奈良興福寺 文化講座 第200回 入門 般若心経ーその3ー

 昨日の新宿都庁↓
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 昨日は新宿エリア(本当は渋谷区)にある文化学園にて行われた、奈良・興福寺の文化講座に参加していました。
 ですがその前に、タロット占いの対面セッションのモニターのお仕事もさせていただいていました。
 同じ新宿で、文化講座と同じ日に設定していただいたので、とてもありがたかかったです。
 ですが、というか、なのに。
 わたくし、来ていただいた方に、わたくしの携帯番号を間違えて伝えており(単純なタイピングミスでした)、その方がいらしているのになかなかお互い気づけず、落ち合うのに時間がかかってしまいました。
 こういうバカみたいなミスをしてしまうんですね。。。本当に申し訳ないです。
 やはりこういうのもモニターをしていただかないと分からない部分で、これからは予約のメールの返信の最後の署名には、ひな形を作っておいてコピペにしたほうが間違いがないと思ったり、そういう風に少しずつ改善していくしかないのだなと思ったりしております。

 何事もやってみないと分からないですね。

 ***

 そんな感じでばたつきながらもセッションをし、その後お別れして新宿をプラプラしてから文化講座に向かいました。
 昨日で奈良興福寺の文化講座(東京での講座)は200回目を迎えたそうでした。
 わたしは13回目の参加となります。

 会場の文化学園の前にあるイルミネーション↓
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 昨日の第一講は森谷英俊興福寺執事長による「入門 般若心経ーその3ー」でした。

 興福寺文化講座ではこの秋から、7世紀、唐の時代に天竺(インド)への旅をし、たくさんのお経を唐に持ち帰った偉大なる玄奘三蔵様を特集されて講座が開かれています。
 この方がサンスクリット語から訳された「唯識三十頌」などが、奈良興福寺をはじめとする法相宗の教典となっているそうで、玄奘三蔵様の旅が、わたしのような現代日本人にも影響を及ぼしているということを改めて思います。

 昨日の森谷執事長の講義では、ここ最近聞いてきた玄奘三蔵様のことが、よりくっきり見えてくる形でのお話を聞くことができました。
 「西遊記」でよく聞かれた「三蔵法師様」という言い方ですが、これはここでは玄奘三蔵様のことですが、「三蔵法師」と言うのは一種の「称号」で、仏教の「三蔵(経・律・論)」を収めた高僧はみな「三蔵法師」と呼ばれるそうです。なので「玄奘三蔵」と言わないと本来は個人の特定ができないということですが、あまりに偉大なため、「三蔵法師」と言えば玄奘三蔵様、ということになっているそうです。
 その玄奘三蔵様は、現在の河南省陳留の人で、姓は陳、俗名はキ(漢字変換できず。衣篇に、偉という字の右側がつく字です)というそうです。
 わたしはこの情報にけっこう感動していて、ああ、玄奘三蔵様も、生まれたときには普通のお名前があったんだなと妙にしみじみしてしまいました。
 お話によると、13歳で兄の長捷法師に従いお寺(洛陽浄土寺)に入ったそうで、きっと今で言う「神童」のような方だったのではないかなと思いました。

 三蔵法師様、というと、わたしの中では「西遊記」のイメージもあり、一つの「キャラクター」みたいに思えていた部分もあるのですが、このようなお話を聞いていくにつれ、「人間・三蔵法師」としてのイメージができてくるように思えます。
 ここ1年以上、興福寺文化講座で仏教のお話を聞いてきて、三蔵法師様のことも少し聞いてきましたが、その人間像はよく分からず(今も分かっていないけれど)、なんとなく、「どこからともなく現れたすごいもの(=伝説やおとぎ話)」のように思えていたのです。ぼやけていた、という言い方でもいいかもしれません。
 でもそうではなくて、きちんと人間として、背景や必要性があって、あのような旅をなされたのだな、ということが、お話からおぼろげながら見えてきたように思うのです。
 かえって失礼な言い方になるとは思うのですが、、、やはり、玄奘三蔵様が重視した「唯識三十頌」を1300年護り続けてきた奈良の古刹(これだって伝説やおとぎ話、イメージの世界の話ではない、「古刹」って言うと「クール」に思えるけれど)の、高僧の皆様から直接そのお話を聞くというのは、ネットでさらさらっと調べる(Wikipedia見るとか。。)のとは全然違う「現実味」と「ボリューム」があるのですね。

 ありがたいよう!!

