アンジェイ・ワイダ監督 残像

 先日近所で撮ったセンニチコウ↓
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 ちょっと枯れてきてるけど、そこもまたいいかなと。。。

 昨日は夫が休みで、神保町の岩波ホールに、去年秋に亡くなったポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダの遺作である「残像」を観にいきました。
 こちらの上映、明日まで。
 行けてよかった。。。
 行かないなんて選択はなかったけれど、いろいろあって最終日ギリギリになってしまいました。
 最終週ということで、午後の中途半端な時間の回でしたが、そこそこ人は入っていました。夜の回では若い人の姿も少しは見られてホッとしたし。

 アンジェイ・ワイダについては今まで何度か書いてきました。
 わたしにとっては、、なんだろう、、、世界(人間)について教えてくれる人でした。
 19歳のとき、映画館で「灰とダイヤモンド」と「地下水道」を観て、特に「地下水道」に感銘を受けて、それからずっと心の中にこの映画とこの監督のことがありました。
 わたし、占い好きのチャネラーで、若い頃はろくに勉強もせずそれを仕事にして、スピリチュアル業界の上澄みをなめてへらへらしていたと思いますが(そのことを自覚したから30代の頃ウツになったのかもとも思う。だからその後、若い頃の人間関係のいくつかを絶って、本気でいろいろな勉強を始めたのです)、そんなへらへらした中でも、ワイダの映画が心のどこかにあることで、なにかを保てていたのではないか、と、自分ではそう感じています。
 本当の「お花畑」では、わたしは、自分のことを、ないと、思っているんです。
 それは、若いときにワイダの映画を観たという経験があるおかげだと、思っているんです。
 そう言ってもいいと思えるくらいの、そういうものすごい映画を創る人です。
 アンジェイ・ワイダ。
 去年訃報を聞いて、身内が亡くなったのと同じ勢いで泣いてしまいました。
 その人の遺作をやっと観ることができました。
 それは、彼の遺言とも言える作品でありました。

 ***

 アンジェイ・ワイダは1926年スヴァウツキ生まれ。
 第二次世界大戦中はワルシャワ蜂起による抵抗運動にも参加する。
 1955年に「世代」で長編映画の監督としてデビューをし、その後の「地下水道」「灰とダイヤモンド」は「抵抗三部作」と呼ばれ国際社会の中で認められ、以降ポーランド映画を牽引していき、労働者の連帯運動にも参加し上院議員にもなって、2007年には自身の父親も犠牲になったソ連による「カティンの森事件」を題材にした映画を撮りアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされる。
 2016年秋にワルシャワで亡くなる。90歳まで映画を創り続けていた。

 というのが、ワイダの略歴になるかと思いますが、これだけを見るとものすごく偉大な芸術家、政治家にもなった成功者、というイメージです。
 でも、昨日観た「残像」は、そういう「ヒーロー」としてのワイダではなく、一人の人間としてのワイダの心を感じさせる内容でありました。
 それが「遺作」になったということ、そこにも、わたしは人間として深く学ばなくてはいけないものがあると感じます。
 もし「カティンの森」が遺作となったら、、「ワレサ 連帯の男」が遺作になったら、、ワイダはわたしにとって「遠い偉人」となったと思いますが。。
 そうじゃなかった。
 ワイダ先生も、やはり一人の人だった。どうしようもなく。

 ***

 「残像」は、ポーランドに実在した画家ヴワディスワス・ストゥシェミンスキの晩年を描いた映画でした。
 ストゥシェミンスキは第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に芸術家として台頭し、ポーランド美術界に前衛芸術を広めたという功績があるようです。また、教育者としても優れていた人であったようです。
 しかし、第二次大戦後ソ連の影響下にポーランドが入ると、社会主義リアリズムを反映した芸術しか認められなくなり、反発したストゥシェミンスキは美術界から疎外され、排除され困窮を極めていきます(「兵糧攻め」に遭う。効くんだね、兵糧攻めってやはり)。
 ワイダは、「全体主義」が、輝かしい知性を持つ個々の人間の尊厳を奪っていく様を、一人の芸術家を通して冷徹に描ききります。
 ほんとに、描ききります。
 まったく、厳しい厳しい映画でありました。
 希望はありません。楽しい映画ではありません。
 たぶん、この作品を感性として観られない人もいると思います。
 でもワイダは、ドSでそういう映画を創っているんじゃないんです。
 観客をいじめたくてそういう映画を創っているんじゃないんです。観客の心をえぐって、そこで認められよう、などというイヤラシい計算はないはずです(今ってそういう作品の作り手って多いですよね)。
 いつでもワイダはそんなくだらない理由で映画を創っていません。
 人間が、他者である人間に対して、本当にそういうひどいことをするのだということを、身体で知っているから、それをそうやってそのまま描くしかなかったのです。
 そういう作品だと思います。
 それを、わたしは受け止めるしかない。。。

