CLARITY

 今朝の空:1↓
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 最近は日が短くなっていて、午後6時半には暗くなってくるし、朝も遅くなっているように思います。
 でも今日は暑く、小平の最高気温は36度の予想。。
 でもここのところ過ごしやすかったので、今年最後の猛暑日かなと思っています。
 夏が終わっていくなあ。。

 ***

 今日は、ずっと書きたかったことを書きます。
 ずっとというのはどれくらいかと言うと、12年とかそれくらいです。
 
 わたしがYahoo! のジオシティーズにホームページを作って、同時にさるさる日記に日記を書きはじめたのは2001年の初夏でしたが、その頃から、いつか書きたいなと思っていたことです。
 12年、ほぼ毎日ネットになにを書こうかと考えてきたわたしですが(病的だろうか?(苦笑))、やっと書こうという気になれた。
 12年も必要だったのか、と言われれば、必要だったのだろう、と言うしかない。
 これは、ある種の「勇気」と、自分に対する「許可」の問題なのだ。
 もうそれをしてもいいかな、と思えるまでにならなくてはならなかった。
 
 でもそんなにたいしたことを書こうというのではないのですが。

 ***

 先日、吉祥寺にチャンパックさんのワークショップを受けにいきましたが、そのときの参加者の一人の方が、とても明確な「覚醒時の体験」の話をしてくださいました。
 一同、おおお!! と言ってしまうような、実に「実際的」な「奇跡的」な体験のお話です。
 そのお話を聞いて思い出した、自分の体験について書こうと思います(その方のお話のほうがよっぽどすごいのですが、許可なく人様のお話を書くわけにはいかないので、自分の話をします)。
 
 それは、1993年の4月後半くらいの出来事でした。わたしは21歳でした。
 それはまさに、わたしにチャネリングが始まり、リチャード・ラヴィンさんのエクトンの個人セッションを受けて「あなたもチャネラーで、その能力を使って人の援助をすることができる」と言われた直後の頃です。
 つまり、とてもエネルギー的にテンションが高かった頃だということです。

 当時、実家では犬一匹と猫2匹を飼っていました。
 犬はシーズーとテリアの入ったメスの「チョビ」、猫はオスで脚を一本怪我してなくしている「ジョーン」、白いメスの「キール」。
 実家に一番早くやってきたのは「キール」で、その半年後くらいに「チョビ」、その後たぶん1年以内に「ジョーン」が来ました。
 チョビはわがままおてんば娘で、先に来ていたキールにどこかライバル心を持っているようでした(家の先輩として配慮するという態度を見せなかった)。
 後から来たジョーンは子猫で、チョビは我が子のように育て、二匹はとても仲がよかったです。
 キールはその中に入れず、浮いているような状態でした。

 当時、父も母もまだ働いていて忙しく、ペットたちは家の中には入れないで庭で飼っていて、ただごはんをあげて、父がチョビの散歩はする、という日々でした。
 チョビとジョーンは仲がよいのでよかったのですが、つまり、キールの相手をきちんとする存在が、その頃、いなかったのです。
 キールは目が吊り上がり、真っ白だからかえって怖いような顔になっていました。そして夕方になると「ご飯をくれ」と窓の外から狂ったように催促するのです。 
 母はそんなキールを気味悪がることもありました。

 そんな頃、実家では娘のわたしがおかしなことになっており、チャネリングが始まっていました(笑)。
 なにかうねりのようなエネルギーの高まりを感じ、それまで働いていたデザイン事務所を辞め、当時つきあっていた今の夫とも別れて、チャネリング時に起こるエネルギーの高まりに慣れるように集中するようになっていました。
 つまりその、、違う言い方をすれば、その頃、昼間っから家にいる人間が一人できた、ということになります。ははは。

 そんなわたしの「浪人生活(「修行生活」って書きたいけれどツッコまれそうなのでやめます)」のごく初期の頃に、キールが失踪する、ということが起こりました。
 何日か姿が見えなくなったのです。
 猫はときどき、放浪をすることがあるので、そのうち戻ってくるだろうと思ったのですが、わたしはキールが好きだったので心配していました。
 するとある日、父が「今朝チョビの散歩をしていたら白い猫を見て、『キールか?』と呼びかけたけれど無視されたし、顔つきも違っていたから違うかもしれないなあ」と言い出しました。
 それは、近所の公園の近くだったそうです。
 真っ白い猫なんてそんなにいないし、近所なのでそれはキールなのでは、とわたしが言って、どうして捕まえなかったの、と少し父をなじりました。
 でも父の呼びかけに反応しなかったそうですし、父も散歩後は仕事に行くしで、あまりそのことを真剣に考えないでいたようなのです。
 悲しい話、その当時実家では、キールのことを真剣に考える人は、なぜかわたし以外にいなかったのです。
 (その頃のわたしの実家の家族って、心がみなバラバラで、表面的に家族であるというだけの家族だったような気がします。芯のところでとても殺伐としていた。それは結局、父がピック病になるまで、底のところで続いていたように思います。お恥ずかしい話ですが)

