヘアアクセサリーが気に入っています。
 アレクサンドル・ドゥ・パリというフランスのブランドなのですが、百貨店や専門店で買うとすごく高いお店です(たかだか髪留めなのに、1万円以下のものがない)。
 それが、ネット通販だと探せば半額以下で買えるところがたくさんあるのですね。。。ネットでほぼ「定価」で売っているところもあるんだけど、買う人いるのかしらと思ってしまう。。(お金持ちの面倒くさがりなら他で探す手間より定価の専門店を取るのか。。)
 こんなニッチな商品をわざわざコピーするのも大変だろうから、ニセモノということはないと思います。送られてきたものは、デパートで見たことあるものと材質などで違いは感じられませんから(ロングでヘアアクセサリーは気になるからたまに外で商品を見ている)。まだまだ円高基調であることで、安く提供することができるのだろうと思います。
 一つ安くなっていて、しかも欲しいデザイン(機能)のものがあったので「ポチって」みたら大正解だったのでした。

 ヘアクリップです↓
  1303alex1.jpg
 スワロフスキーが入っています。
 かわいい箱に入っていた↓
  1303alex2.jpg
 スフィンクスかな。この箱も捨てられない。。。
 このようにアップにするときに使う↓
  1303alex3.jpg
 わたしは毛量は多いほうですが、これはしっかり留まって快適です♪

 定価だったらなかなか買えないものが安価で買えるので、最近ネット通販の利用が本当に多いです。その面でいくとあまり円安になってほしくないというのが正直な気持ちであります。
 

 
 

  
 

テーマ : アクセサリー全般 - ジャンル : ファッション・ブランド

四の五の言わせない部分

 ゆうべは久しぶりにお酒を飲みました。夕飯時に缶チューハイで、あまり冷えていないものですが。
 青菜(かき菜)を使った炒めものも作って食べました。
 本日とりああえずお腹は平常通りであります♪ 医者の薬は飲んでおらず、ビオフェルミンは飲んでいるのだけれど。
 やっと普通にものが食べられます。。。(それでも多少は気をつけるけれど)
 この開放感♪♪

 音楽というか、楽典について考えています。
 西洋音楽の音程や調の法則などは、覚えてしまえばいつでも同じ答えになるものです。
 そういうところが、少し数学っぽいのですね。
 拍子や音の長さも、分数みたいな部分があって、パズルみたいに思えるときがあります。
 音楽のそういう部分に関しては、「好き嫌い」、「良い悪い」という感覚、観念が入る余地がないのです(現代音楽はその「答え」を壊そうとしたらしいけれど、元にそれがあることは変わりがない)。
 そういう大前提の上にできているのが(西洋の)音楽なのだ、と分かっていられるのは大きいことだなと思いました。

 図書館に返す期日が過ぎているので、ブラームスとクララ・シューマンの本を終わらせねば。。。


 *おまけ*
 久々のマリちゃんとモコちゃん↓
  1303maarimoko.jpg
 元気に光合成中。
  

 
 

 

テーマ : 音楽 - ジャンル : 音楽

Journey ジャーニー 武道館公演 2013年3月11日

 ゆうべは、千代田区の日本武道館にて行われたロックバンドのジャーニーのコンサートに行ってきました。
 兄がチケットを2枚取っていて、一緒に行く都合をつけられる人が見つからなかったためか、急遽わたしを誘ってきたということらしい(笑。40代で平日、しかも3月11日に仕事後の武道館まで行こうという人ってそんなにはいないかも)。 
 座席はアリーナの左側後方でした(チケット代は「妹価格」にしてもらった。だってクラシックのコンサートよりも高いんだもの。。兄よありがとう)。
 武道館に行ったのは、25年ぶりくらいです。そのときも、兄と兄の友人と、ボン・ジョヴィか、モトリー・クルーあたりだったと思います。わたしが10代の頃は、兄が一緒に行く人が見つからないとときどきわたしとコンサートに行っていたのですが、まだそんなことをしていると苦笑してしまいます。
 でもまあ、たまにはいいです。

 ***
 

 兄のチケットのこともあるので、もしかしたらジャーニー武道館、全席は埋まっていないのではないか、とも思ったりしていたんですが、九段下のホームに降りたあたりからその心配が杞憂だったのだと感じ始めました。
 白髪まじりのスーツ姿がたくさん降りて、武道館に近い出口に向かっていたからです。 
 改札を出ると、不安そうな表情を浮かべて「ジャーニーのチケット譲って下さい」と書かれた紙を掲げて立つ人がちらほらといる。
 これは。。! と思っていたら、駅構内に貼り出されたコンサートのポスターに群がって写真を撮る人々が。
 わたしはそれを撮った↓
  1303journey1.jpg

 この時点で、わたしはとても暖かい気持ちになっていました。
 これはたぶん満席だと思ったし、3月11日に武道館にジャーニーを聴きにいこうとする人がたくさんいることがなんだか嬉しかったし、それがみな白髪まじりの妙齢で(笑。女性もたくさんいたけどみなほぼ同世代から上あたり)。
 これは一種の同窓会なのではないか、と思ったのでした。
 80年代に「産業ロック」の洗礼を受けた世代の。
 わたしは行きの電車の中で、iPhoneでポップス音楽を聴きながら、「この曲はファ♯一個の短調だから、長調ではソラシドレミ♯ファソで主音の短二度下だからミ♯ファソラシドレミで、てことはホ短調!」とか考えていたのですが(笑)、今夜はもうそういうことは考えずに、「お祭り」として音楽を楽しもう、と気持ちを切り替えました。
 武道館正面でも写真を撮る人々↓
  1303journey2.jpg

