読書再開 ジュリアン・ジェインズ 神々の沈黙

 本文と関係ないけどいつだったかの空↓
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 今回は本当に本文と関係ないはず!
 (空のことで長い文章とか書けないし!)

 先週、日本が水の国であることと、エンパスが多いということが関係しているのではないか、というブログを書きましたが(こちら)、それはずっと心の中で思ってきたことで、やはりそれを言葉(文章)にして外に出したら少しスッキリしたというか、自分の中で弾みがついた部分があります。
 あの記事を書いたのは神社の写真を貼ったからですが、神社の元の神道の大元の天照大神などについては、わたしはあまりピンと来ない部分があるということも書きました(不敬罪……? 汗)。
 でも神道についてわたしはなにも知らないので、日本の古典も読んだほうがいいのかなと思ったりもしました。調べると日本書紀より古事記のほうが神道に近いようですね。それさえよく分かっていませんでした。
 このあたりも、Wikipediaをさくっと見るだけでもかなり迷路のような世界ですね。。

 そういう古代の世界の実際的なことは、神話化させることで後の世に伝えるという部分があったのではないかと思っていますが、そのことを考えていたら、読むのを棚上げにしていた本を思い出し、読書を再開させました。
 そうすると、やっぱりこの本はすごいし、わたしが知りたかったこと、欲しかった視点についてたくさん書いてあります。

 ジュリアン・ジェインズの「神々の沈黙」です。

 
神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡
(2005/04)
ジュリアン ジェインズ

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 ***

 この本、もう1年以上ほったらかしにしていたのですが、すごい内容です。

 約3000年前まで人間の中には、今わたしたちが持つような「意識」はなかった。
 それまでの人間は、神の声を聞き、それに従ってものごとを決めるという「二分心」というもので生活していた。それはいわばロボットのようなもので、神から言われたからやる、という単純な行動原理しかなかったと考えられる、ということです(著者は様々な古代の遺跡や出土品からそう論を持っていっている)。
 それが、紀元前1200年頃、地中海周辺でいくつかの文明が崩壊するような大災害が発生し、人々の困窮と難民の移動がくり返され、その中で人々の精神構造が代わり(「神の声を聞ける」人間が淘汰され、そういう要素が人々の中に遺伝されなくなっていった)、「神の声」から切り離され暗黒の苦しみの中に放り込まれた人々は、その代わりに「意識」を持つようになった。(ちなみに占いが発達したのもこの頃だそうです。つまりすべての占いは「聞こえなくなった神の声(行動指針)」を、なにかを手がかりにして探る行為とも言えるのだ、と、この本の中にはたくさんのページを割いて書かれてあります。あと、「悪魔」という存在が意識されだしたのもこの頃と考えられるそうです)
 
 とりあえずわたしが今日までに読んでいるのはそこまでです。
 そういうことを著者が提議している本です。
 
 長大な著作で、今300ページくらい読んでいるのですがまだ半分くらいです。
 あまりにも長いし、内容が吐きそうなくらい濃いので、感想をきちんと書くレベルに行けるか分かりません。
 でも半分読んだだけでも、世界の文明の興亡に関して、広い視点に立つことができます(巻末に膨大な注釈があり、引用元の提示があります)。
 ジュリアン・ジェインズはもう亡くなっていますが、プリンストン大学で心理学教授として教鞭をとっていました。その講義は非常に人気があったそうです。
 アメリカでは「20世紀で最大の議論を呼んだ書」と言われているそうです。

 ***
  
 わたしが先日書いた「エンパスが多い日本は水が豊かな土地なのでガチの殺し合いが少なかった」というのは、この本を読むとあながち遠からず、という気がします。
 やはりイスラムの元であるアッシリアとかあのあたりで、「神から切り離された」文明ができはじめたということのように読めました(その文明は他の人々にとても残虐なことをする)。でも「神の声」の喪失はそもそも、言葉ができて文字ができることで人々や文明間の交流が広がり、社会が複雑化していったことから始まるだろうとのことです。

 そこに加えて3200年ほど前に「前1200年のカタストロフ(これは本を読んでもよく分からなかったのでネットで補足として調べた言葉です。ネットがないとわたしのようなものにはこの本を読むのは大変だ)」と言われるものが起こり、人々の精神構造ががらりと変わるのです。
 ユダヤ教・キリスト教とイスラム教の一部の元になっている「旧約聖書」も、この「前1200年のカタストロフ」の頃に人々がどうしたかを書いたものであると考えられるそうです。
 この「カタストロフ」の後、きっと「世界宗教」が起こり、文明を崩壊させないためにはどうしたらいいのかが考えられ、戒律などができていき、一方でギリシャ哲学やインド哲学(仏教の元?)などが発生していった、そういうことのようです。
 といってもまだまだ読書は途中なので、目次の見出しなどを読んで憶測で書いている部分もあるのですが。。。
 あまりに長い本なので、いったんここでブログの記事にしようと思いました。

 **追記**
 大事なことを書き忘れていましたが、この著者は「神」を、どこか人間とは別のところにいる実在する存在とはとらえておらず、人間が言語を獲得していく中で対象化させていった「幻覚」の一つととらえています。

 ***
 
 話がまた脱線してしまい申し訳ないのですが、この本によるとオデュッセイアなどの古代の叙事詩もこの「前1200年のカタストロフ」で起こったことなどを語っていると考えることができるようなのです(トロイア戦争のことなどが例)。
 だから、日本の古事記などにもそういう要素がやはりあるんじゃないのかなと思います。
 実際にあったことを混ぜながら神話化しているというか。。。

 人は事実や歴史を伝える際に、「物語化」させてしまう。
 古代人は今の人間のように科学的な視点もないだろうし、その頃には「公平(に記述する)」という概念もなかったろうし、そもそも紙が貴重だから、耳で覚えやすい「お話」にしないといけなかったのかもしれない。
 
 なにが言いたいのか全然分からなくなってしまったのですが。。。

 チャネラー(この著者の言う「二分心」の名残がある人間)で占い師(もう自分をそう言ってもいいと思う)で、現代社会の中で最低限の教育を受け(読み書き算数はできる)、文化や芸術的なことが好きな日本人女性のわたしは、やはりこの「神々の沈黙」を最後まで読まないといけないな、そして、その感想をブログに書けるようにがんばらなくてはいけないな、と思ったのでございました。
 一時は「もういいかー」と放り出したのですが、この本。だってものすごく大変なんですぅ。。。
 でも、やはりわたしにとって大事なこと、わたしがこれからも考えていく上で必要な視点を与えてくれる本だろうと思いました。

 がんばっていきます!↓
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