文化遺産国際協力コンソーシアム  シンポジウム「世界遺産としてのシルクロード
―日本による文化遺産国際協力の軌跡―」・1

 台風一過の空↓
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 富士山くっきりです!!(右下、木立の向こうにあります)

 午後には気温も上がり、、昨日との差が激しく、身体がついていくのが大変かもしれません。  
 
 とにかく「宿題」が溜まりまくっているので(わたしにとって目下最大のものは「神々の沈黙」の感想です)、一つずつ片づけていこうと思います。
 まず、先月27日に日比谷のイイノホールにて行われた文化遺産国際協力コンソーシアムのシンポジウムについての感想・報告です。

 長い記事になる予定です。興味のない方には申し訳ありませんが、とても勉強になるものだったので、ぜひ読んでいただきたいです。日本人として考えさせられることがたくさんありました。

 ***

 文化遺産国際協力コンソーシアムは、2006年に設立された新しい組織で、初代会長は画家の平山郁夫さんです(二代目の現会長は、カンボジアはアンコールワットの改修に奔走されておられる石澤良昭さん)。
 平山郁夫さんは「シルクロード美術館」もあるようですが、なんといっても奈良の薬師寺に「玄奘三蔵院」を置き、その中に「大唐西域壁画」があります(これは去年見ました)。
 これからも分かるように、平山郁夫画伯はアフガニスタンのバーミヤンなど、玄奘三蔵が旅したかつての唐西域を描いていますが、そのバーミヤンの大仏などが、タリバンによって2001年破壊されました。それを受け、世界の文化遺産の保存の難しさについて心を痛め、そのためにはそれぞれの専門家から保存のための知識と情報を集め、それを専門家だけではなく広く一般の人々にも公開し、情報を共有し、啓蒙する必要があるとお考えになり、この組織を立ち上げることに尽力したということです。

 以前から、日本は「先進国」としてアジアなどで各地の世界遺産の修復などでサポート活動をしていて、その情報はすでに蓄積されいて、それをまとめる意味もあるようです。
 ネット時代の組織という感じで、誰でもアクセスできるように、ネット上に情報をまとめて載せておられます(わたしはまだまだ全然閲覧しきれていません)。
 文化遺産国際協力コンソーシアムのサイト → こちら
 
 わたしは去年にこちらのシンポジウムに行き、とても感銘を受けました。そのときの感想 → こちら
 このときに知りましたが、ユネスコが世界遺産を決めるときの条件があります。
 それは、顕著で普遍的で最良の、最良のものの代表 と言えるかどうか、です。

 このことを知っていると、世界遺産などを訪ねる旅をするときに、少し見え方が変わると思いますが、どうでしょう(先週のツアー旅行でも二つの世界文化遺産を訪ねましたよ!)。
 去年のお話によると、観光業界からの圧力など、その選定にはけっこう政治的に大変な部分がおありだ、とのことです。
 (蛇足ですが、この話は、先週の旅行の話にも続いていくことになります。けっこう考えさせられたのです)
 
 ***
 
 今年のテーマはシルクロードと日本についてで、「世界遺産としてのシルクロード
―日本による文化遺産国際協力の軌跡―」と題されていました。

 旅行出発の前日で、直前まで参加するか悩んだものでしたが、行って本当によかったです。

 参加費が無料なのですが、毎回、素晴らしいパンフレットがいただけます。 
 よい紙、よい写真、よい印刷↓
  141006silkroad.jpg
 参加費無料なのにお金かかってるなーと思いますね(同時通訳用のイヤホンも全員に貸し出される)。 
 こちらのシンポジウム、後援が外務省から各種独立法人、加えて住友、三菱、トヨタなどの公益財団法人、各新聞社などの蒼々たる面々なのであります。。。
 日本の良心は、まだ生きているのかなと思ってもいいのだろうか(そう思えるのならわたしは本当に嬉しい)。

