慳(けん)を意識すると

 昨日新宿の地下道で見つけたもの↓
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 奈良・興福寺の五重塔と三重塔の特別公開のポスターでした↓
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 かっちょいいポスターだなあ。

 昨日は、新宿(代々木)でやっている奈良興福寺の文化講座に行ってきたのでした。
 
 去年の秋まで、こちらの文化講座に行くと、毎回そのあと、感想のブログを書いていました(アート・文化・学問・宗教のカテゴリに記事があります)。
 2013年の秋から、なにも知らないまま文化講座に通うようになって、はじめはコンサートに行ったときの感想のノリで書きはじめたのですが、あまりにも図々しかったのではないかと思いいたり、仏教の専門家ではないわたしには身に余ることであったと、やめたのです。
 仏教(ここでは興福寺で教えて下さる法相宗の唯識仏教のこと)については、自分の心や活動を見つめるのに役立たせていただけるのであれば、それでいいのかなと思うのもあります。
 ですが、、、昨日講座でしていただいたお話を聞いていて、それもいけないのかな、とも思ってみたり。。。 
 なぜなら、自分にとって、唯識仏教や文化講座で学んでいることはとても心沸き立つものであり、それについてまったく書かないでいるのは、不自然だしマズいのかもしれないという気になりました。
 自己保身したいだけだなとも思うし。

 わたしが興福寺のことを好きなのは、素晴らしい仏像があるからだけじゃなくて、素晴らしい五重塔があるからだけじゃなくて、その教義である「唯識仏教」というものそのものに、ニューエイジや自分のチャネリングで言われていたことと重なる部分があってシンパシーを抱けたからです(そうじゃなかったら、毎月欠かさず講座に行くなんてことはなかったと思います)。
 それと、自分が奈良に魅せられているということもあるのですが。。。(それってつまり、奈良を護る春日の神様の気に魅せられているのかもしれませんが。。。)
 この歳になって(正確には3年前から)、やっと日本の文化について、魅せられるようになったということも、今の自分にとっては大きなことです。
 それまで、日本に生まれながら、日本の文化ってどこか遠いものに思えていたので。。。(70年代の東京都下生まれにはそういう人は多いと思います) 
 「日本」に「足まで転生ができた」という感じでしょうか。いや、頭が転生できたのか?

 ブログでは、なるべく仏教のことについて書くのは控えようと思っていたのですが、今の自分に根付きはじめた心持ちをちゃんと表現しようと思うと、避けて通れない部分なのかなと思いました。

 以前のように、機械的に「文化講座に行ったら即感想!」みたいにはできないかなと思うのですが、興福寺の文化講座に通って学んだことを踏まえた、そういう記事もこれから、折りをみて書いてみようと思いました。 
 といっても、自分が若い頃から考えて学んできたいろいろなことと、まぜこぜな感じになってしまうのだと思いますが。。。これって、「唯識仏教」は、決して「古いもの」ではないということなんですよ。。。。

 とにかく、一応金沢でのことは落ち着いたと思うので、ずっと後回しにしてきたいろいろなことを含め、書いていけたらいいなと思っています。

 がんばろう。。。。(遠い目)

 最後に、慳(けん)というタイトルの言葉について。
 これは、唯識仏教の中で言われる「随煩悩(ずいぼんのう)」という、人の中にあるよくない心のはたらきの一つのことをいいます。
 ものおしみをすることです。
 お金や物品に関するものおしみをすることはもちろん、自分が持つ情報や知恵などを惜しんで外に出さないことも、「慳」にあたります。
 初めて文化講座に行ったとき、この「慳」という言葉の説明を多川俊映貫首様から聞いて、心打たれたのでした。次もお話を聞きに行きたいと思った大きな部分が、この「慳」という言葉の中にありました。
 わたしがブログに占いのこと含めいろいろなことを書くのは、この「慳」を意識している部分もあるからです。でも、うまくいかないことも多々あります。


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