しじまの向こうに聴こえる音 ナーダ音

 ブログになにを書いていいのか分からないのは、それはきっとずっとそうなのだと思うのですが、どうにか自分なりに考えて試行錯誤をしてきたのかなと思います。
 でも最近はそれさえも難しく、実は、ユニコーンのペンジュラムにお伺いを立てて、書いていいこととよくないことを決めてもらっておるのです(笑)。それはここ数ヶ月実はずっとそうで(笑)、けっこうダメ出しも出るんですよね。。
(「これどう?」と訊くんですけど撃沈)そしてそれが最近多くて(撃沈連続)、発想の仕方をそもそも変えていかないといけないのかなという感じがしておるというわけであります。

 ということで、このブログはユニコーンとの共同作業で執筆されております☆

 ははは。

 まあ、タイトルに偽りなし、ということであります。

 ***

 今の生活で瞑想が大きなテーマになっているのでそのことを書きます。
 
 気になっていた現象にきちんと名前がついていたということを先ほど知ったので、そのことです(ユニコーンが書いてもいいと言った)。
 
 それに気づいたのは、たぶん2005年頃からです。
 静かにしていると頭の中に音が鳴る。
 耳鳴りとは違うものです。
 高い金属的な音で、いくつかの音が重なっています。
 
 2005年の春頃、わたしは不眠症がひどくなっていたのですが、眠ろうとして静かにするとその音が頭の中に響くのです。
 それで眠れなくなるというのも、今考えるとあったと思います。うるさいし訳が分からず怖かったのです、その音が。
 そして2005年夏には、スピリチュアル系のセミナーに参加して集中的に催眠状態になるということをやったので、そこでもその音が加速されていったのだと思います。
 で、どんどん眠れなくなっていって結局ノイローゼになって鬱になったのですね。もちろんそれ以前に人間関係や家族の問題、キャリアの問題で悩むなど具体的なことはあったのですが、音の問題は不眠には実は大きかったと思います。
 眠剤を処方してもらい精神科にも通いました。
 2年ちょっと服薬は続きました。
 それをやめられた頃、頭の中に聞こえるその音にも慣れ、あまり気にならなくなっていったと思います。
 その音程は徐々に高くなっていき、聞こえるのが当たり前となって最近は全然気にしなくなっていました。
 これは、瞑想をしていなくても、お風呂に入っているときや、たとえば今のような深夜でパソコンを見ているときなどにも聞こえています。周りの音が大きくなればかき消されますが、たぶん、ずっと頭の中で鳴っているものなのだと思います。
 だからもういちいち気にしなくなっていたのです。

 ただここのところ瞑想をしているとやはり大きく聞こえるので、はて、と改めて疑問に思いはじめたのですね。
 実は、去年の夏にスティーヴン・グリア博士の「UFOテクノロジー隠蔽工作」を読んで中に載っている瞑想をしているときに、今までになくものすごくばかでかく音が聞こえたのと、同時に今まで聞いたことがなかった低〜〜〜い音も聞こえたので、それで俄然気になるようになったのですが。。

 今ではその音は心地よく感じられ、眠りに落ちるときのBGMくらいに思っていますが、先ほど、いつも参考にしている夢判断のサイトを見たら、それらしいひっかかる言葉を見つけたのです。

 ナーダ音。

 それは、ヨーガの世界では古くから言われているものだそうです。
 瞑想状態になって精神を集中すると誰にでも聴こえてくるものなのだそうです。
 ざっと調べた限りでは、それは魂の音であるとか、チャクラから発する音だと説明されているようです。
 チャクラについてはアメリカ人ヒーラーのバーバラ・アン・ブレナン女史の本を読みましたが、ヨーガの世界の解釈とは違うのかもしれないので一般的なことしか知りません。わたし自身は人間の肉体を維持するためのシステム上にはそういうものが「あり」、それを「活性化」するということには何かしらの「効果」はあると考えています。
 ただ専門的に勉強してきてはいないのであまり語れないのですが。。

 ここでのポイントは、これなんだろ、と思ったものにすでに名前がついていたということと、それを知りたいと思えば、その情報にきちんと行き着けるということを確認できたということです。
 
 ***

 これは「ナーダ音」というものなのか。

 自分の感覚でも、その音はたとえばチャネリング現象そのものとは違うと感じられるし(外部からの働きかけという感覚がない)、自分の奥深くにあるなにかの反映なのではないかと感じられます(チャネリングもそうだと言えばそうなのですが)。外部から普通に聴こえる音とはまったく違います。耳鳴りとも違います。
 その音はでも、なにかと共鳴しているのではないかという気もします。言ってしまえば、宇宙全体と共鳴しているような。

 元からこの「ナーダ音」という名前と概念を知っていれば、2005年の不眠症からの鬱はもう少し楽なプロセスになったかもしれないなと思いもします。
 でもあの苦しみを知っているからこそ今のわたしがあるのだなとも思います。
 そして、「ナーダ音がするのはこういうこと」ということを知らないでもそれが起こっていたということは少し誇らしいし、知っていたら有頂天になってしまったかもしれないのでそれもよかったと思います。
 
 皮肉というか、おもしろいなと思うのは、瞑想をして心を静かにすることで、聴こえない音が本当に聴こえ(頭の中でいっぱいになり)、真の意味での「しじま(無音状態)」がなくなった、ということであります。
 「静寂(しじま)」というのは、音の実際の有無ではなくて、心の状態、心の在り方のことなのだと思います。 
 この音を大事にしていきたいと思います。
 

 *おまけ*
 昨日の空↓
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