ぶった農産「宿漬け」と、アルヴァレス・ゴメスのオーデコロン「アクア・デ・コロニア・コンセントラーダ」

 先ほどお風呂から出てきたら、部屋の中で「ぶぶぶぶ……」という音がしていて、恐る恐るその音の方向を見たら黒い虫が飛んでいました。
 カナブン?(Gではなかったです)
 夏の夜、ときどきどこかから入ってくるんですね、虫が。。窓開けてるからなんですが。。

 写真を撮ろうかなと思ったけれどけっこう激しく動き回るし、退治のために寝ている夫を起こすのもかわいそうで、どうしようかなあと思っていたら、100円ショップで買った小さな観葉植物にとまって、土のところまで下りてそのまま出てこないので、大きめのプラスチックのコップを上からかぶせて外に出られないようにして、鉢ごと持ち上げてベランダの手すりの上に置いてきました。
 無事処理できた! 殺生せずに!
 
 小さな達成感(笑)。

 
 ここのところ難しい映画をたくさん観て、一本ごとに感想書こうかどうしようか、書くならどういう切り口がいいのか、と考えるのも負担で(もう、何かを鑑賞すると、それをブログに書くか書かないかということを考えるのがセットになってしまっているのです)、ちょっと頭を休ませたくなり夫に文句を言ったので(夫は走り出したら走り続けたがるタイプ)、この2日ほどはテレビなど見て難しいことを考えないようにしていました。
 ちなみに今は、焼酎のトマトジュース割りを飲んで少し酔っています☆

 まあ、少し休めば難しい映画などについて書く気力も出てくるのですが、今夜は、焼酎のトマトジュース割りがおいしいので、それはまた後で考えることにします。

 ***

 ということで、最近「ちょっといいな」と思ったものを紹介することにします。

 まずは、この前、お姑さんが送ってくれた金沢の「ぶった農産」という会社のぬか漬けセットの「宿漬け」
 A4程度の大きさのタッパーの中に、ぬかみそと漬かった野菜が入っているものでした。
 味はおいしいというか、普通にまっとうに純粋にぬか漬けです。干し椎茸がぬか床に入っているのが、珍しくなるほどと思ったところです。
 漬かっていたお新香を食べ終わったら、そのぬか床を再利用することができます。
 今わたしは、これに余り野菜などを漬けるのに凝っています。

 こんな風です(左がこれから漬ける余り野菜)↓
  1307yadoduke.jpg
 わたしは「宿漬け」のぬか床に、ショウガとニンニクを足して、風味を増させることにしました。
 
 10年以上前ですが、アトピーが悪化したときに玄米菜食を試みたことがあったのですが、確かその頃に自分でぬか床を作っていたことがあります(ぬか漬けはもともと好物でありました)。
 「ペロリちゃん」という名前をつけていました。 
 ぬか床は乳酸菌などが生きている「生き物」なので、名前をつけて面倒を見ていたのですね。面倒を見るというのは、毎日かき混ぜるということです。あとは塩を足したり、ぬかを足したり。
 まあ、半年くらいはやっていたかな。。
 結局少し面倒になってしまって、「ペロリちゃん」はダメになってしまいました。
 この「宿漬け」は、初代ペロリちゃんよりはタッパーが小さいし、面倒も見やすいかなと思うので、また頑張ってみようと思っています。維持の目標、とりあえず同じく半年かな。
 ペロリちゃん2号。

 こういうすぐに使えるぬか床がセットになったぬか漬けは、いろいろな会社で出ていると思いますが、こちらの「ぶった農産」、なかなかよいなと思います。自家農園の野菜などを使っているそうです。普通においしいです。
 通販できるようです。(サイトは → こちら )
 
 ***

 次に紹介したいのが、前にも書いたことがあるのですが、スペインの100年以上続くハーブ系香水の会社、アルヴァレス・ゴメスのオーデコロンです。

 
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 これ、去年の1月だかに上野に「ゴヤ展」を見にいったときにお土産コーナで知って買ったものですが(紹介記事 → こちら )、すごくさわやかでいい香りなんです。
 男女とも使えます。
 
 わたしは夫に使ってもらおうと買ったのですが、夫の仕事場は社則で香水禁止で、これは軽い香りだから大丈夫だと思うのですが(ハーブだし)、休日以外つけないんです。
 だから余ってしまっていて、もう購入から1年以上経つから香りも劣化してきていて、もったいなあと思ったのですが、ふと思い立ったのです。
 これって、蚊よけになるんじゃない? と。
 
 蚊には苦手なハーブの香りがあって、レモン系の香りとか、ゼラニウム、ローズマリーなどだそうですが、この香水にはそれらのエッセッンシャルオイルが使われているのです!
 だからわたしは毎晩、ことあるごとにこの香水をつけています(もちろん家の中には蚊よけジェル置いたり、フマキラー炊いたりしているのですが)。夫にも帰宅後つけさせたり、夜ちょっと散歩に行くときなどにもつけます。
 化学的な虫除けスプレーよりいいですもんね。
 (劣化してきたとはいえ)とてもいい香りだし、一石二鳥だなあと思います。もう常備しておこうと思っています。

 この商品は安いと思うし、本当におすすめです。
  
 
 
 
 


 

 

 
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テーマ : 香水 - ジャンル : ファッション・ブランド

禁断の。

 「北家映画祭」は続いていまして、最近は最寄りのレンタル店では飽き足らないので少し離れた他系列のお店の会員になったりしています。

 感想を書くべきかな、という作品もいくつも見ているのですが。。
 でもなんかちょっと疲れてるみたいで。。。(見るだけで疲れるようなものがあるので。。。)

 加えて、ゆうべは最近注目されている話題をネットで見ていたのですが、それもげんなりする内容で。。

 脳が「もう無理!」と言い始める前に、ちょっとケアをしようと思いまして(笑)、禁断の猫動画漁り(脱力必至なので)をしてしまいました。
 わたしは定期的にこれをしてしまう。


 
 ああ。。。

 
 ああ。。。

 
 うにゃにゃ。。。

 
 うああああ!

 でもやっぱり一番和むのはこれです。
 
 どうやって乗って、どうやって降りたのかと考えるという楽しみが残る。

 
 
 
 

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天気急変?

 10分前くらいから急に強い風が吹きはじめて、窓の外が暗くなったと思ってベランダに出たら、雲が北側から覆い被さってきています。
 ぬおおお。。。↓
130727sora1.jpg

 東京アメッシュを見たら埼玉のほうはすごい雨みたいで、その雲が南下してきているもようです。
 
 今日は団地の盆踊りをやっているようですが(10年くらい前、自治会でこの実行委員会をやって大変でした。。)、降られたら中止だろうなあ。
 東京音頭が聴こえているけれど。

 吹く風もなんだか冷たいです。
 梅雨明けすぐの頃の暑さはもう戻らないのでしょうか。
 ここのところクーラーがなくても全然大丈夫です。

 うーん、今外出中の夫は傘を持っていったかしら。

 おお! 今雷の音が聞こえました。


 *おまけ*
 いつだったかの空@ベランダ↓
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 これもいつかの空(月あり)↓
  130727sora4.jpg

 
  
 

 

 

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三鷹市山本有三記念館 三鷹の家のものがたり

 今日は団地の庭に草刈り業者が入っており、窓を開けているため機械のモーター音がすごくうるさいです。 
 それが、身心のモードが「未来志向」に切り替わったところをさらに煽ってくるような感じです。わたしはあらゆるモーター音が苦手なのです。最近冷蔵庫がうるさくなってきたので、消費税増税までに買い替えなくてはと思っています。。(パナソニック、もう15年以上使用中)
 これはこれでちょっとマズいような。。頭がうわーってなってるので。
 深呼吸。はあ。
 まあ、モーターがないと現代の生活はできないのですから、苦手もなにもないのですが。でもあの音の暴力性!
 考えてみれば雑草を虐殺している音ですもんね。。。いえ、そうやって整備してもらえるのはありがたいことなのです。

 ***

 おととい行ってきたのは庭がきれいなところでした。
 三鷹にある「三鷹市山本有三記念館」です。
 JR中央線三鷹駅南口から「風の散歩道」という玉川上水沿いの道を10分少し歩いた閑静な住宅街にある洋館です。
 わたしは読んだことがないのですが、「路傍(ろぼう)の石」などで有名な作家であり政治家であった山本有三氏が所有していたことのある建物で、建設は大正期、様々な変遷を経て、今は三鷹市が管理し記念館として公開しています。
 (サイトは → こちら )

 こちらは今「三鷹の家のものがたり」という企画展をやっており、それはこの家(建物)と戦前・戦後の三鷹の住宅事情のようなものをクローズアップしたものでした。

 ***

 春に訪ねた東村山市の国立ハンセン病資料館でこのチラシをもらったのですが、きれいなデザインで、近場だし、内容もよさそうなので取っておいたのです。
 おととい、どこかに出かけたくなり、レディースデーなので映画でも見ようかとも思ったのですが、都会に出る気力まではなかったので思い出してこちらに赴いたわけです。

 大正解でした!

