わたしがジョルジュと名付けた男性とわたしのこと・7

 近所に咲いていたルドベキア↓
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 わらわらわらわら・・・・・

 わたしがインターネットに駄文を載せはじめたのは2001年の7月からでした。
 その頃はまだ占いライターの仕事もしていて、パソコンに向かっていることも多かったため、そのついでのような気分もありました。
 仕事では自分の考えを書くなどということはなく、でも日々いろいろなことを考えている人ではあったので、そういうことを書いてみたいと思ったのです。
 加えて夢の中でサイトのコンセプトのアイデアが出てきたこともあり(人生を本当に「ローズガーデン」にしようというもの)、わたしはそういうものを得るとやらずにはおれないタイプなので、見切り発車をしてしまったのです(笑)。
 あまり深く考えずめちゃくちゃに書いていましたが、「前世の夜の追体験」をしたのは、2002年の3月です。
 たぶん、書きはじめてから半年以上経っていて、その頃にはネットに日記を載せるのが自分の日常として定着してきたんだと思います。
 そして、それを見計らって、あの追体験が起こったということかもしれません。

 わたしは「彼」の「(そんなことして)大丈夫かよ」という心配する様子から、わたしがネットで文章を書きはじめたことで、彼と自分が時空を超えて「つながった」のではないかと思いました。
 つまり、「書く」ことが「スイッチ」になったのかもしれないということです。
 そしてわたしは、2005年に自分の身心がひどい状態になっても、書くことはやめなかったのです。
 そしてそのまま薬を飲みながら2007年12月になっていたのです。相変わらずネットに日記を書きながら。
 それまでに、いろいろなことを書いていました。音楽や映画の感想、旅行の記録、日々のこと、ウツのこと。
 それらを書くことを自分は楽しんでやっているつもりでしたが、書きたいから書いているんだと思っていましたが、それだけではないというのは、自分のことですから、心のどこかでは分かっていたと思います。
 たまに、いつもより真剣に文章を書こうと思うときもありましたが、そういうときはいつも「こんなことを書いてもいいのだろうか」と悩みました。そういうとき、自分の中に不安の雲のようなものが立ち上ってくるのを感じることもありました。
 それでもその不安を払拭して、見ないように見ないようにして、結局は書き続けていました。
 ですが、常に書くことは怖いことだったのだと思います。わたしにとっても。
 それは単純に本当に怖いことです。
 それでも書いてしまう理由が、なんなのかは今もって分かりません。
 表面的な理由はたくさんあるようにも思うのですが、真のところは分かりません。

 2017年の今でもこうやってブログを書いているのですが、わたしは2007年の12月のそのときまで、自分が書くことを恐れているということから、目を背けていたのです。

 ***

 目の前にいる「彼」はわたしが文章を自由に書いていると聞いて、「そんなことやめたほうがいいんじゃねえの」と言いたそうです。
 なにがあるか分からないからやめろよ、ということですね。
 彼が言うことも分かるような気がしました。
 わたしだって本当は怖いんだ、ということも、認めてしまえば本当に当たり前にそうだなという感じです。
 でも、わたしは書くことを辞めたくはなかったのです。
 それがなぜなのか、いまだによく分かりませんが。
 辞めたくないし、辞めてはいけないという感覚がありました。
 だから、彼を説得しました。

 怖いのは分かる、わたしも怖い。
 でも。
 時代は少しだけ前に進んでいて、たぶん、書くこと(自分の考えを表明すること)そのもので、殺されるということは、たぶん、今わたしがいる場所では、ない。ないはず。
 国や、為政者によってそれがなされるということは、とりあえずはないことになっているから。
 個人と個人の間に起こる恨みなどの問題から、文章を書くことで誰かから殺されることはあったとしても、国や政府が書く人を「書いた」という理由で殺すということは、たぶん、今のところ、ないから。
 それにインターネットという場所にはものすごくたくさんの書き手がいて、みな本当に自由にやっているんだよ。
 もちろん「うまく」やることは必要だし、そうできなければひどいことはあるかもしれない、それも含めて、今は、「自己責任」の時代なんだよ。
 とにかく、たぶん、「国」から殺されるってことはないから!

