わたしがジョルジュと名付けた男性とわたしのこと・5

 5月か6月に撮っていたバラ↓
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 病院への道すがらのものです。
 わたしはどんなお花も好きだけど、バラはちょっと特別に好きで、自分で作っているハーブの化粧水にもバラを入れています。

 「わたしがジョルジュと名付けた男性とわたしのこと」を書きはじめてはみましたが、なかなか長くなってしまって大変で、頭の中が疲れてしまったようなので少し休ませていただきました。
 でもタロットに「そろそろ再開してもいいのでは」と言われたので、続きを書いてみることにします(笑)。
 
 内容の、時期的なことで勘違いがありました。
 「わたしがジョルジュと名付けた男性とわたしのこと・2」で、わたしが自分が体験した「前世」のことに「対応」したのは2006年の12月と書いていましたが、それは間違いで2007年の12月でした。
 書く前に以前書いていた日記を確認したのに、あまりにひどい書き方だったからショックで恥ずかしくていたたまれなくなり、動揺したため1年間違えてしまいました(汗)。
 いろいろ記憶を振り返ってきて、2005年の夏にウツになって2006年の暮れに「ジョルジュ」に対応したってのは早すぎないかと思って、日記を再び見返したのでした。

 1年数ヶ月じゃあそこまで行かないよな。。。

 ***
 
 もう一度(正確に)まとめますと、2005年の夏から本格的にウツになっていきましたが、2006年の春頃には薬を減らしていくことができはじめたと思います。
 たぶん2006年の夏頃には睡眠導入剤は飲まなくても眠れるようになっていたと思います。
 外に出て人に会うこともできるようになっており、新しい人間関係(グループ)に挑戦することもしはじめたように思います。その秋には海外旅行に行くのも復活させたと思います。そこで貴重な出会いもあったりもしました。
 精神安定剤の服用だけは続けつつ、順調に「回復」していたのだと思います。
 そしてたぶん2007年の春か夏くらいから、精神安定剤の量も減らしてみよう、ということになったと思います。自分からそうしたいと先生に言ったように思います(積極的(笑))。
 その頃調べた時点の情報では、わたしが飲んでいた精神安定剤は服用をいきなりスッパリやめてしまうと「揺り戻し」が起こるかもしれないというものでした。
 なので、まずは服用を1日1錠にしていきしばらく様子を見て、大丈夫そうなら、すごいみみっちいなと思うのですが、次は錠剤をまず半分にして、その半分を半分にしたものを作って、それと半分のものを足して4分の3の量にして飲む、とか、そういうことをやっていました(笑)。
 薬を減らしても「黒い雲」にとらわれることがない日が出てきて、そのうちそれが続くようになりました。
 薬をやめる勇気までは出てきませんでしたが、4分の3から半量になったりはしました。
 ですがやはり波はあり、「黒い雲」にとらわれる日が出てくるとまた少し量を増やして4分の3にしたり、そのまま一錠飲んだりして、落ち着くとまた減らす、というように加減をするようになっていました。
 (そうやって自分の「心の問題」が「薬の量の問題」に置き換わったことは、わたしにとってはよいことだったと思います。毎日自分の心を分析してあれこれ責める代わりに、薬の量を調節すればいいんだもん)

 ***

 わたしがとらわれていた「黒い雲」っていうのがなにかってことですが、それはもう、ぞわぞわと沸き上がってくる不安感に他なりません。みぞおちのあたりがぞくっと冷たくなる感じがします。冷たくなるとか穴が空くとかそこから何かが洩れだすとか、そういう感覚を伴います。
 だいぶ回復していても、なにかの拍子にそれが出てくることが、なくなりはしていませんでした。
 それが出てくると恐怖感にとらわれ、憂鬱になりました。
 憂鬱になると精神安定剤が必要だと思うことになるわけで、そのうちに、わたしはこのままでは薬をやめることはできないなと思うようにもなりました。
 以前のような薬を飲むことへの抵抗感はなくなっていて、飲みながら生きていくのもいいのではないかという気持ちも出てきてはいましたが、どこかで、やめられるならやめたいという気持ちもありました。
 ですが、ときどきは「黒い雲」が出てくるのですね。
 あの「ゾワ~~~」という感じは本当に恐ろしく、どうしようもない気持ちになります。
 自分はそれからもう逃れることができないのかなという気持ちと、それはそれで受け入れるのもアリかもしれないという気持ちと、ただただあの感覚が恐ろしくて嫌でしょうがないという気持ち、それぞれがあって自分の中に交互に現れ、渦巻いていたと思います。
 それに、「黒い雲」にとらわれるまではいかなくても、笑ったり旅行したり人と会ったりができていても、心の底(裏?)では常にずっと憂鬱な気分が流れているという実感もありました。
 そういう自分を情けないと感じる気持ちがないわけではありませんでした。
 そして、その「黒い雲」までいかない「軽い憂鬱」さは(ブルーや灰色な感じか?)、2005年に本格的なウツになる前からあったように思えるものだということにも気づいていました。
 そういうものが心の底にずっとあるまま、「無策」なまま、「黒い」ところまで突入したということでしょうか。
 そう、自分は「無策なままに来た」という感覚は、ずっとあったのだと思います。そのことは自分でもどこかで分かっていたのだと思います。

