芸術とわたしたちの人生、生活

 先週のいつだったかの空↓
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 今日は晴れて気温も上がってきているもよう@東京都下小平。この天気だと洗濯がはかどって嬉しいですね。
 しかしここ数日肌寒くて、夫もわたしも少し風邪っぽいような気がします。わたしは風邪はいつも喉から来るのですが、ゆうべからとにかく鼻水がひどくて、アレルギーかなとも思ったのですがやはりズルズルしてしまい、先ほどパブロンを飲みました(アレルギーだと思って放っておいて悪化させるということが多々あったので)。
 ああ、やっぱりくしゃみが出るなあ。。。
 今、すり下ろしショウガ入りホットレモネードを飲んでいます。ビタミンC補給にならないかしら。
 今日は夜に地元ホールのルネ小平で横山幸雄さんのショパンのリサイタルがあるので、演奏中にくしゃみとかしたくないなあ。。どうにか悪化させずにいなくては。マスクしていったほうがいいですよね。

 今日ショパンを聴くと、ポーランドへの思いが強くなりそうです。
 
 おととい、ポーランド人映画監督のアンジェイ・ワイダが亡くなったというニュースが入ってきました。
 有名人が亡くなって泣くことは今までにもあったけど、ちょっともう、身内を亡くしたくらいに泣いてしまいました。
 わたしは19歳のときに「灰とダイヤモンド」と「地下水道」を観ています(映画館で!)。それはわたしにとって「心の財産」となる経験でした。
 夫もワイダが好きなので、二人で本当に気落ちしました。
 夫もわたしも父親がもう亡くなっているので、ワイダ先生のことは、父親のように感じていたと思います。
 そういう気持ちにさせる、本当に尊敬できる人であったと思います。
 (夫とわたしはワイダの自伝も読んでいます)
  
 ワイダ先生、拾いもの写真↓
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 ご高齢ということは知っていたので、いつかこの日が来るとは思っていたけれど、今か。。(ワイダ先生は今の世界の情勢をどういう気持ちで見ていたんだろう。。ヨーロッパの移民問題。。EU離脱が決まっているイギリスには、ポーランドからの出稼ぎ労働者が多いのだそうです)

 「あの人がいるから、この地球にはまだ救いがある」と思える、わたしにとってはそういう人でした。そういう人は、そんなに多くはいないと思います。
 アンジェイ・ワイダは亡くなりましたが、あの人(会ったこともないけれど)がこの地球にいて、闘いながら映画を創って、わたしたちにいろいろなことを教えてくれたという事実は変わりませんから、これからも心の中にいていただこうと思います。
 ワイダとその映画(とくに「地下水道」)については、いくらでも語りたいです。ていうか、、ちょっと自分の「前世(と思えるもの)」とも関わるものを刺激して下さる映画なので、いつか書く機会があればいいと思うし、もう本当に特別な人です、わたしにとって。だから、書こうと思うと心が大変なことになる。

 嬉しかったのは、昨日の読売新聞の夕刊に、カラー写真入りで訃報が入っていたことでした。今日の朝刊にも記事と追悼のエッセイがあったので、本当によかったと思いました(エラそうですみません。でも、ジャーナリズムに対していやな話を聞くことが多いので、簡単には信用できないのです)。まだ日本の新聞社にも良心があるんだと思えました。ジャーナリストとしてこの人のことを知っているのに無視するとしたら、その人には人の心がないとわたしは思うだろうと思います。
 記事や写真は切り抜きました。お守りにします。。

 ***

 熱く語ってしまってすみません。

 あと最近ちょっと「お!」と思ったことがあったので語りたいと思います(笑)。

 最近活動を復活させた宇多田ヒカルさんですが、先日テレビの音楽番組に出演されたのを見ていました。
 新曲も聴きましたが、夫と「すごい才能だね」と言っていました。
 お母様のことでつらい思いもされたと思いますが、それがまたアーティストとして成長されるきっかけになったのだろうと思いました。
 CDを買うところまではいかないのですが、そういう才能がある人がいて嬉しいなあと思っていました(エラそうですみません。。)。
 
 それで、この前、最寄りのスーパーに行ったら、有線で宇多田さんの新曲がかかっていたのです。朝のドラマに使われていた主題歌です。
 それで、その曲が始まって流れだしたとたんにですね、店内の空気が変わったといいますか。。
 並べられている商品の色が鮮やかに見えたというか、輪郭がくっきりして見えて、でもそれは冷たいものではなくて柔らかくて優しくて、その音の中にいるわたし(たち)は、いつもより少しだけ「上質の生活」をしているように思える、そんな感覚を味わったのです。
 驚きました。
 あんまり言いたくないけれど、今の世の中、ひどい音楽が跋扈している、ということなのかなと思いました。
 人のぬくもりと心がないがしろにされたもの。「マーケティング」から生まれるもの。
 そういうものは、ギスギスしていて、あるいは過剰に巧妙に煽動してきて、人の心を荒廃させると思う。
 人が心をこめて創ったものの中にいると、こんなにも空気が柔らかくなるのか、と思いました。
 でも、90年代頃までは、スーパーの中にいても、これくらいの空気はあったような気がする、とも思いました(スーパーということろがミソです。店主が好みで音楽をかけられる店舗では、ここまでハッキリしたものを感じられないと思います)。
 あまり言いたくないけれど、昔はよい曲を創っていた人たちも、仕事を存続させるために「魂を売った」のか、つまらない曲を創るようになったなと思うことが増えています(書いてしまいますが、エレカシとか吉井和哉とか。本気で好きだった時期もあるので)。まあ、ミュージシャンも生活があるから仕方ないとも思います。今のメジャーな音楽業界、それだけ売り上げ面がひどいんですよね。
 
 宇多田ヒカルさんのことは、CDを買ってまで聴いたことがなかったですが(なのにいろいろとエラそうですみません)、自身の才能とアーティストとしての姿勢を保持できるのはすごいなと思いました。
 圧倒的に売れたということは、そういうことが可能になるということでもあるのかなと思いました。
 すごいことですよね。


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テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術