 ***

 わたしは父の「白い猫目撃情報」を、キールなのではないか、と思いました。
 父が呼びかけても無視した、ということもとても気になりました。
 そしてその日の昼、わたしはあてもなく、キールを探しに外に出たのでした。

 よく見かけた近所の通りや、父が目撃したという公園のあたり。
 「キール、キール」と声をかけながら歩き回りました。
 でももちろん反応はなく、狭い町内といえども、猫を探すにはやはりそこは広すぎます。呼ぶ声に反応して出てきてくれない限り、見つけ出すのは不可能に思えました。
 わたしはイヤな予感が募っていくのを感じながら、そこにはいるわけがないのに、その頃いつも自分が散歩していた、少し離れた公園のようなところに行っていました。
 途方に暮れて「どうしようどうしよう」とさまよっていると、一本の大きな杉の木が見え、わたしはなぜかその木の根元に座って、瞑想をしようという気になりました。
 その大きな木に、なにか包容力のようなものを感じたのでしょうか。
 わたしは木に背中をつけて、座って呼吸を整えました。
 するとどうでしょう。
 脳裏に、ある場所でうずくまるキールの姿が浮かんだのです。
 
 わたしはハッと立ち上がり、すぐにその場所に向かいました。
 
 そこにキールはいました。
 イメージで見たのと同じ姿勢で。
 目が吊り上がり、やせ細り、瀕死の状態でした(猫は死ぬ間際、目が細くなって吊り上がる)。

 それは実家に近い遊歩道の土手に植えられた低木の根元でしたが、実家のすぐ近くでしたが、自分で普通に探して見つけることはできていませんでした。

 イメージで見ていたので、そこにいるだろうとわたしには確信がありましたが、本当にいたのでわたしはなぜかパニックになってしまい、泣きながら「キール! 死んじゃやだ! どうしよう! ごめんね、キール!」などと叫んでいました。
 その声を聞きつけて、近所の人が来てキールを見て「これはもうダメかもしれないけれど、泣いてないで動物病院に連れて行け」と言われました。
 それでわたしは正気に戻り(ははは)、ガリガリのキールを抱き上げてタクシーを呼んで動物病院に連れて行きました。
 医者にも「危ないかもしれない」と言われましたが、注射を打ってもらい、しばらくして持ちこたえるようなら、砂糖を入れた生卵液を注射器で口にいれて命をつなげろと言われ、帰宅しました。

 今思い出したけれど、この話、昔、さるさる日記に一度書いたことがありました。
 でも、あのときは、きっとちゃんと書けていなかったと思うので、再トライなのです。

 ***
 
 21にもなっていたのですが、今まで家で飼っていた動物に関しては母が全部面倒を見ていて動物病院に連れて行くなどもしてくれていました。
 自分で一人で動物病院などに行くのはそれが初めてでした。タクシー呼ぶのも、会計をするのも(タクシーのおじさんには「猫臭くなってしまってごめんなさい」と言いましたが、わたしが泣いていたし事情が分かったようで怒られることはなかったです)。
 ぼろぼろのキールを連れて自宅に戻ったとき「わたしにもこういうことができるんだ」と思いました。

 居間に寝床を設置して、キールを寝かせ、わたしはずっと撫でていました。
 本当にかわいそうなことをしていたと思いました。
 キールは家族の誰からもまともに相手にされず、その淋しさから、もう死んでしまってもいいと思ったのだろうな、と、思っていました。
 だから、この家で、これからわたしだけは、キールを一番にかわいがろう、と心に決めていました。
 
 父母が帰宅すると、わたしがキールを見つけたことと、病院に連れて行ったことを褒めました。
 父母は別に、キールを見殺しにしたいと思っていたわけではないのです。
 でも当時、母は更年期障害でとても不安定で、父は定年後に友人と始めた事業がうまくいかないなどがあり、キールのことにまでまわす「気」が、なかったのです。
 そのこともなんとなく分かっていたので、わたしは二人を責めませんでした。ただ「キールは淋しかったんだよ」とだけ言いました。その意味を、二人とも分かっただろうと思います。
 
 そしてキールは生きのび、その後3匹の中で一番長生きしました(チョビとジョーンが死んでからは、家の中に入れていました。チョビが焼きもちを焼くので、生前はみな平等に外で飼うしかできなかったのです。このときの話もいずれ書きたい)。
 わたしとは信じられないような素晴らしい関係になったと思っています。
 まさに終わらない蜜月です。
 いつでもどこからでも、ベランダで呼べばキールはわたしの元にかけつけました。
 わたしは、キールが、わたしのエネルギーの及ばない範囲に行くことを求めなかったし、キールもいつもそばにいました。
 買い物に行けば途中までついてきて、ずっとわたしが戻るのを待っていました。
 その頃のキールは、子猫の頃のような、目が垂れたかわいい顔になっていました。