 グッズ売り場にも人が並んでおり、これは大入りだと確信しました。
 
 座席につくと車で来ていた兄が先に着いていて、駅から会場までの道のりで見てきた光景を話すと、兄も「近くの駐車場が珍しく満杯で、少し離れたところに止めた。今日は満席かもな」と言い、兄も2階席などが埋まらなかったらイヤだなと思っていたことが伺えました。
 席の周りはほぼ妙齢ばかり。でも中学生くらいの「二世」を連れている人もいて「若い人はあまりいないけど、もはや飛び越えてそういう感じなんだね」と話ていました。

 しかして、収容人数1万の武道館は、舞台横の左右二階席までびっちりと埋まったのでした。今時珍しいと思います。
 壮観でした。
 武道館、やはりいいハコですね!↓
  1303journey3.jpg


 ***

 ジャーニーは結成から今年で40年で、80年代初頭に出した「エスケイプ」というアルバムが大ヒットしたハードロックバンドです。
 ここ数年で、テレビやCMで彼らのその頃の曲が使われることが多いので、曲だけは知っている方も多いと思います。
 これも、「ジャーニー世代」が40代となり、マスコミ内でいろいろな決定権を持つようになったために氾濫しはじめたのだろうね、と話していました。
 「open arms」というバラードは、90年代にマライア・キャリーがカバーしたので、女性でも知っている人が多いと思います。

 下に貼るのはセリーヌ・ディオンがカバーしたもの。オーケストラがバックにいてきれいな演奏です。マライアのはちょっと熱唱すぎて野暮ったいのでこちらにします。
 
 
 昨日は「エスケイプ」からの選曲の多いセットリストで、会場は盛り上がっていました(まるでベスト盤みたいだ、という声も)。

 現在のジャーニーを語るときに忘れてはいけないのがヴォーカルのことで、全盛期に担当していたスティーブ・ペリーの声は素晴らしいのですが、病気のために脱退していて、でも彼の声の印象があまりにも強いために後釜探しで苦労をしていたバンドでもあります。
 その末に見つけだしたのが、現在のヴォーカルであるフィリピン人のアーネル・ピネダ氏で、彼はYouTubeでフィリピンでのバンドでジャーニーのカバーをしているのをメンバーに見つけられて、加入したという「シンデレラストーリー」を持っていて(出身は貧民街だそうで、ホームレスに近い経験もされている)、そのあまりにも現代的な成功ストーリーが観客を魅了している部分もあるようです。
 ピネダさんは兄と同い年で、まさに世界中にいる「ジャーニー世代」であり、当時の他バンドロックのコピーもたくさんしていたという人です。
 歌唱力については、ペリーさんを超えたということを言う人もいる反面、とてもかなわないと言う人もいるようです。

 2人の声の比較。今「WBC」で使われている「separate ways」です(蛇足ですがWBC、日本ー台湾戦ほんとすごかった!)。
 まずはペリーさんの録音で、この曲の最高クオリティと思えるもの。
 

 ペリーさんのライブの歌唱。1983年のもの。
 

 ピネダさんのライブ。2008年。
 
 ライブの歌唱だけで比べるとピネダさんのほうがいいかな。。。ペリーさんもう83年には疲れているようだ。
 
 補足でペリー氏のあとに入ったオウジェリーさんのライブ歌唱。この方は悪くないけど弱い、と、兄も言っていた。これはピネダ圧勝。
 

 全盛期の声でいえば、ペリーさんのほうが伸びがあるような気がするけれど、ピネダさんの声のほうが厚みがあるような気がする。似て異なるものかなと思います。
 どちらがいいかは難しい問題で、でも実際問題としてペリーさんは今はもうあまり歌えないだろうし(ピネダ氏も最近は声が出なくなってきているとの指摘がある。だってものすごいスケジュールでツアーをこなしているのだから)、ピネダさんが見つかったということはバンドにとって幸運なことなんだろうなと本当に思います。アジアでの人気も再燃していると思うし、ピネダさん(本当はアーネル君、と言いたい)には、フロントマンにふさわしい「華」と「背景(ストーリー)」があると思います。
 でも、あくまでも「忠実なるジャーニーの演奏」に徹しているというということで、新しく作り出しているというところまでは行っていないから、やはりオリジナルのペリーさんが偉大なのかなと思います。
 でも、バンドそのものが、観客、大衆が求める「あの頃のジャーニー」であるということに徹していて、期待を裏切らないでいようと頑張っておられるので、ピネダさんで本当にいいのだと思います。
 バンドのおじさまたちの演奏は素晴らしく安定していて、舞台のセットはシンプルですが照明が本当に美しくてほれぼれしました。コーラスなども口パクなどじゃなく完璧にこなされていて脱帽です(現在のジャーニーのメンバーはみなさん歌も上手なのです)。
 わたしは最初から最後までまったく飽きることなく、知らない曲でも楽しむことができました。

 ***

 予定よりも記事が長くなってしまいました。
 ジャーニーの今のあり方というのは、いろいろなことを示唆しているので、ちょこっと感想を書いて終わり、という風にはできないなと思います。
 ゆうべも帰宅してからネットに張り付いて、いろいろ調べました。またひじが痛くなっています(笑。それに昨日ずいぶん手を挙げていたので肩も痛い。。BBAだわ。。)。
 
