ワルシャワ蜂起のドキュメンタリー と 神山征次郎監督/映画「月光の夏」

 東京都下小平は、昨日あたりから本気で寒くなってきました。
 玄関あたりの気温(陽射しも暖房も届かないエリア)が18度を下回ってきた。。
 そのためか、右腕のひじの痛み(ネットのしすぎが原因。。)が出てきました。寒いと出てくるようです。
 ちょっと腕が痛いので、あまり長文は書けないように思います。
 (サポーターや塗り薬の使用、マウスを扱うためのアームレスト、ひじ置きの使用、関節痛に効くアーユルヴェーダのオイルでの処置など、最低限できることはしています)

 長文は書けないように思うのですが、コピペはできる(笑)。

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 おとといと昨日、テレビ放送を録画していたものを観て、心が揺さぶられています。

 おととい観たものは、16日の日曜日にNHKBS1で放送されたドキュメンタリー番組です。

 以下番組サイトからのコピペ。

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 BS1スペシャル▽ワルシャワ蜂起 葬られた真実~カラーでよみがえる自由への闘い
ナチス占領下のポーランドで、市民たちが立ち上がったワルシャワ蜂起。戦後、ソ連の影響下で長らく封印されてきた記録映像がカラーでよみがえった。自由への闘いをたどる。
ことし、ポーランドで第二次世界大戦中に撮影されたモノクロ映像が、カラーでよみがえった。映るのは、ナチス占領下で祖国を取り戻そうと立ち上がったワルシャワの人たち。20万人が犠牲になったとされる「ワルシャワ蜂起」の様子が克明に記録されている。戦後、蜂起を無謀な作戦と非難するソ連の影響下で、長らく封印されてきたこの記憶。自由を求める長く厳しい闘いの軌跡を、カラー映像と生き残った人たちの証言でたどる。

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 わたしは、ポーランド人で偉大な映画監督であるアンジェイ・ワイダの映画をそこそこ観ていて(19歳のときに観た「地下水道」は、わたしの人生の奥底にずっと流れ続けています)、ワルシャワ蜂起についても、ワイダ作品からなんとなくの情報を得ていました。
 ポーランドは戦後ソ連の支配下に置かれたので、表立ってワルシャワ蜂起について語れるようになったのは89年の民主化以降となります。なのでワイダの初期の作品中でも、蜂起の政治的な背景については暗示的な表現しか許されてこなかったのです。
 それが、このドキュメンタリーでかなりはっきり概要が掴めたし、なにより、カラー映像でよみがえった当時の人々の表情などがあまりに生々しく(若い人が多い、そしてポーランドには美人さんが多い、その人たちが野戦病院で働いていたり、銃を持って闘っている)、観ながらずっと泣いていました。

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 これを書くと長くなるのですが、わたしには、奇妙な経験があり、30歳手前頃、ある夜、金縛りに遭いながら第二次世界大戦時下と思われるヨーロッパの男性にわたしがなっていて、兵士に屋根裏部屋から外に連れ出され、街中の広場で人々が見守る中、後ろ手に手を縛られ後ろから銃で撃たれる、という経験の追体験を頭の中でさせられたことがあるのです(わたしのわたしとしての意識はあるのですが、頭の中がその人になっていて、怖くて金縛りで身体が動かなくて、最期、絶望して死んでいく、その気持ちも追体験しました。そのとき倒れ込んだ石畳の冷たい表面がほほに触れる感覚もあり、砂の匂いも嗅ぐくらいの体験でした。着ている服の、ウールの素材感も生々しく覚えているほどです)。
 たぶん、ヨーロッパで抗ナチ運動をしていた男性の、最期の体験なのだと思います。
 なぜ、そんなことが自分の身に起こったのか分からず、わたしはそれを、自分の前世の体験なのではないかと考えました(そう考えないと納得できない。わたしは夢を見ていても、自分以外の人になるということはないので)。 
 
 その「体験」が、19歳のときに観たワイダの「地下水道」の影響なのか(でも、その体験時には、この作品のことは表面的には忘れていたのですが)、なんなのか、よく分からないけれど。。
 その「体験」も大きなもので、わたしにとって乗り越えるのが大変なものでした。
 それについてもいつか書ければいいのかもしれませんが。。(以前さるさる日記時代にはこのことについてけっこう書いていましたが、もっと冷静に書けなければいけないかもしれません。輪廻転生が本当にあるかは分からないけれど、この「追体験」とそこから得たものは、自分に大きな学びをもたらしました)