 2007年の12月になっていました。
 きっかけは、あるテレビ番組でした。
 有名な霊能者さんが、芸能人の前世についてリーディングする番組です。
 たまたま見たその番組で(有名な番組でしたが、わたしはたまに見るだけなので、この番組のことに詳しくはないです)、ゲストである女性芸能人の前世が語られ、そのゲストさんが話された前世の内容に納得しておられるのを見ました。
 つらい前世が多い方で、それが今世の人間への不信感につながっていて言動に現れてしまうということで、でも、もっと普通になってもいいんですよと言われたその女性は涙を流しておられました。
 わたしはその話に共感を覚え、その女性のことを一視聴者として誤解していたなあと思いました(ちょっと不思議キャラな人なのです)。
 それから、「前世」のことを考えてみました。
 自分にも前世があるわけで、そして、その女性芸能人とわたしは似ている部分があるのかなと思ったのです。

 昔の日記を見返してハッキリしましたが、わたしが金縛りに遭いながら「前世の最期のシーン」を追体験したのは、2002年の3月だったようです。
 それ以降に同じような「追体験」をしたことはなく、もうそれから5年半以上経っていて、その間ウツにもなって、精神安定剤を飲んでいるわけです。
 2005年にウツになってから2年以上、その間、あの「前世の追体験」のことが頭の中に出てくることはあったと思います。
 でも、そのことをちゃんと考えるのは怖くて。
 あのときのことを思い出そうとすると、ゾワ~っとしてきて「黒い雲」にとらわれそうに思えて。
 だから、あまりそのことを深く考えることはありませんでした。
 でもときどきふっと思い浮かぶことはあり、そういうときの印象から、あれはきっとフランスだろうと考えていたし、「彼」がしていた抗ナチ運動は、なにか文書を書くことの手伝いだろうということも、なんとなく、ぼんやりと思うようになっていました。
 たぶん、ナチの支配下にあるフランス(パリ?)の人々を目覚めさせるとか、鼓舞するとか、そういう目的で書かれるビラのようなもの? それらを作る手伝いのようなことを彼はしていたのではないかなと思うようになってはいました。
 ただ彼は、その抵抗組織の中心メンバーとかではなく、深い思想があったわけでもなく、なにか熱に浮かれたように「抵抗する人々」に共鳴して(憧れて)、手伝いをしていた、そのようなレベルなのではないかなという感覚がありました。
 なぜなら、あの「追体験」のとき、彼は自分が見つかって処刑されることに、全然納得をしていなかったからです。
 たぶん、抵抗運動の中心にいて、きちんと理念を持って活動している人ならば、もうちょっと最期のときに、重み(意味?)のあることを考えるのではないかなと思うのですが、「彼」は頭の中が白くなったまま、ひたすら自分は失敗したんだという感覚の中にいたので、たいした位置にはいなかったんだと思うのです。末端というか。
 そういうことは、その体験から5年以上の月日の中で、感覚として掴んでいたものでした。

