奈良興福寺 文化講座 第211回 古建築の復元(中金堂の復元工事によせて)

  先ほど引いたエンジェルカード↓
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 「Synthesis」というのは「統合」という意味なのだそうです。 
 頑張らないと。。。。。。。。。。

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 先月の19日に参加した、奈良 興福寺の文化講座(211回、わたしは23回目の参加)の感想(?)を書きます。
 「感想」といっても、いつも内容が自分勝手な方向に行ってしまうのですが。。。

 11月の文化講座の第一講は、㈱瀧川寺社建築の建築技術顧問、國樹 彰さんの「古建築の復元(中金堂の復元工事によせて)」でした。
 國樹さんは、2014年の6月(194回)に「工事の進む中金堂再建」で一度お話を聞いていましたが、今回も楽しく聞くことができました。
 職人さんの、現場や、お使いになる道具などのお話を聞くの、わたしは好きなのです。
 
 現在、奈良の興福寺さんでは、失われていた中金堂を再建されていますが(2018年に落慶だそうです)、その工事をしているのが㈱瀧川寺社建築さんなのです。
 こちらの会社では、2013年にわたしが感動した、奈良の平城京跡の朱雀門や第一大極殿の再建もされています。
 そのときのノウハウが、興福寺さんの中金堂再建でも活かされているそうです。
 再建される建築のことを「復元(復原)」建築ともいうそうです。

 先月の講座では、現在の建築法と古建築の再建などの法的な擦り合わせ(認可など)の問題については、重要な部分と思われるので、前回のお話とかぶる部分がありました(防火や耐震性についてなど)。「復元」のために、いろいろな工夫をされているんだなあと思います。
 
 なるほどなあ、と思ったのは、史跡などの復元工事をするとき、当初の形を復元したくても資料があまりないということがあったり(興福寺さんには資料がたくさん残っているそうです)、創建当時とは違う形で復元されていた「途中期」のものがある場合、その形を無視してもいいのかという問題があったりするそうです。
 とにかく資料を集めるのが大変で、それに基づいて復元案を作るのは並大抵のことではないそうです。

 それと、建物の資材・素材を集めるのも大変だそうで、「そうなのか、ちょっと怖いな」と思ったのは、古来から日本の建築で使われていたいろいろな材料が足りなくなったり、生産されなくなっているというお話です。
 日本の神社仏閣は木造建築ですが、柱になるような木材(ひのきが基本)も外国から調達するようになっているし(興福寺さんもそうなった)、塗装剤の「ニカワ」は、ほとんど作られなくなっていて、昔の技術を継承する人たちが無理して作っていて、値段もすごく高くなっているそうです。
 100年後にはなくなっているものもあるのでは、とのことでした。

 蛇足ですが、今朝の読売新聞に、フランスのワイン産地のボルドー地方では、温暖化の影響でぶどうの収穫時期が早まっていて、醸造過程でのカビの被害も出てくるようになっていて、2050年には今のぶどう栽培地の多くがそれに適さなくなるという予測もあるという記事がありました。 
 ボルドーではワイン醸造の技術が途絶えないように策を練る話も出ているそうですが、、それと、こちらで聞いたニカワの話はどこかでつながるような気がします。

 古いものや伝統を残していくのは難しいことなのだと思いますが、これからの時代はもっと難しくなっていくのでしょうか。
 そういえば、中東での世界遺産の遺跡破壊のニュースもたくさん入ってきますよね。。。 
 奈良には奈良でいてほしい。
 わたしが死んだあとも。
 それは、わたしにとっては、小さな(小さくない?)希望なのですが。。。

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 文化講座の会場近くのデパートのクリスマスディスプレイ↓
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 新宿の京王百貨店です。

 おトイレ休憩のあと、瑜伽(瞑想)の時間となりました。
 この日は、まったく集中できませんでした。。
 いや、30秒くらいは、できたかもしれません。。(20分の間に)

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 第二講は、多川俊映 興福寺貫首の「『春日權現験記絵』の世界」でした。
 こちらは、14世紀に制作された、奈良の春日大社と春日の神様にまつわる不思議な話をまとめた絵巻です。
 12世紀から明治の廃仏毀釈まで、興福寺と春日社は藤原氏の氏寺・氏神として一体のものであり、この絵巻の成立には興福寺にいらした解脱上人貞慶の関わりもあるそうです。
 毎回、多川貫首が絵巻からいくつかのお話を抜粋してくださり、内容を読んでいき、その絵も見ていくという講座です。

 今回していただいたお話は、なかなか考えさせられるというか、耳が痛い内容のものでありました。

 *興福寺に伝わる「維摩会(ゆいまえ)」という、高僧になるための大きな法会(学僧としての試験も兼ねる?)の途中休憩のとき、勅使(今でいう官僚みたいな人?)の藤原資仲(すけなか)という人が不思議な夢を見て、仏法の勉強に熱心な永超(ようちょう・興福寺に実在の人)が優秀だということで、その次の年にその永超が「維摩会」の講師を務めることとなった。

