奈良興福寺 文化講座 第203回 玄奘三蔵と日本美術

 西新宿方面の空↓
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 階段状に見える連なるビルは、映画「ロスト・イン・トランスレーション」のロケにも使われたホテル。パークハイアットです。ラウンジで友人とアフタヌーンティーをしたことがあります。お高いけれどおいしかった。

 おととい、昨日と2日連続で新宿に行っていました。
 おととい行ったのは文化学園にて毎月行われている、奈良・興福寺の文化講座です(昨日はタロットのセッション)。
 奈良・興福寺は、近鉄奈良駅からほど近く国宝の「阿修羅像」などが有名な大寺院で、中国から伝わった法相(ほっそう)宗のお寺です。法相宗は「唯識三十頌(ゆいしきさんじゅうじゅ)」というお経を大事にされている宗派で、わたしはその「唯識仏教」という考え方に共鳴しています。
 わたしのこちらの文化講座への参加は16回目となります。
 16回参加させていただいている間に、たくさんのことを学ばせていただきました。
 それは、仏教の経典のことだけじゃなくて、、人としての在り方のような部分を含めるなにかです。
 でも、人としての在り方をとことん考えるのが仏教のような気がするので、、わたしは今、とても当たり前でつまらないことを書いたのかもしれない(汗&笑)。

 **告知**
 そんな講座をしてくださる奈良・興福寺ですが、現在2018年の落慶を目指し、失われた中金堂の再建をされています。
 それがなんと、4月6日から19日まで、その中金堂の再建現場の一般公開をされるそうであります!!
 大規模なお堂の修復は500年に1度くらいのこと、これを逃したらもう観られません、とのことでした!
 わたしたちは、そのお話を知る前から、来月奈良に行こうと思っていましたので、ぜひ見学してこようと思っております!
 
 ***

 おとといの第一講は、興福寺国宝館・金子啓明館長の「玄奘三蔵と日本美術ー日本古代美術への影響ー」でした。

 興福寺の文化講座では、今年度の下半期は玄奘三蔵様のお話が特集されていたのですが、おとといのお話はその「総まとめ」のようにも思えました。
 ここのところ勉強していた玄奘三蔵様が、日本(の仏教界と仏教美術)にどれだけ影響を与えたのか、ということが最後に見えた、という感じです。
 
 7世紀に唐(中国)から天竺(インド)へ、仏教を修めるための旅をした玄奘三蔵様ですが、唐に帰国してからはインドから持ち帰ったお経の翻訳の仕事をされました。
 そのお話をずっと聞いてきていたのですが、わたしはそれがどうやって日本に伝わってきたのかがよく分かっていなかったのですが、おとといの金子館長のお話でやっと見えました。
 すでにその当時、日本からは遣唐使が中国に入っていて、選りすぐりの留学生が玄奘さんの元でしっかりと勉強してくださっていたのですね。
 道昭(どうしょう)という大阪河内地方生まれの人などは、玄奘さんに気に入られ、同じ部屋に住んでいたのだそうです! すごーい!
 そういう方がいらっしゃるので、玄奘さんの体験や教えは、あまり損なわれることなく日本に入ってきたのではないかと思われ、それで唯識仏教もきちんと伝わったのだなと思いました。
 よかったよ。。。。
 (子供の頃、遣隋使や遣唐使のことを社会の授業でもちろん習いますが、具体的にそういうことか! と思って、日本人は昔っから海外のよいものをいろいろ吸収しようと頑張ってきたのだな、とも思いました)

