TOMOVSKY 春のディナーショー'14 南青山マンダラ

 先ほどから東京都下小平では雨が降り雷の音がしています。
 うちの窓の下の山桜ちゃんが散ってしまう。。。

 ゆうべは、南青山のライブハウスマンダラにて行われたTOMOVSKY(トモフスキー)さんのライブに行ってきました。 
 わたしは12年の夏以来のディナーショーでしたが。
 トモ君は進化していた!

 なのですが、こちらのライブ、お席は確保されているものの入場は先着順で整理番号が配られる形式なのですね。
 開場時間のかなり前に行かないとよい席は取れません。
 わたしはそこそこ早く着く気持ちで出かけたのですが、電車に乗って、途中でチケットを引き換える証明になるハガキを忘れたことに気づき。。。
 上石神井駅で気づいたけれど降りそこねて鷺ノ宮まで行って、下り電車に乗って家まで戻るという、なんともイタタな展開で。。。
 それでもディナーショーのため、開場から開演まで時間があるので演奏を聴き逃すということはなかったのですが、席は最後列の端っことなってしまったのでした。
 つまり、進化したトモ君の熱唱から少し距離があった。。。
 不覚でありました。
 でももちろん、充分に楽しめたのですが。

 ***

 昨日のディナー(マンダラ特製弁当)の写真を貼ります。
 蝶々と猫ちゃんのパッケージ↓
  140406bento1.jpg
 最後列は照明が暗くて、色など分かりづらくてすみません。

 今回のお弁当は「トモフの諸国漫遊記〜スペイン編〜」でした。
 やはりおいしいマンダラシェフ!↓
  140406bento2.jpg
 メニューカードをもらったんです。
 左上から時計回りで、「生ハム、チーズ、オリーブのピンチョス」「スパニッシュオムレツ」「桜ゼリー」「タコのマリネ」「鶏手羽のグリル(これはカードに書いてなかったので勝手に命名)」「パエリア」です。
 タコのマリネが絶品で、あれだけを腹一杯になるまで食べたいと思うくらいでした。

 ***

 ライブが始まると、舞台の上にスーツ姿のトモフスキーさんこと大木知之さんが登場!
 細くてかっこいい〜〜〜!!
 「オレは新入社員教育をする課長なんだ」とかなんとかおっしゃっていたし、後半はスーツ姿の「言い訳」をゴニョゴニョされていましたが(笑)、そういうカッコでびしっと決めて、熱唱するっていうのはよいんじゃないかなと思いました。
 Tシャツにカーゴパンツもかっこいいんですが、48歳、ミュージシャンとして30年近いキャリアのある方、そしてきっとよき家庭人でもあられる方なので、スーツ着ることくらいなんでもないはずだ。
 それくらいなんでもないんだけど、なんとなく、60年代とか70年代前半くらいまでの生まれの人間というのは、かっちり決めることに対して非常に照れのようなものがあるんだと思うのです。夫ともこのことをよく話すけれど。
 たぶん80年代のバブル時代に、「まじめで一生懸命なのはかっこわるい」みたいな風潮があったからです。
 そういう時期に思春期、青春期を過ごしてしまった我々は、そういうスイッチを入れるための通過儀礼をきちんと経なかったのではないか。 
 あくまでも軽くちゃちゃっとこなすのが洗練だ、みたいな感じで、その根にあるべき基本の部分をあまり学べなかった。少なくともわたしは(でも個人的には「軽くちゃちゃっとこなす」ということも実はよく分からなかった。だからなんにも分かってなかった)。
 でも内心おちゃらけすぎることにももう飽きていて(そう飽きているの)、今になってまじめさであるとかフォーマル的なことが新鮮に感じられるんです。
 少なくとも自分はそうです。
 だからああいうトモ君はかっこいいと思うし、わたし的には大正解じゃないかと思います。
 でも、人によっては、テキトウでおもしろおかしいのがあくまでも一番いいと思う人は、「トモフどうしたの?」と思うのかもしれないかな?

 ***

 ということで、ビシっと決めたトモ君は、お歌もいちいちビシっと決めてくださいます。 
 昨日思ったことは「この人は『歌手』なんだな」ということ。
 歌手は歌手でも、シンガーソングライターで、自分で作った歌を自分で歌う人です。
 それってこういうことなのか、と思いました。
 自分の言葉で歌詞を書き、その気分をコードとメロディに乗せ、その世界を一番よく表現する編曲を選び、そして心を込めて歌って、その歌に付随する気持ちを「再現」させて観客に届ける。
 ただの歌手でもないし、作家だけやる人とも違う。
 今までなんとなく聴いていたけれど、これってそういうことなんだな、と妙に実感しました。

 トモフスキーさんの歌はある情景を切り取ったような、まるで短編小説のようなものが多いです。
 聴いていると物語になっていたり、情景(シチュエーション)がありありと浮かんでくる。
 きっと、トモ君は19世紀に生まれていたら小説家になったのだろうと思う(双子のお兄さんのTheピーズのハル君は詩人か?)。
 表現者というのは、そのときの自分の気持ちや感覚をどうにかして表現しようとする人たちで、19世紀には今のように便利な道具が行き渡っていないから、ペンと紙で作れる小説に今よりも力があったのではないか。
 今は教育と繁栄と、道具や知識の工夫が行き渡って、一般人でもギターを買える、譜面を読めなくてもコードは覚えられる、そしてそれに言葉も乗せられる。
 そうなったら表現が「歌」という形態に流れていくのは自然だよなと思います。
 言葉だけよりも、自分の気持ちをより多角的に残しやすいですもんね。
 (逆に今小説を書くというのは、あえて言葉だけでそれをするということだから難しいかもしれないとも思う)
 
 そんなことまでつらつらと考えてしまいました。帰宅後にですが。

 わたしはよく知らないけれど、今のポップス業界では、その「歌」でさえも、「こういう風に作ればそれらしい」という型のようなものがあるのだろうなと思え、あまり作家性の違いが分からなかったりするのではないか。
 そんな中、トモフスキーさんはまっすぐ自分の作家性と向き合って、トモフスキーさんにしか創れない歌を創って歌い続けているのですね。
 なかなかヒリヒリ感のあるライブで、客としてそこそこ緊張も強いられました。
 受けのいい曲ばかりをお約束のように演奏するクラシックのコンサートなんかより、全然ヒリヒリしていた(わたしはそういうもののほうが好き)。

 トモ君闘っているなあ、頼もしいなあ。

 昨日久々に聴いてやっぱりすっごく好きだと思った曲です。
 TOMOVSKY 我に返るスキマを埋めろ

 この曲に出会って私たち夫婦はトモフにノックアウトされたのでした。
 この曲の脱皮し続けてどんどん加速していくような雰囲気が大好き。


 *おまけ*
 マンダラ裏で見上げた空↓
  140406sora.jpg
 5日目の月があります。どこかな?

 
 


 

 

 
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