 ***
 
 なぜ彼の抵抗活動が「文書」を書いて配ることの手伝いだったと思ったのかというと、わたしは子供の頃から「文章を書く」ということが好きで、それを憧れのようにずっと持っているからでした。
 自分の考えを文章にするということが好きで、作文が好きで、先生からもほめられることが多かったんです(笑)。
 だから、大人になって占いライターにもなったし、それだけじゃ足りないように思えてインターネットの時代になったのをいいことに、2001年から自分のサイトを作るということもしたと思います。
 自分の文章を自由に書くということを、してみたかったんです。
 子供の頃から表現することは好きで、ピアノも習って絵を描くのも好きでしたが、自分の感覚を「言葉に置き換える」ことのほうに、強い欲求があったと思います。
 自分の気持ちを言葉にできるのは、いつも嬉しいことでした。
 それはたぶん、言葉で表現すること(文章を書くこと)への単純な「憧れ」から出ているもので、なにかを言葉にすることの難しさや他者への配慮などを無視したものでありました。だからわたしの言葉は無防備で衝動的で(そして攻撃的・防衛的でもあって)、余計な部分が過剰でバランスを欠いていて、なのに強い欲求はあるというめちゃくちゃなものであり、だからこそ前世から引き継いだものなのではないかと思えたのでした(「彼」は手伝う中で、自分も書いてみたいと思っていたんだと思います)。
 もし彼が抵抗運動の中で政治活動を本気でしていたら、文章を書くことの難しさは知っているだろうと思いますよね。なにかをちゃんと書こうと思えば、そんなに衝動的で単純ではいられないですよね。
 彼には文章に対する姿勢でそういう真剣さがないように思えていたのです(以前の(「以前の」としますが)わたしと同じように)。
 彼は、ほんとにあのとき屋根裏部屋で「見つかる」までは、抵抗組織の政治的理念を持つ賢い人々と関われることが嬉しくて、憧れがあって、単に熱に浮かれていたのだと思います(笑)。
 だから、あまり頭のよい人ではなかったんだと思います(笑)。悪い人ではなかったと思うけど(笑)。
 なんとなく、そんな感じなのではないかということは、それまでに感覚的に掴んでいたのでした。
 
 でも、そんな彼は、その活動を元に最期にはあのように処刑されてしまいました。
 そのことに納得はしていませんでした。 
 それをわたしは「追体験」してしまいました。

 わたしはあの「追体験」の夜から、心の奥にそれまでになかった深刻な憂鬱さを抱えたと思います。
 それを放置していて、無策でいて、それがもしかすると2005年に悪化したウツにつながったかもしれないという感覚はずっとありました。
 そして、2007年12月にその女性芸能人の前世を語るテレビ番組を見たことからいろいろ感じて、これらのことをハッキリと自覚しました。
 それで、もうそれを「そのまま」にはしておけないのかな、と思いました。
 思えたのです。
 
 20代の頃はチャネリングをして(2007年の頃は全然しなくなっていて、封印しなくちゃくらいに思っていた)、自分より「賢い」と思える「存在」の言葉を受け取ったりして、そこから人の相談にも乗ったり、少しだけはセラビーの勉強もした自分がこのままでいるのは、マズいよな、と、思ったのでした。
 情けないように思ったのです。
 
 薬は飲んでいます。減らしてもいます。クリニックにもまじめに通っています。
 でも、それだけではどうしても超えられない「なにか」があるというのは、心のどこかで分かっていたのだと思います。
 
 だから、そのテレビ番組の翌日、わたしは自分を再び「催眠状態」にすることにしたのです。
 「彼」とのことに、きちんと直面する必要があると思ったからです。
 そうしなくちゃいけないという感覚が、ひしひしと出てきたのだと思います。
 

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お空写真日記

 空の写真が溜まっているので貼ります!

 もういつだったか覚えていない空↓
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 でもたぶん先月のいつかだと思うんだけど。。

 マーブルみたいな空↓
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 白い雲と灰色の雲の違いはなんだろう? 太陽に対する角度? 高さ?↓
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 これは夜明けの西の空↓
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 あまりよく眠れなかった日の。

 これは同じときの東の空↓
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 夜明けの空を見たのは久しぶりでした。

 これは昨日の夕空↓
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 これは番外編でベランダ以外で撮った空(ひこうき雲)↓
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 関東は台風の直撃はなかったです。最近の台風は日本海側に行くことが出てきていますよね(気候が変わってきてるのでしょうか)、、金沢もけっこう降ったのかしら。。犀川は平気かしら。。義姉のアパートがわりと近いから少し心配。
 明日は関東は酷暑が戻るようです。蒸し暑そうです。
 水分と塩分の補給をこまめにしようと思います。

