奈良興福寺 文化講座 第202回 玄奘三蔵こころの旅〜偉大なる仏典の翻訳〜

 昨日は新宿エリアにある文化学園にて、奈良興福寺の文化講座があったので参加してきました。
 奈良の興福寺とは「国宝・阿修羅像」で有名な1300年続くお寺で、奈良公園のそばにあり(昔は奈良公園も興福寺の敷地だったとか、ていうかあたり一帯興福寺の敷地だったのか)、東大寺にも近いお寺です。
 唯識仏教を伝える法相宗(ほっそうしゅう)の大本山であられます。
 こちらのお寺の講座が新宿の文化学園で月に一回行われており、わたしはおととしの秋から参加させていただいていて、昨日は15回目の参加でした。
 毎回楽しみにしているもので、本当に申し訳ないくらいに勉強になるものです(参加費500円! 文化講座の案内のページ → こちら )。

 文化講座では一回の講座で講義は2つあり、前半の第一講がその月ごとに講師を招いたテーマ毎のお話、途中瞑想の時間が入って第二講が興福寺の多川俊映貫首のご講話、という流れになっています。

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 昨日の第一講は先月に引き続き、駒沢大学教授の吉村誠さんによる「玄奘三蔵こころの旅〜偉大なる仏典の翻訳〜」でした。
 吉村先生のご専門は中国仏教思想史で、特に中国唯識思想史について「西遊記」でも有名な玄奘三蔵様の事跡を中心に研究されているそうです。
 先月は玄奘様が唐から西域(インド)への旅をするに到った経緯や、その旅の中でのこと、インドでどう過ごされたか、ということがお話の中心でしたが、昨日は唐に戻った玄奘様が、インドから持ち帰った教典を翻訳されるわけですが、その翻訳作業にいたる経緯や、翻訳の量についてなどのお話でした。

 玄奘様がサンスクリット語から漢語に訳したたくさんの教典が、百済を経て日本にも伝わり、日本の奈良(大和)で仏教文化が花開くことにつながっているので、玄奘様がそのような翻訳作業ができなかったら、東アジアの歴史はまったく違ったものになっていたと思われます。
 
 昨日のお話で印象深かったのは、玄奘様が唐に戻って、ときの皇帝、文武聖皇帝・太宗に謁見するのですが、そのときのお話です。
 太宗皇帝というのは随を滅ぼし、唐の時代300年の基礎を築いた名君と言われる方で、その治世の時代に東アジアの仏教の基礎を築いた玄奘様が出現したというのは、歴史のすごさというか、縁の巡りあわせのすごさを感じます。
 歴史が大きく動くときというのは、そのような「邂逅」があるのかもしれませんね。

 太宗皇帝は、インドで仏教を収め過酷な旅を踏破した知力・体力ともに優れた玄奘様を、自身のブレーンとして欲したのですが、玄奘様は教典を訳すことこそが自分の使命としてその要請を固辞し、太宗皇帝もそれを認め、ときどき玄奘様を呼び寄せて話を聞く、というレベルで我慢をすることにしたのだそうです(笑)。
 それができるということが、太宗皇帝が大人物である証左だ、と吉村先生はおっしゃっていました。
 (こういう話っておもしろいですよね。。。)
 太宗皇帝さんが大人物であったために、現代のわたしたちも「唯識仏教」に触れることができるのかもしれません。
 ありがたや。。。

 玄奘様は唐に帰国後、ほんとうに死ぬまで、ひたすら教典を訳されたそうです。
 それでもインドから持ち帰った教典すべてを訳すことはできなかったそうで、その後をお弟子さんが継いでいくのかと思いきや、当時の中国には翻訳権のようなものがあったらしく、その権利を持つ人が亡くなると仕事がそこで終わってしまうシステムだったのだそうです(もったいない!)。
 そして、「ああ、中華思想っぽいなあ」と思ったのですが、中国の人は漢語に対して絶対的な自信を持っているので、訳し終わった後のサンスクリット語の原本について敬意を払わないらしく、たくさんあったであろう玄奘様が持ち帰った教典が散逸してしまったのだそうです。可能性のありそうなところ、どこを探しても見つからないのだとか。。。(もったいない! ばかちんが!)

 そんな「もったいない」話もあるのですが、玄奘様には慈恩様というお弟子さんがおり、その方が唯識仏教を伝える「法相宗」の始祖となり(玄奘様は鼻祖とされるそうです。これは鼻が身体の一番先に来ることからそういうそう)、それが教義として確立され日本でもきちんと残っているわけですから、よかったなあ、と思ったのでした。

 ここのところずっと文化講座では玄奘三蔵様のお話が特集されていましたが、孫悟空を操る「西遊記」の三蔵法師様という「神話的イメージ」がだいぶ抜け、どういう人だったのかが少し具体的に掴めたように思います。
 ほんとにありがたいことです。。

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 突然ですが昨日の空↓
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 今日もところどころ雲のある空です。

 第二講に入る前に瑜伽(ゆが/瞑想)の時間です。

 先月この時間で、お腹がぐるぐるしそうになったのが、腹式呼吸を続けることで治まったので、それから「身体を温めるため」という身もふたもない理由から腹式呼吸を試みることをしています(笑)。
 前より寒さを感じにくくなったかもしれません・・・!(もちろん防寒対策はしていますが、、それでもどうしようもなく寒くなることがあったんです)
 歩いてるときなども、腹式呼吸で歩くと身体が温まるのが早く感じられます。
 これを続けて、少しでも冷え性が緩和されたとしたらすごくないですか・・!
 
 ありがとう興福寺・・・・!

