江戸時代が継続する街との摩擦

 義母の通う病院の近くの景色↓
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 石川県立美術館の横で、兼六園の裏手あたりです。
 紅葉していますが、今はもっと進んでいて、葉も落ちているのかもしれない。

 夫は今朝金沢に入って、今義母と病院に行っていると思います。
 14日の受診にはわたしも付き添いましたが、けっこう待たされるんだよね。。。義母大丈夫かな。
 ちなみに夫は風邪を引いていまして、、それでも行っています。
 もうなんだかね。。。

 ***

 わたしの胃のほうは薬を飲んで安定してきましたが、まだしばらく飲み続けて様子見です。

 読んでくださっている方は胃炎にまでなってしまって、よっぽど大変な思いをしてきたんだ、と思われるかもしれませんが、まあ、普通に大変な面はありますが、これはひとえにわたしの気質から来るもので、、多くの人は、これくらいのことではそんな風にはならないのだと思います。
 だって、義母や義姉との関係は、悪くはないのだもの、わたし。
 今回の滞在でも、お互いにいろいろな話もできたし、いろいろな面を見せ合えたし、暖かなよい時間はたくさんあったのです(もちろん、ハードな時間もそれなりにあったけれど)。
 それでも胃炎になってしまうのは、、まあ、食事が、義母を主体にするとなかなか自分の分が難しい面があったことと、、自分たちがこれからどういうプロセスを踏んでいかなくてはいけないのかっていうのは分かっているということと、、「金沢」という土地そのものへの、自分の身体の反応がどうしてもある、ということなのだと思うんです。
 この最後の「金沢の土地への反応」というのを、今回ハッキリ感じて、、そういうことを感じることそのものが、わたしを胃炎にもするのだろうなあと思っているのです。

 そのことを少し書きたいです。

 ***

 昨日の読売新聞の朝刊に、金沢の地名についての記事がありました。
 昔は砂金が採れたそうです。
 金沢は金箔の街でもあります。
 金箔を造るのに必要なきれいな水は、金沢に流れる二つの川、犀川(さいがわ)と浅野川(あさのがわ)が供給してくれます。
 だから、金沢、ということなのだとか。
 
 その犀川と浅野川が自然の外堀となって、江戸時代、城下町金沢は栄えました。
 犀川と浅野川の間にあるエリアが、金沢の中心地であり、それは今でも同じです。
 義母と義姉の住むアパートは、犀川まで徒歩10分弱、金沢城跡まで徒歩15分という、なかなかの中心地にあります(なので周囲にコンビニなどがあるので、とても便利です、小平のうちよりも賑やかです)。
 昔の前田家のご家老の名前が町名になっているエリアです。

 金沢は今、新幹線が開通したこともあり再開発が進んでいて、中心エリアの中心はすごくきれいで、現代的な商業施設も増えました。
 でも中心地から少し離れた住宅街に入ると、また違った表情があります。
 
 観光や、数日の滞在なら、それに気づかないでいることができるのですが。。。
 「観光地金沢」を堪能すればいい話なのですが。。。
 今回、その「表情」を、今までになく感じることになりました。

 ***

 義母は眠っている時間も多いので、ちょこちょこと1時間ほどの外出ができていました(後にその時間を少しずつ増やしていった)。
 初めは24時間気を張っていたので、その時間が救いで、毎日買い物や散歩に出かけていました。
 それは、雨が降ったりやんだりの日でした。滞在4日目か5日目だったと思います。
 わたしは中心地エリアには行かないで、犀川のほとりの住宅街の中を散歩しようと思って、その中に入っていきました。以前そのエリアに入っていたことはあるので、迷うとは思っていませんでした。
 ですが、ちょっとした出来心で、細い路地を見つけたから入ってしまったのです。
 すると、、その路地は「まっすぐな道」ではなく、微妙に湾曲していて、、歩いているうちに、自分がどちらの方向に向かっているのか分からなくなってしまいました。
 そのような細い路地がそのエリアにはたくさんあり、路地に沿って普通に住宅があります。
 「迷ったかな」と焦りながら、その路地沿いの住宅を見ていると、「こんなの、火事とか出たら消防車が入れなくて大変じゃない? この区画、ちょっと微妙だよね」という思いが出てきてしまいました。
 そのときです。
 一瞬、見ている景色の上に違う絵が重なって、、そこに江戸時代の服装をした人たちが、その界隈を行き来しているのが見えたのです。
 見えたのは男の人たちで、ざっざっざっときれいな足さばきで小走りをしていました。
 刀を持っているような人たちだったと思います。