 
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今週の12星座別タロット 8/7 ~ 8/13

 昨日は小平市では夜から「灯り祭り」というのをやっていて、夫と散歩がてら見てきました。
 市内のいくつかの場所で、燈籠が灯されるお祭りです。市民が燈籠に絵を描いて参加できるみたい。
 盆踊りのように音楽があって踊って、という賑やかなものではないですが、少し模擬店もあったりして人出はけっこうあって、みなさん思い思いに過ごされているようでした。
 お囃子の演奏もあったり↓
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 ホタルの絵の燈籠↓
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 気に入った燈籠の絵の写真をいくつか撮りましたが、個人で描かれたものを他人のわたしが撮ってブログに載せたらマズいですよね(汗)。
 上のホタルの絵柄は同じようなものがいくつかあったので、載せてもいいかなと思いました。
 
 燈籠といえばお盆で、お盆といえば日本では原爆忌と終戦記念日の時期が重なりますね。
 燈籠の灯りは優しくて、慰められる感じはするものだなと思います。
 お祭りの会場では、2ℓくらいのペットボトルの上部を切ったものに水を張って、その中にフローティングキャンドルを浮かべていましたが、透明なペットボトルが光で透けて、それだけでもきれいだなと思いました。
 今度うちの中でやってみようかしら。。

 ***

 最近「前世のブログ」を書いているのですが、どうも頭の中が昔のことで溢れてしまいます。
 つらい時期のことなので思い出すことにどこか抵抗感もあるためか、ちょっと記憶というか、当時のできごとの時系列の把握が混乱していたりもして。
 仕方ないから昔書いていたひどい日記を読み返したりして(苦痛だよ(笑)!)、さらに忘れていたことが蘇ったり。。
 でもちょっと行き過ぎているようでマズいです。
 ゆうべは、鏡を見たら、わたしが坊主頭なのでびっくりしたし(笑)。頭の中が昔に戻っていて、ついロングヘアの自分のつもりになってたんだな。。。あーびっくりしたー。
 で、ああそうだった、わたしガンだったんだとか思って(笑)。
 最近起こったことが遠くになってしまって、過去が大きくなっていて。
 でもこれはよいことではないです。

 時系列の勘違いも出てきたし、疲れてきたんだなと思ったので、「前世」のことからは少し頭を休ませようと思います。
 タロットからも、そうせよと言われたし。。
 先週のうちに終わらせられると思っていたのだけど、無理みたいです。。。
 
 まあ、ちょっとそんな感じにはなっているのですが、落ち込んだりということはないので大丈夫です。
 そういう風にならないようにはなっているんです。ちゃんと気晴らしは見つけています。
 おとといには、突然思い立ってAmazonで購入した小さな双眼鏡が届いたし。
 うちの窓から見える木々によく小鳥が留まっているのですが、彼らをもっとよく見たいと思って買ってしまったのです。
 これで見てみると、小鳥ちゃんたちほんとにかわいい!
 ゆうべベランダから月も見てみたら、模様がくっきり見えたし!
 1500円で新しい世界が開けた!(笑)
  
 先月行った野球の試合が楽しかったのでまた行きたいと思っていて、そのときにも双眼鏡は活躍してくれそうです(いい席は取らないし。。)。
 そんな感じで、今の自分は今の自分で楽しいことを見つけていますので、大丈夫です。
 でも少しだけ、頭を、あの頃のことから休ませようと思います。

 ***

 今週のタロットに入りますね。
 (占星術の用語の意味は → こちら )

 まず占星術からですが、今週は星の星座移動はありませんが、水星が13日から逆行をはじめます。 
 その前から動きが鈍くなるので、週の中頃には影響が感じられてくると思います。
 水星は今「ホーム」である乙女座にいますが、そこでの逆行。
 水星はコミュニケーションや交通を意味する星ですが、乙女座にいるから、ちょっと思い込みが激しくなるとか、決めつけたくなるとか、そういう方向で出やすいかもしれません。
 水星の逆行中はものごとが遅れたり、誤解が生じやすかったりするので、注意していてよいと思います。
 逆行しているときって、過去のことを振り返るには悪くない時期なんだよな。。なので、「前世」のブログを書くにはよいのかもしれませんが。。火曜日あたりから動きが鈍くなるように思います。
 ほかの星は先週と同じ場所にいます。まとめますと、太陽と火星は獅子座、水星が乙女座、金星が蟹座、木星が天秤座、土星が射手座です。
 獅子座のタームではありますよね。今週夏休みの方も多いのでしょうか(うちは関係なしです)。