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 第二講は多川俊映貫首のご講話で、昨日から新しいテーマ「春日権現験記絵」という絵巻物のお話に入りました。
 
 「春日権現験記絵(かすがごんげんけんきえ、という読みでよいのでしょうか)」は、1309年に造られた巻物(20巻)で、西園寺公衡(さいおんじきんひら)という方が造らせたものだそうです。
 興福寺と春日大社は、明治以前には神仏習合であったため一つの組織としてあり、春日大社に伝わるものとも興福寺はたくさん関わりがあるそうです。
 そこで今回、これからのテーマに選ばれたのがこの「春日権現験記絵」なのだとか。
 
 興福寺は元々は藤原不比等の建てたお寺で、昔は藤原氏の氏寺であり、春日大社(昔は「春日社」と呼んだそうです)は藤原氏の氏神さんだったそうです(昔の貴族の権力の強さってハンパないなとこのことからもすごく思います。。)
 なので、この巻物にも藤原氏の人々が成立に関わっておられるそうです。

 昨日のお話ではこの絵巻の成立に関わる背景と、多川貫首が今なぜこの巻物をテーマに選んだかのお話がされました。

 元々日本は神道の「神の国」としてあり、そこに大陸から仏教が伝わり、7世紀、大化の改新の頃から仏教が根付いていくことになります。ですがそれは、「神の国」を否定することなく「神仏習合」という形で進めてはじめて成立・成功したことだった、とのお話がありました(キリスト教もヨーロッパの土着の宗教(女神信仰など)を否定しようとしたけれど、やはりそこは難しいので「マリア信仰」という折衷案を作ったと、「魔女とキリスト教」で読みました。「マリア信仰」は本来は「呪術」なのだそうです)。

 仏教を国として認めることにするとき、大和の人たちは、「神の国」との整合性をどう取るかの議論をし、きちんとした手続きをもって日本独自の「神仏習合」の宗教形態を創っていったそうです。
 それが1200年ほど続いた後、明治維新がなされたとき、廃仏毀釈が起こり、神と仏が分かれたのですが、そのときにはほとんどきちんとした議論がされず、一部の人の声だけで決まってしまった。
 そのことによる弊害と問題が、現代の日本にも続いているのではないか、というのが、多川貫首のお考えなのだそうです。
 (蛇足ですが、今日の読売新聞の朝刊には、「イスラム国」の問題に関して「一神教の宗教は不寛容か」というテーマで論説が載っていて、東大寺の森本公誠長老のお話も載っていました。森本長老は初期イスラム教を研究されている方です。長老は最後に「非暴力を掲げる仏教」についても触れられ、神仏習合であった日本の宗教形態が失われたことによって第二次世界大戦も起こったのではないか、という意味のことを語っておられました)

 春日大社には、今でも興福寺とともに歩んだ間のいろいろなものが、そのまま残されているそうです。廃仏毀釈をしたといっても、すべてを壊せたわけではないのです。
 いったん加わった特性は、容易には外せない。
 昨日の貫首のお言葉です。
 
 なのに、1200年続いた伝統を簡単に壊そうとし、表面的には壊れたことになっていても、人々の中に脈々と残るものはあり、でもそれは「なかったこと」に無理矢理されていて、人々は右往左往している。その右往左往が、たくさんの問題を創っている。
 わたしはそういうことではないかなと思いました。
 (ちなみにわたしは日教組の左翼教育により、宗教は戦争を起こすからよくないものだ、と言われてきた世代です。「イスラム国」の人質のニュースのときも、掲示板には「やはり宗教は悪だ」という言葉がたくさんありました。わたしは今、宗教をそのように「悪」だとは考えていませんし、自分がそこから学び、そこから救われていることを感じています)

 興福寺では現在、失われた中金堂の再建の事業に取り組んでおられ、2018年に落慶します。
 その2018年は「神仏分離令」が発行された1868年からちょうど150年となる年です(偶然そうなったそうです)。
 150年という区切りの年を機に、神仏習合という日本の宗教の在り方を、あらためて見直そうではないか、そう多川貫首は考えておられるそうです。
 
 これは、、、興福寺、、、すごいことになっているのではないか。。。(ヤバいところに突っ込もうとされておられる・・・!
 
 新しいご講話も本当に楽しみです。
 「大変な場に居合わせる」。
 リフシッツさんの演奏会に続き、またもやわたしはそのような機会に恵まれているのかもしれません。

 ***
 
 最後に、昨日の多川貫首の話を聞いてまっさきに思い浮かんだ、エレファントカシマシの「化ケモノ青年」を貼ります。
 「アノ19世紀以来 今日に至るまで この国の男の魂はいつだって右往左往」と歌う歌です。

 
   アノ19世紀以来 化ケモノ青年よ この国の男は化ケモノ青年
  
   おい今夜は酒もってこい いいからいいから酒もってこい
   こいよもってこいよ いいから酒もってこい

   アノ19世紀以来 男の歴史とは己のイメージと相克の歴史
   アノ19世紀以来 男の歴史とは己のイメージと相克の歴史
    (この歌の歌詞のサイト → こちら )

 わたしはこの国の「化ケモノ青年」たちを、かわいそうで愛おしいと思っています。
 わたしと同じ、そうでしかないこの国の女性たちのことも、愛おしいと思うのです。
 果てしない右往左往。
 でもほんとうに、それだけしかできない存在なのでしょうか、わたしたちは。
 

 *おまけ*
 先ほど届いたもの↓
  150220sika.jpg
 ネットで購入した、お鹿しゃんの写真がプリントされたクッション♪ バラ色のプリントが好みです!
 ああ、奈良に行きたくなるなあ。。。
 
 
  ☆タロット占いのモニターを募集しています☆
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  詳しくは こちら をご参照下さい。
   rosinu-rose@tbt.t-com.ne.jp



 
 
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