 わたしは建築には全然詳しくないですが、大正期の洋館などには惹かれます(目黒の庭園美術館とかすてきですよね)。
 ロマンを感じるのですかね(笑)。

 以下、写真とともに感想を書いていきます。今回、写真多いです。表示されにくかったらすみません。

 記念館入り口にある↓
  1307mitakarobou.jpg
 「路傍の石」と呼ばれるもので、山本有三さんがどこかで見つけたものをここまで運ばせたのだそうです。
 堂々のお出迎えをしてくれます。

 入り口の門付近↓
  1307mitakamon.jpg
 大きな木々がうっそうとしています。
 武蔵野の雑木林だったものか、建設時に移植したものなのか。。左手はわりと洋風の「ガーデン」でした。

 記念館の入り口(玄関方面)↓
  1307mitakamae.jpg
 なんだか童話に出てきそうです。左手のアーチ型の部分の奥が入り口です。古い木のドアで、何度もペンキを塗り重ねているようでこっくりした質感でした。

 お庭は無料で入れるので、まずそちらに向かいました。
 和洋折衷風な庭園↓
  1307mitakaniwa.jpg
 芝生の奥には池があり、鯉が泳いでいました。
 このような庭を個人で所有する、、、、なんという贅沢!

 池の左手にあるケヤキ(?)と笹↓
  1307mitakaki.jpg
 美しい!

 庭から家を見るとこう↓
1307mitakasoto.jpg
 これを! 個人で! 所有とか!
 
 この家を建てたのは清田龍太郎という明治13年に広島で生まれた人で、クリスチャン(父親が牧師)でアメリカのエール大学にも留学ていたというエリートです。
 だから西洋風のものを取り入れた家を造れたのでしょう。建築年は1926年頃だそうです。
 この人は実業家としても成功し、その豊かな時期にこの家を建てたのですが、昭和恐慌で事業が破綻し手放すことになったそうです。その後日本語教師としてオーストラリアに移住するのですが、真珠湾攻撃で日本人の立場が悪くなる中、戦争中の1943年に亡くなっています。
 栄枯盛衰、なかなか激しい人生だなあと思いました。

 わたしはよく知らなかったのですが、1923年の関東大震災以降、焼けだされた人たちが少しずつこの多摩地区に移住してきていたようです。
 この家も震災を意識して造られているようで、鉄筋コンクリート構造を取り入れた当時の最先端の建築で、壁は白の漆喰、外壁には「スクラッチタイル(スダレレンガ)」とい溝の入ったタイルをふんだんに使っていて、当時流行っていた「ライト風」(帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトのこと)の建築だそうです。

 ですが、この家を設計した建築家が誰なのかはいまだ謎で、特定されていないそうです。
 それもすごいなと思うのですが。。

 窓の装飾もかわいい↓
 1307mitakamadosoto.jpg

 ***

 作家の山本有三さんは1936年にこの家と土地を購入し、吉祥寺から越してきたそうです。
 執筆活動に専念するため静かな環境が欲しかったとか。
 そのときにもとの清田邸からは少し改築をしているだろう、とのことです。
 子ども部屋や母親のための部屋、書生や女中のための部屋などもあったようです。

 中に入ると、一階は山本有三さんのゆかりのある品々の展示でした。
 応接間↓
  1307mitakakyaku.jpg
 
 木の床と漆喰の壁。ところどころの絨毯。
 この日雨だったためか(湿気がある)、そこに染み付く「人の匂い」に気づきました。
 生活しているわけではないので、生活臭ではないのですが、長い期間その中に人がいた匂いがするのです。
 部屋はどこを見ても人の手が入ったぬくもりがあります。

 わたしはこういうの好きです。
 昔の母方の祖父の家を思い出すし。
 でも、今、ペカペカしたビルディングの中で生活するのが当たり前の都会の子どもたちや若い人は、この匂いや目に見えないぬくもりを、もしかしたら、少し重くて気持ちの悪いものととらえるのではないかしら。
 そんな風にも思えるほど、そこに蓄積された人の「気」が感じられました。

 ***
 
 2階はこの家の来歴や、住宅地としての三鷹の発展についてなどの説明の展示がありました。
 これがすごくおもしろかったのです。
 「へえ〜」とか声を出しながら説明を読んでいました。
 わたしは自分が生まれ育った多摩地区の歴史を、知っているようで知らなかったのですね(父は杉並出身、母は東久留米出身で、わたしは多摩地区サラブレッドです)。
 関東大震災以降人がだんだん入ってきて(それまではこの辺は「別荘地」だったそうです!)、戦後一気に増えたこと。今ではベッドタウン、しかももう古くなりつつあるベッドタウンです。
 そんなのは分かっていたような気がするのですが、昔の写真なども交えて見ているとリアルに分かりますから。
 展示室にはわたししかいませんでしたが、まったく集中して見ることができました。
 
 階段から見る二階の廊下↓
  1307mitakanikai.jpg
 うっとりしますね!

 二階中心部には和室があります。床の間つき↓
  1307mitakawasitu.jpg
 洋館の中にある日本間。やはり心が落ち着きますよね。これがないとね。

 しかし、このすてきな洋館、日本が戦争に負けると、アメリカ軍に接収されてしまうのです!
 これも展示で知って声をあげて驚いてしまいました。
 アメリカ軍の将校たちが住まうために提供しなくてはいけないそうで、条件は、洋館であり、皇居まで45分で行け、そこそこの部屋数があることだそうです。
 接収が決まると、四日以内に明け渡さなくてはいけないし、家具もそのまま使わせるから置いていかなくてはいけないんですって!
 ひっでー!!
 わたしはそういうことがあったことも全然知りませんでした。
 
 そこでアメリカ人に使われたため、また改築・改装されたらしく、その後自分の手元に戻ってきたこの家に山本さんが住むことはなかったそうです。
 51年に接収解除、56年には家と土地を東京都に寄贈してしまったそうです。
 でも、そのおかげで、この建物は記念館として保存されることになり、わたしたちが入ることができるようになりました。
 (でも東京都から三鷹市に委譲されるなどのことはあったそうですが)
 これからも長くがんばって保存してもらいたいものです。

 二階の窓から見る庭の木々↓
  1307mitakamadoki.jpg

 ***

 というわけで、あまり有名じゃない場所だし、企画展の内容は地味なものでしたが、いろいろ勉強になったし、よいものを見られたので大満足でありました。
 最近すっかりこういうのが楽しくなってしまって、色気がないかなあとも思うのですが。。(笑) 
 でも、楽しいと感じられるのだから、仕方がない。
 ただ、ブログにそれを文章にして書くのは難しく、なかなか大変だなと思っています。
 
 今回も長くなってしまいすみません。

 最後に、わたしが一番気に入った場所↓
  1307mitakakaidan.jpg
 記念館西側の階段の踊り場。
 レッドカーペットとステンドグラス、木のこっくりした手すり。
 ここに暮らして、この階段を毎日上り下りするというのはどういうことだったのかなあ。。
 Tシャツと短パンみたいなかっこじゃ下りられないね。。
 ドレスか着物だよなあ。。
 それで踊り場まで来たら、このポールの先端に手をかけるんです。ふう、とため息なんかついて。
 (階段は小さなものが他にもあったので、女中さんなんかはここは通れなかったかもしれない。それくらい気合いの伝わる階段でした)
 
 そんなことが一般人にできた時代があったのだな、と不思議な気持ちになります。
 

 
 


 

 

 
 

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切り替え完了。

 「水星逆行モード=過去に向かい合うモード」からすっかり抜け出て、未来へまっしぐら! の北美紀です、こんにちは!
 ええと、それはつまり掃除・片付けモード全開中なのであります!
 逆行中気にならなかった部屋の中のちょっとした乱れが気になって、もう発狂しそうです!
 
 こうなると、切り替わった感があります。
 占い歴30年、チャネリング歴20年という、とにかく目に見えないエネルギーに敏感なわたくしがたどり着いたバロメーターはそこです。
 こうやって家事に「うがー!」となって、生活の流れが前を向く、という感じがあります。
 (あと交通機関のアクセスがことごとくスムースとか、歩いていたらたまたまタイムセールにぶつかって気に入るものをすんごく安く買えるとか。これらは昨日遭遇したのですが、わたしはこういう「タイミングが合う」ということでも確認しています。まあ、げん担ぎみたいなものですけれど)

 おとといの夜はチャネリングはせず(まあそこまででもないかなと)、とにかくゆっくりして(お風呂はクナイプのローズ)、身心にスイッチの切り替えを促しました。それがまずないとダメかなとも思います。
  
 それで、昨日は一人でちょっとよいところに出かけて、その感想を書きたいのですが、これから夕飯の買い物や銀行に行かなくてはだし、調べることもあるので、今日中にできるか分からないのです。
 とにかく、撮った写真を選別して、見やすいように少し加工して、大きさを決めるところまでで一仕事です。 
 そこまではやったんだけど、文章までいけない! だって銀行が!! 

 なのでとりあえずいったん更新します。
 ああ、本当は掃除だけしていたい! でも銀行! 