 星の角度のほうは、今週は穏やかな感じなものばかりです。
 11日に太陽と木星が調和の角度、男性星座で。これは自信にあふれている星回りっていうイメージ。同じく11日に水星と金星が女性星座で調和の角度。これは細やかな気遣いっていうイメージ。
 デート日和かな? 
 お休みでもあるし、どこかにお出かけするとよいかなと思います。
 13日は金星と海王星が水の星座で吉角です。これは大きな愛のイメージ。相手をそのまま受け入れるという感じかなあ。これもデート日和かしら。日曜日だし。予定を立ててみてもよいのではないででしょうか。
 付け加えると、8日の火曜日まで、先週から続いている木星と冥王星の活動星座での緊張の角度があります。先週も書きましたが、この角度は「神を神とも思わない」のでしたっけ。。。うーん、、わたしはちょっとせめて8日までは難しいことを無理して進めるのはやめようかな、、という気がひしひしとしてきました(笑)。
 
 タロットの方は、今週は大アルカナ祭りで、8枚なんです。
 これ、たぶん、ちょっと今書いているブログの影響かもしれませんね。。ちょっと自分の中が乱されている面もあるので。。すみません。
 牡牛座さん、「出たなカード」の逆位置です。タイミングを見極め無理はなさいませんよう。。
 蟹座さんも「出たなカード」です。でも変化することは悪いことではないと思います。
 魚座さんも「出たなカード」ですね。片脚は突っ込んでるかもしれないけれど、それからでも慎重になるのは悪いことではないのだと思います。
 わたしの山羊座は大アルカナでもそこまで激しいカードではないのですが、先週の華やかで「金運がよい」というカードが、少しだけ当たったような気がします。といっても、今まで見えてなかった家計のやりくりのアイデアが出てきたということで、くじが当たったとかそういうことではないのですが。。(笑)そんなアイデアでも新しい感じで嬉しかったりするのです♪
 今週はカップとペンタクルスが出ませんでした。空では水星は逆行するけれど、カード全体からはなにか変化のときというものが感じられました。


  スザンヌ・スターのユニコーンタロットによる
  12星座別今週の一言メッセージ

    8/7 ~ 8/13

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 上段左より 牡羊座・牡牛座・双子座・蟹座 / 中段左より 獅子座・乙女座・天秤座・蠍座 / 下段左より 射手座・山羊座・水瓶座・魚座 という並びです。


  ☆牡羊座(3/21-4/20)☆
    10 of Swords / R:最悪の状況は去り同じことは起こりません。自信を持って。

  ☆牡牛座(4/21-5/21)☆
    The Wheel of Fortune / R:波乱運。勢いで進めると後悔することも。よく検討して。

  ☆双子座(5/22-6/21)☆
    The Hermit / R:孤独感を抱きやすいとき。でも自分から拒絶しているのかも。

  ☆蟹座(6/22-7/23)☆
    The Tower:揺さぶられる状況があるかも。変化の前触れと前向きに捉えて。 

  ☆獅子座(7/24-8/23)☆
    8 of Rods / R:誤解やミスが生じやすそう。重大な決定は今は避けたほうが◯。

  ☆乙女座(8/24-9/23)☆
    The World:一つのサイクルが完成されるとき。そこから新たな視点も生まれそう。

  ☆天秤座(9/24-10/23)☆
    9 of Swords /R:煩わされていた問題が一段落の暗示。体調なども回復しそう。 

  ☆蠍座(10/24-11/22)☆
    2 of Rods:今まで学んだことを活かせそう。人からの反応が見極めのヒントに。

  ☆射手座(11/23-12/22)☆
    The Hanged Man:無理を押し通せないとき。少し引いて状況を見つめるのが◯。

  ☆山羊座(12/23-1/20)☆
    The High Priestess:直感力が冴えるとき。これだと思うならやってみてよさそう。

  ☆水瓶座(1/21-2/19)☆
    The Lover / R:恋愛運低下気味。大切な相手なら丁寧に正直に誠実に対応しよう。

  ☆魚座(2/20-3/20)☆
    The Fool:運気波乱気味。避けて通れないことほど冷静に、充分に注意をして◯。


 よろしかったら一週間の参考にしてくださいね♪


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わたしがジョルジュと名付けた男性とわたしのこと・4

 先日撮ったあじさい↓
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 枯れてきているけれどうっすらしたピンクがかわいい。