 仏教の教えだけではなく、仏像の作り方なども日本に入ってきました。
 仏像を造るにしても、やはりその「マニュアル」とも言えるようなものがあり(「十一面観音神呪心経」というものには、十一面観音像の作り方が書かれているそうです)、それに乗っ取って作ることが求められていて、日本にはその当時にそうやって作られたものがきちんと残っているのだそうです(中国では失われてしまったもののほうが多いとか)。
 おとといは特に木彫についてのお話があり、仏像を造る材料は香木の一種の「白檀(びゃくだん)」でなくてはいけない、ということがあったそうです。
 白檀は大きくならない木で、小さな仏像しか作れなかったのですが、中国や日本には自生する白檀はないので、代替の材質が必要となり、それは公式に「柏木(はくぼく)」であるべきだとされ、それは、香木の一種であるカヤの木とされたのだそうです。
 わたしはカヤの木の実を拾ったことがありますが、青くてさわやかないい匂いがします。
 その木は大木になるので、カヤを使うことが許されたことによって、大型の仏像の木彫の制作も可能になったそうです。
 8~9世紀頃に作られた日本国内の木彫は、ほとんどカヤの木が原材料であるということが、この10年くらいの調査で分かってきたそうです(それまではヒノキだと思われていた)。
 おもしろいですねえ、、こういう話。。
 そしていくつか仏像の写真も観させていただきましたが、、火曜日に東京国立博物館で観たものがあったような気がする。。。正式に白檀で作られたもので、奈良の談山神社・妙楽寺の元の多武峯伝来の「十一面観音菩薩立像」を観たような気がするんですが。。もっとちゃんと観ておくべきでしたー!

 火曜日に東京国立博物館で観た中国に伝わる仏像や、この「「十一面観音菩薩立像」など、お顔がかなりインドっぽいなあと思っていたのですが、玄奘三蔵様がインドから帰国されてから、唐では一大インドブームが巻き起こり、仏像を造るにしてもお顔などインド風にしていたそうです。日本にもそのブームは伝わり、昔の仏像はインド風のお顔をされていることもあるそうです。
 奈良の薬師寺にある薬師如来像や、その脇におられる日光・月光菩薩像などもかなりインド的な表現、あるいはペルシャ的な表現もあり、日本がシルクロードの終着点なのだということを思わせるものなのだ、というお話がありました。これは、おととし奈良へのツアー旅行に行ったときにもバスガイドさんからお聞きしました。
 
 おとといの金子館長のお話で、いろいろと漠然としていたものが頭の中でつながりました。
 この「バラバラなものがつながる」っていう感覚が、わたしにとってはとても「おもしろい」のです。
 勉強をする楽しみの一つかな、と思います。
 (結局、古代の文化の基本的なものにあたっていかないと分からないことが、実は世の中にはたくさんあるのだろうと思います)

 ***

 第二講に入る前に瑜伽(瞑想)の時間となりました。
 家にいるとあまり瞑想も集中できません。ばらつきがあるというか。。結局、家の中の生活のいろいろなことが気になるのですね。
 文化講座の会場にいると、いつもより集中できるように思います。
 場が作る雰囲気というものはあるのだろうと思います。

 ***
 
 第二講は多川俊映興福寺貫首の「春日権現験記絵の世界・二」でした。
 明治の廃仏毀釈までは興福寺と一体だった、奈良の春日大社に伝わる絵巻物を読んでいこう、という講義です。
 「春日権現験記絵」の原本は今は宮内庁にあり、他には写本が数種あるそうです。
 成立は14世紀初頭だそうですが、その内容は承平7年(937年)にあったことから始まります。

 「春日社興福寺」は、大化の改新を押し進めた中臣鎌足・後の藤原鎌足を出した藤原家の氏神・氏寺として建立されました。東大寺よりも古いし、規模も大きかったそうです。
 わたしはこういうことを考えるとき、少し怖い気持ちになります。 
 「一族」というものが、そこまでの権力を持つということ。
 今では、宗教には絡まないで企業という形でそういう「一族」はいるのか。そして政治に対して影響力を持つ。それは少し怖いように思えることなのです、わたしには。
 それがどういうものなのか、ということが、これからのこの「春日権現験記絵の世界」という講義で見えてくるのだろうなとは思うのですが。。

 そういうことと同時に、この「春日権現験記絵」は、春日社にまつわる「不思議」について記録されたものであるようなのです。
 そこも個人的には大きな興味を引かれるとともに、少し怖いような気がします。
 
