「答え合わせ」のお正月

 夫は元日も昨日も仕事だったのですが、わたしはずっと家にいました。
 おせちも多少用意したし、夕飯作りなどは楽なので、ずいぶん静かにゆっくりと過ごせました。

 先月後半からけっこう印象的な夢を見ていて、今年に入ってからも「ほほう」と思う夢が続いています。
 そういえば、去年の正月もそんなことブログに書いたなあと思い出し、去年の手帳を見て確認しました。
 それから去年の手帳を読み返していつ頃どんな夢を見ていたか確認し、昨日も濃い夢で、2007年頃見ていたテーマの続きのような気がしたので、2007年の手帳を読み返していたり。
 その頃始まったサイクルが、今一つのピークのようになっているのかな、と思いました。
 07、08、09年あたりでわたしは何かに「本気」になったのです。「それまでの自分」に耐えられなくなったといいますか。。
 それからわたしの「本気」の試行錯誤が始まるし、今でもそれはそうですが、ここに来て少しそれが安定してきたようにも思えます。(勘違いかもしれないけど?)
 ここのところ見ている夢で、それを伝えられている感じがしています。

 そういうことを、夢と、昔の手帳を見て思い返していました。
 これはこれでお正月らしいかなという気がします。
 (でもわたしは山羊座生まれで、太陽が「自分の位置」に戻ってくるのがもうすぐだから、この時期にそういう印象的な夢を見る、ということなのかもしれません。「お正月」に反応しているわけではないのかも)

 ***

 わたしが「夢占い」に興味を持ったのは中学生の頃読んでいた「マイ・バースデー」という占い雑誌の影響です(この雑誌のおかげでこの頃から瞑想も試みるようになっていた)。
 高校生のときにはクソ生意気に精神分析にも興味を抱き、フロイトの入門書なども読んで、そこでも「深層心理」という概念を知ったし、倫理の変わり者の先生の授業でユングや「集合意識」のことも知りました。
 高校を出てからはユング系の夢判断の本を座右の書にしていました。
 
 つまり、「夢」と主体的に関わろうとしてきた歴史がそこそこ長いんです。30年近くになるんですね。
 だから、自分の夢の一定のパターンなどはだいたい把握しているように思います。
 そして最近、少し夢の質が変化してきたかなという気もしています(暗い森や道を迷うテーマが少なくなってきたような気がする。そこそこ開けた道や穏やかな川などのイメージが増えた)。

 わたしは印象的な夢を見ると手帳に記録しておくので、後からこういう「答え合わせ」のようなことができます。
 手帳をそうやって使うようになったのが、07年からだったのでした。
 それらを見ていると、やはり夢というのはそのときの自分の運勢というか、方向性、人生の流れみたいなものを反映しているなあと思います。
 それを、自分が現実の中でハッキリ自覚する少し前に、夢が「こういう感じだよ」と教えてくれているような気がします。
 ハッキリと危険や、メッセージを伝えてくれることもあります。そういうときはわたしは従います。というより、覚悟を決めるという感じですかね。避けられないこともあるので(父が亡くなるのは分かったし、実家が建て直しするのも母から話される前に先に夢で分かっていた)。
 そういうときには、ずいぶんとショックを和らげてくれます。
 それも、大事かなと思ったり。

 すごいツールですよね。夢。
 誰もが持てるツールです。

 日本には「初夢」という言葉があって、昔から人は夢の教えてくれることに耳を傾けていたんですね。
 聞くべき言葉はけっこうあるように思います。

 ネットで夢判断のサイトなどたくさんあります。
 印象的な夢を見たら日付とメモを残しておくのはおすすめです。

 
 *おまけ:1*
 特別な日用おちょこ↓
  140103kingyoku1.jpg
 金沢の九谷焼の伝統的な技法「青粒・白粒(あおちぶ、しろちぶ)」の名人、仲田錦玉さんの作です。
 小さいけれどマイセン並みのお値段! わたしのお金で買ったものだけど(20代の頃です。。)、元旦に夫に使ってもらいました。
 すごく大事で、お正月くらいしか出さないです。毎回そのたびにうっとりするので写真を撮りました。
 5弁の花の形で、内側は全面金ばり。

 裏から見たところ↓
  140103kingyoku2.jpg
 うっとりー!

 *おまけ:2*
 元日の夕空↓
140103sora.jpg


 


 


 
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