空と多幸感

 昨日の夕空↓
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 冬の頃の夕空よりも柔らかい印象。

 おととい、作家の中村うさぎさんが自殺未遂を図ったというニュースがあり、その話題の掲示板など見ていました。それをしたその日にネットにその報告をしたそうなので、大事ではなかったのでしょうか。

 中村うさぎさんの御著書をきちんと読んだことはないのですが、以前、何年間か「週刊文春」を毎週読んでいたので、そこにある連載エッセイは読んでいました。
 買い物依存症から整形をしてホストクラブにハマるあたりまでの期間でしょうか。
 その後もテレビやネットでときどき話題を見ていました。「気になる人」の一人であったと思います。
 最近は出演していたテレビ番組と揉めたことなどもネットで見ていました。
 
 今回の騒動(?)で見ていた掲示板で、中村うさぎが見いだしテレビ業界に引っ張ってきて、今人気者となっているマツコ・デラックスのことが書かれていました。
 マツコさんは、自分のことを、生まれつき「幸福」を感じる回路(ホルモン?)が少ないタイプの人間なのではないかと考えていると、テレビで語っていたそうです。セロトニンが生成されにくい人ということでしょうか。
 掲示板では、中村うさぎさんもそういうタイプなのではないかということが言われていました。
 買い物依存症や整形を繰り返していたことを考えると、そうなのかもしれないなとも思います。
 (でも、作家としての「ネタ」としてやっている部分は、無意識的にせよあるのだろうから、それが彼女の利益になっていた部分もあるかもしれないなとも思います)

 そのマツコさんの話を読んで、わたしは逆のタイプで、つまらないことですぐに幸福感を感じるタイプなのだろうなと思いました。
 例えば冒頭に貼った写真のような空を見るだけで、幸福感を感じてしまうのです。

 ***

 これは自慢ではありません。とくに自虐でもないけれど。
 このことを書くのは自分にとっての「恥部」をさらけ出すことのようにも感じられます。

 若い頃は、みながそうなのだと思っていました。
 人はみな、きれいな空を見れば幸せだと感じるのだと、どこかで思っていました。
 でも多少大人になってみると、世の中にはそうではない人も多いし、マツコさんのような人もいらっしゃるようだし、自分がウツになったときは、やはりそんな気分になれなかったこともあるので、そこまで単純に考えてはいけないのだと思うようにはなりました。その単純さが、人を不快にさせることがあるというのも、経験してきたようにも思います。
 ですが、わたしはやはり、きれいな空を見ると嬉しくなり、幸せだなと思ってしまう人間です。
 なにか、そういう傾向があるのだと思います。子供の頃からなので、遺伝的ななにかかもしれません(わたしの父も母もそういうタイプです)。

 「そこまで単純ではないのだ」というのは30代でやっと理解しましたが、40代となった今、それでも意地でもやはり自分は「空を見てきれいだったら嬉しい」という人間でいよう、そう思っています。
 それは、もう自らの選択・意思の問題となったのです。
 それでも、なにかトラブルなどがあればそれが揺らぐときもあるかもしれません。
 でもそうしても、またここに戻ればいい。

 ***

 自分が「多幸感」を感じやすい人間で、ちょっとそれで「浮いている(周囲が扱いに困ることがある)」のかもしれないという自覚は、20代後半くらいで出てきたかもしれません。
 そういう自覚がじわじわと自分に染み込み、仕事や人間関係などで難しさを感じるようになり、30代でウツにもなったということだと思います(いろいろな要素が様々に絡まってそこまで行きました。理由は一つではないです)。

 もちろん、21歳でチャネリングが始まったことがそこに関係してくると思います。
 そもそも、「多幸感」を感じやすい人間だったから、チャネリングが起こったのだと思います。
 そして、わたしは21歳でチャネリングが起こるように、自分の中の「多幸感スイッチ」を入れる練習を、子供の頃から、知らずにしていたのだと思っています。
 そして、先日書いたような、父の介護をしていたときに感じた「黄金の時間」のようなことも、そういう性質だから感じたのかもしれないとも思っています。それはわたしには本当に「ご褒美」のように思えるものでありました。
 お金では買えないご褒美です。

 でもこれは、自慢になることではないのです。多幸感を感じるとあまり努力をしなくなるから。。(汗&笑)
 だから、あまりにも多幸感の中で生きてしまうのはどうなんだろう、というのもあります。
 社会から浮きすぎることも怖いです。「占い師でチャネラー」というのは充分特殊なのかもしれませんが、若い頃からそういう環境の中にいたのであまり自分を特殊とは思っていないのも事実です。
 ですが、これ以上浮いたらいかん、という感覚もあります(笑)。

 自分にとっての「多幸感」。
 これが実は、わたしの生きてきた経緯を語る上でとても大きなものなのではないか、それはずっと思ってきたことです。
 「チャネリング」や、「(執拗に貼る)空の写真」は、それに付随してきたものなのだという視点です。
 そのことについて、少し自分のことを書いていけたらいいなと思っています。
 自慢でも自虐でもない、単なる「サンプル」となるように、書けたらいいなと思うのですが、どうでしょうか。


 *おまけ*
 こういう動画を見ても幸せになります。。(*´д`*)アハァ
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