 こちらは絵巻物なので、多川貫首は読む箇所にまつわる絵のコピーも資料につけてくださっています。
 本来この絵巻物は特別な人しか観られないものだそうで(興福寺の僧侶でもなかなか機会はなかったそう)、その絵の写真を撮ってブログに載せてもいいのかという問題があります。
 たぶん、わたしのような者がそういうことをしては、いけないと思います。
 ですが、先月の第一回目の講義で、貫首は大きくカラーコピーしたものを資料につけてくださったので、そこから一部だけ、一回だけ、写真に撮って載せてしまいます。
 第一巻の第一話の絵の一部↓
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 春日社の神官たち、興福寺の僧侶たちなどが集まり、左手奥にいる女性のお話を聞いている絵です。
 この女性は、春日社の巫女とも言える人なのです(春日社は伝統として、女性に神を降ろすのだそうです)。
 そして御託宣をのべています。
 それはつまり、わたしが今まで使ってきた言葉で言えば、チャネリングをしている、ということになるのです。
 この絵の場面では、この女性に春日の神様が降りて、「自分を菩薩と認めろ」と言っているのだそうです(春日の神様は、奈良の土地の神様の中では「新入り」の部類なのだそうで、この時点ではまだそこまで「権威」がなかったということなのかもしれません)。

 名前を「慈悲万行(まんぎょう)菩薩」と名乗り、以降、春日社のお地蔵さんは「慈悲万行菩薩」と呼ばれ、今にも続いているのだそうです(しかも、春日大社(春日社)の代表の神様なのだそうです)。
 そして、このときの「チャネリング」で、この春日社を守る「慈悲万行菩薩」は、天皇を補佐する大臣などの人事は自分が決める、と宣言するのだそうです。
 藤原氏の権力が示されている場面なのだそうです。

 ***

 古代においては、チャネリング(神懸かり)とチャネラーと権力者は結びついていたようです。
 ジュリアン・ジェインズの「神々の沈黙」にもそのことは書かれていました。地中海付近の古代文明の栄えた地域にもその記録はあり、チャネラーが国家の命運に関わることもあっただろうと思われます。
 洋の東西を問わず、そういう構造があったのだと思います。権力の中枢エリアに。
 「世界宗教」が勃興し、人間の「正しい生き方」を説く「教典」「教義」がはっきりと示されるまでは、そういう時代が続いたのだと思われます。
 そしてそれこそが、「チャネラー」が社会から疎ましがられていく理由となったものであろうと思われますが。。
 そして、日本においては、仏教が根付いた後でも、神仏習合のもと、こういうことが続いていたのですね。
 
 このような具体的な例として、そのことを学べる機会をいただけるとは、思っていませんでした。
 ほんとに、この身が震えるような想いがいたします。
 自分は、そういうことについて知りたいと、ずっと、チャネリングが始まった21歳の頃からずっと、思ってきたものですから。。。
 でも、どこでそういう情報にあたればいいのか、分からないでいたのです。

 ***
 
 加えて、こちらの講義では、日本の神様と仏教の仏や菩薩が、どうやって習合していったのかも学べるのではないかなと思います。
 日本人にとっての「神」についても、今まで自分にはよく分からなかった部分が見えてくるかもしれません。

 それにしても、仏教はあまり他者排除をしない宗教なのですかね、ヨーロッパではキリスト教が広がる際、土着の女神信仰などは否定されて「マリア信仰」に置換されたようですが、日本では神道をつぶさなかったわけですから。。。おおらかですよね。
 だからチャネラーも根絶やしにはされなかった? 魔女狩りは起こらなかった。
 そしてわたしのような人間がこんなブログを書いていられる。

 思うことがありすぎて、記事がまとまらずすみません。

 自分にとって大変な学びが始まったな、そう思っています。

 
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テーマ : 仏教・佛教 - ジャンル : 学問・文化・芸術