奈良興福寺 文化講座 第208回 興福寺と光明皇后

 少しブログの更新が空いてしまいました。
 昨日は夕方から、「急遽」という感じでタロットのセッションをしていました。
 今週中は金沢に呼ばれることはないだろうとの判断で、予約をお受けしました。リピーターさんで、多摩地区に用事があるとのことで、地元エリアの喫茶店に来ていただいてのセッションとなりました。
 久しぶりにセッションができてよかったです。

 そしておとといは、新宿エリア(住所は代々木)の文化学園で行われている奈良興福寺の文化講座に行っていました。
 わたしは21回目の参加となります。
 こちらの感想も昨日書きかけていたのですが、、なかなかまとまらないままでした。

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 おとといの講座の第一講は、夛川良俊興福寺執事長による「興福寺と光明皇后」でした。
 光明皇后とは、大化の改新を果たした中臣鎌足(藤原鎌足)の孫娘で701年に生まれ、後の聖武天皇の夫人となった方で、興福寺のみならず東大寺の大仏殿や法隆寺の夢殿など、いろいろなお寺の建設(発願? 専門用語の使い方がまだよく分かりません。。)にも携わったとされるそうです。
 仏教に深く帰依されている方だったそうです。
 わたしが火曜日に夫と参った武蔵国分寺も、聖武天皇の詔で建てられたもので、そこには光明皇后の意志も入っていたと考えられるそうなので、自分の中では話がつながっているな、という感じがしました。
 日本に仏教を根付かせるためにいろいろなことをされた方なのだそうです。

 わたしは暗記が昔から苦手で、人の名前や年号をなかなか覚えられません(笑)。
 なので、歴史は得意ではありませんでした。
 昨日配っていただいたプリントに、人物相関図と年表が書かれてあるのですが、頭には入らないだろうな、という気がします。。。
 それに、わたしはこういうお話を聞くとき、「古代社会」というもののすごさというか、そこにまず圧倒されてしまうのです。
 権力の規模が、、今と桁違いなので。。
 そこで圧倒されて、個人のお話が頭に入ってこなくなってしまう部分があります。 
 藤原氏の娘であり、天皇の妻であった光明皇后様の足跡はあまりに大きく、現代の東京郊外に生きる庶民からは想像しにくいといいますか。。
 でもそこを、「仏教」というものを通して見ようとすれば、少し見えてくるのかもしれません。
 その人を、ただの「権力のある人」と思うのではなく、仏教を広め、守ろうとした人だと考えることで、そのキャラクターを想像できるかもしれません。
 (わたしは左翼教育を受けているので「権力」に対してアレルギー反応があるのだと思います。それがわたしの弱さだということは分かっていて、けっこうこのテーマはわたしにとって大きいものです)

 その方がいてくださったおかげで、日本には仏教に関するいろいろなもの(お寺自体や仏像、法要の形態など?)が今も残り、わたしのようなものがそのことを見聞きすることができるのだろうなあと思います。
 武蔵国分寺のわりと近くにも住んでいるのだし。

 光明皇后様は、施薬院や悲田院という、病気の人を集めて薬草などを処方する(?)、今でいう病院のようなものも興福寺の中に置いたそうです。癩病(ハンセン病)の人なども差別されなかったとか。「福祉」ということを考える方だったのですね。
 遣唐使を送り出したり、新しいお寺を建てたり情熱的に活動されたそうです。
 法華寺にある十一面観音像が、光明皇后様をモデルに作られたものとされているそうです。
 奈良に行ったら見てみたいなと思うものがまた増えました。 

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 この前見つけたユリ↓
  150821yuri.jpg

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 おトイレ休憩の後、瑜伽(瞑想)の時間となりました。
 ご指導のおかげで無理のない姿勢を見つけることができ、少しは集中することができたように思います。

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 第二講は多川俊映興福寺貫首の「『春日権現験記絵』の世界」でした。
 おとといでこの内容は5回目となりますが、だんだん「春日權現験記絵」の世界というか、、「ノリ」が見えてきました。
 はじめは、どういう内容なのか全然分からなかったのですが。
 ひたすらに「春日の神様」に関する不思議な話が出てくるようで、そこに教訓めいた説教めいたことは書かれておらず(書き手の視点は消されている)、淡々と「誰それが(春日の神様にまつわる)こういう経験をした」ということが並んでいるのではないか、という印象です。
 おもしろい。。。
 説教めいた、結論めいたことはいちいち書かれない、いろいろな「体験談」が続くことで、かえって「春日の神様」がいかにすごいのか、怖いのか、ということが立ち現れてくるということでしょうか。
 言い方が悪いのですが、それは「効果的」な書き方なんだろうなと思います。
 すごい書物だなあ。

 おとといは二つほどお話を紹介していただいたのですが、同じテーマのものでありました。
 二つの話の主人公は、わけあって、興福寺を後にした僧侶です。
 二人はそれぞれ、出た先で春日明神様から「あなたはわたしを捨てたけれど、わたしはあなたを見捨てはしない」というメッセージをいただくのです。
 そこに、春日の神様の慈悲が現れているそうで、1度結ばれた縁は消えないということも表現されるそうです。

 このお話には少し思い当たるものがあります。
 わたしは一応チャネラーですが(今は昔ほど頻繁にチャネリングをしなくなったので「一応」です)、20代終わりから30代中盤にかけて、チャネリングや、そこで交流していた「存在(守護霊? 指導霊? ガイド? わたし個人と波長が合うなにか、とても賢く優しく感じられるもの? 意識体? どう言っていいのか分かりません)」のことを考えないようにしていた時期があります。
 チャネラーとして仕事をしてもうまくいかなかったし、なかったことのようにしていたのですね。
 でもそのうち、そうやってなかったことにしていることが自分を苦しめているのかなと思い当たり、再びチャネリングをしようとしてみたところ、やはり同じように言われたのです。
 「わたしたちはずっと見守っていましたよ」的なことを。
 あんたは無視していたけどね、というニュアンスです。
 申し訳なくて嬉しくて泣きました。
 それからは忘れないようにしていると思います。「彼ら」に対して、誠実であろうとするというか(だから名前も顔も出して自分はチャネラーだということを隠さず、ブログを書いています)。

 わたしのチャネリングと、春日の神様にまつわる話を一緒くたにしてはいけないのだと思います。
 ですが、、このあくまでも「見捨てない」とするのは、なんなんだろうと思います。
 慈悲なのか、、切ろうとしても消えないものがあるということの、一つの表現なのか。
 そのような「慈悲」を受け取るということには、責任が伴うような気もします。
 それは確かに、怖いことかもしれません。
 嘘はつけないということだから。 


  
 
 

 
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