 わたしがもう一つ昨日感動した点は、玄奘三蔵様は旅の前、唐にいた時代からすでに「唯識」の勉強はなさっていた、という部分でした。
 このあたりも、ウィキるくらいでは分からないことで、わたしは玄奘三蔵様が天竺に行って、そこではじめて唯識の考え方に触れて、そして唐に戻ってそれを訳して広めたのかなあと思っていたのです。
 そうではなくて、すでに唯識を学んでいて(もちろん他のこともでしょうけれど)、もっと詳しく知りたいということでインドに行かれたということなのですね。
 そして、本場の唯識を中国語にされて、それが日本に入ってきたということなのか。。。
 まず先に唐で玄奘様が唯識を知っていたか、それとも天竺ではじめて出会ったのか、では、話が違ってくると思うのですね。。「唯識をもっと知りたい」という気持ちが原動力にあったかどうか、ということになるから。。
 そういうことも、知るとまた味わいが深まるというか、、「もっと知ってそれを収めたい」とするその思いの強さに驚きを覚えるのです。

 ということで、玄奘三蔵様の「人間像」に、今回のお話では触れられたような気がしました。

 ***
 
 般若心経については、玄奘様の前に鳩摩羅什様が訳されたものがあって、時代は2世紀くらい隔たっているので、その間に教典内容が変わった部分と、そのまま踏襲された部分とがあり、そのあたりから見えることもある、とのことでした。
 般若心経はかなり革新的なお経だということでした(本来は、お経のはじめに「誰がどこでなにをして、そのことを聞いた誰それがこのお経を書きます」というような説明があるのに、玄奘三蔵様と鳩摩羅什様訳の般若心経にはそれがない。でもそれがあるお経(大本)もあるそうで、成立は2~3世紀頃だと考えられるそうです)。
 
 昨日のお話はとにかくすごいボリュームで、般若心経に関するアメリカの方の最新の研究成果のお話なども聞くことができました。
 そして、「お経を唱えるとご利益がある」という考え方(マントラの考え方・お経の呪術的使用)よりも、やはりその内容(「空」に関する哲学的智慧など)に注目するのが、本来の仏教、仏教が成立した理由、つまり古代インド哲学「ヴェーダ(=バラモンの教え? 後にヒンドゥー教になっていくそうです)」と仏教が一線を画すようになった理由に則するのではないか、とのことでした。
 
 勉強になりました! 
 ちょっと頭が追いついていないかもですが!!
 ていうか、やはり「空」そのものが、わたしにはよく分からない。。。
 でも、人間である限り、正確には分からないのではないかとも思ってしまう。。。
 それでも、そういう視点があるのだということを知り、そう考えてみると、世界はどうなのかな、と考えてみる、その価値は、ものすごくあるのだと思います。
 分からなくても、あがくことはできるといいますか。。。それくらいはしてみてもいいのではないかとか。。。

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 イルミネーション:2↓
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 おトイレ休憩のあと、瑜伽(瞑想)の時間となりました。
 昨日は、瞑想のはじめよりも、途中で集中できる瞬間があったように思います。
 でもほとんど雑念が出てきていたのですが。。。(汗)

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 第二講は多川俊映興福寺貫首による「唯識三十頌を読む」でした。
 こちら、200回目の講座で、「唯識三十頌」の、三十頌目が終わって、今回で「唯識三十頌を読む」のテーマの講義は終わりとなったそうです。
 200回目で、年末で、一つのテーマが終わったって、、、キリがよすぎてすごいです(笑)。

