フェルディナント・ホドラー展 国立西洋美術館

 月曜日に上野の国立西洋美術館に「フェルディナント・ホドラー展」に行ったのですが、こちらでの展覧会はその日が最終日となっていました。
 なので感想を書いても、今は上野ではもうやっていないのですが。。(1月24日から神戸で巡回があるそうです)

 去年東京国立博物館に「国宝展」を観にいっていましたが、そのときこのホドラー展の告知を見ていて観たいなあと思っていたのに、年末などばたばたしたため忘れていました。
 それがこの前の日曜日、突然ふと、「あ〜〜なんか無性に上野に行きたいなあ」と思いまして、「何か美術展あったっけ〜」と思って調べたら、ホドラー展が明日最終日! ということに気づいたのですね。
 これって虫の知らせというやつですかね。。。

 最終日ということで、けっこう混んでいて、祝日ということもあって老若男女いらっしゃっていました。子供を連れたお母さんが熱心に絵の説明を子供にしていたり。普通の感じに見える奥様が「この人模写をたくさんしてるっていうからやっぱり上手ね」とおっしゃってたり。
 日本人て美術が好きなんだなあと思います。
 それって、普通にいいことですよね。

 夫も観たいと言っていたのですが仕事で行けず、わたしだけ観ましたが、それだともったいなかったかなと思える美術展でした。
 やはり一人の画家をじっくり追う「回顧展」というのは、いろいろな作家のものを観られるものと違う意味で勉強になりますね。一人の人の表現の移り変わりが見て取れるということでしょうか。
 わたしは美術に詳しくないので、ついたくさんの作家のものが観られる美術展に行きがちですが、たまにはこのような「回顧展」というのもいいなと思いました。

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 フェルディナント・ホドラーは19世紀中頃に生まれ、20世紀前半まで生きたスイスの画家です。
  
 以下、美術展のサイトから概要をコピペします。

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フェルディナント・ホドラー(1853-1918)は、19世紀末のスイスを代表する画家です。国内での絶大な人気に加え、近年ではフランスやアメリカでも相次いで個展が行なわれるなど、その存在にはあらためて国際的な注目が集まっています。

ホドラーは、世紀末の象徴主義に特有のテーマに惹かれる一方、身近なアルプスの景観をくりかえし描きました。また、類似する形態の反復によって絵画を構成する「パラレリズム」という方法を提唱したホドラーは、人々の身体の動きや自然のさまざまな事物が織りなす、生きた「リズム」を描き出すことへと向かいました。今回の展覧会は、ホドラーの画業をたどりながら、世紀転換期のスイスで生まれた「リズム」の絵画を体感する場ともなるでしょう。

日本とスイスの国交樹立150周年を記念して開催される本展は、日本ではおよそ40年ぶりに開催される 最大規模の回顧展となります。ベルン美術館をはじめ、スイスの主要な美術館と個人が所蔵する油彩、素描など約100点により、ホドラーの芸術の全貌に迫る、またとない機会となります。

 (引用元 → こちら )

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 展示は若い頃の作品からあり、その後はテーマごとにホドラーがどのように画家として表現を変えていったのか分かるように展示され、最後には最晩年の作品が出てくる、というものでした。
 
 まず思ったのは、普通に絵が上手な人だなあということでした。
 
 ホドラーは7歳のときに父親を亡くしているのですが、母親の再婚相手が画業を営む人だったようで、手伝いをするようになり、若い頃はお土産物の風景画の工房で働いたそうで、初期の風景画など、普通にきれいだなあと思えるものでした。

 絵の研鑽をするために美術館に通っていたそうで、ギュスターブ・クールベの影響を受けたと書かれてありました。
 絵の模写を美術館でしていたら、美術教師の目に留まって師事するようになり、写実主義以上の、独特の表現のための視点を与えられたそうです。
 その後、音楽家との交流などもあり、視覚の中に入ってくる「リズム」を形にしようと、独自の表現を生むようになっていったそうです。
 当時の舞踏をする人たちからのインスピレーションがあったようで、古典的バレエからコンテンポラリーの発想が出てくる西洋舞踏界の変換期と、ホドラーの「リズム表現」の追求の時期が重なっていたようです。
 
 その「リズムの追求」は風景画にも試され、スイスの美しい山々や湖の絵を描くにしても、リズムやパターンを意識したものを描いていた、とのことでした。

 絵はがきを買ったのでその写真を。

 初期の風景画↓
  150116maronie.jpg
 「マロニエの木々」1889年。
 この絵には湖に映る木や幹や草の配置などで、その後追求する「リズム感」が表されていて、この絵にはその後のホドラーの表現の種(萌芽?)がある、とのことでした。

 「感情III」1905年↓
  150116kanjou.jpg
 人の身体の形を少しずつ変えて配置することでリズムを生む、という手法だそうです。色がきれいでした。

 「悦ばしき女」1910年↓
  150116onna.jpg
 ダンサーの動きをヒントに、肉体の動きやそのリズムを捕らえようとしていたそうです。
 躍動感! という感じでしょうか(でも静けさも感じる)。

 「ミューレンから見たユングフラウ山」1911年↓
  150116yama.jpg
 山の壁面などの色のコントラストをつけて、装飾的なリズム感を出していたそうです。(言われないと分からない(笑))
 山の絵は、もうちょっと遠景のものが好きでしたが(麓の情景も入っているようなもの)、絵はがきになっていませんでした。。ちぇっ。
 風景画はどれもとてもきれいで、スイスに行ってみたいなあという気分になりました。

 個人的に感じたことですが、ホドラーさんの絵はちょっと離れて観るほうがいいです。
 大きな作品はもちろんだけど、そこまで大きくない風景画でも離れたほうがきれいに見えるっていうか。。。
 3mじゃ近くて、4~5mくらい離れると「おお〜」と思う感じでした。
 きっとそれくらいの距離感を想定して描いておられるんだろうな、と思い、広い場所じゃないと無理よねえ、と思いました(うちでは飾れない(笑))。
 
 最晩年の作品では、癌で亡くなっていく愛人の顔などを描いていました。
 死体となった愛人の横たわる姿もありました(若い頃から農民の死体の絵などは描いていた。ホドラーは家族を若い頃に全員失っているそうで、「死を描く必要性」のある方だったのではないかとのことでした)。
 ホドラーの絵はだいたいみなきれいで、公の場所の壁画などもたくさん描いておられ、社会的に成功している人の絵だな、という感じはしたのですが、この愛人の絵はとても個人的なものに思えて、ちょっとグッと来てしまいました。感情が動かされるといいますか。。。ほかの「リズム感追求」の絵は、感情が動かされるという感じではなかったのですが(「なるほどねえ、達者だねえ」という感じを持つ)。

 展示の最後に、そういうものがあったのは、よかったのかなあと思いました。偉大な画家を少し「とっつきやすく」感じられた、ということかもしれません。

 ホドラー展はこの後兵庫県立美術館を巡回するそうです。サイトは → こちら

 
 *おまけ*
 国立西洋美術館お庭のロダン「カレーの市民」↓
150116calais.jpg
 こちらに行くといつもこの角度で写真を撮ってしまう。。。(笑)あの「手」が好きなのかな。。。(笑)
 この日は常設展も観て、ホドラーが影響を受けたクールベの波の絵を再び観ました。何度観てもいいなあと思います。
 
 
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