 少し筆が止まってしまいました。思い出すとつらくて。。。
 今回、なんだかこんなに長く自分がたどった経緯を書くことにしてしまいましたが(もっと軽く終わらせられるかと思っていた、、甘かった)、改めて自分が経験した、あの「『前世』の死ぬシーンの追体験」を思い返すと、いろいろと「無理もないな」と思います(笑)。
 おかしくなるのも無理はないよな。
 だってめっちゃ怖かったもん(笑)。一応あたいだって女の子なのよー(笑・あのときはまだアラサーで、今より若いし)。
 「社会」に普通に適応できなくなるのも無理はないかなと。。。
 開き直ってはいけませんが、、ずっと、心のどこかで、自分のその「適応のできなさ」をコンプレックスのように感じていたのですが、書いているうちに「無理もないよ」と思えるようになってきました。。 
 だから書くことにしてよかった(笑)。

 いつか今書いている自分の体験について書きたいと、ずっと思ってきていました。 
 それは、それを「きちんと」書くことができたら(その「きちんと」ができるようになるまでに時間がかかってしまったのだと思う。それまでしてこなかった勉強をたくさんしたから、したかったから)、自分以外の読んでくださる人にとって、なにか「人生」や「人間」という存在について考えていく上での参考になる部分があるのではないかという思いが、確信のようにあるからです。
 だからいつも書いているように、自慢みたいな気持ちではないんです。
 これはシェアの精神なのです!
 そうじゃなかったら、こんな恥さらしなことはしません。
 胸の奥にしまって、普通に安全に生きた方が賢いのだろうし。

 ***

 2005年の夏、本格的にウツになったわたしは、とうとう医者に頼るということをしました。
 まずは、それまでもずっとアレルギーで通っていたかかりつけ医に駆け込みました。
 でもわたし、そのときまでにすでにかなり「スピリチュアル」な考え方を「こじらせて」いて、西洋医学に頼るのは恥ずかしいことだってどこかで感じる人になってしまっていたんですね(笑・そしたら今どうなるのー!)。
 薬に頼ったらいけないとか、薬を飲むようになったら「負け」だとか。
 アレルギーの薬は仕方がないとしても、心の問題で薬を飲むなんてことは、自分にとっては「許せない」ことでした。
 そんな感覚がある人になっていて、でも全然眠れなくなったので、イヤだけど頼るしかないかなと考えたのですね。
 でもそんな自分が情けなくて、もっと自分を責めるようになったと思います。
 それでも、もう本当に頼るしかないと本気で思えたとき(=負けを認めたとき)、新たな一歩が始まったという気はしました。
 かかりつけ医から専門の精神科のクリニッックに通院を変えたときかな(先生は睡眠障害の専門家)。
 生きるための選択の一歩です。
 そこに行くまでが、本当に大変だったと思います。人生の中で一番つらいときでした。

 睡眠導入剤や精神安定剤を処方されて飲んでいました。それと、わたしは自分の不眠の原因を「むずむず脚症候群」という病気のせいだと思い込んでいたのですが(でも一番ひどいときには実際に脚がむずむずして眠れなかったんです。。)、そのことをクリニックの先生に言ったら、むずむず脚症候群のための薬を出してもくれました(精神安定剤にも使われる薬だそうです。後にその先生はそんなわたしのことを「心気症」と言いました(笑)。はやー、恥ずかしい!)。
 それらの薬を飲んでもいいんだと、もう自分はそうしなくちゃいけないんだと思えたのが、まずは一歩だったと思います。
  
 それでも死ぬことばかりを考える日々は3ヶ月くらいは続いたと思います。自殺の方法について常に考えているんです。
 そんな自分が怖くて、母を頼って昼間は実家に行ったりしていました。一人になるのがやばく感じられて。
 わたしは母と衝突することも多かったのですが、こんなことでもないと意地になって家族に頼るということができなかったと思います。結婚してから、実家にあまり頼ってはいけない(ただでさえ近くに住んでいるのだからそれは恥ずかしい)という気持ちがあったのですが、そうも言っていられなくなったのです。

