奈良興福寺 文化講座 第196回 運慶と興福寺西金堂の仏像

 昨日は新宿の文化学園にて開催される、奈良興福寺文化講座第196回に参加してきました。
 こちらの会場である文化学園は、新宿駅に近いですが、住所は渋谷区で、でもやはり「新宿」だと思ってしまう。。
 わたしは昨日で9回目の参加でした。

 放送大学の仏教の教科書を読んで、自分なりに納得できた部分があったので、こちらの講座を楽しみにする思いがまたさらに強くなるのを感じています。
 1300年の歴史を持つ奈良のお寺のご住職たちのお話を、生で聞けるのですよ。。
 しかも 参加費500円
 ありがたすぎてどうしましょう、という感じです(文化講座の案内ページは こちら )。

 ***

 昨日の第一講は、興福寺の国宝館の館長 金子啓明さんの「運慶と興福寺西金堂の仏像」でした。

 興福寺にまつわるお話というのはどれもすごくてどうしましょう、というものばかりです。
 あの仏師運慶一派の工房はそもそも興福寺にあったと考えられるそうで(スゲー)、興福寺は焼き討ちや火事などでお堂が焼けることが多かったそうですが、平氏による焼き討ちのときに有名な阿修羅像などを外に持ち出して救出したのは運慶一派の仏師たちではないかと考えられるそうです(スゲー)。 
 つまり運慶は、興福寺や奈良で仏像創りの基本を学んだということでしょうか。
 その後、関東(鎌倉)のお寺の仏像なども手がけるようになるようです。

 1186年、焼失した西金堂のご本尊である釈迦如来像を運慶は創るのですが、その頭部が残っていて、今の国宝館にあります。
 こちらです↓
  140822unkei.jpg
 (「新版 古寺巡礼 奈良・5 興福寺」より)
 こちら重文で運慶作だそうですが、有名な金剛力士像などの力強さとは違う感じなので、意外だなと思いました。
 目の部分は、当時流行っていた水晶を使う玉眼という手法を使っていないそうで、それは天平時代の仏像に倣って創ったからだそうです。
 興福寺は創建当時の天平の文化の再現を目指すということもあり、運慶はアーティストとして自己主張をすることだけでなく、求められる仏像の由来や性格を考え、それに応じて作風を変えることをいとわない人であった、とのことでした。

 また夫の放送大学の話で恐縮なのですが、西洋美術の授業も取っていて、わたしもときどき一緒にそれを見ていたのですね。
 青山昌文さんという先生でしたが、その方は、西洋美術の基本はキリスト教の教会による美術で、それは依頼されて創るもので、真の芸術というのは、芸術家本人の生の表現欲求よりも、依頼されたことを汲み取り、それに合わせるところに現れる、という考えの立場の方でした。
 (アーティストの個人性みたいなものが問題になってくるのは近代以降で、伝統的にはそういうことだそうです)
 そのことを思い出しました。
 仏教のお寺に奉納(?)する仏像と、キリスト教の美術、同じ構造を持っているなと思います。
 時期もだいたい同じですもんね。。。宗教が隆盛を誇って権力を持つ時期が。
 ヨーロッパと日本、離れているけれどどこかでリンクしているのかなと不思議な気持ちになります。
 シルクロードでつながっているのでしたっけ。。。

 ***

 途中休憩を挟んで瑜伽(瞑想)の時間となりました。
 昨日はあまり集中できなくて、、、雑念にまみれておりました。。。

 ***

 第二講は多川俊映貫首の講話で、「唯識三十頌を読む」でした。
 今回、唯識三十頌の中でも最も大切なところとされる、第二十頌から第二十五頌までを教えていただきました。特に第二十五頌の一行目が重要なのだそうです。

 そこは、世界の在り方を唯識の考え方でとらえるとどうなるのか、と説いた箇所です。
 
 もちろんわたしはそれを咀嚼して、自分の言葉で文章にするところまで行けません(危険すぎる)。
 なんとなくぼんやりと「ああ、そういうことかあ」と思えた、というくらいです。
 でも、それだけでも「ああ、やっぱり唯識ってスゲー」と思えたし(言葉遣いが悪くて申し訳ありません。。)、、これからくり返し、ここで提示された考え方について、自分を沿わせていこうと思います。

 なんといってもですね、多川貫首が、本当に心を砕いて、その肝の箇所をどうにか伝えようと説明してくださっているのです。
 分かりにくい専門用語を、現代の言葉に置き換えて、どうにか説明しようとしてくださいます。
 そのお心に感動します。

 以前ライタースクールに通っていたとき、文章を書くときには、難しい言葉をそのまま使ってはいけない、ということを習いました。
 これは雑誌などの記事を書く場合に当てはめることで、一般の読者を想定しているからです(専門書や学術書の話ではありません)。
 なのでわたしも、そういうことに気をつけるようになりました。
 ただ、いろいろ経験していくうちに、単に簡単な言葉で内容を薄めてごまかす、というのは読者をバカにしているようだし、書いている自分もバカバカしく感じられてくるという悪い影響を感じたので、今はあまりにも簡単にしようとすることは避けています。
 そのあたりのバランスが難しいのですが、、、多川貫首は本当に心を砕いてくださっているなと感じます。
 ありがたすぎて、どうしましょう、と思います。