 「お祭り」としては本当に楽しくて、その場での興奮と感動はかなりのものでした。 
 でもいろいろと調べていくと、音楽産業の凄まじさなども感じます。
 ものすごいツアーのスケジュールなんです。ジャーニーは日本来日の直前までオーストラリアにいたのですから。来日だっておとといだったそうです。それが次の日武道館で、今日は大阪です。ひえー。
 コンサートのラスト、あっさりと終わった感触があったのですが、そうやって「余力」を残しておかないと維持できないのだろうなということもすごく納得します。
 アーネル君の声は明らかに劣化してきているそうです。ペリーさんにもあった「酷使」です。
 「お祭りを提供する」というビジネス(世界中で!)。
 でも会場に集まった「妙齢」の人たちは、日々の疲れを忘れ、若い日のことを思い出してひとときを本当に楽しんだのだと思うのです。
 それが悪いことなのか? わたしはそうは思いません。
 でも、それを維持するためには、裏で多大な労力が支払われているのではないかと思います。

 昨日のコンサートには1つ大きなポイントがありました。
 衛星放送のwowowが協賛していて、それが東北応援プロジェクトとなっているのです(wowowはエンターテイメントで被災地を応援するということを掲げているそうです)。
 演奏の模様はwowowで生中継されていて(母も家で観ていたそう)、全国のワーナーマイカル系の映画館では入場料を取って中継し、売り上げは被災地の寄付にあてられ、東北での映画館中継は無料招待だったそうですし、東北の民放には放送権を無料で貸し出すそうです。
 土曜日の朝日新聞にはそのことのアナウンスが1面で載っていたそうです。
 だから世界中を飛び回るジャーニーにとっても、昨日は少し特別な公演だったのだと思います。
 昨日は3月11日で、東京ですから。
 後半、アーネル君があまりないMCを始めたな、と思ったら「TSUNAMI」の一言が聞こえました。
 その瞬間、興奮で盛り上がってざわついていた会場が、水を打ったように静かになったのです。
 そして「だからこれからDon't Stop Believin を歌うよ」と言うと、大歓声が起こりました。
 ピアノのイントロが始まり、ベースのヴァロリーさんがものすごく丁寧に音を出してくださいます。
 それを観たらわたしは泣いてしまいました。
 「TSUNAMI」という言葉で一瞬で黙り込んだ会場に(たぶん地震と津波で犠牲があったみなさんに捧げます、というようなことを言ったのだと思う)、日本人は2年前に起こったあの惨事に本当に傷ついているんだな、と思ったし、たぶん舞台上の彼らもそれが分かったのだろうと思うし(本当に異様に静かになったのだ)、あの演奏には心が込められていたと思う。
 会場は大合唱で、わたしも最初泣けたけれど、曲の後半では一緒に「Don't Stop Believin! Streetlights, People!(信じるのをやめないで、夜の街に集まる人々よ!)」と歌うことができました。

 その場にいられてよかったなと思ったのでした。 
 
 最後はアメリカのトークショーに新生ジャーニーが出たときのもの。ピネダ発掘のいきさつから、「Don't Stop Believin」のライブまで、日本語字幕付きで見られます。ぜひ。
 

 

 

テーマ : HR/HM - ジャンル : 音楽

終わっていないということ

 今日は3月11日で、今お昼過ぎです。
 
 ゆうべ、以前知り合った方が、すでに亡くなっていたということを知りました。
 久しぶりにその方のことを思い出し、webサイトを持っていらっしゃるので「どうしているのかな」と見にいったら、もうずいぶん前に亡くなっていたことが分かりました(ご遺族がサイトを維持していらっしゃいました)。亡くなった原因については分かりません。
 親しいと言えるほどの間柄ではなかったのですが、最後にお会いしたときに少し危ういものを感じることがあったので、驚きとともにどこかでなるほど、と思ってしまう面がありました。
 まだお若かった方です。
 今まで思い出すことはあっても、サイトを見るまでではなかったからな……。
 少しショックを受けています。

 今年わたしは41歳ですが、これくらいになってくると、同世代でもそれぞれいろいろな事情があり、本当にそれぞれその場所で生きていくしかないんだな、ということが分かってきます。
 若い頃って、そんなに差や違いはないように思えたのですが……。

 今日の新聞では、東日本大震災から2年の特集記事が多かったです。
 わたしは昨日あたりから、いろいろ思い出しています。
 
 あの震災は、わたしの中ではまだ全然終わっていないように感じられます。
 原発事故も起こり、それはまだ続いているからかもしれないし、あの震災を境に日本列島が活動期に入ったという話も聞いているからかもしれませんが。
 95年の阪神淡路大震災のときは、自分からは少し遠い話に思えていたような気がするのですが、それが被災地との距離によるものなのか、若さによるものなのか、その後に起こったオウム事件の衝撃が大きすぎたためなのか、よく分かりません。全部かな。

 とにかくわたしは今生きているので、できること、したいことをしていきたいと、していかねばと、思います。たいしたことは、できないだろうけれど……。
 
 

 
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

知っていて特に損はないというか。

 ここ二日ほど、夫が買ってきた「世界の名家と大富豪」という悪趣味なタイトルのムック本を読んでいます。

 
世界の名家と大富豪―華麗な一族の絢爛たる世界 (Town Mook)世界の名家と大富豪―華麗な一族の絢爛たる世界 (Town Mook)
(2013/01/18)
城島明彦