 でも実家に行くと、父がいるのですが、父もちょっとおかしくなりはじめていたんですね。。
 その後、難病の認知症であるピック病という病気だと判明するのですが、言動が今までと明らかに変わってきたのが、わたしがウツになった頃と重なるんですね(その前からおかしなことは出てきていて、そのこともわたしを不安にさせていたとは思います)。
 そういうときっていろいろ重なるんですねえ。。
 だからなんとなく、家族全体が不安な感じに包まれていたかなと思います。不安が家族の中を伝染して伝播していく感じでしょうか。
 不安感のリレー。
 それでもわたしは一人になることよりも、家族の中に入っていくことを選んだのです。

 結果としては、わたしがウツになってそれまでより頻繁に実家に出入りすることになって、母との関係が改善されて、父の病気がさらに表面化してきて、介護の問題が出てきて、母が自宅で介護しわたしがそのサポートをするという流れに自然に入れることになったので、あれはあれでよかったのだと思います。わたしがなにか仕事をしていたら、母のサポートはあのようにはできなかったと思うし。
 だから、発端はどう見えても、最終的によい方向へ行ったのだから、人生は捨てたもんじゃないと思うのですが。。。
 「発端の場所」にいるときというのはやはり大変です。
 それはまさに発端の場所でした。わたしの人生で。
 0になっていた場所というか。

 ***

 その「0」のウツのピークのときには、自分には本当になにもないと思っていましたが、実家に世話になるうちにだんだんと家族の姿は見えてきました。頼りなくなっていく父、わたしを支えてくれる母、憎めない独身貴族の兄。そういうものがだんだんと目に(心に)入るようになってきて、この人たちよりに先に死んだらいけないなという気持ちが出てくるようになりました。
 情けないですが、夫のことが見えてきたのはその後でした。
 ウツのピークのときは、わたしは強烈なキャラクターなので(チャネラー崩れだし)、この人を解放してあげたほうがいいのではないかという気持ちがありました。そのほうが幸せになれるんじゃないかこの人も、というような。
 自宅にいると柱に紐をかけてしまうことばかり考えていたのですが(汗・しかも紐じゃ弱いから革のベルトじゃないとダメだよなとか)、ある時期から、あの人が仕事から帰ってきてそこにぶらさがっているわたしを見つけたら、すごく傷つくだろうなあということを思えるようになってきました。
 ウツって怖いですよね、そんな当たり前のことさえ分からなくなるのだから。
 どんなわたしにも耐えてつきあってくれる夫に、それを味わわせたらいけないと、徐々に思えるようになっていきました。

 でもやはり一度「0」まで頭が行ってしまっているので、ハッキリクッキリと切り替えられるわけではありません。
 揺り戻しのようなこともあり、そうなるとまた自殺の方法についてうっすらと考えはじめます。
 不安感の大きな黒い雲のようなものに自分がとらえられてしまうことはよくありました。
 でも、そのときのための精神安定剤と、眠剤ですよね。
 薬を飲んでコントロールしてもいいんだというのは、思えるようになっていました(福音だよ)。
 そして、黒い雲におびえながらも生きてはいるのでいろいろ考えて、、とにかく、親より先に死んではいけない、それだけは決めよう、という気になっていきました。
 はじめてかかりつけ医に行ってから半年くらい経った頃かな。2006年には入っていたと思います。
 そう思えるようになってきたあたりと、眠剤を減らしていくことができるようになった時期が重なっていたかと思います(「むずむず脚症候群」の薬は「あなたは心気症だ」と先生に言われたその少し前あたりから飲まなくて平気になってきていた。その後は睡眠導入剤と精神安定剤を一種類ずつ処方されていました)。

 薬の量を少しずつ減らして(錠剤を半分に切ったり)、それでも眠れるという日が続いていくと、自分に少しだけ自信が持てるようになっていきました(眠剤は少しずつ減らして、精神安定剤はきちんと規定量を飲むという風になっていました)。
 今日は寝れたよって。
 本当に、そんなことから、少しずつなんです。そういうレベルでした。
 でも、そんなことでもほんとに嬉しくて。。
 そうやっていくうちに、徐々にほかのことにも興味を持つことができるようになって、外に出たり人に会ったりができるようになっていきました。
 そのたびに、少しずつ気力を取り戻していけたのかなと思います(波はもちろんありましたが)。
 そしてそんな中で徐々に、「わたし、死ぬまでは生きなくちゃいけないんだ」ということがリアルに感じられるようになってきました。
 それは、力強いポジティブな感覚では全然なくて、どちらかと言うと「そうなんだよな、でもどうしよう」という後ろ向きな感覚でした。
 それに対して、面倒だな、逃げてしまいたいな、という感覚も、ないわけではなかったと思います。
 でもいろいろと世話になったこともあるし、とにかく親を見送るのはしなくちゃいけないし、その後どうなるかは分からないけれど、とにかく死ぬまではわたしは生きるというのは確実なんだよなと思うのですが、、一度「0」まで行ってしまったわたしに立派な目標など見つかるわけもなく。
 途方に暮れながら、とにかく親が死ぬまでは生きるんだということを、呪文のように繰り返し考えていました。 
 それだけは見失わないようにする、ということしか思い浮かびませんでした。

