空がきれいだと幸せな理由

 なんつータイトル(笑)。
 そしてなんつう内容。
 でも、それをハッキリ言葉にして書かないと始まらない部分があるのだろうと思う。
 ああ恥ずかしい。

 いつだったかの空↓
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 わたしが2ちゃんねるを閲覧しはじめたのは2000年頃からだったと思います。
 はじめは怖くて、少し見ては「ひぃ〜〜」と縮み上がって(「キンタマ」がわたしにあるのなら3分の1くらいになっていたのではないか)、すぐに閲覧をやめる、でもまたなにかが気になってネットで調べると2ちゃんねるのスレッドに行き着いてしまって読んでしまう、というような感じでした。
 今ではすっかり慣れ、ニュース関連のスレッドはしょっちゅう見ています。

 今でもそうですが、書き込むことはほとんどなく読んでばかりです。
 最近の2ちゃんねるはほんとにつまらんね。
 2年半前に自民党が政権復帰してから顕著につまらなくなった。
 ネット世論を誘導する組織的なものがあるのだと思います。どういう書き方をすれば人が不快になるのか・傷つくのか・ひるむのか、ということが研究されていて、それに則って、追求されたくないことにはそういう書き込みが増える、そういう印象があります。
 それに引きずられるのか、以前のような言葉の真剣勝負のようなものがなくなって、挑発行為なども類型化されてしまった印象です。
 書き込む世代が若返っていて、わたしがおばちゃんになっているから「おもしろくない」のかもしれないけど。それもけっこう大きいとは思うけど。

 でもある程度の期間、ネット上の匿名空間で語られる人の本音の部分を見ていると、わたしのような人間はバカにしか見えないんだろうなとしみじみとします。
 「きれいな空を見ると幸せを感じる」なんてのは、ネット上では一番バカにされるテーマかななどとも思います。

 ***

 空は食べられないからですかね?
 身にまとって人に自慢することもできないから? 
 有名観光地・高いお金を出して入れる場所で見る空なら価値がある、という人もいるのかもしれない(と意地悪なことを書いてみる)。

 そういう人たちがいるとしたら、そういう気持ちがよく分からないので、憶測で書いています。
 たぶん、たいていの人は、現実に追われていて、そういうことを見る気持ちの余裕がないだけなのかなと思います。

 確かに、「空がきれい=幸せ」というのは、冷静に考えたら脈絡がないことなのだと思います。
 この「空がきれい」と「幸せ」の間にある心の変遷を示さないと、本当は意味がないのかもしれません。
 そんなことはわざわざ書く(言う)ことではないと思うから、「空がきれいだから嬉しくて幸せ」と結論だけで済ませてしまうのかもしれません。
 (たいていそれすらも書かずただ空の写真を載せるだけだけど)

 心の変遷、わたしの場合はこうです。

 きれいな空を見る→なんてきれいなんだろうと思ってうっとりする(たぶん脳内麻薬が出る)→こんなきれいな空が見られる星って貴重なんだろうなと感じる(脳内麻薬が出る)→その星にこんなに生命がたくさんいるんだなと思う(脳内麻薬が出る)→その生命の一つとして今わたしはここにいるんだなと思う(脳内麻薬が出る)→今健康で、わたしの目(と脳)というのはきちんと機能して、今日もこれを堪能しているんだなと思う(脳内麻薬が出る)→ああ、なんてありがたくて幸せなんだろう(脳内麻薬MAX)。

 たぶんそんな感じです。
 それらの反応が一瞬で起こるということでしょうか(幸せ感の強弱はそれなりに毎回違う)。
 そしてここに、写真を撮ってブログに載せるということが加わります。

 バカなんですかねえ?(笑) 
 まあそれでもいいんですけど!

 わたしのように感じる人というのはそこそこいると思うので、でもみなそれはいちいち口にしないで淡々と受け止めているのでしょうから、こうやって書いてしまうことがバカなのかもしれませんね。
 
 これは、空だけに限ったことではないです。
 植物でもいいです。なにかきれいなものを見たらそうなります。
 自然物だけではないです。
 人が創ったきれいなものでは、また大きな感動を味わえます。
 自然物とはまた違った感動かもしれませんね。
 ああ、こんなにすごいものを創ることが人間にはできて、自分もその人間の一人なんだなと思います。
 ただ、人工物で素晴らしいものを見たときは、「じゃあ自分は同じ人間として、これだけ素晴らしいものを生むことができるだろうか」あるいは「そういうものとせめて関わることができるだろうか」、「せめてそれを正当に評価することができる感性と教養があるだろうか」と考えるので、ただうっとりとして終わるだけではないかもしれません。
 そこで自信が破壊されて生きるのがイヤになることもあるかもしれません(芸術家に自殺する人が多いのはそういうことかもしれない)。
 なので、人工物に触れて感動することのほうが、その後の心の持ちようは複雑になるのだろうと思います。
 空(自然)を見て感動することのほうがシンプルです。
 
 わたしには、どちらの対象も必要かなと思います。

 
 
 

 
 
 
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