スザンヌ・ヴェガ Those Whole Girls

 今日の昼間の空↓
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 今日からゴールデンウイークとなりましたが、暖かいと思っていたら風が強かったり、天気雨が降ったりしました@東京都下小平。
 その後晴れたけれど今はまた暗い雲が出てきて、風が強まっています。
 
 今日も国分寺くらいは行こうかなと思っていたのですが、なんとなく喉が痛い感じで見送りました。夫だけお出かけ。
 こんなこと言いたかないですけど、頭が寒いんだよね。。。。髪があると、それだけで人ってあったかいんだと知りました。。。
 家の中でも柔らかいニットの帽子はかぶっているのですが、それでもなんか寒いような?
 あさってに3回目の抗がん剤投与の予定なので、風邪引きたくないです。

 ***

 家にいてヒマで、久しぶりに洋楽の歌詞の意訳をしてみました。辞書とにらめっこしながら。
 最近、10代の頃に聴いていたスザンヌ・ヴェガをちょこちょこ聴いていて。
 彼女の1990年に出たアルバムの中で、ずっと引っかかっている曲があって。
 それは、歌詞の内容について。

 わたしは英語が得意ではないけれど、その曲に対して少女心に、CDについている対訳歌詞カードの内容(ていうか、ノリ?)が、歌の本質を捉えてないんじゃないかとモヤモヤしていたんです。
 「女の子」についての歌なんですが、対訳の歌詞だと、「女の子礼賛」になっているように思えて。
 そーゆーんじゃねーんじゃねーの、と18くらいのわたしは思っていたのだった(だってサウンドはそんな明るい感じじゃないから)。
 そーゆーんじゃなくてさ、大人の女が、女の子のことを思う歌なんですよ。
 それは、礼賛ではなくて、なんていうのかな、、、憧憬ではもちろんなくて、、懐かしさはあるけどそれだけでもなくて、哀れみでもなくて、、でも、批判では絶対なくて。 
 ああ、分かった! 
 やっと、45歳(しかも乳ガン)になってやっと分かった。
 これは、女の子の歌ではなくて、女の子について思う、大人の女の歌なんだ。
 「わたしは、女の子というものを、こんな風に見るようになったのだ」という、大人の女の歌なのだね。
 「そしてわたしも女の子だった」という女の歌なのだ。
 歌われているのは女の子ではなくて、「女の子」をそんな風に感じる「大人の女」。
 すごく複雑な構造だ!
 
 この曲を創ったとき、スザンヌ・ヴェガはたぶん30代前半。成熟しているなあ。
 CDで対訳をしたのは男性なのですが、ちょっとかわいそうですね。男の人には、あまり分からない感覚なのだろうと思うし、皮肉っぽく訳したらいろいろ言われそうだし。
 でも、少し皮肉のある歌なのですよ。
 わたしもそんな女の子だった、ということも含めた、皮肉はあると思うんです。
 わたしは皮肉の面を強くし過ぎたかもしれない。でも、その目は、自分の娘時代に注がれているんです。

 この曲は、たぶんサウンド的には、海王星と水星の歌。歌詞がえぐってくるから、そこは冥王星。歌詞が時間の経過を感じさせるから、土星もあるかもしれない。

 一番えぐられるのは、もう、わたしは、優しさを必要としないほど強くはなくなったということをつきつけられるとこ。
 優しさって、本物の優しさのことだよ。交換条件みたいなのじゃなくて。


 Suzanne Vega - Those Whole Girls

  あの完全なる 女の子たち
  お構いなしに なんでも話す
  いつも つるんで
  花咲くときを 待つ

  健康については 知っている
  とてもよく 知っている
  おいしいとこ取りの 達人で
  その身は はちきれんばかり

  新たな話題に 一喜一憂
  それでも 一切損なわれない
  熱狂 と 衝撃
  それでもやはり 損なわれない
 
  楽に 呼吸し
  優しさなど 必要としない
  やすやすと 光の中へと
  優雅に 走る


 
 
 
 
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    kitaminori@tbt.t-com.ne.jp






 


 
 
 
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