 それに、不安感の「黒い雲」にとらわれることも、なくなったわけではありませんでした。

 
 ☆タロット占いのセッションをいたします☆
   対面セッションで、場所は新宿の喫茶店です。
   30分/2000円です 
   詳しくは こちら をご参照下さい。

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テーマ : モノの見方、考え方。 - ジャンル : 心と身体

気晴らしをしてきました。

 ここのところ「前世」のブログを書いていますが、ちょっとつらい時期のことも避けて通れず書いていたら気が重くなりました。
 だからと言ってはなんですが、昨日は少し気晴らしに(笑)。
 新宿で映画とお茶を楽しんできました。昨日レディースデーだったので。

 ちょっとよいカフェにて↓
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 アフタヌーンティーを。

 観た映画はスタジオジブリにいらした米林宏昌監督の長編アニメ、「メアリと魔女の花」です。


 この方の映画は「思い出のマーニー」がはじめてで、背景とかがきれいでいいなと思っていて、その後ジブリを辞められていたので、どうされているのかなと気になっていたのでした(「メアリ」を観る前に、テレビでやっていたので米林監督のデビュー作の「アリエッティ」も観ていました)。
 プロデューサーの方と新しいスタジオを立ち上げたとかで、よかったなあと思っていて、どんなか観にいってみました。

 うーん。
 背景はやはりきれいだけど、、細かいところがジブリの作品より雑に思えたかなあ。。。
 お金の問題かなあ、やはり。。。
 人の動きが滑らかじゃないような、、、1秒18コマで撮っているのかな。。。ジブリは24コマくらいでは撮っていそうなイメージだけど。。。
 今調べたら答えがあった(ネットってすごい)、ジブリでは普通のシーンでは12コマだけど、重要なシーンは24コマだったそう。
 そこまで丁寧ではない印象だったかなあ。。背景はすごくきれいなんだけど。。。
 立ち上げたばかりの会社をジブリと比べたらかわいそうか。。。
 でも、ジブリと比べられることを運命づけられている会社の映画ですよね。。。
 
 すごく大変だろうなあと思ってしまいました。
 アニメの巨人と比べられるんだもの。
 米林監督って、優しそうだし。。。
 それでも、今までのジブリのアニメの中に出てきたモチーフを思わせるものが画面にたくさん出てきていました。けっこう露骨に。
 そこには、スタッフとしてジブリに関わってきた米林監督の意地(矜持?)があったのかな。。
 
 「子供向けの作品」ということで、冒険活劇を前面に出していたと思うけれど、米林監督ってそういうものより、やはり「マーニー」みたいな内向的な作品の方が合うんじゃないかと思ったり。。
 宮崎監督は自身が飛行機が好きだったりして、だから飛ぶことにこだわっていたと思うけれど、それをアニメ的な方法論のようになぞっても、あまりなあ。。実感が伝わってこないというか。。。
 絵を描くのが好きな人(米林さん)と、頭の中にファンタジーが溢れてしょうがない人(宮崎さん)の違いというか。。。
 宮崎駿と高畑勲には強い文明批判の精神があったもんなあ、、それが底にずっとあったもんなあ。。。戦争体験がある人の強さだよなあ。。。
 あのジブリの文明批判には正直辟易していたけれど、、あれがあるから、強い磁力があったのかなとも思ったり。
 そんなことをつべこべ考えながら観てしまいました。

 大変なプロジェクトが始まったのだろうなあと思いました。米林監督の下で。スタジオポノック。
 しっかり読売新聞や日本テレビがサポートしているようだけど、「ジブリ」的なものを期待されるなら、あまりにも大変そうだ。。
 超えるのは容易なことではないだろうと思います。
 気の毒になってしまった。

 そんな感じでちょっと辛口な感想になりました。

 でも気晴らしになったので出かけてよかったです!

 
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