 こちらの講座に通いはじめて1年と少し、はじめは「頌」というのがなんなのかも分かっていませんでした。
 「じゅ」と読むのですよ。
 頌というのは、わたしの理解によると、お経の中の文章の一まとまりのグループです(違っていたらどうしよう)。
 「唯識三十頌」では、一行が漢字5文字、それが四行並んで、「1頌」です。
 これ、、、元はインドの世親菩薩様が書かれたサンスクリット語の原本があり、それを、玄奘三蔵様が漢訳されているわけですが、、、この仕事も、まあ、言い方悪いですけれど、キチガイじみているなと思います。
 「絶対に、漢字5文字で4行で、その部分の意味を説明しきってやる!」というこの、ものすごい意地を感じるわけなのですね。。。(サンスクリット語もそのようにきれいに整理されているのだろうか。。。)
 だって、勝手気ままに書ける散文詩などとはわけが違って、その5文字4行という様式の中に、意味を落とし込まなくてはいけないわけですから(しかもお経)。。。これは、言語感覚だけではなくて、パズルのような数学的な発想も必要なのではないかと思ってしまいます(きっとそこで「教養」が試されるわけですよね。。中国のエリートってそういう意地がすごそうだと思ってしまう)
 昨日の森谷執事長のお話によると、玄奘様には、漢訳を進める上で、サンスクリット語の専門家などを従えたチームがあり、チームで訳を進めていたそうです。そうじゃないとやはり無理ですよね。。。
 そうなると、「監修」が玄奘様、ということになるのでしょうか。

 昨日はその「頌」のとうとう一番最後。
 少し前から続いている、唯識の教えをきちんと収めて、精進していったら、このように悟りの段階が変わっていきますよ、と説かれた部分の、最後のものになります。
 それは、究極の「悟った状態」のことを書いた部分です。

 抜き出してみますね。

  此即無漏界(此れは即ち無漏界なり。)
  不思議善常(不思議なり。善なり。常なり。)
  安楽解脱身(安楽なり。解脱身なり。)
  大牟尼名法(大牟尼なるを法と名づく。)

 この頌については、内容以上の説明はあまりできないものだ、と多川貫首がおっしゃっておられました。

 これは仏教の悟りの修行の果てに現れる「仏果」を説いたもので、まったく汚れがなくなって、常識を超えていて、完璧な善の世界で、真理が不変に不滅に常にあり、あらゆる束縛から自由で安楽であり、大いなる静けさの境地ですべてがクリアーになっている状態なのだそうです。
 そこを目指そうとする心を、いかに持つか、いかに維持していこうとするか、ということが、わたしたち凡夫に科せられた課題だ、ということをおっしゃっておられました。

 わたしなどは「そんなの無理なんじゃないのか」とすぐに思ってしまいます。
 
 ですが、鎌倉時代におられた法相宗の解脱上人貞慶(じょうけい)様は、「聖者と凡人の間というのはそこまで隔てられているものではない」ともおっしゃっておられるそうです。
 果てしないと感じられることのほうが多いと思いますが、、、「よりよくなりたい」という気持ちを完全に捨ててしまったら、わたしたちは「人間」じゃなくなってしまう、という気は、わたしはしています。

 ということで、多川貫首の「唯識三十頌を読む」は、昨日で終わってしまったのですが、わたしは去年秋からの参加で、「唯識三十頌」の前段のお話は聞いていないので、多川貫首の本を購入しました。
 じゃーん↓
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 「唯識三十頌」を、1頌ずつ取り上げて説明してくださっている本です。
 これ、、少し前に届いていたのですが、講義の最終回が終わるまで読むのを我慢していたのです(笑)。
 やっと読める! 
 楽しみです。
  

 
 

 
 
 
 
 
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