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 その「追体験」のことも、ここ数年はほぼ忘れていましたが、このドキュメンタリーで思い出したし、とにかくこんなひどいことがあったのか、と、呆然とするしかありませんでした。
 それでも「生き残った」人たちがいて、そこでなにがあったのか伝えようと奔走されているのです。
 その姿にも揺さぶられ、涙が止まりませんでした。
 そして、この番組を、日本のテレビ局が創ったということにも、誇りのようなものを感じました。
 NHKには、ポーランドのことを気遣う人がおられるようです。ワイダのドキュメンタリーも過去に創られているので。。嬉しいことです。

 YouTubeにあったワルシャワ蜂起の映像。後半、まさに番組で使われた映像が白黒のまま出てきます。番組ではこれに着色がされ、デジタル処理がされているのでものすごく生々しかったです。


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 そして昨日観たのは、録画していた映画「月光の夏(1992年)」。
 監督は「ハチ公物語」や「ひめゆりの塔」など、事実を元にした物語の映画を作っている神山征二郎さん。

 以下、ネット上の情報のコピペ。

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 『月光の夏』
実話等を元に創作された毛利恒之による同名のドキュメンタリー小説を映画化。第二次世界大戦末期における特攻隊員を軸に描かれる戦争ドラマ。太平洋戦争末期の夏。九州の鳥栖国民学校(現・鳥栖市立鳥栖小学校)に、出撃を明日に控えた2人の陸軍特攻隊員(特別操縦見習士官)が訪れる。1人はグランドピアノでベートーヴェンのピアノソナタ“月光”を弾き、もう1人は子どもたちの歌う“海ゆかば”を演奏して去っていった。戦後、演奏に立ち会った当時の教師・吉岡公子が、ピアノの保存のため小学校でその思い出を語り、それが大きな反響を呼んだことで、次第にその特攻隊員たちについて明らかになってゆくのだが…。

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 これも実話が元になった映画なのですが、ちょこちょこ設定などは違っているそうで、そのままそれが史実になっているわけではないようです。
 特攻隊員の弾くピアノが効果的に使われる物語で、自分は少しピアノを弾くので、とても感情移入してしまい、またもや大泣きしてしまいました。
 そのピアノは実在するもので、九州佐賀の鳥栖に今もあるそうです。

 原作が「ドキュメンタリーノベル」ということで、カポーティの「冷血」を意識しているのでしょうか、作者を思わせるジャーナリストが狂言回しのような役回りで出てきます。
 この作品の肝は、ピアノのことではなく、特攻隊員が生き残ったときに入る「振武寮(しんぶりょう)」という施設があったということを明らかにすることだったように思います。
 そこで帰還特攻兵たちは、屈辱を味わっていたという描かれ方をしていました。

 特攻隊員の人々は、みな若いのですね。そんな人たちが、国のために散ろうと決意するのに、生き残ってしまう。そのことの罪悪感がものすごい、ということでした(ワルシャワ蜂起で生き残った人たちも、同じように感じていたようです)。
 わたしはそのような場所があるということを知りませんでした。

 俳優陣も豪華で、制作費をまかなうために、この話の舞台になった九州の人々が募金を1億円分集めたという、ちょっと珍しい映画です。 
 とても良心的に創られています。こういう映画があると知りませんでした。
 
 特攻隊員がピアノを弾くシーン。


 特攻隊員が戦地へ飛び立ち、そして振武寮に配属されるシーン。


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 ということで、なぜか2日連続で第二次世界大戦に関わる作品を観てしまい、大泣きしていたのですが(ぐったりした。。)、わたしの涙には、もう一つ大きな理由があるということに気づきました。

 いつか、この戦争を体験した人たちがこの地球上からいなくなってしまう。

 わたしは、そのことをとても怖れています。
 でも、避けがたくそれがやってくる。
 そのことがとても悲しくて、とても泣きたくなるのです。

 今、時代の変化が大きいと言われています。
 この大きな世界大戦を実際に身を以て知っている人たちがいなくなったら、どうなってしまうんだろう、わたしはそう思うとなんだかイヤだなと思うのです。

 だから、非力ながら、心が揺さぶられるこういうものに出会ったときには、ブログに文字情報であってもいいから、書き留めておこうと思うのです。

 



 
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