 これは予告編です。

 
 ファーストシーンがあまりに美しく、涙が止まりませんでした。
 ファーストシーンのエピソードと、はじめてのアップのその顔で、主人公の画家が明るく透明な心の持ち主だということが観客に分かります。
 なんという映画的手法!
 そしてその次のシーンで、彼にこれからひどいことが待ち受けていることが暗示されます。
 鮮やかに描ききります。
 ワイダ先生を、「穏やかなおじいちゃん」だと思ってなめてかかると本当に頭をひっぱたかれます。
 場面展開のテンポはすごくよくて、必要とあれば露骨になるギリギリのラインで説明シーンも入れます。
 そのあたりの「手法」は、1950年代に政府(=ソ連?)の検閲をかいくぐりながら映画を創ってきた人のたくましさだと思います(「お芸術映画」としてまわりくどくしてお高く止まろうという部分がない)。
 そこから、映画はどんどん厳しい方、厳しい方へと観客を誘います。
 でも仕方ないですよね、実話なんだから。
 そういう時代が、本当にあったのだから。

 そして、現代にも、その危険性が、あるのだから。
 この21世紀の社会でも、同じような「全体主義」ではなくても、個人の尊厳を奪うようなことはたくさん起こりつつありますよね。
 ワイダ先生は、そのことには怒っていたようです。

 でも、わたしがこの映画を観ていて一番に感じたのは、ワイダの「理想を貫き散っていった人々」への、コンプレックスとも言えるような感情でした。
 ワイダは、映画を学ぶ前には絵画を学んでいたのですが、その美術学校時代の同級生にとても才能豊かな人がいて、自分は敵わないと感じたようです。それが映画へ転向するきっかけにもなったそう。
 その人は、作品が社会に理解されないまま30歳で亡くなりましたが、たぶん、ワイダの中には「彼にはかなわない」という気持ちがずっとあったのではないかなと思われます。どれだけすごい映画を撮っても、国際社会の中で認められても、議員になっても。
 今回の映画の主人公の画家ストゥシェミンスキにも、同じような気持ちがあるのではないか。
 ワイダは、映画を創り続けるために、政府の検閲をかいくぐり、それなりに「(政治的に)立ち振る舞う」ということもやってきた人です。
 そういうワイダからすると、その若い頃の友人やストゥシェミンスキには、なにがしかのコンプレックスがあったのかもしれません。
 もっと言うと、ワイダには、ワルシャワ蜂起による抵抗運動で亡くなっていった若者たちに対しても、同じようなコンプレックスがあったのかもしれません。
 「生き残った」という負い目とも言えるようなものです。
 それが、ずっと、ワイダの中にあり、この遺作「残像」にも反映されているのではないか。
 ワイダの自伝を読んでいるので、そのように感じてしまいました。
 そこに、一人の人間としてのワイダを感じるのです。偉大な映画監督ではなくて。

 でもワイダ自身は、彼らのように苛烈に散ることはできませんでしたが、その散ったものたちの気持ちを遺す映画を創ろうと、90歳までがんばってきたのだと思います。負い目をどこかで感じながら。
 わたしは、そんなワイダをやはり尊敬してやまないのですが。。。
 苛烈に生きることより、そのことのほうが難しいし尊いのではないか、とも、思います。
 いえ、どちらがいいかということではないのだろうけれど。。わたしが憧れるのはワイダです。

 ***

 映画の中では、若い人たちが希望の「種」として描かれていたと思います。
 厳しいかな、「希望そのもの」ではないのだけれど。。。
 でも、この映画が描かれた時代に、若者として美術と映画を学んだワイダ監督は、見事な映画をたくさん創って、1970年代に日本で生まれたわたしに大きな影響を遺しました。
 当時のワイダ自身が種であり、大きな花を咲かせ、実を結んだと、やはり人は思うと思います。
 わたしはあまりにもちっぽけだけれど、このワイダから学んだことを、少しでも遺したくて、、これからもブログを書いていくと思います。
 
 作品の中で、主人公のストゥシェミンスキが若い画学生の質問に答えます。
 「絵とは自分と調和して描くものだ」。

 これが、ワイダの遺言だとわたしは思っています。
 
 今回はパンフレットも購入↓
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 今回、いい映画をたくさん紹介してくださってきた岩波ホールの、エキプ・ド・シネマの会員にもなってみました。これに入会すると、岩波ホールでの映画鑑賞の割引が受けられます。
 岩波ホールの支配人だった故高野悦子さんは、ワイダとも親友だったそうです。
 その方が遺したホールに、これから、もっと頻繁に通うことになります。
 「エキプ・ド・シネマ」って、映画の仲間っていう意味なんですって。
 入れて嬉しい。らんらんらん♪

 
 ☆タロット占いのセッションをいたします☆
   対面セッションで、場所は新宿の喫茶店です。
   30分/2000円です 
   詳しくは こちら をご参照下さい。

    kitaminori@tbt.t-com.ne.jp








 
 
 

 
 
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