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 まあ、内容も悪趣味といえば悪趣味なんですが、けっこうおもしろいです。
 有名な「ハプスブルグ家」とか「メディチ家」などが、どう興って、どう広がって、どう衰退していったかなどがざざっと分かります。ヨーロッパの家が多く、アジアへの言及はあまりまりません(日本の皇室とタイ、ブータンの王室くらい)。
 美術展で肖像画を見たことがある人の話などもあるし、そういう、美術展や読書などで断片的に集まっていた知識がまとまるというか、そういう感覚があるのでよいかなと思います。
 こういうことにあまり詳しくなかったのですが、栄華を誇った名家でも、だいたい300年くらいで支配層からは降りるようです(1000年とかは続かない)。革命が起こったり、不幸が重なって継承者がいなくなったりなど。
 そんなもんなのかあ……、としみじみしてしまいます。
 でもヨーロッパの各王室では今もまだ受け継がれているものがあるようで、なんと現在のスペイン王室にはフランスのブルボン家の血統が入っているそうで、そうやって本筋から枝分かれしたものが続くということはあるようです。
 現在の話でいえば、ロスチャイルド家やロックフェラー家も出てきますが、そのあたりは現在進行形な話のためか、あまりページが割かれていません。
 
 わたしは以前にもこういう本を読んでいます。2年近く前でしょうか。
 副島隆彦さんの「世界権力者人物図鑑」というものです。

世界権力者 人物図鑑 世界と日本を動かす本当の支配者たち世界権力者 人物図鑑 世界と日本を動かす本当の支配者たち
(2010/02/25)
副島 隆彦

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 怖い本だから小さく載せる。
 本の中にあった副島さんの「予言」は外れたし、内容をすべて鵜呑みにするわけではないけれど、この本を読んで現在の世界を動かしている人たちについて少し知り、「権力を持つとはそういうことだったのか」と思ったものです。まあ、大変なことであろうなと思います。
 ですが、この本ではもう情報が古くなってると思います。

 こういう情報を知りたいと思うのは、やはり自分がチャネラーであるため、いろいろなことに敏感でそれが苦しい部分もあるから、世界の仕組みを少しでも知りたいと思うからかなと思います。
 そんなものを知ったところでどうにかなるものではないとは思いますし、そもそも知れているのかもはなはだ疑問なのですが、なんでも少しでも具体的に見えたほうが冷静でいられるのかな、と考えて、そのために読んでいるような気がします。


 *おまけ*
 昨日の夕空@ベランダ↓
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 昨日は午後からめちゃくちゃな風が吹いて気温が下がりました。晴れているのに空がうっすらかすんでいたように見えました。
 
 
 

 

 
 

テーマ : 本、雑誌 - ジャンル : 本・雑誌

欲望に負ける

 今朝は起きたときから鼻がむずむずして、目がかゆく、午後2時の今も右目が充血しています。
 先週かかりつけ医でもらった点眼薬が効いてくれるか。
 目がかゆいと頭がぼーっとします。

 花粉や大気汚染の情報を見ると今日は関東地方はどちらも大変みたいで、わたしは家で掃除や洗濯(冬もののセーターなどのエマール洗い)をしています。
 外に出たくない。。。きっと目から火が出るくらいになると思います。

 昨日は都庁で更新申請をしたパスポートを取りにいこうかと思っていたのですが、なんとなくまだお腹が不安定な感じがしたのでやめて、地元をうろつくのみにしていました。
 夫は今日はホワイトデーのお返しなどを買いに吉祥寺に行っていますが、わたしは家にいたいので一緒に行くのはやめました。
 最近掃除や片付けをすると心が落ち着くのです。先月した部屋の小さな模様替えは成功だったと思う。

 お腹の治りがよくなかったのは、なんだかんだと言いつつ、つい実家からのもらいものの果物を食べ過ぎたからかもしれません(果物も繊維質があるからちょっと考えものですよね)。 
 実家でもどなたかからいただいたものだったらしいのですが。。。
 おいしそうだから食べてしまったのです。自己管理ができないと言われそうですが。。
 きれいな黄色のブンタン↓
  1303buntan.jpg
 わたしは昔から「ボンタンアメ」が好きですが、この果物は生で食べてもおいしいですよね♪
 
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 あといちごももらった↓
  1301itigo.jpg
 これはね、シュークリームに横に切れ込みをいれて、中に二粒ほど入れて食べる、ということを3日続けてやりました。
 それがいけなかったのか。。。シュークリーム冷やしてて冷たいからね。。。

 いただいたスイートピーもお裾分けしてもらった↓
  1301hana.jpg
 真ん中付近の白い花は先月バレンタイン前に秋津で買ったもので、まだ咲いているのです。




 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

まじめに音楽の話! ショパン プレリュード 作品28

 本当は、ゆうべ、遅くとも日付の変わる前に、ブログを書く準備(下調べとか)を始めたかったんですが、夫がしゃべり続けて……、午前3時まで。今日仕事だっつーのに。
 話した内容はくっだらないことですよ。俳優の津川雅彦は大島渚監督のことを優しいと言っていて山田洋次監督は怖いと言っていたらしい、とか。そんな感じの。
 まあ、最近夫は深刻になっていた部分もあったので、こういうおしゃべりはいいんですけど長過ぎて、自分が書こうと思っていたことに気持ちを戻すのにも少し時間がかかるし、毎晩はやめてほしいものだ。

