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イニシエーション?

 昨日は池袋の立教大学の彦坂尚嘉さん研究室での「ラカンと美術読書会」などに参加してきました。
 
 去年の夏くらいから、ジャック・ラカンという人のことはなにも知らずに、読書会に参加させていただいてきまして、
 その内容の難しさにうなっていたのですが、
 昨日はじめて、書かれていることが、頭の中に入ってきました(笑)。

 この読書会で使われている書籍(「無意識の形成物(上・下)」/岩波書店)は、ラカンという、戦後のフロイト派に属する精神科医が弟子たちに「語った言葉」をまとめて本にしているそうです。だから「読みにくい」ものらしいですし、この方の組織は口伝、秘伝という子弟制度という面もあるらしく、わざと部外者には分からないような表現がされている面もあるそうです。

 なので、いつも読んでいてもチンプンカンプンだったのですが(笑)、
 今日は「おおお! これは、、なんだか共感する!」というところがあったので、
 抜粋してみようと思います(無謀だろうか?)。

 前段階としてわたしなりに説明しますが、精神分析の治療を受けていると、いろんな自身の問題が自覚されてくるということがあると思うのですが、それが、フロイトの言う「陰性治療反応」と呼ばれる状態を引き起こすようです。
 
 これは、わたしが通ってきた「スピリチュアル」な「癒し」の道でも、立ち現れるものでした。
 
 認識が進むことで、自分の問題がなにかが分かり、そのことに圧倒されてしまい、落ち込むのです。
 たぶん、それに近いことを言っているのだと思います。「陰性治療反応」というのは。

 以下抜粋です。

 それは、本人にとっても、我々や本人の周囲の者にとっても、度外れに厄介なあらゆる種類の事柄を通して姿を現します。それらの事柄は非常に手に負えないものですから、すべてを考え合わせると「生まれてこなかったこと」こそが、存在へと至ったあらゆるものにとって最良の運命であるように思われてくることがあります。オイディプス(北注:ギリシア神話の中の誰かでしょうか)が最後にはっきりと口にしたこの言葉、彼の「生まれてこない方が」は、悲観的な冒険がそこで頂点に達するような意味を与える最後の言葉として、この冒険を消滅させるどころか、逆に永遠化しています。

 
 わたしが思うに「こんななら生まれてこないほうがよかった」と思う地点というのはすごくすごく厳しいのですが(わたしはチャネリングがはじまった後に、こういう感覚を抱くことが増えました。けっこうずっとこれと闘ってきている気がします。チャネリングで感じる開かれた世界と、現実の世界とのギャップに失望したことが、そのはじまりだったと思います)、そこからがなにか(人生?)が本番になる、と、ラカンさんも言ってるのかな、と思いました。

 今は、「生まれてこない方が」と思うことは、ずいぶん減りました(完全になくなったわけではない)。
 3年くらい前までは、けっこうそういうのが心の奥に常に流れていたかもしれません。
 そう感じる自分に、また失望して、またさらにそう感じる、という悪循環はあったような気がします。

 でも最近は感じ方が変わってきていると感じるし、
 ラカンさんも「それでいい」と言ってるような感じがするし、
 そう思うのは、あたりまえのこと、ある意味正常なことなのかもしれません。

 つまり、普遍的なイニシエーションの一部なのかもしれません。

 というより、無理矢理にでもそう思って、また生きていくしかないということかもしれませんね(笑)。

 
 
 
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