 
 *おまけ*
 昨日撮った写真で、感想ブログには載せないでおこうと思ったけれど少し気に入っているもの。
 その1↓
  1307mitakamaru.jpg
 
 その2↓ 
  1307mitakamado1.jpg

 その3↓
  1307mitakakusa.jpg





 

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エネルギーの端境期

 水星が順行に戻ったのはいいのですが、わたしはまだ「未来志向」にはなれていません。
 今回の逆行の影響があまりにも強烈だったため、完全に「逆行(過去の清算)モード」に身心を対応させてしまったため、そこから抜けきれていないのです。
 これはこれでマズいです。
 でも本当にすごかったんだもの。。今回。金沢のことってわたしには大きなことですし。オウム事件のこともそうでした。
 今回の逆行中に考え、学んだことを踏まえて、改めて前(未来)を向いていこうと思っても、なにをどうしたらいいのか分からない(困惑してしまうくらいに)。
 自分の中に大きななにかが加わった感じで、でもそれを自分で使いこなせるところまで全然いかない。
 いくわけがないのだけど、ついここ一ヶ月のことだから。
 気長にやるしかないのか。

 今引いてみた天使のカード↓
  1307transfor.jpg
 「変容」。
 気長にやろう。。(それとも時間なんてないのか? いや、急がば回れというものだし)

 こういうときこそ、瞑想をしたり、チャネリングしたりするのがいいのかもしれません。
 エネルギーのバランス調整をしたらいいのかも。
 ちょっと今夜はそんな風に過ごしてみようかと思います。

 
 *おまけ:グロ画像かも*
 夫が職場の人からもらってきた↓
  1307ufo1.jpg
 UFOズッキーニという野菜です。
 自家菜園で作ったものだそうですが、去年まで緑一色のものだったのに、今年はすごいことになっていました。
 毒カエルみたい。。↓
  1307ufo2.jpg
 飾りにしてもいいのですが気持ち悪いし、食べられるものなので、すぐにパスタや炒め物に使ってしまいました。
 食感は、カボチャとズッキーニのおいしくないところを合わせた中間、味はなし、という感じで、うーん、、、これは話題提供のための作物かもしれない。
 

 
 
 
 
 
  
 
 

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蟹座水星逆行

 今日は西洋占星術愛好家らしく、星占いの話を。

 先月の金沢帰省では、お姑さんとのコミュニケーションがとても大変でした。
 こちらが気を使ってもそれが裏目に出る。そして、あちらが気を使って下さることも、こちらがうまく受け取れない。
 ことごとく行き違いとなり、エネルギー的にはケンカのような状態になってしまいました(口汚くののしり合うのようなことはないけれど、お互いに心が固くなってしまって取り合えない)。 
 でもお姑さんは、いろいろな経験をされてきた方なので、このままじゃヤバいと思って下さったのでしょう。
 歩み寄りをしてくださいました。
 わたしは頭が下がるばかりです。
 結果的に、今まで話せなかったようなことまで話すことができ、相互理解が進んだのではないのかなと思います。
 だからよかったのだけれど、初めのうちは本当に大変でした。

 滞在中、あまりにも大変だったので、帰宅後、「これはもしや・・・」と思って西洋占星術の見地から天体のことを調べました。

 ビンゴ!!
  
 水星逆行中!


 それでわたしは合点がいって、ときがくればきっと納まり、よいようになると思って少し肩の力を抜いたのです。

 ***

 西洋占星術では、水星という星は、コミュニケーションや知識、交通、情報などの象徴とされています。
 その星が、普段は東から西へ移動しているのですが、惑星の公転周期の違いなどから、地球から見ると「見かけ上」、逆行(後退)しているように見える期間があるのです。
 それは、ときがくれば終わり、また元の運行に戻ります(順行という)。
 西洋占星術では、水星の逆行時には、コミュニケーションの行き違いや誤解が生まれ、人間関係がギクシャクしがちであったり、情報が錯綜したり、交通の乱れがある、などとされています。

 今回の水星逆行の開始日は6月26日、わたしたちが金沢入りした日と重なります。
 そして、順行に戻ったのが昨日、7月21日だったのです。
 
 わたしは昨日に、なにかがスムースに流れはじめた感じがしたので「もしや順行になったか?」と調べてやはり昨日からだと知りました。

 今回の水星逆行は蟹座で起こったので、家族や母親、母性に関することでコミュニケーション不全が起こったり、感情的になってしまうことが考えられたのですが、まったくわたしはそれに合致していたと思います。
 (しかもわたしはアセンダントが蟹座にあり、反対の山羊座7室に太陽があるのでモロに影響がありました)

 まあ、偶然といえば偶然なのですが、ちょっと今回は大変でした。

 これはマジでヤバい、と思ったので、帰省から帰った後はおとなしくしていたし(ほぼ地元で過ごして遠出はしなかった)、水星逆行中は、過去の未清算のことがらが心に浮上しやすいので、自分にとって重要だった95年のオウム事件の本を読んだり、その感想を書いて、自分の中の過去と向き合うということをメインテーマにしていました。これはよかったと思います。
 水星逆行中というのは「過去と向き合う」という過ごし方がいいとされているのです(逆にそれをするためのチャンスの期間と考えるのがよい)。

 7月前半はお姑さんとも感情的に大変だったのですが、ときが進むにつれて、現地の現場では見えなかったことが見えてきて、気持ちも落ち着いていきました。お姑さんも同じくだったらしく、先日、改めていろいろ話をすることができ、心のわだかまりも解消されたように思います。

 ***

 このように、わたしは今回の水星逆行でけっこう鍛えられてしまいました。
 ここまでガツっと星に「やられた」実感を持つのは久々です。

 ただの偶然だと片づけることはできますし、そうすべきなのかもしれません。
 けれど、わたしは「ああ、今水星逆行してるし、これはしょうがない、過去に向き合い、無理せず今できることだけしていよう」と思うことで、実際の感情的な困難さを乗り越えたと思うので、こういう「星占いという指標」を使うことは悪いことではないと思っています。

 しかし、参議院選挙は水星逆行中に戦われ、順行の日に投票日だったのですね。。(今日は朝までテレビの速報を見てしまいました。気になる候補の行方が気になり。。)
 分かっていましたが自民圧勝。
 蟹座に星の多い安倍首相ですし、蟹座水星逆行も、うまく戦ったのかもしれないなあ。。
 自民党には吉と出ましたが、それが国民一人一人にそうなるかは分かりません。わたしにとってもそうですね。

 でもここまで圧勝だと、やはり少し怖いですね。どうなっていくのかな。
 暴走しないことを祈ります。。

 
 *おまけ*
 昨日の空:1↓
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 昨日の空:2↓
  130721sora2.jpg

 
 
 
 
 
 
 
 
 

テーマ : 占い - ジャンル :

どうするんだろう?

 今朝9時頃、夫はわたしの話す声で目覚めました。

 「シティーソリューションをどうにかしないと」

 なんだ、どうしたんだ、とわたしの顔を見たら、

 わたしは寝ていたそうです。


 まっっっっったく覚えとらん!!!


 都市の解決。どうするの????
 ほんと大変なことになってるのにね!(いやたぶん)

 しかしどんな夢を見ていたんだろう。


 以下に貼るのは10代の頃聴いていたイギリスのバンド、クライムアンドザシティーソリューション crime and the cithy solution の歌。
 ALL MUST BE LOVE
 
 こういうのを聴いて、わたしはそのへんの女子とは違うんだぜ、とか思っていました。
 ははは。
 でもこの曲はそんなに嫌いではない。


 *おまけ*
 夫がくれたお花↓
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 金沢のことを頑張って書いたのは(けっこう精神力も時間も使いました)、夫にとっても嬉しいことだったのかなと思う。

  
 


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石川県立美術館を訪ねて (2013金沢滞在記:3)

 わたしは高卒なので勉強ができません。
 レベルの低い話で申し訳ないのですが、暗記が苦手なんですね(笑
 なので、地名や名前や年号を覚える社会科は苦手科目でした。

 そんなわたしが結婚したお相手は石川県金沢市出身でありまして、そこは有名な「加賀百万石」の地なのであります。
 彼とのおつきあいが始まっても、わたしはそのことの意味がよく分かっていませんでした。19の頃です。
 それからいろいろなことがありまして(21歳でチャネラーになって夫といったん別れたり、ヨリ戻したり結婚したり、わたしが仕事辞めて自分探しに入って鬱になったり、舅が死んだり父が認知症になったり死んだりなどなどなど)、気がついたらわたしも40代になっていて、なんだか「歴史」が好きになっていました。

 先人たちがどうやって生きてきたかということと、自分に与えられた人生の課題をどう乗り越えていくかということが、リンクするようになったからです。
 それにもう、年号を覚えて書かされるテストもないですから♪ ネットで簡単に調べられるし♪

 古くから伝わるよいもの、本であるとか美術品、音楽などに触れることで、どうして「人生の課題を乗り越える力」が出てくるのでしょう。
 いつでも「人」というのは苦境から立ち上がって歴史をつないできたものなのだ、ということを感じられるからかもしれません。
 ユートピアがこの地上になくても、人は連綿と生きてきたんですね。
 
 最近夫婦で大好きな故大島渚監督の奥様である小山明子さんは、こんなことをおっしゃっています。

  知恵は生活していると付きますが、
  知識は本を読まないと増えない。
  人はつらい時、知識に救われると思います。


 この言葉の意味が、分かるようになってきたことを、自分で嬉しく感じます。

 ***

 「歴史」が好きになったわたしは、今回の金沢帰省で、初めて石川県立美術館に行ったのでした。 

 なぜもっと早くに行かなかったんだ・・・! 

 と言いたくなるくらい素晴らしい美術館でした。
 (ずっと21世紀美術館ばかりに行っていた。今回時間が足りなくてこちらはパスしました)
 
 金沢すげー!

 今さらそう叫びたくなるくらいです。

 何がすごいって、石川県立美術館は金沢に伝わる九谷焼などのお宝が満載なんですがどれもこれもめちゃくちゃ美しいんですよ。

 全部くれ! この棚に並ぶ皿、全部くれ! 