 といっても、今回書きたいことはピアノにまつわることで、専門用語(?)もたくさん出てくるので、興味のない方は申し訳ありません。
 
 ***

 わたしは4歳のときから町のヤマハ音楽教室に通っていて、はじめの4年はリトミック(情操音楽教育)も含んだもので合奏や聴音、エレクトーンなどもやっていて、後半の4年はピアノ演奏のみでした。通算8年間通っていたことになります。練習はずっとピアノ(ヤマハUX)でやっていました。
 小学校3年生のときの発表会ではピアノでモーツァルトの「トルコ行進曲」を弾いて、4年生のときにメンデルスゾーンの「春の歌」を弾きました。東京郊外の町の教室でリトミック出身の子、と考えれば、まずまずの上達ぶりだったのかなと思います。
 まあ正直、ここあたりまでがピークだったのかな、という気がします。
 5年生のときには多摩地区の小さなコンクールにも出て落ち、6年生のときも落ち、でも先生には音楽の強い私立中学の受験を勧められたのですが、母がまったく興味を示さなくて(今思うとちょっと悔しい。母はわたしにピアノを習わせたという事実で満足してしまったのだと思う。母自身が「ピアノ」に憧れていただけで、きちんと「教育」というレベルで考えていたわけではなかった)、わたしもどうしていいのか分からず「行きたい」と言えなかったし、その頃、ニューミュージックバンドのオフコースの「さよなら」というヒット曲のピアノ弾き語りの楽譜を買ってもらったらそういう音楽にハマってしまって、教室の練習をあまりしなくなってしまったということが重なりました。そして中学入学を機にピアノ教室に通うのをやめたのです。



 まあ、この「オフコース」との出会いが、わたしがクラシックピアノを習うのをやめた表向きのきっかけで、自分の中ではこのストーリーで納得いっていたのですが、よく思い出すと……、もっとちゃんとした理由があるのです。
 母が結局、教育熱心ではなかった、ということは、けっこう大きいこととしてあると思います。これは今も感じることですが、母はわたしがあまりにも「本格的」にやることは積極的には望んでいなかったような気がする(それはただ単に、わたしと「話が合わなくなる」のが本能的にイヤなのだろう。母は東久留米の農家の娘です)。子供のわたしはそのこともちゃんと感じていたと思う。
 でもやっぱりそれだけじゃないのだ。
 自分の問題なのだな。
 
 ***
 

 音楽をまっすぐ吸収できたのは小学校5年生頃がピークだったかなと思うのですが、その頃には4歳からの最低ラインの教育のおかげで、長調であればどこが主音でも黒鍵(♯か♭)が何個あるか、とかだいたい空で言えたのですが(今はもう忘れています)、5年生くらいで、世の中には短調の音楽もたくさんあるということが分かってきて、しかも短調は2種類あって、それも覚えるとなると、ただなんとなく弾いてればいいレベルではなくなってくるんですよね。。。
 意識して、多少は理論的に考えて覚えるということができないといけなくなってくる。
 そこですね。
 「こりゃもうついていけない」と感じたのは。
 調のことで、そう思った記憶が、最近出てきたのです。
 そこに、母はそこまで教育熱心ではないということと、ニューミュージックとの出会いなどが重なり、わたしは教室をやめる方向に行ったのです。
 情けないっちゃ情けないのですが。
 それまでは、多少のセンスと要領のよさで通せたものが、通らなくなっていくのを感じたのです。
 それで逃げた。
 はっきりと逃げたのですね。そのとき、すごく苦しかったのは覚えています。
 
 このことはずっと心のどこかに引っかかっていて、30代中頃になって再びクラシックピアノを聴いて、弾きはじめるまで(地元ホールで聴いたピアニストの及川浩治さんの演奏がきっかけで、それはありがたい出会いでありました)、中学受験の話が出たことすら忘れていたくらい、わたしはその「逃げた」という感覚に無意識で苦しんでいたのかなと思います。

 だから今になって、妙にムキになっているのです。
 「逃げた」というコンプレックスを抱えつづけることのほうが苦しくなったということなんだと思います。逃げていることより。あるいは、ピアノに対して、胸を張れる人でありたいと思うということか(それでも結婚後の数年をのぞいて、なんだかんだでずっとピアノは弾いていました)。
 が、他にも興味のあることはたくさんあるので、ピアノや音楽の勉強もつまみ食いのようにしかできていないのですが……。

 ***

 長くなっていてすみません。

 わたしは聴音も習ったので(今思うとリトミックの授業は、感性全般を磨くものとして優れていたのではないかと思います)、音楽が流れてきて、それが難かしいクラシックやジャズなどでなければ、長調か短調か、♯か♭か、それは何個か、というのは集中すれば分かるときもあります。でも、例えば「あ、シとミとラが♭の短調ね」となったときに、それが具体的に「ハ短調だ」ということは、資料を見ないと分からない。
 そんなの分からなくたっていいんですよ。充分生きていけますし、世の中にはもっと大事なことがたくさんあります。
 でも自分はなんだかそういうのが、中途半端でイヤだなあという感じがあるのです。

 ということで、上の例の「ハ短調」とかが分かるようには結局はならないかもしれませんが、ショパンの前奏曲(プレリュード)集(作品28)の楽譜を買いました。

 
ショパンプレリュードとロンド  全音ピアノライブラリーショパンプレリュードとロンド 全音ピアノライブラリー
(2005/04/27)
ショパン、全音楽譜出版社出版部 他

