文化遺産国際協力コンソーシアム  シンポジウム「世界遺産としてのシルクロード
―日本による文化遺産国際協力の軌跡―」・2

 ブログが長くなりすぎて日が暮れてきました。。↓
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 夕飯は外食の予定ですが、その時間までに終わらせられるか。。。

 ***

 シンポジウムは後半、パネルディスカッションに入ります。
 司会は文化遺産国際協力コンソーシアム副会長/ 和光大学名誉教授の前田耕作さんで、各パネリストが壇上に集まり、おのおのテーマに沿ったお話をされ、最後にパネルディスカッション、という予定だったのですが、案の定時間がなくなり、ラストは一言ずついただく、という形になりました。
 
 わたしが個人的に聞きたかったのは、なんといっても奈良東大寺の森本公誠長老のお話であります!
 ですが、みなさんのお話、それぞれおもしろかったです。
 それもざっくりと紹介していきます。

 まずはじめの吉田豊さん(京都大学教授)は、言語学がご専門で、シルクロードをイランのあたりから中国にかけて移動していた民族のソグド人のお話でした。
 ソグド人というのは商業の民族で、シルクロードへの影響力は大きかったそうです。
 先生の言い方から察するに(「連中」という呼び方が何度か。。)、抜け目のないあまり良心的ではないような方々だったのでしょうか。
 イラン系なので鼻が大きく、日本の奈良にも伝わる伎楽のお面の異様な大きな鼻の人たちのモデルだそうです。唐をおびやかす存在であったとか、モンゴル文字の起源がソグド文字だったとのお話を聞きました(モンゴルに行ったことがあるので、文字が似てるのは分かりました)。
 移動する民族なので、国家の支援があまりない人たちだったそうです。なにも知らなかったので勉強になりました。

 次にお話しされたのが東大寺の森本公誠長老です。
 森本長老は初期のイスラム教について研究されている「学僧」である、と紹介されておられ、そうなのか〜と思いました。
 お話の内容は東大寺とシルクロードのつながりということで、1988年に、奈良でシルクロードフェスティバルがあったそうですが、そのときにされた東大寺での法要のものでした。
 仏教に関するシルクロードを行き来した人を調べ、彼らの旅を法要する、という大イベントだったそうです。
 長老曰く、シルクロードというのは「ベルトコンベア」ではなく、そこを旅する人は死を賭しており、われわれの文化はその過酷な過程の上にあるものなのだ、とのことでした。
 法要では「過去帳」というものを作り、インドから中国へ、中国からインドへという人の流れと、中国から日本へ、日本から中国へと動いた仏教にまつわる人を調べ、その数258人となり、その方々のお名前を古い順から読み上げたそうです。
 そこにはもちろん鑑真和上さんがおられ、歴代の遣隋使や遣唐使の方々もおられたそうです。
 途中、司会の前田さんから提案があり、森本長老がその法要で読まれた過去帳のはじめの部分を、読み上げてくださるという展開に!
 「過去帳」というものでも、もうすでにお経のように聴こえます。
 興福寺の文化講座で何度か名前を聞いた鳩摩羅什のお名前が読まれて興奮しました!(玄奘三蔵より早くに西域に行っている)。
 蛇足ですが、森本長老が紹介されるときと、この過去帳の読経のとき、わたしは、拍手をせずに合掌しました(周囲がみな拍手なので、合掌後少し拍手もしましたが)。
 これは、興福寺の文化講座で指導されることです。高僧には合掌を持ってお迎えするのが礼儀です。
 でも、、、周りの方々、みなさん、わたしより(かなり)年齢が高いのに拍手です。。
 これ、東京だからなのでしょうか。。わたしは恥ずかしいと思います。。
 わたしが合掌しているのが目に入ったのか、壇上の森本長老がこちらを見て微笑んでくださったような!
 光栄すぎてありがたすぎて申し訳ないことですが、、これ、関西ではどうなんだろうと思います。あんなに拍手しないんじゃないか。。。
 そんなことも考えてしまいました。
 