 と言いたいくらいでした。
 (母が焼き物が好きなので、わたしは子どもの頃からいろんな民芸品店に連れて行かれていたため、瀬戸物は少し見慣れていると思います。台湾の故宮博物院にも何度も行っているので磁器もそこそこ見てきています)

 ***
 
 もう少しまともに感想を書いていかないといけませんね。

 石川県立美術館は戦後できた美術館で、石川県にゆかりのあるものが収蔵されています。
 昔ながらの金沢の工芸品もありますが、現代の絵画・彫刻などもそこそこあるようです。 
 これは、加賀藩主であった前田家の人々が文化芸術をたしなむ心意気の高い方々で、明治以降になって西洋化が始まれば洋画を収集するなどされてきたためです。
 
 今回こちらで初めて知ったのですが、前田家の当主・三代利常、五代綱紀が特に芸術、工芸に力を入れて加賀の文化を花開かせたそうです。
 京都から職人を呼んだり、オランダから入ってきた西洋のものを買いしめて研究したり、城の中に「御細工所」というのを作って手先の器用な人間を重用したりして、地域の工芸生産を伸ばすことをしていったそうです。

 たかだか一地方の大名がそこまでする原動力がなんなのか、ということですが、その説明が九谷焼の展示室にあって、胸を打たれたのです。
 戦国時代が終わりに近づいて、自分たちはどうやってももはや「天下取り」はできない、ということを悟って、では、文化芸術で日本一になろう。
 そういう反骨精神だったというのです。
 利常だったかなあ。そう心に決めたのだそうです。
 政治でダメなら芸術(文化)だ、ということでしょうか。

 それを、県立美術館の説明できちんとしているところに、胸を打たれたのです(しかも九谷焼の部屋で)。「反骨精神」という言葉で説明されていたように思うのです(もしかしたら記憶違いかもしれませんが、この言葉に類する強い言葉でした)。
 これを読んで、わたしはとても胸を打たれ、「金沢」に対する親しみが、一気に高まったのです。
 あの人たちの根幹には、そういうものがあったのか。
 そう思ったら、とても愛おしく思えてきたのです。
 過剰にまで「ビシィィッ」としている、あの街、あの人々。気が強くて意地っ張りな。でも、ハートがないわけではないんですよ、彼ら。それもだんだん分かってきた。
 その裏には、このような精神があったのだというのです。
 わたしは感動して、その説明のパネルを読み直してしまいました。

 ***

 それは、歴史も文化もわけも分からず金沢の家に嫁に行ったわたしにもたらせた、ある意味での「福音」です。
 大きなことです。
 壁が一つ壊れた感じなのです。 
 わたしと金沢の間にあった壁。
 
 こうやって、「知識」をつけることで、人は辛いものも乗り越えられるのだと思います。小山明子さんが言うように。

 ***

 石川県立美術館は入場料350円です。  
 人が全然入っていませんでした。
 金沢の工芸品から、近代・現代の絵画(日本画も洋画もある。鴨居玲さんの絵もありました)、彫刻まであります。よいものをたっぷり見ることができます。

 目玉はこれ↓
  1307isibikiji.jpg
 野々村仁清作 国宝・色絵雉香炉、重文・色絵雌雉香炉 17世紀
 展示室はこの二羽のためだけに創られたもので、たぶん輪島塗の黒い台に乗ってる。本当に素晴らしいものでした(何時間でも眺めていられそう)。わたしは雌のほう(奥のもの)が好き。早くセットで国宝になればいいと思います。
 ちなみに入場チケットが色絵雉香炉の写真なので、本のしおりにしています。

 わたしが気に入った古九谷の大皿↓
  1307isibisara.jpg  
 青手樹木図平鉢 17世紀
 これ欲しいけれど、この皿に盛れるような料理を用意できないと気づく。
 

 彫刻で個人的に気に入ったのはこれ↓
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 富永直樹 大将の椅子 1985年
 いろんな時代のものの展示がありましたが、彫刻はまだわたしにはちょっと難しいです。
 
 場所は兼六園のすぐ横、21世紀美術館の手前の神社の裏手の森の奥にあります。
 美術館の周囲が「本多の森」と言われていて、江戸時代から続く森が整備されていて美しいです。
 建物は新しくて広いです。2階が展示スペースで、休憩所のソファーの座り心地が異常によかったです。
 1階にあるパティシエ辻口博啓さんのカフェは盛況でした。地元の人は美術館じゃなくてこちらに行くみたいです。。それも仕方のないことなのかな。。

 付近には前田家の家老だった本多家の蔵品館、石川県立歴史博物館があります。
 赤レンガの歴史博物館は今改装中↓
  1307rekisihaku.jpg

 
 石川県立美術館のサイトはよくできていて、所蔵品の検索もできるようです
 ( こちら )。

 義母と義姉の住むアパートはこのエリアの近くなので、また折にふれ行きたいと思っています。

 金沢にお越しの際には、ぜひこちらにも足を運んでいただきたいです。

  

 *おまけ*
 金沢駅前おもてなしドームで咲いていた青いサフィニア↓
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 帰りの飛行機から見た空↓
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 たぶん飛騨山脈の上あたり。
 小松から10分ちょっとで名古屋上空ですよ! 
 でも飛行機は確かに乗っている時間自体は短いのですが、空港までの移動や空港での時間つぶしなどを思うと面倒はあり、高速バスでのんびり金沢入りするのもやはり悪くないな、わたしはそっちも好きだな、と思いました。
 

 








テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル : 学問・文化・芸術

2013金沢滞在記:2

 今回の金沢では写真もたくさん撮りました。
 3泊4日で行ったので時間があるため、一日はプチ観光をして、金沢市周辺の山や海に出ました。

 卯辰山(うたつやま)は、金沢の東に位置し、今調べて知ったけれど「日本歴史公園100選」に選ばれている山だとか。
 標高141メートル。小さな山、というか、丘陵のようなもので、以前は動物園などもあり栄えていたのですが、閉園されてしまって今ではあまり訪ねる人もいなくなってしまったようです。
 21年前、初めて夫と金沢に行ったとき、夫が連れて行ってくれたところでした。
 今回、菖蒲祭りをしているとのことなので行ったのですが、バスの路線を間違えてしまい、全然離れたところで下ろされてしまい、そこは見学できませんでした。
 山頂(?)に点在する公園を散策して、バスがなかなか来ないのでベンチに寝そべって空を見て時間を過ごしました。
 アホな時間の過ごし方ですが、とても心が休まりました。
 屋外で寝転ぶって、魂が喜ぶことのような気がする。
 
 山頂から観る景色↓
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 きれいなあじさい↓
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 寝そべりながら見た空↓
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 この空を見ながらショパンのプレリュードを聴いていました。iPhoneのスピーカーから音を出して(イヤフォンでなく)。
 それは贅沢な時間でした。

 山頂にある公園では、植栽の職人さんが入って枝下ろしなどの作業をしていました。
 もうあまり人が来ないのに、きちんと管理しているのだなと思いました。
 ベンチの近くにあったもみじ↓
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 動物園は閉鎖されたけれど、山頂にある相撲場はまだ使われているらしい。
 土俵が整備されていた↓
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 廃墟のコロッセウムのように見えて、少しギクリとしてしまいました。

 ***

 卯辰山の後は、内灘(うちなだ)の海に出ました。
 金沢駅の地下から出ている北陸鉄道浅野川線で金沢駅から20分くらいで内灘駅につきます。
 下校時刻に重なって、電車には地元の高校生がたくさん乗っていました。
 高校生も、どこかきちんとしているんですよ。
 かわいい子が多いです。イケメンもそこそこいたな。

 内灘駅から1キロくらいで内灘の海岸に出られます↓
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 少し北上すると、「千里浜渚ドライブウェー」というところになるのですが、ここらの海岸の砂は大きさがそろっていて固く踏みしめることができるため、海岸を車で走れるんです。
 この海岸にも渚近くまで車が入っていました。
 金沢市民の憩いの海だそうで、舅と姑の初デートもこの海だったそうです。 
 
 久しぶりの海辺の散策ですが、それはわたしにとっては宝探しの時間です。
 以下、人によってはグロ画像に見えるかもです。閲覧注意です。
 
 クラゲ発見↓
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 アカクラゲらしい↓
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 「ジェリーフィッシュ」とはよく言ったものだ。

 ふぐ発見!↓
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 ふぐも打ち上げられるんだ〜〜と感動! 

 お目当てはこれ↓
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 棘皮動物(ヒトデの仲間)の「カシパン」です。これはまだ「毛(棘)」が残っていました。
 これか「タコノマクラ」を拾いたかったのです。海岸で。
 内灘にはカシパンが多いようです。
 大きいものはだいたいつぶれていて、見つけたのは500円玉より小さいものばかりでした。
 でもけっこう落ちていて嬉しかったなあ。

 お宝拾ってご満悦↓
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 笑いたいんだけどまぶしくてまぶしくて。。。

 しかして今回の戦利品♪↓
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 超ご満悦〜〜!!
 もちろんわたくしも女性ですから、宝飾品だのブランド品だのだって好きですけれど、こういうものも大好きなのでありました。自分で拾うのが嬉しいのですね。「わ〜〜〜〜い!」という気分になります。
 裏面の紫の模様がきれいなカシパンは夫が拾いました。夫グッジョブ!
 きれいに洗って、大切に東京に持ち帰ってきました。
 
 内灘の海は波などなかなか迫力もあって気に入りました。
 また行きたいなと思います。
 
 


 

テーマ : 国内旅行 - ジャンル : 旅行

2013金沢滞在記:1

 少しブログを書かないでいると、途端になにを書いていいのか分からなくなります。
 故大島渚監督は「自己模倣の禁止」をモットーとされていたそうですが、それは見習わなくてはいけないものだろうと思うけれどなかなか難しいだろうと思う。
 渚ちゃん!
 