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 これは、24個すべての調で書かれたピアノ曲集です。まず黒鍵のないハ長調(1番)・イ短調(2番)から始まり、♯が1つのト長調(3番)・ホ短調(4番)、♯が二つのニ長調(5番)・ロ短調(6番)というように♯が増えていき、真ん中に♯が6個の嬰ヘ長調(13番)・♭が6個の変ホ短調(14番)があって、以降♭が5個の変ニ長調(15番雨だれ)・変ロ短調(16番)というように、♭の数が減っていき、最後は♭が1つのニ短調(24番)で終わります。
 「五度循環」で書かれているそうです。
 (ハノンの調の練習のところでは♭から増えていくから、これは4度循環っていうかなあ。。。。。。)
 
 と、かなりがんばってこの記事を書いてみたのですが、これ、月曜日に楽譜買ってから「ぐわー」って勉強したんです。「五度循環」の意味が分からないからネットで調べて、楽典の本も引っ張りだして……。
 
やさしくわかる楽典やさしくわかる楽典
(2005/01/27)
青島 広志

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 ハノンってこういうことだったのかあ。。。と、一番苦手だったハノンがやっとどういうものか分かったり。

全訳ハノンピアノ教本  全音ピアノライブラリー全訳ハノンピアノ教本 全音ピアノライブラリー
(2008/08/08)
ハノン、全音楽譜出版社出版部 他

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 それで、気持ちが高まっているうちに、このことを書いてみようと思ったんです。
 なんていうんですか、「弾く」んじゃなくて「言葉にする」ということで、より掴めることもあるかと思いまして……。
 
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 ショパンのプレリュードの楽譜が欲しくなったのは、先日「悔しい思い」をしたコンスタンチン・リフシッツさんのCDを買って、あまりにも素晴らしかったからです。

ショパン:前奏曲集ショパン:前奏曲集
(2006/12/20)
リフシッツ(コンスタンチン)

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 この人の「雨だれ」すげー!(ラ♭、ソ♯の連打とそのテンポの維持が主眼のようで、普通の人のようにドラマチックな演奏ではないのに、ものすごく伝わってきて号泣してしまった! Amazonで少しだけ視聴できるのでぜひ聴いてみてください。「雨だれ」は15番です!)

 「勉強した」なんてかっこつけていますが、やはりわたしはこらえ性がなく、楽譜を開いてまずしたのは、解説を読むことでもなく、一曲一曲の調についてきちんとチェックすることでもなく、兼ねてから弾いてみたいと思っていた「4番」を弾く、ということでした。まるで餓鬼です。
 マルタ・アルゲリッチさんの演奏。
 
 難しくない曲なので、初見で間違えないで最後まで行きたかったがダメだった。。ちぇっ。

 途中見つけた素晴らしいもの。
 ショパン前奏曲20番と4番のギター演奏です。20番はハ短調からイ短調、4番はホ短調がロ短調に転調されています(たぶん。。ややこしいことやりおって。。)。
 

 最後に、このショパンのプレリュード全曲一気に聴ける動画です。
 Armands Abolsさんの演奏。ラトビア出身のピアニストだそうです。
 
 この方の演奏もよいなと思いました。終演後の拍手、カーテンコールまであって余韻を楽しめる動画です。
 
 
 
 

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

「お手軽」アロマテラピー クナイプブック 宝島社 

 先日かかりつけ医でお腹の薬をもらって服薬し、少し落ち着いたと思ったので薬の量を減らしたら(先生からもよくなったら加減しろと言われていた)、状態が戻ってしまったので(泣)、今も食事や薬など療養モードです。
 なかなか手強いわたしの腹。
 年末からの右ひじの痛みもまだ続いているのに加え、食材も気を使わなくてはいけないので、料理するのがおっくうであります。メニューが浮かびづらい。密かにこれって気持ち的に堪えます。
 仕方ないのですが。。

 なので、と言ってはなんなんですが、気分を変えたいのもあって昨日は国分寺に出て買い物をしました。
 
 買ったのは書店でショパンのピアノの楽譜と、入浴剤などで有名なクナイプのムック本です。
 
 ショパンの楽譜については、今読んでいるクララ・シューマンとヨハネス・ブラームスの書簡集に触発されて、もっと音楽を勉強したくなったので、プレリュード集です。「調」のことをもっと具体的に分かりたいというか、そのためです。ろくに弾けないのに楽譜が増えていきます(汗)。でもきっとこれはわたしには大正解で、それについてもブログに書きたいけれど、お腹やひじのことや他にも書きたいことが溜まりつつあり困ってしまいます(もうなんか頭がパンクしそう。もしかするとその代わりにお腹がパンクしているのかも?)。

 もう一つ買ったクナイプのムックは、1400円で2400円分くらいの商品がたくさん入っているお得なものでした。

 
KNEIPP BOOK 【バスソルト/バスパール/マッサージオイルほか13アイテム付】 (宝島社ブランドムック)KNEIPP BOOK 【バスソルト/バスパール/マッサージオイルほか13アイテム付】 (宝島社ブランドムック)
(2013/02/28)
不明

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 人気商品で、Amazonや楽天では売り切れだそうですが、昨日の午後の時点では紀伊国屋書店のネット通販にはまだありました。