 そのような感じで、わたしは必死に彼を説得しました。

 なんでかな、、「そうだね、怖いからやめよう」とは、どうしても言いたくなかったんです。
 だって、わたしは彼に嘘をついているのでしょうか?
 日本では(表面的には一応)言論の自由が認められているのではないのでしょうか?
 せっかくそのような世界に生まれてきて、それを「使わない」のは、もったいなくはないのでしょうか?
 インターネットがあるのにですよ?
 それに、「怖いからやめよう」ってしちゃうのは、単に進歩がないような気がしたんです。
 人が繰り返しこの地上に生まれて魂かなにかを成長させようとするということが本当ならば、「前に進める」のがいいのではないかと、そういう気持ちもなかったわけではありません(「書く」ことが本当に「前に進める」ことなのかは実のところは分からないですが、それまでの流れを考えるとそうなのかなとも思えるので)。

 わたしはこのような熱量を以て彼を説得しました。
 
 やってみようよ、確かに自己責任でひどい思いをすることはあるかもしれないけれど、国や制度が、自分の考えなどを自由に外に出すことを禁じてはいないのだから。 
 書いてみようよ、だってあなたはそうしてみたかったんじゃないの?
 今は、自由な時代なんだよ。

 そのような感じです。

 そのうちに、心配して硬くなっていた彼から、少しずつ力が抜けていくように思いました。 
 怖いけれど、それが本当だったらいいなという気持ちが出てきているように感じられました。頭ごなしに否定する感じではなくなってきたのです。
 だからわたしは彼の手を取って、今度は、わたしが今いる21世紀の東京に行くことにしました(イメージの中で)。
 そして、二人で東京上空を漂って、東京を見下ろしました。
 高層ビルや車や様々なファッションの人々がいて、コンビニやファミレスがあって、すごく便利でなんでもある世界です(笑)。
 わたしが今いるのはここだよ、と言うと、彼は「へえ!」と興味深そうにしていました。

 たぶん、そのあたりでかな。
 彼の顔をまじまじと見ると(それまであまりじっと見られなかった、少し怖かったし)、普通の男性なんですね。若い男性。
 先ほどの黒い渦の中にいる目鼻が溶けた恐ろしい絶望の顔の人ではなくて、普通に若い、お調子のよさそうな男性。
 たぶん、金髪碧眼とかではなくて、茶色や黒っぽい髪の、肌の色も真っ白ではない感じの人だったと思います。
 とにかく普通の若い男性なんです。
 それが東京上空に来て、なんかキラキラしているの(笑)。
 東京に魅了されているみたいに。
 わたしはそんな彼の様子に嬉しくなって、彼と向き合って、ハグをしようとしました。
 彼は少し照れて笑ったように思うけれど(笑、ノリがすんげーお調子者なの)、二人で腕を前に出して抱き合いました。
 暖かくて明るくて、素晴らしい気持ちになりました。
 そのうちに彼が溶けて、わたしと一つになったように思いました。

 ***

 「終わった」と思いました。
 わたしは目を開けて、団地の現実に戻ってきました。
 しばらく呆然と天井を見ていたように思います。

 自分で言うのもなんですが、そこには本当に「やりきった」という感覚がありました。
 できた、という嬉しさもありました。
 あの「追体験」をした2002年の3月から、わたしがやるべきことはこれでした。
 でも、とても時間がかかってしまったし、その間とても苦しんでしまいました。
 あまりに恐ろしかったからです。
 けれど、やりきった今はどうでしょう、今までに感じたことのないような爽快な気持ちになっています。

 できた、できたよ。
 わたしたちはやったね。

 目を開けて布団の上で、そんな風に思っていたと思います。

 催眠状態に入ってどれくらいの時間をかけていたのか、時計を見ていなかったので分かりません。
 
 気分は爽快でした。
 でも、身体はどっしりと重く、疲れた日に温泉にゆっくり浸かった後のような感じで力が入らなくなっていました。


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