 それを見て、わたしは「うわ、そういうことか」と思い、急いで狭い路地から少しは広い路地に出ました。
 ああ、金沢はまだ江戸時代が続いているんだ、と思いながら。
 
 アパートに戻るための大通りがどちらにあるのか分からなくなって焦っていると、地元の人が立ち話をしていたので訊ねて、無事家に戻ることができました。
 その道すがら、「あたしのバカ、今そんなもの見たってどうしようもないし、関係ないし、こんなもの感じたって自分がつらいだけなのに」と思っていました。
 もう一つ「わたしが嫁に来たのは、こういう土地だったのか」ということも、思っていました。若くてなにも分かっていなかったけれど。。

 家に戻って義母の顔を見ると少し安心しました。
 けれど、自分が感じたことに、わたしは憂鬱にもなりました。
 余計なことを感じているような余裕のないときに、そんなことをかいま見てしまった自分がイヤだったのです。
 そういうことも、滞在中自分を追い込んでいくことにつながったと思います。

 ***

 金沢に単なる「帰省」ではなくて、「生活者」としての気分を持って入るのは、今回で4回目でした。
 1回目は、14年前、義母が胃がんの手術をしたとき。
 2回目は9年前の義父の葬儀のとき。
 3回目が今年の春の滞在で、4回目が先日までのものです。
 一週間くらいからの滞在です。
 
 もう何度か来ているし慣れているし、金沢の家族との関係も悪いものではないのに、そのたびに、とても身体が苦しく感じられます。
 ものすごい抵抗感の中にいるという感じなのです。息苦しいというか、身体がこわばるというか。
 摩擦の中を進む感じです。

 それを、家族との関係の問題なのではないかと考えてきたのですが、今回、純粋に土地との問題だったのかも、と思うようになりました(いつも非常事態のときなので、普通にプレッシャーを受けているのもありましょうが)。
 今までに何度も書いていますが、わたしは父方、母方ともに3代以上東京都下エリアです。
 武蔵野大地ののんきなエリアです。
 そのわたしが、あの金沢の土地のエネルギーに身心のエネルギーを対応させることに、とても手間取り、苦しむ、ということではなかったのか。
 その苦しさは、最低でも4日間は続くイメージです。
 理屈を超えた苦しさです。
 金沢はきれいな観光都市なんですが、その奥にあるものに触れないといけなくなると、そういうことが出てくるのではないか。。。
 金沢のすごさは分かっているつもりです。でも身体は抵抗するのですから、、元来苦手で、あまり合わないのかもしれません(同じく合わないと感じて東京に出てきた夫と結婚しました。でも夫は金沢を愛してもいます)。

 そのことをあちらで自覚し、でも徐々に慣れてきたところで東京に戻ってきてしまったのですが。。 
 次回から、もう少しうまく適応できるようになるでしょうか。

 ***

 帰宅後、気になったので金沢の町の歴史について少しネットで調べました。
 (わたしが感じたことを補完してくださったサイト → こちら )
 
 金沢は、、やはり普通に江戸時代が続いている都市ですよね。 
 それが観光都市としての利点としての部分と、住民生活の障害の部分とになっているようです(消防法的には、どうなんだろうというエリアが、たぶんわたしが迷ったところ以外にもたくさんあると思う。あれら路地はいわゆる「一間」という幅なのではないか。。)。
 わたしが迷ったエリアは犀川の「内側」なので、もしかすると足軽さんたちが生活していたエリアかもしれません(犀川の「外側」になると、寺町というお寺が多いエリアになります)。
 犀川と北陸らしい天気↓
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 右側が中心街、左側が寺町エリア。
 あのとき、一瞬見えた男の人たちは、とってもびきびしている雰囲気でした。のんべんだらりとはしていない人たちです。
 それはけっこうなことなんだけど、、、まだあそこで、目には見えないどこかの領域で、忙しく活動されているのかなあと思うと、すごいなあと思います(わたしはたまたまその領域とチャンネルが合ってしまったのだと思います。迷子になった不安が引き金だったかもしれません)。

 金沢の人たちは、そのことをきっと肌で知り、受け入れていて、、どこか遠慮しているのではないかなと思ってしまいます。

 金沢は、富山や福井と違って、第二次世界大戦時下で空襲による街の破壊に遭わなかったそうです。
 それもあの土地の波動をさらに強くしている理由かもしれません。
 江戸時代を継続できる幸運がずっと続いている。
 それが観光資源にもなるという理解があるから、多少の不便も我慢されているのだろうし、自負につながっておられるのだろうと思います。

 わたしは多摩ののんきな波動に慣れているので、そんな金沢に適応するのに時間がかかります。
 情けないとも思います。
 でもどうしようもなかったです、今まで。

 中途半端に敏感で、こんなことにいちいち引っかかってしまうため、胃炎になったりもするのだと思います。
 困ったものだと思っています。
 

 
 

 

 

 
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