 言葉というのは心と直結する部分があると思います。
 「言霊」という言葉もあるし、先日は記事にコメントをくださる方から「愛語」という言葉を教わりました。
 心を砕くということは、言葉を砕くということにも通じるのかもしれません。

 傲慢になることなく、卑屈にもなることなく、心を伝える言葉を持てたら、ほんとにいいのにな、と思っています。
 (そんなことは不可能なのかもしれないけれど、試みようとする気持ちまで否定する必要はないと思うんです)

 本当に、いろいろなことを教えていただける興福寺の文化講座です。

 
 *おまけ*
 はじめて飲みました↓
  140822tea.jpg
 伊藤園のレモングラスのハーブティー。わたしはハーブティー嫌いじゃないです。青臭いと感じる人もいるかも。
 特においしいというわけではないかもしれませんが、ノンカフェインで優しい味なので、体調に応じてこういうものも選べるといいですね。
 
 

  
  

 
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テーマ : 仏教・佛教 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

またちょっと偶然

北さま

興福寺の文化講座を東京でも受けられるのはいいですね。
実はお恥ずかしい話、私は奈良に長年住んでいながら、これまであんまり意識して古代の歴史を学ぼうとかしてこなかったため、身近に立派なお寺や神社がたくさんあるのに、ほとんどそれらの経緯や意義などわかっていないのです。。

この歳になって、今頃ようやく仏教や歴史について知りたい気持ちが出てきたところです。 (^_^;

で、またまたちょっとだけ偶然なのですが、今図書館で『一個人』という雑誌のバックナンバー(2013年3月号)を借りています。「仏教美術入門」というテーマで、観音さまの仏像について知りたいなと思って借りたのですが、運慶などの日本の仏像の歴史をまとめて解説されているのでとても面白いですよ!

確かに、あの頃の芸術家は、自分の好みで作品を制作するのではなく、お殿様などの依頼に基づいて創作されていますよね。屏風や障壁画の絵師なども。

そういう意味では、仏教の思想である自我をなくし、無我の境地であったのかもしれません。

私も芸術は東西を問わず好きですが、(素人レベルですが)いろいろな見方があって興味がつきません。

あと、おっしゃるとおり、文章を書くという行為も難しいと思います。
誰を対象に、また書き手が何をどのように伝えたいのかという点で変わってきますもんね。

本のジャンルによって求められるスキルが異なるのでしょう。
これは翻訳の作業についても同じで、産業翻訳(技術文書や医薬関係など)はできるだけ簡潔に分かりやすく訳す必要がありますが、文芸書となると、元の言語を直訳しては、せっかくの作家さんの意図や感情が伝わらずまったく別の作品のようになってしまいます。

北さんは文章を書くことがお好きだし才能もおありなので、時には苦痛も伴うこともあると思いますが、少なくとも読み手に不快感を与えないというラインを保っていればよいのではないでしょうか。(プロでもない立場から偉そうにすみません。。)

ぜひご自身の心地よいスタイルでこれからもやっていってくださいね。
いつか北さんの本が出版される日を楽しみにしています。

あ、一応『一個人』のバックナンバーの概要記しておきますね。
http://www.ikkojin.net/magazine/backnumber/201303.html

Re: またちょっと偶然

noriさんこんにちは、コメントありがとうございます。

わたしも、歴史のことなどきちんと勉強してみたいと思うようになったのは30代後半になってからでした。
やはりある程度年齢を重ねないと、そういう部分に目がいかないのかもしれませんね。。

奈良はもうお寺も神社もすごいところばかりで、本当にうらやましいです。。
街の中に古墳が点在しているところもすごいと思います。

美術もいろいろなものがありますね。世界中にあるものなので、とてもすべてを見るなんてできませんね。。
目の保養のためにも、いいものに出会いたいなあと思っています。

翻訳というのも難しいものなのだろうなと思います。専門用語など使うものだったら大変ですよね。
作家さんの意図を汲み取る部分などは、エンパシーも関係するのかもしれませんね。
お勉強がんばってくださいね!

わたし自身は好きなことを好きなように書いているだけなので、とても出版など考えられません(汗)。
きっとブログが合っているのかなと思っています。
文章を書くのは大変な部分もありますし、いろんな価値観の方がいらっしゃるので、たぶん「不快にさせない文章」を、すべての人に向かって書くのは無理かなと思っています。
なるべく誠実に書きたいとは思いますが、結局は自分のために書いているのかもしれません。。
お目汚しの部分がありましたら、申し訳ありません。

こちらは少しだけ暑さが和らいだように思えます。
今年西日本は雨の被害が多かったようですね。反面こちらはゲリラ豪雨も少ないような。。
残暑がまだありますが、体調ご自愛なさってくださいね。

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