「夜」に抱いていた幻想

 ゆうべ散歩時に見た月と火星↓
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 分かりづらいですが月の左にある小さな点が火星で、今天秤座の真ん中付近にいて、ゆうべは月と重なっていました。
 加えて、ゆうべは火星と地球の最接近と言われる現象が起きており、大きく赤く輝く火星が観察できました。今夜も大きく見えるはずです。
 (火星と地球の接近は約2年2ヶ月ごとに起こり、火星の公転軌道は楕円を描いているため、その都度距離が変わるそうで、今回は9239万kmだそうです)
 ゆうべは月と火星の合でしたが、今夜は天秤座の満月となり、なかなかイベント続き。だいたい17時頃が「まんまるおつきさま」となるようで、それだと日本ではまだ上っていないかなあ。
 今夜もベランダかどこかで月を見ようかなと思います。
 でも夜更かししないようにしなくちゃ(笑)。

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 満月の夜というのは少し興奮しやすいように感じます。変なハイテンションになるんです。暗示ではないような気がします。変なテンションだったなと思ってあとで調べると満月だったことも多々あるので。
 加えてPMSもあるのでちょっと気をつけないと。。。

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 最近生活リズム改善を試みている関係で、「夜」というものについて考えてしまっています。
 
 わたしが宵っ張り生活をはじめたのは11歳になったばかりの頃、ラジオで中島みゆきのオールナイトニッポンを聴きはじめてしまったのがきっかけです。
 それからというもの、夏休みなどで長い休暇が訪れると朝方まで起きているという生活になってしまっていました。
 学校があるときは普通に起きられたし、仕事をしていた頃も、それに合わせて起きていました。 
 この20年間でも、用事があるときはそれに合わせて早起きはしていました。
 なので、早起きがまったくできないということではなかったのです。
 なのになぜあんなにも夜と馴染んでいたのか。
 「夜」に魅力を感じていたのだと思います。
 夜にしかないなにかを求めていたのかな、という気がします。

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 20代後半から30代中盤にかけてはまじめに不眠症となっており、長時間連続して眠れる日が少なくなっていました。
 数時間寝ては起きてしまう、という感じで、そうなると眠る時間の帯が1日に2つになったりしました。 
 それがだんだんエスカレートして、全然眠れなくなったのが2005年です。
 まあ、20代後半から、うっすらと鬱状態が続いていて、本格的になってしまったということかなと思います。
 精神科のクリニックにも通い眠剤や安定剤も服用して、だんだん眠れるようになっていきました。
 その後薬も必要なくなり、心にあった不安感のようなものへの対処の仕方も分かるようになっていきました。セルフコントロールっていうのでしょうか。自己流でしたが。
 東日本大震災のときには不眠が復活したし、父が亡くなった頃などもちょっと大変でしたが、ひどい不眠症が続くということはなくなっており、だいたい1年ちょっと前くらいから、毎日一定して7時間とかそれくらいは一気に眠れるようになり、朝方寝て昼頃起きるというリズムがここで定着します。
 それを数時間前倒しにして、もう少し早い時間帯のリズムにしよう、というのが今試みていることです。
 さらにもう少し早められればいいなとは思うのですが、夫のリズムとの兼ね合いもあるのでどうなることか。
 つまりここで言いたいのは、一定の長さの睡眠を一気に取れるようになることが、まず必要だった、ということです。
 
 とまあ、情けないレベルの低い話をしているのですが、そのようにして少しずつ自分が蓄積させた悪習慣を変えていけたらいいなと思うし、変えていけそうな気がしています。

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 体力的にそれが可能になった後、最後に立ちはだかるのは、「夜」への執着です。

 少しそのことを考えていました。

 思春期に聴いた深夜ラジオのおもしろさ。20代前半頃までの深夜テレビのおもしろさ。
 あの頃、そこには何かがあったんですよね。。。

 わたしは都会の繁華街で夜遊びしたいとはあまり思わないできた人間だし、そういうことへの興味ではなかったです。
 でも、夜の時間に人が見せるある種の正直さとか、そういうものに惹かれていたのかなと思います。
 あと、なんといっても皆が寝静まった後の静けさ。
 若い頃少し交流していたテレビにも出ていたあるミュージシャンさんは、「夜にはクリエイディブになれる」と言っていて、そんなことにも影響されていたかもしれません。
 そして、そういうアーティストはきっと多くて、若い頃のわたしは夜に創られたという空気を感じる音楽ばかりを聴いていました。ニック・ケイヴやサラ・マクラクラン。

 あの頃(90年代中盤まで)、「夜」には何かがあったんだよなあ! 
 そういえば「ベルリン 天使の詩」でそんなセリフがありましたっけ。 
 あれも夜の映画だなあ。高校生のときに見てとりこになりました。
 
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 でも、今ってあの頃のような「夜」がもうないような気がする。 
 たぶんネットのせいかなという気がする。

 いつでもつながれる情報。
 東京は夜でもアメリカは朝だったりして、その情報が逐一入ってくる。金融で働く人には当たり前のことだろうけれど。

 いつでもアクセスできる世界。
 テレビもネットの発達で存在意義が変わってしまった(「いいとも」の最終回の素晴らしさと淋しさったら!)。
 
 自分が歳を取って感性が変わったという部分が大きいことは分かっているけれど、それでもネットの登場と使用は大きいのではないかなと思います(わたしは98年頃にパソコン・ネットを導入していたと思います)。
 
 「魔法」を感じる「夜」は、なくなったなと思うのです。わたしにとって。

 ***

 加えて、わたしにとっての「魔法」の本質がどこにあったのかと言うと、それは「静けさ(静寂)」であろうと思うのです。
 でも、それも、毎日瞑想をするようになったことで、理解の仕方が変わってしまいました。

 皆が寝静まっているから「静か」だと思えた夜。

 でも、真の静けさというのは心が静かであることを言い、実際の音の有無はまた別物なのです。
 心が静かであれば、周囲にどんな騒音があっても、静寂の中にあれるし、周囲がどんなに静かでも心が波だっていればそこには静寂はないのです。

 そして、真の静寂こそがすべての源だとわたしは思う。

 そういうことを思うようになると、「夜」への執着が薄れていきます。

 ということで、生活リズム改善を定着させていけたらと思っているのです。

 でもなんか、わたし長い旅をしているなあ!


 

 
 
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