 「北家映画祭」は続いていまして、大島作品以外でもいろいろ観ているのですが、もう感想書くのがが追いつかなくなっています。

 ということで、先日までの夫の故郷の金沢での滞在についてなどを書こうかなと思います。

 ***

 わたしは30代はそこそこ海外旅行もしたのですが(まあたいていは台湾なのですが)、最近、前ほどには海外旅行に行きたいと思わなくなっています(せっかくパスポート更新したのだけれど)。
 夫の故郷の金沢は、観光地としても美しい上に、手強いお姑さんがいて(元料亭の女将)、ちょっと海外旅行に行ってくる、なんてよりも強烈な学びをわたしの中に残します。 
 ある意味では、こちらの滞在のほうがずっと刺激的だし、自分の成長にとって必要なことが凝縮されているのかもしれないなと思います。
 わたしは本名でブログをやっているし、夫の親族はまだ金沢でそれなりに大きく商売などされていたりするので、詳しいことは書けないのですが、最近は夫の家族のことに関しても若い頃には分からなかったことが見えてきて、そうなると考え方なども変わってきます。

 お姑さんからは、自分の母親からは学べなかったことをたくさん教えられています(全く違う種類の「母親二人」かな、と思います)。
 それはイヤなことではないです。ありがたいことです。
 ときには自分の未熟さを思い知らされて苦しいと感じることはなくはないです。でも「学ぶ」ってそういうことですよね。

 もっと教わりたいことはあるような気がする。

 ***

 滞在中に撮った写真などとともに滞在記(?)を。

 金沢というのは、観光都市であり、古くは商業都市なので(京都や奈良のような宗教まで根付いている古い土地ではないような気がする。結局前田藩からだからけっこう最近なんですよね)、「他人から見られる自分」というものへの意識が高いのでしょう、人々はみなビシッとしています。特に女性。 
 みな姿勢がいいんですよ。街中に、だらしない感じの人ってほとんどいない。
 そしてどこか合理的な感じがする(結局美しくきちんとしていることが巡り巡って自分や一族を守るのだ、ということを理解している)。
 それを若い頃は「冷たい、お固い、お高い」というように感じていたのですが、最近は見習いたいなと思うようになっています。
 まあしょせんわたしは東京都下多摩地区の人間ですから、限界ってものもありましょうが、参考にするくらいはできるかな、と。。。


 これは金沢駅前おもてなしドームの地下部分の小さな庭↓
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 それは本当に小さな庭なのですが、それでもすごくきれいで、この庭を観ながら休める椅子もたくさんあるのですが、あまり人がいないのです(わたしはここがすごく好きで、駅で疲れたときなど休みにいきます)。
 もったいない!
 と思うけれど、金沢の人にとってはこんなもの当たり前なんですね。見向きもしないっていうか。。(汗)
 なんか贅沢だなあと思います↓
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 こういうものがポっと当たり前にあるところに、「金沢の底力」のようなものを感じるのです。
 うならされます。

 ***

 今回泊まったホテルは、駅前の「都ホテル」で、金沢で一番古い(今年50周年だとか)ホテルでした。
 内装は新しくなっていますが、建物自体は古いです。
 以前よりお客さんは減っているようで、7階建ての上階2階分だけが客室になっていて、後は宴会場になっていて、老舗ということで市内の商工会議所的なもののイベントなどで使われることのほうが多いホテルとなっているようです。
 部屋からの眺め↓
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 今まで泊まった金沢のホテルでは一番よい眺めでした。たぶん上階だからかな。
 立地は金沢駅前なので、兼六園などからは少し距離があります。このあたりは金沢の中心地ではありません。
 夜、この窓の外を見ながらバッハの「コルトベルク変奏曲」を聴いたら恐ろしくマッチしていました(笑)。
 
 ホテルの中のレストランは味にうるさい金沢人が集まるのでおいしいだろうと思ったので、確認のために(お手頃な値段の)治部煮(じぶに、碗もの)と小付けなどと日本酒のセットを頼んだらやはりとてもおいしかったです。 
 治部煮は加賀料理。右下のものです↓
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 (でも治部煮は、つぶれてしまった北の店のもののほうがおいしかったぜ! あごが落ちるくらいだったぜ!)

 「ハス蒸し」のほうがおいしかったかも↓
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 これも加賀料理で、初めて食べたのですが、いつか家でも作ってみたい。レシピ調べたらできそうです(レシピサイト → こちら )。

 とりあえず一旦更新します。

 
 
  

テーマ : 国内旅行 - ジャンル : 旅行

初めての光景

 世の中は三連休らしいですが、夫は関係なく仕事に行っています。
 明日が「海の日」なのですね。これは私の子どもの頃にはなかった休日です。
 これは三連休を作って国民をレジャーに出かけさせて経済をまわそうということでできた休日だったと思うのですが(1月の成人の日もそうなりましたよね)、うちは全然日本経済の復活に貢献していません。すみません。
 いつも通り夕飯の買い物に出るくらいです。

 遠くで雷の音が聞こえる中買い物に出たのですが、途中から雨に降られました。
 本当は隣町のドラッグストアまで行くつもりだったのですが、イヤな予感がしてスーパーのみに変更。
 スーパーで買い物していたらバケツをひっくり返すような雨に。
 少し時間を置いて、小降りになってきてからスーパーを出ました。

 途中、近道になるので大きな病院の敷地の中を通ります。 
 そこで、歩いていたら、なにかがゆら〜〜〜っと視界に入ってきたんです。
 最近老眼進んでるし、飛蚊症もあるので、そういうものかなと思っていたのですが、また白くてもや〜〜っとしたものが足下に見える。
 アスファルトから湯気が立っていたのでした。
 驚いて立ち止まると、周辺のアスファルト全体からもわもわもわ〜〜〜っと白い湯気が。
 なんていうの、温泉街の温泉が出るエリアの足下みたいな感じですよ。そういうエリアってありますよね。
 写真に撮ったけれど分かるでしょうか↓
1307yugeaf.jpg
 写真中心の右あたりに白くなっているものが湯気です。
 写っていないけれど、低く全体的に出ていました。

 わたしは今まで、猛暑のゲリラ豪雨の中を歩いたことってあまりなく、初めての光景でした。
 でもこのエリアが特に立ち上っていたようで、少し先にいくと出ていませんでした。
 ちょっと不思議な光景で、一瞬夢の中の景色のように見えました。


 *おまけ*
 行きの道で見つけたガザニア。まだ雨はそんなに降ってなかった。
 その1↓
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 その2↓
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テーマ : つれづれ日記 - ジャンル : 日記

夏の風物詩(ごく個人的な)

 今日は地元小平で有名なおいしいコーヒー店「永田珈琲」系列の「珈琲の香」でおいしいコーヒーを飲んできました。
 夫は紅茶、わたしは「絹の香り」というブレンド、そしてバームクーヘン↓
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 出てくる食器が気が利いているお店で、おいしいコーヒーがさらにおいしく感じられます。
 紅茶につくミルクとコーヒーにつくミルクが別物なのも嬉しいです。
 バームクーヘンについている生クリームにはアラザンが振ってありました☆(そしてお皿は手描きのロイヤルコペンハーゲン! こんなのあるって知りませんでした!)

 
 わたしはここのところの暑さと冷房の交互の攻撃にやられてしまい、さきほどからまたお腹が壊れはじめています。30代以降はもう毎年、夏の初めにはこんな風になるにはなるのですが。。(だから夏は苦手です)

 やばい。。 
 どうしたものか。。この温度差。。
 せめて湿度がもう少し低ければよいのですが。
 言っていてもしょうがないことですね。
 どうにか調整していこうと思います。大変そうだけど。

 
 *おまけ*
 今日道すがらで見つけたお花たち。
 ムクゲ:1↓
  130713mukuge1.jpg
 夏らしい赤。

 あじさい↓
130713ajisai.jpg
 あじさいはもうすぐ終わりですかね。。この暑さだもんなあ。

 ムクゲ:2↓
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 堂々と夏が来ている。
 
 腹の調子、落ち着いてくれ。。

 



 
 
 
 

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

お寺のイベント

 今日は実家のお寺でお盆のイベントがあったので、母と休日の夫と3人で参加してきました。
 実家のお寺は東京の西多摩のあきる野市にあります。臨済宗です。
 「臨済宗」がどういう宗派かわたしはよく知らないのですが(汗)、父の葬儀のお経はちょっと独特で、大きな声を出して「こっちに戻ってくるな」と言っているようでした。あまりそういうのは聞いたことがなかったので驚いたのですが。。
 お寺のお盆のイベントでは毎回落語の余興もあって、今日は船頭さんを目指す若旦那のお話でした。

 お寺から眺める秋川↓
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 イベント後に新しく作ってもらった塔婆を受け取って実家の墓参りをしました。
 お墓のある場所までけっこう歩くので、暑くてどうにかなるかと思いました。

 お墓から最寄り駅のJR武蔵五日市線「東秋留駅」までは徒歩20分弱。
 ここも暑くてどうにかなるかと思いました。
 途中、東京湧水名選にも選ばれる湧水池のある神社があるので、そこで休憩しました。
 湧き水の用水路に降りられたので、足をつけてみたらとても冷たくて気持ちがよかったです。たぶん20度ない。
 お目汚しですが↓
  1307akiruno2.jpg

 母が子どもの頃は母の実家の近くにも湧き水の小川があって、そこでスイカなど冷やしたそうですが、なるほど、初めて足をつけてみたのですが、湧き水というのは本当に冷たくて、ほどよい温度に冷やせるだろうなと感心しました。
 吹き出る汗が引いたような気がします。
 湧き水の池↓
1307akiruno3.jpg