 キールが死んでずいぶん経った今でも、キールとの蜜月は続いていると思っています。
 どうしたって、今でもそばにいると思うのです。呼べば来ると感じられるのです。
 寝る前にキールに呼びかけ、撫でているうちに眠りに落ちます。
 こやつは触感担当↓
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 本物には及ぶべくもないけれど、大健闘中。
 
 ***

 さて、前置きが長くなってしまったのですが、ここからが本題、わたしが「書きたかったこと」になります。

 それは、瀕死だったキールの居場所が、瞑想をしたことでハッキリ見えたことについてです。
 (思うに、発見がもう少し遅れていたら、キールが助かったかは分からない)

 あれを「瞑想」と言えるのかは分かりません。
 とにかく異常なテンションになっていて、大きな木の根元で座って数回深呼吸したら見えた、ということです。
 そのとき「キールの居場所が見えますように」というように祈っていたわけではなかったと思います。
 とにかく、今、それ(座って目を閉じて深呼吸)をしよう、と思っただけでした。

 そしてわたしは見て、そして、見つけたのです。
 そしてわたしには、見えたことに絶対の自信がありました。
 肩すかしの結果を食らうとはまったく思っていませんでした。
 「あそこにいる」というのが「分かって」いたのです。
 それは「予想」ではない、もっと確かなものでした。

 これを、わたしは、「奇跡」であるとか「魔法」であるとか、まったく思いません。
 わたしはすごいでしょ、という自慢話をしているのではないのです。

 ただ単に、そういうことは起こるし、「ある」んですね。

 科学的ななにかなのだと思うのです。
 奇跡でもなけりゃスピリチュアルでもない。
 たぶん、単純な脳の問題でもない、なにか。
 わたしには、全身でそれを受け止めたという感覚があります。
 わたしという人間の全存在、全細胞、オーラ(アストラル、エーテル、言い方はいろいろあるだろうと思いますが)などの目に見えない部分含めてすべてがそれを起こして、わたしの脳がそれを認識した、という感じでしょうか。
 
 たとえば電話が鳴ったとき、着信を見る前に誰からか分かる、というようなことは誰にでもあると思います。
 そういうことにもつながることなのだと思うのですが。

 普段の「認識の層」を越えたところに、時空間を越えた領域があり、そこにアクセスすることが、人にはできる。
 それは、魔法や奇跡ではなくて、科学と技術の問題である。
 わたしは、個人的にそのように考えているのです。

 わたしは「チャネラー」なので(しかも高卒)、こういうことを力説しても説得力がないでしょう。
 まともに取り合ってはもらえないでしょう。
 でも、実体験がある人間として、そういうことを言いたいのです。

 それでもっと言ってしまうと、ここらへんのことを「科学」として認識して、人間がそれを当たり前のものとして活用できるようにならない限り、今ある人間の文明は長くもたないだろう、ということを思うのです。
 つまり、人がそういう領域にアクセスできるということは、隠せることなど究極的にはなにもない、ということです。
 隠せるということを「期待する」のは、時間と空間で物質の世界は遮られているからです。でも、その認識を超えることが、ときに人間には起こるのです。
 (でも、あえて隠すためにいろいろなサイキックレベルでのバトルをするということはあるのだろうと思います)
 究極的には隠せることなどなにもない、という認識を人類すべてが持つことができたら、政治や経済のいろんな分野が変わるだろうと思うし、それによって地球環境も変わるだろうと思うのです。
 だから、それを進めることは正しいことだと思います。
 でも、正しいことは嫌われる、ということも、よくあるのだとも思いますが。。。
 そのあたりのことが、今の人類のテーマなのかなあと思っています。
 ネットやコンピューター社会の情報発信・統制・混乱なども、そういうことにつながる象徴的ななにかだろうなあと思っています。
 
 (以前わたしはツイッターで「笑顔の意味」という小説を書いたのですが、それはこういう考えがあるから書いたものでもありました。それは人の精神をエネルギーとして活用することを目指しはじめた社会の話にしたつもりですが、あまりうまく表現することはできませんでした)

 今の時点でわたしが言えることは、そういう感覚を磨くためには瞑想がやはり有効であろう、ということくらいです。
 瞑想というか、深くリラックスした状態になって、周囲と自分の境界線が溶けてなくなる感覚を得ることです。それをするときには、背景としてある程度のテンションの高さも必要かもしれません(単なる「安寧」ではそこまでいかないというか)。
 そこからつながれる「領域」というのがあると思います。
 わたしが19の夏に、台湾で「宇宙と一つ、すべては一つ」と感じたのは、こういうことが起こったからなのだと思っています。
 これは単なる感覚的な価値観や考え方の問題ではなく、「経験されたある状態」なのだと思っています。

 長くなりましたが、これからはブログで、こういうことについても、もう少し突っ込んで書いていけたらいいなと思っています。
 あまりにも勉強不足なのだけれど。。。。。。

 今朝の空・2↓
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

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