 シンポジウムの開催趣旨をコピペします。

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●開催趣旨

2014年6月、カタールのドーハで開催された世界遺産委員会において、二つの素晴らしい
人類の遺産が世界遺産リストに登録されました。一つはわが国の誇るべき近代産業遺
産である富岡製糸場であり、いま一つはシルクロード・天山回廊の道路網です。二つの
遺産は砂漠と海によって、多大な時間の流れによって隔てられながら、古代から人びと
を魅了しつづけた絹(シルク)によって深く結びつけられています。

長大なシルクロードを世界遺産に登録するという壮大な構想は、2002年に西安で開催
されたユネスコが主催する国際シンポジウム「シルクロード」を締めくくるに当たって初め
て披瀝されました。以来10年におよぶ関係諸国の粘り強い討議と広い国際的な協力を
通して、長期にわたる多様で豊かな経済・文化の交流を促し、多くの国々と人びとを裨益
した類稀なこの道路網を、国境を越え包括的に世界遺産リストに登録するという夢が実
現したのです。1960年代から70年代にかけ世界に捲き起こったシルクロード・ブームを
牽引したのはわが国で、南都奈良はその象徴的役割を果たしました。

わが国はシルクロードの世界遺産登録を、その歴史的・文化史的意義だけではなく、
アジアにおける平和の定着にも大きく貢献する第一歩として高く評価し支援してきました。

今回のシンポジウムでは、登録資産の内容を広く知っていただくとともに、わが国とシ
ルクロードとの深い関係を改めて見つめ直し、文化の未来へ新たなまなざしを投じたい
と願っています。

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 これを読んだだけで、素晴らしい内容だろうなあと思ってしまいますね!

 では、この先は、各講演の内容と、わたしが印象に残ったことと雑感を書きます。

  ☆基調講演☆
  「シルクロード世界遺産登録への日本の貢献」
       
   山内和也さん(東京文化財研究所文化遺産国際協力センター地域環境研究室長)

   
 山内和也さんはエジプト、ヨルダンから中央アジアにかけての文化遺産保護活動をされている方で、今年、ジルクロードの天山回廊が世界文化遺産に登録されるように尽力された立役者であられます。シルクロードの世界遺産への申請は中国と中央アジア五カ国(カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン)で行われる予定でしたが、紆余曲折があり、中国とカザフスタン、キルギスの三か国が共同申請した「長安ー天山回廊」のみの申請、登録となったそうです。
 なんと、シルクロードで世界遺産が登録されたのはこれが初めてだそうで、、ちょっと驚きますが、多くの国にまたがることから、調整が大変な面がおありだそうです。
 その調整役として、山内さんなどは「シルクロード終着点の日本人」として尽力したのですが、これも「そうか。。」と思ったのですが、海外(現地?)の人にとっては、日本が「シルクロードと関わる」という意識があまりないそうです。
 日本人は小学生の頃から、歴史の授業で大和朝廷と遣隋使などのことを習って、シルクロードから文化を輸入していたことを習いますが、そのことは海外ではあまり知られていないようで、2006年に世界遺産申請の話題が出たときには、日本はシルクロードの中に含まれていなかったそうです。山内さんらは日本人とシルクロードの関係について理解を求めかなりのサポートなどもし(もちろん資金面も含まれる)、その後各国関係者に理解は進んだのですが、結局今年の申請のためのコンセプトシートの中のシルクロードの地図には、やはり日本は含まれなかった、と、苦笑気味に語っておられるのが印象的でした。。日本の貢献に対する謝辞はあったそうです。
 ちなみに、「シルクロード」という言葉は、19世紀にドイツの探検家のリヒトホーフェンが「絹を運んだ道」と言いはじめたことで広がった言い方だそうです。
 シルクロードで運ばれたのは絹やスパイスなどの「モノ」だけではなく、宗教や天文学(占星術も入ると思いまーす!!)、薬学、建築技術など、知的財産も含まれるそうです。
 この方の講演だけでも、なんと勉強になることか!!