 その後実家で兄も一緒に夕飯を食べてきました。
 
 猛暑の中けっこう歩いたので頭がなんだかぼやけています。

 先日の金沢ではいろいろあって気を張っていたし、その後オウムのことを読んだり書いたりしことでもちょっと精神力を使った感じがするのですが、リフレッシュできたかなと思います。
 実家の寺でリフレッシュとは、嫁に出た身としては問題があるのかもしれませんが、、やはり地元で慣れているので。
 イベントではお坊さんがたくさん集まって皆でお経をあげるのを聞いていましたが、なかなか聞き応えがあるし、毎回その所作や袈裟の美しさにもうっとりするので、目の保養にもなりました。

 こういう関わり方が真の意味での「宗教」との関わり方かと言われると分からないけれど、集まった檀家さんたちの様子など見ていると、まあこれくらいでいいのかなあと思ったりします。
 

 
 
 

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

村上春樹 約束された場所で アンダーグラウンド2

 少しブログの更新が空いてしまいました。
 急に使いだした扇風機とエアコンで体がだるくなっているのと、ツキノモノが重なってへばっていたのと、村上春樹さんの著書「約束された場所で アンダーグラウンド2」を読んで、1995年頃を頭の中で追体験していたからです。
 それはけっこう負担のかかる作業で、本の感想を書くのもちょっと(いやかなり)しんどいなと思います。
 それでも書かないと前に進まない何かがあるだろうと思うので、パソコンに向かっています。
 しかし今日も暑い。

 ***

 先日読んだ「アンダーグラウンド」は、オウム・地下鉄サリン事件の被害者に小説家の村上春樹さんがインタビューした本でしたが(その感想は→ こちら )、この「約束された場所で アンダーグラウンド2」は、逆にオウム信者・元オウム信者(取材時、たぶん97年~98年)にインタビューするという内容でした。

 村上春樹さんの一般人に対するインタビュー姿勢とそれを作品にする過程を学ぶ、ということではなくて、オウムの地下鉄サリン事件を村上さんの視点を通して知ってみたいということであれば、やはりこの2冊をセットで読むのがいいのだろうと思います。
 でも、「アンダーグラウンド」のほうが後の評価が高いというか、村上春樹さんの活動の代表の一つとして話題に上ることが多いらしいですが、こちらの「約束された場所で アンダーグラウンド2」はあまり表で積極的には語られていない印象だと、わたしより村上作品に詳しい夫が言っています。

 この続編もセットであることが前提だからあえて取り上げられないのか。
 安易に取り上げるのが困難なほどに、深刻で「手に負えない」問題がそこに凝縮されている内容だからなのか。
 どっちもあるかなと思いますが、後者はけっこう強いような気がする。個人的に。

 
約束された場所で―underground 2 (文春文庫)約束された場所で―underground 2 (文春文庫)
(2001/07)
村上 春樹

商品詳細を見る


 
 こちらの本は、1998年に単行本が出版され、文庫本を2001年に出版して2012年の時点で10刷となっているので、読まれている本ではあるけれど、「アンダーグラウンド」には及んでいないというのが「数字」にも出ているかなと思います。

 でもこれは、大変にたいした本だと思います。
 正直、わたしは村上春樹さんのことをそんなに好きではなかったのですが(嫌いということもないです。あまり読んでいないのでよく分からないというのが正直なところです)、これはもう本当に頭の下がる仕事をされているなと思いました。
 こういう仕事があってこそ、あれだけの影響力を持てるのだな、ということはすごく思いました。

 こちらの本では、オウム信者・元信者に対するインタビューとともに、後半、精神科医の河合隼雄さんと村上さんの対談も収録されていて、読者にとってはありがたい配慮だと思いました。この本によって考えるべき「問題点」が、どこにあるのかというヒントがあるためです。
 それがないと、ぼんやりした闇に落ちてしまうかもしれない。
 
 ***

 日本の闇って、ぼんやりしているかもしれない。
 今は違うかもしれないけれど、90年代まではそうだったのではないかと、今書いていて思いました。
 くっきり形のある闇ではなくて、ぼんやりしている。

 インタビューに出てくる(元)オウム信者は、だいたい60年代生まれが中心で、経済的にはある程度豊かな中で育ってきた人たちです(極貧の国とかの闇とはだから、違うような気がする)。
 彼らは、経済的な豊かさを追うだけでは満たされない何かを感じて、心の満足感、充足感を求めてオウムに入っていくことが多いようです。
 もちろん、個々に少しずつ事情は違いますが、皆結局は、物質主義を否定して、魂の救済を求めてオウムに入るのです。
 著者の村上さんは、そういう動機に対してシンパシーを抱くようでしたし(河合さんとの対談で、「『アンダーグラウンド』で取材した被害者のほうがアクが強い人がいた』とおっしゃっているくらい)、わたしもそうです。
 そこまではすごく分かるのです。オウムの人たちのこと。

 でもわたしはあの頃、新興宗教には入らなかった(一度やばいことがあったのだけれど、九死に一生を得た)。
 誰か(教祖や教義)に自分をすべて預けるのはイヤだった。
 かといって、確固たる自分なんてものもない。もちろんない。
 だから延々と、今に至っても、生きていくことの根本的な苦しみが続いている。
 それは、「自分はこれでいいのだろうか」と、常に思いつづけるということだ。 
 その検証を、何度も何度もくり返しているということだ。
 (あるときまで「いい」と思っていたのが、何かのきっかけで「よくない」になり、新たな模索が始まる。そういうことをくり返している)
 
 (元)オウム信者は、それをする苦しみからは解放されている、あるいは解放されうると信じている、あるいは、解放されると信じることを試みているという印象を持った。オウム信者となることで。
 ある意味、それは楽な生き方だろうと思う。思考停止、という言葉にしてもいいのかもしれない。
 
 ***

 でもわたしだって、そんな苦しみにいつまでも耐えられるわけではない。
 だからときには、自分でチャネリングをするし、占星術を使うこともあるし、タロットカードを使うこともある。
 そうやって結局「神頼み」のようにして、自分の進むべき方向を探ってしまう。
 あるいは、人に相談して、アドバイスをもらおうとすることもある。ヒントをもらおうとすることもある。
 自分の頭で考えていてもどうしようもできない地点というのが来てしまうからだ。
 だから(元)オウム信者のことを、あまり批判することはできない。
 世間から見たらわたしも同類に見えるのだろうとも思う。

 ヒントを何も求めず、一人ですべて考えて決めて、一人で進むことは、わたしにはたぶんできない。

 できるようにならなければいけないとも思わない。

 でも、読んでいて(元)オウム信者と、自分は、やはりどこかが違うとも思ったのだ。
 
 むしろ、彼らはわたしよりももっともっとまじめなんだなとも思った。
 わたしは少しはおしゃれだってしたいし、恋愛だってしたいし、おいしいものだって好きだ、という女の子でもあったからだ。
 
 それをすべて手放してでも、解脱をして修行生活をしたいというのは、わたしにはできないことだったと思う。

 当時、80年代後半から、新興宗教とかニューエイジとかスピリチュアルというものが随分台頭してきて(オウム事件までは目立った批判もなくて)、わたしもその渦の中にいたかなと思うけれど、わたしはそこまで探求しようとは思えなかった。

 この本を読んで、あの頃そういう精神世界の流れに巻き込まれた人でも、それぞれその度合いや欲望は違っていたんだなという、当たり前のことも、思った。
 わたしは、自分も含めてそういうのが一緒くただと思っていた部分があるので、それをばらけさせられたのは、よかったと思う。

 たぶん、あのオウム事件で受けたショックで、その「一緒くた感」をそのまま放置してしまっていたのだけれど、この読書でほどくことが少しできたかなと思う。
 (時間がかかりすぎたけれど、それだけショックだったし、その頃同時に自分自身の問題も大きくなってきていたため、このような本を早い段階で読んで、自分の中でケリをつける、というところまではとても行けなかったのだ。そしてもちろんケリなどまだまだつかないのだけど)

 そしてこれを読んで思ったのは、わたしは「苦しむ」自分でもいいということ。今まででもわりとそうだったけれど。
 オウムの人たちは、苦しむ自分は悪い、だから消そう、と思うようですが。
 それは、たぶん、他の新興宗教やニューエイジ、スピリチュアルでも多少あることだと思います。
 苦しんでいる自分は悪い、低い。(オウムの出家信者は「あなたはまだそんなことで苦しんでるの?」という言い方をするそうです)
 でも苦しむ自分を「否定」するのは、逆に大変な苦しみ(矛盾)を抱えることにはならないのか。
 あるいは何かが麻痺しないだろうか。
 もしくは、苦しみから生まれる素晴らしいものもあると思う。ある種の芸術作品などは、きっと苦しみがないと生まれない(それは村上さんもおっしゃっていた)。
 本当に「解脱」できればなんの問題もないのかもしれないけれど。
 でもそれがどういうことなのか、わたしにはよく分からない。
 わたしは苦しむ自分でいても、いいと思っている。(楽しむ自分や喜ぶ自分だっていてもいいけど)
 
 ***

 この本を読んで考えたことはあまりにも多く、今ですら長文のブログになっているしどうしようもないなと思うのですが、もう少し。

 後半の河合隼雄さんと村上春樹さんの対談で、人や組織は自らの内側に「悪」を持っていないとうまく機能しない、ということがありました。
 悪が内側にないと、外に創るんだそうです。
 そして、そもそも絶対的な「悪」とはなんだ、ということにお話はなっていくのですが、それは難しい問題だ、とのことでした。 
 でもとにかく、何もかもがきれいでなくてはいけない、としていると、ポッと麻原みたいなのが出てくる、ということのようでした。
 対談当時、ちょうど神戸の須磨区の少年A事件があったようです。
 あれはあれで、ニュータウンの「理想的な家族像」から出た事件だったと思います。
 あれも驚きの事件でした。