 わたしが買ったのは国分寺の紀伊国屋書店でしたが、家でネットで在庫があるのを確認してから行ったのに(最近はそういうこともできて本当に便利ですね)、どこにも見当たらないので焦りました(売り切れたらイヤだったのです)。店頭の端末機で在庫を調べても「ある」と出るのにどこにもない。
 なのでお店の人に訊いたら、2人がかりでずいぶん時間をかけて探してもらうことになり、もうないのかな、と思っていたら「これですね」と持ってきてくれて、つい「ありましたか!」と言ってしまいました。そんな風に隠されて(?)いたから、売れ残っていて買えたのかもしれません。
 箱を持った途端に、そこはかとなくハーブの香りが漂いました。
 ショパンの楽譜と大事に抱えてレジに並びました♪
 
 けっこう大きな箱です↓
  1303kneipp1.jpg
 
 トライアル13個と冊子入り!↓
  1303kneipp2.jpg
 入浴剤が8個、そのうち4個は新商品のバスパールというもので、これらは市販品、ボディウォッシュやオイルなどが試供品です。たくさんでうっとり。。。
 冊子にはクナイプの歴史や、ドイツの工場の様子のレポートなどがありました。おもしろいなと思ったのはハーブの話で、ビールにも使われる「ホップ」は鎮静作用などがあるそうですが、収穫するときに眠気を誘われるほどなんだそうです! へ〜〜! それを原料に、わたしの好きな「ホップ&バレリアン」の香りが作られるのですね。
 各商品はきちんと包装され、ビニール袋で梱包されているのに箱を開けるとやはりお花の香りが漂いました。
 すごい威力(?)ですよね……。クナイプ恐るべし。

 冊子には、アロマテラピーの見地から、状況に応じてどの香りの商品を使えばいいかのアドバイスも載っていました(マッサージの方法についても)。
 クナイプはいろいろな香りの種類があるから、何を買っていいのか分からない部分もあるし、参考になります。

 思うのですが……。
 以前、精神世界の関係の友人たちがたくさんいたのですが、彼らの中にはアロマテラピーを学んでセラピストをやっているような方も何人かいらっしゃいました。
 わたしはこの分野はそこまで勉強しようという気にならなかったですが、そういうことに興味のある方はいろいろと詳しく、アロマの精油にしても、どこの会社のものがいいとか、いろいろなこだわるべき部分があるようです。
 わたしはそういうものかあ、と思っていて、でもちょっとそこまではついていけないな、という感覚がありました。
 「天然」へのこだわりであるとか……、新鮮なものを使わなくてはいけなかったり、そうなると使用期限が厳しかったり。いろいろなことがあるようなのです。
 まあわたしも自分で本物のバラのオイルやハーブを使って化粧水を作ったりはしているのですが……。
 
 なんというのか、わたしはクナイプを知ってから、「クナイプでいいじゃん」と思うようになってしまった、と言いたいのですね。
 ドラッグストアやロフトなどでも手に入る手軽さもあるし、香りなど悪くないし、商品として長く広く愛されているという安心感のようなものもあって。
 普通のユーザーにはこのレベルでも充分という気がする。
 アロマテラピーを本格的にするのだったら、毎週くらいサロンに通うとかじゃないと意味がないような気がするし、それだと私なんかだとお金が大変だし……。
 
 こんなこと書いたらいけないのでしょうけれど……、「自然療法」のような方向に関しては、いろいろなものや考え方がありすぎて、わたしはかえってノイローゼになりそうだなと思えることがありました。気にしすぎてしまって心にかえって余裕がなくなっていくのです。
 だから、クナイプ買って喜ぶくらいがちょうどいい、そんな風に思っています。
 もちろんそれも、個人の自由でいいと思うし、わたしにはたいして弾けないくせにショパンのプレリュードの楽譜を買ってしまうこだわりがあるのですから、なにに夢中になるのかは、人それぞれなんだと思います。
 ただ、この自分の「クナイプでいいじゃん」という感覚が、なんだかお気楽で、おもしろいなと思うのでした。


 *おまけ*
 クナイプもいいのですが、入浴剤でガチでおススメなのはバスクリンの薬湯<ジンジャーフラワー>です。
 
バスクリン 薬湯 じっくり保温浴 600gバスクリン 薬湯 じっくり保温浴 600g
(2009/09/15)
バスクリン

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 これは、友人のMさんが冷え性のわたしを慮ってプレゼントしてくださって知ったものでした。
 めっっっちゃあったまります!! クナイプより効くかもです!
 真冬には手放せません!
 ぜひとも毎年売ってください、バスクリン様! リピート決定ですから!

 

 
 
 

テーマ : トライアルセット - ジャンル : ヘルス・ダイエット

追悼 須藤薫さん

 歌手の須藤薫さんが亡くなったというニュースを、今夫がヤフーで見つけて教えてくれました。

 この方の歌う
 「心の中のプラネタリウム」、
 初めて聴いてから30年くらいですが、
 冬になるたび心の中に流れる音楽です。
 
 杉真理さんと99年に出された「ポップンロール・プラネット」というCDも買っていました。
 
ポップンロール・プラネットポップンロール・プラネット
(1999/11/20)
須藤薫、杉真理 他

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 大人になっても、あの頃の音楽にときめいた気持ちを忘れないで、という曲が入っていました。

 須藤さんの声は低めで、今流行っている人たちなんかとは全然違います。
 この声だったから、11歳くらいのわたしの心に、「心の中のプラネタリウム」が入ってきたのだと思います。
 素晴らしい歌と声を遺してくださり、ありがとうございます。

 衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 


テーマ : 女性アーティスト - ジャンル : 音楽

ヤマザキ ふんわり

 なかなか胃腸の調子がよくならないので、昨日はかかりつけ医でアレルギーの薬をもらうついでにお腹の薬も出してもらいました。
 整腸剤は粉薬で、苦いだけではなくて酸味があってマズいですが、調子は落ち着いてきたような感じです。正露丸だとイマイチで……。
 アレルギーの薬はもうずっと飲んでいるので、たいてい電話で処方を頼んで出してもらうのですが、年に1度くらいはちゃんと診察してもらうようにしています。
 昨日は久しぶりに副院長先生が診てくださったのですが、この先生にはわたしが2005年にノイローゼと鬱になったときの、ヤバさのピークのときに診てもらっていて(その後精神科の専門医にかかったのですが、そちらに行くときには覚悟ができていたので多少落ち着いていた。一番ヤバかったのは混乱してかかりつけ医に行ったときでした)、わたしのことをそれを含めて覚えていてくださるようで、それを嬉しく思っています。なので受け答えはハキハキとするのを心がけて、「元気にやっていますよ」アピールをします(笑)。それを先生が喜んでくださっているのも何となく感じます。ありがたいことです。

 たぶん粉薬が効いてきていると思いますが、消化によいものを食べるのを心がけるのはまだ続けなくてはいけないかもしれません。
 今日は夫が本社の会議に行って夕食も別でいいので、わたしは家でダラダラして、あとでおうどんでも作ろうと思っています。

 昨日病院の帰りに立ち寄ったスーパーで、ヤマザキの「ふんわり」が安くなっているので買いました。
 これ↓
  1302funwari.jpg
 およ、Amazonでもあるよ!(笑)
 
ヤマザキ ふんわり食パン 6枚切りヤマザキ ふんわり食パン 6枚切り
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ヤマザキパン

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 こちらのパン、Amazonのリンクを見てもらえば分かりますが、188円で、うちの近所だと168円くらいで売っていることが多いのですが、昨日見つけたのは98円だったのでした!

 焼かずに食べるふんわり柔らかいもっちりの食パンです♪
 ちょっとスーパーで買える食パンとしては驚くようなおいしさです☆
 お腹の悪いときにはぴったりだー。
 スーパーで買える食パンなんてどれでも同じだろうと思っていたのですが、山崎パンの少し値段の高いやつはやはりそれだけおいしいということを最近知りました。「超芳醇」とかもおいしいですよね。手作りパン屋さんのものとそんなに変わらないような気がします。

 このパンについて知ったのは、カナダ人留学生の女の子が作った動画を見たからです。
 
 なんかほんとにおいしそうに食べていて、わたしも食べてみたくなったのでした。
 「日本の食パンはすんごくおいしい」そうです。カナダのはおいしくないそうです。かわいいなあ。。
 
 
 

 
 

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最近おもしろいと思うようになったこと

 先日図書館で借りたヨハネス・ブラームスとクララ・シューマンの書簡集が素晴らしすぎて、自分が「これは!」と思ったフレーズを抜き出してFacebookに書き込むということをしています。
 そして自分のページを開いて「あたいの場所が彼らの珠玉の言葉で溢れている!」と自画自賛(?)してニマニマしています(なんだか倒錯しているだろうか?)。
 これからも増えると思うので、Facebookにアカウントのある方で、ヒマな方は覗き見してください♪ ほんとに瑞々しい言葉たちです → こちら 

 話がすごく変わるのですが、昨年末の衆議院議員選挙の前に「政見放送」を初めてちゃんと見てみたら、なんておもしろいんだろう、と思ったということがありました。
 歳を取ったということなんだろうと思いますが、人が自分の考えをしゃべっているのを見るのはイヤなものではありません。
 それで、おとといだか、たまたま参議院予算委員会の国会生中継をやっていたので見てみたら、これもめっぽうおもしろかった。
 つくづく歳を取ったのだなあ。
 小平市出身で、薬害エイズ訴訟問題で原告になって注目されてその後政治家になった「みんなの党」の川田龍平さんが質問していたのだけれど、悪い意味でキャラが変わっていて(なんか派手になってた)、でも悪い意味で被害者意識が変わっていないというのも分かって(もう政治家なんだから、それを売り物にするのはいかがなの? という……)、応援していただけにちょっとがっかりしたり。あとで調べると政治家になってから彼もいろいろあったそうで。。。
 というように、ここのところなんだか政治とか権力に関わることを観察するのがおもしろいという感覚が分かってきたように思います。

 それで、昨日なんですが、新聞の朝刊に載っていた週刊誌の広告の見出しに気になるものがあって、それは宗教学者の山折哲雄さんという方が雑誌で皇太子様に退位されてはどうかという提案をされて物議を醸しているとのこと。
 「ひょえー、そんなこと言ってもいいの」と思ってその話題についてネットで調べていたら、皇太子妃雅子様の「ご病状」について鋭く切り込んだことを書いたブログを見つけました。
 雅子様についても、ご療養が長引いているし、どういうことなんだろうなあ、と普通に疑問に思っていたのですが、そういうことなら「ご病気が長引いている」というのも納得できるなあ、という気持ちになって、目からウロコが落ちるような気持ちになったのです。
 同じ疑問を持つ方には興味を持たれる記事だと思うので、リンクをします→ こちら 
 前後の記事も読まれたほうがいいかもです。

 それにしても権力の中にいるということは大変なことだなあ、とつくづく思います。
 ふんぞりかえってえばっているだけ、なんていうのは単なる庶民向けのイメージだろうなと思う。

 

 
 
 

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