 ***

  ☆講演1☆
  「高昌故城と交河故城-シルクロードの真珠-」
    
   王霄飛さん (中華人民共和国・新疆ウイグル自治区トルファン地区文物局局長)


 王霄飛さんは1979年生まれとお若い方で、アメリカ留学経験のある歴史学者です。
 中国のウイグル自治区という一地方の方ですが、エリートという自負がキリッとしたお顔からにじみ出る、優秀そうな方でした。
 天山回廊の東に位置する天山山脈南麓のトルファン盆地にある古代の都市について語ってくださいました。いろいろな遺構が見つかっているそうです。
 それぞれ知らないものばかりで勉強になりましたが、講演のラストで、日本がいろいろなサポートをしてくれたことで発掘や発見が進んだことへの謝辞があり、そこで拍手が起こりました。
 そのときの彼の声と表情は真剣で暖かいもので、世界遺産を通して、いろいろな国の人間が出会い、友情をはぐぐみ協力し合うことの尊さを説いていました。
 この若い優秀な中国人の彼が、、この「斜陽の国」の「お人好し」たちのことを、しっかりと自国の人々に伝えていってくれたらいい、と、みのこおばあちゃんは心から、そう思ったわけでございました。

  ☆講演2☆
  「シルクロード―対話と協力の道―」
     
  ドミトリイ・ヴォヤーキンさん(カザフスタン・考古学エキスパタイズ代表)


 ドミトリイ・ヴォヤーキンさんの講演も、カザフスタンの世界遺産についてのものでした。今回登録された天山回廊の部分のほかに、カザフスタンには4つしか世界遺産がないそうです。
 洋の東西の真ん中あたりにある地域なわけで、いろいろな遺跡はあるそうですが。。
 このあたり、やはり政治力がある国のほうがアピール力があるのだろうな、と思ってしまいます。
 こちらで印象的だったのは、日本が提供した遺跡・遺構の発掘技術についてで、こちらは砂漠地帯ということもあり、遺跡の劣化・風化が激しいのですが、それを傷つけないための測量技術であったり、GPSや3Dスキャナーを提供して、それを使った調査もされるそうです。
 新しい機械を使うのは、新しい言語を覚えるのと似ている、との発言も印象的でした。
 
 長くなりすぎているので記事をもうひとつに分けます。
 続きます。
 
 
 
 
 
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コメント

すばらしいレポートを。

北さん

こんにちは。
シンポジウムのレポートありがとうございます。
これだけ詳しく書いてくださると、まるで自分が参加したかのように感じられとてもわくわくしてきます。ありがとうございます!(まだ前半だけ読ませていただいたのですが)

平山郁夫さんの薬師寺の壁画は初めて一般公開されたときに拝見させていただきました。絵の完成までに30年かかったと知り、途方に暮れた記憶があります。

私は学校の授業でとくに歴史に興味もなく、ただひたすら暗記にあけくれていましたが、こんな風に歴史を教わっていたらさぞ楽しかったのだろうなと思います。

とはいえ、大人になってから「本当の学び」に喜びや感動を覚えることも悪くはないですね!

それではまた後半も読ませていただきますね。

Re: すばらしいレポートを。

noriさんこんにちは、コメントありがとうございます。

長いものなのに読んでくださりありがとうございます!

こちらのシンポジウム、ほんとに素晴らしいもので、参加できただけでも喜びを感られました。
ただ、もっと会場に若い人がいらっしゃればいいのにな、と思ってしまう面もあります。

でも若いときって、こういうことに興味がいかないんですよね、、わたしはそうでした。
学校時代も暗記が苦手で、社会の授業はあまり好きじゃなかったんです。。
でも、今になると社会のいろんなことはすべてつながっているなあと思えて、学ぶのが楽しいです。

また来年も行こうと思うので、報告したいと思います!

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