 その次にお話くださったのは、藏中しのぶさん(大東文化大学教授)で、この方は玄奘三蔵を研究されている方でした。
 西遊記で有名な三蔵法師こと玄奘三蔵ですが、本来はなかなかマッチョな大男さんだったそうです。なのに、日本ではドラマの影響でちょっと弱々しかったりするイメージで(しかも女優が演じている)、これは全然その実像とは別物なのだそうです。
 砂漠や山脈などを越える旅に、弱い人は選びませんよね。。
 お話で扱われたのは敦煌に伝わる玄奘三蔵の伝説(唐三蔵哭西天行記)で、その中で玄奘さんは過酷な旅にうんざりしたり、師匠が亡くなって泣いたりする、というのです。
 それは敦煌に元からあった民話をベースに作られていて、玄奘の実像とは違うのですが(そもそも三蔵さんは敦煌に立ち寄っていないとか)、そういうものに取り込まれることで現地の人が玄奘三蔵と仏教に親しんでいく下地になったのだ、とのことでした。
 
 最後のお話は、西藤清秀さん(奈良県立橿原考古学研究所技術アドバイザー)で、ここでは三蔵や仏教から離れ、シルクロードの西の端、今のシリアのあたりの砂漠にあった「パルミラ」という古代都市のお話でした。
 パルミラは「砂漠のバラ」と呼ばれる都市で、紀元前100~300年頃に栄えたそうです。
 地下にお墓をたくさん作るのですが、お墓の入り口にサチュロスという厄よけの神の面像を飾っていたりするので、日本の鬼瓦の起源ではないかと考えているそうです。
 遺跡の中にある彫刻の写真も映されましたが、みなきれいで、ギリシャ彫刻にやはり似ていると思いました。
 それがどんどん東に伝わって、日本の仏像になっていくのかもしれないと思いました。

 ***
 
 その後、非常に重要で深刻なお話へとつながったのですが、今、この西藤清秀さんが関わるシリアあたりの遺跡が、破壊と盗掘にあっていて大変な被害を受けているそうです。
 例の「イスラム国」などのテロリストの仕業らしく、写真も見せていただきましたが、、草原の地下に遺構がありますが、その草原が穴だらけになっています。盗掘です。地上の遺跡も破壊されています。
 今、この辺りの古美術業界は、値崩れを起こしているとか。。。(驚&怒)
 せっかく、日本も資金や技術を提供して護ってきたものが。。
 「バーミヤンと同じことが起こっている」とのことでした。
 結局コントロールはできていない、との言葉もありました。
 
 こういうこともあるから、わたしは、宗教的なモニュメントや、彫刻や絵画などを、宗教のものとしてだけ考えるのではなく、文化的な「美術品」だと考えることに賛成です。
 世俗化だ、という意見もあるようですが、それらは美術品で人類の宝なのだ、と教育しないと、宗教的に対立した人々から憎まれてしまうからです。
 破壊されるのはある程度仕方ない、とあきらめるべきなのでしょうか。。。無常だから。。。?
 でも、こういうものを保護し、未来へ遺したいとする心意気というのは、人間だけに与えられたものではないのか。人間性というのは、そういう部分に出るのではないのか。
 ケモノにはなりたくないです。

 だからわたしは、このようなシンポジウムには参加したいし、それを個人のブログ上であってでも、報告するくらいはしたいと思います。
 「高卒でチャネラー(占い師)」というのは、決して知的階級ではありません(以前、わたしのその面に非常に注目し、そのことを激しく挑発しわたしの知性のレベルを測ろうとした方がおり、おつきあいさせていただいたので、こういうことを書かせていただきます。それは事実ですし)。
 でもわたしは、この国で義務教育は受け、字を読むことができるのです。
 熱意と好奇心があれば、こういう情報に触れることができます。
 そして、ネットというものがあれば、ささやかであっても発信することが可能なのです。
 
 そのことを少しばかりの希望と考え、また来年も、このシンポジウムに参加できればいいなと思っております。 
 案内が届いたら、前もって参加のご案内させていただきますね!

 会場のイイノホールから日比谷公園方面↓
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 新しくてとてもきれいなホールでした!

 

 
 
 
 
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