 *あるときその永超が、春日明神様の「後ろ姿」を見るのだけれど、顔を見たいと願っても「あなたは勉強の面は優秀だけれど、それが本当の宗教心(菩提心)か疑わしいから顔は見せないよ」という意味のことを言われてしまい、気持ちを入れ替える。

 という二つのお話でした。

 「春日權現験記絵」では、いつも春日明神様は顔を描かれていません。
 「神」に顔はない、あるいは顔を表現しきれないからだ、とのことです。
 逆に言えばそれだけ、「相手の顔を見る」ということが、人にとって大事なことで、仏像も「顔」があり、そこに向き合えるからこそ祈りを込めることもできると、多川貫首は語っておられました。

 この永超さんは、勉学が優秀であるが故に、名声を欲している面もあったのではないか、そういう面がわたしたち人間にはあり、この話は現代にも通じるものだ、とのことでした。
 名声のことを、仏教では「名聞利養」といい、約して「名利」というそうです。

 わたしは若い頃学校の勉強は全然しないでいたので、コンスタントにまんべんなく勉強する「技術」がありません。
 でも、自分の好きなことには没頭するタイプではあります。占星術の基礎は10代後半で独学で学びました。
 そういうことで名声を求めるつもりはあまりないつもりなのですが(でも無意識にそちらに流れることはあると思う)、、興味のあることに向かって「勉強」していると、イヤなことを忘れられる面があるように思います。現実逃避というか。
 それで、分からなかったことが分かったり、知らなかったことを知れると嬉しくなります。 
 そういうことで、「気」を逃している部分が、今まですごくあったと思います。
 でもそれが、本当にいいことなのかは、分からないですよね。。
 「勉強」を、人をはじくことに使っている面もあると思います(でも人間関係でぐちゃぐちゃしすぎるのも、いいことではないようにも思うんですが)。 
 わたしにとっては仏教の勉強はすごくおもしろくて、、目からウロコのようなことがたくさんあったと思います。
 でも「仏教」は「勉強」ではなくて「生き方」の話なので、本を読んでいればいいということではないのかなと思います。
 それと、仏教を勉強してみたが故に、自分の情けなさがよく分かるようになって、つらいなあという気持ちになったりもします。

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 10月の金沢での2週間弱の滞在では、自分が仏教を勉強する資格はないと感じられることが多かったです。
 ガンの治療のために入院していた義母が退院し、お世話に行ったときです。
 すごく大変でした。
  
 多川貫首は、よく仏教の「捨(しゃ)」ということについてお話をしてくださいます。
 「捨」とは、究極的には、あらゆるこだわりを捨てることのように思います。
 わたしは、自分が相手にしたことにこだわらず、さりげなくしていることもそれに入ると思います(ていうかそれは大きな部分のようです)。
 それはあたかも、キリの尖端についた芥子(けし)の粒が、するりと落ちていくような状態で、それが理想の態度とされるそうです。

 義母のために料理を作り、それが受け入れられず捨てなくてはいけないとき、わたしの心は「捨」ではなかった。
 いろいろなことが重なり自分のエネルギーが枯渇していくのが感じられたとき、わたしの心は「捨」ではなかった。
 それにいちいち気づいてしまう自分がつらかった。情けなかった。
 ガンでひどく痩せている義母を前にして、わたしは「無私の奉仕」ができなかった。
 そんなわたしが仏教の勉強をするなんて、図々しいのかな、と思いながら、毎朝、義父の仏壇に向かって般若心経を唱えていました(東京でも毎朝、義父の写真に向かって般若心経を唱えています。覚えてからそうするようになりましたが、その前から毎朝義父に手を合わせています。これは、去年の春に観ていただいた顔相の天道春樹先生のご指導からそうしています)。

 ですが、金沢での日が進むにつれ、そんなわたしだからこそ、仏教に触れ続けていくしかないのかなと思いはじめました。

 今、「維摩会」の元になっている「維摩経」に関する本も読んでいますが(橋本芳契「維摩経による仏教」)、あと1章を残すのみとなったところで母の怪我があり止まってしまっています。でももう終わりに近くなっているので、少し「維摩経」のことが見えたように思えます。
 その維摩経に、煩悩にまみれた「ひどい世界」を知っている人こそが発心(仏心)を起こすという意味の言葉があります。
 よく、泥の中から蓮が咲くという例えが仏教の中でされると思いますが(日蓮宗のお寺でも聞いたことがあります)、そのことです。
 元からきれいな世界にいたら、きれいであるというのがどういうことなのか分からない。
 汚い自分を知っているからこそ、きれいを目指そうと思える。
 そういうことでしょうか。

 これからも機会が許される限り、文化講座に参加したいと思っています。
 

 
 
 
 
 
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テーマ : 仏教・佛教 - ジャンル : 学問・文化・芸術