第14回 興福寺勧進能 国立能楽堂 邯鄲(かんたん)

 昨日は、毎月勉強会(文化講座)に通わせていただいている奈良・興福寺の東京でのお能の公演があったので行ってきました。
 「勧進能」というもので、2018年に落慶予定の興福寺の中金堂再建のための公演です。東京での公演は毎年されているようです。
 奈良の興福寺は、創建から1300年以上経つ法相宗の大きなお寺で、藤原不比等が建立しました。阿修羅像でも有名です。東大寺よりも古くかつては規模も大きく、そんな興福寺からはたくさんの文化が生まれ、能も興福寺が発祥の地なのだそうです。
 わたしはおととしのに続いて二回目の鑑賞でした。お能自体、二回目の鑑賞です。

 会場の千駄ヶ谷・国立能楽堂↓
  160715hall.jpg

 わたしが昨日観た内容を、プログラムから載せさせていただきます。

  お話:西野春雄

  狂言:樋の酒 
     野村万蔵 野村虎之介 能村晶人 
  能:邯鄲
    浅見真州 谷本悠太郎 室生欣哉 
  


 お能の舞台をちゃんと観たのは2度目になりますが、、まだまだ難しいなあと思いました。
 感想らしい感想を持てないというのが、実のところであります。

 前回は初めてでほんとになんにも知らなかったので、ただただ「おおお」という感じでした。
 2回目でもなにも知らないし分からないですが、今回のほうが、自分が分からないということを分かった感じがします。
 これに耐えるかどうかなんですよね。。。
 自分が分かってないということが明確に分かったときに、その疎外感や情けなさに耐えるかどうか。
 なんでもそうですよね。。。

 わたしはときどきクラシックのコンサートに行きますが、これもはじめはそうでした。
 西洋の音楽に関しては、子供の頃ピアノを習っていたから多少楽譜は読めるし、音楽の中で「ああこのラの音はきれい、♯ファはアクセントだな、あ、今ミスタッチあったな」とかは分かります。
 でも、、音楽の舞台が分かるって、そういうことじゃなくて、、、舞台の上にいる人の、意図が汲めたり、それこそ舞台の上にある目に見えない空気を読めて、初めて本当に「分かる」んじゃないかな、と、そう思うんです。
 それは、くり返し舞台を観にいかないと、分かるようにならないことなんだと思います。
 あと、作曲家の人となりやその年代の時代背景が頭に入っていると、もっと汲めるようになる。
 わたし、多少は時間をかけて、クラシック音楽(特にピアノ音楽)に対しては、作曲家の伝記なども読み勉強しました。
 なので、多少、演奏や舞台のことが、見えるのではないかなと思います。

 でもお能は、、、まるで歯が立たない。。。
 舞台が始まる前、専門家の方のお話があり、お話の流れや、ポイントがどこかも教えていただけました(それがなかったらもっと大変だと思います。。)。
 鼓や笛、人の謡う声などは、マイクなしなのにすごいなと思いました。
 それでも、舞台上の演者の細かいことはやはり分からないですよね。。。
 いえ、昨日は小さな男の子(小学校3年生くらいか?)も舞台に立たれ、おお、と思ったのです(「子方」というらしい)。
 でも、「あんな小さい子が舞台に出て立派に舞ってすごいなあ」としか思えないのです。。。
 なにも知らないので、当たり前なのですが。

 お能の舞台となると、やはり少し敷居が高く、一気に数を観るのは無理かなあと思います。
 (そうまでしてガツガツしなくてはいけないとも思いません)
 でも今、ご縁をいただいて、このような機会もいただけているのですから、少しずつ、、時間をかけて、、この「能」という世界も観ていけたらいいのかなと思います。
 たぶん、ほんとに少しずつですが。。。だから、分かるようにはならないかもしれないですが。。。

 国立能楽堂の屋根の連なり方↓
  160715yane.jpg
 段差とかかっこいいですが、目立たない場所なのであまり気づかれないような気がする。。。

 昨日いただいたチラシ↓
  160715chirasi.jpg
 興福寺さんでは、今年の夏、8月26日から10月10日まで、国宝の五重塔と三重塔の中に入ることができる特別公開があります!
 わたしの大好きな興福寺の五重塔、普段は中は見られないのですが、初層には素晴らしい仏像がたくさんあるそうです。三重塔は年に一回開扉されるのですが、同時開催は初めてのことだとか。
 このような機会はしばらくはないそうなので、絶対に! 行こうと思っています。
 興味のある方は、ぜひぜひぜひ!!

 
 
 
 
 
 

 
 
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 伝統芸能 - ジャンル : 学問・文化・芸術