 これはちょっと前から思っていることなのですが、最近、あそこまでの「猟奇事件」は、日本では起こっていないように思います。
 これが、どうしてかなと思ったとき、ネットの存在が大きいのではないかと思ったのです。
 
 わたしもときどき、2ちゃんねるなどを見ていて知らずにリンクを踏んでしまって、死体写真だのグロ写真だのを見てしまうことがあります。
 初めは驚きましたが、だんだん耐性がついてきたかなと思います。
 メキシコとかすごいらしいですね。麻薬組織の抗争で、市民がえげつない殺され方をしているみたいですね。そしてその写真がさらされている。
 そういうのを、見ようと思えば見られるんですね、ネットでは。
 
 そういう世界に、一般人が簡単にアクセスできるようになった、というのは、これは大きなことなんじゃないかと思います。
 90年代まではそういうものって「隠されたもの」だったような気がするんですが、今は簡単に見られてしまう。
 それは、ある種の趣味嗜好を持つ人にとっては、福音かもしれないかな、と思うのです。
 世の中にはそういうものが思ったよりもたくさんあって、それを見たい人も、見せたい人もたくさんいて、その人は別にものすごく特別ってわけではないのです。
 ということが、分かるということ。
 (ちなみにチャネラーだっていっぱいいる)

 そうなると、あそこまでの事件を起こす必要性が個人の中であまりなくなってくるのではないか。。
 いえ、これはもちろん簡単にすぎる考えですが、そういう方向から考えるのはアリかなと思うのです。

 後半の対談で、村上さんと河合さんは、社会のメインストリームで生きられない「少数派」のための受け皿が、この国にはないという問題を語っているのですが、現在ではそれはネットが少しになっているのではないかと思いました(わたしもその例の一つかもしれない)。

 人にとって「悪」を内在させていることが大切なことであるならば、ネットでいろいろな規制をするのは逆効果だと思います。

 ***

 長くなってしまいましたが(すみません)、この村上春樹さんの「アンダーグラウンド」と「約束された場所で アンダーグラウンド2」は、95年のオウム事件にショックを受け、その影響を感じる人であれば、読んで損のないものだと思います。

 事件当時、日本にいなかった村上春樹さん。オウムやその周辺のことをよく知らなかったからこそ、このような本を書けたのではないかとも思います。
 あの事件について、こういう「とっかかりのよい本」があることは、日本人にとって、言い方が悪いけれどある種ラッキーなことなのではないかと思いました。
 


 

テーマ : 読書感想 - ジャンル : 小説・文学

お空写真館 レインボースペシャル

 さきほどブログを更新して、雷が強くなってきて雨が降るかなと思ったらボタボタやってきて、でも空には晴れ間もあって、これは虹が出るかなと思っていたら出たので写真を撮りました。
 似たような写真ばかりですみません。

 メインの虹出現↓
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 だんだん濃くなる↓
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 外側にもう一つ出現↓
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 濃さMAX↓
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 雨が弱まり外側消える↓
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 雨が降り始めてここまでで5分ちょっとくらいです。
 今は雨もあがり、虹のかけらもありません。

 いやしかし、なかなかに興奮しました。。




テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

お空写真館

 関東地方梅雨明け記念。

 おとといの空:1↓
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 おとといの空:2↓
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 昨日の空:1↓
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 昨日の空:2↓
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 今朝の空↓
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 おお、今、南のほうから雷の音がした!
 一雨くるとよいけれど。
 今日ようやく扇風機を出して、エアコンの掃除をしました。







 

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

「時代」について考える

 関東地方は今日梅雨明け宣言が出て暑くなっています。
 ベランダの洗濯物がよく乾きそうだ。

 夫は休日出勤をしていて、わたしは部屋でダラダラとネットを見ています。
 2ちゃんねるで、昭和天皇が崩御された頃のことを話題にしたスレッドがあって、それにハマってしまいました。
 最近こういう「時代」に関することに敏感です。
 
 それは1989年1月7日で、6日が誕生日のわたしは17歳になったばかり、底辺都立校の2年生でした。
 前年の秋からいつか来るぞ、という感覚があって、学校の秋の文化祭で絵を描くのが好きな友人が天皇の似顔絵のポスターを作って先生に怒られたことがあったなあ。。(笑)
 天皇家はもちろんキリスト教ではないけれど、1月6日はキリストの公現祭(顕現祭)で、キリスト教にとってはクリスマスの25日からこの6日までが聖なる時期(顕現説)だということは、大人になってから知りました。
 7日に崩御、ということを聞いたとき、お正月のいろいろなことが落ち着いた途端に亡くなったな、という印象を持ったのですが、人工的に生かされていたのを、7日までにしよう、という計らいがあったのではないかと当時思いました。キリスト教の国にも配慮したのかな、と今思ってしまいました。もちろんこれはわたしの妄想です。

 1989年には、手塚治虫も亡くなって、美空ひばりも亡くなったそうです。
 本当に、「昭和の終わり」という年だったのですね。

 昭和64年1月7日7時55分・天皇陛下崩御を伝えるNHKニュース
  
 元号「平成」を伝える記者会見。これはよく覚えている。小渕さん。
  

 わたしはまだ高校生で、こういうことの意味がよく分かっていませんでした。
 わたしが「時代」というものを初めて強烈に意識したのは、先日書いた「オウム地下鉄サリン事件」と「阪神淡路大震災」があった1995年です。
 でも89年もすごい年みたいですね。ベルリンの壁が壊れたのもこの年だったそうです。

 ***

 先日少し書きましたが、高校時代には、倫理社会の先生の「しじま先生」の選択の授業があり、先生の勧める本を読んで感想を書くということでわたしは点数稼ぎをしていました。
 その読書の中で、「乳の海」という本を読みました。藤原新也という人が書いた本です。
 たぶん、80年代の日本の若者論、のようなもので、すっかり牙を抜かれてふぬけになっていて、おしゃれだのなんだのに気を使うばかりだったり、自閉したオタクなどが出てきている、という論文だったと思います。「今の若者はかっこわるいと言って焼き魚を食べないらしい」というようなことが書いてありました。

 それで、わたしはそのレポートに「わたしは『時代』が分かるほどは生きていないし、80年代の『若者』そのものだけど、ほっけが好きだ」と書いてやりました(笑。つまり、この本の中に出てくる若者とは違うぜ、こんなもんでくくられたくない、という意味です。でも考えてみると、この本で描かれていたのはわたしよりひと世代上の人たちではないかと思います)。
 そのわたしのレポートに対して(何を書いても許されるということが分かっていたので、わたしはやばいことでもなんでも書いていました)、先生はお返事(レポートの余白に赤字でレポートの感想を書いて下さっている)に、「奇妙な時代になってしまったんだよ。本当に」と書いておられました。
 わたしはそのことがよく分かりませんでした。
 でもその先生の言葉はずっと引っかかっていたと思います。

 ***

 ここのところの「北家映画祭」がまた再開しておりまして、先日は大島渚監督の「帰ってきたヨッパライ」を観ました。
 冒頭3分が観られます。
 
 早送りのボーカルが「オラは死んじまっただ〜〜♪」と歌う「帰ってきたヨッパライ」が大ヒットしていたフォーク・クルセイダースが主演する、タイムスリップパラレルワールド的な珍品SF映画です。すごくヤバい感じです。
 この映画が決定打となり(まったく客が入らず、難解すぎる)、大島渚さんは松竹映画から離れることになったそうです。

 こういう映画を最近たくさん観ているので、そのしじま先生が「奇妙な時代」と言った80年代より以前の時代がどんなだったかが、だんだん見えてきました。
 そして、自分が意識して覚えている80年代は、本当に、それまでとは違った時代だったのかなと思えてくるようになりました。
 いちいち膜がかかっているような時代? いちいち砂糖でコーティングされて甘ったるいような? 
 それまではもっと人々はむき出しに自分を表現しようとしていたように思える。それも善し悪しなんだろうけれど。

 今、なんだかそういうことをたくさん考えています。
 それは自分ではよいことだと思っています。

 ***

 最後に、2ちゃんねる「昭和天皇崩御の話題」のスレッドで読んだ印象的なレスをコピペします。
 (バカバカしいけれど、なんだか少し泣けてしまったのです)

  昭和は戦争+敗戦後の爆上げで天皇の存在感が違い過ぎたから仕方ない
  平成はなーんもいいことなかったし一気に国がかたむいたから求心力ゼロだよ

  あの時は、レンタルビデオ屋に行って
  ラストエンペラーとマッドマックスシリーズを借りて見てた。
  当時は高1だったから、意識も低く
  ただ、バカバカしく漂っている物体だった。
  次回、もしそういうことがあった時は
  ずーっとTVに張り付いて、過去の貴重な映像を記録して
  ずーっと撮っておこうと思う

  ブラック企業「天皇が死んだ?そんなの知らん!働け!」

  昭和の頃でも円高不況はあったし、自由化による国内産業の壊滅とかはよくあった。
  大して変わらんよ。マスゴミの印象操作がひどいだけだ。

  0時の時報と共に「平成」!のテロップが
  でかでかと朝日をバックに現れた時は、歴史を生きている!と思った

  スレを眺めながら、あー俺は何してたっけな…ちっちゃかったから全然覚えてないな
  とか思ってそういや俺当時いくつだったかな?と考えてみたら、まだ生まれてなかった。俺、平成生まれだった。

 
 
 
 

 
 
 

 

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小さな風

 先ほど近所のコンビにでおつまみ(と朝食べるパンなど)を買ってきて、今軽く飲んでいます。 
 この前美術展で買ったイタリアのレモンのお酒など。

 深夜3時前に一人で雨の中を歩きました。
 こういうの何年ぶりだろう。
 町が静かで気持ちよかった。

 ほんとにくだらないことなのだけれど、こういう普段しないことを少しだけすると何かすっとする気がする。
 金沢帰省やオウムのこと(自分の過去のこと)などでけっこう頭がぐわーっとしていたのですが、こんなささやかなことでも風が入る感じです。
 
 しかし今夜は蒸すな。



 

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村上春樹 アンダーグラウンド

 今回の金沢帰省のお供にした本は、村上春樹さんの「アンダーグラウンド」でした。
 夫が数年前に読んで、話は聞いていて読むのを勧められてもいたのですが、自分自身で読みたい本もそれなりにあるし、ちょっと手が出ないでいたものの、帰省中はネットもしないつもりでいたので、空いた時間に読もうと持っていきました。

 
アンダーグラウンド (講談社文庫)アンダーグラウンド (講談社文庫)
(1999/02/03)
村上 春樹

商品詳細を見る


 文庫本で777ページの大作。しかも本文が上下二段に分かれているパートが大半。
 それでも引き込まれて結局一気に読むことができました。
 いや、一回ちょっと気持ちが内容に引きずられてめげたのですが、気を取り直して頑張ったのでした。
 
 単行本が1997年の3月20日に刊行されて、文庫になったのが1999年はじめ、夫が購入した2009年の時点で26刷まで行っているので、そこそこ読まれている本なのかなと思う。
 内容は、オウム真理教による1995年3月20日の地下鉄サリン事件で被害に遭った方への村上春樹さんのインタビュー集です。
 全部で62名の方が出てきます。

 ***

 村上春樹さんの本はほとんど読んだことがありません。
 「ノルウェイの森」と、何か短編集、あとは翻訳物でフィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」と、アメリカの短編作家の誰だっけ、、レイモンド・カーヴァーの短編集くらいです。夫は村上作品をオリジナル小説を含めもう少し読んでいますが、なんとなくわたしたちは「村上春樹は翻訳物がいいね」と言っています。好みの問題なのですが。
 その夫がわたしにも読んだほうがいいとわりと強く勧めていたのがこの「アンダーグラウンド」でした。

 一人一人があの日地下鉄でなにを体験していたか、ということがリアルに伝わってくる、貴重な証言集(そして資料)だと思いました。
 村上春樹さんの証言者への配慮の仕方、距離の取り方のバランスがよいなと思うので、基本的にするすると読めます。さすがだなあと思います。
 でも、中にはPTSDになっている方もおられるようで、読んでいて気持ちが伝わってくるようで辛い部分もありました。
 それまで元気で働いていたのが、突然テロによってそれが奪われてしまうのです。

 ***

 被害に遭った方々で、取材を受けられた方は、月曜日の朝のラッシュ時間にオフィス街に向かう人たちですから、皆大変まじめというか、几帳面で、朝5時台に起きて7時過ぎに家を出て、日比谷線に乗って、千代田線に乗って……、ということを毎日されている方々がけっこういらっしゃいました。日本のビジネスパーソンたちです。
 サリンの症状が出てきているのに、足がふらふらなのに自分の仕事場へ向かおうとする人たちばかりです。
 本の途中から、当時のオフィス街で働く市井の人々の日常がどういうものであったのか、という風俗の記録のようなものに思えてきてしまいました。やはり今とは違うなと思います。95年には、まだオフィス街でもどこかのんびりした感じや仕事場での人情のようなものが残っていたのだなと思いました。それにも切ない気分になりました。それはまだブラック企業なんて言葉のない時代です。後半、そのことが鮮やかに立ち上ってくるように思えました。
 つまり、サリンのことよりも、そちらのほうがクローズアップされてくるように思えたのです。
 初めの数人の方のお話までと、後半のお話では、受ける印象が少し異なっていくように思えました。
 もしかすると、それは村上春樹さんの意図なのかなとも思います。
 
 でもあの日、この日本において、世界で初めて民間人に向かって毒ガスを使ったテロが発生してしまったのは事実です。
 9.11もかなりひどいけれど、オウムという小さな団体がやったことを考えると、こちらのほうが怖いような気もしました。
 (本文中に出てきた坂本弁護士とも友人だった被害者の会の弁護士によると、事件前に警察にはオウムがサリンを使ったテロを起こす可能性について速達で上申していたそうです)

 当日のテレビの報道特番の動画です。これわたしも見ていたような気がする。。。


 ***

 この本を読んでいて辛い感じがしてきたのは、取材される方々の体験がリアルに迫ってきて圧倒された部分もありますが、そのように途中から意識させられたオフィス街の人々と、自分が違う人種である、ということを感じたからだと思います。
 つまり、わたしはどちらかと言えば、オウム側の人間であろうということを思うからです。いえ、完全にそうなんですよね。
 それは、当時から思っていたものです。
 95年の時点で、わたしはもうチャネラーとしてお金をもらう形で活動をしていました。
 
 わたしは以前にも書きましたが、歴史上に「魔女狩り」という現象があることを知った高校生の頃から、わたしが惹かれる神秘主義のようなものは、社会から迫害を受けやすいものなのだということを意識していました(わたしは小学生高学年の頃にはもう西洋占星術の12星座の名前と種類くらいは頭に入っていたような人間です)。
 悪いことしなくてもそうなのに、なんてことしやがったんだ! と思いました。
 あの日、なんとなく、これはオウムなのではないか、と思いましたよね。。松本サリンの後自分たちで「アメリカから攻撃されてる」とか騒いでいたし、、なんとなく、わたしはオウムだろうなと思った記憶があります。テレビの報道を見ながら。
 それで、ああ、また生きにくくなってしまうんだ、と思ったのです。
 そう思って、実家のベランダから空を見上げた記憶がはっきりとあります。

 それから、わたしはチャネリングの仕事を続けましたが、どこかでブレーキをかけながらやっていたと思います。
 オウムみたいになってはいけないと思っていました。いえ、オウムみたいなものと一緒にされるようなやり方をしてはいけないと思っていたのです。
 だから自分自身のチャネリングに対しても、盲目的であってはいけないと思っていました。
 その後、そういうこと、つまりオウムの自分や業界に対する影響について、周りのスピリチュアルが好きな人たちや、そういう占いやなんとか療法などを仕事にしている人たちと話をしてみたいと思っても、少し投げかけても取り合ってもらえないことが分かっていきました。「ああ……」という感じでスルーされてしまうのです。

 皆、まったく考えたくないくらいにショックだったのか、自分には関係ないと100%自信を持って言えるくらいにあの事件を見ることができていたのか。
 わたしは自分の不安も含めて、そういうことを関係者と話したいと思っていたのですが、それを言葉にする頭も、経験もまだありませんでした。
 たぶんその頃からです。
 漠然と、自分は文章も書いたほうがいいのではないかと思い始めたのは(だって他者が話したがってくれないのなら、勝手に書いていくしかないのだもの)。
 チャネリングや霊視をお客さんに提供しているだけでは、何かが足りないと思うようになったのは、1995年のオウム・サリン事件からなのかもしれません。

 ***

 そのことを、忘れていたのですが、この本で思い出しました。
 あの3月20日のことを、昨日のことのように思い出したのです。
 あまりに鮮やかに蘇ったので、私の中で、あの日のまま止まったなにかがあるのだと思います。
 それを言葉にしていくのが、自分にとっては大事なことなのではないかと今思っています。

 村上春樹さんの「アンダーグラウンド」には続編があり、それは元オウム信者へのインタビューでできているそうです。
 その本も注文しました。
 ネットで随分オウムのことも調べました。ずっと恐ろしくてできなかったことです。
 今、とても考えさせられています。

 とにかく、あの事件についての自分の体験や感覚について再び接触しようと思えたので(そして時間を進めようと思えたので)、村上春樹さんの「アンダーグラウンド」を読んでよかったです。
 直接的なオウム事件のルポルタージュ本などはいつまでたっても読む気になれなかったと思うので、とてもよいきっかけになりました。
 よい本だと思うのでおススメです。
 
 イギリスディスカバリーチャンネルのオウム事件のビデオ。
 地下鉄内の再現映像がなかなか迫力があります。







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受け入れる

 金沢に行っている間、空いた時間で読んでいた本が、とても内容が重く、自分にとっても重要なことに関わるもので、ページ数もすごかったのです。
 それを先ほど読み終わり、感想を書きたいと思っているのですが、少し調べることもあったりしてまだそこまでいけません。
 そしてこれから風呂掃除もしたい。

 ブログの更新が空くと、ご心配くださる方もいらっしゃるかもしれないので、とりあえず軽く書きます。
 金沢の滞在も濃いものであったし(まだ滞在時の感覚が残っている。時差ボケならぬ、エネルギーボケというか、場所ボケか?)、読書もめちゃくちゃ濃いものであったので、大変っちゃあ大変です。頭の中がですね。「辛い」という言葉を使ってもいいかもしれない。
 でもまあ、自分で越えていく必要のあるものかなと思うから頑張るしかないかな。誰も代わりにやってくれないもの。
 そういうときが来ているのかなと思う。

 
 *おまけ*
 帰省の前に撮っていて載せていなかった写真を。
 部屋で飾っていたシャクヤク↓
1307shakuyaku.jpg
 よい香りがしていました。

 どこかで撮ったあじさい↓
1307ajisaiao.jpg

 いつだったかの空@ベランダ↓
1306soraberamae.jpg

 
 
 
 
 

 

 

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